湯煙旅の終わり
ここは、どこだろうか。
俺は炬燵の側で伸びていたはずなんだが…。
「…。あー」
周りを見ても暗闇ばかりで何も見えない。
うーん、はー。あ、何か気が滅入ってきたような、そうでもないような。
あまり覚えがあってほしくないこの感じは…呼ばれたってことだよな。アイツに。
確か前回、珍しくおふざけ無しで真面目に会話したから、今回は…ん、考えないようにするか。
さてと、どこに居るのやら。
「ッッッチャオっ♪」
…。
「呼んじゃった♪」
……。
「お話ししようよ」
「…あぁ」
時々途轍も無く助けになるような助言をくれるから、それは別に良いんだが。
…あぁ、それは別に良いんだが。少し問題がな…。
「…その格好は何だ」
俺を呼び出したロソンは、何ともコメントに困る出で立ちをしている。
顔が見えないのは相変わらず…と言いたいところだが、今回に限っては顔が見えている。
じゃあロソンと言う人物はどのような顔をしているのか…と訊かれると、その質問に正確な形で答えることは出来ない。
と言うのも…。
「いじめないで。ワタシ わるいスライムじゃないよ」
何と言うか…まぁ、訴えられそうな馴染み深い存在の姿をしていた。
モザイク? 無い無い。まんま俺の眼に映るソイツは、憎めないあの国民的な青いプルプルの姿をしている。
どうやってそんな姿をしているのか。…このどことも知れない『ソロンの魔術辞典』の中の世界じゃ、そんな疑問は意味を成さない。
…あぁ、取り敢えず突っ込んではおくか。
「言っておくが、色々とマズいからな。その、権利的に」
「プルプルプルプル~♪」
「おいっ」
それも止めろ権利的にっ。
あられもない姿で走り回る気かコイツ。
「何が言いたいんだろうね、これ」
意味を求めてはいけない気がする。
物事の全てに意味があるとは限らないからな。
…まぁ、逆のことも言えるだろうが。
「どうどう? 可愛いでしょ?」
見た目によるものが大きいものの、可愛いとは言える…かもしれない。
「そんなことより、今回はどんな理由で呼んだんだ? また何か連絡事項があるのか、それとも魔法か?」
「まずは可愛いか、そうでないか答えてよ。話はそれから」
「…答えないといけないのか?」
「うん、正直に」
はぁ。どうして答えないと…って、今のは俺が悪いか。
どう答えたものか…。ま、普通に答えるか。
「可愛いんじゃないか? 普通に」
見た目八割中身二割。
国民的な曲線フォルムを利用しているんだから、妥当な答えだろう。
「普通に、は余計! それにさ、もう少し…狼系に?」
「は?」
何を言っているんだか。
普通は余計だったかもしれないが…狼系?
なんで狼系なんだ?
「今はね、狼系の時代だよ。そして、ギャップの時代でもあるの」
ギャップ…ねぇ。ギャップについては分からないでもないな。
『私に任せておけ。どんな的も、確実に撃ち抜いて見せよう』
これが、
『ぁぅぁぅぁぅ…お化け怖い……』
こうなる。
これぞギャップ萌え。嗚呼…ただでさえ可愛いのが余計に可愛く思えてしまう…?
…。
……。
………と、いかん。「可愛い」について考え出すと頭のネジが飛んで、空の彼方に消えてしまうような気がする。
「…ギャップ。凄いでしょ?」
「否定はしないな」
と言うか、否定出来ない。
可愛いものは可愛いしな、うむ。
「モテるためにはギャップが必要。女の子はギャップにキュンキュンしちゃうの。どうどう? 重要性分かるでしょ?」
「…否定はしないな。しかしどうしてそんな系統の話を振る? 何かこれからのことに関係あるのか?」
アドバイスを遠回しに伝えているつもりなのか。…だが女の子をキュンキュン…か。
悪い気は…しない。悪い気はしないが、まぁそこまでだな。
無理にカッコ付けると、大胆に滑るのは良くある話だ。自然体が一番。
「んー。いやーだってね? 今回の旅で君、あの子をキュンキュンさせた? 男として」
…あぁ、今回の旅…ねぇ。
「…あまり深く考えたくないんだ。その話は避けてもらえるか?」
…今はまだ、旅行中だからな。今はまだ突っ走れるが帰った時には…。
「反省点じゃない? 男してキュンキュンさせなかったの。年頃の男女が旅館に宿泊したって言うのに、どうして襲わなかったのさ。勿体無~い」
…うん。帰った時にはアレだな。
「だからあまり考えたくないんだって。言っているだろう。それに一番の反省点はお前の姿だ、ロソン」
「話を逸らしちゃ駄目だよ~」
ロソンはまだあの姿を取っている。
いい加減いつもの姿に戻ってくれると落ち着くんだが、戻ってくれる気配は無さそうだ。
「……」
…? 急に静かになった。
「…ほいっ」
あ、元に戻っ…てない。
いや、人の形を取ってはいるんだが…服装がな。俺の記憶違いでなければーーー
「…さ! 話を逸らさないでよ」
ーーーセーラー服だ。しかも微妙に丈が短いのか、お腹周りが見える。
…水着映えするような綺麗に括れたウェストにヘソが覗いている。
スカート、短くないか。しゃがめば見えてしまいそうだし、どう見ても俺の意識を向けさせようとしている衣装にしか見えない…と。コホン。
さて! 仕切り直しか…。
ロソンめ、どうしても人の反省点を聞きたいらしい。
だが反省点…と言われてもな。反省点を挙げ始めたらキリが無いように思える。
そもそも…女装の時点で反省点だろうし。言うなれば、スタートダッシュで大逆走ってヤツだ。全くお話にならない。
…つまりその全ての原因が女装ってことになるんだが。
「…女装…か?」
「それは仕方無いよ、状況的に」
うーん、ごもっとも。
じゃあ、何が考えられるのだろうか。
「…あの男に食って掛かったことか?」
「それは君がその人に嫉妬しただけでしょ? 天部 風音の少女時代を知ってたからってだけで」
「は? 嫉妬っ!?」
いやいやいやいやっ、そんなあるかっ!
どうして俺が嫉妬しないといけないんだか。
「えー? だって好きなんでしょ? あの子のことも」
それは…「好意を抱いていない」と言えば嘘になるかもしれない。
だが、だからと言ってどうして俺が嫉妬していることになるっ。
「またまた~、親公認のクセに」
「そりゃ公認は…貰ってはいるが」
…「婿君」呼ばわりされたな。確か。
偶然に見てしまった映像。それがどうして、この『炬燵空間』にある扉の先にあったのか。
風音の記憶? いや、違う。あの場に風音は居なかった。…これが何を意味するのか。
…いや、それを今考える必要は無い。ましてや。
「それと嫉妬は全く別だっ」
「んん…」
ロソンは腕を組む。
何を悩んでいるかは知らないが、ここまで断言しているんだ。俺は絶対に嫉妬してなんかいない。
…風音に聞かれたら困るが、アイツが楽しそうに話しているんなら何よりなんだ。
それだけじゃない。知影だろうがユリだろうがフィーだろうが誰だろうが、どんな形であれ楽しそうだったり幸せそうだったりするのなら、俺は自分が関わっていようとそうでなかろうと嬉しいんだ。嫉妬なんて…なぁ。
「じゃあ一つ質問。あの子のことを考えてみて」
「はぁ」
…。
……。
………『あらあら…うふふ』
『畏まりました』、『左様で御座いますか』、『参ります』…って、こんな感じで良いのだろうか。
「…ちょっと微妙にズレてるけど、まぁ良いかな。じゃあ質問です」
「はぁ」
どんな質問をするんだ?
何となくの予想は付くんだが、聞いてみないことにはな。…ちゃんと答えないと、帰してもらえないような気がするし。
「……」
「…?」
「……」
…溜めるなぁ。
一体何の質問をされるのだろうか。
「三十五億♪」
…何の質問をされているのだろうか。
「すまん、意味が分からん」
風音と三十五億。全然結び付かない。
レオンじゃないが、サッパリ分からん感じだ。
はぁ…サッパリサッパリ…ん゛んっ。
「君は古いねぇ。流行りだよ、は、や、り」
「…オリーブオイルか?」
「それは速水! って、何で話を逸らしにかかるの?」
最初に良く分からないことを言ったのはそっちだろうに。
「…んじゃ早く質問を言ってくれ。一体何が訊きたいんだ?」
いつまで経っても話が進みやしない。
一緒になってボケたのは俺も悪いが、質問を言ってくれないことには答えようがない。
これまでのことも、これからもことも知っているみたいなことを言っていたのに、わざわざ何を訊きたいのか。
「…天部 風音が見知らぬ男性と仲良さそうに話していたら、どんな気持ちになる?」
「…どうしてそんなことを」
「取り敢えず取り敢えず! パッと思ったことを言ってみてよ!」
思ったことか。
…俺は何を思うんだ?
風音が知らない奴と仲良さそうに話している…話している……
…。
……。
………何か、何かだな。
「…少し寂しい気持ちにはなるかもしれないな」
風音が幸せになってくれるのは嬉しいが…寂しい気持ちにはなりそうだ…。
「ふふふ…だよね! 普通そうなるよね!?」
何だいきなり。
「つまりそれは、君があの子を好きってこと!! 好きだから嫉妬するの!!」
つまりも何も。
「意味が分からないんだが。少し寂しい気持ちになるぐらいで、好きも何もないと思うんだが」
「誰かと楽しそうに話していて寂しい気持ちになるってことは、あの子が楽しそうに話そうとする異性は、自分だけだって考えているからだよ!! これぞ独占欲ッ! 嫉妬だよ!!」
「んな無茶苦茶なっ」
…だが、分からなくもない。
控え目に見ても美女の分類に入る女性が、自分だけにしか見せない表情を持っている。
そんなの、嬉しくないはずがない。男としてこの上無く光栄だ。
それを独占欲と呼ぶのなら、独占欲から嫉妬が生まれているのなら…確かに…あるの…かもしれないな。
しれないが。どうにも認める訳にはいかない。
「はい、嫉妬したね。嫉妬決定。君は本当、いつになっても可愛くて何より♪」
…いつになっても可愛い? 幾つになっても可愛いの間違いだろうが、気にしないでおこう。
嫉妬について絶対に認める気はないが、これで話が進むのならそれで良い。
「で、話が逸れたけど。取り敢えず、キュンキュンさせようとしなかったの、反省点だと私思うの。別に女装でも何でも、君の意識はあったんだからさ、キュンキュンさせられたよね?」
そして話はキュンキュンに戻る。
「…逆に、どうしてキュンキュンさせないといけないんだ」
気になったことだ。
キュンキュンの必要性が分からない。
「第一、キュンキュンなんて狙ってやるようなものじゃないだろう。狙ってやろうとすると、かえって台無しになってしまう。…そう言うもんじゃないのか?」
「そう。そうなんだよね。そうなんだから、困ったちゃんだったりするの」
「だ、か、ら♪」と、怪しい言葉と共に胸元に手を差し入れたロソン。
…意外と胸があるらしい。透き通るように綺麗な肌から、滑らかな谷間が見えた…ってどこを見てんだ俺は。
「はいコレ。コレが今回呼んだ目的だよ」
そう言って彼女が取り出したのは、ハート型の…ストップウォッチのような物だった。
「反省点はね、やっぱり次以降に活かしていかないといけない。それをお助けするための期間限定アイテムだよ♪ これを君に」
受け取るべきか少し悩んだ。
だが、見たところ銀製のチェーンに繋がれたアイテムとやらは、悪くないデザインだ。
受け取っても良いのだが、問題はどんなアイテムか…だ。
「これは?」
「『キュンキュンチェッカー君』で~す」
何とも分かり易いネーミングだ。
「これは、所持者のすぐ近くに居る人の、心拍数の変化によって出てくる瞬間的な魔力の高まりを検知する素敵アイテムなんだ。はい、どうぞ」
無理矢理受け取らされる。
どうやら拒否権は無いようだ。
「君の言動によって、近くに居る人がキュンキュンしたら何と、カウントが増えちゃうよ!」
「はぁ」
持ち歩く分には悪くないデザインをしているが、何故だろう。どうしても不安になってくる。
「だがキュンキュンしたのが分かったら、それはそれでつまらないような気がするな」
「そこは大丈夫。通知機能とかは無くて、無音で静かにカウントが溜まっていくから」
「はぁ」
一日過ごした後に確認すれば、回数として確認することが出来ると。
便利なものだ。
「じゃあこれ、渡したからね。時々とか、一日の終わりでも良いから意識して、今回の反省点を活かしてください。キュンキュンが一日五回未満だと強制罰ゲームだしまだ言っていない機能もあるからお楽しみにじゃあ向こうに帰すね」
「は」
今コイツ、何と言った?
回数? 罰ゲーム? 冗談じゃないっ。
罰ゲームの中味は? 訊くことなんてごまんとあるのに!
「ちょ待っーーーッ!?」
「ばいばーい♪」
ロソンの楽しそうな声が無情だった。
質問をさせまいとばかりに生じたブラックホールによって、俺の抗議は吸い込まれてしまうのだった。
* * *
「ぅぅ……」
嫌な夢を見ていたようだった。
オルレアが身体を起こすと、小さな音が少女の耳朶を打った。
音の元を探すと、風音が帰り支度を整えている。
「おはよう御座いますオルレア様。外は良い天気ですよ」
少女の起床に反応した彼女は、微笑みかけながら挨拶した。
外を見ると、良い天気だ。窓から差し込む日差しが眩しい。
「熟睡されましたか?」
「んん…ボチボチっす」
眼覚めが悪い訳ではなかった。
疲れていたのもあるのだろう。熟眠感があった。
布団から出ようとするオルレアであったが、ふと自分の右手の中に何か固い物が握られていることに気付く。
「(…あ)」
まさかと思った。風音に見えないようにコッソリと掌の中を見てみると、そこには予想通り、『キュンキュンチェッカー君』があった。
「どうかされましたか?」
どうしたものか。
淡い魔力の光で表示されているカウントは零。
ここは一つ、少し増やしてみるべきか。オルレアは起きて早々行動に移した。
「…風音って綺麗っすね」
「…? ありがとう御座います」
カウントは増えない。
どうやら、キュンキュンはしていないようだ。
風音は、簡単なお世辞で靡くような女ではない。そんなことは百も承知。しかし、もしかしたらキュンキュンしてくれるんじゃないかと考えたのだ。
嬉しいような、悲しいような。取り敢えず、ここでとっておきを仕掛けることに。
「風音」
「少々御待ち下さい」と、彼女は手早く帰り支度を終える。
後は着替えるだけの状態となってから、彼女は「御待たせ致しました」と向き直った。
「帰ったらお風呂作るんすよね?」
「はい、そうですよ」
浴槽製作に関して、オルレアでも弓弦でも手伝えることはほぼ無い。それは、直接言われてしまったので提案する気も無いが、別のことは提案出来る。
元々何手伝えそうにないのが歯痒く思っていただけに、この時に浮かんだ考えはとても良い提案に思えた。
「じゃあお風呂出来たら、ボク一番最初に風音と入りたいっす! …昨日みたいに背中を流してお疲れ様したいっすよ!」
「…それは光栄なことに御座いますが。…その……」
また背中を流してもらいたいーーーそんな昨晩確かに考えていたことだ。
風音が言葉を濁したのは、ある懸念があったためである。もしかしたら、背中を洗っている時に心を覗かれでもしたのか。そんな懸念が。
だが実際のところ、オルレアはあの時に心を覗こうとはしていない。あの晩は、どちらとも考え方がおかしくなっていたのだ。心の探り合いという高度な戦が行える訳がない。
「…あ、分かってるっす。洗うのはーーー」
悩む風音の様子から、どちらかといえば彼女の懸念とは正反対の配慮を見せるオルレア。
年頃の男女が二人切りで入浴する。恥ずかしいに決まっていることであって、風音の口籠りももっともなものだ。
だがここで、別の考えも過ぎった。
風音が、一番望んでいることは何なのか。
「………で御願いします」
消え入るような声。
交わっていた視線は、向けられていた方が下へと下がった。
殆ど音になってもいない声。それは、彼女が声として出そうとしたものではない。
どうしてそんなことを呟いてしまったのか。彼女が俯いたのは、自分の動揺を少女に悟らせないためだった。
「……」
悟られていないだろうか。風音は少女の言葉を待つ。
「……」
沈黙が続く。
どうして何も話してくれないのか。
もう少しだけ、待ってみる。
「……」
まだ、何も言ってくれない。
まさか向こうもこちらが何かを言うのを待っているのか。
そもそも、言葉が途中で途切れているのはオルレアの方だ。何を話そうとしていたのかーーー?
「…あの」
色々と気になってしまい、ついに風音は視線だけを上げる。
そして、固まった。
視線だけ上げようとしていたはずなのに、気付けば顔も上がっている。
「ーーー洗うのは、俺がやるべきだろうな」
彼女の視線の先に居たのはオルレアではない。
黒と紫のオッドアイに、優しい光を宿した黒髪の男。
「…弓弦様」
オルレアの、元の姿だった。
どうしてこのタイミングで元の姿に戻ったのか、それが分からない風音ではない。
「…と言ってはみたが、嫌なら嫌で良いぞ。提案だしな」
ーーー自分の答えなんて、分かっているようなものなのに。そんな訊き方をしてくる。
自分から言い出しておいて、その言い方はいかがなものか。
嗚呼、本当にこの人は。
「いけずです…っ」
風音は袂で顔を半分隠し、弓弦を眼だけで軽く睨むのであった。
* * *
ーーーその後。玉川 愛花は湯河原 京子殺害事件の犯人として逮捕された。
彼女は涙ながらに自分の犯した罪を認め、これから見廻組の下で更生に努めるらしい。
元の姿に戻って朝食を堪能したオルレア、風音、仁の三人がチェックアウト間際に宿泊料を支払おうとしたが、小梅は「懐に収め下さい」と料金を受け取らなかった。
迷惑料としての心遣いに感謝しつつ、三人は旅籠屋の玄関を出た。
「この度は、本当に御世話になりました。皆様の尽力が無ければ、今頃あの子は自らの過ちに気付くこともなかったでしょう」
旅籠屋の前にゾロゾロと並んだ従業員の先頭に立つ小梅は、後にしようとする三人に頭を下げた。
彼女に続くようにして、他の従業員も頭を下げる。
「良いっすよ良いっすよ♪ 無事に解決出来て何よりっす♪」
三人が街を出るまで、見送りは続いた。
今日は朝から暑いので、少し申し訳無かったが悪い気はしなかった。
「ばいば~いっす!」
街を出る直前、振り返ったオルレアが手を振ると、小梅は小さく振り返してくれた。
「…玉川さん、泣いてたっすね」
少し先の分かれ道まで方向は同じらしく、街を出てからも仁は同行した。
街の近くであるためか、魔物もあまり見受けられず、平和に進めた。
こっそりと、『キュンキュンチェッカー君』のカウントが1に増えているのを確認しながらのオルレアの呟きは、その道中のものだ。
「旅籠屋で女将として暮らすのではなく、小さな家で女として暮らした…か。最期はどうだったであれ、あの女の両親は幸せだったってことだ。それを知れたから…だろうなァ、きっと」
「さてと」と。仁が言ったのは、分かれ道の前に差し掛かった時だ。
「俺ァこっちの道だ。勝手に付いて来て悪かったな」
「いえ、俵山様の御力添えもあっての今なのです。用心棒代わりにもなりましたし」
「用心棒…ねぇ。嬢ちゃん達の方が腕が立つかもしれねぇがなァ。ま、そう言うことで、あばよ」
仁は片手を上げて去って行った。
自らにとって、懐かしい人物との再会は事件の解決という真実を導き出した。
「あのまま行かせちゃって良いんすか?」
仁の背中が大分小さくなってから、二人は装置の下を目指す。
「クス…良いんですよ。あの方にはあの方の道、私達には私達の道があるのですから」
一度交わった道は、ここで分かたれる。
光の中に影があり、日常に対して非日常という概念があるように、出会いもあれば、別れもある。
今分かたれた道は、またいつか交わるのかもしれない。もしまた交わるのだとしたら。次に交わるのはきっと、今回のように煙の立つ場所なのだろう。
街から離れた所で神鳥を顕現させたオルレアは、風音と共にその背に乗る。
『主よ、如何様に空を舞いたいか?』
「ぐ~んっと舞うっすよ! サッパリしたいっす!!」
「あらあら…うふふ」
『承知した!』
アスクレピオスは翼を広げると、二人を大空へと誘った。
「わっ。ふふっ」
「うふふ♪」
翼が切り裂くのは、朝焼けの空。その眩しさに瞳を細めながら、オルレアが心地良さ気に頬を緩ませる。
隣に並ぶ風音が微笑んだのは、少女の愛らしさに対してか。
檜を手に、想い出を胸に。こうして『ユドコロ』を舞台にした二人の湯煙旅は、無事に終わりを迎えるのであった。
「さ、寝るわよセティ」
「…? …まだ起きてる」
「明日はあの人と風音が帰って来る日よ? 知影だってもう寝てるんだから、私達も寝るわよ」
「…コク」
「良い子ね♪」
「…頭撫でられると…恥ずかしい」
「良いじゃない。嫌いじゃないでしょ?」
「……コク」
「…良い香りがするわ。ふふ、私と同じシャンプーの香り…のはずなのに。どうしてこうも愛おしい香りなのかしらね」
「…?」
「そう不思議そうな顔をしないで。…ただ、あなたのことが愛おしいだけよ」
「…………恥ず…し……」
「……セティ?」
「すぅ…すぅ……」
「‘…ふふ。寝る前までは、あんなにツンツンしていたのに。いざお布団の中に入っちゃうとすぐに熟睡。可愛いわね♪’」
「‘…可愛く…ない……’」
「‘あら…意地張っちゃって…可愛いわ♪’」
「……すぅ…すぅ……」
「‘…不思議と私も、凄く眠たいわ。今日は二種類予告あるけど…手早く言って、早く寝ようかしら。じゃあまずはキャラクター紹介を挟んでから十日後にお送りする章の予告よ。
『人の数だけ夢があり、夢の数だけ想いがある。
ある者、別なある者も、皆異なった望みを持っている。
「ねぇ弓弦、僕と手合わせしてくれないかな?」
「弓弦! 俺は男としてお前さんに決闘を申し込むぞ~ッ」
望みを叶える者、叶えた者に翻弄される者が居た。喜びの数だけ悲しみがあることは、往々にしてあることであった。
「ちょ~っと引き摺って、アイアンクローしただけだよ?」
ある日。弓弦の姿は、昼だというのにベッドの中にあった。
「…弓弦殿が、寝込んでしまっただとぉッ!?」
「あ、あなた。男の人は…こ、怖くないわよ…?」
「…フィーナが言えた台詞じゃない」
心配する女性陣。
「真の空けだな」
「キシャア…」
「偽りの上塗りは、真実さえも朧気なものとする。良くあることさ……」
「…ポカポカがポケ~になったの」
各々の想いを抱く悪魔陣。
「…ユ~君、熱もあるみたい。こんな時は…ううん、こんな時だからこそ最大限に活かさなきゃ」
「にゃぁぁぁッ!? 止めてくれにゃぁぁッ!?」
溶けるクロ。
「浴槽が完成すれば、弓弦様と…」
アークドラグノフ内にて湯煙が立ち昇る時ーーー。
「…はは。俺って一体……」
浴槽の底に沈んでいた悲しみが今、明らかになるーーーッ!』…よ」
「次。第十五章第一話の予告よ。『帰艦した弓弦を待ち構えていたのは、自らを求める知影の存在だった。いつ姿を表すか読めない知影の行動。果たして弓弦は、自身本来の姿で艦乗組員の前に姿を見せることが出来るのだろうかーーー』」
「次回。『和み編』第一話、『弓弦、旗艦に帰艦する』…次章のサブタイトルは、名前から始まるみたい。予告の内容は少し堅いようだけど、次の章もコメディー寄りのストーリーよ。…ふぁ…お楽しみにね」
「‘…予告でも、名前を呼んじゃうと少し恋しくなっちゃうじゃない。もうっ’」
「‘…おやすみ…あなた……’」