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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
308/411

湯煙旅と思考道

 違和感を感じていた。

 ずっと、ずっと、おかしいな、と。

 話している途中も、追及されている最中も、ずっと何かを感じていた。

 だから仁の言葉を聞いた時、その正体に気付くことが出来た。

 これは、この正体は。

 闇。


* * *


「……」


 オルレアは眼の前に居る人物を見詰めていた。

 仁の追及に対し、初めて動揺を見せたその人物はさり気無く居住まいを正している。

 気持ちを仕切り直したのか、それとも次に備えたのか。定かではないが、仁の言葉で受けたダメージは確かにあったようだ。


「城崎がどう動いていたのか、私に知る由はありません」


 だが他に露わになっているものがある。

 いや露わになっているというよりは、気付くことが出来たーーーが正しいのだろう。

 隠された表情。眼に見えるものに隠された、裏の側面。少女の眼には、それが見えていた。


「(この人…まさか)」


「私は責任者ではありません故、他の従業員の動きまで把握出来ないのですから」


「(まさか小梅さんに…?)」


「把握は出来ないまでも、予想は出来るはずだ。…アンタ、そこの女将の身内だったよなァ?」


「(…ッ!)」


 この人物を被疑者として挙げた際の小梅の様子、そして眼の前の人物が見せる、どこかーーーそう、小梅を小馬鹿にしたような発言。

 その二つが身内ならば、説明が付く。

 そして説明が付くのは、もう一つ。裏の側面にも。


「…だとして、何だと仰るのですか。今は何も関係が無いはずです」


「図星か」


「…ッ!? 騙したのですか!?」


 鎌を掛けられた。気づいても、答えてしまってからはもう遅い。

 まんまと情報を引き出して見せ、抗議の声を上げられても仁は動じない。

 言った方が悪いとばかりに素知らぬ様子を見せるだけだ。


「なァ女将。アンタは何か、庇ってねぇだろうなァ?」


 仁による言葉の矛先は、小梅へと向けられる。

 身内ならば、何かしら庇っているかもしれない。その考え方は間違っていないだろう。第一に疑っても良い相手だからだ。


「待つっす! 小梅さんは悪くないっすよ!!」


 絶対に、悪くない。

 自らを庇おうとする少女に女将は胸を押さえる。


「オルレアちゃん…」


「だがよ、チビ。順当にいって、こいつは疑わなければならないことだ。すぐに解決してやるから、少し静かにしぐっ」


 仁の顔に打つけられる、ボード。

 プラスチックが打つかるような当たる音が、何とも痛そうである。


「あ…」


 因みに小梅の私物であった。


「…ボク、少し気になることがあるっす。それをこの人に訊いてみたいっす」


「あん? 訊くことがあるっつったって。ロクなこと訊けてねぇだろうが。良いから任せておけぐっ!?」


 一旦離され、再度衝突させられるボード。

 先程よりも大きな音に混じり、小梅の声が小さく上がるが、仁はそれどころではない。


「…あのな」


 鼻の頭が熱い。

 強打によって腫れてしまったのかもしれない。

 デコピンで弾いてやろうか。本気でそう考えていると。


「お願いっす」


 真剣な面持ちの少女と眼が合った。

 正直、ここまでに真剣な表情をしているとは思えなかった。そうでなければ、相手にするまでもなかったのだが。


「…あまり時間がある訳じゃねぇ。さっさと、済ませるんだな」


 そんな真剣な顔をされると、断れるものも断れなくなってしまう。

 仁は髪を一頻り掻くと譲歩の姿勢を見せた。

 それは、少女がどのような質問を投げ付けるのか興味があったためだ。


「ありがとっす」


 無愛想な感謝の言葉に短く返す。

 もう少し愛想を見せれば良いのに。悪い気はしないが、良い気もしない仁だ。


「思ったんすけど。…どうしてそんなに、小梅さんが憎いんすか」


「え…?」


 少女の質問に小梅が声を上げる。

 自分が憎いと言われた。動揺を隠し切ることは、出来なかった。

 瞳を横に動かし、その人物を見る。

 彼女は、


「……」


 瞳を鋭くしていた。


「…っ」


 その瞳に込められた想い。

 向けられているからこそ分かる、想いの中身。

 瞳が語るのは、自分へのーーー


「どうして、そんなに悲しい瞳をするんすか」


 少女とその人物が視線を交える。

 瞳の奥を見通すような桃色が、静かに問いを投げ掛けていた。


「……」


 沈黙の後に放たれたのはーーー


「…。その瞳。隠すことを良しとはさせて、くれないようですね」


 ーーー殺意。


「…ですが、それが何だと言うのですか。此度の件には何ら関係無いと思うのですが」


 雰囲気が変わった。

 隠そうともしない殺気は、全て小梅に向けられたもの。


「マジかよ…」


 豹変に仁が、間の抜けたように呟く。

 一つの質問が、闇を隠す扉をこじ開けたのだ。まさかこうも簡単に裏の顔を引き摺り出すとは想像だにしなかった。


「関係大ありっすよ。…その憎しみは、動機として十分過ぎるものなんすから」


「……」


 その人物は瞑目する。

 動機として、憎しみは最も考えられ易いものだ。

 自身の失言を悟ったのだろうか。再び沈黙が訪れる。


「…例え憎しみがあったとしても」


 沈黙を破り、ポツリと呟く。

 その面持ちには、まだ余裕を見せている。


「私には昨晩何もすることが出来ませんでした。勤務表通りの行動…殺害なんて、出来るはずがありません」


 余裕の理由は、アリバイ。

 確かに勤務表通りに動いていたとするならば、この人物に殺害は不可能だ。


「…ぅ」


 言葉に詰まるオルレア。

 動機は判明した。だがまだ、この人物が殺害をしたという立証が出来た訳ではない。

 どうすれば、良いのか。


『…主よ。ここは一つ、この人物の動きを確認しておくべきかと提案する』


 悩むオルレアの頭の中に、アスクレピオスの声が聞こえる。

 この人物の動き。そこに何か、ヒントはあるのだろうか。

 確かめるために、勤務表を見た。


「(…何か、板から男臭い匂いがするんすけど。まったく、人様のボードに体臭を付けるとは何事っすか)」


 『主よ、あなたの所為』だ。

 アスクレピオスは言おうとした言葉を飲み込んだ。

 仁に対してあまりにも酷い仕打ちに思えるが、今は推理が優先だ。

 オルレアは勤務内容を眼で追った。

 この人物は、二十一時から二十三時まで玄関清掃を行い、二十三時からは小梅の下で事務作業をしている。自由に動ける二十時台に殺害現場の「仕込み」をするのが不可能ということが分かる。

 『寝蒸草』を用意するにも、何をするにも、女性浴場に足を踏み入れる以上、他の利用客に姿を見られることになる。少なくともその時間に行動を起こすのは難しそうだ。

 となれば、どうしても玄関清掃の最中に行動を起こしていなければならなくなるのだ。

 だが、二十一時から二十三時までの間に殺すことが出来たとすると問題が生じる。

 小梅の目撃情報だ。彼女は、二十三時に被害者を目撃したらしい。

 しかし、有力な目撃情報に関して一つ問題がある。それは、死亡推定時刻との不一致。

 湯河原 京子の死亡推定時刻は、死後硬直の出現から逆算し、二十二時頃となった。多少後ろに倒れるかもしれないが、少なくとも二十三時以前で間違い無い。

 二十三時以前に死んでいるはずなのに、二十三時に姿が目撃されている。この矛盾をどう解き明かせば良いのだろうか。

 オルレアは、これを幽霊と考えた。

 しかし、そうは考えない人物が居た。


「…いいえ、出来たはずです」


 三人分の視線が少女の隣に注がれる。

 風音だ。オルレアの心を覗いていた彼女は一つだけ、ある疑問を抱いていたのだった。


「勤務表通りの行動をしても、殺害は出来たはずです。…少なくとも私はそう考えています」


「何を根拠として、そのような戯言を」


「…死体が、語っていた。それが根拠に御座います」


 幽霊は居ない訳ではない。実際に魔物として見ているのだから。

 『陰』によって生きる屍と化した死者達ーーー通称アンデッド。かつて隣の少女と共に、異国の剣士として幾多の死者を焼き切った記憶は、まだ新しめのものだ。

 そんな記憶があるからこそ、風音は幽霊説を否定した。

 アンデッドの存在は、『陰』によるもの。『陰』無くして不死者は生まれない。

 もし陰が生じていれば、隣の少女が真っ先に気付いているに違い無いのだ。彼女は特別な存在なのだから。

 つまり、彼女が何も感知していない以上幽霊は居ないーーー風音は、そう考えた。


「…湯河原様は、二十三時よりも前に御亡くなりになっています。それは、骸から分かる指標によって明らかになったものです」


「死体から分かる指標? そのようなアテにならないもので、随分と話を飛躍させているようですが、もっと現実的な根拠をお願いします」


 因みにここまでは、小難しい理屈のような話だ。風音の考えをひたすらに噛み砕いて表現すると、とても明快な答えになる。それは、


「…死体は、歩かないのですよ」


 極々当たり前の常識論になった。


「湯河原様は、二十三時よりも前に死んでいるはずなんです。四肢の硬直がその証明です」


 常識から、知識に繋ぐ。


「四肢の硬直が現れていたから何だと言うのですか。意味が分かりません」


「残念ながら、意味としては通っています。しかるべき方ならば、皆様同じ結論を出されるはずです」


 時間の逆算を理解してもらわなくとも良い。

 この人物は、全て知っている人物であるはずなのだ。わざわざ根拠を説明するまでもない。


「…だから、何だと言うのです。そもそも自殺とされている話を何故、他殺と疑うのですか。わざわざ遺書まで遺して生命を絶った死者への冒涜では?」


 それは、そうかもしれない。

 風音は仁と視線を交わした。


「…そう言えば、何故他殺と断定したのかについて話していませんでしたね」


 オルレアがすぐに話を切り出してしまったために、大事な話をし忘れていた。

 自分が焦ってしまったためだと気付いたオルレアが肩を落とすと、彼女の側に居たミヤコが顔を上げた。

 慰めているのだろうか。ミヤコは少女の浴衣の裾に身体をくっ付けながら、彼女の周りを一周した。


「ぅぅ…ミヤコは優しいっすねぇ…」


 風音は他殺と考えた理由について話した。

 簡潔に、誰でも理解出来るように。

 塩素による殺害。『寝蒸草』を焚き、塩素を岩にかけるだけで完成する殺害方法。それらを繋げる証拠を見せつつ。


「…ここまで話せば、後はもう御理解頂けるかと思います。自殺ではあり得ませんよ」


 その人物は息を吐く。

 ゆっくりと、深く。


「仰る通り、自殺ではないかもしれませんね。ですが、やはり私には殺人が不可能でした」


「(…本当に、そうなのでしょうか?)」


 ーーーこの人物には、本当に殺人が出来なかったのだろうか。

 二十三時まで、この人物に空白の時間は無かったのだろうか。

 それを解き明かすために考えなければならないのは、一つの矛盾。

 どうして、小梅は飯坂の来訪に気付けなかったのか。二十三時、彼女は廊下に居たというのに。

 矛盾を解き明かすいとぐちは、仁の言葉。

 二十二時半には、飯坂との遣り取りが行われていた。

 二十三時には、被害者を見たはずの小梅はもう部屋に居た。この二つの時間。

 しかしこの人物は、二十三時に飯坂との遣り取りが行われていたと言った。

 鍵穴は二十三時という時間。鍵は、死亡推定時刻。

 確かな情報から、不確かな情報を消す。


「(…私が消すのは)」


 消すのは、小梅による目的時間。

 「小梅が見たのは、二十三時ではなかった」のだとしたら。


「(…湯河原様の死亡推定時刻との矛盾が解決されますね)」


 被害者は(・ ・ ・ ・)二十二時半(・ ・ ・ ・ ・)には死んで(・ ・ ・ ・ ・)()

 なら、何故小梅は時間を間違えたのだろうか。

 昨晩の小梅の動きを考えてみる。

 見回りをしていた小梅は廊下で湯河原を見た時に、廊下の時計を見て二十三時と見間違え、この部屋に来た。

 もし廊下の時計が止まっていれば、時間を見間違えてしまうのも頷ける。

 だが、この部屋にも時計はある。二つの時計があるのに、時間は見間違えられてしまったのだ。

 小梅のことだ。きっとこの部屋の時計も見ているはず。なのに、時間を間違えてしまった。

 これが意味すること。小梅が時間を間違えてしまった理由。

 仁は、「廊下を離れて部屋に居るよう仕向けた」と言った。

 オルレアは、「どうしてそんなに、小梅さんが憎いんすか」と言った。

 二人の言葉が、疑問を打ち砕いていく。

 まさか、この人物が。


「(時計の操作をした…?)」


 だが、どうやって。

 この旅館の時計を操作する方法なんてーーー


「(…あります!)」


 この旅館の時計は、金属製。

 「時計を操作する方法は、ある」。

 時計を操作(・ ・ ・ ・ ・)すれば(・ ・ ・)小梅の眼を(・ ・ ・ ・ ・)欺けた(・ ・ ・)


「(…必要なのは、金属を操作出来るもの)」


 この旅館には、それがある。

 「マスコットが磁石になってた」と晴美は言っていた。

 磁石があれば時計を操作する方法は証明されている。

 オルレアが畳に置いたボードを見ると、『ユッコロちゃん』が眼に止まる。

 廊下とこの部屋の時計は操作された。廊下も、部屋の時計も、この人物ならば元の時間に戻すことは出来る。

 時計を操作する方法はあった。

 ならば、ならば。それを証明出来れば、誰の眼にも真実は明らかになるのだ。

 何か、何か無いだろうか。


「(そう言えば…)」


 「磁石は、この部屋の外から持ち込まれた」。

 少女と戯れる猫ーーーミヤコは、部屋にある丸い物質を集める習性がある。

 『ユッコロちゃん』の裏にある磁石は、円形だ。もしかしたら、ミヤコが持っているのではないだろうか。

 ーーーそう。ミヤコが持(・ ・ ・ ・ ・)つ磁石が(・ ・ ・)この人物の(・ ・ ・ ・ ・)犯行を証明(・ ・ ・ ・ ・)する(・ ・)!


「‘良し良し…励ましてくれてありがとね♪’」


 猫と戯れる少女。

 その手には、黒い円形物質が握られている。

 ミヤコと遊ぶために取り出したのだろうか。先程猫から受け取った物質だ。


「…!!!!」


 黒い、円形物質。

 それを見た瞬間、風音は喉元に止めようとした言葉を止めることが出来なかった。


「いいえ、犯行は可能でした!」

「あら、お帰り。どうだった?」


「…ちゃんと…渡して来た」


「そう。やっぱり彼の物だったのね。届けてあげて良かったじゃない」


「…コク」


「偉いわよイヅナ。彼…喜んでた?」


「…コク、大切な物だって」


「ふふ…そうだったの。ならなおさら良かったわね」


「…ん」


「嬉しそうね」


「…そう?」


「えぇ。私にはそう見えるわ。何か良いことでもあったのね?」


「え…っ?」


「犬耳が、嬉しそうに荒ぶっているわよ。誤魔化せると思った?」


「………別に」


「話してごらんなさい。それとも、私にも言えないようなことがあったの?」


「…………別に」


「あら♪ 照れちゃって…可愛いじゃない♪」


「……ぐ」


「話したら楽になるかもしれないわ。さ、話してみたらどう?」


「……フィーナ面白がってる」


「ふふ、そんなことないわよ♪」


「…む~」


「話してみて」


「…や」


「…もぅ。連れないわね」


「……つん」


「あら、つんとされちゃった。悲しいわ」


「……恥ずかしい」


「恥ずかしいの?」


「…コク」


「恥ずかしいことでもあった?」


「……別に」


「…。彼と何かあった?」


「……話したぐらい」


「話しただけなの。その時に恥ずかしくなることがあったのね?」


「……別に」


「そう…♪」


「フィーナ…質問ばかり」


「じゃあ、今回はこれぐらいにしておきましょっか。次回予告言うわね? 『風音で御座います。明らかでない点を明らかにするには、明らかな点より結んだ線を繋ぐ他ありません。これまでに導き出した点の数々を繋ぐ点は決して無駄ではないのですから…私は、きっと答えに至るでしょうーーー次回、湯煙旅と結末』…ふふ」


「…今回…は? 次回…も?」


「ふふっ♪」

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