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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
307/411

湯煙旅と追及

 その人物は、こう語った。


「来訪された飯坂様は、大変お急ぎの様子でした。出入口から掃除をしていた私を見付けられ、忘れ物を探してほしいとのお願いをされました。私は取り継ぎに向かおうとしたのですが、飯坂様は時間が無いとのことで、ただちに返事を頂戴したいと仰って…。お急ぎの方を待たせる訳には参りません、それで私は夜分故とお引き取りいただいたのです」


* * *


 仁の引き留めにより、その人物は元の場所に戻った。

 その顔には僅かながら嫌悪感が浮かんでいる。

 「はい」と返事はしたが、あまり話したくはないようだ。

 開いた口は、どこか重そうだった。


「来訪された飯坂様は、大変お急ぎの様子でした」


「待ったっす。大変急いでいたなんてどうして分かったんすか?」


 まだ突っ込むのか。

 「待った」を掛ける際のオルレアは、とても生き生きとしていた。


「…大きく音を立てて戸を開けられたのです。血相を変えたご様子でしたので…それで、急いでいると判断致しました」


 血相を変えていたのなら、急いでいたとも取れるだろう。

 大きく音を立てたというのは、勢い良く戸を開けたためか。


「そいつは、随分デカい音がしたんだろうなァ」


 少女は仁の言葉に、何故か含みを感じた。

 まるで言葉を味わっているような、舌の上で言葉の意味を転がしているような含みだった。


「はい、それで飯坂様は……」


 おかしな様子を見せる仁の隣で、オルレアは話を聴くことに意識を傾けた。


「出入口から掃除をしていた私を見付けられ、忘れ物を探してほしいとのお願いをされました」


 この人物が玄関で掃除していたことは分かっている。

 そして忘れ物の内容は小さなコインであることも明らかになっている。決してメダルではないことまで。


「‘突っ込まれないのですね’」


 風音が小声で訊いてくる。

 突っ込むべきかもしれないが、新たな話が出そうもない。

 そんな少女の思惑を他所に、その人物は話の続きを話し始めた。


「私は取り継ぎに向かおうとしたのですが、飯坂様は時間が無いとのことで、ただちに返事を頂戴したいと仰って…」


「待ったっす。取り継ぎに向かおうとはしたんすか?」


 オルレア、ここで突っ込みを入れた。


「はい。飯坂様でなくとも、旅籠屋への申し入れは全て責任者に伝えなければなりませんので」


 旅籠屋でのトラブルは全て、責任者に伝えなければならない。

 その言葉を聞いた瞬間、アスクレピオスの鋭い声が聞こえた。

 オルレアを呼ぶ声だ。少女の名を呼び、彼女にあることを促そうとしている声。


「そんなの、あり得ないっす!」


 オルレアは咄嗟に言っていた。

 その声に、三人分の視線が集まる。


「(…捕まえたっす!!)」


 意図せず口を出た言葉は、その人物の言葉に隠された影を引き摺り出す合言葉。

 鋭い響き、突き付けた指。

 身体の内から力が湧き上がってくる。

 まるでこの言葉を、ずっと言いたかったかのように。

 否、絶対に言わねばならなかった。

 オルレアは確信していたのだ。逃げようとする尻尾を、遂に捕まえたと。


「申し入れは全て責任者へ…。それはおかしいんすよ!」


「…何を突然、声を張り上げて。何もおかしいことなどありませんが」


 尻尾を引き寄せる。

 逃さない。ここから、一気に追い詰めるーーー!


「いいやおかしいっ。じゃあどうして小梅さんはそのことを知らないんすか!」


「それもまた、理由があります」


 ーーーことは、どうやら出来ないようだ。

 オルレアの攻勢に対してその人物は、余裕を崩さない。


「私は飯坂様の意思を尊重しただけなのです。『大事にしたくないから自分が来たことは、くれぐれも内密にしてほしい』と、飯坂様が仰ったのですから」


「…へ、な、えぇぇっ!?」


「…私としても大変考えさせていただきました。職務を行う上での義務と、頼みごとを引き受けるかどうかの人情…どちらを優先させるべきなのか。内密にしたのはその上で出した結論です」


「義務と人情…確かに、選択が難しいかもしれませんね」


 風音がポツリと呟く。

 義理と人情ではなく、義務と人情。似ているようで、違う。

 客の意思を優先したのは結構だが、それでも責任者に伝えないのはどうかと思うオルレアだ。


「…それで、本当に伝えなかったんすね」


「はい」


「小梅さん……」


 少女の視線に女将は首を振った。

 知らされてないのだ。知らなくて当然である。


「ですがそのお蔭で、飯坂様にお引き取りいただいただく理由を作ることが出来ました」


「…どう言うことっすか?」


「何しろ責任者を通さない以上、外部の人間を一従業員の判断で旅籠屋内に入れるのは難しいものです。そのために私としては、探し物をしたいとの頼みを聞き入れる訳にはいかない以上…」


 断るしかない。

 オルレアもその判断には同意した。

 しかしその同意には、「不本意ながら」という単語が含まれる。

 折角矛盾を見付けたのに、蓋を開けてみると全然矛盾していなかった。


「お急ぎの方を待たせる訳には参りません、それで私は夜分故とお引き取りいただいたのです」


 それどころか、また話の流れにおかしな点が無い。

 また、なのだ。小梅に伝えなかった理由の流れに滞りはない。

 このままではまた逃げられてしまう。

 仁が繋いでくれたものが、無駄になってしまう。

 ーーーそうだ。仁は、何をしているのか。


「……」


 仁は無言で思案していた。

 含みのある言葉と無言での思案。

 この男は何を考えているのだろうか。


「…ぅぅ」


 何も浮かばない。

 突破口が、何も見付からない。

 オルレアは冷汗が流れるのを感じた。


「…ハッ」


 失笑が聞こえる。

 悔しがる少女を笑い飛ばすような、失笑が。


「なァチビ。お前まさか、もう疑問が無ぇってことはないよなァ?」


 無いから悩んでいるのだ。

 幾ら考えても、思い浮かばないのだから。

 仁の言葉に、眼の前に座る人物が微かに眉を動かすのを風音は見た。

 小梅と同じように、一連の遣り取りを眺めている立場だからこそ気付いた刹那だ。


「…そう言うあんたは、あるんすか?」


 鼻で笑う仁。

 どうやら、疑問があるようだ。


「おい、飯坂の服装は覚えているか?」


「…服装ですか? 至って普段着でいらっしゃいましたが」


「着物に下駄…あァ、至って普通の出で立ちだったよなァ?」


 飯坂の服装を訊いて、どうするのか。

 オルレアが怪訝に唸ったように、その人物もまた眉を顰める。


「…何が言いたいのですか」


「だとしたら二十三時はさぞ、騒がしかったはずだぜ。…戸と下駄の音が…廊下までに響く程になァ!」


「あ…!」


 風音が小さく声を上げる。

 小梅が眼を見張り、その人物は息を詰まらせた。


「…一つ一つの話の整合性に囚われたが故に、全体における連続性に歪みが生じてしまった…! そう言うことで御座いますか…!!」


「そうだ」


「(え、え。どう言うことっすか!?)」


 一人話に付いていくことの出来ないオルレア。

 誰もが仁の指摘した矛盾に気付いたというのに。少女の間抜けともいえる疑問に神鳥かむどりが答える。


『かの人物は、二十三時頃に来訪者の対応を玄関で。そしてその隣の人物は、二十三時に死者を風呂に続く廊下で見ている。二十三時と言う時間は奇しくも、二人の人物がそれぞれ別の場所で時計を見ていたのだ。…主よ、廊下の時計の位置は覚えているだろうか)』


「(…廊下の時計の位置…? 玄関から左の通路で、大体50m(マール)ぐらい…?)」


「大きな物音がしたのは俺も知っている。下駄の音がしたもんで玄関を覗いた訳だからな。俺達の客室がある向こうの廊下で聞こえて、こっち側の廊下じゃ聞こえなかったとは…まさか言わねぇよなァ?」


 神鳥かむどりの解説が進む中、仁の追及も進む。

 反対側の廊下に聞こえて、こちら側の廊下では聞こえなかったーーーそんなことは、あり得ない。

 確実に音は聞こえているはずなのだ。廊下の壁に微かにでも反響したのは間違い無い。

 仁の言葉によって、彼に睨まれている人物が表情を歪めた中、風音はオルレアの持つ勤務表を横眼で見た。

 問題の二十三時。小梅は廊下で被害者の後姿を確認後、急いで書類整理の業務に向かった。ならば当然、時計のある場所からこの部屋に入るために、風呂側から玄関側へと歩かなければならないのだ。その過程で、小梅が全く音に気付かなかったのかどうかーーーこれについては推測の部分もあるが、小梅が音を聞き逃したとは思えない。

 彼女は旅籠屋の責任者。いかな疲れがあろうとも、人の来訪に気付かないはずがないのだ。


『もし来訪者が大きな音を立てていたのだとしたら、その距離ならば耳に届いても何ら不思議はないはず。寧ろ、必然的やもしれないな』


「あぁぁっ!? そ、そう言うことっすか!?」


 オルレアもここでようやく理解する。しかし、彼女の言葉は誰の気にも留められなかった。

 誰もが、その人物が仁の追及に対してどう返答するのかに意識を向けていたのだから。


「しかし実際、聞こえていなかったのでしょう。城崎が現れなかったのは事実なのですから」


 聞こえてなかったのだから現れなかった。

 現れなかったのは事実かもしれない、だが示されるのは別の事実。

 反論に対し、仁は笑みを強める。


「そいつはそうだ。だがこうとも取れる。…聞こえる状況に居なかった。そうだよなァ?」


 更なる反論。

 聞こえる状況に居なかった。それが意味することはつまり。


「なァ、アンタ、ちぃとばかし女将を舐めてねえか?」


「?」


 予想していた言葉とは違ったので、首を傾げる少女。

 少し話が飛躍しているように思えなくもない。


「責任者は旅籠屋の顔。見回り中だったにも拘らず、来客に気付くことが出来なかった。…そんな理由で来客すっぽかすようじゃ、女将の頭なんて務まらねぇんだよッ!」


 畳が強く叩かれる。

 仁の迫力に、オルレアも風音も呑まれた。


「ッッ!!!!」


 それは、言葉を打つけられた人物も例外ではない。

 その言葉が図星なのか、単に衝撃を受けただけなのか、明らかに表情が歪んだ。

 仁の口角が上がる。

 揺さ振ったことで現れた行動は、意図せずして表出した心の声。


「そんな訳…ッ!」


 言葉を詰まらせる人物に対し、違和感を感じた。

 感じたのはオルレア。彼女が発した小さな声音に、風音の意識が向く。


『…この人の小梅さんを語る感じ…何か……』


 聞こえてくる心の声。

 少女が抱いた疑問を彼女は内心で繰り返した。

 そして、違和感の主を注視する。

 動揺している。この動揺が示すものは、一体何なのだろうか。


「あァようやく分かった」


 一方、仁は何かに合点したかのように言葉を続けた。

 少女の華奢な腕では届かなかった尻尾に、逞しい剛腕が迫る。

 鋭く走る視線が、その人物を射抜く。

 真実の矢が、確信を矢先に捉えていた。


「飯坂が来た時…女将はもう、廊下に居なかったな? 廊下を離れてこの部屋に居るよう、アンタ仕向けたな?」


 その人物の手が、自らの衣服の裾を僅かに手繰った。

「……ん?」


ーーーピンポーン。


「はーい! ‘…こんな時間に誰だろう?’」




「何ですか? …って、副隊長! どうしたんですか?」


「……。忘れ物を届けに来た。…これ」


「(副隊長…?) これ…? あっ、僕の小さいメダル!」


「…部屋に落ちてたって、フィーナが」


「そうなんだ! 明日にでもお礼を言わないと」


「…大切な物?」


「うん、大切な物だよ。一杯集めるとどこかの世界でお宝と交換してくれるらしいんだけど…実際どうなんだろう」


「…集めるのは難しいと思う」


「…そうだよねぇ。そもそも世界中に散らばってるって話だし。相当運が良くないと」


「…コク。多分、いつまで経っても見付からないと思う。…世界は広いから。草むらを掻き分けたり、人の家に入って壺とかタンスとか調べないと見付からない」


「ううん…それをするのは流石に難しいかな。泥棒だし」


「…コク、立派な泥棒だからやらない方が良い」


「…はぁ、見付からないかな」


「…最近はそれを持っている魔物も居るみたいだから、昔程難しくはない」


「へぇ! そうなんだ。じゃあ魔物の情報でも集めてみようかな」


「…私も気にしてみる」


「本当!? ありがとう副隊長!!」


「…あまり…期待はしないで。じゃ」


「ありがとう! …そっか、魔物も持っていたりするんだね。魔物もコレ集めているのかな? 頼もしいなぁ…。じゃあ早速、予告をしてから調べてみようかな…。『…バアゼルだ。秘事は秘すれば秘する程明らかになるとは、何の因果か。…あの男、何を明らかにしようと図って動いているのか…ク。我は蜜柑と共に流れを窺うとしようーーー次回、湯煙旅と思考道』…。何だろう、そこはかとなく危険な香りがするんだけど」




「…うっ、そう言えば副隊長…何か驚いたような顔をしてたけど…どうしたのかな…?」

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