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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
305/411

湯煙旅の対決前

 稲妻に撃たれたようだった。

 言葉の衝撃と、光景の衝撃。二つの衝撃が風音を襲った。

 腕は、上がらなかった。

 つまりそれの意味することは。


「死後…七時間以降…」


 分かり切っていた。

 わざわざ二種類の硬直出現時刻を伝えられたのだから。

 今の時間は何時だったか。

 ーーーそう、五時。正確には十数分経過しているだろう。


「…あん? 死後…七時間以降だと?」


 二十三時は、今から六時間前。


「…こいつは、どう言うことだ」


 仁と同じように、風音も困惑していた。

 何かがおかしい。

 温泉という環境上、死後硬直が早く現れても不思議ではないだろうが、一時間も早く現れるものなのか。


「…私達は、何かとんでもない考え違いをしていたのかもしれません」


「…どう言うことっすか?」


 前の二人がショートカットをした中。オルレアは一人、回り込むように走り寄って来た。


「ここの女将がコイツを目撃した時間。その時間にコイツが生きていることは、あり得ない。腕が…足も、硬直している以上、コイツは少なくとも昨日の二十二時半頃には死んでいるからな」


「…え、そんな」


 少女の顔が青褪める。


「じゃあ、死体が歩いていたってことっすか!? じゃなければ…幽霊っ!?」


 魔法の存在は関与していない。

 それは魔力(マナ)の流れで分かる。

 ならば魔法以外。そう、別の非科学的可能性を考えなければ。

 ならば、幽霊以外に何を考えろというのか。


『…私の記憶が正しければ。主は多くの不死者と相見えているはずなのだが……』


『…形式美だ、解せ』


「そう簡単に幽霊が歩いてもらっちゃァ困る。…女将が見た時間だと、コイツは生きていなければならない」


 小梅が時計を見間違えたのかもしれない。

 見間違えていれば、それはそれで辻褄が合う。


「こいつを見るに、女将は二十三時には色々事務仕事をしている。つまりコイツが浴場へ向かうのを見てから、事務仕事に移ったってことだ。が、一つ気になることがある」


 仁はそう言うと、オルレアが持つ勤務表を叩く。

 悩んでいる顔だ。眉を顰め、腕を組む。


「なァ嬢ちゃん。お偉いさんが旅籠屋を訪ねて来た場合、旅籠屋の責任者は挨拶に来るよなァ?」


 風音に向けた問いは、唐突なものだった。

 何故のその質問を今。疑問に思いながらも風音に答えた。


「必ず御挨拶に伺います。席を外していても、後程やはり、必ず」


「…なら、もしそれが忘れ物を取りに来た…って言う理由の再来訪はどうだ?」


「…はい? …忘れ物ですか?」


 戸惑いながらも、「責任者として対応はします」と返す。

 例えどのような客であっても、旅籠屋内に忘れ物をしたとなれば共に探すぐらいはする。

 しかし質問の意図が分からない。この質問で彼は、何を知りたいのか。

 すると仁は髪を掻いた。

 「おかしいんだよなァ」と、疑問を口にして。


「あのお偉いさん…飯坂って言う男が忘れ物を取りに来た時、その女将は居なかったぜ」


「え…?」


 それは初耳だ。

 小梅の口からは、聞かされていない。


「俺が嬢ちゃん達の部屋を出て下に降りた二十二時…半を少し過ぎた頃だったか。玄関の方から下駄の音がして騒がしいものだから足を運んでみると、その男が居た。だがその対応に当たっていたのは、別の女将。…確か、『今は席を外している』とか言っていたな」


「なっ、そ、そんな大切なことどうして言わないんっすか!?」


「チビ、事件が二十三時以降に起こっていて、その女将が犯人じゃないと断言していた段階じゃァ、その話をするのは難しいってもんだ」


 それはそうかもしれない。

 もし死亡推定時刻が七時間前という事実が分からない状態では、事件に関係無いことだと切り捨てていただろう。仁の言葉の内容は、つまり小梅を疑うものなのだから。


「…城崎さんはその時間、見回りをされていますね。その間ならば、自分で対応に向かえるはずです。取り継ぐ様子は見られなかったのですか?」


 風音は唸るオルレアの代わりに、話の続きを促した。


「あぁ、一人で対応していたぜ。取り継ぐ様子はなかったな」


 その女将は、一度たりとも周囲を探る様子を見せなかった。

 他の従業員を探して、責任者に取り継ぐぐらいはしても良いはずなのだが、そうしなかった。


「それどころか、ものの数分で帰らせたな。深夜だから日を改めさせたとも取れるが……」


 その時は謎に思わなかったが、今考えてみるとおかしい対応だ。会話内容が聞こえていなければ、門前払にも取れる光景だったために。


「…おかしいっすね。小梅さん…その時間にはもう見回りが終わっていたのかな」


「だとしても、俺が見た限りアレは独断での門前払だ。少なくとも、見回り自体をしていたのは俺が見ている以上、何らかの理由で身動きが取れない状態だったんだろうな」


 「嬢ちゃん達の部屋に行く前に話したしな」と、仁。

 またしても初耳の情報だ。何故それを言わなかったのか。


『…仕方があるまい。会話していた、だけでは事件と何も関係が無いのだから』


「(うぐぐ…)」


「…あるいは、身動きを取らせてもらえなかった。…そう仰りたいのですね、俵山様は」


 仁は風音の言葉に頷いた。


「…お上対応に動かない最後の目撃者。三十分も動いた死体。…あの門前払女将、匂うな」


 もしかしたら。

 風音も、仁も疑っていた。

 「その御方の名は…?」と訊く風音だったが、仁は首を振る。

 否定の意味の首振り。彼の口から名前が出ることはなかった。


「…何か特徴はありませんでしたか?」


「…と、言われてもな。女将の格好をしていて、それなりに歳がいってるってことしか……」


 風音は思案を巡らせる。

 女将で、それ程若くはない人物。

 小梅ではないというのなら。


「…まさか」


 思い当たる人物が居た。

 フラッシュバックする光景ーーー和菓子屋での邂逅。その後現れた被害者。

 思い当たる人物が一人だけ、居た。


「…風音」


 オルレアも同じ人物を予想したらしく、探るように風音を見詰めた。

 一人の予想が二人の予想となり、確信を持たせる。


「…どうやら直接対決って訳だなァ」


 パキポキと仁が指を鳴らす。

 確信に満ちた二人の表情に、男もまた星を見定めた。

 まだ解明し切れていない部分もあるが、ここまでくれば確定的。後は、直接対決によって尻尾を掴むまでなのだ。


「良いっすねぇ、直接対決。ビシィッと決めてやりたいっす!」


 いざ、対決へ。

 張り切っているらしい少女は、小走りで脱衣所へと向かう。

 目的地がどこか分かっているのだろうか。少し怪しい。


「あらあら…大張り切りで御座いますね♪」


 風音が続いた。


「勿論っす! ここまで色々考えてきたんだから、最後に思いっ切り、スッキリしたいっす!!」


「うふふっ。スッキリ出来ると良いですね♪」


 夜は明け始めた。

 闇に、仄かな光が生じる。

 光が照らすのは真実か、別の何かか。


「……」


 仁が見上げた空には、星が輝いていた。

 手を伸ばし、遥かな空に瞬く星を掴む動作をする。


「…なァ仏さんよ。随分とそのままにしちまったが、恥ずかしいだろう? コイツでも羽織っとけ」


 仁はそう言うと、浴衣の紐を解いた。

 露わになる隆々とした肉体美。鋼のような筋肉は、ただただ美しい。

 羽織っていた衣服は裸体に掛けられた。白色湯を吸い込み、湯に流されようとするのは後頭部で結ばれた袖によって防がられる。


「アンタの無念、この仁兄さんが晴らしてやる。待っていてくれ、首を長~くしてな」


 男は先に浴場を後にした二人を追い掛けるのだった。












 下着姿で。


「おっといけね。ズボン、部屋だ」


* * *


 戸を叩く音に、小梅は顔を上げた。

 あれから、どのくらいの時間が経ったのだろう。いつしか白み始めた空が、戸の隙間から覗いていた。

 ずっと、考えていた。

 誰がこんなことを目論んだのかーーーと。

 考えども考えども答えは出ず、ただただ時間だけが空しく過ぎていった。

 永遠にも思える時間の中。彼女は戸を叩く音を待っていた。

 次に戸が叩かれた時。何かしらの決着が着く予感があったために。


「…どうぞ」


 入室を促すと、戸が横に開かれた。

 戸の先に立っていたのはーーー


「失礼しまーすっす」


 小梅が可能性を託した少女だった。


「失礼致します」


 少女の背後には、女性が立つ。男の姿は見えなかった。

 二人は部屋に入り、小梅の前に座る。

 部屋を見回す少女、そんな彼女の様子に苦笑する女性。

 少女の視線はある一点で止まり、暫く固定される。

 何をしているのか。部屋の隅を見詰めた少女は、袖から覗く小さめの手で手招きをしていた。


「みゃおぅ」


 すると部屋の隅で丸まっていたミヤコが動いた。

 初対面の人に尻尾を立てて歩み寄るとは。これまであまり見たことのない様子だった。


「みゃー?」


 ミヤコはそのまま少女の前に腰を下ろし、顔を見上げる。


「こんばんはっす。触っても良いっすか?」


 伸ばされた手に誘われるかのように、猫は身体を寄せた。


「わぁ、良い毛並みしてるっすねぇ♪」


「……」


 小梅は眼を疑った。

 ミヤコがこんなにも早く人に懐いているなんて。

 されるがままになり、眼を細めている姿は気持ち良さそうだ。


「みゃおう」


「へ~。名前はミヤコって言うんすね。良い名前っす」


「みゃあ」


「良し良し良し良し♪ ここっすか? ここが弱いんすか?」


「…♪」


 少女と猫の遣り取りが繰り広げられる。

 少女の口振りからするに、まるでミヤコの言葉が分かっているみたいだった。


「…御察しの通りに御座います」


 小梅は眼を瞬かせて女性を見た。

 まるで分かっているようだーーーではなく、分かっているということか。

 信じられない。信じられないが、納得出来たようにも思える。


「え、これくれるんすか? ありがとっす♪」


 これは、一体。

 一度集めた物を決して返そうとしないミヤコが、自ら丸い物を差し出しているではないか。

 親愛の証なのだろうか。小梅はますます眼を疑った。

 この少女から放たれる、不思議な雰囲気がミヤコを引き寄せたのか。

 暗闇の中でもただひたすらに淡い光を放つ温かさが、自然と動物を惹き付けるのだろう。

 和やかな一幕に緊張は弛緩され、穏やかな気配が部屋を流れる。

 口火を切ろうと震えていた唇は、雰囲気に包まれて微かに口角が上がる。

 速まっていた動悸が収まるのを感じ、小梅は小さく息を吐いた。


「…進捗は如何でしょうか」


「…犯人の可能性が高い人物の特定に至りました」


 即答に近い形で返答に、自然と身体が強張った。

 犯人の可能性が高い人物ーーーと呼ぶよりは、正しく犯人なのだろう。

 女性も、少女も何度も推理を展開させて答えを見出したはずなのだ。

 結論を聞くために、耳に意識を集中する。


「では…」


 誰だ。誰がこんなことをしたのだろうか。

 声に力が入る。

 どうしてこんなことをしたのか、問い詰めたい。

 何かしらの理由があるはずだから。それを明確にしてから見廻組に引き渡したかった。

 名が言われるのを待つ。

 眼前の女性と少女の瞳は確信に満ちているのだ。だから答えを受け容れなければ。

 女性は徐に口を開く。

 唇が紡ぐ、人の名前。

 犯人と思われる人物の名。直ちに会いに行かなければならない人物の名は。


「ーーー!」


 名前を聞いた小梅は、息を呑んだ。

「…ぅぅ、お尻がヒリヒリする。フィーナ、強く叩き過ぎなんだよ。も〜、乙女の尻を何だと思っているのかな。『仕方無いじゃない、ふふ」とか言ってる癖に、めっっっっちゃ楽しんでるし。何、アレかな。自分がスパンキングされるのが好きだからってさ、それを人に押し付けないでほしいよね。本当にさ。そもそも私乙女ですから! 純正清純純白な清楚系美少女なのに、どうして変な性癖押し付けられなきゃいけないのかな。それも女に。私レズっ気無いし、弓弦超大好き系女の子なのに。まったく失礼しちゃうよね!!」




「ぅぅ、鏡で見ても赤くなってるし。せめてもう少しぐらい手加減してほしかったよね。手加減してくれないからこうなっているのにさ、何が、何が『手加減はしてあげたわよ』、だ。全然してないし、痛かったし、腫れたし! ぐぬぬぬ…」




「…でも、何が一番恥ずかしいかって、ディオ君に見られたことなんだよねぇ。ディオ君だって、男の子だし。私の身体の曲線美を見て、ドキドキさせちゃってたらどうしよう! キャっ、恥ずかし♡」




「…はっ、もしかしてこれで私に対するディオ君のフラグが立っちゃったりするのかな!? それで私も何だかんだ言って攻略されちゃって、遂には…結婚っ!? 結婚とかするかも!?」




「それで結婚式を挙げるんだけどその時! その最中!! 私とディオ君が誓いの口付けをしようとしたその瞬間ッ!!」




「『その結婚待ったッッ!!』って式場の扉を開け放つ弓弦の姿が、キャーッ♡ 弓弦、素敵〜っ♡ そして私を式から連れ出して、空き缶付けた車に乗せて、カランカランって海辺まで走って、白い砂浜で夕日に照らされながら永遠の愛を誓って〜♪ その後は岩蔭に隠れながら〜のっ♡ ふふふ、ふふ…ふふふふふ♪ は〜♪ 興奮してきた♡ は〜♪ 考えているだけで幸せになってきたし♡ うん、今日も一日楽しかった〜っ♪ ってところで、予告いきま〜す♪ 『我こそは主が翼、アスクレピオスである! 遂にここまで辿り着いたな、主よ! 私は信じているぞ! 主ならば、我が主ならば、言葉の力にて真実を突き止めてみせるとーーー次回、湯煙旅と尋問』…ではでは、まったね〜♪」

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