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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
304/411

湯煙旅と硬直

「時間…っすか?」


 仁によって強調された部分。

 二十三時からの一時間が範囲として示され、オルレアは首を傾げた。


「そうだ。…嬢ちゃん、この時間はどうやって出した」


「時間…ですか?」


 一人、思案していた頃を思い出す風音。

 流石に全て話すと時間が無いので、要点を掻い摘んで話せるよう努め、話していった。


「…城崎さんが、湯河原さんの御姿を最後に拝見されたのが二十三時頃。死斑は死後二時間以上の経過がなければ見られないため、死体発見時刻である二時から二時間を差し引いて算出致しました」


 算出したといっても、そんな大したものではない。ユリの助言が無ければ、未だに悩み続けていたに違い無いのだから。

 拍手が聞こえた。

 オルレアが、淡々と答えてみせた風音に向けたものだ。


「凄いっすねぇ。犯行時間の割り出しを一人でするなんて……」


 そんな大したものではないのに。

 しかし褒められるのは嫌ではない風音。咳払いを一つして気を取り直した。


「そんなことありませんよ」


「嬢ちゃんの頭なら造作も無いって訳か。ま、そうでなくっちゃなァ…と言いたいんだが、その時間内で犯行が行われたかって言うと…そうじゃねぇよな」


「それは…はい」


 風音が導き出した時間は、全ての犯行(・ ・ ・ ・ ・)が行われて(・ ・ ・ ・ ・)場合の時間(・ ・ ・ ・ ・)()

 もし彼女の予想通りならば、一時間の間に被害者を気絶させ、浴槽の奥に運んで、位置を固定させて放置するという流れが行われたことになる。

 だが実際は、浴槽の奥に座った被害者は、酒が入っていたためか『寝蒸草』の臭いに気付けず眠ってしまった。そして岩にかけられた塩酸によって、硫黄だらけの空間に曝され死亡したことが意味するもの。つまり同一時間帯の中で、全ての犯行が行われた訳ではないということだった。


「寧ろその時間では、犯行が殆ど終わっていた。そう考えるのが普通ですね」


「…?」


 言っていることの意味が分からない。

 オルレアの頭の中には疑問符が一杯だ。


「そうだな。そして、塩酸は事前に適当な所に隠されていたとなると…面白い可能性を考えることが出来る」


「え、え? 何すか。分かるように説明してほしいっす!」


「クス…。簡単なことに御座います♪」


 風音の裾を引き、自らの存在を主張する少女。

 まるで構ってほしい子どものような仕草は、微笑み以外の表情で返すことを憚らせるものだ。

 それにしても、理解力が無い。

 中の人は、あんなに頭の回転が早いというのに。

 どうにかして納得し易い説明の仕方が思い至らないものか。思案すること刹那。やはり、何も思い至らずそのまま話すことに。


「二十三時以降から二十四時の間。例え数分に満たない時間であったとしても。湯河原さんに止めを加えることが出来てしまうのですよ」


「ま、後は塩酸ぶっかけるだけだからな。一分も要らないんじゃねぇか?」


 複数での行動を取っていたとしても、トイレに行く際だけは極々短めではあるものの、単独行動を取ることが出来る。

 その間、浴場に赴きトドメを刺したとしても、戻る時間はトイレに行くのとそう変わらない。


「え…じゃあ…お手洗い行けば殺せるってことっすか?」


「そうですね。…また、聞き込みをしなければ」


 勤務表にトイレの時間が書いてあるはずもない。話を聞いたとしても正確性に欠けるだろうが、何とかして手掛かりを掴まなければならない。


「そんなことしてたら時間が無くなっちゃうっすよっ。それに、容疑者の疑いがあるから何時何分にお手洗いに行ったか教えてくれって…何か、凄く失礼っす!」


 そんなことは分かっている。

 空の色が、徐々に薄れ始めているのだ。

 時間が無い。風音がチラリと空を仰いだのを見て、そのことに気付いた仁は席を外した。

 擦れ違い様に小さく、「容器を探してくる」と聞こえた。塩酸の容器が脱衣所に残されていないか探しに向かうらしい。


『主よ、僭越ながら申し上げる。他に証拠が無い以上、突き詰めねばならないように私には思えるのだが…』


「(でも…お手洗いっすよ? 気になるのはボクも同じっす。だけど、他に気にしなければならない何かがあるような気がするっす!!)」


『そうは言うが、主よ…この問答こそ時間の無駄では』


「…オルレア様」


 迷っているような風音の瞳。

 言いたいことはあるが、言うのを控えている。そんな彼女の様子は、頭の中に聞こえるアスクレピオスに似ていた。

 まさか、彼女も同じことを言うのだろうか。気遣わし気な視線にまっすぐ見詰め返した。

 だが、


「…弓弦様。本当は、気付いているのではありませんか?」


「え…?」


 予想外の言葉に固まってしまった。

 そんな少女に対して、風音はそっと眼を伏せて言葉を呑む。

 出来れば言いたくなかった。

 「彼」が、「彼女」として事に当たるのならば、最大限その力になろうと考えていた。

 しかしそうもいってられない。

 時間が無いのだ。いよいよ日が昇ろうとしているというのに、まだ「彼」はどこか余裕を見せているように思えた。

 「気にしなければならない何か」、それはもしかしなくても大切なメッセージなのではないか。


「あ…風音今、心覗いたっすねっ」


「惚けないで下さい。弓弦様」


 思えば、どんな容疑者よりも追及しなければならない人物がすぐ側に居た。

 何を遠回りしていたのだろうか。

 きっと自分は、「彼」の知恵を借りずとも無事に解決出来ると高を括っていたのだろう。その意味では、誰よりも余裕を見せていたのは自分なのかもしれない。

 風音が微かに眉を顰めたのを、少女は自分への怒りと受け取った。

 しかし実際は、自身への怒りだ。内省に向けられた感情を、少女へ向けまいとした結果、僅かに表情を歪めてしまった。


「…言われたんすよ。『時間から根拠を求めるんじゃなくて、根拠から時間を出せ』って」


 あくまで、オルレアとして答えるつもりらしい眼前の人物。

 何を拘っているのか、問い質すよりも先に言葉の意味を考える。


「時間から根拠ではなく、根拠から時間を…? それは、どの様な」


「ボクに訊かれても、分かんないっすよっ」


 本来はバアゼルが言った言葉だが、それを風音が知る由も無く。彼女は「弓弦」からの言葉として受け取った。

 どんな意味なのだろうか。

 もう少し噛み砕いて教えてくれれば良いのに、勿体振られてしまった。

 ただ、アドバイスではあるはずだ。それも、かなり重要な。


「言葉遊びの類いですか? 単なる言葉の逆転に思えますが」


「さぁ…ま、捻くれ者っすからね」


「そうですね。捻くれ者で御座います」


 即答で断言出来た。

 弓弦は捻くれ者だ。優しいけど、相当な変わり者だ。


「(言われてるっすよ、バアゼル)」


『支配の者よ、言われているぞ』


 しかし、風音が伝えた言葉をオルレアは見事受け流した。

 その結果バアゼルの言葉が、彼への言葉のジャブで戻ってくるのであった。


『……』


「きっと何かしらの意味はあるんすよ」


「そうは仰っても…」


 言葉の順序を逆にしただけ。これに何の意味があるのか。

 語句の順序を逆にするといえば、倒置の表現法があったが。


「根拠から時間……根拠から…時間…?」


 根拠から、時間。

 時間から根拠を求めた結果。犯行時間を基に、殺人行為が行える人物を探した。具体的な殺害方法は二の次として。

 この推理をしていた時、自分は何を大切にしていたか。

 風音は瞑目し、記憶を辿る。

 自分が大切にしていたこと。それはーーー


「…犯行時間の中だから、その方に殺人が行えたか」


 そう。この仮定の下、推理を深めていった。

 しかしその結果は、容疑者が居なくなってしまった。

 つまり信じたい人物達を除いて、誰も時間的猶予が無かったという結論に至ってしまったのだ。


「…風音?」


 そしてその逆は。


「…殺人が行えたから、その犯行時間となった…?」


 言葉の順序を入れ替えると、そうなった。


「……私が考えた犯行時間までに殺人が行えた」


 殺人の完了が済んでいた。

 それは先程、仁と共に考え出した殺害方法の予想と全く同じだった。


「(…これが、弓弦様が伝えて下さったことなのでしょうか?)」


 弓弦は、わざわざ勿体振った言い方で、既に判明したことを伝えた。

 本当に、そうなのだろうか。

 いや、そんなはずはないと思いたい。

 きっと別の意味があるはずだ。本当に伝えたったことが、教えてくれたヒントから導き出せるはず。


「…うーん。風音」


「…はい?」


「難しく考え過ぎな気がするっす」


 思わず自らの身を守るように両腕を回し、軽く睨む。


「…覗きましたね」


「え? 何のことっすか☆」


 わざとらしい。

 事件の事をひたすら考えていたから良いものの、これが普段何気無い時に覗かれでもしたらーーー


「(…あ、悪夢に御座います……っ)」


 戦慄を覚えた。

 顔まで青白くなってしまった風音を見て、オルレアは視線を逸らして頰を掻いた。そこまで恐怖するようなことなのか。

 別に良いではないか。お互い女の子、仲良くオープンな関係こそ至高である。


「……」


『…主よ、あまり妙なことは考えない方が……』


 アスクレピオスの言う通りか。

 風音の様子を一瞥して、愚痴に近い考えを止める。


「か、風音はもっと簡単に考えるっす! うーんと」


 考えるのは、別の考え。

 いや、考えというより降って湧いたような直感か。


「勤務表にある時間ってそんなに大事っすか? それは予定表っすよね? もしかしたら実際の時間の中でお手洗いみたいに、小梅さんが把握していない何かがあっても、おかしくないっす」


「…それはあの方を疑う…と?」


 オルレアは首を左右に振った。そして頭の中に浮かんだ言葉を、そのまま風音に伝えた。


「勤務表をアテにし過ぎちゃ駄目ってことっす。犯行時間を出した時、風音は勤務表をアテにしてないはずっすよ」


「…!!」


 そうだ、犯行時間。

 犯行時間を算出出来たのは、決して勤務表をアテにしたためではない。

 頼りにしたのは、ユリの助言。

 助言の内容は、死斑に関してのもの。

 そう言えばあの時。彼女は他にも何かを言っていたような気がする。

 死斑は、何の他に現れる死体変化だったか。


「…弓弦様、最初からそう仰ってほしかったです」


 素直じゃない人だ。

 お蔭様で、気付くのに時間がかかってしまった。


「言ったのはボクじゃないっすけど。何か閃いたっすか?」


「はい」


 風音は、死斑の他に現れる死体変化の存在について話した。

 さり気無くユリが話したこと。まさかそれが突破口を開いてくれるとは。ユリ様々である。


「死後硬直っすか! そう言えば確かめてなかったっすね!!」


「…そうか、死後硬直か」


 言葉を弾ませた少女の後ろに、仁。

 こちらは浮かない顔だ。どうやら塩酸の容器は見付からなかったらしい。


「わっ」


「嬢ちゃん。死後硬直は、どの部位がどの程度の時間に現れていくか知っているか?」


「…いえ、詳しい時間までは」


 知識の無い自分が恨めしい。

 また、ユリに通信する必要があるということだろう。


「チッ…マジか。流石に死後硬直の時間なんてもんはメモのにも書いた覚えが無ぇ。…お手上げ、か?」


 お手上げにはまだ早い。

 この場の誰もが知らなくても。ユリならば絶対に知っているはず。


「…詳しい知人に話を伺います!」


 風音はインカムを取り出した。

 考えるよりも、医者に訊いた方が確実に早い。


「…なら俺は、硬直の具合を確かめる。その間に話を訊いてくれ」


 跳躍した仁の姿が、岩の向こうに消える。

 風音は装着したインカムに手を掛け、アークドラグノフに通信を送ろうとした。


「待て」


 その時だった。


「…ッ!」


 仁が再び居なくなるのを待っていたかのように、少女の雰囲気が変化した。

 やっと演技を諦め、弓弦に戻ってくれたのか。そう思っていたが。


「……死後、半刻から二刻にあぎと。三刻と半刻から四刻で四肢が石となる。温熱空間では、此れより刻が僅かに前倒されると心得よ。覚えておけ、娘」


 少女の容姿は男には戻らず、髪と眼の色が変わったのみ。

 死後硬直の時間。教えてくれたのはユリでも、弓弦でもなく、バアゼルであった。


「…承知致しました。心に深く、留めておきたく存じます」


 礼を失する訳にはいかない。

 精霊の言葉。恐らくは、精霊を介した弓弦からの言葉。それを一語一句留めようと瞬きした直後に、冷徹な雰囲気は弛緩する。


「だ、そうっすよ」


 次の瞬間には、いつもの少女に戻っていた。


「クス…そうですか」


 話を整理する。

 死後硬直。最初に現れるのは顎で、死後一時間から二時間。

 次に四肢。両腕と、両足。現れるのは、死後七時間から八時間。

 恐らくこの先も、硬直する順序が決まっているのだろう。しかしそんな中、二種類だけに説明を止めたということは。まさか。


「(今の時間は…?)」


 時計を探す。

 戸の開けられた脱衣所の壁に、それは掛けられていた。

 時間を確かめる。長針が十二。短針が、五を指している。


「(五時…)」


 少なくとも、顎は固まっているはず。

 大事なのはその次か。


「俵山様!」


 仁に倣った訳ではないが、同じように岩を跳び越え浴場の奥へ。


「あん? どうし「四肢は固まっていましたか!?」…?」


 緊急性を感じさせる風音の様子に、言葉よりも、実際に見せた方が良いと判断したのだろう。

 死体の背中に触れていた仁の手が、左腕を掴んだ。


「見ての通りだ」


 腕は、上がらなかった。

「(今日は楽しかったなぁ。美味しいご飯を食べて。綺麗な人達に囲まれて…訓練して、身体鍛えたり…はぁ、良い一日だった♪)


「…ディオルセフ、頬が緩んでいるぞ」


「…え?」


「何か良いことでもあったのか? さっきから部屋の前で立ち止まって。少し頭的にどうかと思うがな」


「良いことあったよ。凄く良いこと」


「ほぅ。それは是非聞かせてもらいたいな。どんなことがあったんだ?」


「それはね? 弓弦の部屋で、オープスト大佐の手作りスパゲティ食べたんだ。もうこれが本当に美味しくって! 頬が溶けるかと思ったよ! 僕の大好物のヤツだったし! 知影さんと副隊長とオープスト大佐に囲まれての食事なんて滅多に無いから、色々と新鮮で! 弓弦の部屋に入ってからの出来事をもう一度体験したいって思う程だよ!!」


「そいつは良かったな。オープストか…確かアイツは、自分から男に、あまり友好的な態度を取らない固い女だったと思うが、良く食べさせてもらえたな。橘の口添えがあったか?」


「それなりに友好的だと思うけどなぁ。クールなお姉様って感じで。あ、でもそんな見た目からは想像も出来ない程、料理は優しい味わいがするよ」


「…ふぅん。ま、ヤツは橘の妻やっているんだ。料理ぐらい出来て当然だろう。料理は慣れの側面もあるんだからな」


「弓弦…(羨ましい)」


「だが…優しい味わいか。個人的には興味がある。どんなスパゲッティだった?」


「ボロネーゼだよ。ソースは手作りだったかな。美味しいお肉を使ってたかも」


「いや、挽肉はアレンジ次第でどうとでもなる。問題はソースだ」


「…?」


「……。確か以前、橘が野菜を栽培しているとか言っていたな。恐らくはそれだな」


「あ、確かに野菜栽培してたね」


「高い料理の技術と、上手い食材。決め手はこの二つか。ま、それが分かったってところで、予告といこうか。『オルレアっす。人間の身体って不思議っすね。色んなバランスが成り立って、初めて普通の身体、普通の健康って…。だからっすよね。死んでからも何か変化が起こってくるのはーーー次回、湯煙旅の対決前』…さて、パスタか…メニューに加えるべきか」


「じゃあ、僕は帰るね」


「自慢するだけ自慢して帰るとはな。調子の良いことだ」

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