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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
302/411

湯煙旅と仮定の断定

 オルレアは、浴場から飛び出した。

 訊き込みだ。訊き込みさえ出来ればもう、事件は解決したも同然。

 アスクレピオスと考えて導き出した推理の結論。それが示す犯人を捜すために、意気揚々と。


「(いけるっす! いけるっすよ!!)」


 ちゃんと足は拭く。タオルは持参済みだ。


「(捜査っす! 訊き込み捜査っす! 燃えてきたっす!!)」


 脱衣所で、捲し上げた浴衣を戻して準備は万端。いざ、暖簾の外へ。


『いざ行かん! 真実へ!!』


「(解決目指して、ゴ〜っ♪)」


 飛び出した。

 どこへ行こうか。

 まずは従業員だろう。被害者が酩酊していることを、極々自然に知れるのは従業員ぐらいなものだ。


『しかし主よ、僭越ながら伺いたい。従業員とやらは何処に集まっているのだ?』


「(|ここの向かい側から多くの魔力マナを感じるっす。きっと、そこっすよ!)」


『向かい側…。だが主よ。走ると危ない「きゃあっ」…ぞ…』


 言った側から。

 駆け出していたオルレアは、障害物に打つかってしまった。

 壁ーーーではない。柔らかい感触だ。

 跳ね返されることもなかった。それどころか少女は、包み込まれるような感覚を覚えていた。

 優しく抱かれていふような感覚。この主は、恐らく一人しか居ない。


「あらあら…♪」


 風音だった。

 この柔らかな感触は、彼女の身体か。


「オルレア様、前方不注意は危険ですよ」


 見上げてくる小さな顔に微笑みかけ、風音は少しだけ力を強める。


「ぁぅ」


 圧迫に、オルレアの顔が形を変えた。

 「何するんすか」と、抗議の視線が向けられる。


「クス…良いではありませんか」


 解放する。

 バッと離れたオルレアは身を守るように距離を取る。


「…別に嫌って訳じゃないけど。ちょっとボク、今忙しいっす」


「あらあら…何を急がれているのですか?」


「捜査っすよ捜査。訊き込み捜査っす! 早くここの人全員に話を聞かないと、夜が明けちゃうから急がせてほしいっす!」


 訊き込み捜査のために飛び出して来た。成程、やはり現場での情報収集はある程度終わっているらしい。

 それとも、仁に任せてきたのだろうか。あり得そうだ。

 それは兎も角。


「その必要はありませんよ」


 少女の訊き込み捜査は、始まる前から終わっている。

 風音は自身の行動成果を、ボードを裏返して見せた。


「え」


 オルレアの眼が丸くなる。

 突き付けられたボードを注視する視線が、右へ左へと動いていく。


「御探しの情報は、此方でよろしいでしょうか」


 視線の動きが止まるのを待ってから、風音は少女の反応を確かめた。

 薄桃色の瞳が輝いている。

 それはまるで、宝物を見付けた童のようだ。

 驚きのあまり、口が開いている。口を、瞼を閉じるのを忘れ、見入っていた。


「…凄いっす」


 やがて、小さく口を開く。

 上がった顔は歓喜に彩られていた。


「あらあら」


 突然の抱擁は、オルレアから。

 背中に回された手によって引き寄せられる。

 年齢の割に成熟した肉体の柔らかさが布越しに伝わり、何ともいえない心地となる。

 自分はまだ、負けていない。そんなことをふと思った。


「凄いっす風音! 凄いっす!! 大好きっす♡」


 オルレアはどうやら興奮しているらしい。

 まさか「大好き」なんて言葉が出るとは。


「(…大好き…ですか)」


 少しだけ恥ずかしい。頬が仄かに熱を持ったような感じがした。

 見た目は少女、中身は殆ど別人格のようなものだが、それでも嬉しかった。

 出来れば、「彼」に言ってもらいたい言葉だ。きっと、もっと嬉しくなっていただろう。


「オルレア様。一旦俵山様と共に情報を共有しませんか?」


 喜ぶ心とは裏腹に、口を出た言葉は落ち着いていた。

 今はまだ、気を抜いて良い時ではない。刻一刻と、時間制限は迫っているのだ。

 本当は、少女を抱きしめて甘えさせてあげたいのに。自分の内にある本能に身を委ねたいのに。現実は甘くない。


「分かったっす!」


 スキップをしそうなオルレアが、鼻歌交じりで暖簾を潜る。

 風音もそれに続いた。












 仁は相変わらず岩を見詰めていた。

 色の薄れた岩肌。硫黄に微かに混じるこの香り。

 覚えのある香りだ。どこかしらで嗅いだことのある香り。硫黄とはまた異なる刺激臭だ。


「…どこで嗅いだ臭いだ?」


 硫黄の香りに包まれた空間内でも、意識して嗅げば明らかに分かるような異臭。

 何故こんな臭いがするのか。まるで何か臭いの元がここで爆発したようだ。


「あ、これプールの臭いっすね」


「あん?」


 いつの間にかオルレアが隣に居た。

 鼻をひくつかせ、岩肌の臭いを数度嗅いでいる。


「うん、やっぱりプールの臭いっす」


 先程出て行ったばかりだが、どうして戻って来たのか。理由を探していると、風音の姿が視界に入った。

 彼女が小脇に抱えているボードを見て合点した。風音が一人で情報を集めていたことが、ボードに挟まれた紙から分かったためだ。


「プール? するってぇと…ガキ共が遊ぶあの水風呂のことか。…言われてみると」


 熱いだけが風呂ではなく、中には体温よりも冷たい風呂もある。

 それが水風呂。水風呂よりも温かく、風呂よりも冷たいのがプール。

 風呂である以上、仁はこれまでに何度も入ったことがあった。だから、覚えのある臭いだったのだろう。


「プールは別に、子ども達だけが遊ぶ場所じゃないっすよ」


「んなことは知ってる。俺だってたまに楽しみに行くんだからな」


 仁がプールに入る時は、決まって気分転換が目的だった。

 風呂には成分を始め、浴槽の形、景色等、無二に等しい特徴がある。それはプールとて例外ではない。


「…楽しむ?」


「泳いだりとかだな」


「本当にそれだけっすか」


 オルレアの瞳が細められ、視線が鋭くなる。

 何かを疑われ、探られている。


「ま、泳ぐだけが水風呂の楽しみって訳ではないなァ」


 仁ははぐらかした。

 少女の言葉の裏に隠された疑いの問いの真意は、察するに簡単なことだ。


「それ、どう言う意味っすか」


「言葉通りの意味だなァ」


「だからそれってどう言う意味なんすか」


「そら、決まっている」


「丘ウォッチングだ」


「…何すか、それ」


「ま、この香りは塩素の香りって訳か」


 話を戻した仁。

 多くの人に利用されるプールは、当然多くの人によって様々な害が運ばれる。所謂細菌の温床である。

 そんな細菌を無力化するために、常にプールには一定量の殺菌薬ーーー即ち塩素が混ぜられている。プールの独特な臭いは、塩素によるものなのだ。

 だから、プールの香りは塩素の香りであると結びつけることが出来た。

 「丘ウォッチング」という怪しい単語に眉を顰めたオルレアだったが、追及から逃げられてしまったので諦めることに。


「…塩素。塩素がどうしてこんな所で香っているんすか。掃除っすかね」


「おいおい。冗談は止めてくれ。こんな環境で塩素なんてぶちまけたら……」


 今度は仁が眉を顰めた。

 尻すぼみになる言葉に、二人分の視線が注がれる。


「…サウナって訳か」


 どうして不確実な条件下で、硫黄で殺そうと考えたのか。その理由が分かった。

 仁の中で次々と考えが結び付いていく。


「…サウナ?」


 何故そんな言葉が出てきたのか。「弓弦」とは違い頭の回転が速くないオルレアが鸚鵡返しする。


「…さばんな?」


「…サバンナ?」


 何故そんな言葉が出てきたのか。

 今度は風音の言葉を鸚鵡返しすることに。


『ほぅ……』


 感心したようなバアゼルの声。

 黙りを続けているのかと思いきや、突然感心したような声を上げる。蝙蝠悪魔は一体何を考えているのだろうか。


「(…サウナって、どう言うことっすか)」


『主よ。硫化鉄と塩酸の化学反応だ』


 首を傾げる少女に、アスクレピオスが助け舟を出す。


「(あ、混ぜるなキケン…をレッツら混ぜ混ぜしちゃったんすね)」


 硫化鉄と塩酸を混ぜると、それぞれが反応して硫化水素と塩化第一鉄が生成される。

 そんな化学反応式を完全に理解出来た訳ではないオルレアだが、彼女でも理解出来たのは家事の知恵があったためだ。

 塩素系漂白剤に酸性の液体を混ぜると、人体に有毒な塩酸が発生してしまう。混ぜるなキケンレッツラ混ぜ混ぜダメ、絶対。


『恐らくだが、そこにある岩は岩と言うより、鉄なのだろう。良く良く見ると光沢があるのが何よりの証拠だ。塩素の香りがすることから察するに。元々湯気に含まれていた蒸気と化合し硫化鉄になっていた。それに塩酸がかけられたことで塩化第一鉄となり、更にそれが空気中の酸素と化合し、金属光沢を特徴とする塩化第二鉄になったのだろう』


「(…全然分かんないっす)」


 語り始めたアスクレピオスの話が、専門性を増した。

 オルレアが専門的な話には付いていけるはずがない。湯気に混じって、今にも彼女の頭から煙が立ち昇りそうであった。


「俵山様、『さばんな』とは一体…?」


 こちらは横文字に対して疑問符が浮かんでいる風音。

 サバンナではなくサウナ。仁は故意による言い間違えではないか疑うも、素で間違えているのだと気付き顎に手を遣った。

 どう説明したものか。少し考えた後に言葉を絞り出す。


「サウナって言うのは蒸し風呂の一種だ。閉じられた空間の中で蒸気やら薬草やらを焚き、血行を良くして発汗を促させる。汗と共に老廃物を外に出してくれるからなァ。美肌効果もあるぜ」


「まぁ。それは嬉しい効果ですね。…ですが、そのサンバが塩素とどう関係するので御座いますか?」


「あー。ま、そうだなァ。先に結論言っても仕方無ぇ」


 サンバではなく、サウナである。

 これは、幾ら言っても無駄かもしれない。そう考えた仁は、自身の考えの根拠を示すことに。


「良いか? 蒸し風呂ってヤツは当然、一定の温度と高湿度ってのが常に要求される。そのために、蒸し風呂は入口を除いて密室空間になっているのさ。そんな中で、塩素なんてモンをブチまけてみろーーー」


 ずっと謎だった。

 硫化水素で中毒死させたいはずなのに、いつ風が吹くか分からないこの環境は、殺害場所としてあまりにもリスキーだ。

 犯人が居るとして、その人物はわざわざ遺書を用意した。そんな環境でも、どうしても殺さなければならなかったのだ。そして確実に殺せる打算があったのだろう。

 殺害成功確率を上げるためには、殺害する方法をより凶悪なものにする他無い。

 つまり硫化水素で中毒死させるためには、硫化水素そのものの濃度を上げれば良い。

 だから、「サウナ」と仁は表現した。

 硫化水素サウナ。サウナを形成する蒸気は水蒸気ではなく、硫化水素。

 風の無い環境だったからこそ出来るような芸当だ。特殊な環境下で初めて行えるような芸当を、わざわざ自殺方法に選ぶとは考え難い。あまりに計画的過ぎるからだ。

 だから、つまり。仁の結論が意味することは、


「ーーー犯人様による殺人サウナの完成さ」


 この場で起きた人の死が、他者の手によるものであることを雄弁に語っていた。

「さてさてさてはて。ディオ君♪」


「…はい」


「…私も、女の子なんだよ」


「…はい」


「女の子のお尻を見たからには、何かしら制裁が必要だと思うんだ」


「…はい」


「…と言うことで、叩くね」


「…え」


「はい!」


「うわっ」


「それっ!」


「うっ!」


「ほらっ!」


「ぎゃっ」


「ほらっほらっほらっ」


「うっ、どっしてったったかれてるっ!?」


「そりゃねっ! 今この廊下にはっ、私達だけだからだよっ! ふふっ!!」


「うっ、うがっ、痛っ!!」


「ねね、どう!? お尻叩かれる気持ち! お尻見られる気持ちっ!!」


「うっ、はっ、ずかしいですっ!!」


「でしょ! でしょ!? 恥ずかしいでしょっ!? これが! これこそが! 私の受けた悲しみ! ふふふ!!」


「ぐっわぅぅっ!!」


「さぁ! さぁさぁさぁ!! ついでにこのままMに眼覚めなさい! 良いよ! 眼覚めちゃいなよユーっ!! フィーナみた…」


「うぐっ、あぐっ!! …え?」


「…知影、ちょっとこっち来なさい」


「…え。ちょーーー!?」


「…。知影さん、オープスト大佐に部屋の中に連れていかれたよ。…また、叩かれるのかな」




「予告しよ。『シテロなの。えっと、今回は本編に出ていないけど。出番が貰えたの。嬉しいの~♪ んと、次回は、ある薬草が登場するの。薬草が登場するから、私なの。…実を言うと、その薬草の登場が、私が今回お留守番な理由。…陰謀? ご都合主義? …私が居れば、事件もすぐに解決出来たかもしれないのに、ちょっぴり残念ーーー次回、湯煙旅と煙の正体』…。本編に出番無くても、ここまで予告を言えるんだ」

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