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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
301/411

湯煙旅で詰む推理

 風音は推理を続けていた。

 宿泊者が犯人かもしれないという考えの下。庭園を見詰めながら。


「(…あの御二方が部屋に来られたのは、俵山様よりも前…)」


 九時には帰って行った二人の宿泊者。

 その後何をしていたのかは定かでない。だが、時間的には犯行が出来る人物達だ。


「(…ですが。もし御二方のどちらかを犯人とすると、納得のいかないことがありますね)」


 それは、とある予想に基づいてのものだ。

 予想の根底にあるのは、「異臭」に関する情報。


『…なになに、何が起こっているのよ』


 「あの二人」は、本当に疑わしいのかどうか。

 風音は、甘く焦げたような異臭について教えられた時のことを思い出した。


* * *


「(…さて、第一発見者の方を探さなければなりません)」


 小梅の下を後にした風音。

 大変有用な情報を手にしていたものの、当然それだけで事件を解決出来る訳ではない。彼女は情報を正確なものにしようと、従業員の休憩所に向かっていた。

 その道中。番台を横切った際。


「…なになに、何が起こっているのよ。…あっ」


 反対側から現れた晴美が、小走りで寄って来た。


「ねぇ、知ってる? 少し前から騒がしいみたいだけど、今何が起こっているの?」


 言うべきか、少しの間迷った。

 だが隠してしても意味が無いので、正直に話した。

 この旅籠屋で人が死んだこと、自分はその原因を探していること。簡単にではあるが、事情が理解出来る程度の説明だ。


「ふーん…物騒。雄一君連れて来なくて良かった」


 そういえば、雄一の姿が見えない。

 風音が晴美の背後に視線を遣るも、当然誰も居なかった。


「草津さんはどちらに?」


「部屋で寝てる。疲れちゃったみたい」


「はぁ」


 部屋を訪ねて来た際、疲労の様子は見受けられなかった。

 しかし真夜中なのだ。寝ていても、何ら不思議ではない。不思議ではないのだが。


「(…何故でしょう)」


 言葉にいかがわしい香りが纏わり付いているように思えた。

 それはある意味、女の勘が機能しているためかもしれない。晴美が、敢えて濁した言葉の意味を察してしまったように思えてしまったように思えた。

 まさか。隣の部屋ではあらぬ光景が繰り広げられていたとでもいうのだろうか。だとしたら、一つ納得がいってしまうことがあるにはある。

 それは、二人が部屋を去ろうとした時のこと。

 二人は何かを言おうとしていたーーーさり気無く自分と少女に向けた視線は、恥じらいに満ちていたのだから。

 何を言おうとしていたのか。

 もしかしたらあの時。二人は事前に隣の部屋に詫びを入れようとしたのかもしれない。

 そう、これから自分達がする営みに関しての詫びを。


「えっと…調査をしてる…って言ったよね? 参考になるかは分からないけど、知ってるよ。変わったこと」


「本当ですか?」


 願ってもない情報提供者の出現に、風音は思わず食い気味に言ってしまう。

 晴美は「昨日の夜のことだよね?」と前置きしてから、少し思案する。


「…うん、昨日の夜ね。変な匂いがしたの。何て言えば良いのか…。甘く…焦げたような臭い? みたいな」


「…甘く、焦げたような?」


「そう。そんな不思議な臭いだった」


「(不思議な臭い…甘く焦げたような)」


 もしかしたら重要な情報かもしれない。

 そう思った風音は、晴美の話したことをメモに書き留めた。


「細かい時間は分からないけど。臭いがしたのは確かだよ。私も、雄一君も嗅いだから」


 時間は分からないそうだ。

 色々立て込んでいたらしく、時間を気にする暇が無かったのだとか。


「(異臭が漂う中、他事にしか注意を向けることが出来なかった…成程)」


 あり得る話だ。余程お楽しみだったのだろう。良くある話ではある。

 だが正確な時間が分からないのは残念だ。臭いに関して、他の人からも話を訊く必要がありそうだ。

 ならば彼女からは、他の情報を訊き出すべきか。


「他に気が付いたことはありませんか?」


「…うーん。気が付いたことね。あ、昨日は星が綺麗だった」


 気が付いたことではある。

 だが、聞きたいのはそんなことではない。


「後は…この街のマスコットキャラクターって、簡単なデザインなんだけど、可愛いの」


「…ますこっと…きゃらくたぁ?」


 耳慣れない言葉。

 虚をつかれたように風音の眼は丸くなった。

 彼女が困惑していると受け取ったのか、晴美は巾着を取り出して実物を見せてくれた。


「これ、『ユッコロちゃん』って言うんだけど。すぐここの土産屋で買ったんだ。どう? 何か愛らしい感じがすると思わない?」


 風音は眼を瞬かせた。

 蜜柑に眼が付いている。それも随分とキラキラした瞳が。

 手足も生えている。随分と胴長短足だ。

 そして瞳の上。人の顔でいうと、額の部分か。そこには「S」の字を縦長に伸ばしたマークが三つ並んでいた。

 何と例えると良いのだろうかーーーそう、良くある温泉の記号だ。確かに安直なデザインだ。

 取り敢えず、眼をもう少しどうにか出来なかったのだろうか。こうも輝かれては自然と意識を向けてしまう。


「(これは…愛らしい…と言うので御座いましょうか)」


 何ともコメントに困る。

 印象に残り易い造形。だがこんな安っぽい造形で良いのだろうか。

 考える。考えてみるも、困る。


「これね、後ろがマグネットになってるのよ」


「…まぐねっと」


 横文字は難しい。

 改めて実感する風音だ。


「磁石。冷蔵庫とか、金属とかに張り付けることが出来るの」


「磁石ですか」


 「マグネットは磁石のことである」。そうメモの隅に小さく記しておいた。


「そう。磁石って気付いたのは買って暫くしてからなのだけど。ちょっとした事件があって気付けたの」


「(ちょっとした事件……)」


 訊いてみるべきなのだろうか。

 事件とは関係無いことにしか思えないがーーー


「ちょっとした情報とは、どの様な…?」


 考えた末、一応訊いてみることにした。


「大したことじゃないんだけどね。私これを使って雄一君とキャッチマスコットしてたの」


「…きゃっち…ますこっと」


「どうしてしたんだろうな。部屋で二人切りって環境に興奮しちゃったのかも。ボールに見立てて投げ合いっこしてたら、つい手が滑っちゃって」


 二人切りの環境は何故かドキドキしてしまう。

 覚えはあった。しかしどうして磁石を投げ合うのか。部屋の中だというのに。

 枕投げではなく磁石投げ。気を紛らわせるための方法にしては、斬新だ。


「そしたらすっぽ抜けたこれが、なんとね、時計にくっ付いちゃったの!」


「…時計に?」


 何とも間抜けなものだ。

 幸いなのは、石でなくて良かったーーーといったころか。


「そう、時計! 時計の針が金属製だったみたいで。マスコットが磁石になってたって気が付いたのもその時。あの時は驚いたわ」


 磁石は金属にくっ付く。

 金属にくっ付いたから磁石なのだと、気付いた。


「(…どちらでも変わりませんね)。それが、事件なのですか?」


 風音は永遠に答えの出なさそうな自問を止める。

 事件の推理をしなければならないのに、こんなことを考えても意味が無い。

 これ以上質問してもあまり意味が無さそうだったので、結論を求めることに。


「ううん、違う」


 だがどうやら、結論ではないようだ。

 晴美は首を左右に振った。


「事件って言うのはね。時計の針の位置を変えちゃったことなんだ」


「…時計の針の位置を」


 そんなことが出来るのか。

 時計の針といえば、後ろのネジを回すことで調節するもののはず。


「夕食届けに来てくれた女将さんに言って直してもらったけどね。針が思いっ切り動いちゃったから二人揃って驚いた…だから、ちょっとした事件」


「はぁ」


 正直、どうでも良いような話だった。

 本当にちょっとした事件。微笑ましいといえば微笑ましい。

 そしてちょっぴり羨ましい。

 男と女。二人切りでの旅行に、思うところはあるのだから。


「どう? 何か役立ちそうなお話になったと良いのだけど」


「…えぇ、参考になりました」


 一番最初の部分が、特に。

 風音はそろそろ別の場所に行く旨を話した。

 これ以上の情報は、別の人物から収集した方が良いと判断したためだ。


「良かった。事件が解決出来ることを祈ってるわ。…えっと、お金お金…あった。じゃね?」


 軽く惚気られたためか、それとも力になれたためか。

 話を打ち切った晴美は、去り際にフルーツ牛乳を買って行った。

 番台に人が居ないのに、どこにお金を払えば良いのか不思議だったが、人の代わりに箱が置かれていた。

 無人販売とは大胆なことをしているものだ。

 晴美が小銭を入れた時には木の音しかしなかったので、どうやら中には金が入っていなかったのだろうが。

 お金が入っていない理由は察しが付く。恐らくお金を箱から取り出そうとする輩や、そもそも支払うことなくジュースを持って行く輩への対策だろう。

 無用心に見えて、その実は考えられている。いつか真似してみるのも悪くはないと思う風音だ。


「(…あら?)」


 箱の隣に、何かが置かれている。


「(あ、有馬さん。ますこっと…)」


 晴美は机の上にマスコットを置き忘れていた。

 小銭を探している時に机の上に置いて、そのまま忘れてしまったらしい。


「(…届けに…向かうべきですね)」


 風音はマスコットを手に、晴美の後を追う。

 確か晴美と雄一の部屋は、自分達の隣の部屋。自分達の部屋が二階右側、一番手前なので、必然的に二人の部屋は分かる。

 階段を登り、部屋の前に立つ。

 晴美が去って行ってからまだそれ程時間は経っていないので、牛乳を飲んでいるはずだ。

 わざわざキンキンに冷えた物を買っておいて、生温い牛乳なんて好んで飲む人など居ない。少なくとも、風音はそう考えていた。

 なので晴美を呼ぼうとすると、


ーーーもー、雄一君ったら!


 そんな彼女の声が聞こえた。

 どうやら雄一も起きていたらしい。内容までは聞き取れないが、男の声がした。

 どうしたものか。

 このまま晴美を呼ぶことは、二人の談笑の邪魔になってしまうかもしれない。

 そんな無粋は流石に、嫌だ。


「(また後程返しに参りましょうか…)」


 返却を一時的に諦め、マスコットをボードの留め具に付けておく。

 金属部分に付けてみて分かったのだが、思ったよりも磁力が弱い。気を付けないと落としてしまいそうだ。

 こうして風音は、従業員の休憩所へと向かうのであった。


* * *


「(…やはり、とても犯人とは思えませんね)」


 風音は晴美との、一連の遣り取りを思い出していた。

 疑わしいか、そうではないか。これを考えていくと、結論は後者だ。

 理由は遣り取りの中で抱いた、「有馬 晴美」の人物像にある。

 それは、「勘」と表現してしまえばそれまでのものだ。もし彼女か、雄一が犯人だとして、この「勘」への確信を持たせるのが狙いだとしたら、彼女は随分な役者ということになる。

 犯人の可能性は否定出来ない。だが、この勘を信じてみたい気持ちが風音の中にはあるーーーそれは、晴美の雄一に対する想いを本物だと信じる気持ちでもあるからだ。

 しかしそれを信じてしまうと、残るは仁だけに。


「(どうしましょう…! このままでは、俵山様が犯人に…!!)」


 信じたい気持ちがあるのは、仁に対しても同じなのだ。

 だが、仁を信じると容疑者は消えてしまう。

 それが意味することは何か。


「(…私の考え方が、間違っていたのでしょうか)」


 そうとしか思えない。

 どこかで、考え方が間違っているのだ。

 それとも、犯人は既に、この旅籠屋に居ないのだろうか。

 とすると、疑わしい人物が二人出てくる。

 思い出すのは、オルレアによって抱き上げられた時。

 確かあの時、旅籠屋から出て行った男が居る。恰幅の良い、身分の高そうな男ともう一人。護衛らしき男。

 あの二人のどちらかが犯人だとしたら。自分のこれまでの考え方が間違っていないことになるのだが。

 だとして。あの二人にどうやって被害者を殺すことが可能だったのだろう。

 普通では無い特別な方法で殺人をしたとしたら。例えばーーー魔法で。


「(…いずれにせよ、今一度考え直した方が良さそうですね)」


 風音は頭を振り、溜息と共に立ち上がった。

 彼女が目指すのは、浴場だ。

 これまでに自分が集めた情報。自分に集めることが出来る情報がここまでなら、次に行うことは一つ。情報の共有なのだ。


「(…もしかしたら、思わぬ発見があるかもしれません)」


 そんな予感があった。

 自分が得た情報と、オルレアと仁が得たであろう情報。それがあれば。

 それがあれば、真実に近付けるはず。

 早歩きで歩く風音の視線の先に、暖簾が見えた。


「…?」


 誰のものかすぐに分かるような、軽やかに、慌ただしい足音が聞こえた。


「(この足音は…クスッ。どうやら私は、丁度良い具合に捜査を終えられた様ですね♪)」


 チラリとボードを見る。

 きっと、(彼女)は驚くはずだ。

 風音は確信と共に、飛び出して来た少女の名を呼ぶのであった。

「…笑い声が聞こえる」


「…うん」


「…ふふ、だって」


「…うん」


「……」


「結局覗いてるんだね…」


「…気になるものは仕方無い。…好奇心は、ジェットコースター」


「…ジェット…コースター?」


「…乗り物」


「そんな乗り物があるんだ」


「…遊園地にある」


「…遊園地? あ、テーマパークのことだね。遠くの国にあるって聞いたことがあるなぁ」


「…高い所から急降下する、速い乗り物」


「…それは…ちょっと怖いね」


「ピアノ線があれば殺人が出来るぐらいに速い」


「…ピアノ線?」


「…どこかの遊園地。…昔そう言うことがあったらしい」


「…それは、物騒だね」


「…どこかの遊園地。…本の中」


「…本の中? あ、そう言えば建物が封印された本とかがあるらしいね」


「…魔法書の中には、ある」


「へ~。いつか行ってみたいなぁ」


「…いつか…行く?」


「行ってみたいなぁ…って」


「…コク」


「…あ、知影さん達こっちに来る」


「…コク」


「椅子に戻ろうよ、副隊長」


「……」


「副隊長? (急に僕の後ろに…?)」


「…捕獲」


「へ」


「一応女の子のお尻を見たから、突き出す」


「えぇっ!? そんないきなり…(た、確かに見ちゃったのは悪いと思うけど、一応女の子だしっ)」


「神妙にして」


「わ、分かったから手を離…っ!?」


「……」


「(…知影さんと眼が合った。オープスト大佐は…笑ってる?)」


「…知影が来た」


「…えぇっとー、予告言いまーす! 『夏と言えば…プールとか、海っすねぇ♪ 暑い身体を冷たい水で冷やすあの感覚…すっごい夏を満喫している感があるっす! でもちょっと苦手なものが…。海は塩っぱいし、髪とか肌がベタベタするし。プールは…何かツンとする匂いがするし。うーん、一長一短っすねぇーーー次回、湯煙旅と仮定の断定』…ところで副隊長、椅子に座らせてほしいなぁ」


「…知影が来るのを待つ」


「う、ぅぅ…」

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