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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
298/411

湯煙旅と硫化水素

 どよめく。

 不満は時間の経過と共に蓄積され、更なる不満を呼び寄せる。

 中には寝息を立ててい者も居る。神経の図太いものと嘲笑うことなかれ、今は彼等の行動が許されてしかるべき時間帯だ。

 またどよめく。

 「いつ帰れるのだろう」、「見廻組はまだなのか」、「早く帰りたい」、そんな言葉が木霊のように辺りから聞こえた。


「皆様…どうか、御静粛に願えませんか? 夜は静寂の時間。斯様に心を荒めれば、闇夜に魅入られますよ」


 部屋の入口を背にして正座する一人の女将が静かに告げる。

 その女将の名は玉川たまがわ 愛花あいか。彼女は叔母であり、この旅籠屋を切り盛りする城崎きのさき 小梅の頼みを受けて一堂に会している従業員達の見張りをしていた。

 見張りといっても監視のようなお堅いものではなく、他の従業員と同じように待機をしているようなものだ。事実、今この時に至るまでに彼女は一言も発さなかったのだから。

 それも、ここにきて止めざるを得なかった。


「今は、ただ待ちましょう。時が経つのを……陽が昇るのを。今を耐えれば、いずれ明日がやってくるのですから……」


 極度の不安は、人の心を蝕む。時の流れと共に、心は蝕まれ、恐れは膨れ上がっていくのだ。

 心より出る闇が、けたけたと嗤っていた。

 誰が考えるともなしに誰もが考えている。

 この恐れは、「もしも」の恐れだ。

 戻って来ない見廻組。聞けば、魔物征伐に出払っているのだとか。もしも、彼等が敗北を喫していたらーーーそれに対する恐れ。

 彼等は『ユドコロ』唯一の守り手であり、彼等の敗北は街への魔物の襲来を意味する。

 その時、戦う術を持たない街の住民はただ蹂躙されるしかないのだ。

 だから恐れる。

 だから願うのだ。速く戻って来ないものか、と。

 闇は、けたけたと嗤っていた。


* * *


「主よ、一つ伝えておきたい事柄があるのだが、宜しいだろうか」


 炬燵空間。浴場が映されている画面から、風音の姿が消えたばかりの頃のこと。

 それは風音が小梅より話を聞く暫く前であり、愛花が静かに従業員の不安を和らげていたのと時を同じくした頃だ。

 アスクレピオスもまた、主の力になれないかと思案を続けていた。

 闇に呑まれ、自らの癒しの力を失った時。彼は同時に、「癒し」に関する多くの知識を忘れてしまっていた。


『く…何故だ。何故考えども考えども何も無い。私はまさか、呆けてしまったとでも言うのか…ッ!!!!』


『…精霊共の贄となった貴様に対し、貴様である所以を「奴等」は奪い去った。存在二つ分の陰まで請け負い、喪うのは癒しの力だけと思ったか』


 蝙蝠悪魔の皮肉も合わさり、アスクレピオスはなおも憤りを募らせていた。

 もし自分が知識を失っていなければ、死体の状態から様々な情報を入手出来たかもしれない。それだけの知識は有していたとの自覚はあった。

 そんな中、自分の覚えている範囲で気付いたことはなかっただろうか。彼は懸命に思案していた。

 何でも良いのだ。何か気付いたことがあれば、それが主の助けとなるかもしれない。

 実際、何もかもが役立つという訳ではないのだが、それぐらいの気概を持って神鳥かむどりは事に当たっているのだ。

 そんな中、彼が主に提言出来るまでに至ったのは、少し前にとあるキッカケがあったためだ。

 そのキッカケというのがーーー。













* * *


「ふむ……」


 ーーー少し前。画面では、風音が風呂場を訪れたばかりの頃。

 『炬燵空間』では青く、爽やかな香りが広がっていた。

 香りを辿ると、そこにあるのは湯呑み。

 バアゼルが茶を淹れたために広がった、心落ち着く香りだ。

 自分の分も淹れようか、と考えあぐねる神鳥かむどりの視線の先。そこではバアゼルが湯呑みを凝視していた。


「如何したか、支配の者」


 唸りながら、静かに湯呑みを見詰めるバアゼルに声を掛ける。

 返事は無かった。

 蝙蝠悪魔の視線は、依然湯呑みに注がれたままだ。


「…ふむ」


「…?」


 何を見ているのだろうか。気になったので寄ってみる。


「む……」


 その途中、バアゼルは声を発した。

 瞳が、寂し気だ。


「貴様……何故なにゆえ我の下に寄った」


「ああも見詰めていれば気にもなると言うもの。…まさか、気分を害した…か?」


「大いにな」


 視線が鋭く、厳しくなる。

 どうやら当たりのようだ。背筋に冷たいものを感じた。


「見るが善い、貴様の動作によって起こされた風が、此処に浮かぶ柱を湯面より沈ませた。…如何どうしてくれる」


 アスクレピオスが近くに来た際の風が、茶柱を沈めてしまった。

 確かに茶柱は繊細だが、果たして自分が動いただけで沈んでしまうのだろうか。風の精霊の下僕しもべでもあるために、風が起きてしまう可能性は否定出来ない。

 否定は出来ないが、納得も出来ない。しかしバアゼルの視線に晒されると、反論なんて出来ない。有無を言わせぬ迫力が、視線にはあった。


「我は、我の興を削ごうとする輩、事象をことごとく嫌う。貴様が風さえ起こさなければ、今暫くの間、茶柱に興を懐いた筈だが、嘆かわしいものだ…」


「…も、申し訳無い」


 返す言葉も無い。

 楽しみを奪われれば誰とて悲しむのだ。不快な思いにさせてしまったことだけは謝罪しなければ。


「次からは留意しろ。行動の履行は即ち事象への働き掛けと知れ」


「…承知した」


 不承不承ながら。


「…茶柱が如何に倒れ易かろうが、何も影響を及ぼす事象が無ければそもそも倒れないとも云えるがな」


 要するに、茶柱が立っている時は寄って来るな。そう言いたいのだろう。

 茶を啜るバアゼルから視線を外したアスクレピオスは、見付からないように渋面を作る。まだ言うのか。

 風の属性を持つ存在に「風を起こすな」、とは人に「酸素を吸うな」、と命令していることに等しい。

 つまり、理不尽ということだ。

 風を起こすことの何が悪い。そもそも、微風吹けば倒れてしまうのなら、微風すら無い環境で茶柱を堪能すれば良いのに。この場合は、一人の時かーーーとすれば、責任転嫁のようだ。自分が動くかもしれない環境に居る相手が悪いとしているようなものだから。

 風が無い環境。確かにこの『炬燵空間』では風が吹かないし、日光も射し込まない室内環境だ。自分が居なければ茶柱は浮かんだままだったのかもしれないがーーー納得がいかない。

 そもそもだ。本当に茶柱が立っていたのだろうか。言い掛かりではないのだろうか。


「(何が、影響を及ぼす事象が無ければだ…)」


 そこまで考えてアスクレピオスは、自分が腹を立てていることに気が付いた。

 バアゼルの立腹を八つ当たりとするならば、自分の今の考え方も八つ当たりに等しい。主の力になれず不甲斐無い自分に対しての怒りが、今は静かにバアゼルへと向けられてるのだから。


『ーーー実際に死んでるんすよ? それって濃いってことじゃないんすか?』


『…周りを見ろ。天然の温泉を使ってる風呂ってのは、大概換気が出来ている。濃過ぎる硫黄が人体に有害ってのは、そっちの方面の人間からしちゃ常識みたいなものだからな』


「…? (影響を及ぼす事象が無ければ…?)」


『うぐ…』


 何かが、引っ掛かっている。

 何かが飛び出そうとして、喉の奥でつっかえている。

 その何かはきっと、とても大切なものだ。飛び出させないといけない、大切なもの。そう思った。


『で、でもっ、こんなにお空空してるのに中毒死してるんすよ!? どうやって説明しろって言うっすか!!』


 画面から聞こえてくる主の声が聞こえた。

 遣り取り自体はずっと続けられていた訳だが、ヤケにその部分の言葉が良く聞こえた。


「(…例え)」


 例えお空空ーーーもとい、青空が望めるような露天風呂であっても。

 例え微風吹けば、吹き飛ばされてしまうような軽いものであっても。

 「影響を及ぼ(・ ・ ・ ・ ・)す風が無け(・ ・ ・ ・ ・)れば(・ ・)」関係無い。


「…!!!!」


 そして事件当時ーーー昨晩は、風が吹いていなかったのだ。

 見付かった。主に伝えるべき、重要な情報が。


「主よ、一つ伝えておきたい事柄があるのだが、宜しいだろうかーーー」


 やっと気付けた事実は考えたら当たり前のことで、だが考えなくては思い付かなかったもので。

 バアゼルの言葉が思わぬヒントになってくれた。もしそれが無かったから、気付くことはなかったかとしれない。


「フ……」


 こうして神鳥かむどりは嬉々として、空高く声を上げるのであった。


* * *


「(…何すか? 別に良いっすけど)」


 謎の硫化水素中毒死を遂げた死体。

 風が吹き込み易く、微風吹けば彼方に運ばれてしまうような硫黄の香りでは、出来るはずもない。

 八方塞がりの存在が見え隠れしようとしていた。

 そんな中聞こえた神鳥かむどりの言葉は、驚愕のものだった。


『昨晩は風が吹いていなかった。換気環境が整っていようと、風が吹いていなければ関係無いのではないだろうか』


「…!」


 オルレアは眼を見開いた。

 それもそうだ。確かに、その通りだ。


「解ったっすよ! この謎が!!」


「あん? 何の謎が解ったんてんだ」


「どうしてこんな場所で中毒死出来たかっすよ! 風っす! 昨日の晩は風が無かったんすよ!!」


 壁や岩等を調べていた仁も、微かに眼を見開き少女を見る。

 言われてみればそうだ。そうなのだ。

 昨晩は風が吹いていなかった。つまり、浴場内には硫黄が充満し易い状況下にあったのだ。

 その中でもここ、給湯口は相当硫黄が溜まっていたに違い無い。とすれば、動けないよう固定するだけで自然と中毒死させることが可能となるーーーのかもしれない。


「だが。それだけじゃ説明付かない点がある。第一、誰がそんなこと出来る。硫黄が充満した空間に居ると、普通は気持ち悪くなる。それを我慢して入浴していたってんなら、相当な馬鹿じゃないとなァ」


 例えば、硫黄で死ねると分かっていて入浴したのでなければ、普通は逃げるはずなのだ。

 この場所で、硫黄で死ぬことが出来る可能性は見出された。しかし、次の問題は硫黄で死ぬことが出来る死地に、どうやって誘き出せたのかだ。

 これが「自殺」ならば、簡単に説明が付いてしまう。自分から死にに行ったとするならば、結論は出たようなものだった。

 しかし見出さなければならないのは、「他殺」の要素である。ここから、一段階考えを発展させなければならなかった。


『む、むぅ…如何様にして…か』


 アスクレピオスの声が聞こえなくなる。

 どうやらまた悩み始めてしまったようだ。


「分からないっすよ? 硫黄が大好きな人かもしれないじゃないっすか」


「…仮にそうだとしてもだ。硫黄の充満した場所に誘き寄せた…ってだけじゃァ、殺すのに確実性が無いな。良いか? 昨日は風の無い日だったかもしれない。だが、一度風が吹き始めれば…ポンっと計画ご破算だ。わざわざ遺書まで用意しているのに、んな確率論に賭けるかね?」


「う、ぅぅぅ……」


 計画性のある犯行。そうでなければ、自殺に見せかけた他殺など不可能。

 「目出度い考え方過ぎて、ウルフの欠伸あくびで吹き飛んじまいそうだぜ……」と、仁は欠伸する。

 目出度い考え、都合の良過ぎる考え。小馬鹿にされたようにしか思えず、オルレアは頬を膨らませた。


「足りねぇな。何か手応えが無ぇ。…流石に、現場にこれ以上の犯行の証拠は残っていないのかもな」


 仁は少女から視線を外し、岩を見る。

 犯行の証拠とは呼べないかもしれないが、変わったものはあった。

 それは少女が延々と悩んでいる間に見付けたもので、良く良く見ると何かしら意味がありそうに思えてならない。

 岩肌を見詰め、今度は反対側から見てみようと動く。

 オルレアはそれを、仁が帰ろうとしているのと受け取った。隣を通ろうとした男の裾を掴み、引き留める。


「いーや、そんなはずはないっす」


「っ」


 いきなり引き留められるものだから、転びそうになってしまう。

 足に違和感があった。足下を見下ろすと、どうやら葉っぱを踏んでいたようだ。

 足早に行こうとしていた所為もあるのだが、妙に足を滑らせたのはこの葉っぱの所為だった。


「何故そんなことが言える」


 葉っぱを取り、眼の高さにまで持ち上げる。

 人を滑らせるとは傍迷惑な葉だ。恐らくオルレアが滑ったのもこれの所為かもしれない。


「…?」


 気になったことがある。

 葉から、妙な香りがするのだ。


「勘っす」


「あん? 勘だァ?」


「勘の何が悪いんすかっ」


 別に悪くはない。

 妙に自信あり気に言うものだから、拍子抜けはしてしまったが。


「勘…ねぇ」


 勘。

 勘といえば、この葉っぱに対して勘が働いているような気がした。

 どうも、何か意味があるような気がするのだ。それは、葉から漂う仄かな香りがそうさせるのか。


「何すか」


「ま、良いんじゃねぇか?」


 意味が分からない以上、考えを深めていっても仕方が無い。

 葉を壁際に捨てると、改めて岩の裏へと向かおうとする。


「…あん?」


 まだ、裾が掴まれていた。


「何のつもりだ? 言ったはずだぜ。俺はチビに興味が無ぇってな」


 少し強めに引っ張ってみるも、離してくれる気配は無かった。


「…どこに行くんすか」


 振り返ると、少女の瞳と視線が交わった。

 桃色の瞳が揺れている。

 何という眼をするのだろうか。視線を外すと仁は頭を掻いた。


「そこの岩を反対側から見てみるだけだ。んな捨てられそうな子犬の眼をするな」


「な…っ、誰が子犬…っ」


 裾から手が離れた。

 恨みの視線を感じながらも、待っていたとばかりに反対側に移動する。


「…何すか、何すかっもうっ!」


 一人腹を立てるオルレア。

 また揶揄われた。そう思うと無性に苛立った。

 何が子犬だ。何が。そう言うあんたは大熊だ。内心で怒りを打つけ、肢体に向き直る。

 どうしてこの場所に固定されていたのか、死斑の謎がそれぞれ解明された。

 悪さをしたのは硫黄だ。 それは昨晩の環境なら、硫黄で死ぬことが出来た可能性の存在が明らかになったことで半ば確定した。

 仁は「確実性が無い」と言ったが、確かにその通りだ。

 遺書の存在。自分が直接手を下さずとも良いような殺しの方法ーーー事件に計画性はあったのだ。遺書を偽造するまでのことをしたのなら、死地に放り込むだけというお粗末なことはしないように思える。

 どの程度の硫化水素で人が死ぬのかは知らないが、もう少し確実性を追求する何かしらの行為をしていてもおかしくはないはずだ。

 硫黄が充満する中、わざわざ人目に付き難い奥に座っていたことも気になった。


『待て、主よ。何故なにゆえこの者が、自分から奥に座っていたと言える?』


「(え、だって今ここに座ってるじゃないっすか)」


 息を呑む様子が分かった。

 あっけらかんと言う少女の言葉を、飲み込むような間が置かれた。


『…失礼ながら申し上げる。主は、この者が犯人とやらに動かされた可能性を考えたのか?』


 それが主の言葉を聞き咎めたアスクレピオスからの問い掛けだった。

 暫しの瞬き。

 問い掛けの意味を理解した少女が発した声は、何とも気が抜けていた。


『此処に座っていたことは現実だが、私にはどうしても得心がいかない。給湯口の近くで、排水口の真上…中毒死するのに打って付けの場所にわざわざ、自ら座るのだろうか…?』


 そんなの、偶然かもしれない。

 「単なる偶然っす」と言いたい少女だったが、それでは殺害の確実性を低くする要素を肯定してしまうことになる。

 少女とて、そこまで馬鹿過ぎてはいない。

 こんな都合の良い偶然を認めるには、いかない。今は何かしらの要素を探し出して必然とするしかないのだ。偶然を証拠として立証するには、他の証拠が足りな過ぎた。


「(アスクレピオスはどう考えたっすか?)」


『都合の良い場所へと犯人が動かした…そう考えるのが妥当ではないだろうか』


「(でも、どうやって動かすっすか)」


『屈強な男ではなく、女人ならば。引き摺るなりして動かすことが可能ではないだろうか。それに浴槽の中で意識を失ってさえいれば、余程非力な稚児でない限り奥へと動かすことが出来るだろう』


 浮力を活かした移動方法。

 意識を失った後に移動させたのならば、可能性としては十分に考えられる。


『…ズズズ』


 茶を啜る音が聞こえた。

 バアゼルだろうか。焚き付け役でありながら知恵を貸さないとは、呑気なものである。


「(でも気絶させるってどうやって…?)」


『主は気付いているか? この者から酒の香りがすることに』


「(え?) くんくん…あっ」


 オルレアは女性の口元に鼻を寄せる。

 酒臭いのは自分とばかり思っていたた。しかし嗅いでみると、臭いの元はこうして死者からも漂っている。

 多量の飲酒後の入浴は、気絶による溺水の危険性を高める。どうやら被害者が多くの酒を飲んでいたらしい。


「そっか。そうなると…)」


 となると、犯人はそれを分かってて入浴を勧めた人物となってくる。

 被害者が多量の飲酒をしていた彼女は、誰かに入浴を勧められた。

 入浴中。気を失った彼女は誰かによって浴槽の奥へと引っ張られ、給湯口の付近、排水口の真上に座らされた。この時、座った体勢を崩さないように、排水口を塞ぐ蓋が外されたのだろう。

 後は気絶している彼女が、そのまま永眠する。死亡を確認後、部屋に遺書を置けば殺害完了である。


「(こんな感じっすかね。大体)」


『素晴らしい推理だ、主よ。後は人物の特定だけだ』


「(そうっすね! そうと決まれば!)」


 条件に該当する人物を探し出せば、事件は解決だ。

 仁は引き留めたのに、自分が浴場を後にするとなると、少女は脇目も振らずに脱衣所へと入って行った。


「……」


 自分勝手なチビだ。

 仁はそんな少女の背を見送り、溜息を吐くのであった。

「お代わりある? フィーナ」


「…何と言うか。元気ね、あなたは」


「えー、美味しいものは美味しいし。悔しいけど。お腹空いたからもっと食べたいなぁって思って」


「(…知影さん、よく食べるなぁ)」


「残念だけど、今日はここにある分だけよ」


「えぇっ!? もう無いのっ!?」


「当たり前じゃない。あり合わせで作ったのだから」


「ぅぅぅ…さり気無く私を責めてるよね?」


「それは後回しよ。覚悟することね」


「拒否権は?」


「…あると、思う?」


「(うわ…怖い笑顔)」


「…慈悲は?」


「…ある訳がないでしょ? これでも私、怒っているのよ」


「(これでなくても怒っているように見える。でも、笑っている。…ぅぅ、笑顔が怖いっ。けどご飯は凄く美味しい。…はぁ、それにしてもこのボロネーゼ、最高…)」


「……美味しい?」


「え、美味しいけど…。(どうしたんだろう、副隊長)」


「…楽しい?」


「(そりゃあ…楽しいよ。食卓に華があるのってあまりないし…と言うか、滅多にないし)…うん」


「一緒に食べるって、嬉しい?」


「うん」


「…コク」


「…? (何なんだろう、突然。変なことを訊くなぁ…)」


「……」


「(隣から視線)…何ですか、知影さん。あげないよ」


「…別にディオ君のな…う、ううん! そっかー、残念だなぁー!」


「(あさらさま…。今度は何を考えているんだろう。何をされるか分からなくて結構怖いんだけど…)」


「……」


「(今度は前から視線を感じる)」


「……」


「(斜め前からは生温かい視線が…)」


「……」


「(隣からは何か、色んなものを込めた視線が…)」


「「「……」」」


「(な、ななな、何なんだぁっ!? 意識しないと感じないような視線だけど、気にし出すと凄い気になるよっ!? …と、取り敢えず予告を言って気を紛らわせよう! 『オルレアっす! いやぁ…良いっすよね、婚前旅行。新婚旅行も良いっすけど、婚前旅行も期間限定的ですっごくイベント感がするっす! …それにしても風音、どこに行っているんすかねぇーーー次回、湯煙旅と知らぬが仏』…良し、今度はパァスタに集中だ! …何とかして)」


「「「……」」」


「(この視線をやり過ごさないとっ)」

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