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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
285/411

湯煙旅と女二人

 帯に手を掛け、帯紐を解く。

 襦袢の紐を引き、袖に通していたものを徐に抜いていく。

 スルリと衣擦れの音を立てて、露わになるものがある。

 乱れの無い、きめ細かな肩。次いで露わになったのは、細くも決して病的ではない腕。両腕の間には、抑え付けられていてもなお存在を主張しているものが、肌着を押し上げていた。


「…っしょ」


 襦袢の下より現れた最後の肌着を外すと、これまで抑え付けられていたものが解放され、静かに、僅かに揺れる。

 脱がされた衣類を簡単に畳み、脱衣籠の中に入れた手は、最後の下着へと伸ばされた。

 引き締まった長い両脚を通過していく下着は、片方ずつ脚先から脱がされ畳まれた衣類の間へと差し込まれる。

 身体中を覆っていたベールが脱がされた。髪を後ろで高めに束ね、後毛の隙間から隠されていたうなじが覗く。

 夕陽に照らされる彼女の、何と艶やかで美しきことか。茜色の後光を帯びる少女の姿に、風音は呼吸を忘れていた。


「風音~? 先にお風呂入っちゃうっすよ~?」


 いつしか腰にタオルを巻き、胸を手で隠している少女によって浴場への道が開かれた。

 硫黄の香り、少し冷たく感じる風。自分も、衣服を脱ぎかけていたことに風音が気付いたのはその時だった。


「はい! ただ今!」


 タオルを手に持ち外へ。

 広がる景色、強く香る硫黄。

 脱衣所の先は、当然浴場があった。


「掛け湯はそっちにあるっすよ~」


 オルレアは既に湯船浸かっていた。

 頭に巻かれたタオルの結び目は兎の耳のようだ。

 自然と風音の視線は下に落ちるが、乳白色の湯は丘の頂上より下の絶景を霞がからせていた。

 少し残念に思えてしまう風音だ。その美しき肉体美を堪能しようと思っていたのだが。


「っ」


 浴場とはいっても、風に冷やされた床は冷たい。気持ち早足になると、風音は湯船に片足を入れた。


「あら、良い温度ですね」


 残るもう片方も入れるとオルレアの下を目指す。


「遅いっすよ…あれ、どこに行くんすか」


 だが風音は彼女の下を通り過ぎると、露天風呂の奥に向かった。

 気になったのは、温泉の形状だ。温泉にしては独特な形をしている。この旅籠屋の風呂は石を並べて浴槽を作ったらしく、凹を右に倒したような形をしていた。

 凹んだ部分より先は、ちょっとした隠れスペースとでも呼ぶべきなのだろうか。中央部分の岩によって遮られた空間は、入口からは見えることがない。精々見ようとするのならば、浴槽の中央を区切る岩の横よりも奥に行かなければならないので、隠れて何かをするには十分だった。


「どうしたんすか? …わっ、個室スペース的な奴っすね。あ、お湯はここから出ているんすね」


 オルレアが風音の背中越しに、温泉の注入口を発見した。

 硫黄の香りが強くなっているので間違い無いだろう。適温と感じていた湯温が、熱く感じる。


「ここなら何をしても、入口側からは見えませんね」


「そうっすね…ハッ?!」


 何かするつもりなのか。

 少女は自分の身体を守るように離れていく。


「ま、まさか…やらせはしないっすよ…ボクの身体はボクのものっす」


 肩まで温泉に浸かったまま離れていく様子は、まるで警戒している小動物だ。

 視線を外せば襲われる。背中を見せれば襲われる。食物連鎖の上位種を相手に、どうにかして生き残ろうとしている姿ーーー


「うふふ♪」


 愛でたくならないはずが、なかった。


「ひぃっ?! 来るなっすぅっ!?」


 追われる小動物。


「御待ち下さいませ~♪」


 追う獣。

 両者の逃走劇はこのまま続くかに思われたが、浴場はあまりにも狭過ぎた。そして、足場として不安定過ぎた。


『主の胸が揺れているッ!?』


 それに加えて突然のアスクレピオスの発言。

 決して間違いではない。現に少女の胸は揺れていたのだが、それは今言うべきことであったのだろうか。


「わばっ?!」


 故意であるかどうかは置いておくとしても、オルレアは突然の聞こえてきた声に驚き、手を滑らせてしまった。


「弓弦様っ?!」


 バランスを崩してしまったオルレアの全身が、風呂の中に沈みかけたところで水没を免れる。既のところで風音が彼女の背後に回り込んだのだ。

 助かった。肩より上は、無事だ。

 柔らかいクッションのような肌触りは、風音の肌に触れているためだろうか。背中越しに伝わる体温にどうしてか落ち着く少女。


「……」


 だがその顔は、蒼白になりつつあった。

 比喩ではないし、オルレアの身体に異常が起こっている訳でもない。

 離れようと、身体を前に傾けようとすることが出来なかった。それどころか、自然な形で胸の下に回された手に、不自然な形で力が入っている。


「逃がしませんよ?」


 獣の牙が小動物を捉えた。


「そこを何とかお願い出来ないっすかねぇ。ほら、だってボク幼気な少女っすよ?」


 怖い。眼が怖い。

 息を当てないでほしい。それも首筋に。理由は身体が勝手に強張ってしまうから。


「良いではありませんか。溺水から助けた御礼…と考えられれば」


「いやそもそも風音の所為っすよね? 風音が襲って来なければそもそもの話で転けなかった訳ぇんあぅっ?!」


 風音の手が、胸を掴んだ。

 ゾクッと身体を走った感覚に、声を上げてしまった。


『む、胸を触られただけ何と耽美な声を…我が主は女人であったのかッ!?』


「(あ、アスクレピオス…っ)」


 それを今言うのか。

 蜜柑を食べ、炬燵で寛いでいたアスクレピオスは、主が女性になっているとを本当の意味でこの時知ったのだろう。だがそんなことはオルレアの知る所ではない。彼女はタイミングの悪い神鳥かむどりに内心悪態を吐かずには居られなかった。

 もし驚かされなければ、逃げられたかもしれないというのに。たった一度、たった一瞬生じてしまった隙が結果の明暗を分けてしまった。

 一度揉まれ、手が放される。

 しかし次の瞬間には強く揉まれ、暫く揉みしだかれる。


「クス…何の事で御座いましょう? 全くもって身に覚えがありません」


「んぇぅっ」


 勝手に零れる吐息交じりの声。

 これが自分の声だと信じられない。オルレアが発したのはそんな艶のある声だった。


「か、風音何…してるか分かってるっす? 止める…っす! お願いだからその手を放してくれないっすかねぇんっ?!」


 背後を取られ、後ろから抱きしめられているている現状。風音が回した手を放して

くれるはずがない。放すとすれば、余程の事情が無ければ。


「その手とは、どの手で御座いましょう?」


 耳元で聞こえる風音の弾むような声。揶揄われているのが良く分かった。


「両手共…すぅっ!!」


 余程の事情を考えるオルレア。

 風音が放さざるを得ない状況は、何か無いだろうか。


「ぅっ?! 兎に角、胸揉むなっすぁぁっ!?」


 しかし思考に入ろうとしても、触られている感覚が思考を遮る。頭が回らない。


「あらあら、感度は良好…で御座いましょうか。うふふ♪」


 オルレアの思考が止まっていくのに対し、風音の嫌らしい手付きは止まらない。

 焦らして弄ぶように揉みしだかれ、頭がボーッとする。

 嗜虐的な笑みを浮かべる女によって、少女の気力が全て奪い去られようとしていた。


「…む…ね…ぇ…っ、っ……っ! ぁ……」


 最早今の姿を見て、彼女の本当の姿が男だと気付く者は誰も居ないだろう。この光景は誰の眼にも、幼気な少女が蹂躙されているものにしか映らないのだ。


「あら。うふふ…」


 オルレアが力無く頭を垂れると、風音の視線がある一点に止まった。

 耳元に寄せられていた彼女の口が、徐に下へと動いていく。


「…仕返し、しますね?」


 思い付いたことがあった。否、正確には覚えていたことがあった。

 以前眼の前の人物にされた、うなじに接吻というお茶目。その仕返しのために彼女が狙いを定めたのは、やはり少女の首筋。


「ーーーっ?!」


 唇が触れた途端、少女の身体が強張った。 飲まれた息が、熱と、声と共に吐かれる。


「(弓弦様……)」


 風音の身体にも、自然と力が入っていた。


「(弓弦様……っ)」


 満たされていく何かと、満たされようとしない何かが、彼女の中で鬩ぎ合っている。

 これは、欲求か。触れさせただけでは物足りないと、触れさせる以上の何かがしたいという衝動が彼女の意思を駆り立てる。

 「負けてはいけない」。対抗心か危機感は分からなかったが、理由も無く思った。


「…ぅぁっ」


 風音は、名残惜しさを覚えつつも唇を離した。離れ際に軽く唇に力を入れてしまったためか、白く滑らかな肌に

くれないが一点灯る。


「……クスッ」


 いつの間にやら乱れていた息を整えると、再び胸攻めを始める。

 接吻が決め手となったのか、次第に少女の眼は熱を帯びたものになっていた。見せていた抵抗の素振りもなりを潜め、


「ぅぁっ、ひぅっ、ひぇっ…ふぇぇぇぇ……」


 お茶の間にはお届け出来ないような状態になってしまっていた。

 嬌声を上げる十五歳。彼女が感じる触り方を、あまりにも熟知している十九歳。二人の様子は創作物における女子更衣室や、たまにある浴場での少女達の戯れに非ず。特殊な性的嗜好を持つ男性陣にとっては垂涎ものの、妖しい様子だ。

 この場面、どこからどう見ても犯罪でしかないのだが不幸なこと(ある意味では幸運かもしれないが)に、誰も浴場には現れない。だが少女を助ける者が現れない以上、少女に対する弄びが終わるはずもない。

 救いは無いのか。この少女を魔性の女の手から解放してくれるような救いは。

 ーーーある。

 少女の胸で僅かに揺れる希望の光。

 その希望は、願い。「助けて」、少女の切なる願いだったーーー


* * *


 ーーーお茶の間(炬 燵 空 間)

 外の光景が俯瞰視点で映し出されているモニターを前に、バアゼルは小さく笑った。


「ク…応えなくとも善いのか『流離の双子風』代理。貴様の主が呼んでいるが」


 満開の百合がお届けされている空間で、少し前から蜜柑の皮剥きに没頭していたアスクレピオスは羽を止める。


「待ってもらえないだろうか。私は今、美しき蜜柑を目指して格闘しているのだ」


「……」


 それで良いのか希望の運び手。主の願いよりも蜜柑が大切だとでも。

 バアゼルは外の光景をもう一度見た。

 胸を揉まれる少女。胸を揉む女。全く、どうして飽きないのだろうか。バアゼルは百合の花が開く光景を冷やかな視線で睨んだ。


「…蜜柑の皮は多くの栄養を有している。貴様は摂ろうとは考えないのか?」


 この光景を『萠地の然龍』が見ていたのならば、彼女はどんな行動に移っていただろうか。

 蜜柑の皮について能弁に語っていた彼女のことを、バアゼルはふと考えていた。

 あの天然悪魔のことだ、こんな光景を見れば何か良からぬ影響を受けたとしてもおかしくはない。彼女が外の世界を「見ない」ように周りが努めたとしても、「行く」ことまでは妨げられない。

 画面の光景を見て、臍を曲げるかもしれない。人のような感情を覚えている彼女のことだ、あり得なくはない予想だ。

 思えば、常にアシュテロが突然湯船に顕現するかもしれないリスクも考えると、彼女を留守番させたのは良い判断だった。


「何、そうなのか? 噛み応えが悪かった故、剥いて平らげなければ…と思っていたのだが……」


「皮は栄養を運ぶ根。故に剥いて食すのは貴様の自由だが、其の行為は蜜柑の栄養を滅していると同義だ。…神鳥かむどりとやらを称しておきながら、無情なものよ」


 アシュテロは一度話しただけなのだが、この蝙蝠悪魔は彼女が話した内容を完璧に覚えてしまっていた。蜜柑、恐るべし。


「な、何と……っ」


 アスクレピオスは絶句した。

 自分の得だけを求めて自然の恵みを無駄にしてしまうとは、神鳥かむどりとしてあるまじき行為だ。


「私は何と言う事を……」


 アスクレピオスは蜜柑と剥いた皮を合わせて嘴に放り込んだ。

 償いとばかりに味を堪能し、彼は頭を振った。


「これで私は許されるのだろうか……?」


「否。何を世迷い事を……」


 神鳥かむどりが固まる。

 バアゼルの声音は冷たかった。


「許されたいか?」


 蜜柑に関して、眼前の悪魔を刺激してはならない。

 虎の尾を踏んでしまったと固まったアスクレピオスにとって、その言葉は麻薬だった。


「ならば、善事を行え。見ろ」


 バアゼルに誘われるがまま、ゆっくりと画面に視線が向けられる。


「…貴様が行わなければならない善事…解せるな?」


 バアゼルの瞳が鋭い光を帯びた。

 アスクレピオスは、蜜柑に集中することで画面の向こうからの救難信号に見て見ぬ振りをしていた。だが視線を誘導することで、無理にでも救難信号を受信させればーーー


「…行かねばならぬと」


 選択を迫ることが、出来る。


「…貴様が決める事だ」


 沈黙。この空気を作り出すことで、選択の余地を与える。

 同時に、静かに威圧感を放った。示された道への選択の余地を与えつつも、神鳥かむどりに逃げられないように。


「…行こう」


 定められた道ーーー即ち、炬燵の中へと潜るアスクレピオス。

 その姿が消えるとバアゼルは小さく笑う。

 全ては彼の思惑通りだ。外の世界で繰り広げられている光景を止めるには、第三者の存在が必要ーーーとなれば、ここは人々を助ける神鳥かむどりとやらの出番。これで、あの眼も当てられない光景は止まるはずだった。

 因みに、彼は決して少女を助けようとしているのではない。繰り広げられている光景が目障りかつ耳障りだから、止めさせるべきとの合理的判断に至ったためだ。

 延々と続く停滞を止める、人身御供ならぬ鳥身御供もとい、新しい風はどのような結果を出したのだろうか。


『ぬぉぉぉぉぉぉぉッ!?!?』


 画面の向こうでは、神鳥かむどりが流星になっていた。

「ロリって何ですか」


「ロリはロリだよ。だってユリちゃんときてレイアさんときたから、そろそろ大きく歳下、いきたいでしょ?」


「はぁ」


「やっぱり青春ってさ、同い年、ちょっと歳下ときたら、妹ぐらいの年齢。つまりちょびっとだけ歳の離れた女の子の存在が必要だと思うんだ」


「(…どうしよう。神ヶ崎さんの言っていることがわからないよ。…君ならどうするんだい? 弓弦……)」


「うん。やっぱり必要。と言うか、絶対に必要!! …と言う訳でやって来ました♪ 商業区♪」


「(商業区か…。そう言えばトウガの手伝い以外であまり来たことないや。だけどこうしてみると…美味しそうなものがある。あのソフトクリームとか、美味しそうだし。今度からちょくちょく来てみようかな……)」


「も~く~て~き~のロ~リ~は~い~な~い~か~な~っと」


「(服…か。別に隊員服があれば良いんだよね。どうせ任務ミッション以外で出掛けることもしないし…。わざわざ隊員服以外を着て出掛ける必要もないし……。弓弦は割と色んな服で出掛けてるけど。それに比べて僕ときたら。…新しい服、買うべきかな…?)」


「う~ん、こっちに居そうな気配がしたんだけどなぁ。VR1で戦闘訓練とかしてるのかな……」


「…今は定期メンテナンス中」


「(新しい服…と言ってもなぁ。僕に似合う服ってどんなのだろう。昔は召使が勝手に選んでくれてたし…。僕がいつも着ていた服に似ているのって、大体馬鹿みたいに高かったり…高そうに見せてるけど良く見ると凄く雑に作られていたりする服が多いんだよね。ううん…どんな服が良いんだろう)」


「…メンテナンス中かぁ。じゃあ今日一日はVR使えないのか。しまったなぁ。VR5で仮想のお祭り会場とかやってみたかったんだけど」


「…VR1で最後。VR5はもう使える」


「(弓弦に見立ててもらうのとか、良いかもしれない。僕に似合う服あるかな? って訊けば、弓弦なら良い服見付けてくれそうだ)」


「あ、そうなんだ使えるって、えぇぇぇっ!? セティ…居たの」


「…来た。呼ばれているような気がしたから」


「(あ、でも服買うお金あったかな。そろそろ任務も行かないと……)」


「ううん…来てくれたのは良いけど。うーん…そんなミスディレクションされるとは思わなかったなぁ」


「…仕切り…直す?」


「そうだね。ディオ君も今お悩み中みたいだし…。じゃあそう言うことで、予告だけお願いしても良い?」


「…コク。『オルレア・ダルクっす。はぁぁ…裸の付き合いって良いっすよね。自分で洗うよりも綺麗になるし、交友を深められたりするし。それに…こんな時しか見られない無防備な背中を見れたりするっす。…こんな綺麗な背中、触らなかったら損っすよ。もっちもっちーーー次回、湯煙旅と湯の華百合の花』…じゃあ、向こうから歩いて来るから」


「ごめんねセティ。お願いします」


「コク」


「(…兎に角弓弦に相談してみよう)」

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