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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
284/411

湯煙旅とデリカシー

 時刻は四時半を回ろうとしていた。

 差し込む茜はその色をより輝かせ、部屋を照らしていた。


「オルレア様、そろそろ御風呂にでも入りませんか?」


 夕食の時間まで残り一時間と少し。

 食事に集中するためにも入浴時であった。


「う~ん、そうっすね。用意するっす!」


「いえ、私が用意します」


 視線が打つかる。

 「ボク」が、「私」が。起こさずとも良いような争いが、水面下で繰り広げられる。


「ここは間を取って、それぞれが自分の分を用意するってことで、どうっすか?」


 水掛け論になる前に、妥協点を。

 風音に引き下がる気配が無かっため、オルレアは先に折れてみせた。


「…畏まりました」


 それは同時に、風音を妥協させるためでもあった。

 時間を浪費する訳にもいかないため、水掛け論は終了した。


「バスタオルと…身体拭くタオルも要るっすね。後、下着…浴衣……」


 オルレアは箪笥を開き、目当ての物を探していく。

 手慣れている。物品を選ぶ手に迷いが一切見受けられなかった。

 普段選び慣れていないというのに、良くもまぁ迷いが無いものだ。所々の部分が異なっていても、勝手知ったる自分の身体ということなのだろう。


「(手慣れ過ぎていても考え物に思えてしまいます。…少し迷われて、私に質問されるぐらいして下さっても良いのに……)」


 すぐに一式揃えてしまったオルレアを見る風音の眼は、どこか忌々し気だ。

 可愛気が無い。完璧な子よりは少しだけ駄目な子の方が可愛気があるというのに。


「風音~、何こっち見たままボーッとしてるんすか? 浴衣勝手に選んじゃうっすよ~?」


 ハッとする。

 風音は伸ばされかけた腕よりも速く腕を伸ばした。

 その速さ、神の速さ。


「い、いけませんさせません許しませんっ」


 あっという間に用意を終えた風音は立ち上がる。襖を開け振り返ると、着替えを強めに抱き締めて抵抗の意思を示した。

 油断も隙もありはしない。見た目は少女とはいえ、中身は男だ。彼女に入浴セット一式を揃えられるのは、女将としてのプライドが許せなかった。


「オルレア様、貴女様と言えども、一度御自分でも決められた取り決めを破ろうとされるとは、如何なものかと」


「別に良いじゃないっすか。ちゃあんと風音に合う物を選ぶっすから♪」


「着物は良いです! ですが、襦袢まで完璧に選ばれでもすれば私の立場がありませんっ!!」


 女将というより、女のプライドか。

 下着のサイズを把握されるのは、兎に角羞恥心を刺激された。

 今自分はどんな表情をしているのだろうか。風音はオルレアからさり気無く距離を取った。


「えー、良いじゃないっすかぁ。風音の全身コーディネート、良いっす! 勿論下着も♪」


 されて堪るものか。

 自分のことぐらい自分で出来るし、ましてや襦袢もコーディネートされてしまったら、女として何かが終わるようにしか思えない。


「……」


 嫌でも首を縦に振らない風音。


「駄目っすか?」


「御断り致します」


 逆の立場ならば良い。恥ずかしがる弓弦に、買って来た女性物の下着ーーーもとい、男性下着を着用させる。

 良いではないか、実に。恥ずかしがる弓弦を見られるのが、良い。


「絶対に似合う物、用意するっす!」


「…早く御風呂に参りましょう」


 少し調子に乗り過ぎではないだろうか。下着を買わせてほしいなどと、部屋の外でデリカシーの無い話をするとは。

 他の人に聞かれでもしたら、そう思うと今すぐこの話を打ち切りたかった。


「残念っす……でも、諦めないっすから」


 話ならば湯船の中でも出来る。肩を落としたオルレアは思考を前向きにすると、浴場に向かおうとする風音に続く。


「(御願いですから諦めて下さい……)」


 風音、心からのお願いだった。

 もしわざわざ用意させてしまったのなら、それを着用しなければならなくなってしまう。

 下着を飾る訳にはいかず、まして捨てたり、他に人にあげることは有り得ない。

 しかし、どうせならばあげた物を使ってくれている光景を見せたいのだ。鍛えた包丁や刀を使ってくれている光景を日頃見ているが、風音はその都度思うのだ。「嗚呼、差し上げて本当に良かった」と、そんな経験があるのだからなおのこと、賜った恩に報いなければ。

 下着を使っているところを見せたい。だがどうやって見せれば良いのだろうか。

 干している場面をさり気無く見せるのが、考えられる中で一番平穏か。だが、それはそれで恥ずかしい。

 そもそも洗濯物を干している光景をこれまで見せたことがないというのに、部屋に招く時は障子で隠すなりして視界に入らないようにしているというのに、それをわざと見せるのか。


「(…ならば一層のこと開き直り、弓弦様を誘惑すべきでしょうか)」


 誘惑する傍ら、さり気無く見せる。

 隊員服でなければ、簡単に下着をチラつかせることぐらいお茶の子さいさいだ。

 ーーー良いかもしれない。弓弦を誘惑し易くなるという秤を載せた瞬間、風音の天秤は反対に傾いた。


「…オルレア様、一つ御伺いしても宜しいでしょうか」


 二人は玄関を通り、渡り廊下へ。

 風音が一人で通った時に比べ、少々騒がしい。

 騒がしいとも、賑やかとも取れる物音はどこから聞こえるのだろうか。


「もしかしてさせてくれるっすか!? 全身コーディネート、下着込み!」


 少し騒がしめな空間であったためか、オルレアの言葉に反応する者は居ない。これが静かな空間だったらと思うと、元気娘設定にも困ったものだ。


「御伺い、で、御座います。何故なにゆえ全身、こーでねーとに拘られるのです?」


「そりゃ勿論、決まってるっす。着物しか持っていない風音に洋服買ってあげたい衝動に駆られているから…っす」


 最低一セット、最大幾らでも。お金に糸目を付けない謎の衝動。オルレアは、面倒見の良い弓弦の性格が変な風に全面に出てしまっている。

 奉仕精神。悪くいえば貢ぎたがり。この少女を嫁に貰えた男は幸せかもしれない。そんなことを風音は考えた。


「僭越ながら、洋服までに止めておけば宜しいかと思うのですが」


「駄目っす。どうせやるのなら、頭から爪先まで徹底するに決まってるっす」


 断固としたオルレアの態度に嘆息する。

 そこに下着を加えるのはいかがなものか。下着ぐらいその日の気分で用意しても良いはずだ。見られる物ではないのだから。


『貴様は物狂いか』


 別の意味で見られたものではないオルレアに、とうとうバアゼルが冷たく言い放った。

 凝り性なのは結構なことだが、今のオルレアの言動はセクハラに近い。というか、セクハラそのものだ。


「(…うぇ? 何すか、それ)」


 嘆かわしいとばかりの言葉の意味は、オルレアに伝わらなかった。

 「文面では明解な言葉だが、音にすると分からない。言葉とは実に難しい」ーーーアスクレピオスが内心思ったことは、少女の耳に届いていない。


『我に訊くな』


 分からないのならば、それはそれで結構。言わずにはいられなかった悪魔は冗談ではなく、本気で訊き返す少女の問いを短く切り捨てた。


「…風音、『ものくるい』って何すか?」


 そのため必然的に質問は風音に向けられた。


「オルレア様のことですよ」


 ニッコリ。

 バアゼルは言葉で切り捨てたが、風音は笑顔で切り捨てた。両者の共通事項は少女に対する呆れだ。


「いや意味分かんないっすから。ものくるいがボクって何なんすか」


「うふふ」


 ニッコリ。


「教えて?」


 オルレアもニッコリ。


「可愛いですよ、オルレア様」


 バッサリ。

 オルレアは答える気の無い風音の様子に頬を膨らませた。


「もーっ、ものくるいって何なんすかぁっ!」


 物狂い。即ち、変態の意である。

 言ってしまうのは簡単なのだが、オルレアの執着振りから弄る要素を見出した風音は笑みを崩さない。


「教えてほしいっす!」


「後程、御伝えします。今は…」


 浴場への入口の手前で、人が一人佇んでいた。横に設置された看板の内容を確認していたようだが、身体の向きを反転させる。

 玄関側から渡り廊下へと曲がった時から気にはなっていた風音。振り向いたことで明らかになった人物の姿を見、彼女は瞬きした。


「…どうしたっすか?」


「彼方から歩いて来る方…。あの!」


 風音が声を発したのは、すれ違う瞬間だった。

 浴衣姿、総髪の男と風音の袖が触れる。


「人違いなら申し訳無いのですが、もしや俵山たわらやま様では…?」


 男が足を止める。

 止んだ足音に、風音が振り返った。


「(たわらやま……)」


 耳慣れない苗字だ。男が足を止めたのは、声を掛けられたためか、それとも名を呼ばれたためか。


「……」


 風音の顔を見、同じように振り返ったオルレアの視界で男の背中越しに見えるものが現れた。


「……?」


 指、だろうか。真っ直ぐ立てた指を見ていると、オルレアはどうしようもなく嫌な予感を覚えた。


「…天が……呼ぶ!」


 あ、駄目なヤツだ。

 男の第一声だけでオルレアは固まった。


「地熱が呼ぶ! 秘湯が呼ぶ! 風呂を語れと俺を呼ぶッ! 俺こそは人呼んで湯煙旅のバァァァァァァイブル! 俵山 じんッ!! 俺のことを知っているとは姐さん、通だな?」


「…どこのライダーっすか」


 男が危険な香りのする名乗り口上を上げるものだから、オルレアが後退っても仕方が無い。

 それどころか、口角をヒクつかせた彼女の様子は、正にドン引きと表現しても良いだろう。


「クスッ、覚えておられませんか? 『鹿風亭』の天部 風音です」


 そんなオルレアの隣で、風音は慣れているとばかりに一礼をした。


「‘知っているんすか?’」


 慣れているというよりはスルースキルと呼べるものが高いのだろう。


「‘えぇ、恐らく…ですが’」


「…『鹿風亭』? 覚えがあるな、ちょいっと待ってくれ」


 男は顎に手を遣った。


「んんっと…昔…そんな名の旅籠屋に宿ったな。…どこだったか…」


 アレでもない。コレでもない。記憶を辿っているようだが、ブツブツと呟く男は暫くして、


「っあ、思い出した! 荷稲檜の!」


 思い至ったのか手を叩く。


「あそこのは良い風呂だったな。すると、アレかい。アンタ、あのチビ助か…。どうだその後、ちゃんと親の後を継げたか?」


 相好を崩した男の表情は、懐かしさに満ちていた。

 風音の中を、記憶が巡る。

 眼の前の人物は、幼き自分を奮い立たせてくれた大恩ある人物だ。よもやこのような異世界の地で再会することとなろうとは、これも一つの縁なのかもしれない。


「はい、御蔭様で。その節は大変御世話になりました」


 袖擦れ合うも多少の縁。

 和の諺が現実のものとなったのは、和の地であるためか。


「おいおい、俺は良い風呂と良い飯が楽しめなくなるのが嫌だっただけだ。別に世話してやった訳じゃねぇよ。しかし…あのチビ助がな…まさかチビ作っているとは。時間は早いな」


「ち…び……」


 オルレアの眼が丸くなる。チビという言葉が何故か、グサリと少女の胸元に刺さった。


『…主よ、そこなのか? まずそこに注目するのか』


「えぇ、本当に。月日は早いものです」


 風音、オルレアへの「チビ助」発言を訂正せず。固まった少女からの抗議は、無い。


ーーーガチャ。


 突然音が聞こえた。

 固まった少女以外の二人が反射的に首を巡らすと、時計が五時を示していた。


「…と、邪魔したな。こっちに来たってことは風呂入りに行くんだよな」


 同意する風音に、俵山は首の骨を鳴らす。小気味の良い音だった。


「だったら飯までの時間も押してきた。早く入って来た方が良いぜ。積もる話はその後だ」


 俵山は、「あばよ」と手を挙げると背中を向けて歩き出した。

 俵山 仁。その姿を見たのは、風音の記憶違いでなければ今より約十三年前か。

 変わらない姿だ。小さくなる背中が、五歳の幼き頃に見た背中と重なった。


「不思議な縁もあるものですね」


「……」


「オルレア様?」


 風音は固まったままの少女の顔を覗き見る。


「…あの人」


 反応あり。数秒、間を置いての反応だ。

 第一声から衝撃を受け、「チビ助」と言われて固まる。オルレアに何かしらの理由はあったのだろうが、風音からすれば謎の反応だ。


「…はい?」


「面白い人っすねぇ…ぇ」


 声が震えている。

 いや声だけではない、身体も震えていた。


「…会っていきなりチビ助っすか。チビな助さんっすか、ふ、ふふ」


 これはどうしたものか。

 オルレアはどうやら、お怒りのご様子。自分の娘扱いされたことで、一言二言言おうと考えていたので、風音は苦笑した。


「ってここ…女風呂っす。ボクは一応…男の方に……」


 何を今更言い出すのか。

 暖簾に書かれた「女」という文字のインパクトに暗示が解けたのか、弓弦オルレアが後退った。


「まぁまぁ。オルレア様、もう一時間しかありませんし、考えるよりも先に此方の浴場に急ぎましょう。それに今の貴方様は、女性で御座います」


 今の状態で男湯に向かわれても、周りの客から奇異の眼で見られること請け合いだろう。


「…もう後戻り出来ない誤魔化し効かない。どーにでもなれっす。…分かったっす☆」


 爆発するよりも先に、お風呂。

 オルレアは開き直ったように片眼を瞑った。もう破れかぶれだ。多少なりでも汗を掻いた少女は、兎に角汗を流したいのだろう。

 早歩きで暖簾を潜った少女は、ポツリと、「それにしてもあの男…デリカシーの無い奴っすっ」と呟いたのだが、彼女の言葉に同意する者は誰も居なかった。

「(アプリコット少尉…可愛い人だったなぁ。可愛いし…優しいし。綺麗な人だけど…どうして弓弦のことばかり話していたんだろう。やっぱり弓弦のことが好きなのかなぁ)」


「ディオ君、ユリちゃんとかレイアさんと話してどうだった?」


「どうって…」


「ドキドキした? 青春の香り、感じてる?」


「ドキドキは…したかもしれないけど青春の香りって分からないや」


「うううん…まだまだ、かな。それじゃあ私が求めている青春には、果てしない地平線の彼方ぐらい遠いよ」


「(地平線の彼方って言われても…。大体青春自体が良く分からないし)…そうなんだ」


「私さ、ふと思ったんだ」


「…何を?」


「ディオ君は、積極性が足りていないように思えるの。もっと積極的になろうよ、積極的に」


「無理だよ。綺麗な人の前に立つと緊張しちゃうし…」


「へぇ。私は綺麗な人の枠組みに入らないんだぁ。ふ~ん…まぁ、自分のことを綺麗って思っている訳じゃないけど、ちょっぴり傷付く……」


「う、うううん…。(神ヶ崎さん、綺麗には綺麗な人だけど…緊張しないんだよね。どうしてなんだろう)」


「良いよ良いよ。分かってるもん。私の魅力は、弓弦にだけ分かってもらえれば良いし? あ~あ、ざ~んね~ん」


「ぅ…ごめん神ヶ崎さん」


「良いです~。さてさて次の人は……んー、どこに行こっかなぁ」


「…まだ行くのかい?」


「モチモチロンロン♪ 目指せ『オレカノ』女性キャラ、全制覇♪」


「無理だよっ。状況的に登場するのが難しい人が居るのに」


「風音さんとかはそうだけど、それ以外の人は大体いけるよ♪」


「いかなくて良いよ……」


「誰にしよっかなぁ♪ …と、それは次回のお楽しみで♪ 予告、いっきまーす♪ 『天部 風音で御座います。動くモノを追いたくなる…と言うのは、多くの生き物の性であったりするので御座います。…そう、御恥ずかしながら私もその一人。透き通る肌、心を、胸を弾ませて湯船に繰り出すあの御方の背中を見て、どうして我慢することが出来ましょうかーーー次回、湯煙旅と女二人』…あ、そうだ。ロリも行こっか」


「…ロリ?」

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