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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
281/411

湯煙旅と、和菓子好き

 賑やかな店内に設けられている一室に広がる、和の香り。


「わぁ……」


「…!!」


 机の上に置かれた品を見て、オルレアは瞳を輝かせ、彼女の肩に乗る蝙蝠は溜息を零した。


「風音、風音、抹茶っす。大福っす! 抹茶大福っす!!」


 若草色の大福の上に乗せられている小豆に対しても、「小豆っす、小豆っすよ!」とオルレアはとても興奮している。声は先程より小さいものの、囁くような声音が独特な彼女の声は人の耳に入り易いだろう。他者の視線を集めていた。


「左様で御座いますか」


 風音は短く返した。こうも嬉しがられると何故か複雑だ。

 これまで和菓子を作り、「彼」に食べてもらったことは多々あった。だが、かつてこれまでの反応を見せたことがあっただろうか。少なくとも、風音は自らの記憶している内では見たことがない。

 「オルレア」だから、なのだろうか。それとも本当に、この喜びように相応しい何かが眼前の和菓子にあるとでもーーー? 失礼だが、到底そうは思えない。

 造形が美しいーーー確かに形は整っている。「大福」らしい楕円形ではあるが、別にそこまで感心する程のものではないはずだ。


「食べて良いっすか? 食べるっすよ? いただきますっすはむ…抹茶~~っ♪」


 抹茶。良い抹茶を使っているのか。


「…。うふふ、良う御座いました」


 風音も自分の分の大福を口に運ぶ。

 美味い。美味いが、特別な抹茶を使っているとは思えない。

 何が、何がオルレアを喜ばせているのだ。

 幸せそうに舌鼓を打つオルレアの姿が、ただ残酷だった。


「ん~っ、良いっすねぇ♪ 観光地で食べるスイーツって格別っす♪」


 観光地、それがどうした。どこであろうと誰であろうと、和菓子の味で負けるのは、納得いかない。いくはずがない。いって堪るものか。

 風音は笑顔の裏で、闘志を燃やしていた。

 老舗旅館の元女将。母より受け継ぎ知人に指南を受けた和菓子作りの技術を負けさせることはあってはならないのだから。


「……」


 抹茶大福の風味を噛み締めていると、今まで感じることのなかった視線を感じた。

 風音が視線を辿ると、蝙蝠が居た。

 暫く、視線が重なる。


「(弓弦様の精霊…何故私を見詰めているのでしょう)」


 風音は「弓弦」の内に悪魔達が宿っていることを知らない。故に、ここまで運んでくれたアスクレピオスや、蝙蝠バアゼルの存在を「精霊」として認知している。

 「精霊」からの視線を受けて、風音は値踏みされているような感覚を覚えた。意識しなければ分からないが、鋭い視線ーーーに思えた。


「…まだ食べるっすか?」


「……」


「えぇ…。分かったっすよ」


 視線が外される。両者の間でどのような遣り取りがなされているのか風音には分からなかったが、どうやらオルレアは何かを要求されているようだ。


「…。すいませ~ん、湯処蜜柑寒天もう二人前くださいっす~」


 「湯処蜜柑寒天」。この温泉街を代表する作物、「湯処蜜柑」より作られる寒天だ。

 蝙蝠は既に三人前程平らげているのだが、まだ二人前も食べるのか。甘味好きな精霊だ。


「食べ過ぎっすよ~。後で蜜柑ダンボールで買うのに、先走ってどうするんすか」


 蜜柑をダンボールで買う。随分と豪気なものだ。


「オルレア様はよく、大量の蜜柑を購入されますね」


 店員が居る間は姿を消していたのだが、新たに運ばれて来た寒天を食べ始めた精霊は夢中になっている。

 「湯処蜜柑」。名の知れた蜜柑であるが、まさか精霊をも虜にしてしまうとは。恐ろしいものだ。


「『欲しい』って言われるから買うしかないっすよ。なんせこの蝙蝠は、そのために付いて来ているっすから」


 寒天は、すぐに無くなった。

 消えるようにして、瞬きの間に無くなってしまった皿上の和菓子を前に、風音は皿を見詰めた。


「…蝙蝠が、蜜柑好きなのですか?」


 にわかには信じ難い。


「好きみたいっすよ。美味しい蜜柑を食べるのが生き甲斐らしいっすから」


「……」


 蝙蝠の視線がオルレアに向けられる。

 抗議の視線だ。横眼が鋭い。


「違うみたいですね」


 「違う」と言っているであろうことは想像に難くない。


「蜜柑を食べるのが生き甲斐じゃないんすか? …そうじゃないんだったら、さっさと戻るっす」


 蝙蝠の姿が消えた。

 穏形したーーー風音の中で、そんな言葉が浮かんだ。

 何故その言葉が浮かんだのか、分からない。記憶の中で誰かがそう言っていたーーーような気がするのだが。誰が言っていたのかも定かではない。


「クス…面白い蝙蝠さんですね。オルレア様の精霊…ですか?」


「そうっすね。ボクの大切な仲間っす」


 「仲間」と言う辺りが彼女らしい。

 やはりあの蝙蝠や鳥は、「精霊」と呼ばれる存在なのか。風音は自らの認識を確信に変えた。


「素敵な御仲間ですね♪」


「個性が豊かな仲間達っす。困らされたりもするっすけど、頼りになるっすよ」


 風音も食べ終えたので、彼女の分の大福が無くなった。

 ここで休憩を摂り始めてから時間が経ったが、依然として店は賑やか。繁盛しているようだ。

 これ以上何かを注文していては、他の店での飲食を堪能し難くなる。二人は店を離れることにした。


「あ、隊員証使えるんすか。ボクが払うっすよ」


「いえ、私が御支払します」


 風音が隊員証を使い、その場で代金を払う。

 『ユドコロ』は『組織』の人間も良く利用する場所なので、わざわざその世界の流通金に換金しなくても良い。店員から渡された用紙を確認し、隊員証のレリーフに当てると支払い完了だ。


「え~、良いんすか。じゃあごちそうさまっす」


 素直に払わせてくれることが嬉しかった。

 これが「弓弦」ならば自分が払うと言って聞かないようなものだが。払わせてくれる辺り、眼の前の人物は「オルレア」なのだろう。


「じゃあ次のお店はボクが払うっす。言っておくっすけど、行かないなんてなしっすからっ」


「うふふ」


 言うのは簡単だ。

 勿論風音は、オルレアに払わせる気など一切無い。

 その意に反して払おうとするのならば、要求を飲ませるつもりだ。例えば、恥ずかしいポーズを取ってもらうなど面白そうだ。


「…な、何か身の危険を感じるっす」


「気の所為かと」


 何か無いだろうか、恥ずかしいポーズ。絶やすことのない笑顔の裏で、怪しい思考を巡らす。


「(…彼方の方など良いかもしれません)」


 時刻はいよいよ、三時を回ろうとしていた。

 街を歩く人、無邪気に声を上げる子ども達、旅人を呼び込む看板娘。

 そんな中彼女の注目が向かったのは、同じ店から出て来た一人の女だった。

 近くを通ったためもあるのだろう。香ってきたキツめの香水によって起きた、自然反射に近い注目だった。

 だが香水だけではない。彼女の顔を見た時何故か、既視感を覚えた。

 知り合いではない。それは分かる。

 既視感は、雰囲気に対してもあった。


「(…遊女あそびめ、でしょうか)」


 手頃な男を捕まえ、食い物にする夜の蝶達、遊女。彼女達が放つ独特の雰囲気を、風音は良く知っていた。

 『鹿風亭』がまだあった時、旅亭に損害を与えず、また他の利用客に迷惑を掛けない以上、利用客を断る訳にも宿泊させたことがあったためだ。

 女将として働いていた当時、己の欲望のままに動ける彼女達の自由さが眩しく映る時があった。

 それだけではない。

 風音は自由さと同時に、別のものにも憧れがあった。彼女達を遊女足らしめるもの、「大人っぽさ」にも当時は憧れていたのだ。

 それも今となっては思い出話だった。


「(…あ)」


 思い付いた。

 オルレアに遊女の真似をさせるというのはどうだろうか。下着姿で。

 実に良い。これでいこう。

 素敵な案を思い付かせてくれた遊女に感謝し、口角を少しだけ上げる。


「じー」


 オルレアが真正面からジト眼をしてくる。

 見られたか。風音は素早くいつもの笑顔に戻った。


「やっぱ嫌な予感がするっす。何考えてるんすか」


「クス…召喚魔法について考えていました」


 風音は思考を素早く切り替える。

 嘘は言っていない。先程から考えてはいたのだから。


「…ほんとーにっすか? ほんとーのほんっとーにっ、考えていたっすか?」


 詰め寄るオルレア。下から見上げる視線が実に可愛い。

 彼女の姿を見て、正体が男だと看破する者が果たして居るのだろうか。


「はい。召喚魔法…。私が使うと、どの様な精霊が召喚されるのでしょ…う?」


「……」


「…オルレア様は如何思われます?」


「じー」


 どうも、信じられてはいないようだ。

 普段ならば、相手が「弓弦」ならばこの場で崩れ落ちてみせて、慌てさせることも出来たのだがーーー


「うふふ」


 今はこの愛らしさを楽しむべきだ。それに着物を汚す訳にもいかない。

 宿泊するために替えの着物は持って来てはいるものの、その着物は着用するのにちょっとした勇気が要るものだからだ。


「じーーーっ」


 相変わらず見詰めてくるオルレアの分の着替えも用意してある。彼女を着替えさせてから、その勇気は問われることとなるのだ。


「そんなに熱っぽい視線で見詰められると、照れてしまいます……」


 真面に取り合うだけ無駄。頬を赤らめ恥じらうような素振りを見せる風音に対して、オルレアはそんな結論に達した。

 何を言ってものらりくらりと躱し、逆に様々な「武器」を用いて手玉に取ろうとしてる女とは恐ろしいものだ。


『…ク、遊ばれているな。滑稽なものだ』


 だがバアゼルの眼にはそれ以上に、オルレアがやりこめられている様子が面白く映っていた。


「…次のお店に行くっすよ! 何かあっちの方から美味しそうな香りがするっす!」


 鼻をひくつかせて香りを嗅ぐオルレア。彼女が指を向けた先には、「だいふく」と暖簾に書かれた店が、客の来訪を待っていた。


「…甘そうな匂い。…あれ、限定っ?! 繁盛しているみたいだし…はっ、無くなっちゃうかもしれないっす!! 急ぐっすよ!!」


 風音の手を掴み、引っ張って行くオルレア。

 「あっ、分かったっす! 桜餅の匂いっすよ、これ!」と、喜色満面で声を上げる少女に、バアゼルは小さく喉を鳴らした。貴様は犬か。


「(…言っとけっす)」


 犬と呼ばれたオルレアは不満なのか、内心の呟きに「弓弦」が混ざっていた。

 見掛けのテンションの高い様子とは裏腹に、内心が冷めている。そんな人間の二面性が垣間見えた。


『桜餅か。主よ、桜餅は、良いぞ。我が主達も私も桜が好きでな…。桜の時期になると風に混じる春の香りに誘われるようにして、世界を旅し、依頼主を探したものだ……』


 複雑な人間とは裏腹に、自らの思い出話に入った神鳥かむどりは単純だ。


『殊更に鮮やかな桜が一本あったな。確か…この街の雰囲気に何処と無く似ていた様な…ふむ、何処であったか……』


「ほら早く早く! 売り切れになっちゃうっすよ!」


 主に聴いてもらいたくて話しているつもりなのだろうが、どうやら耳を傾けてはもらえないようだ。

 哀れなものだ。誰にも聴いてもらえることのない自分語りは虚しく、馬鹿馬鹿しい。

 自分に酔うタイプならば延々と語り続けることも出来るのだろう。自分に酔えるのならば。


「あらあら、そう急かさないで下さい」


「急ぐっすよ! …ほらっ、今カップルが入ってったっす!」


『……』


 アスクレピオスはやがて閉口した。


『……』


 そして何故か視線をバアゼルに向ける。

 縋るような何かに満ちた瞳に見詰められた蝙蝠悪魔は、


『ズズズ……』


 静かに視線を外して湯呑みを傾けるのだった。

「(今度は、誰の所に連れて行かれるんだろう…。また、あんな恥ずかしいことをしないといけないのかな。そう考えると…憂鬱。皆にも悪い気がするし……困ったなぁ)」


「ふ~ふ~ふ~ん♪ ふふふ~ふふふっ、ふっ、ふ~ん♪」


「(…神ヶ崎さん、さっきからずっと鼻歌を歌っているけど、何の歌を歌っているんだろう?)」


「ふ~ふ~ふ~ん♪ ふふふ~ふふふ~~~ん♪」


「(こんなメロディーの繰り返し。…歌…と言うか、何かの音楽のような気がする。でも何の音楽だろう。凄く、耳に残る…って…寒っ)」


「‘やっぱり甲板に居た。’…じゃあ次はあの人でいってみよう!」


「……」


「(…アプリコット少尉だ。こんな所で何をしているんだろう。今日も風で涼んでいるのかな…?)」


「‘レッツコミュニケーション、青春カモンカモン♪ ささ、青春が呼んでるよ♪’」


「(いや親指立てられても…。…でも行かないとまた背中を押されそうだし…。ぅぅ、弓弦…君も苦労してるんだね……っ!!)」


「‘早く早く、早~く♪ 青春は待ってくれない、後戻り出来ない感動を今ここにっ!!’」


「わっ?! (やっぱり…押されたよ、トホホ)」


「おろ」


「(立ち位置ここで良いかな。…近過ぎると、気持ち悪く思われるかもしれないし。)あ、アプリコット少尉。こんな所でな、何をしているんですか?」


「‘どうしたディオく~んっ、そんな噛み噛みじゃ青春なんて出来ないよ~っ’」


「(…何か遠いのに神ヶ崎さんの言っていることが分かるような気がする。…青春って、多分だけどこんなのじゃないような気しかしないんだけど……)」


「私? 日向ぼっこかな~」


「日向…ぼっこ?(…ぽい、や)」


「そう、自然を感じているとも言うかなぁ。えへへ、何か恥ずかしいこと言ってるかも」


「そんなことないですっ。自然を感じるって…良いですね。んんー、風が気持ち良いです。(…弓弦とかがここに良く居る理由が分かったかも。涼しくて気持ち良いし…景色は綺麗だし。気分も晴れやかになる感じがする……)」


「無理しなくても良いよ? 変わった趣味だなぁって自分でも思っているから」


「い、いえ。そんなことは」


「なら、もうちょっとだけこっちにおいで? そんな人が三人も四人も入れそうな間隔…少し、距離を感じちゃうな」


「(だって…綺麗な人の隣に立つなんて、悪いことをしているような気がするし……でも、言われたから、うん、近寄ろう……)」


「‘もうっ、駄目だよディオ君。促されて寄っているようじゃ…自分から距離を詰めないとー’」


「(神ヶ崎さんからの視線を感じる。ひぃぃ……)これで…良いですか?」


「‘だからもっと近付かないとっ。まだ人が一人入れる……ディオ君、奥手だなぁ’」


「うーん、うん。良いかな。遠慮のし過ぎは駄目だよ? 逆に怒られちゃうかもしれないから」


「は、はい。(ぅぅ…近い。アプリコット少尉からも良い香りがするし……眼とか綺麗だし…笑うと可愛いし……)」


「? 私の顔に何か付いてる?」


「い、いえ。何にも付いてないです」


「本当? なら良かった、えへへ」


「(…可愛い)」


「‘そこは綺麗ですねっとか言ってみようよ! さり気無く褒めるのって大切なのに。…でも、これも青春、かなぁ? 言いたくても言えないもどかしい気持ち…あ、ディオ君照れてるし…青いねぇ。ヒューッ♪ さてさて、予告ですっ。『風音で御座います。…不覚です、不覚過ぎます、えぇ、実に恥ずべき行為で御座います。まさか衝撃に耐えられないとは…。ですが、悪いのはあの御方です。責任転嫁では御座いません。決して……断固として、間違い無く…ぅぅ、一体どうしてああもあざといーーー次回、湯煙旅と和菓子好き弐』…あざとい弓弦…? 何それ’」

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