湯煙旅の目的地へ
海の向こうから、羽ばたきと共に降下する。
「主よぉっ、私が一体何をしたと言うのだぁっ」
アスクレピオスは叫びながら二人の前に降り立った。
「我が主よっ、あんまりではないかっ!? 何も弾き飛ばさなくとも良いではないかぁっ」
「ボクが弾き飛ばした? 全然覚えがないっすけど…。風音、この鳥がボクに弾き飛ばされたって言ってるけど。何か心当たりあるっすか?」
「いえ、何も」
風音は笑顔で首を振った。
女は平然と嘘を吐くーーーという訳ではない。彼女の内にあるのは、「心当たり」ではなく「確信」だからだ。
「な…っ」
アスクレピオスは絶句する。
「何故だ…。私は確かにあの時、何かで弾き飛ばされたはず。なのに何故主も主の想われ人もその様子を覚えていないのだ。私は確かに…。私は夢でも見ていたとでも言うのか…?」
「夢じゃないっすか? 白昼夢を見ることなんて良くあることっすよ」
良くあって堪るものか。
オルレアが、誰もが見ているように言うので反論しようとする神鳥だが、
「うふふ」
「良くあること…なのだろうか」
風音の笑みに、呑まれる。
落胆したように肩を落としたアスクレピオスは項垂れた。
「それはそれとして、アスクレピオス。目的地に向かうのに背中乗せてほしいっす」
このまま落ち込み始める前に、話題を変える。
溜息までは吐く気配のない神鳥の首を撫でると、オルレアは彼に微笑みかける。
擽ったいのだろうか。眼を細めたアスクレピオスは、喉を鳴らした。
「…私の背中にか。望みとあらば喜んで主の翼になろう」
言うや否や、神鳥は翼を広げる。同時に、人間二人を乗せられるように彼の身体は少しだけ巨大化した。
「さぁ、乗ってくれ。このアスクレピオスが世界の果てまでも誘おう!」
オルレアと風音を乗せると、神鳥は飛び立った。
「隼の背に乗って空を飛ぶ日が来るとは…。思いも寄りませんでした」
眼下の所々に広がる雲海。風音はその隙間から見える景色に浸っていた。
「…綺麗ですね」
彼女が高高度からの景色を見るのは、これが初めてだ。
弓弦と共に龍に乗り、ある程度の高度から地上を見下ろしたことはある。だがそれは戦闘中でのこと。景色に集中する余裕のある今見えている光景は、その時の光景とはまるで違っている。
「綺麗な景色っすねぇ。…あれ、空からの景色初めてだったっすか?」
「ここまでの高さからは初めてです。人の手の及ばない天空の世界…なんて美しいのでしょうか」
いつもよりも少しだけ、近くに太陽が見える。
眩しい。その眩しさが、美しかった。
「そんなじーっと見てると眩んじゃうっすよ。あんまり速く飛んでいないけど、風はあるっすから」
「主よ、もう少し速度を落とすべきだろうか」
オルレアはアスクレピオスの提案に少し考える。
何の魔法も発動させていない現在、風にも当てられるし寒さも感じる。そんな中、風音がどうやら景色を楽しんでいるようなので、その提案も一考の価値はあるだろう。
「このままで良いっす。遅過ぎると余計に時間掛かっちゃうっすから」
オルレアは提案を受け入れなかった。
背に乗っていることで感じられる、全てのことを風音は感じたがっている。その意志に横槍を入れるのは無粋だと、彼女は語った。
「しかし……」
「風音はしっかり屋さんだから大丈夫っす。何かの拍子で手を離したりなんかしないっすよ。万が一手を離してしまっても、ボクが何とかするから。…ね? 風音」
風音の手に、オルレアの小さめの手が重ねられる。
「…言った側から離すなんてことは、しないでほしいっすけど」
重ねられた手に力が入る。
指の間に指が絡められ、温かくて柔らかい感覚を強く覚えた。
「(…読まれていましたか)」
感覚を強く覚えたのは、絡められると同時に上からそっと押さえ付けられたからだ。
この手を離したらどう何とかしてくれるのか。それが気になって、半ば反射的に手を離していた。
「…風音は時々、驚くようなことをするっすね。何か、危なっかしいっす」
「危なっかしい」。そんなこと、今まで一度も言われたことがなかった。
眼が点になった風音は、自分が言われたことをもう一度繰り返す。
「…耳慣れない言葉に御座います」
「そうっすか? 言われてそうなものだとばかり思ってたっすけど」
「いえ、初耳です。言われたことがありません、伺ったこともありません、全く耳に覚えが御座いません」
「ううん…そんなもんっすかねぇ。むむ」
強い風音の口調。オルレアは低く唸りながらも、反論した。
「え、でも普段これでもかってぐらいに隙が無い風音が、これでもかってぐらいに隙だらけな時、あるっすよ?」
風音に覚えは、ある。
人に背後を取られるというよりは、人の背後を取る傾向がある風音。しかし、「弓弦」相手にはこの傾向の影響をあまり受けていない。
背後を取ることも勿論ある。が、「弓弦」相手の場合背後を取らせることもあった。
「…身に覚えが御座いません。記憶違いではありませんか?」
当然それは、「弓弦」相手以外にはさせない行為だ。軽く悪戯をするのならば、「弓弦」から「オープスト夫妻」へと範囲が拡大するのだが。
「風音~」
その時、オルレアの眼が鋭さを帯びた。
「嘘はいけないっす~♪」
顔が近付く。
ジト眼に薄ら笑いという謎の表情を見せるオルレア。風音は思わず、身体の重心を後ろに傾けた。
「…僭越ながら、私は誠のことを申し上げているつもりですが」
「頬が赤くなってるっすよ~?」
「…っ」
謎のノリは、ともすれば唇が触れてしまいそうな距離で止まる。
オルレアの瞳に映る風音は困ったような顔をしているがまさか、本当に顔が赤くなっているとでも。
「(動揺…しているとでも言うのでしょうか。…まさか)」
空いた方の手で触れてみた。
ーーー特に、熱いという訳ではなかった。
「(…成程、そう言うことでしたか、うふふ。ハッタオシ…と言う方法ですね? 熱など感じられないではありませんか)」
そうと分かれば、余裕が生まれる。
今こそ形勢逆転の時だ。どうせならば、このまま唇の一つでも奪って動揺させてやろう。突如仕掛けてきたオルレアに対し、風音は反撃に転じた。
「恥じらわれているのは私とオルレア様、何方で御座いましょうか?」
「それは風音に決まってるっす! だって顔、赤いっすからね!!」
「クス…私が、恥じらっている? 御冗談も程々にすべきかと。…私はこのままオルレア様と」
後傾姿勢から前傾姿勢へ、即ち受け手から攻め手へ。
風音が仰け反ることによって保たれていた極至近距離は、自然と風音の行動を一つの結果に繋げた。
「せっぷっ」「うっ」
瞼の裏で星が散った。
「「~っ!?」」
狙ったのは、唇同士の接触。起こったのは、額同士の激突。
現実とは、こんなものだ。
「な…何するんすか……」
「申し訳ありません……」
何を馬鹿やっているのだろうか。
背中で繰り広げられる、乳繰り合いを聞き流している神鳥が嘆息した。
二人は気付いていないようだが、実は今飛行速度を少々落としている。どこまで飛んで行けば良いのか分からない状態で、二人揃って額を押さえているような状態では到底飛行出来たものではない。
取り込み中の主に声を掛けないよう自重している彼にとって、目的地の分からない飛行は嘆息ものだった。
「『流離の双子風』代理。程無く高度を下げよ」
嘆息する彼を見兼ねたのか、バアゼルが彼の頭上に顕現する。
「支配の者は目的地が分かるのか?」
「確からしさは無い。我の勘だ」
「ふむ……」
バアゼルではないが、少し前から風が変わった。
清浄な風に、独特の刺激臭が混じり始めているのだ。
「行くべき道も分からないのだ。ここは一つ、降りるとしよう」
この刺激臭ーーー記憶に触れるものがあるが、真偽は降りてみなければ分からない。
「主よ! 降下するぞ!」
三呼吸置いて降下のために羽ばたく速度を落とすと、高度が下がる。
「わっ」「きゃっ」
風と共に刺激臭が強くなる。
雲を突き抜けると背中の重みが、消えた。
「何で急に降りたっすかぁぁぁぁぁっ!?!?」
オルレアと風音は自由落下していた。
二人揃って手を離していたのだから、当然こうなる。
「主よ、私は事前に言ったぞ!!」
三呼吸も置いたのに。アスクレピオスは反転して二人の真下を目指す。
「ッ!?」
素早く旋回することで反転したのだが、一瞬に近い間に二人の姿を見失ってしまった。
まさか思ったよりも落下速度が速いのか。アスクレピオスが周囲を探すと、
「何で戻って来たっすかぁぁっ!?!?」
先程までのアスクレピオスの位置に、空間魔法で転移したオルレア達の姿が。
自由落下、継続。
「あらあら。中々連携が上手く取れませんねっ♪」
「何呑気に言ってるっすか!? 今現在落ちてる真っ最中っすよ!?」
「何事も経験が一番で御座います♪ それに、オルレア様とこうして繋がっていますので♪」
風音がオルレアを引き寄せる。
アスクレピオスの背からは落ちてしまったが、絡められた二人の手は離れていなかったのだ。
離れていた手を絡めると、これで両手が握られた体勢になる。
自然な形で正面に互いの顔が見える状態になったが、両者の表情は異なっていた。
「主よっ、私はどうすれば良いっ!?」
アスクレピオスが再び反転し、降りて来た。
「このまま降りるから、止まっていてほしいっす!!」
「承知した!」
神鳥は羽を微かに閉じると、降下する。ニッコリと微笑む風音から視線を外したオルレアは、俯くと同時に瞼を閉じる。
「…“ベントゥスアニマ”!!」
オルレアの身体より放たれた魔力が、魔法陣を展開させた。
「きゃっ」
魔法陣から発生した風が二人の身体を包み込み、重力の束縛から解放する。風音が声を上げたのは、彼女の身体が下からの風を受けたためだ。
「よっと」
オルレアは風音の手を引き、アスクレピオスの背に着地する。
無詠唱での“ベントゥスアニマ”。消費魔力と発動中の魔力制御が難しいために出来なかったことが、今は出来るようになっているーーー否、出来るような気がした。そうさせたのは、アスクレピオスを身中に宿した影響だ。
失敗したら、下で待機しているアスクレピオスに激突するという惨事が待ち受けていたのだが、それは未然に防がれた。
「ふぅ! 一難去ったっすね!」
体力と魔力を多量に消耗する無詠唱魔法を終えたオルレアは、額を拭う仕草をすると腰を下ろす。
魔力がガクンと減った感覚だ。暫く腰を上げたくない衝動に襲われ、見事に敗北した。
「御疲れ様です。中々に良い経験をさせて頂きました♪」
彼女の隣に座った風音が両手を合わせる。
絶対に助けられる側と、絶対に助けないといけない側。両者の緊張感は、対極的だ。
「冷汗掻きそうだったっす…。ボクはちょっと、お断りするっすよ」
「良いではありませんか♪ 汗はこの後流してしまわれれば良いのですから…ね♪」
「…それもそうっすね」
早く帰って風呂で休みたい。汗を掻いていないだけマシだが、樹木伐採の時に多少なりとも土煙を被ってしまっているので、身体を洗いたくて仕方が無かった。
勿論その前に風呂製作という一苦労があるのだが、目的達成後の達成感は一入だろう。身体を洗ってから風呂に浸かり、身を清めるーーー考えただけで、幸せになってしまいそうだった。
「主よ…謝罪の言葉を伝えても良いだろうか。まさか、主達を落下させてしまうとは。このアスクレピオス、申し訳が立たないのだ」
「別に良いっすよ。偶然が重なっただけっす…でも、どうして急に降りようとしたんすか?」
落下もあり、今は地表の建造物の形が分かるぐらいには高度が下がっていた。この高さ、人の眼には鳥が飛んでいるようにしか見えないが、その上に人が乗っていることが分かれば混乱は免れない。
「風に不思議な匂いが混じっていたのだ。支配の者が言うには、そろそろ目的地なのではとのことでな」
人が米粒大に見える中、確かにアスクレピオスの言う通り、何かの匂いが漂ってきている。
「…あっ」
風音が声を上げる。
「…。はい、あの街です!」
眼下に見える街。
白煙昇らせる街並みは、『ジャポン』に似ているだろうか。和の香りと共に鼻腔を突くこの香りはーーー
「…アスクレピオス、あの街が目的地っす。この辺りで降下しちゃって」
風音を横眼で見る。
この匂い、木造建築、着物ーーー繋がったような気がする。
「承知した!」
目標の達成前に、どうやら汗を流すことは出来そうだった。
「はぁぁ」
街の入口に立ったオルレアは、広がる街並みに口を開ける。
木造、木造、木造建築に、香るのは硫黄の香り。そう、ここはーーー
「温泉街…っすかぁ……」
『温泉郷ユドコロ』。界座標【01126】が一部の人間に知られるのは、この街があるためだ。
世界は多く、広い。だが無数の世界があるとされる中で、こと天然温泉のこととなると、真っ先に挙がる場所の中にここが含まれている。それ程に名のある場所なのだ。
「宿は予約してありますので、それまで観光と参りましょう」
宿泊、確定。
どこの宿かは知らないが、やはり『アークドラグノフ』への帰艦は翌日以降になりそうだ。
「あ、やっぱ取ってるんすか」
「えぇ、勿論。四時頃チェックアウトです」
袖口から取り出された紙を読み、風音は笑う。
チェックインの間違いは、誰にも訂正されなかった。
「…四時っすか。今は……」
オルレアは周囲に時刻を確認出来る物を探す。
ーーー見付かった。店の壁に掛けられた掛時計だ。
時計が正しければ、現在時刻は昼の二時。チェックインまでは、二時間も時間がある状態だ。
これだけ時間があると、何を観光すべきか悩んでしまが、取り敢えずは街を歩いてみるべきだろう。ここが、どのような街なのかを良く知りたい。
「クスッ、時間もあるみたいですし、隅々まで回れそうですね♪」
「そうっすね。じゃあ早速行くっす」
「はい、畏まりました♪」
楽しまない理由は無いので、旅行を満喫するべく街に繰り出す。
どこか懐かしい街並みに挟まれる、どこか懐かしい通り。
道行く人の格好は、法被であったり浴衣であったりーーー和の意匠が共通している。髪色や肌の色は様々であったのが、どこか残念だ。
「あ…オルレア様、足湯があります。浸かって行きませんか?」
「良いっすねぇ。入るっす!」
通りの隅に、大きめの足湯があった。
「ご自由にどうぞ」と書かれた看板があり、湯船からは湯気が出ている。
丁度良い、誰も入っていない。二人占めのチャンスだ。
履物を脱いで傍に置くと、二人は迷わず湯に足を浸した。
「はぁぁ…良いっす……染みるっすぅ」
熱くなく、冷たくもなく、湯の温度は適温だ。
足を付けた途端そのことに気付いたオルレアは、気持ち良さそうに吐息を零す。
「足湯とは言え、直接湯船に浸かるのは暫く振りです…。嗚呼…良いものです……」
芯から温まる感覚に、風音も浸る。
湯に足を浸ける。そんな単純なことなのに、どうしてこうも浸れるのか。湯船とは不思議なものだ。
「ぁぁぁぁぁぁぁ…あ、そうだ。風音は艦にどんなお風呂を作るつもりなんすか?」
「はい? そうですね……」
魂が飛び出してしまいそうな溜息を吐いていたかと思いきや、いつの間にかオルレアの顔が眼の前に。
突然の質問に思わず声を上げてしまった風音だが、すぐに記憶を辿る。
「以前と似た構造のものを作ろうと考えています。浴槽に檜を使いますので、御手入れが必要ではありますが」
「檜のお風呂っすかぁ。趣はあるっすけど…大理石の方が良くないっすか?」
檜は良い意味でも悪い意味でも、樹木だ。ある程度の長時間湯に晒し続けることで、滑りが生じる。かといって乾燥させ過ぎてもヒビ割れたりしてしまう。それを予防するための手入れなのだが、維持管理が中々難しいのだ。
手入れの面では、簡単に掃除が出来る大理石に軍配が上がる。
「大理石…ですか。確かに考えましたが、肝心の大理石が見付からなかったのです」
「え、でも大理石って有り触れたイメージあるっすけど」
「クスッ、オルレア様が仰る大理石とは恐らく、人工大理石のことだと思います。私が求めていたのは天然の大理石。…誰にも管理されることのない世界の秘境で形成される大理石…そんな物、中々御目にかかれる代物ではありませんよ」
天然大理石は決して安価で手に入るような物ではない。
人に管理されていない大理石の石窟でもあれば、石材店で買い付けることなくタダで最高品質の天然大理石が手に入るのだが、現実はそう上手くいかなかった。
「ううん…難しいっすねぇ。『シリュエージュ城』みたいなお風呂が出来れば良かったんすけど」
「こればかりは仕方ありません。ある物を最大限に活用していきましょう…。そろそろ別の場所に参りましょうか」
足湯を後にする。
身体を温めた二人が次に足を止めたのは、そこから暫く歩いた後のこと。
「あっ、あそこ行って良いっすか? お腹空いたっす」
オルレアは「甘味屋」と書かれた看板を指差した。
中から甘い香りを漂ってくる。
恐らく小豆の香りだ。香りから風音はそう判断した。
「うふふ、勿論で御座います♪」
「甘」と描かれた暖簾を潜り、中へ入る。
「わぁ…いかにもって感じっす!」
多くの履物が脱ぎ捨てられている土間の隅で自らの履物を脱ぎ、畳の上へ。
まだ店員が来ていないというのに、気の早いものだ。
「良いっすねぇ良いっすねぇ。昔ながらのお茶屋さんって感じっす♪」
ウキウキと上機嫌なオルレア。
お店を見たというだけで、こんなに嬉しがるとは不思議なものだ。
「あ、オルレア様、人が通ります」
嬉しそうな少女の顔を見ていたかったが、彼女の後ろから女性が現れた。
「わっと、ごめんなさいっす」
オルレアは危うく打つかりそうになったが、どうにか避けて事無きを得る。
「気を付けてね、お嬢ちゃん」
幸い、怒られることもなかった。
「すみません。此方の不注意です」
謝罪したオルレアに続いて、風音も頭を下げる。
こちらに非があり、向こうに非は無い以上謝るのが道理だった。
「いえ、どうかお構い無く」
同業者だ。立ち居振る舞いが、同じ女将のそれであった。
相手もそのことに気付いたのか、顔を上げた風音を見て微かに眼を見開いたようだ。しかし相手の女性は、さして気に留めていないとばかりにその場を去って行った。
「オルレア様、くれぐれも御注意を」
「ぅぅ…ごめんっす」
燥ぐのは程々に。
肩を落としたオルレアの髪を撫でる風音は、普段はあまり見ることのない「主人」のお茶目に小さく噴き出した。
「……っ」
「‘ディオ君落ち着きが無いなぁ。それもそっか。ディオ君、初だもんねぇ…ふふ。またユリちゃんの後ろでズボンを脱ぐってことをしないといけないしー? ユリちゃんにズボン縫ってもらえるしー…ん~♪ 実に青春、素晴らしい♡’」
「すまない、待たせたな」
「‘おー、ユリちゃんの入場。さ、観察観察……’」
「あ、別にそんな…待っていないです」
「ふっ、気を使わなくとも良い。待たせていないはずがないのだからな」
「…いえでも、本当に…待っていないです。(…クアシエトール大佐、実際すぐに来てくれたし…時間的には待ってないから……)」
「そうか…。ではそう言うことにしておこう。ディオ殿は優しいな」
「や、優しいっ?!」
「うむ。さて、すまぬが今一度ズボンを貸してくれ。今度は…間違い無く持参して来たからな」
「(優しいって言われた。…はは、何か照れ臭いな。…ズボン脱がなきゃ)…あ」
「…っ、わ、私は背中を向けねばならなかったな」
「(ごめんなさいクアシエトール大佐)…お願いします」
「うむ、任せておけ」
「(わ…凄い。糸通すのも、縫うのも早い。スムーズだし……はぁぁ)」
「…良し! こんなところだな。中々の出来映え…どうだディオどぉぉぉぉっ?!」
「(クアシエトール大佐…これで二度目だよ。は、はは……)」
「す、すすまない。これ渡すぞ……」
「ありがとうございます…。…わ、縫い目が分からない。凄いですね!)」
「布ぐらい縫えてみせないと、人の皮膚は縫えないからな。朝餉前と言うものだ」
「あ、そっか。クアシエトール大佐、医療班主任ですもんね。(縫い物と手術…関係あるのかな)」
「うむ。私の出番はあまり無いに越したことは無いがな」
「そうなんですか」
「うむ、平和が一番と言うことだな」
「(う、話が…続かない……)…く、クアシエトール大佐が医療行為を行う時は、どんな時なんですか?」
「魔法では治せないような重症患者が出てしまった時だ。幸いこの部隊が始まって以来、重症患者は居ないのだがな。…何だディオ殿、もしかして医療班に興味があるのか?」
「えっ。(医療班…あるかどうかって言われると、無いような)」
「む、違うのか。てっきり興味があるものだと」
「(あ、マズい)いえいえいえ! 医療班にもクアシエトール大佐にもあります!!(変なこと言ったぁぁっ?!)」
「わ、私にも興味があるのかっ!? ディオ殿は面白いことを言うな」
「え、あ、その、た、他意は無いですっ! そんな変な意味じゃなくて!」
「つまりじゅっ、純粋っ!? な、そんな…ディオ殿まずは落ち着こう! ぁぅ…落ち着かなければなっ?!」
「(ぁぅ?)…は、はいっ、落ち着きます…はい」
「…うむ、落ち着いたなっ」
「…はい」
「良しっ、落ち着いたなっ。…ふぅ、驚かされたぞ。まったく」
「…ご、ごめんなさい」
「謝らなくても良い。突然言い出すものだから、つい私も取り乱してしまった。落ち着いたところで、この話は終わりにしよう」
「(クアシエトール大佐を取り乱させるなんて、凄いことを言ってしまったんだなぁ、僕)…はい」
「うむ。…さて、私は失礼させてもらう。今度は転けないように注意するのだぞ?」
「はい! (どうして転んだのか、本当に分からないんだけど…。)ズボン縫ってくださって、ありがとうございました! 大切にします!!」
「ふっ…ディオ殿は面白い男だな。もし医療班に興味が湧いたら、是非声を掛けてくれ。ではな」
「(…行っちゃった。…クアシエトール大佐…白衣の後ろ姿…様になっているなぁ)」
「‘おお’…ふむふむ」
「うわっ?! 神ヶ崎さんっ!?」
「良いねぇ♪ 良いもの見せてもらっちゃった♪ ユリちゃんのイケテる所とか、オドオドするディオ君はいつものことだけど。…うんうん、良いものをお届け出来たね!!」
「…えっと、誰に……?」
「次回予告でーす♪ 『オルレアっす。はー、やっと目的地に着いたっすよ♪ 温泉地…いいや、和の街と言えば、和菓子っす!! はぁぁぁ♡ 懐かしき祖国の味付け…良いっすよねぇ♪ …ん? バアゼル? ふむふむ…あ、そうなんすか。何か風音の様子がおかしいみたいっすーーー次回、湯煙旅と、和菓子好き』…ねぇねぇディオ君。私と弓弦の世界ではね、今日はエイプリルフールって言う日なんだ♪」
「そうなんだ。どんな日なんだい?」
「ディオ君の青春物語シリーズは今回で終わりって言うこと♪」
「訳が分からないよっ?! でも…そっか。クアシエトール大佐分で終わりなんだね。終わってみると、寂しいような……」
「そっかぁ。じゃあ良かったねぇ♪」
「え?」
「今の話、嘘なんですよ奥さん」
「え」
「エイプリルフールって言うのはね、嘘が許されちゃう日なんです」
「…そうなんだ」
「そう言うことで、次回は別の女の子の下に行きましょう!」
「……」
「それじゃあ次回を~? おったのしみに~♪」
「嘘だと言ってよ神ヶ崎さん……はぁ」