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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
279/411

湯煙旅の始まりは海の前

 焔が爆ぜ、斬撃が閃く。

 止めとばかりに二人が放った斬撃は、それぞれが袈裟をなぞって交叉した。


「…ガ……ァ…」


 2m(マール)の巨体が、仰向けに倒れていく。

 背後にあった樹木を道連れに倒れ込んだ襲撃者は、そのまま絶命した。


「…成敗っす」


 襲って来たのは、大きな熊だった。

 もう動くことのない死体を前に、オルレアは瞑目した。


「…御見事で御座います。流石はオルレア様、良い一撃でした」


 死体が魔力(マナ)に還っていく。

 風音の言葉に対して、瞼を開けたオルレアは首を振った。


「鍛錬の成果が出ただけっす。普通の一撃っすよ」


 日々の成果の成果であるために、当然の結果が現れただけ。決して、特に何かが凄いという訳ではない。

 「当然だ」ーーーオルレアの「先輩」ならば必ずそう答えるだろう。


「いえいえ、そうだとしても良い一撃であったことには変わりませんよ? 私の賛辞…どうぞ受け取って下さい」


「んん…ありがとっす。褒められると…嬉しいっす」


「クスッ、どう致しまして♪ 素直が一番ですね♪」


 別に素直でないという訳ではない。

 寧ろオルレアは、自分の感情をそのまま表現する方だ。まるで素直でないように言われるのは不本意であろう。

 照れ臭さを誤魔化すようにして頬を掻いたオルレアは、風音の少し先で駆け足をする。


「…素直とか、良く分からないっす。どうしてそうなるんだか」


 どうして素直という言葉が出るのか、風音の考えていることが分からない。独り言ちるオルレアの頬は朱を帯びていた。


『主よ。何やら今日は私が知る主と比べて、性格が変化していないか? 主の名と言い喋り方と言い、私の理解の範疇を超えていて困っている」


 前のめりがちの体勢で先を急ぐ彼女に、困惑しているらしいアスクレピオスが声を掛ける。

 どうやら彼は現状を理解し切れていないようだが、それも当然かもしれない。

 彼の主は魔法によって、殆ど別人のように変身してしまっている以上、頭の固い彼では所謂、現実離れしている事象の理解が難しいのだ。


『支配の者も、今度は何故か蜜柑を凝視したまま微動だにしない。一体全体、どうしてしまったと言う…』


「知らないっす。ボクも何か、モヤモヤしてるっすから」


 オルレアは食い気味に話す。


「あーっ、モヤモヤするっす分からないっすっ。もぅっ!!」


 彼女の歩く速さは、更に加速した。


『モヤモヤ…? 何をモヤモヤすると言うのだ、主よ』


「だから、素直とか可愛いとか、そう言うのが良く分からないっす、モヤモヤするっす!! あーーーーーっ!!!!」


 モヤモヤを吹き飛ばそうと、とうとう彼女は走りながら大きく声を出し始めた。

 「わーっ」や、「なーっ」等、さながら山の頂上に居るかのように兎に角叫ぶ彼女の様子は、随分と珍妙なものだ。


『…主よ、失礼を承知で言うが何を自棄になっている? 魔物が寄って来るから危険ではないだろうか』


 魔物の気配がする。

 オルレアは気付いていないが、アスクレピオスは吹き付ける風から危険の接近を予感していた。


「何が可愛いっすか?! ボク可愛くないっす!! こんなんっすよ! ちんちくりんっす! どこに可愛い要素があるって言うっすか?!」


 駄目だ。

 主は正常な判断能力を明らかに失っており、言葉だけでは意味が無い。


「まず落ち着くべきだ! 一見平穏に見えどもここは異世界! 無闇に危険を呼び込むのは自殺行為だぞ、主よ!」


 こうなれば直接出向くしかなかった。

 アスクレピオスが主のため、炬燵の中に突っ込み外へと飛び出して来た。

 想いを届けることが出来るのは、言葉だけではない。

 元に戻ってほしい。この切ない願いを届けるために神鳥かむどりは顕現したのだ。


「…こうなれば、っ!!」


 放つのは、拳ーーーではなく、羽。

 羽で叩く。頭を軽く叩けば正気に戻ってくれるのだろうか。気の所為か顔も姿も変わっているような気がするが、そんなことは気にしていられない。この、想いの羽を届けるためにはたた一点、叩く箇所のみに意識を集中させておかなくてはならないのだから。

 希望は、ある。かつて『アシュテロ』が、眼前の主が彼の『主達』に想いを届けたように。不可能ではないはず。

 いや寧ろ出来なければおかしい。

 アスクレピオスよ、お前は希望の運び手だ。癒しを司り、風となって数多の異世界を吹き抜けた誉れある存在だ。

 そのお前が、今現在最も身近に居る存在を守れないでどうする。人々の希望を守る前に、守るべきもの。それが、今ここにあるのだ。


「私にしか出来ないこと。それがここにはあるッ!!」


 神鳥かむどり、希望と願いを胸に空を舞う。


「うぉぉッ!」


 高高度からの垂直落下による衝撃を見舞い、主を元の様子に。

 全ては主のために。彼は願いを羽に乗せて急降下した。


「主よ、許せとは言わないッ! ただ元に、元の主に戻ってくれッ!!!!」


 風を纏い、空を切り、亜麻色の髪の頂点へ向かい、流星となる。

 流星は加速する。より速きを目指して。


「ボクは可愛くありしぇぇんっすぅぅッ!!」


 そして流星は彼方へと向かった。


ーーーぬぉぉぉォォォォォォォォオオオッ!?!?


 希望という名の願いを胸に輝かせた、神鳥かむどりの悲鳴と共に。


「……」


 しかし悲鳴は主の耳に届いた。

 無情にも神鳥かむどりを弾き飛ばしたハリセンを見詰め、暫く惚けていたオルレアは頭を振った。


「何か…我を忘れていたような気がするっす」


 ハリセンをしまうオルレアの様子は、まるで先程の暴走がなかったかのようだ。


「クス…」


 風音は小さく笑う。

 彼女はオルレアとアスクレピオスの遣り取りを、遠眼に眺めながら歩いていた。アスクレピオスの言葉は分からなかったが。

 アスクレピオスは彼方へと飛んで行ってしまったが、オルレアはそのことに気付いていない。「可愛い」と言われただけで、それまでに我を忘れていたらしいのだ。おかしくない訳がない。

 これは、弄り甲斐が実にある。

 また合流次第、亜麻色の髪に隠されている犬耳に囁き続けてやるべきだろうか。

 囁き続けるしかない。何故なら、可愛いのだから。

 犬耳を弄りながら、頭を撫で撫でしながら、「可愛い」と囁き続ける。実に愉快だ。


「(弓弦様…♪)」


 嗚呼、どうしてこんなにも可愛いらしいのだろうか。

 男が女に性転換する。それも自由に、だ。普通に考えるならば、不思議かつ不気味な想像しか出来ない。


「風音~、置いて行くっすよ~」


 それに比べてオルレアの可愛さだ。

 口に手を当てて呼び掛けてくるというこの可愛らしい仕草。中身が男とは到底思えないものだ。


「只今参ります」


 否、中身が中身だからこそ可愛らしいと思えるのかもしれない。見た目はどのように見えても、その仕草をしているのは中身の弓弦なのだ。「オルレア」がでなく、「弓弦」が行っているからこそ可愛く見えてしまうのだとしたら。可愛いのは「弓弦」ということになる。


「クスッ」


「…な、何すか」


 何はともあれ、オルレアは可愛らしい存在なのだ。それだけは間違い無い。


「(其の愛らしさは…武器と言うことで御座いましょうか。うふふ…面白いものですね)」


「…何すか」


「いえ、何でも御座いません」


 何かを察して拗ねている様子もまた、愛らしい。


「…可愛くないっすよ」


「あらあら、私は何も申しておりませんよ? うふふ」


 何も言っていないのに、「可愛くないっす」と返してくる。それはつまり、彼女が勝手に、「可愛い」と言われたと思い込んでいることを意味している。それはつまり、「可愛い」と言われているかもしれないと反応している証でもあるのだ。


「…その笑い、何か嫌っす」


「うふふ、左様で御座いますか♪」


 どう言われようと、微笑まずには居られない。

 微笑ましいことに対して微笑む。これは至極当然のことだ。例え「止めろ」と言われても、止めたくはない。自然と微笑んでしまうものを無理に抑えるのも、中々難しいのだから。

 ましてや「今日と明日の二日間」で、何が起こるか分からない。今以上に素敵な彼女が見られるかもしれないし、見られないかもしれない。

 いずれにせよ、素敵な二日間になるーーーそんな年頃の乙女らしい予想が、風音の心を躍らせようと誘っている。

 彼女が衝動という名の誘いに乗っているのか、乗っていないのかは、オルレアを見詰める視線に込められた感情を読み取ることが出来れば明白だ。


「うぅぅ…だから止めるっすぅ」


 それは無理な話だ。

 止めろと言われて止めるのならば、既に止めているのだから。


「ぅぅぅぅぅ…そんな眼で見ないでほしいっす。木に当たると危ないっすから余所見禁止っすよっ!」


「気遣って下さるのですか? ありがとう御座います♪」


 幾ら言っても諦めないと踏んだのか、オルレアは攻め方を変えた。

 自分に視線を向けさせないためには、他の場所に視線を向けざるを得ない状況を作り出すしかなかったからだ。

 だが風音は木に打つかるというお粗末な失態を起こす程、不注意ではない。女将として常に気配りを怠たることの出来なかった彼女にとって、行ってもいない前方不注意の可能性を指摘するのは釈迦に説法だ。

 話を逸らそうとしているのは分かるが、注意を促したければ別のことにすべきだったとオルレアは後悔した。


「…あ、風が変わったっす」


 そんな遣り取りをしていると、周囲全体に広がっていた檜は、二人の隣にあるものを除いて菅を消していた。

 どうやら森の出口らしい。少し歩くと、大海原が姿を見せた。


「あれ」


 鼻をスンと鳴らしたオルレアを見て、風音も何となく倣う。


「…?」


 しかし特に刺激臭がする訳でもなく、首を傾げることになった。


「どうかなさいましたか?」


「ううん、どうかしたって程でもないっすけど。風音は何か気付かなかったっすか?」


 「何か気付いたか」、そう言われても特に気付ける要素が無い。


「(…弓弦様は何かに気付かれた御様子。つまりこの海に、何かがあると言うことになります。一体何が…?)」


 見た目は青、水面は穏やかで、どこもおかしな点は無い。

 強いて言うのならば、「何も無い」が、気付いた点であろうか。だが、「何も無い」という答えを彼女は求めているとも思えない。


「いえ…特にこれと言って何も」


 下手な誤魔化しはすべきでない。見栄を張らず、風音は素直にそう答えることにした。


「流石っす、風音」


「(…はい?)」


 何故か褒められてしまう。

 褒められる理由が分からず風音は一瞬言葉に詰まった。そして言うべきか、言わないべきか少しの間迷ってから伏せ眼がちになると、言葉を発した。


「あの…オルレア様。畏れながら、仰っている意味が良く分かりません」


 オルレアは眼をパチクリさせる。


「…香んなくないっすか? 潮の香りが」


「…潮の香り…ですか? …言われてみれば」


 言われてみれば、潮の香りがしない。

 海の近くに居るのだ。潮の香りがしないはずがないのに。


「異世界だし、潮の香りがしない海があってもおかしくないのが当たり前っす。でも……」


 オルレアは潮の香りのない海へと、限界まで近付く。


「海じゃないみたいなのに、海。だけど、海らしい海ではあるっす。きっとどこかの異世界には、砂海とか、もっと信じられないような、『海』って呼べるものがあって、その世界に住まう人達にとって、身近な日常の存在となっている。その世界にとっての当たり前が、ボク達にとっては当たり前じゃない。…こうして初めて見ると、とても不思議な光景を見ているように思えるっす……」


 感慨に耽りながら、彼女は瞳を閉じる。

 両腕を広げたのは風を感じるためか。


「あぁ…心地良いっす」


 風に吹かれて亜麻色の髪が靡く。

 少女の小さな背中と、その先に広がる海を眺めていると甘い香りがした。


「……」


「(……弓弦様)」


 鼻腔を突くのは、彼女の髪の香りだ。

 優しくて柔らかい、心が落ち着く香り。

 「弓弦」、風音が心の内でそう呟いた時。トクン、と自分の心臓が音を立てているのが聞こえる。


「……」


 時間が、雲が流れる。

 オルレアが景色に見入っているように、風音もまた、眼前に広がる全てのものに魅入っていた。

 もし自分に絵の才能があれば、視界に映るものを絵画に残したい。風音の内にそんか願望が生まれている。それまでに、オルレアを中心として広がっている景色が美しかったのだ。


「…っ」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 魅入ってる最中常に口で息を吸い続けていたためか、喉が渇いていた。


「弓弦様、そろそろ」


 足下から伸びる影が小さくなっている。太陽が頭上の位置までに昇りつつあった。


「……」


 オルレアは返事をしなかった。

 当然だ。今の彼女は、「オルレア」なのだから。


「…オルレア様、そろそろ」


 風音は小さく喉を鳴らして、自らの言葉を訂正した。


「分かったっす」


 「丁度来たみたいっす」と少女が指をさした方を見ると、飛んで来る鳥の姿が見えた。

 どこまで飛ばされていたのか。随分と遅い流星の帰還であった。

「‘はい、では次回からの続き♪ 突如として切り傷を負ってしまったディオ君を、ユリちゃんが治療している青春場面、レッツらゴーっ♡’」


「……」


「(わ…何だろう。何か、良い香りがする。これってクアシエトール大佐の髪の香りかな。何のシャンプーを使ったらこんな良い香りになるんだろう……)」


「…うむ、これで良いだろう。絆創膏を貼っておくが、夜にでも変えてくれ」


「あ、ありがとうございます」


「うむ。……」


「…? (え、ど、どうしてクアシエトール大佐、僕の足をジッと見てるんだろう。捲り上げたズボンを元に戻しちゃいけなかったのかな…?) …どうかしました?」


「む? あぁ、ここが気になってだな」


「‘わぁ♪ ユリちゃん積極的♪ まさかこれは、出ちゃうのかな? アノ場面来ちゃうのかなっ!? わくわく♪’」


「…あ。(そうか。当然ズボンも切れちゃってる…って、えぇ? どうして転んだだけでこんな、刃物で薄く切られたようなことになってるんだろ)」


「…ふむ。ディオ殿は裁縫の心得があるか?」


「え、いや無いです。すぐにクリーニングに出したりしちゃうので」


「む、と言うことは洗濯もしないのか?」


「洗濯はします。(ここに来てから出来るようになっだんだけどね、それぐらいは出来なきゃ)」


「そうか、ならばこのズボンもクリーニングに?」


「‘予防線予防線♪ そうだよね、予防線は張らないとね♪ ほらほらユリちゃん、攻めて攻めて!’」


「えぇ。切れたままだとみっともないですし」


「‘気付かないディオ君! これは、来ちゃうのかな♪ 来ちゃうかも♪ 来い来い、恋来い!!’」


「ふむ、良ければそのズボン、私に任せてくれないか?」


「‘キターぁッ♪’」


「え?」


「ふっ、この程度の傷で出すようでは銭が無駄になってしまう。それに傷の治療したのに、放っておくのも眼覚めが悪くてな。どうだ、私の拙い縫い方で良ければ穴ぐらい繋いでやろう。時間は取らせないぞ、うむ」


「…ぜ、是非。(う、嬉しい…クアシエトール大佐みたいな綺麗な人に縫ってもらえるなんて…っ)」


「‘キュインキュインキュイーン的なアレだよ! ディオ君照れてるぅ♪ …と、いけないいけない。…私が流れをグダグタにしちゃってる。はい、黙ります’」


「うむ、ではそのズボンを私に貸してくれ」


「はい…え?」


「む? 脱がなければ縫えるものも縫えないからな。遠慮せずに、さぁ」


「…いや、その……」


「…あ。ん゛んっ。ふっ…恥ずかしがることはない。そうだな…私は背中を向けておこう。その間に脱いで、私にズボンを渡してくれ」


「(そ、そう言われても恥ずかしいよ…。でももうクアシエトール大佐背中を向けちゃったし…。…ど、どうすれば……っ。ひぃ…でも折角縫ってもらえるんだから…ここは…えいっ)…はい」


「うむ。確かに受け取った。…さて縫うとする…?」


「…ど、どうしたんですか」


「…私としたことが。ソーイングセットは部屋だ。すまないがディオ殿、これはまだ着……てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」


「わっ、な、何ですか急に…。(い、いきなり声を上げられるなんて驚いた。…って、今下着見られたっ?! 待って、僕今…あ…っ)…あ、わわ」


「…う、む。失礼した。私は部屋にソーイングセットを取りに行って来るから、ディオ殿はここで待っていてくれ。…で、はな!」


「…行っちゃった。クアシエトール大佐…今、顔赤かったような気がしたけど、気の所為…かな。…でも見られた…ような気しかしない。…うう」


「‘へぇ…ディオ君は、ディオ君…っと。とと、さてさてまたまた、次回予告です♪『風音で御座います。空からの景色…誠、美しきものです。吹き付ける風、流れる景色…そして、隣に座る貴方様…何一つ取っても、この心が仄かに熱くなります…クスッ♪ さぁ、もう少しですーーー次回、湯煙旅の目的地へ』…お楽しみに~♪’」

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