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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
女二人湯煙客旅編
278/411

湯煙旅の始まりは森の中

「あれ」


 艦底部の転送装置前にオルレアが到着すると、そこには誰も居なかった。


「(風音…どこに行ったんすかねぇ)」


 そこで待っているはずの人物を探して、オルレアは部屋の隅を調べる。


「(居ない…っすね)」


 およそ二時間。待たせ過ぎたのはある。

 もっとも風音は「私は私で暇を持て余しておきます」と言っていたので、まだどこかに行ったままなのかもしれない。

 それとも、一度帰って来たものの、またどこかに行ってしまったのだろうか。


『ブツブツブツブツ……』


 脳内に響く、アスクレピオスの小言。

 あれから全く相手にされることのなくなった彼は、とうとう拗ねてしまったようだ。

 延々と小言を呟いている彼の声は、聞いていると不安になってくる。


『黙せ、『流離の双子風』代理。騒がしいぞ』


 バアゼルの声が苛立っている。いつまで経っても静まらない神鳥かむどりに、少々嫌気がさしているようだ。


『…放っておいてはくれないか。私を一人にしておいてくれ』


『ならば、我の耳に入らぬよう嘴を噤め。耳障りだ』


『な…そ、そこまで言う必要があるのか…っ』


『云われたくなければ黙せ。我は静寂を好む。延々と怨嗟の声の如き愚痴を呟くのならば、無理にでも黙してもらう』


 装置の前に立ったオルレアは、足下にまで視線を下ろす。


「はぁ」


 着物姿の少女は額を押さえる。

 もう少し仲良く出来ないものか。

 オルレアの唇の間から溜息が自然と零れた。


「アスクレピオスは、自分が折れることをもう少し覚えてほしいっす」


 アスクレピオスを吸収してからというもの、彼に対して、言わずにはいられないことが彼女はあった。

 何故アスクレピオスが他の悪魔と衝突してしまうのか。その理由は他でもない、彼が喧嘩腰であるためだ。


『…な、主まで……』


「…疲れないっすか? 自分の意地ばかり通して、衝突して」


 頑固過ぎるあまり、方向性の違う他人の意見を認めることが出来ない。

 ずっと気になっていたのだ。アスクレピオスは常に肩肘を張ってばかりで、気を休めている時間が無いように思える。

 まだ内に住まわせてから時間が経っていないのもあるが、彼は常に他の悪魔達と衝突しようとしてばかりで落ち着きが無かった。

 心配だった。

 アスクレピオスには、精神面での弱さがある。心休まらない状況を彼自身が作ってしまっているとは、とんでもない悪循環だ。これを何とかしなければ、アスクレピオスの溜息を延々と聞かされる羽目になるだろう。

 延々と聞かされる溜息ーーーそんなのは、心の底からごめんである。


『…神鳥かむどり足る者、他者の過ちを正し、正しき道に連れ出すのも役目だ。主の心遣いに感謝したいが…』


「だからそれで疲れないかどうかを訊いているっす。役目がどうとか、凄くどうでも良いから」


『…気にしないで頂きたい。これが、私だ』


 アスクレピオスのどこか、悟りを開いているような声が聞こえた。

 疲れているかどうかを訊いているというのに、どうして「気にするな」と返すのか。否定の言葉ではない彼の言に、オルレアの眉が動く。


「疲れているか! 疲れていないか!! ハッキリするっす!!」


『…それは』


「どっちかしか返事は許さないっす。さぁ早く!!」


『…私は神鳥かむどりだ。故に私のことを気にす「どっちかっす!!」…疲れないと言えば嘘になる』


 ようやく白状した。

 他者に説教をする時は、説教をする側もされる側も中々疲れるものだ。

 どちらの立場にも立つことがある弓弦ーーーオルレアは、それを良く知っていた。


「ならその肩の荷を下すっす。皆が皆の考えを持ってる訳なんだから、無理にそれを変えようとしてもアスクレピオスが疲れちゃうだけっす」


『…私が…疲れる?』


「ボクの眼には、どっからどう見ても疲れているようにしか見えないっす。自分から疲れようとしているのなら話は別っすけど。その代わり、ボクはこれからアスクレピオスのこと、事ある毎に『ドM鳥』って呼んでやるっすよ」


 オルレアの口元が上に上がる。

 ウジウジする輩には優しくするのではなく、厳しく接する。下手に同情するぐらいならば、叱咤激励する方が結果として本人のためになる。何故ならば、「オルレア」が尊敬する「先輩」ならそうするからだ。

 そうだ。最初からこうすれば良かったのだ。


『な…っ、それは困る』


 このネガティヴ鳥に、優しさなど要らない。

 オルレア・ダルク、今は鬼になる時だ。


「いいや呼んでやるっすよ。ドM鳥」


『主よ! このアスクレピオス、決して特殊な性癖を有している訳ではない! どうかそう呼ばないでくれまいか!!」


「じゃあ下らないネガティヴ、止めるっすか? ドM鳥」


 透き通っているのが特徴的なオルレアの可愛らしい声が、小さな駆動音に支配されている空間の奥へと反響する。

 やや辿々しい彼女の声に罵倒されるのは、被虐的嗜好を有する特定の人物達とってはご褒美に等しい。アスクレピオスもまた、特定の人物に該当するのだろうか。


『…了解した。すぐにとは言わんが、なるべく善処する。…それで宜しいか、主よ』


 どうやら該当するのを否定したい側の存在のようだ。

 少し残念に思えるが、「善処」している間はその気持ちを無駄にする訳にはいかない。「ドM鳥」呼びはここまでのようだ。


「良いっすよ」


 嬉しいような、寂しいような。何故か寂しいと感じてしまう辺り、少々言い足りていないのかもしれない。


「(…ネガティヴって嫌っすねぇ)」


『貴様が云うな』


 弓弦ならば未だしも、今ここに居るのはオルレアだ。

 バアゼルの言葉は彼女には響いていない。


「あ。…ちゃんとご希望通りに来たっすよ」


 それどころか、彼女は風音の姿を認めて拗ねていた。可愛らしく頬を膨らませて。


『……』


 もしこの場にバアゼルが顕現していたら、オルレアを物凄く不機嫌な顔で睨んでいただろう。

 これぞ開き直り。「弓弦」はこの場に居ない以上、都合の悪い言葉が彼の耳に届くことはない。


「クスッ、良く似合って御出でですよ。弓弦様♪」


「…弓弦って誰のことっすか? ボクはオルレアっす」


 カチッと音が聞こえたのは、彼女の中に住まう悪魔達にのみ錯覚ではない。

 少し長めの瞬き一回。中途半端に弓弦成分が混ざっていた状態から、表面上では完全に「オルレア・ダルク」としての演技が始まった音だ。


「左様でしたねオルレア様。御待たせ致しました、其れでは参りましょうか」


「勿論っす!」


 着物に合うように亜麻色の髪を結い上げているオルレアは、風音に元気一杯な笑顔を向けるのだった。











* * *


 木々が並ぶ。

 辺りに立ち込める空気は清く、湿気に満ちていた。

 近くに川が流れているのか、水の音と鳥の囀りに包まれる中。空間を演出する木々から切り離された数本の木が、静かに横たえられていた。


「さて、こんなところでしょうか」


 この人里離れた空間、暫く前までは断続的に重みのある音が響いていたのだが、今は静寂を取り戻している。

 霊気とも呼べるような空気に包まれる中、風音は薙刀を地に突き立て胸に手を当てた。


「一杯伐ったすねぇ。でも大丈夫っすか? 勝手にこんなに伐って」


 オルレアが念動魔法で木材を、丁寧に積み上げていく。

 現在浴槽製作一段階目だ。


「其の点に関しましては、私有地の類ではありませんので問題無いかと。此方の一帯は誰の物でもないと伺っていますよ」


 風音が良さ気な樹木を伐採し、オルレアが風魔法で角材に形を整える。それが今回この、界座標ワールドポイント【02626】にある森林、『サイプラスフォレスト』での目的だった。


「それなら良かったっす。…でもこれ、誰が持って行くんすか?」


「はい、オルレア様の魔法で運んで頂こうかと」


「えぇっ!? か弱い乙女にこんな重そうな物を持たせるっすか? …まぁ、魔法でしまうから良いっすけど」


 言うが早く、オルレアは魔法の詠唱を開始した。

 所謂四次元なポケットを出現させる詠唱が完成すると、積まれた木材の下に魔法陣が展開した。


「はい、ぽーいっす」


 重力に従うまま木材は魔法陣の後に現れた穴に吸い込まれた。

 少し多めに伐採したのは、また必要時にいつでも使えるようにするためだった。


「御疲れ様でした」


 あの木材、それなりに重量があったのだろうか。

 肩に掛かる微かな疲労があったため、どうやらそれなりに魔力(マナ)を消耗したようだ。


「あれで終わりっすか?」


「えぇ、十分過ぎる量を集めることが出来たかと思います。此方に関しては帰り次第直ちに製作に当たりましょう」


「了解っす」


 風呂製作一段階目、終了。

 このままのペースでいけば、予定よりも早く『アークドラグノフ』に帰艦出来そうだ。

 二人は軽い小休止を挟みながら、次の目的地へと足を向ける。

 次の目的地は、この地より南東だ。

 まずは森を抜け、海を渡らなければ。


「疑問なんすけど」


 森の外部へと向かう道すがら、オルレアは首を傾げると唇に手を当てた。


「はい、如何なさいましたか?」


 立ち止まった風音もまた、小首を傾げた。こちらはオルレアに比べて傾げ方に上品さが窺える。


「この後ってどうするっす? こっから南東としか知らないっすけど」


「到着してからの御楽しみに御座います。決して悪いことではありませんので、どうか悪しからず御願い致します」


「そこを何とか教えてほしいっす! ほら、目的地を知らないと変な場所に行っちゃうかもしれないし……」


「クスッ、問題ありません。僭越ながら私が、しっかりと、ナビタイムさせて頂きますので♪」


 ナビゲートのことであろうか。

 合ってはいるが、何かが違う。間違え方がおかしい。

 わざと間違えているのか。そう思いたくなる間違え方であった。


「分かったっす。ちょっと心配っすけど」


 しかし案内があるとはいえ、世界は広大だ。辿り着けるかどうか、少し心配だった。

 海を渡るということはつまり、大陸の移動だ。当然時間もかかる訳で、その最中に強力な魔物に襲われるとも限らない。空は自由な世界だが、その分危険も潜伏しているのだから。


「…嗚呼、巡り会って早幾日。誠心誠意御仕えして参りましたと言うのに、オルレア様は私のことを、全く信頼して居られないのですね…っ。私は要らない子なのですねぇぇぇ……っ」


 風音、オルレアの言葉を受けて眼元を袖で拭う動作を始めた。

 実際には涙を流していないのだが、その動作はまるで、眦から止め処なく溢れ出てくるものがあるようだ。


「わわっ、ごめんなさいっす!!」


 泣いていないのは分かっていた。分かっていたのだが、取り敢えずオルレアは頭を下げた。

 何の返事も無いので顔を上げてみると、


「…許して差し上げます♪」


 ニコニコと笑う風音の顔が見えた。

 わざと別のニュアンスでの受け取り方をされるのは、まるで揚げ足を取られている気分だ。

 弓弦ならば呆れの感情が多少なりとも出るのだが、オルレアは純粋に謝罪の気持ちだけがそこにあった。風音が置いた一瞬の間は、どのような感情が生じさせたものだろうか。


「ありがとーございますっす」


 許してもらったのでお礼を言っておく。

 どこか釈然としない気持ちになるのは、弓弦であってもオルレアであっても同じだ。


「あらあら…そう拗ねないで下さい。頬が緩んでしまいます」


「何故っすか?」


 拗ねられると頬が緩む。謎の因果関係に疑問が生じる。

 オルレアが疑問と共に視線を向けると、確かに風音の眦が下がっているように思えた。


「可愛らしゅう御座いますよ、オルレア様」


「なっ、何故そうなるっすか?!」


「うふふ、此方の話に御座います。どうか御気になさらずに」


 どう気にしなければ良いのだろうか。

 微笑ましそうに笑われると、釈然としない心地は余計に強まった。


「何故っすかっ」


 少し語気を強めてみるオルレア。


「うふふ」


 風音は笑うだけだ。

 余計に頬が緩んでいるように見えるのは、絶対に気の所為ではない。


「…むむむむ」


 考え込む彼女は気付いていない。

 緩んでいる風音の頬に対し、自らの頬は丸く膨らんでいることに。

 無自覚で膨らませているらしい彼女に対して、風音が微笑ましく思えてしまうのは至極当然かもしれない。


「クス…ッ」


「……」


 プクッ。オルレアの頬が膨らむ。


「クスクス…ッ」


「……」


 プク~ッ。更に頬が膨らむ。


「クスクスクス……」


「……」


 プク~~ッと徐々に膨らんでいた頬が、限界にまで膨らんだ。


「何なんすかっ、もうっ」


 ポンッ。

 そんな擬音で表せられるように、頬風船が弾けた。


「さっきから笑って、失礼っすよ!」


「ですから、可愛らしゅう御座いますよ…と先程から申し上げているではありませんか」


「その意味が分かんないっすっ! どうしてっすか!!」


「御分かりになっていないから、余計にそう思えるのですよ?」


「教えるっす! 何か嫌っす!!」


「良いではありませんか。うふふ」


「ぅぅぅぅぅ……」


 取り付く島も無い。

 あんまりだ。こんなにも教えてくれと言っているのに一笑に付されてしまうとは。

 オルレアは若干涙眼になりつつあった。


『……』


『…支配の者、この世界に来てからと言うもの落ち着きが無いように見える。一体どうしたと言うのだ』


 表情豊かに森の外を目指すオルレアの脳内で、そんな声が聞こえた。だが、オルレアは自身の注意をそちらに向けることが出来なかった。


「…オルレア様」


 愛おしさに溢れていた表情から一変。真剣な面持ちとなり足を止めた風音が、背中に手を伸ばす。


「…分かってるっす」


 近付いて来る気配に対し、不承不承とオルレアも鞘を左手で撫でた。

 二人の背後で地響きが鳴り始める。


「…来ますッ!!」


 賑やかな二人に引き寄せられたらしい、魔物の襲来だった。

「…そこだっ! …良し、今日も良い具合だな、うむ。次は跳弾で…!」




「っ!! まだまだ! 捉えたっ! うむ、全弾命中! …む?」


「‘…さぁ行ってみようやってみましょう! ディオ君、レッツらゴー♪’」


「‘え、待ってくれないかい。そんないきなり、無理だよぉっ。待って待って待って待って押さないでって…’うわぁっ!?」


「人の気配がすると思えば…ディオ殿か。転ぶ程に慌てて、どうしたのだ」


「ぅぅ…ち、知影さんに突飛ば…って、居ないっ?!」


「…? 隊長殿ではないが、さっぱり分からんぞ」


「…実は僕も分からないよ。いきなり突飛ばされて…っ、痛っ」


「む、膝から血が出ているではないか。…私に見せてみろ」


「あ…。(顔近い…それに、クアシエトール大佐から良い匂いがする)…」


「…切り傷だが、この程度なら魔法を使うまでもない。向こうの椅子まで歩けるか?」


「…。はい。でも…え、転んだだけで……」


「…うむ、確かにな。だが現に傷は出来ていて少量だが出血もしている。恐らくディオ殿は器用な転び方をしたのだろう。…どれ、消毒してやろう」


「…器用な転び方……っ、う!? 痛っ」


「我慢してくれ。すぐに終わるから」


「…ぅぅぅ」




「‘…ふっふっふ♪ 良いシチュエーションが出来たねぇ♪ さぁディオ君は、どんな初々しさを見せてくれるのかなぁ? それにユリちゃんも。椅子に座るディオ君の前でしゃがみ込んだりなんかしちゃって。さてさてこの続きは次回をお楽しみに! っと言うことで、予告でーす♪ 『…バアゼルだ。『流離の双子風』代理め。何やら齷齪あくせくと準備している様だが、彼奴の思惑なぞ我には関係の無い事。下らなぬ細事よりも、我は大局を見据えなければならない。我が求める秘宝…一刻も早く、此の手にーーー次回、湯煙旅の始まりは海の前』…あ~あ。私がユリちゃんの立場で、ディオ君の立場が弓弦だったらな…あの体勢、きっと、はむはむしてるけど…あれが普通の甘酸っぱい青春的な光景なのか。…うんうん、あ。お後がよろしいようで。ではでは♪’」

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