湯煙旅の事前談
ーーー光の中で夢を見た。
「おお、声を上げたぞ!」
薄ぼんやりと広がる、一つの光景。そこでは顔の見えない二人の人物が居た。
産湯に身を清められ、「おぎゃあ」と産声を上げ続ける赤児を抱く男が歓喜の表情を浮かべているーーーような気がした。
「クス…元気な女の子ですね。…通った鼻が貴方そっくりです」
赤児を産んだらしき女性の声が、切れ切れながらも聞こえてくる。
静かな声は心なしか、聞き覚えのある声にも思える。
「さ、左様か。そうか…似ているか……」
男は震える腕を必死に制するように深呼吸した。そして最後に自らの胸に押し抱くと、どこかぎこちない手付きで女性の下に赤児を返した。
「私か其方、何方かと問われれば其方に似ていると返される顔立ちをしているが…そうか、私にも似ているか」
小さく吹き出す声がした。
男の言が全くもっておかしなものだと言わんばかりの女性は、「似ていて当然です」と眼元を袖で拭った。
「…子を成すこと。其れは私だけでは
決して出来ませんもの。この子の内には貴方の血が確かに宿っていますよ。……?」
「…恥じらいもせず良くもまぁ」
「幸せに浸っているんです。心得違いのない様に」
嫌味をサラリと言って退けられ、男は唸る。
「…?」
やがて咳払いと共に喉を数度鳴らすと、居住まいを正した。まるで他に誰かが居るように顔を左右させたのは、気の所為か。
「ゴホン」
これから決める物事に砕けた態度では、些か問題があるように思えたのだ。
「さ…て。…名前を考えて来たのだが」
決める物事即ち、命名。それは親が子に与える最初の贈り物だ。
本人が誇りに思う名となるか、はたまた厄介に思われる名となるのか、全てがこの瞬間に決められる。
「あら。クスッ」
だが何故か一笑に付されてしまった。
「真面目に言っている。何を笑う必要があるのだ」
「だって貴方があんまりにも真剣な顔をするものだから…可笑しくて。クスッ」
「…ぐ、ぬぬ」
真面目の、真剣の何がいけないのか。
この時ばかりはと気を引き締めているというのに、台無しであった。
「…後幾許か、肩の力を御抜きになって下さい。私だって初めて耳にすると言うのに、言葉に窮されては堪りません」
「…私が噛むと?」
「はい。今のままではきっと噛みますよ。私の好きな貴方なら」
下げられて、上げられて逃げ道を塞がれた。
まったく、どうしてこうも口が回るのか。
男が深く息を吐いたのは、観念した証だ。
「……では、いくぞ」
「はい、どうぞ」
子を見詰め、男は自分の中で考え抜いた名前を口にしようと生唾を飲んだ。
「この子の名は、私達の愛子の名はーーー」
世界が無音になった。
せめて口の動きで名を確認しようと眼を凝らすと、黄色に染まった一枚の紅葉が視界を覆うのだった。
* * *
「…すまん、また空ける」
朝日に照らされるレオンは、書類の上で走る筆を止めた。
「…帰った途端にそれか〜。今度はどんな理由で外出するんだ〜?」
呆れ声の彼に見詰められ、帰艦したその日に外出する男は額に手を当てた。
「ある材料を取りに行くんだ。艦底部で空いているスペース、あるだろう? そこに、前言ってたヤツ…風呂を作りたくてな」
『其れでは皆様に御伝え願いますね? 弓弦様』
弓弦の脳内に、先程聞いたばかりの風音の台詞が再生される。
流れに流れ続けた口約束。レオンに弁当を作ってあげるというお願いを聞いたお礼として要求されたのは、約束の成就だった。
「は〜。作るのは構わないんだがな〜。書類も片付きつつはあるし。…でだ、今度はどれぐらい外出するんだ〜?」
「一泊二日だ。それで終わらせる」
「お〜?」
強い口調にレオンは顔を上げた。
例え何があろうとも、絶対に期限内に帰って来ると、そんな弓弦の強い意志を感じられたからだ。
「終わらせないといけないんだ」
「お〜お〜。そいつはまた頼もしい言葉だが〜…。…何かあるのか?」
「あぁアリだ。大アリだ。アリだー的にありだ」
迫る弓弦の顔。鬼気迫るとはこのことであろうか。
正確には弓弦に危機が迫っているといったところだが、少なくとも自分には関係無い。レオンは弓弦の言い方から、鬼気迫る彼に迫っている危機を察した。
「…ま〜俺は構わないんだがな。しかし次の弁当が食えないのは残念だ。…ま〜たリィルちゃん頼みの生活か〜」
「ちゃんと書類捌いておけば、リィルもやってくれるだろう。真面目に働いているんだったら…だがな」
いつもサボってばかりいるから彼女は怒るのであって、やるべきことさえやっているのならそれなりに面倒を見てくれる。何事も真面目が一番なのだ。
「今日入れて、後二日程度根を詰めれば終わりそうだしな〜。…お、んじゃ〜これが終わる頃には戻って来るってことか〜」
「そう言うことになるな」
頷く弓弦に、レオンは表情を険しいものに変えて息を吸った。
そしてゆっくりと吐くと、口を重々しく開いた。
「…混浴か?」
鋭い眼光が向けられる。
その鋭さたるや、見詰めた相手を射殺してしまいそうだ。
「使えるスペースを最大限に活用するんだったら、それしかないよな」
「お〜し! んじゃ行って来い! 楽しみしてるからな〜!」
「混浴」のフレーズに、眼に見えてテンションが上がるレオン・ハーウェル三十二歳。いつまでも子どもの心を忘れない男は、未来に広がる桃源郷に眼を遠くした。
「んじゃ、皆の所に行ってから向かう。どうなるか分からんが、一応楽しみにしておいてくれ」
男との混浴。それを自ら進んで望む女性など、そうそう居ないように思えるが願うのはタダだ。今は夢を見させておくべきだろう。
弓弦はドアノブを回し、隊長室から退室した。
「……はっ」
広がる妄想からレオンは帰還した。
根を詰めれば終わる程度というのは、根を詰めなければ終わることのない程度でもある。机での仕事ばかりで最近身体が鈍りがちだが、自由に身体を動かすためにもまずは、書類を片付けて提出しなければならない。
レオンはパチンッと自らの両頬を叩く。
「お〜しっ!」
そして気合を入れ直し、業務を再開するのだった。
「お」
隊長室を後にした弓弦の先で、桃色の髪が突き当たりに見えた。
艦に居る人物の中で髪が淡いピンクなのは一人。すぐにその人物に思い至った弓弦は早歩きで後を追い掛けた。
「ユリ」
「む」
隊員服の上に白衣を着用している女性が振り返る。
「弓弦、戻ったのか」
「あぁ。…と言っても、またすぐに出るんだがな」
「む…。今度はどこに行くのだ」
微かに口を尖らせているように見えるが、機嫌が悪いのであろうか。
とすると、先にある程度機嫌を取っておくべきか。
「温泉は好きか?」
機嫌を取る。弓弦はまるで恋愛シュミレーションゲームでもあるまいに、と内心突っ込みを入れた。
「む? うむ…私とて女だ。温泉は好きだぞ。…まさか弓弦」
「シャワーばかりにも飽きただろう?」
「うむ…おぉそうか、うむ」
乙女心を揺さぶられたユリは、少々興奮気味に握り拳を作る。
「いつ戻る?」
「明日には戻る。物は明日の夜には完成させるつもりだ」
「おぉ…そうか…! では楽しみだな」
シャワーしかない『アークドラグノフ』に、新たに作られるかもしれない温泉。これを楽しみに出来ないはずがない。そんな打算が、見事に現実のものになった。
笑顔のユリと別れ、弓弦は居住区へと足を向ける。
「(…ん? そう言えば訊きそびれたな)」
言いたかったことを言い忘れていたことに、別れてから気付くのは良くあること。
先の外出前に、どうしてユリが商業区のベンチで船を漕いだいたのかーーーその理由は、また分からず終いになってしまった。
「(…次こそは訊いてみるか)」
今更引き返して訊く訳にもいかず、弓弦は思考を切り替えることにした。
「あ、弓弦」
先に誰に話そうかと考えていたところを呼び止められた。
今度は振り返ることになった弓弦が背後を見ると、そこにディオが立っていた。
「また暫く見なかったけど、帰って来てたんだ。じゃあ良かったらこの後ご飯に行かない? 久々に一緒に食べようよ」
少し、身体付きが良くなっただろうか。佇まいに以前のような隙が見受けられなくなっている。
「(…修行しているんだな)」
負けていられない。
まるでチートのように力を得ている自分とは違い、純粋に鍛錬で成長している友人の姿を見て背中を押されたような気がした。
『そんなことはない。ユールだって剣と魔法の鍛錬欠かしていないの』
脳内にシテロの声が聞こえた。
励ましの言葉が優しく胸に沁みる。
「悪い、また明日まで出掛けるんだ。…また今度な」
「それは残念だな。それじゃあ帰って来たら一緒に食べに行こう」
たまには良いかもしれない。
いつも女性陣に囲まれての食事だったので、気分転換になるだろう。
ディオと一緒に食事したいという気持ちにも後押しされ、弓弦は頷いた。
「分かった。明日の夜にでも食堂で飯食べるか」
ついでに時間があれば、手合わせでもしてみたい。
眼で見ても分かる成長を、剣を合わせて体感したかった。
帰って来てからの楽しみにしても良いかもしれない。
「オッケー。じゃあまた明日」
自分の部屋に向かうディオ。
「あ」
だがそんな彼は、部屋のカードキーを取り出したところで、戻って来た。
「そう言えば天部中佐を色んな所で見掛けたけど、今回はあの人と行くんだね」
「そうなのか?」
「うん。知影さんとか、オープスト大佐とか、クアシエトール大佐とか、アプリコット少尉にも話してたかな」
風音め、先に皆に話しているのかもしれない。
帰って来たばかりの人物を連れ出すのに、先に了承を得るために動くーーー彼女のことを考えたら当然なのかもしれない。
「(はぁ…そりゃそうだよな。丸投げなんてそこまで理不尽なことはしないか)」
通すものを通さなければならないところで通さねば、礼儀としては最悪だ。
自分の至らなさが恥ずかしい。
「ま、ちょっとした凄いことをする予定だから楽しみにしてくれ。教えてくれてありがとな」
「? 良く分からないけど楽しみにしとくよ」
そう言うと、ディオは自室に戻って行った。
『掌で踊らされたな、弓弦』
「(ぐぅ……)」
情けない話である。
『主は女性慣れしていないのだな』
『にゃはは、それが弓弦にゃ』
『キシャ』
女慣れしていなくて何が悪いのか。
怒りを覚えずにはいられなかったが、抑えて部屋の戸を叩く。
ーーーはーい。
ノックの後にすぐ声が聞こえ、扉が横にスライド。声の主の姿を現した。
「お帰りユ〜君」
弟を笑顔で迎えた姉代わりは、すぐさま踵を返すと手招きをする。
「話は風音ちゃんから訊いてるけど、少し話したいことあるから部屋に入ってくれないかな?」
少し話したいこととは何だろうか。
弓弦は疑問に思いながらも彼女の後に付いて行き、席に座った。
「話って?」
「待ってよユ〜君。紅茶淹れるから」
水が急速に温められているような加熱音がケトルより聞こえる。
そして加熱の終了音が鳴ると、レイアは湯を沸かし切ったケトルの湯をカップに注いだ。
『…良い香りだ』
『ク…気が合うな、『紅念の賢狼』
オレンジティーだ。
紅茶と蜜柑のコラボレーションに、それぞれ好物とする悪魔達の意見が一致した。
「‘お菓子あったかなぁ…今日はまだ作っていないし……’」
「(うわ)」
チラリと見えた冷蔵庫の中は、何かしらの材料がチラホラと散見された。
卵、牛乳、生クリームーーーお菓子作りの材料の他に、飲料物や調味料が入っており、いかにも自炊能力のある女性の冷蔵庫という印象を持った。
「(…レイアらしいな)」
普段ならばあの中に、何かしらのデザートが入っているのだ。自分で食べるためなのだろうが、良くもまぁ毎日のように作っているものだ。
「…ありゃりゃ、やっぱり無いや。ごめんねユ〜君、お菓子無くて……」
そんな彼女も、流石に朝からデザートを作っているという訳ではないようだ。
これまで基本的に何かしらのお菓子が用意されていたので、新鮮だ。
「お待たせ、蜜柑の紅茶だよ」
蜜柑の香りの先に、レイアは腰掛けた。
「ありがとう。…ん、美味しい」
「えへ♪ 良かった」
広がる蜜柑の香りを堪能する。身体が温まり、自然と気分が落ち着いた。
「顔…少し痩けてるね」
カップをソーサーに置くと、心配気なレイアが向かい側から手を伸ばしてきた。
「ん…?」
頬に触れられる。
「また頑張って来たんだね。ユ〜君の魔力が以前よりも高まってるのを感じる」
感覚を集中させているのか、レイアは眼を閉じた。
「(…睫毛…長いな)」
頬が熱を持つ。紅茶の熱が、頬に伝わったのか。
「…出て来て、癒しの神鳥さん」
優しく語りかけるように、彼女は弓弦の中に住まう悪魔を呼んだ。
『私の存在を察知出来るのか! これは驚いた』
呼ばれたアスクレピオスが驚きに声を上げる。
ハイエルフで、召喚魔法を使える彼女としては朝飯前に等しいことであろうが、悪魔鳥にとっては驚きに値することらしい。
『…それに』
「(…それに?)」
アスクレピオスはどこか、興奮している様子で言葉を続ける。
『初対面の私のことを、「神鳥さん」と呼んでくれるとは。主よ、私は今感動している…!』
はい、そうですか。
実にどうでも良い感動よりも先に、外に出て来てほしいものである。
「(…なんて、考える訳にもいかないしなぁ)」
風音をあまり待たせる訳にはいかない。だが、力を貸してくれる存在を邪険にすることも出来ない。
紅茶を飲むことで自然に深い息を吐けるよう心掛けていると、ようやくレイアの隣に緑色の魔力が集まり始めた。
「アスクレピオスだ。お初にお眼にかかる」
レイアよりも、僅かに小さなサイズで顕現したアスクレピオスが頭を下げた。
「えへへ、初めまして。レイアです。ユ〜君のお姉ちゃんやっています。あ、どうぞ椅子に座って?」
「感謝する」と、悪魔鳥は弓弦の隣に座った。
「主の姉君か。道理で清らかな魔力を纏っている人格者な訳だ。以後長い付き合いを宜しくお願いしたい」
「えへへ、人格者はちょっと違うような気がするけど…ありがと。血は繋がっていないけどね」
「姉代わりか。主の姉代わりと呼んでも良いだろうか?」
長く、回り諄い呼び方だ。
らしいといえばらしい呼び方ではあるが。
「好きなように呼んでくれて良いよ。じゃあ私は…『レピス』って呼んでも良い?」
「『レピス』か。そう呼んでくれて構わない」
「(…レピオスじゃないんだな)」
呼び方が長いアスクレピオスに対して、随分と短めの呼び方だ。
呼び易い呼び方に、レイアのセンスが光っている。
「じゃあレピス。レピスもオレンジティー飲む?」
「是非」
「はーい♪ ユ〜君も要る?」
「いや、俺は良いよ」
「そか」
早速席を立ったレイアが紅茶を入れると、部屋に再び蜜柑の香りが広がった。
「さ、お待たせ」
弓弦とアスクレピオスの前に、それぞれ紅茶が入ったカップが置かれる。
「どれ……おぉ、中々の味」
羽を曲げてカップを掴んで、紅茶を一口飲んでの一言。
随分と羽を器用に使うものだ。滑りはしないのだろうか。
「お口に合って良かった♪ どうせ飲むんだったら美味しいものが良いもんね」
「主の姉代わりの紅茶の腕前は光るものがあるな。私が保証しよう」
ヴェアルとどちらが上なのだろうか。
気になると比べてみたくなるものだが、ヴェアルが受けて立つとは到底思えない。
「(…だよな?)」
『フ……』
キザなものである。
「保証してくれるって。ユ〜君、やったね♪」
「はは、良かったな姉さん」
嬉しそうに笑う姉の笑顔が眩しい。
「うんうん♪」
ーーーというよりも、窓から射し込む朝日が眩しい。
レイアの背後を照らす光は、さながら後光のようだ。
「さてユ〜君、そろそろ行った方が良いかも。まだフ〜ちゃん達に声掛けてないでしょ?」
「あ、そうだな」
危うく忘れ掛けそうになっていたが、風音を待たせている最中だ。あまり時間を要するのはよろしくない。
「(居心地が良過ぎるのも困ったもんだな…)」
ついつい寛ごうとしてしまう。
それは、この先のことから知らず知らずの内に逃げようとしているためだろうか。
この後しなければならないこと。それは本音を言うのならば、断固としてしたくないことだ。
「今回も皆連れて行くの?」
「ん…いや、ある程度置いてくつもり」
弓弦は紅茶を飲み干すと腕を組んだ。
誰を置いて行くべきか。
「そかそか。誰にする?」
有事の際に備えて二悪魔ぐらいは連れて行きたい。
「バアゼルは確定だよな」
「ある事情」があった。
そのため、バアゼルは絶対に連れて行かなければならない。
シテロはまた勝手に顕現されると問題が起こるかもしれない。だったら、勝手に顕現しない悪魔が良いだろう。
クロは、温泉に入ったら溶けてしまう。駄目だ、絶対。
「(クロの溶けた温泉になんか入りたくないしな)」
『心配するところはそこにゃのかにゃっ!?』
「(アデウスとヴェアルも置いて行くか)」
今回は、すぐに戻らなければならない外出だ。あまり突っ込み修行に付き合うことは出来ない。アデウスを連れて行く必要は無いだろう。
ヴェアルも特に連れて行く理由が無いので、別に預けても良いだろう。
「(クロの必要性も無いしな)」
『語弊がある言い方にゃっ』
「後は…アスクレピオス、行くか?」
アスクレピオスは真面目なので、連れて行ったとしても問題を起こさなそうだ。何より、溶けない。
『氷の生物への冒涜にゃっ?! 一体何の恨みがあるのにゃっ?!』
「良かろう」
同行メンバーが決まった。
「じゃあ姉さん、バアゼルとアスクレピオスを連れて行くから居残り組を頼む」
「うん、分かったよ♪ じゃあお出で、皆」
魔力が弓弦の身体から流れ出た。
流れ出た魔力はレイアの周りを漂うと、それぞれの悪魔の形を取った。
「留守番頼むな、皆。それじゃあ、行って来る」
「うん、行ってらっしゃいユ〜君。お風呂、楽しみにしてるね♡」
紅茶を飲み終えたアスクレピオスが、レイアに一礼をして魔力に戻る。
「行って来ます」
部屋の扉を潜り、弓弦は隣の部屋へと向かった。
「新章、開始だそうだ」
「おっ、そいつは良い」
「良いことだね」
「…今回、来るぞ」
「あぁ、来るな」
「…何が」
「「オルレアちゃんに決まっているだろっ!!」」
「…はぁ」
「キール、オルレアちゃんは可愛いんだぞ? 凄い可愛いんだ」
「あの可愛いさを分からねぇとは、お前も馬鹿な奴だな、えぇ?」
「どうでも良い。取り敢えず、予告するのが僕達の役割だから、はい。『弓弦だ。大変なことが起こった。…あぁ、とんでもなく大変なことだ。何かって言うとな? …知影なんだ。アイツの頭がおかしくなってしまっている。おかしくなっているのはいつものことなんだが…どう言ったものか、兎に角、大変なんだ。…ユリも何やら変な考え事をしているみたいだ。一体、何を考えているんだかーーー次回、湯煙旅の事前談弐』…隊長、大変そうだね。じゃあ、また」
「いや待てキール。俺達の出番は……なぁ、ロイ」
「あぁ。無いってことはねぇよな? 俺もメライも、久々の予告だ。これで終わりじゃ……」
「予告は簡潔に、以上。じゃあ、また」