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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
270/411

気付け弓弦! そっちの胸は柔らかい!!

 空の晴れ間が、広がっていく。


「…僕達の所為」


「…私達の所為」


 声がしたので弓弦が視線を落とすと、双子が眼の前に立っていた。


「…僕達が願いを叶えなければ、こんな悲劇は起こらなかった」


「…私達がこの町を訪れなければ、こんな悲劇は起こらなかった」


「…君達の所為じゃない。悪いのは…「「陰」」…あぁ」


 何だ、分かっているじゃないか。


「うん。僕達分かってる」


「私達分かってる、でも」


 面喰らうことになった弓弦は、続いて双子が取った行動にまた面喰らうことになった。


「へ」


 ティアが弓弦の右手を、ニアンが反対側の手を取り、


「「ん」」


 自らの胸に押し当てたのだ。


「なぁっ!?」


 ティアとニアン。ティアが女の子でニアンが男の子。

 驚くあまり胸を当てる手に力を込めてしまってから、その感触に弓弦は驚いた。


「…ん?」


 左に柔らかな感触があるような気がする。


「……」


 おかしい。

 柔らかい感触があるのは本来、右。なのに、


「……??」


 やっぱり左の方に柔らかい感触がある。

 男の子なのにこうも柔らかいものなのだろうか。あからさまにギュッと掴める柔らかい感触があるのだが。


「(…まさか)」


 ティアとニアンを間違えていたのか。いや、そんなことは無いはずだ。


『髪の毛を左で結んでいる子がニアン。髪の毛を右で結んでいる子がティア。ティアが女の子で、ニアンが男の子なの。双子だからそっくりなんだけど、性別が違うの♪』


 シテロは確かにそう言っていた。言っていたのだ。

 胸部の膨らみは女の子にあるのであって、男の子にはないはず。おかしい。


「……」


 男の子の胸、膨らんでいる。

 ニアンの胸が、膨らんでいる。


「…ん…っ」


 お か し い。


「何をやっているのだ」


 ーーーおかしいのは紛れも無く、混乱のために思考を停止させ、双子の胸を頻りに揉んでいる弓弦である。


「…アシュテロの知り合い、だそうだな。ならば一つ、お前は大きな勘違いをしている」


 アスクレピオスは呆れたように弓弦の手を翼で叩き、間に割って入った。


「アレは人の名前を変な風に呼ぶ。お前が言ったティア、ニアンと言うのは主達の正しい名前ではない」


「はぁ」


 弓弦、未だ思考混乱中。

 何故男に胸があるのか、何故女が絶壁と呼べるまでに胸が無いのか、彼は果てしない自問自答を繰り返していたからだ。因みに、決して胸を揉みたい訳ではない。


「主達も、戯れはここまでだ。悪戯を仕掛ける前に、せめて恩人に名乗ってからするように」


「…ん、あ。名前が違うのか」


 弓弦はワンテンポどころか、数テンポ遅れて反応した。

 まさか自分が知る二人の名前が、シテロの覚え間違いだったとは。

 自身も「ユール」と覚えられているので理解出来る話だ。


「(…名前が…違う?)」


 妙に嫌な予感がした。いや、非常に嫌な予感がした。

 自分がしてはいけないことをしてしまったような気がして、弓弦の額を冷や汗が伝った。


「僕はティアン」


「私はニア」


 「ン」が付くか、付かないか。それだけで名前の響きが十分変わるものである。

 思えば「弓弦」から「ユール」となるだけでも、随分と響きが変わっている。言葉とは面白くも難しいものである。


「僕は男の子」


「私は女の子」


「「二人とアスクレピオス合わせて、風の配達屋なの~♪」」


 どこからともなく吹き付けた風が、弓弦を包む。


「ごほぁっ!?」


 弓弦はむせた。

 風と一緒に生唾を変な風に飲み込んでしまったのもあるが、一番の理由は自分のしてしまったことに対する動揺だった。


「(し、シテロめぇ…っ。名前だけじゃなくて、性別まで間違えてるじゃないかっ)」


 呑気に微笑む女性の顔が思い浮かんだ。

 同時に、どうしてあんなに女性の胸を触ってしまったのだろうかと、一度は元に戻した視線を再び空に向けてしまった。


「ふふ~♪ 僕が勝ったの~。やっぱり~、少しぐらい胸が大きくなったからと言っても、僕達は双子~。見分けがつかない~」


 天に還ってしまいそうな弓弦の隣で、「ティアン」は胸を反らす。


「見分け~…つかない~……」


 「ニア」は落ち込んだらしく、成長途中である胸を撫で溜息を吐くのだった。


「…お兄さん」


 少し離れた所から少女の声が届いた。


「…ん、何だい?」


 空返事をしたかった弓弦だが、瞼を赤く腫れさせたアイの呼び掛けを無視することは出来なかった。


「…町の皆もママみたいに…もう戻らないんだよね。…皆皆…居なくなっちゃった…? …本当に誰も…居ないのかな」


「……」


「…パパ」


 背筋が凍るような、そんな鋭い痛みが走った。

 とうとう訪れてしまった。少女の問いに答えるために向かい合わなければならない時がーーー


「パパも…居ないんでしょ?」


「……」


 言葉を返すことが出来なかった。

 少女の瞳は悲しみに満ち、存在している事実に抗っているのだから。


「ママも…パパも…いない…んだよね…?」


「…。うん」


 誤魔化せたらどんなに気が楽だったのだろう。

 しかし少女の瞳に見詰められると、真実を打ち明けるしかなかった。

 ここで真実を話さずしていつ話せば良いというのか。今話さねば、確実に機会を逸してしまう。弓弦はそうやって、内にある葛藤を抑え込んだ。


「…おねちゃんもいない…アイ…ひとりなんだ…。ひとり…ぼっちなんだ……」


 震える少女は項垂れた。

 崩れ落ちてしまいそうな程に弱々しい面持ちをする彼女の眦に滲む雫は、無い。


「(…おねえちゃん…か)」


 どうやら姉が居るらしい。初耳だった。


「…ねぇ、お兄さん。パパが生きた場所…知ってる?」


 だが、少女が「姉」について語る様子は無い。

 その「姉」とやらは、家出でもしているのだろうか。


「…。知ってるよ」


「…どこ?」


 弓弦は少女の問いに眼を伏せる。

 どこかに、言わずに済めば良かったのに、と思う自分が居る。言わなければならないと考える意思に反する自分が。

 とんだ臆病者だ。もう少し図太ければ、どうせもう二度と会わない幼子のことを邪険にすることも出来たのだが。


「村外れの洞窟」


 弓弦の中で、家族を失い孤独になってしまった少女の境遇が重なった。どうして邪険にすることが出来ようか。


「…行くかい?」


 アイは、小さく頷いた。


「なら~、僕達がその洞窟まで送って行くよ~。良いよね~? アスクレピオス~、ニア~?」


「良いよ~」


「私が主達の意思に反対する謂れはない」


 転移の魔法を使う手間が省ける提案に弓弦は頷く。


「じゃあ~、眼を閉じてるの~」


「眼が開いてると~、視界がぐるぐるする~」


 この過去に来た時に、いきなり屋根の上でバランス芸をさせられたことを思い出す。

 風のタクシーは、乗り心地も降り心地も然程良くないようだ。


「「ぐるぐる~、ふらふら~」」


 風が集ってくる。


「ちょっと怖い…。お兄さん、アイ…手を握りたい」


「どーぞ」


「「れっつ、ご~♪」」


 身体がそっと持ち上がるような感覚。

 少女に対しての「どうぞ」は、双子に対しての「どうぞ」としても受け取られた。弓弦の準備を待たずして飛行は始まってしまう。


「…うっぷ」


 次の瞬間には、地面の感覚があった。


「「着いたの~」」


「わっ、お兄さんの瞬間移動みたい」


 アスクレピオスやティアンとニアや、咄嗟に眼を閉じることの出来たアイは何事も無く歩き始めたが、弓弦だけ草の上に四つん這いになった。


「うっぷ……」


 嘔吐こそしないものの、吐き気や回転性の目眩は中々耐えられるものではない。

 数度の深呼吸と共に立ち直ったが、弓弦の顔色は若干青褪めている。


「(…今回の旅で一体、何回眼を回したんだろうな。はぁ)……ん?」


 顔を上げると、洞窟が見えた。

 アイやアスクレピオス、双子の姿は無い。


「……はぁ」


 洞窟の外に一人置いて行かれた弓弦は、手に付いた土を落としてから他の面々の後を追う。


ーーーぐすっ。


 洞窟内に入ると、少女の啜り泣くような声が聞こえてきた。

 アイの声だろう。どうやら、父親の亡骸の跡を見付けたらしい。


「「……」」


「主達……」


 暫く進むと、石ころを蹴るような仕草をしている双子と、大隼の姿が視界に入った。


「…何だ、また落ち込んでいるのか?」


 母親の死と父親の死、両親の死の跡に涙する少女の姿に、原因の一端を作ってしまったのは自分達だと自責の念に駆られている様子ーーー弓弦はそう考えて話し掛けた。


「…いや、主達は拗ねているのだ」


 しかしその予想は外れた。


「…拗ねている?」


 石ころを蹴る。拗ねた子どもの行動としては一般的な行動だ。

 そう長く四つん這いになってはいないので、何か短い遣り取りの結果拗ねてしまったのだろう。


「「あ」」


 双子と眼が合った。


「ね~ね~、言ってやってほしいの~!」


「分からず屋アスクレピオスに言ってほしいの~」


 トテトテと詰め寄ってくる二人の背後で、アスクレピオスが羽を竦める。

 言葉にすると、「やれやれ」と言ったところか。


「僕達」


「私達~」


「「あの女の子と一緒に配達屋がしたいの~」」


「…アイちゃんを連れて行くのか?」


「「うん!!」」


 拗ねていた理由は、アイの同行を認めてくれないアスクレピオスにあるらしい。

 別に連れて行くのぐらい構わないのでは、と思う弓弦だ。


「はぁ。何で駄目なんだ?」


「生命にはそれぞれ住むべき世界があるからだ。我等はヒトではない。食事を取る必要も無ければ生理的な欲求が生じる訳でもない。…依頼を除き俗世に不必要に交わる理由でもない以上、ヒトである彼女を我等の側に引き入れる理由もまた、無い」


「なら、オッケーだな。アイちゃんを受け入れてくれ」


「何一つオッケーな訳がない。無理だ。我々には彼女を受け入れる必要性が無い」


 アスクレピオスが肯定する気配は無い。

 あくまで認める気は無いらしく、毅然とした態度が窺える。


「じゃ、俺からの依頼だ。アイちゃん、頼む」


「は…!?」


 毅然とした態度の背後に穿たれた墓穴。

 アスクレピオスが気付いた時には、もう遅い。


「なら、良いよな?」


 弓弦の浮かべた笑みは悪魔のそれに近い。

 毅然とした様子から一転、唖然とした様子になったアスクレピオスはくちばしを何度も開閉させていた。


「アイちゃん連れて行って良いってさ。良かったな」


「「わ~♪」」


 弓弦は二人分の拍手に片手で応える。


「はぁぁぁぁぁ……」


 深い溜息が耳に届いた。

 長々とした溜息は、この時から吐く癖があるようだ。


「ただでさえ主達は寄り道癖があるのだ。ただで、さえ…。まさか助長を許すとは…はぁぁぁぁぁぁぁ」


「まぁ、良いじゃないか。このまま彼女を一人、誰も居ない町に残す訳にもいかんだろ? ほらその、アレだ。少女と言う希望を守るんだよ、その…神鳥かむどり的に」


 神鳥かむどり的とは一体。

 降って湧いたように言葉として出た表現だが、


「……」


 何故かアスクレピオスは神妙になった。


「…仕方あるまい」


 どうやら腑に落ちたらしい。

 便利な表現を弓弦は覚えた。


「だがそもそも、本人がそれを望むのならば…が、前提の話だ」


「あぁ、そりゃそうだ…ね、アイちゃん」


「…?」


 父親との別れを済ませてきたのだろうか。

 アイが瞼を赤く腫らしたまま、どこか浮かない面持ちで戻って来た。


「あまり考えたくないかもしれないけど…アイちゃんこれから、どうする?」


「どうするって…アイ、分かんない。ママもパパも皆も居なくなっちゃって…‘お姉ちゃんも…どこに居るのか分からないし’」


 当然だろう。子どもに選択を求めるには酷な問いだ。

 本来ならば、彼女の中で答えが出るのを待つべきなのだろう。数日、数か月経とうとも、幼き心に一株の若葉が根差すまで。

 もしかしたら「姉」とやらが町に戻って来るかもしれない。可能性としてはあり得なくはないはずだ。

 だがそれは出来ない。そんな予感が弓弦の中に生まれていた。


「それよりもお兄さん。向こうで不思議な扉を見付けたんだーーー」


「……」


 アスクレピオスは洞窟の奥へと視線を向ける。

 気が付くと、彼の主達の姿が消えていたのだ。


「(成程……)」


 全て分かってしまった。少女の前で表情を強張らせた男の、正体が。

 どこから来たのか、どこへ行こうとしていたのか。彼に対して浮かべた疑問が全てこの時、氷解した。


「‘…感謝するぞ’」


 瞑目した彼のメッセージは風に乗って、あるいは風に逆らい、静かに溶けていった。

「弓弦の吐瀉物…ちょっと。うん、ちょっとだけ興味あるかも」


「……」


「あ、ねぇトウガさん。どうすれば弓弦戻してくれるか、一緒に考えてくれませんか?」


「…神ヶ崎、お前の趣味は…濃いな」


「…え? あぁ…誉められると…照れちゃいます」


「誉めてはないがな」


「…弓弦の身体の中に入っていたモノ…入っていたモノ…。考えれば考える程素敵に思えてくる…フフフ」


「…考え直すことをお奨めするが…無理か?」


「無理です。私の愛に限界はありません」


「…。そ、そうか」


「さーて、予告予告♪ 『ユールのこと、人間の男の子のこと、昔に比べて良く良く分かるようになってきたの。お人好しで、優しくて、ぽかぽかで…でも、これにはちょっと驚いたのーーー次回、直せシテロ! 小さな小さな誤解!!』…ユール、男の子が好きなの? …いやいやいや、弓弦はちゃんと女の子が好きだよ。例えば私?」


「…勝手にやっていてくれ」

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