探せ弓弦! 絶望の訳!!
「「「「……」」」」
意識を失ったらしい。
眼が覚めると周りは『炬燵空間』だった。
「…?」
悪魔達が揃いも揃って無言だ。
「何だ、どうした?」
誰か、何か話してくれても良いだろうに。どうして無言なんだか。
「…ん?」
柑橘系の匂い…。これは蜜柑…か?
皆して蜜柑を食べている…訳ではないようだな。
「……」
クロが右前足を左に向けて伸ばしている。
「…ん」
行けと言うこと…だな。と言うか、普通に喋れば良いだろう。何を黙っているのか。
…? 何だアイツ…小刻みに身体が震えているような。
まさか…風邪でも引いたのか? 変氷悪魔のクセに。炬燵入り過ぎだろう。何か部屋が冷たいような気がするし。
…風? 風が吹いているのか? だがどうして……
「いや、まさか…そう言うことなのか?」
だとすると…。
「風は…あっちからか」
仄かに肌で感じられる微風の流れに逆らう。
まさかだとは思うが…心は決めておかないといけないんだよな。これって。
「…行くか」
暫く進んだろうか。
炬燵なんて既にどこへやらな場所に、「それ」があった。
「『双風ノ扉』」
「それ」の名。
『萠地ノ扉』の風属性バージョンってところか。
「ティア」と…「ニアン」。シテロ曰く、それが今から会う風の妖精の名だから。「双風」って言うのも納得のいく話か。
扉を押してみようと手で触れてみる。
軽く触れただけで、独りでに扉は石の扉が動く、独特な音を立てて奥への道を示した。
「…行って、みるか」
扉の先には暗闇が広がるだけ。
こちら側からは、この先にどのような光景が広がっているのか全く分からない。
…ま、だからこそ進まないことには、始まらないよな。
「…おぉ」
暗闇の先には雪国…でもなく、特別な「何か」が広がっていた訳でもなく、ただ暗闇が広がっていた。
不思議な暗闇だった。いや…暗闇と言うのか? 全く何も見えないという訳じゃないからだ。
灯りも何も無いのに、床の模様は識別出来る。…半径、5m程か。
眼に入る光景としては、ドーム状に薄暗闇が広がっていて、そこより外側が完全な暗闇に包まれ何も見えなくなっている。…本当に俺の精神世界の一部分なのか怪しくなってくるな。
「誰だ」
誰何の声が聞こえた。
低く、どこか色気を感じるような声だ。恐らく、一度聞いたら耳に残るような声音だろう。
「止まれ。それ以上こちら側に踏み入るのならば、命の保証は出来んぞ」
当然か。寝ていないしな。
うーん…何か、イメージと違うな。シテロからの話だと、もう少し可愛らしい子を予想していたんだが。
「……」
声の主が現れる。
「…隼?」
大隼だった。
「…隼などと言うそこらの鳥と一緒にするな。私は名を、アスクレピオスと言ってだな。これでもかつては名の知れた神鳥だったのだ」
「はい、そうですか」…って凄く言いたい。
…にしても、アスクレピオス…か。俺はてっきりあの二人が来ると思っていたんだが、悪魔としての本体は俺が倒した方の鳥だったか。
アレか。あからさまに本体っぽい存在が、ど真ん中で存在感を放っているのに実は本体、一番右の奴でした…みたいな。そんな感じなのか、風の悪魔は。
「今は大いなる風の友をしている。希望の配達屋だな」
「希望の……」
「いかにも。…もっとも今は、瘴気に身を侵され、悪魔となってしまった主達の下僕よ」
寂しそうに自嘲するアスクレピオス。
癒しを司る存在が、今や単なる魔物…か。自嘲したくもなるよな。
「…ふむ、得心がいった。知能を持たない魔物に堕した私を討ったのは、お前か」
「あぁ。俺も死にたくなかったからな。悪いが討たせてもらった」
「感謝する」
自分を殺した相手に礼か。何だかおかしなものだと思ってしまうな。
「そんな筋合いは無いさ。言ってしまえば、当然のことだからな」
「寛容であるだけではなく、謙虚者か。成程、人格者なのだな」
そんな大層な人間じゃないんだがなぁ。
「ならばこのアスクレピオス。一つ頼みたいことがある。…良いだろうか」
そう言うと、アスクレピオスは道を開けた。
普通の隼の何倍もある巨体が退いた先には、
「「……」」
しゃがみ込んだまま微動だにしない二人の子どもが居た。
若草色の髪に、茜空を思わせる双眸。
シテロから訊いた通りだ間違い無い。「ティア」と、「ニアン」だ。
「主達に語り掛け、立ち直らせてやってほしい。絶望の淵から引き上げてやってくれないか」
「と、言われてもな」
虚ろな表情をする彼等の身体を揺さ振っても反応は無い。
何をすれば良いのやら。シテロの時…みたいにはいかないだろうしなぁ。
「主達の下へは私が案内しよう」
「…出来るのか?」
「何、私が起こす風に身を任せれば良い。気が付けば主達の下に辿り着いていよう」
出来るみたいだな。
風に身を任せる…か。眼でも閉じていれば良いのだろうか。
「風は常に、世界を飛び回っている。東西南北、過去も未来も、あらゆる時あらゆる場所を駆け巡る旅人だ。神の鳥が起こす風を信じるが良い。さぁ」
「…分かった。よろしく頼む」
眼を閉じ、風を待つ。
「ーーーッ!?」
直後、俺はあらゆる感覚を失った。
* * *
浮遊感は終わり、やがて地に足が着いた。
どうやら到着らしい。弓弦が眼を開けると、
「……なっ」
足下に、赤いレンガの下り坂があった。
「とっとっ…っと…っと!」
転がり落ちそうになるのを堪え、どうにか踏ん張り三角の頂点へ。
赤い下り坂の正体は屋根だ。それが分かったのは、安定した足場を確保して周りを見渡してからだった。
「(…町…か)」
どこかの世界の、どこかの町。
レンガ造りの建物の数々は、文明水準がそれなりに高いことを窺わせた。
「(人の気配…はするな)」
喧騒が聞こえる。
人の姿も見え、穏やかな生活を過ごしている様子が垣間見える。
アスクレピオスの言葉が正しければ、近くにティアとニアンが居るはずなのだがーーー
「そんなことないもん!!」
泣きそうな子どもの声が聞こえ、弓弦は視線を声のする方に向けた。
「パパは嘘吐きなんじゃない! ずっとずっと昔の研究を、ず~っと続けているだけなんだもん!!」
「それで何か成果があったって言うのかよ!」
「無い無い何にも無い。嘘吐きホランドは嘘ばっかり、本当のことなんて言わない言わない」
「違うもん…パパは嘘吐きなんかじゃないもん…。ちがうんだもん…っ」
「(虐め…か)」
二人の少年が、一人の少女を取り囲んでいる。
考えるまでもない、虐めだ。
見ていてあまり良い気分ではないので、弓弦は屋根の上から飛び降りた。
「うるせぇっ。大人達が皆そう言っているのに違うも何もあるもんか」
「ホランドは大法螺吹きの大馬鹿者。無いものをあると言って、人を騙す。や~い、人騙しの子~」
「ぢがうもん…ぅぅ…っ。あいのぱぱ…ひとだましなんかじゃない…ひっく……っ」
「おいおい、何やってんだ?」
少女がしゃくり上げ始める。
路地裏で繰り広げられる光景は、大通りからは恐らく見えていない。
あまりしゃしゃり出たくないのが本音ではあったが、見てしまった以上見逃す訳にはいかなかった。
「ぅぅ…っ、ぐすっ…ちがうもん…ちがう…っ」
少女を庇うように前に立つ。
子ども相手に本気になるつもりはなかったが、少々頭に来るものがあった。
「女の子泣いているじゃないか。泣かせて楽しいか? そう言うの」
だがそれを表には出さず、ただ淡々と話すように努めた。
「何だよアンタ」
「部外者は引っ込んでろ~」
「泣かせて楽しいか? 俺はそう訊いているんだが」
一歩詰め寄る。
「…ぶ、部外者はこっちに来るな」
「そ、そうだそうだ」
上擦った声。
これ以上詰め寄って泣かれてもアレなので、踵を返した。
「じゃあこの子、連れて行くから」
少女の頭をポンと叩いて中腰になる。
「…?」
涙で眼を腫らした少女の顔が上がる。
「もう大丈夫だ。お兄さんが家に送ってあげるから案内してくれるかい?」
怖がらせないようにと、声音が自然と優しいものになっていた。
「でも…あの子達がパパのこと嘘吐きって……」
「…君は、パパのことが好きかい?」
唐突な問いに困惑しつつも、少女は強く頷いた。
「だったら、君があの子達の分までパパを信じてあげよう。それで良いんだ」
「うん…!」
もう一度頭を撫でると手を差し出す。
小さな掌が重ねられ、控えめに握られた。
「は、何言っているんだよっ」
「ソイツは俺達が遊んでいたんだぞ! 勝手に連れて行くなっ!!」
後ろから子ども達の声が聞こえてくるが、相手にしない。
だからといって逃げるように足早に去ることもなく、怯えるように歩みを進める少女の歩幅に合わせてその場を去ろうとする。
ゴツッ。
「(痛っ)」
背中に痛みが走った。
子ども達が道に転がる石を投げてきたらしい。
「(躾のなっていない子どもめ…はぁ、腹立つなぁ)」
正座させて反省させてやりたい。
そうしたいのが山々だった。だがそれが出来なかったのは、視線を感じたからだ。
「(…面倒事は、ごめんだな)」
武装した男が、二人。
少女の声で気付き、駆け付けたのであろうか。
「……」
少女が表情が強張った。
それを見てか、すぐに逸らされたが、向けられた視線に込められた矛先は確実に少女を、狙っていた。
「すまない。そこを退いてくれるか」
今度は弓弦が少女の手を引き、大通りに誘導する。
兵士を退かせた時に少女が弓弦を見上げた。
「どうして自分を助けてくれるのか分からない」と、その無垢な瞳は語っていた。
「…お兄さんって、希望の妖精さんなの?」
「希望の妖精?」
ティアとニアンのことだとすぐに分かった。同時に、この少女がこの過去の風の風上なのだとも。
「……願い事を叶えてくれる不思議な妖精さん。だからアイ…お願いしたの」
「そんな妖精が居るんだ。因みに何をお願いしたんだい?」
話を合わせ、情報を少しでも多く引き出していく。
話を訊いてもらえるのが嬉しいのか、少女は願い事の内容を話してくれた。
「…パパの探し物が見付かりますようにって」
少女の父親は歴史学者であり、町外れにある洞窟を長年研究してきたらしい。
既に探索され尽くした洞窟でもあったその洞窟は、現在は魔物すら居ない何もない洞窟という烙印を押されるまでには町人にとって認知度のある場所。そんな場所を長年研究しているのだから、その父親は奇異の眼で見られているそうだ。
しかし父親曰く、「あの洞窟には、まだ隠された何かがある」そうで、未だ毎日のように洞窟研究に明け暮れている。その手に洞窟について書かれた古い書物を持って。
だがある時、この書物が消えてしまう。
机の上に置いてあった物が気が付くと無くなってしまった。そのため、書物を頼りにしていた父親の研究は行き詰まってしまった。
「昨日ね、一度だけ凄く強い風が吹いたの。そしたら、パパの机に置いてあった本が全部机の上から落ちちゃって。アイが本を戻していたらその中に、パパの探していた本があったんだ」
「パパの本見付かったんだ。じゃあパパは今頃もう研究を再開させているのかな?」
「うん! すぐに渡したから♪」
希望の妖精ーーーティアとニアンのことは、その時に父親から訊いたそうだ。
困っている人々を助けてくれる存在が運良く自分達の下へとやって来てくれた。そんな幸運が昨日あったばかりだからこそ、少女ーーーアイは最初、弓弦に希望の妖精かどうか訊いたのだった。
「パパの研究、捗っていると良いね」
どうやら事は既に起こってしまっているらしい。
この後に何が起こるのか。手掛かりは町外れの洞窟にあるのだろう。
「うん♪ あ、アイの家あそこだよ!」
その結論に至るまでの会話の成果だろうか。
自らの家を指で指し示したアイは花の咲くような、無邪気な笑顔を見せてくれるようになった。
「ん、そっか。じゃあお兄さんとはここでお別れだ」
極々普通の一軒家の庭で、女性が洗濯物を干している。
あの女性が恐らくアイの母親なのだろう。容姿が彼女と良く似ていた。
「(母親似…か)」
自分は父親と母親、どちらの方に似ていたのだろうか。そんな疑問が一瞬の間だけ浮かんだ。
「うん、お兄さんありがとう!」
「あぁ、どういたしまして!」
少女に向かって手を振り、別れの挨拶を済ませる。
「(さて…行くか)」
目指す先は町外れの洞窟。
何かが起こるとしたら、そこしかない。だが、
「…どこにあるんだ?」
洞窟の場所を訊き忘れるという大きなミスを犯していることに、弓弦は気付くのであった。
「ユ~君…大丈夫かな。ちゃんと目的地に着けるかな…ううん……」
「…レイア?」
「おろ、セティちゃん。どしたの?」
「…弓弦がどうかした?」
「んー? 何でもないよ。ちょっと考え事してたんだ」
「…考え事?」
「うん、考え事。今日のお夕飯何にしようかなぁって」
「お夕飯」
「食べに来る?」
「今日は良い」
「ありゃ、フラれちゃった」
「…その代わりにレイアが夕飯食べに来て」
「…おろ、私が?」
「コク」
「フ~ちゃんのご飯か~。行こっかな」
「暫くは風音のご飯」
「おろ、あ。そっか、レオン君のご飯。一人作るぐらいだったら二人も三人も変わらないもんね」
「コク」
「じゃあ風音ちゃんに声掛けて来よっかな。今、部屋に居るよね?」
「…多分、洗濯中」
「うん。じゃあまた後でね♪」
「…コク」
「…レイア何か落とした。…あ、予告。『ああ言うものには割と耐性ある…って思っていたんだが、眼の前で起こると…流石に怖いなーーー次回、止めろ弓弦! 絶望の奔流!!』…ごめんな…アイちゃん。…アイって…誰?」
「…あ、いけない。予告の紙忘れて来ちゃった。…セティちゃん…読んじゃったかな……?」