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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
261/411

笑うバアゼル! 悪魔の思案は炬燵の中で!!

 負傷悪魔が累々としていた。

 ある悪魔はひっくり返り、ある悪魔は潰れ、ある悪魔は横たわり、ある悪魔は箱の前で一休みしている。


「…酷いな」


 『炬燵空間』にやって来た弓弦が見た光景は、そんな酷い光景だった。


「にゃはは…アシュテロ一悪魔止め切れずにこの様にゃ」


 潰れたように伸びているクロが笑う。


「四悪魔が揃って止められなかったんだもんな。一体何があったんだ?」


「…ま、簡単に言うとアシュテロが駄々をこねたのにゃ」


 駄々をこねただけで四悪魔がダウンさせられた。

 女性の身なりをしていても、シテロはアシュテロ。『萠地の然龍』の二つ名で恐れられる【リスクX】の悪魔なのだ。


「駄々…?」


「『会いたい人が居る』って言っていにゃかったかにゃ?」


 言っていた。

 そしてここに居る悪魔達全員に対して、「大嫌い」とも言っていた。


「会いに行かせたら駄目なのか? 好きにさせるべきだと思うんだが」


「にゃはは。そりゃあ認めることに越したことはにゃいのにゃ。でも一番割りを食うのは…君にゃ」


「…俺?」


 一番被害を被るのは弓弦らしい。

 悪魔達が挙ってシテロをとめようとしたのは、自分のことを思い遣っての行動だったようだ。


「シテロが会いたがっているのは、『ダスクレピオス』の主にゃのにゃ」


「『ダスクレピオス』ってさっき戦った鳥型の魔物か」


「にゃ。かつての姿はどこへやら…。瘴気に取り込まれ切った今とにゃっては、自ら瘴気を放つ怪鳥とにゃってしまった。下僕が瘴気に取り込まれてしまっていると言うことは……」


 禍々しい翼を抱いた怪鳥の姿を思い出す。

 全身から瘴気を放っていたあの魔物は肉が削げ落ち、骨だけの姿になっていた。


「その主もまた、瘴気に取り込まれてしまっている…ってことか。じゃあ俺を瘴気に近付けさせないためにシテロを……」


 クロの尻尾の先が、右へ左へとピクピク動く。


「いいや、瘴気に程度にゃらまだ良いのにゃ。…ま、シテロがにゃにを言っても引き留めてほしいのにゃ」


「…と言われてもな。ついさっき了承しちゃったんだが……」


 ボンヤリとしていたため、適当に返事をしてしまっていた。

 だが「ダスクレピオスを追ってほしい」と言う彼女の言葉に頷いてしまった記憶は、何となくだがある。


「…えぇ」


 尻尾が大きく動く。


「弓弦…それだけはやってほしくにゃかったのにゃぁぁぁぁ」


 かと思うと、魂まで零れ落ちてしまいそうな程に深い溜息を吐いた。

 どうやら、やってしまったらしい。


「…魔力(マニャ)を極力使わずアシュテロを抑え込もうとした僕等の頑張りは、にゃんだったのかにゃぁ……」


 責めるような視線ではなく、遠くを見るような視線がクロの瞳より向けられた。


「何か…すまん」


 申し訳無い気持ちになったので取り敢えず謝った。


「『凍劔の儘猫』、済んだ事を責めても仕様も無い。此の阿呆の事だ。終の事、懸念が現実のものになるのは眼に見えてはいた故にな」


 炬燵で休んでいるバアゼルが発したのは、呆れの込められた声だった。

 少し馬鹿にされた気がしなくもない弓弦だが、自分に非があるらしい状況で反論はしなかった。


「はぁ…むごいのにゃ……」


 欠伸をすると、クロはそれきり喋らなくなった。

 身体を休めるつもりなのだろう。程無くして寝息を立て始めた。


「茶を淹れろ。我は茶が飲みたい」


 拒否権は存在しない。

 大人しく湯呑みに茶を淹れて炬燵の上に置いた弓弦の前で、バアゼルは人間体になった。


「…蜜柑も寄越せ」


 どうやら、それなりにお怒りのようだ。


「ほら」


 湯呑みの隣に蜜柑を置き、自分の分も用意して反対側に置く。

 バアゼルの顔色を窺いつつ弓弦は、静かに炬燵の中に足を滑らせた。


「貴様は肝心な時に限って深謀が足らん。我等が何故なにゆえ強行手段に出ていたのか考え、然龍の願いを請け負うか否か判断すべきだったな」


「…それなんだが。『ダスクレピオス』の主とシテロってどんな関係なんだ? どうしてシテロがあんなに会いたがっている?」


「ふむ…嫉妬か」


 予想外の言葉だった。

 口に含んだ茶を思わず、噴き出してしまいそうになってしまう。


「なっ、嫉妬!? いやいやいやいやっ! どうして俺が嫉妬しなければならないんだ!」


「然龍が再会を願う存在が気になるのだろう? 違うのか」


「違うな」


 少なくとも嫉妬している訳ではないので即答した。

 気になっているだけで、別にそれ以外の感情は無い。まして嫉妬など、どうして覚えなければならないのか。


「つまらん男だ。其れよりも、茶が無くなったから新しいのを淹れろ」


「な…おいっ」


 早過ぎる補給要求。

 どこか作為めいたものを感じずにはいられなかったが、拒否権は無い。


「それで? シテロが会いたがっている存在、知っているんだよな? どうしてシテロが会いたがっているのか、どうしてアイツを無理にでも引き留めようとしたのか、理由を教えてほしいんだが」


「『凍劔の儘猫』の話を聞いていないのか?」


「アイツは、シテロが会いたがっているのは誰かまでは話してくれたが、どうして…の理由は言ってくれていない」


 「ふむ」と顎に手を当てたバアゼルは思案の様子を見せる。


「旧き友人達だ。『萠地の然龍』が、其の忌み名で呼ばれるより以前の折の」


 達と言うからには複数人なのだろう。

 バアゼルが細めた眼は虚空を捉え、遥か過去を思い出しているようだった。


「我も深くは存ぜぬがな。彼れにとっては、身内に等しき存在だった様だ」


「身内同然の…。じゃあアイツが、ああまでして会おうとしていたのも説明が付くか」


 長年会えなかった家族の手掛かりを見付けたーーーならば手掛かりを追おうとするもの。

 瘴気に侵されているという懸念はあるものの、その一度くらいはその友人に会わせるべきではないだろうか。


「シテロをその友人に会わせるぐらいしても良いよな? 止めたって訊かないだろうし」


「…其れは貴様の事でもあるな」


「う」


 正しくその通りである。


「我は止めはせん。貴様の好きにすれば良いが、一つだけ忠告をしておく」


「…瘴気に近付くな、か?」


 今回の冒険で、瘴気に酷い目に遭わされた弓弦としては、言われなくとも近付かないつもりだった。

 それに友人同士の再会に水を差すつもりもない。近付くとしても、精々少し離れた木の裏で成り行きを見守る程度だ。


「否。深入りはするな」


 しかしバアゼルの忠告は、的を射ないものだった。

 的確な忠告を期待していただけに、ヴェアル紛いの忠告にむせてしまった。


「…何にだ?」


「然龍が会おうとする存在に対して同情するな、と云うことだ」


 やはり、どこか的外れだ。

 まるで本来言うべきであろう言葉を避けているように。

 弓弦の眼が細められた。


「…何を隠している。誤魔化そうとするあまり、馬鹿みたいにバレバレな嘘を吐かれている気分なんだが」


 バアゼルらしくない。普段の彼ならば、変に誤魔化しにかかるよりかはそのまま言うはず。


「……」


 バアゼルは数度の瞬きの後、低く唸った。

 だがやがて観念したかのように、


「然龍が会おうとしている存在は、悪魔だ」


 敢えて言わないようにしていた事柄を呟いた。


「『死風の誘い手』の二つ名を有する、風の悪魔だ」


「『死風の誘い手』…【リスクX】の悪魔か」


 二つ名を繰り返し、固まった面持ちの裏に予感を覚える。

 それは、新たな戦いの予感。避けられない激戦の予告だ。

 ここに至って、弓弦は自分の安請け合いが相当な大安請け合いだったことを自覚した。

 もし戦いになれば、今の自分ではまともに太刀打ちすることが出来ない。死にに行くようなものだ。


「理解したな? 我等が然龍を阻もうとした真の理由を」


 弓弦を守るためという本軸は変わっていないため、心配してくれていた悪魔達には頭が下がる思いだった。


「…あぁ。だが…カザイも居るし、上手くいけば倒せたりしてな」


「物事、そう上手く進まないのが世の常だ。其れに問題は、倒した、後の事だ」


 蜜柑を新しく取り出したバアゼルが皮を剥いていく。

 今更だが蜜柑の箱は、バアゼルの手が届く位置にあったのだ。自分で容易に取り出せる物を弓弦に取らせた辺り、やはりそれなりに不機嫌だったのだろう。


「…倒した、後?」


「望み通りに単刀直入に云ってやろう。お前は、誘い手を此処に迎え入れる心算はあるか」


 鋭い視線が向けられる。

 まるで、弓弦の返答を一語一句聞き漏らさないよう努めているかのように。


「…時と場合による、な。まぁ、俺が望もうが望まなかろうが、向こうが来たりするんだろうが…なぁ」


「…まぁ、善い。貴様の望んだ事に我が口を挟む謂れは無い故にな」


「…いけないのか?」


 吸収禁止。バアゼルは暗にそう言った。

 吸収し切れずに闇に引き摺り込まれてしまう危険性があるため、以前『黒闇の虐者』の吸収を禁止されたことがあるが今回もそうなのだろうか。


「…『死風の誘い手』は我等より、遥かに若い悪魔。其れが何を意味するか、解せるか」


 弓弦は首を横に振った。


「我等とは異なり、絶望を受容せず未だ風化させていない。…絶望の渦中に在る者を受け容れる事は、貴様自身が絶望を肩代わりする事と同義だ。…絶望に、貴様は耐えられるか?」


「…待て、そもそも若いって…悪魔になりたてってことか? 悪魔にはどうやってなるのか…とか、気になるのは一杯あるんだが。大体、絶望ってさ、時が経てば経つ程深まったりしそうだが…違うのか?」


 悪魔のなり方。気になるものである。


「ク…絶望の中に身を置けば、何時しか自らを貶めた絶望が、そもそもどの様なものであったかさえ忘れるものだ。…悪魔の成り方なぞ我は知らん」


「…忘れるのか?」


「永劫の時は霊薬だ。深き絶望すらも忘却の彼方へと追い遣る…いや、悪魔として絶望を振り撒く存在となった以上、最早自らの絶望は如何でも善くなるのだ」


 有り余る力を有してしまったばかりに、絶望を振り撒く存在となってしまう。

 誰かを傷付けることで自らを癒すというのは、どう考えても間違っているようにしか思えてならない。だが、絶望に身を焦がし過ぎた結果悪魔と呼ばれる存在になってしまった者達にとっては、それだけが唯一の防衛反応のようなものなのだろう。


「…悲しいな、何だか」


 自分だけが救われたとしても、広がった悲しみは消えない。深い悲しみがあったとしても、それを乗り越えることで成長することが出来るのだから。

 例え忘れたことが出来たとしても、心に残った傷はいつか、悪夢となって再び絶望の中に落とそうと働きかけてくる。そしてまた、絶望を振り撒く。

 悲しみの連鎖だった。


「…フ、如何どうするかは貴様の好きにしろ。『死風の誘い手』の絶望は、当時のまま残っている。決して同情せず、引き摺り込まれない様尽力出来るのならばな」


「…ま、何とかするしかないなら何とかするさ。それに、まずもって勝てると決まった訳じゃないしな」


 蜜柑を食べ終わり、茶を一気に飲み干して弓弦は立ち上がる。


「もしもの時は、よろしく頼むな」


 そして炬燵の中に潜って行った。


「…もしもの時…か。ふむ」


「用心深いな。臆病とも取れるが」


 ヴェアルが身体を起こすと、弓弦が入ってた側の炬燵の前で腰を下ろす。


「フン…限界寸前の身体で、何処まで死風と対峙出来るか…。貴様は如何考える? 『紅念の賢狼』」


「『ダスクレピオス』と『死風の誘い手』を同時に相手取るには、些か無理があるだろう。魔力(マナ)も、体力も、今の彼では残念だが……」


 バアゼルがヴェアルの前に蜜柑と、茶が入った湯呑みを置く。

 蜜柑は兎も角、電気ポッドを操作して新たに茶を淹れるにはヴェアルの背では足りない。

 普段は自身の念動魔法で紅茶を淹れたりする彼だが、今は魔力(マナ)を使えない状況のため自分では紅茶を淹れることが出来なかった。

 弓弦の消耗を避けるために、現在『炬燵空間』では、一切の魔力(マナ)使用が禁止。分かってはいるのだが、不便さを感じずにはいられなかった。


「…緑茶か」


 飲みたいものが飲めない。不便である。


「蜜柑には緑茶だ」


「‘虚しいな’」


 価値観の相違。虚しいものである。


「言葉を返すようだが王者はどう考える」


「…何が起ころうとも、事無きを得れば善い」


 テレビを点ける。

 外では、向こうに戻った弓弦が身体を起こしている。


「事態の好転を天に願うか?」


 弓弦の顔色は優れなく、風が吹けば吹き飛ばされてしまいそうな程に弱々しい様子を見せていた。

 これでは『死風の誘い手』どころか、『ダスクレピオス』にさえ簡単に遅れを取ってしまうだろう。


「天に願うなぞ頼まれどもするものか」


「願うよりも、あくまで己の手で道を切り拓くか。流石だな」


 願う暇があるならば、自らの手で掴み取らねばならない。

 動くしかない。


「我は悪魔故にな」


 少々犠牲になってもらう必要があるが、そこは協力ということで手を打たせる。


「ク…興が乗るわ」


 緑茶を複雑そうに啜るヴェアルの前で、バアゼルは意地の悪い笑みと共にテレビを見詰めた。


「…ふと思ったのだが、王者。然龍は『死風の誘い手』のことを、知っている(・ ・ ・ ・ ・)のか?」


 バアゼルが低く唸った。


「数千年前には既に、然龍は眠りに就いていたはず。外界との繋がりを、極力絶っていた彼女が『死風の誘い手』のことを知っているとは思えないが」


「…ふむ……」


 考え始めた老齢の男は、それ切り黙り込んでしまう。


「……」


『シテロが会いたい人達って誰なんだ?』


 倣った訳ではないが、ヴェアルも黙り込むとテレビに視線を遣る。


『ーーーは、皆に幸せを運ぶのがお仕事の妖精さんなの♪』


「「……」」


 二悪魔の額を、冷たいものが伝った。

「年末だ~正月だ~酉年だ~!!」


「わー♪ 隊長さん、とうとう新しい年ですね♪」


「お~お~知影ちゃん。知影ちゃんとは何か、久々に話したような気がするな~」


「言われてみればそんなような、そうでもないような。それよりも隊長さん! 今年も! 正月特別編はあるんですか!?」


「あ~…クリスマスもやらなかったしな~。残念だが今年は正月も無しだ~」


「一年に一度なのに勿体無いですねぇ」


「ま~本編がな~…」


「…凄く残念です。じゃあ予告を」


「いきなりだな~」


「尺的な何かがあるような気がするんです。なのでお願いします」


「…知影ちゃん『ヒロイン』だったよな~。ヒロインらしいことをやるべきなんじゃないか~?」


「『風…か。そう言えばスートルファにが使った魔法…希望の風の魔法があったな。…物事が表裏一体だったら、当然絶望の風と言う概念もあると言うことになる。…絶望の風…かーーー次回、構えろ弓弦! 其は絶望の風!!』…どうやら、お出ましのようだ。…だってきゃ~弓弦♪ カッコイイ! カッコ良過ぎて濡れそう♪」


「…。ヒロイン…な~」


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