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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
26/411

商業王都カリエンテ 後編

 ──時は遡る。


「よし、砂漠に散歩行こう」


 知影とユリの朝は、そんな知影の一言から始まった。


「…始まった」


 ここに滞在させてもらっている間、二人は快適な生活をしていた。

 寝床、食事の数々はどうして振る舞われているのか。時折首を傾げたくなる程のもてなしっ振りだが、どうしても時間を持て余してしまうもの。

 ここに滞在してからというもの、暇を持て余した知影の発言には頭を抱えることが多かったユリ。

 しかしこれは、今までの中でも頭一つ飛び抜けた思い付きだった。


「砂漠…だと」


 実のところをいうと、滞在を始めてから二人がこの街から出たことは一度もない。

 向こうのご好意で身の回りの世話を殆どしてもらっているため、街に出るのならまだしも街の外に出る必要が無かったのだ。

 さらに、高い気温と湿度が二人の外出を阻んでいた。

 涼しくて快適な王宮内。そこを出たところで、街の外には砂漠が広がるだけ。街の情報が自然と入ってくる環境から、出る程の必要性は感じないのである。


「まぁ気持ちは分からないこともないが…万が一、億が一だ。我々が不在の折に隊長殿か橘殿が訪ねてきたらどうするつもりだ?」


「それは無いよ。隊長さんは兎も角、弓弦は多分…まだこの国に居ないから」


 「何故分かるのか」と、訊いても意味が分からないという結果に思考が辿り着く程には彼女は諦めの境地に入っていた。

 この国で過ごすようになってからというもの数日に及ぶ時が流れたが──そんな短い日々の中でも、知影の弓弦に関する思考だけは理解しかねていた。

 言葉では表現の難しい、感覚的なものなのだ。知影の場合。

 恐らく彼女自身も完全に理解出来ている訳ではない。ただそんな気がしたら(・・・・・・・・)それが真実(・・・・・)であるだけ。

 要は天性の勘と呼べるものなのだろう。


「…しかし、わざわざ砂漠まで出向いて、何をするつもりなのだ?」


 先程侍従が持って来たハーブティを口に含みながら、ユリは外を見遣る。

 王宮の二階にある客室から、城下町の景色はよく見えるのだ。

 実際には聞こえないのだが、こうして眺めていると人々の賑やかな話し声が聞こえそうだ。


「適当に散歩。特に意味は無いよ」


「訊いてくれと言っているような体で、私に話を振らないでほしい。私は橘殿のような切り返しは不得手なのでな」


 身体が心地良く冷えていく。

 ミントの類が入っているのだろうか。生温い風でも過ごし易く感じるようになるので、ここで出される飲み物の中で彼女が一番のお気に入りとしているものだ。

 余談だが、ユリが最も好むアイスの味はチョコミントである。


「(…ふむ、アイスクリームが食べたくなってきたな……)」


 そんな優雅な一時を過ごしていると、隣から啜り泣くような声が。


「うぅ…弓弦のツッコミが恋しいよぉ…弓弦…どこに居るの…?」


 言っている内容が恋する乙女な知影の声だった。

 しかし毎日のように、毎日だ、毎日なのだ。気が向く度に、弓弦が着ていた隊員服の匂いを嗅ぐ仕草がそれを台無しにする。

 ──そう、弓弦の隊員服だ。

 昨日早朝のこと。これの所為で酷い目に遭ったために、ユリは嘆息と共に視線を紅茶へ。


「(…またか)」


 毎晩弓弦の隊員服を抱き枕のようにして寝る彼女だったが、その日は何故かユリが使用しているベッドの中に入っていた。

 犯人は勿論知影。どうやらユリが外出している間に、ベッドの中に隊員服を突っ込んだようだ。

 何でも付き合ったばかりのカップルが、旅行中違うベッドで横になり、一緒に寝たいけどやっぱり恥ずかしくて、でも一緒に寝たくて悶々とする──そんなよく分からないドキドキ感を満喫したいがための行動だったらしい。

 全くもって意味が不明。だが勝手にベッドを使われただけなら、別にそこまで構わなかったユリ。

 しかし彼女は多大なる被害を被ってしまうことになったのだ。

 その夜のこと。不幸なことに、知影が隊員服を放置したまま就寝してしまったのである。

 どうやらベッドに残っていた残り香によって気付かない内に眠ってしまったらしく、それに気付いた朝には取り乱していたのを覚えている。


「(あれは正に…この世の終わりのような顔をしていた…)」


 血相を変えて、という表現が見事に当てはまる動転振りであった。

 たかが隊員服一つでしかないが、彼女にとっては「されど」なのだろう。まるで自分の命以上に大切にしているような様子だ。

 そんな知影は、現在も弓弦の隊員服に顔を埋めて大きく肩を上下させている。

 彼女は間違い無く変態だ。それも超弩級の。

 そして同程度に、トラブルを呼び込んでくる。


「(…何故か今日は、妙に胸騒ぎがする)」


 紅茶を見詰めるユリの瞳は、据わっていた。

 今日は何かがある。ちょっとした女の勘だ。


「どうかした? あ、まさか…また(・・)ユリちゃんも弓弦の匂い嗅ぎたいの?」


 得意気な知影が、早速困らせる行動に移った。


「ほらほらぁ♪」


 弓弦の隊員服が、ヒラヒラと。

 風に乗って、服の香りが鼻腔を撫でくる。

 それはまるで、羽毛で撫でられるかのような──いや、そんな感覚は決して抱いていない。


「…っ、ば、馬鹿者! わ、わわわ私は!!」


 実を言うとユリは、一度半ば無理矢理な形ではあるが、知影に隊員服の匂いを嗅がされたことがあるのだ。

 いや、無理矢理だったのは最初の一回だけ。後は隊員服を鼻元押し付けられたユリが自分から嗅ぎに行ったりする──かどうかは本人にも分からないし、触れてはいけない問題だ。

 嫌な予感が、早速的中した。


「ほらほらほらほら♪」


 弓弦の隊員服がヒラヒラ、ユラユラと。

 止めろと言えないのは、一体何なのか。


「う…っ」


 因みに知影は、匂いを嗅ぐとユリが安心すると思っていた。

 嫌がる素振りを見せるものの、少なくとも隊員服を押し付けられることを完全に拒否している訳ではないために。


「ほらほら、弓弦の香り素敵でしょ?」


 額を押さえて俯くユリに、知影は自慢気だ。

 そう、ユリは立派に変態の仲間に入っている──というのが知影なりの見解だったりする。

 朱も交わればとはよく言うが、ユリも知影へんたいの仲間入りを立派に果たしてしまったのならば、大いに複雑な気持ちであろう。


「ねぇねぇユリちゃん、素敵でしょ? …堕ちちゃいなよ」


 それは別として。敬語が無くなり、呼び方も『さん』から『ちゃん』に変わっていることは本人にとって、本意か不本意かはさておき。

 弓弦の隊員服に釘付けとなっていた視線を逸らすと、ユリは咳払いを一つする。


「…私も鬱屈していてな。そろそろ試射の為の丁度良い的が欲しいと思っていたのだ」


 知影のことだ。

 どうせ堕ちたら、恋敵として敵視してくるに違い無いのである。

 この理不尽。圧倒的理不尽。

 ユリの堪忍袋の緒が、プツンと切れた。

 壁に立て掛けてあった銃を手に取り、照準に知影の額を捉えた。


「よし! 行こう、今すぐ町に行こう!?」


 言うが早く、知影は逃げるように服を着替えて部屋を出て行ってしまう。

 それはまるで脱兎の如く。迅速な逃走であった。


「…私もそろそろ何か新しい服を買わねばな」


 小さく、本当に小さな舌打ちをして。

 ユリも手早く着替えた後に、知影を追って部屋を出た。











 市街部のバザーは多いに賑わっていた。

 聞くところによると、この国は流通の中心地らしく世界中から様々な交易商や旅人が訪れるそうだ。


「うわぁ…ユリちゃん…今日も大盛況だねぇ……」


 辺りを見回す知影の額は、赤い。

 これはユリによってお仕置きをされたためだ。

 内容は、強烈なデコピンでの一撃。もう一撃見舞うのも良かったが、そこは堪えた。


「うむ。流石経済の中心地だ…む?」


 人々が闊歩する市街通りに出た二人は、毎日のように活気豊かな景色に感嘆する。

 色んな服装な人が居るものだ。これが不埒者であったら、この国特有の水着のような衣装に眼を奪われそうだが、探せば探す程色んな人が居る。

 そんな中、ユリはある気配に気付いて視線を足下に。


「くぅ〜ん…」


 犬だ。首輪をしているのでおそらく飼い犬だろう。

 しかし周りを見回しても飼い主らしき人は居ない。逸れたか、あるいは──。


「犬…か。知影殿、私は暫く別行動を取っても良いだろうか?」


「異世界にも犬とか居るんだ…。飼い主探し、私も手伝うよ。迷ったら困るし別行動をとらない方が良いと思うんだ」


 光があれば当然、闇もある。

 異世界とはいっても、そこに心ある者が住まう以上それは常と表しても良い。

 そうかもしれないし、そうでないかもしれないが、何事も取り越し苦労ということもないのである。

 放っておけなかったのだ。


「…そうだな。この犬の主が見付かるかどうかは分からないが…感謝するぞ」


「変にそんな畏まらなくても良いのに」


「知影殿が最初より砕け過ぎなのだ。それに私の口調これは…元からだ。一度完全に定着したものは早々治せるものではない」


「…そうよね。|“弓弦と手繋いだ様子”が《ユリちゃんの》素だったら許せ(しかた)ないよね」


 知影の発言に微妙なニュアンスの違いがあるような気がするが、ユリがそれについて深く考えることはなかった。


「(…私も、あんな感じで弓弦に手を繋がれてみたいな…。はぁ…)」


「(さて、どこからあたるか…)」


「取り敢えず手当たり次第に行こうよ」


「知影殿、私の心を」


 ──暫くして飼い主が見付かり、犬は無事に戻って行った。

 飼い主も必死に探してくれていたことが幸いだったのだ。あまり時間が掛かることもなかった。

 それから二人は、再びバザーの物色に行こうとした。


「む…」


 しかし、ユリが急に知影の手を引っ張り路地裏へと連れて行く。

 険しい面持ちだ。真剣そのものであり、桃色の瞳が鋭く細められている。


「ゆ…ユリちゃんって名前の通り百合っ子だったの…? だ、駄目だよ? 私は弓弦の妻なんだから…」


 弓弦が訊いたら抗議の言葉を言いそうな台詞だが、ユリは口元に手を当てた。


「(あ…これ弓弦にされたら好きなヤツだ……)」


 頭の中で呑気なことを考えながら、知影はユリと共に物蔭に身を潜めた。

 バザーの喧騒が、遠くに聞こえる。

 薄暗い路地の中に吹き付けてくる風は、どこか冷たい。


「‘静かに…。誰かが私達を追って来ていた。気配の隠し方が雑だがな’」


 そんな絶好な雰囲気にお似合いの、闖入者ちんにゅうしゃが現れたようだ。

 バザーの中で、こちらに急速に近付いて来る気配の主は誰なのか。


「(手癖の悪い輩も散見されると聞いたが…。その手合いか?)」


 一番考えられるのは、盗賊。

 知影もユリも別段珍しい格好をしているわけではないが、非力そうに見える女性二人は盗賊から格好の的である──実際は非力ではないが、世の常である。


「姿を晒した所を魔法で一気に封じる。知影殿は危険だから下がっていてくれ」


「…っ、分かったよ」


 短剣を手に取った知影は、歯を噛み締める。

 拘束魔法を使えるのなら、確かにそちらの方が効果的──彼女自身もそう判断した。

 意識を集中させたユリの後ろに下がり、盗賊が姿を表すのを待つ。


『…光の檻よ、我が敵を封じ込めよ…』


 詠唱が完了し、発動待機状態となったユリ。

 その背後で、


「(魔法…かぁ……)」


 知影は俯き、「魔法を使えない自分は役に立てない」悔しさに打ち震えていた。

 のんびりしていた割合が圧倒的に多かったが、知影もユリも無意味な毎日を過ごしていた訳ではない。一応だが情報収集もしていた。

 弓弦やレオンの情報収集に並行する形で、彼女は魔法についての知識を宮殿付きの学者から学んでいた。

 その中で、彼女が得た知識──即ち、魔法行使の条件とは、一度魔法をその身に受け、魔力マナを扱う回路が開き、魔法を使えるようになるための下準備が整うことから始まる。

 魔法。人間は一人一属性しか用いることは出来ないが、世界の事象に干渉し、現象を起こすことの出来る奇跡の技。

 かつて知影が暮らしていた世界で架空の存在とされていたものは、今の非日常において日常的なものになっている。

 日常的になっているのだが、生憎この世界では、完璧な状態で魔法を使うことが出来る人間が居ないのだとか。


「(私にも魔法があれば……)」


 その原因に関する知識も得られたのだが、魔法を扱えない人間が暮らす世界だからこそ、魔法という手札を握っておく必要があった。

 同じ土俵よりも、アドバンテージを得た土俵で。

 それが、生き抜くための近道。

 だが残念なことに、知影にはまだそのような兆候は一切見られていなかった。

 それだけではない。


「(弓弦……)」


 知影は内心、焦りを感じていた。

 弓弦との回路パスがこの世界に飛ばされてから途切れ掛けたままなのだ。

 心を覗くことが出来るはずの、回路パス。弓弦が生きていることだけは分かるのだが、それ以外は分からない状況だった。

 彼女としては、生きていることが分かるだけでも安心ではある。しかし出来ていたことが出来なくなると、不安を感じてしまう。

 早く、会いたかった。


『クロイツゲージ!!』


 不審者が、現れた。

 躍り出て来た盗賊らしき男に向け、ユリは手を振り下ろした。

 光属性中級魔法“クロイツゲージ”が、発動される。


「うぉっ!?」


 盗賊の頭上に出現した四本の光のくさびが、次々と四方に突き刺さる。

 声を上げた男が取り囲むようにして突き刺さった光同士が繋がり合い、形成されたのは半透明の柱。

 それはまるで、光の檻だ。

 光の檻で対象を拘束する魔法──それが、“クロイツゲージ”であった。


「ユリちゃん…ッ!」


 光の檻は完成した。

 しかしその中に、男が居ない。


「ちぃ…ッ」


 ユリは、すかさず狙撃銃を構える。

 砂煙の先。照準に捉えた男が、ゆっくりとこちらに接近する。


「動くな。…さもなければ、撃つ」


 魔法の範囲を見切られていた。

 気配の隠し方が雑かと思えば、中々どうして──やる。

 ユリは威嚇するように、引鉄ひきがねに掛けた指に力を込めていく。

 こんな街中で、銃声を響かせるつもりはさらさらないのだが、それも向こうの出方次第だ。返答の場合によっては、装填した麻酔弾の発射を躊躇ためらう気はない。


「ッ……」


 ザク、ザク、ザクと、足音は止まらない。


「‘…ドムなら三連星なんだけどな’」


「何者だ、貴様」


 知影の意味不明な呟きに眉を顰めながら、ユリは苛立ったように誰何の声を上げる。

 だが男は止まらない。


「‘あぁでも…開戦当初の戦役ではザクⅡだったっけ。ザクⅡ、ザクⅡ、ザクⅡ…うーん、語呂悪いなぁ’」


 謎の発言も止まらない。

 ユリが引鉄に込める力を、僅かに強めていき──


「はぁぁぁ」


 そして溜息を吐かれた。


「…戦場での知識としては間違っていないが〜。頼むから止めてくれよユリちゃん…死ぬって」


 砂煙が晴れる。

 ボヤきながら現れ、髪を掻いた男の顔があらわになる。


「…隊長…殿……」


「後~、この世界は人前で魔法禁止だぞ~?」


 不審者の正体──レオンは、酷く疲れたような表情で愚痴を言った。

「ん? 今回も俺達、ここに出られるみたいだな」


「……」


「…で、これを読めと?」


「……」


「…それで」


「……?」


「直接手渡してくれれば良いものを、なんでわざわざ…口に咥えているんだ?」


「……」


「はいはい取るから…うん、なんだこれ?」


「さぁ…? 取り敢えず読んでみてはどうですか?」


「ん…あぁ。『レオンと合流した知影達。二百年前の事件を元にしたお伽話の違和感を口にする彼は、彼女達の言葉にさらに違和感を抱く』…次回予告だな」


「はい、そうみたいですね。『一方、今後の予定について悩む弓弦は穏やかな時間を過ごしていた──』はい、最後は一緒に読みましょうか♪」


「あ、あぁ…」


「「次回、『異なる時の流れにて』」」


「あなたと歩む、冒険の旅」


「???」


「ふふふ、面白いですね、これ」


「…そうだな。ところで内容についてここで、ツッコミを入れた方が良いか?」


「駄目です。それではまた…んん、待っているわ」


「最後の最後でその口調に戻るんだな……。あぁ分かってるから、そんな眼で見ないでくれ。…じゃあ、また」

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