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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
259/411

歩め弓弦! 祭壇の上に奉られし禁忌!!

「解放されたか」


 弓弦が気怠い身体の凝りを解していると、カザイが眼を開けた。


「…?」


 「起きたか」ではなく、「解放されたか」と声を掛けられれば弓弦でなくとも首を傾げるであろう。


「(まさか…カザイも見ていたのか? 解放されたかってどう言う意味だ?」


「そのままの意味だ。古き別な世界の光景を見たな?」


 不思議な光景と言われれば、思い浮かぶのは一つだった。

 今回の映像に限っては一人で見ているものだと思ったのだが、どうやらカザイも見ていたということなのだろうか。


「カザイも見たのか?」


「……」


「…無言か?」


 カザイの背が壁から離れた。


「エコーだ」


「は?」


 いきなりそう言われて意味が理解出来る訳がない。

 思わず真顔で訊き返してしまったが、カザイはそれを気にしていないのか静かに弓弦の方を見た。


「この空間より繋がる常世に漂う木霊。遠き日に存在した魂が語る時の残響。…お前宛の死者の昔語りだ」


「死者の…?」


 ヴェアル程ではないが、分かり難い表現を使うものである。

 カザイの言葉を理解するのに数秒時間を要したが、言いたいことは伝わった。

 だが別の疑問が生じた。

 何故自分なのかという疑問がーーー


「誰だか知らないが、物好きは居るものだ」


 この男はきっと、理由を知っている。

 語るつもりはないようだが、この男ならば知っていてもおかしくないであろう。


「‘常世に繋がる空間…死者の…道。死者が集まる…道?’」


 シテロは何やらブツブツとカザイの言葉を繰り返していた。


「シテロ?」


 珍しく怖い顔をしている。

 怖いというよりは、真剣な顔か。その面持ちからは、いつもの天然さがあまり感じられなかった。


「…ううん、何でもないの。あのねユール、私そろそろユールの中に戻るの」


 考えるのを諦めたようだ。


「あぁ…別に良いが」


「代わりにアデウスが出て来てくれるの。ここから先は瘴気が濃過ぎてアデウスの魔法が無いとユール、命が危ないみたいだから」


「な…っ」


 言われてみると、気絶する前ーーー魔物と戦う前よりも周りの瘴気が濃くなっていることに気付いた。


「…そうか、ありがとな」


 どうして瘴気が濃くなっているのか分からない弓弦ではない。

 お礼を言うと、シテロははにかんで『炬燵空間』へと帰って行った。


「キシャ」


 シテロの魔力(マナ)が完全に弓弦の中に戻ると、新たに彼の身体から溢れた魔力(マナ)が蟷螂の形を取った。アデウス顕現である。


「アデウス、頼むな」


キシャ(あ ぁ)!!」


 元気の良い返事は詠唱も兼ねていたのか、弓弦の足下に魔法陣が展開した。


キシャン(こ れ で)シャシャシャキシャ(大 丈 夫 だ)キシャア(師 匠)


 魔法が発動すると、身体が急に楽になった。

 若干の気持ち悪さもあるが、この程度ならばいつも通り動くことが出来るだろう。


「…これは?」


 この通路に入ってから常に苛まれていた虚脱感を感じない嘘のような感覚だ。

 もっとも別の感覚を現在覚えているのだが。


「キシャシャ「日本語で頼む」」


 アデウスは咳払いした。


「位相差次元層…“ディメンジョンシールド”の魔法を発動した。この魔法により師匠の本体をこの空間とは位相が異なる別の次元に置くことで、瘴気の影響下から離れさせた」


 可能な限り簡潔にすると、魔法の効果で瘴気の影響を極力受けないようになったということである。


「…じゃあこの凄い勢いで俺の中から、滝の水が上から下へと流れるが如くそれはもう、止め処なく魔力(マナ)が出ていくのは、その魔法によるものか?」


 “ディメンジョンシールド”の消費魔力(マナ)は尋常ではないようだ。

 別次元ーーーいわば鏡の世界を限定的に作り出して自身を避難させるのだから、それも当然であろうか。


「キシャ。師匠の魔力(マナ)でもあの赤い瘴気の真っ只中では、十数分程しか保たないから気を付けてくれ」


 想像以上であった。


「は…っ!? 十数分、十数分って言ったかっ。そんなに消費量多いのかこの魔法…!!」


 魔力(マナ)容量(キャパシティ)にそれなりの自身を持っていた弓弦だが、あまりの鬼畜級消費量振りには驚くしかなかった。


キシャ(当然だ)。この魔法は本来、一瞬の間の完全回避を目的として使用する魔法。長時間運用には全く向いていないものだからな」


 運用の難しい魔法である。


「極短時間での運用目的か…じゃあ、急がないといけないか。…待たせた」


 カザイは無言で歩き始めた。

 程無くして、赤い光が辺りに満ち始める。


「この赤い光…気味が悪いな。見ているだけで背筋が凍り付くような感じだ」


 不安、怯えといった良くないものが、濃縮されたような凶々しい光の赤色は、まるで血の色そのものだ。

 これを長時間直接身に浴びてしまえば、良くないのものに全身を満たされてしまうといった危機感が、背筋に冷や汗を滲ませる。


「アデウスは平気なのか?」


「平気と言えば嘘になる。元は負の者であろうが、今は師匠の一部として正の魔力(マナ)を身に宿す存在だ。良い意味でも悪い意味でも魔力(マナ)への感受性が高い師匠程ではないが、不快感は覚える」


 別段変わった様子は見せていないが、アデウスはアデウスで気持ち悪いのだろう。声にはどこか、気味の悪さに対しての苛つきの感情が込められているようだ。


「…正の魔力(マナ)って何かこそばゆいな。自分の魔力(マナ)が穢れていない保証なんてどこにも無いし」


 確かなものは、穢れ切ってはいないことだけだ。

 しかしアデウスは否定の意を示した。


「師匠の魔力(マナ)は温かさを持っている。穢れていない保証なぞ、それだけで十分だ」


 弓弦の迷いを切り捨てるような力強い言葉だった。

 思わぬ言葉に眼を丸くした彼だが、


「ぷっ」


 次の瞬間には噴き出してしまった。


「な、師匠?」


「はは…いや、そんな真面目な言葉をお前が言うなんてな。クロじゃないが、ちょっとらしくないんじゃないか?」


 真面目な言葉が悪い訳ではない。アデウスが言うのがおかしいと思ってしまった。


「……」


 無言になるアデウス。


「悪かった。悪かったから」


 悪気は無かったのだが、少し悪いことをしてしまっただろうか。前を歩く男と同じように、無言になってしまったアデウスの肩を叩く。


「「……」」


 無言の悪魔と無言の男。

 花も何も無い無言の空間に、肩を叩く音だけが空しく響く。


「悪かったって」


「……」


 面倒臭い蟷螂かまきりである。


「(別に臍曲げなくても良いだろうに)」


 赤い光の中を歩き始めて程無くしてから、徐々に壁幅が狭くなり始めた。

 狭くなっていく壁には、ここの入口にもあった壁画が一面に描かれている。

 光が強くなっていく。

 進むにつれてアデウスが気を張っていくのが分かる。


「…っ!!」


 遠く向こう。眩い赤光あかひかりの先に、十字架が見えた。

 あの凶々しい光は、どうやらあの十字架から発されているようだ。


「あそこか?」


「あぁ」


 どうやら目的地らしい。


「師匠、残り時間は七分程だ」


 時間が微妙に迫り始めたので、移動速度を歩きから走りのものに変えた。

 弓弦が走り始めたのに合わせてカザイも駆け足になったので、先行するのは変わらずカザイだ。

 階段に差し掛かった。

 階段の上に見える十字架が、眼の前に。


「(祭壇…か?)」


 階段と十字架を見遣り、ふと思った。

 四角錐台の頂点にあるものは、一見すると墓に見えるのだがこうして間近で見てみると、祭壇のようにも思える。

 そんな予想は、階段を昇れば昇る程に当たりに思えてきた。

 上に行くにつれて小さくなっていく台形は、頂上に着いた頃には一番下の半分程の広さになっていた。


「(…ピラミッドにも近い感じか)」


 頂上の中心部に位置する台座より、十字架は立てられていた。

 壁画の通りならば、ここは十字塚ということになるが、こうも仰々しい十字塚ともなると、見ようによっては祭壇にも見えるだろう。


「これだ」


 カザイが十字塚の前に置かれた何かを手に取り、見せてくる。


「…何だそれは?」


 一見するとそれはただの本だ。

 しかし、この本から放たれる濃密な魔力(マナ)は何なのだろうか。

 本の間より漏れ出ている魔力(マナ)は、一瞬だが正常な魔力(マナ)のそれだ。

 しかしそれに赤い光が意志を持ったように絡まり付き、赤く穢れさせてしまった。


「『封具』」


 カザイはそんな光景を気にしていないのか、抑揚のあまりない声音で答える。


「事象の封印にのみ特化した特殊な魔法具のことだ」


「事象の封印?」


「無機物、生物、魔法。無機物の『封具』はジャンヌが持っていたな」


 アンナが『剣聖の乙女』の二つ名で呼ばれる所以の一つが、『封印紙アルマメモリア』という魔法具にあるのを弓弦は知っている。

 どうやら『封印紙アルマメモリア』も『封具』に属する魔法具のようだ。


「‘然龍が封印されていた『召龍剣(ドラゴニアムブレード)』も『封具』の一つだ、師匠’」


 『豊穣の村 ユミル』で村の警備をしているロダンやヤハクは元気だろうか。

『豊穣祭』からまだ半年も経っていないが、脳裏に彼らの顔が浮かぶと懐かしく思ってしまった。


「これは、魔法を封印する『封具』だ。中にはある魔法が封印されている」


 弓弦の胸に、『封具』が押し当てられた。


「それを、お前に託したい」


 抑揚のなかった声音に、熱が篭っていた。

 緑のまなこが、オッドアイの瞳を捉える。


「…俺に?」


「この本に封印されている魔法は、人の手に渡ってはならない魔法。誰もが望む可能性があり、時属性魔法を用いての歴史改変に次いで事象の理を乱す、禁忌の魔法だ」


 壁画が脳裏を過る。

 十字塚から人が真っ直ぐ太陽ーーー天へと上っていく光景を描いた壁画。


「…その魔法って、まさか!?」


 ーーー読み違えていた。

 普通ならばあり得ないことがその意味であったがために。

 人は上っていたのではなく、下っていたのだ。天から、十字塚に。


「…そうだ」


 男は言外に答えを伝えた。


「本を開き、魔法の名を言うのが封印解除の合図。すぐに魔法がお前の中に宿るはずだ」


「良いのか?」


 無言の肯定が返ってきた。

 『封具』を受け取った弓弦は深呼吸の後に本を開こうと、力を込めた。


「ん?」


 風が吹いた。正確には吹いたような気がしたが正しいか。

 ここは洞窟の最深部。酸素こそあれど、風が吹くことは今まで無かった。


「(…この先に外への出口があるのか? だがだとしたら、こんなに風が濁っていないとは思うが…?)」


 また濁った風が吹いた。


「(何か…来る!?)」


 濃密な瘴気に覆われ、この空間に入ってから周囲の魔力(マナ)を探ることは出来なかった。しかし一陣の風のように高速で迫る「何か」は、すぐに魔力(マナ)であると判別出来た。


「来たか」


 カザイも濁った風から接近する存在に気付いたのか、自らの得物の照準を彼方に向けた。


「下がっていろ」


 向けられた背中越しから静かな声音が届く。


「いや、俺も戦う」


 『封具』を懐にしまい、男の隣に並ぼうとすると、横から手が伸ばされる。


「下がっていろ」


 再度、男は言った。


「『封具』を発動させることは、禁忌の魔法を発動させること。一度に放出される莫大な魔力(マナ)をその身に受け切るには時間がかかるはず…。自分のすべきことに集中しろ」


 有無を言わせぬ迫力が、言葉と背中より放たれる。


「…時間は」


「四分と少しだ、師匠」


 思ったより時間制限は無い。

 弓弦は迫り来る魔力(マナ)から離れるように飛び退くと、すぐに本を開いた。


「(これだな…!)」


 魔法文字ルーンの文字が所狭しと書かれた本の、一番最後のページに書かれた単語が眼に入った。


「アデウス! カザイの援護を頼むぞ!」


「キシャ!」


 間違い無いと、知識が告げていた。

 濁った風が勢いを増す中、その単語を弓弦は呟いた。


「…“リヴァイブ”、ぐぁっ!?」


 本の中に込められていた魔力(マナ)が弾けた。

 弾けたのは本の中の魔力(マナ)だけではない。祭壇の頂上部分に到達した穢れた魔力(マナ)もであった。

 アデウスが吹き飛び、カザイが眉を顰めて重心を低くしているのが遠眼に見えた。

 本から発される白光はっこうの奔流に纏わり付こうと、赤い光が意志を持ったかのように集まってきた。だが、聖なる光は対なる光を突き破って一気に弓弦の身体に入っていく。


「く…ぅ…ぉぉッ!!!!」


 衝撃に耐える。

 何という魔力(マナ)の量だろうか。少しでも心が折れれば、魔力(マナ)の奔流に呑み込まれて自分を見失ってしまいそうであった。

 信じられないような量の魔力(マナ)だが、抑え込めない量ではない。

 「いける」とーーー強く自分に言い訊かせるように勝利の笑みを浮かべ、『封具』を強く胸に押し当てた。


「っ!! はぁっ、はぁっ」


 光が、収まった。

 自分の中で、新たな力の胎動を感じながら弓弦は階段を駆け上がった。


「アデウス! カザイ! 大丈夫か!!」


 自分の戦いに専心していたため、祭壇で繰り広げられているであろう戦いの状況は、一切把握していない。聞こえてくる戦闘音から、未だ続いていることが分かる。


「うわっ」


 暴風が、突き抜けた。

 弓弦は身を低くして、風に逆らいながら一気に頂上へと駆け上がった。


「キシャァッ!!」


 祭壇では、雄叫びと共にアデウスが鳥型の魔物に対して鎌を振り被っていた。

 魔物が眼に見えない程の速度で斬撃を避けようと、アデウスに突撃するも、魔法陣を切るだけであった。


「キシャァァァッ!!」


 空間魔法での転移。上方に展開した魔法陣から現れたアデウスが、魔物の背を切り裂いた。

 体勢を崩した魔物の身体を、正面から放たれた鋼魔力(マナ)の光線が貫いた。


ーーーキェェェェェッ!!


 翼を貫かれた魔物が落下した。


「…ッ!!」


 魔物の真下に走り込んだ弓弦が、銃形態に変形させ引鉄を引く。

 銃声が洞窟内に響く。放たれた銃弾は、一直線に魔物へと向かった。

 魔物の断末魔。

 仕留めた。力無く落下していく魔物に止めの斬撃を加えようと、弓弦が構えた。

 その時だった。


「っ」


 赤い光が魔物を包む。

 構わず弓弦が剣を振るうが、


「何、うわっ!?」


 寸前で生じた風圧に当てられ、後方に吹き飛ばされてしまう。

 剣を突き立て胸を撫で下ろしたのは、高所からの落下を防げたためだ。


「大丈夫か、師匠」


「あぁ…だが、あの魔物は一体」


 腕に切り傷を負ったカザイが洞窟の奥に視線を向けている。


「倒した…と思ったんだが」


 魔力(マナ)が急速に遠去かって行く。

 取り逃がしたとは分かるのだが、理由が分からない。


「あの魔物…傷の殆どが治っていたように見えた。まるで生き返ったみたいだ」


 赤い光に包まれる前は、明らかに傷を負っていた。

 赤い光ーーー瘴気によるものなのだろうか。


「…あの魔物の名は『ダスクレピオス』」


 苦々しそうにアデウスは溜息を吐く。

 恐れていたことが現実のものになった。そう表情で語りながら。


「…大いなる双風の下、あらゆる病から人々を救うと言われた神鳥『アスクレピオス』の、成れの果てだ」


『!!!!』


 『アスクレピオス』の名をアデウスが言った途端、弓弦の頭の中に響く声があった。

「アスクレピオスかぁ」


「癒しの神鳥だな。医学に携わる者なら学舎で習う神話の鳥だ。流石に知影殿も知っているか」


「ううん…えっとね。私と弓弦が知っているのも確かに神話とか、お伽噺の類いなんだけど、人の名前なんだ。アスクレピオスって。医学の神様」


「ほぅ、人の名か。やはり異世界と言うだけあって、伝承される物語も微妙に違ったりするのだな」


「本当は何が正しいんだろうね。神話とかって。在るのが当たり前なんだけど、本当に昔あったか…って話になると、怪しいし。誰かの作り話かもしれないし」


「うむ。一概には言えないが、そうかもしれんな」


「真実は、いつも一つ!!」


「…?」


「…だったら良いんだけど。神話の真実って何なんだろう」


「神話の真実か。それは正に、神のみぞ知るものだな。うむ」


「追求はしてみたいけどね。じゃあ予告しよう!」


「うむ」


「『…その名前は、私にとって意味のある名前。かつての私にとって、意味のあった名前。眠っていても、忘れたことの無い名前。会わなきゃ。会おう。きっとユールに協力してくれる。会おうーーー次回、振るえシテロ! 思いのために!!』…邪魔なのッ!! だってさ」


「うむ。お楽しみに、だな!」

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