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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
258/411

背負えシテロ! 不死者の敵と戦う!!

 魔物との戦闘後、弓弦は突然として意識を失った。

 それから半刻程時間が経過しただろうか。

 未だ地面に倒れ伏した弓弦の身体を揺らしながら、シテロは今にも泣きそうな声で彼の名前を呼ぶ。


「ユール…うぅ…起きないの…起きてくれないの…っ」


 時折聞こえてくる銃声によるものなのか、魔物の襲撃はあれから無い。

 それだけが、唯一の救いだった。


「ユール……」


 胸が上下しているので、生きているはいる。

 どうやら眠っているようだが、倒れる寸前の彼は突然の睡魔に負けたような眠り方ではなかった。

 確かに彼は、瘴気による明らかな疲労の様子を隠して行動していた。しかし瘴気によって気絶したのならば、その前に激しく咳き込む等の前兆があったはずだ。

 糸が切れたようにーーーが、適切な表現なのだろうか。彼が倒れるまでに、特にこれといった前兆は見られなかった。剣を取り落とした時、既に彼の意識は朦朧としていたはず。前兆は、その前にあるはずなのだがーーー


「(…!!)」


 ここに来てからの記憶を彼女が懸命に辿ると、一つだけあった。転移の直後だ。

 あの時弓弦は暫し、焦点の定まらない瞳のまま呆然と惚けていた。

 本人は「大丈夫だ」と言っていた。だが、青褪めた顔に微かに滲んでいる汗はどう見ても大丈夫ではなかった。

 今思えば、何故あそこでうやむやにさせてしまったのか。それが悔やまれた。


「…ユール…っ」


 もう何度、彼の名前を呼んだことだろう。

 眼の裏が熱い。

 どうしようもなく悲しくなってきて、鼻も詰まってしまったのか息苦しかった。

 鼻を啜り眼を服の裾で拭くと、大きく息を吸った。


「うっ」


 清々しさとは程遠い、何ともベタ付いた空気に吐き気を催す。ちょっとした失敗だった。

 だが、気合を入れることは出来た。


「んしょ」


 地面に落ちた剣を鞘に戻してから、弓弦の手を肩に回させる。


「しょっと……」


 そのまま引き上げるようにして負ぶった。


『負ぶってどうするのにゃ?』


 同胞であるクロルの声が聞こえた。

 いつものような軽い感じの声ではなく、真面目な声音から察するに、弓弦のことを心配しているのだろう。


「(お調子者のクセに…こう言う時は決まって真面目なの。)‘ユールが起きるまでに出来るだけ奥に進んでおくの。’んっしょ」


 軽くジャンプして、位置を安定させる。

 シテロが普通の人間の女性よりも力持ちなためか、弓弦を簡単に背負うことが出来た。


『ほぅ。して、其の訳は』


 興味が湧いたらしいバアゼルが、理由を訊いてきた。


「んと」


 突然の問いにシテロは首を傾げる。


「‘ユールにはきっと、帰るって選択肢が無いから’」


 そして少しだけ得意気に彼女は即答した。


『ふむ…然もありなん』


 一度態勢を立て直すために入口まで戻るのも、一つの手ではあるだろう。だが弓弦のことだ。自分の具合が優れない程度では先に進むことを止めないだろう。

 猪突猛進といえばアレではあるが、弓弦はそれなりに頑固な男なのである。


「‘少しでも距離を稼いでおけばユール、きっと楽になるの。頑張るの’」


『頑張るのは結構なことだが、気負い過ぎないことだ』


 張り切ろうとしていたところをヴェアルに釘を刺され、唸る。

 気負い過ぎはしない。ただ負ぶって先へと進むだけなのに、どうして気分を下げることを言うのか。


「‘…ヴェアル、意地悪なの’」


 頬を膨らませ、拗ねる。

 別に褒めてもらいたい訳ではなくとも、馬鹿にされると怒れるものである。


『懸念が仇となったな、賢狼』


『……』


 バアゼルの笑い声が聞こえた。

 意地悪ヴェアルなんて笑われれば良いのだ。

 弓弦の中での遣り取りをシテロを は鼻で笑った。


「先へ進むのか」


 弓弦を背負ったまま先に進んで行くと、魔物の死体に囲まれてカザイが立っていた。


「なの。ユールが起きるまでに進めるだけ進んでおくの」


 カザイはシテロと弓弦を交互に一瞥すると、背中を向けた。どうやら了承してくれたようだ。


「自分の身は自分で守れ」


「分かってるの」


 曲がりなりにも悪魔なのだ。自分の身ぐらい自分で守れないようでは名折れである。


『本当に守れるのかにゃ? 不死者系魔物には闇属性は勿論のこと、地属性に完全にゃ耐性を持っている奴等が多いのにゃ。三下でも一々活性化されたら鬱陶しいと思うけどにゃあ』


 しかしクロルの言う通りではあった。

 どんな地属性魔法であっても、敵の力となってしまえば意味が無い。それはシテロにとって、相当不利な状況だった。

 無論活性には限度がある。異常なまでに活性化させるとエネルギーを蓄え過ぎた細胞や魔力回路が膨張し、風船のように破裂する。そんな荒技も可能ではあるのだが、魔物一体一体に用いるにはあまりにも消耗が大きくなってしまう。

 シテロの魔力(マナ)は、弓弦の魔力(マナ)。「過度な消耗は避けろ」とクロルの忠告が言外にあった。


「(…でも、魔法は地属性しか使えないから何とかして戦っていくしかないの)」


 忠告されようとも、歩みは進める。

 魔物が出て来たらその時はその時だ。臨機応変に対応すれば良いだけのことと彼女は考えた。


『にゃぁ…魔物が出て来ないのを祈るしかにゃいのにゃぁ……』


 無駄な忠告はするものではない。

 ヴェアルの轍をクロルが踏んだ。

 そして、


「構えろ」


 魔物が出ないことを祈った矢先に魔物が地面より這い上がって来た。


『うわ、早速出たのにゃ』


「(む~、クロルが言うから……)」


 ボロボロに錆びた騎士甲冑の間から漂う腐臭。騎士兜の向こう側には、光の無い空洞が、二つ。全身から放たれている気配は、この空間でこれまで対峙してきた魔物よりも、一段と禍々しかった。

 『ナイトゾンビ』の上位種、『ナイトグール』だ。


『『ナイトグール』か。精々地魔法は半減される程度だがさて、どうする……?』


 カザイの双銃が、火を噴く。

 一発一発が狙い違わず魔物の頭部を吹き飛ばす中、一匹が男の背後に現れた。


「ッ!!」


 岩槍が魔物の身体を貫いた。

 地の悪魔にとって『グレイブランス』のような中級魔法は、足下を踏み鳴らすだけで簡単に発動出来る。


「(余裕なの♪)」


 貫かれた魔物の身体は溶けるようにして消滅し、やがて残った甲冑も地面に溶けていった。

 十分戦っていけるーーーそう確信出来たその矢先だった。


「えっ」


 銃弾が一発、近くを通り過ぎた。

 驚くシテロが弾の軌道を追うと、一丁の銃が視界に入った。


「……」


 銃口から煙を立たせるそれを握るのは、無言の男。


「(え…今の…私を狙って?)」


 男の緑眼が、自分の顔を映している。

 敵意も殺意も、何の色も映さない瞳に見詰められると、どうしようもない不安に襲われた。


「……」


「…ッ」


 無詠唱の魔法であっても、相手の銃弾が届く方が早い。もし発砲されれば、負傷は免れられない。


「気を付けろ」


「?」


 男が銃をしまった。

 何に気を付けなければならなかったのか。背後を見ると、


「あ」


 魔物の死骸が転がっていた。

 先程放った銃弾はシテロにではなく、その背後に忍び寄っていた魔物に対してのものだったのだ。


『勝利に酔いしれ過ぎたな然龍。油断の結果がそれさ……』


「(ぅぅぅ……)」


 背中から攻撃を受けたとなると、攻撃を受けるのは弓弦だ。

 彼を背負っている以上、一番警戒を要するのは彼の負傷。もし誰も気付いていなければ、弓弦が傷を負っていたことになる。


「(ぁ、もうあんな所に行っちゃったの)」


 流石に不注意過ぎた。そう反省している間にカザイは、見えるか見えないかの距離まで先に進んでいた。

 急いで彼の下まで走り、追い付く。


「……」


 無言の瞳に見詰められた。

 何を思っての視線なのか。じっと見詰め返してみるも、分からなかった。


「(不思議な人なの)」


 感情が込められていない瞳だが、生気が感じられない瞳ではない。弓弦の『ライト』の魔法とシテロを映している瞳には、確かな意志が宿っていた。


「さっきはありがとう。助かったの」


 どうしてそんなに不思議な瞳をしているのだろうか。カザイが何を考えているのか知りたかった。


「……」


 言葉は返ってこなかった。

 背中を向けた男は、誰に促される訳でもなく先行する。

 大きな背中だった。


「(…何か、ユールの背中に似ているの)」


 背負っているものが大きいからであろうか。

 弓弦はその背中に、自身以外の人生を背負っている。だから大きいように見えた。


「(でも…ユールの背中よりも、寂しいような気がする)」


 カザイは、何を背負っているのだろうか。

 大きく見えるの背中なのに、その大きさに負けないくらい、とても寂しい背中だった。


「(…ユール…起きないの)」


 背中側から聞こえてくる寝息。

 彼はまだ深い夢の世界に居るようだ。


「(ユール、寝坊助さんなの)」


 暫く歩いた。

 弓弦を背負いながらの戦闘も、大分熟せるようになってきたであろうか。

 シテロは何も語らない男の背中を見て歩き続けた。


「(…皆、静かなの)」


 何も語らないといえば。悪魔達も静かであった。

 バアゼルやヴェアル、アデウスが話さないのはいつものことなのだが、クロルが静かになっているのは珍しい。

 寝ているのだろうか。普段よく喋る存在が静かだと不気味なものである。


「近いな」


 カザイが足を止めた。

 澱んだ紫色の景色の中に、洞窟の奥から赤色が射し込んでくる。

 カザイの言う通りならば、目的地が近いのだろう。


「まだ眼を覚まさないか」


 振り返ったカザイが視線を弓弦に向けた。


「なの。寝た切りユールなの」


 弓弦はぐっすりと眠っている。

 戦闘の音で起きても良いはずなのだが、随分と無防備な状態である。

 無防備に寝てくれるということは、安心しているということ。龍の姿でも人間の姿でも背中に乗せると喜んでもらえ、シテロとしては嬉しい限りだ。


「寝てはいない。意識に語り掛けられているだけだ」


「え…」


 なのでカザイの言葉に彼女は異を唱えた。


「それは違うと思う。寝息立ててるからユールは眠っているの」


 寝息を立てているのだ。寝息を立てているのに寝ていないとはどういうことか。

 カザイの勘違いを正そうとした優しさなのであろうが、端から見れば八つ当たりに近いものである。


「……」


 カザイはそれに無言で返した。


「(…喋らなくなっちゃったの)」


『…気にするところはそこにゃのかにゃ?』


 その代わりとばかりにクロルの声が聞こえた。


「(あ、クロル。どうして暫く静かにしていたの?)」


 そして、ずっ転けるような音が聞こえたような気がした。


『まぁ良いのにゃ。…静かにしたって言うよりは、するしかにゃかったのにゃ』


 苦々しい声音からは、彼が嘘を言っていないということが良く伝わってきた。

 だがシテロの疑問符は増えるばかりだ。どうして静かにするしかなかったのだろうか。


「(どう言うことなの?)」


『瘴気が濃過ぎるからにゃ。あまりに濃いものだから弓弦が取り入れた吸気に混ざった瘴気が、弓弦の内臓や魔力(マニャ)回路を侵そうとしているものだから、僕達はそれを抑えるので基本的に手が一杯一杯にゃのにゃ』


 ハイエルフは人間とは異なり、肉体と魔力(マナ)の親和性が高い。

 そのため一度の呼吸で空気中より取り入れる魔力(マナ)の量も多く、また個々の内臓器官も魔力(マナ)の影響を強く受けている。その結果の優れた身体能力でもあるからだ。

 シテロも悪魔の端くれのため、その程度の知識は有していたーーー訳ではなく、クロルが教えてくれたので一時期的には理解出来た。運が悪ければ数日以内に忘れてしまうかも、しれない。


「(…瘴気が)」


『にゃ。僕達は今、弓弦の魔力(マニャ)の一部として弓弦の魔力(マニャ)中に働き掛けているのにゃ。弓弦の体内に取り込まれた穢れた魔力(マニャ)を、体内の他の清浄な魔力(マニャ)と中和出来るように総出で…にゃ』


 この瘴気が満ちた空間に転移した最初の頃は、外の世界の様子を見る片手間に中和が出来ていたそうだ。

 しかし洞窟の奥へと進めば進む程に取り入れる瘴気が濃密になっていき、とうとう中和に専念しなければならない段階にまで濃くなり過ぎてしまったのだ。

 もし中和が追い付かなくなれば、弓弦の身体は穢れた魔力(マナ)に侵され、絶命することになる。一刻を争う事態がシテロの知らぬ間に繰り広げられていた。


 『そこではにゃしがあるのにゃ』とクロルは続けた。


『アシュテロ。弓弦が起き次第君もこっちを手伝ってほしいのにゃ。チラリと見えたけど…あの赤い光…ハッキリ言って、ヤバ過ぎるにゃ! あの光に包まれている先が目的地だとしたら…このままにゃら五悪魔全員で中和して…二分保ってそれぐらいにゃ! それぐらいしかあの光に当てられてはいけにゃいのにゃ!!』


「(二分…少ないの)」


 とても満足といえるような時間ではない。

 全然足りないかもしれないとさえ思えてしまった。


『分かっているにゃ。だから君と『空間の絶ち手』を交代させて、アイツに弓弦の位相を擦らしてもらう。そうすれば、ザッと見積もって十分は曝露時間を確保出来るのにゃ! 分かったかにゃ、絶対戻って来てくれにゃ! …にゃああ!? 少し眼をはにゃした隙にこんにゃにも穢されているのにゃーーー』


 選択権は無いようだった。

 徐々に遠くなっていったクロルの焦り切った声からいつもの調子は一切無く、それが焦っていることを強く感じさせた。


「……」


 カザイは壁に背中を預け、何事かを思案しているのか腕組みしている。

 どうやら弓弦が眼を覚ますまで休憩するつもりなのだろう。


「(…少し残念だけど、ユールのためなの)」


 どうせなら最後まで一緒に歩きたかったが、弓弦のためーーーとなれば、自分の考えを曲げるしかない。

 納得しようとしたものの、ふと吐きたくなってしまった溜息に落ち込みを混ぜてしまう。


「‘…溜息なんか吐いて、どうした?’」


 後ろから声がした。


「ひゃっ」


 不意の声掛けに変な声を上げてしまうシテロ。

 背中に回していた手を戻して楽になると、身体が軽くなった。

 背中が寂しくなったのと、弓弦の中に戻らないといけない二つの寂しさを覚えてしまい複雑になる。


「ふぁ…ぁっと。良く寝た」


 シテロが複雑な気持ちを抱く中。そんな呑気な言葉と共に、寝た切り男が伸びをするのだった。

「…お。いらっしゃい…って博士か。毎日毎日…金は大丈夫か?」


「金よりも、僕の精神が大丈夫じゃないんだ」


「…フレージュか。あいつも気持ちも分からんでもないがな。真面目に働け」


「働いているさ! 働いてるよ……っ、取り敢えず! 何かおつまみと酒を」


「…。良い地鶏が入っている」


「へぇ、それは。どこのだい?」


「『ベルクノース』と言う雪国産の地鶏だ。『ノース鳥』と言うそうなんだが、寒い雪国の環境を逞しく生き抜きながら育ったこの鳥は、淡い雪のような白い身が特徴でな。噛めば噛む程、寒い環境で濃縮されてきた風味は繊細で、奥深い味わいだ。オススメは刺身だ」


「鳥刺しか。良いねぇ。酒は何がオススメだい?」


「そうだな…。俺としてはこれだ。『霞ヶ原』」


「じゃあ、それをくれ。水割りで…。と、お楽しみの前に予告を言わないといけないね。『闇の先にある光。赤くはなく、白く眩い光。光は一つに集い、輝きを増す。…広がる闇の先に届くまでの光。永遠の闇までも照らす光。それはまだーーー次回、歩め弓弦! 祭壇の上に奉られし禁忌!!』…物好きは居るものだ。…だ! さ、オルグレン大尉、早く刺身を」


「やれやれ」

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