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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
257/411

刮目しろ弓弦! 木霊の音の終わりし時!!

『…さてと。では…………、主は下がっていると良い。巻き込まれるぞ』


 僅かな静寂の終わりと共に、空を見上げていた男が二人に視線を戻した。

 つられて俺も頭上を見てみたが、広がっているのは夜の闇ではなく、白。

 だがきっと、あの三人には夜空で瞬く星達と静かに輝く月が見えているんだろうな。


『…はい』


 女性が木の前に立った。


『…知っているとは思うが、儂の魔法は、一つの存在に別の存在の魂魄を憑依させると言った「憑依属性」に位置付けされる特別なもの。魔法の発動と共にお主の精神は肉体を離れ、あの木に宿る。…路は一方通行。儂が切るのは後戻りの出来ない片道切符じゃ。良いな?』


 憑依属性…そんなのもあるのか。

 精神を別の存在に…ね。系統的に俺の吸収属性と近いものがあるんだろうな。


『覚悟は…出来ています』


『頼みやす。それがこいつを生き長らえさせる唯一の方法ならば』


 唯一の方法…俺もいつか、そんなただ一つしか存在し得ない方法に頼る時が来るんだろうな……


『ほっほ、では…いくぞ!!』


 雄叫びと共に男が拳を打ち付けた。

 すると、女性を中心に小さな魔法陣が展開した。

 展開された魔法陣は二つ。もう一つは木の方だ。…が、魔法陣と言うことは分かっても、まるでモザイクがかけられているかのように、細かな文字が見えない。見えるのは円形の枠だけだ。


『其は其。。我が魔力(マナ)が其の器の檻を開き、魂魄を外界に解き放たん』


『!!』


 魔法陣が輝きを増すと共に、女性の身体が何かの衝撃を受けたかのようにぐらつき、やがて崩れ落ちた。


『……ッ!!』


 男が熱り立とうとして、踏み止まる。

 彼女の下に向かおうとしたのは無意識での動きだったのだろう。


への扉が、今開かれる。扉の先は新たな檻。新たなる器。もまた現世に在りし現身げんしんなり』


 続いて木の下の魔法陣が輝きを増した。

 魔法陣から発された魔力(マナ)の光が編まれるように動き、幹の中央部に扉のような模様を描いた。


『其、彼、共に在るは常世に非ず。其、彼、共に同じく現世に在り。理を同じくした檻の扉へと通ずるは、橋。橋を描くは我が魔力(マナ)であり、橋を渡るは出でし魂魄。いらえ、誘われよ。光の橋を渡りて存在の檻へと収まるが良い』


 扉が開かれ、その先へと何かが吸い込まれていく。

 薄い魔力(マナ)の膜に覆われているためか、視ることが出来る。あれが女性の身体から飛び出した魂なのだろう。


『扉は潜られた。漂泊は終わり、収まりし魂魄は新たな檻の中で静かに燃ゆる。扉よ、檻よ、共に閉じよ。汝らが姿は仮初めの具現。仮初めが消えし時、そこに残るは現世の事象が一つのみ!』


 そして、魂が木の中に吸い込まれた。詠唱が終了し、魔法が完成したのか陣が消える。

 長い詠唱だった。消耗されたで

あろう膨大な魔力マナは恐らく、今の俺の体内にある魔力(マナ)を全て用いたとしても届かない程。


『はー、疲れたわい』


 大きく息を吐き出したあの男…俺が知る誰よりも強いってことか。上には上が居るなぁ。


『…………、もう側に行ってやっても良いぞ』


 愛し人の魂が木に吸い込まれていく様を傍観するしかなかった男が、その言葉で弾かれたように駆け出す。


『…………』


 口元が動いている…な。抱き起こした女性の名を呼んでいるようだ。

 だが先程まで開いていた瞼が、もう一度開くことは…無かった。


『…冷たいですなぁ。さっきまでの温かさが嘘のようでさぁ』


 男のまなじりに光るものが見えた。


『…本当にこうするしか…なかったんですかね?』


『…うむ』


『……は、もう?』


『あの木の中に宿っておる。自らを蝕もうとする狂気に対して精霊達と共に抗っておるわい』


 …狂気、か。呪いよるものだった…よな。

 何かを倒した結果掛けられた呪い…だったら何のためにそいつを倒したんだろうな。…呪いがあると分かっていて倒したのだとしたら…どうして倒したのだろうか。


『…そこにあるのはもう、魂魄の離れた肉体…言わば抜け殻。じゃがただの抜け殻とは違う。…分かっておるな?』


『……』


『…お主、まさか忘れてしまったは言うまいな?』


『……』


 おい、あの男…忘れたな。


『…。抜け殻と言っても、魂魄との繋がりが絶たれてしまった訳ではない。抜け殻か魂魄か…そのどちらかを欠いてしまうことがあれば、残るもう片方も消えてしまうことになる。言うまでもなくそこにある肉体は……の一部。決して失ってはならぬぞ』


『…あぁ、そうでやした』


 思い出したように男は頷いた。


『……の肉体を守護するのは……、お主の役割じゃったな。ほれ、さっさと抱き上げい。一まず……達の所に戻るとしよう』


『…あぁ、行くとしましょうや』


『うむ……』


 軽々と女性の身体を持ち上げると、男はもう一人の男と並んでその場を離れて行く。

 …背中が寂しそうだ。木に宿った女性の前では気丈に振る舞っていたが、やっぱり辛いんだよな…。

 愛する人との別れ…俺もいつか、経験するんだろうか。いやそもそも、愛する人…か。

 …。


 ……。


 ………ま、皆…だろうな。誰か一人…とするには、俺は優柔不断過ぎる。

 男らしくないなぁ。…あぁ、こうして一人であれやこれやと悩んでいるのとか、本当…情けない。

 …って、止めだ止め。考えるな考えるな…っと。


「…ふぅ」


 久々に口に出して大きく息を吐いた気がする。

 気を張っていた。何だかんだ言って眼の前の光景の意味を考えて…時々自分と照らし合わせて…時を忘れていた。

 …。身体…動くみたいだな。


「……」


 一本の木に近付く。

 …心なしか、さっきより幹が太くなったような気がするな。あの女性の魂が入ったからだろうか。

 …それにこの木……? 幹が細いが…俺…この木を見たことあるような気がする。

 はぁ…既視感はもう、腹一杯だ。


「おーい」


 呼び掛けてみる。

 いつ戻れるんだろうな。さっきはいきなり向こうに戻されたんだが、今度はいつまで経っても戻れそうにない。

 と言うか、場面としてはこれで終わりなんじゃないか? 一つのお話としてもここで区切りのはず。どうして俺は元の場所に戻れないんだろうか。


『よっこらせっと』


「うわっ」


 またあの男が上から落ちて来た。

 普通に歩いて来れば良いものを、どうして落ちて来るのだろうか。驚いて声を上げてしまった……


『「彼等」を逃し切れるか不安だった矢先に、このような定住の地が見付かるとはの。先のことは分からんものじゃのう。この他で静かに子を産み育て、繁栄してくれると良いのじゃが…さて、どうなるものかのぅ』


 …独り言か。

 「彼等」…ね。あの男、何かから逃げている集団を匿っているのか。

 …あぁ、そう言えばあの女性が「あの子達」とか言っていたな。同一の存在か。


『おお、そうじゃ。…………の奴め、お主の肉体をどうにかして保管出来る道具を探そうと躍起になっておったわい。時属性の魔法具…簡単に見付かる物ではないが、いつか見付かると良いのぅ? 片っ端から集めるとか何とか言っておったから彼奴め、この世界中を彷徨い歩くつもりじゃろうて。面白い奴じゃ』


 …木の中に居る女性に話し掛けているのか。端から見ると、不思議な光景だ。


『……達もここに村を作ってから暫くは、行動を共にするようじゃ。…ま、そこからは後で本人等から訊くと良いじゃろう』


 この木の下に村…か。

 部分的にしか見えないが辺りを見る限り、ここは森。完成する村は緑に囲まれ、豊かな村になるんだろう。

 豊かな森の中で、一本の木の下に広がる村…追われているらしい「あの子達」とやらが、心穏やかに、そして密やかに生活を送るには悪くない環境だ。

 どこかにあるんだろうか。ここの村……それとも、まだ無いのか? 例えばこれは、未来の映像で…って、流石に無いか。突如として俺が未来を見る力に覚醒した…なんてご都合主義は無いだろうし、まぁあっても困るが。


『…のぅ、聞こえているんじゃろう……。何か返事をしてくれないと、儂ぁ寂しいぞ』


 心臓が跳ねた。

 この場に居るのはあの男と…俺だ。まさかとは思うが……?


『出て来んかい』


 風が吹いた。

 枝から外れた葉が、一枚地面の上に落ちた。


『気付いて…いましたか』


「わっ」


 葉の上に丁度乗るような大きさで、先程木に宿ったはずの女性が立っていた。

 身体は透けている。肉体を離れた魂魄とやらが実体化しているからだろうか。


『儂を誰だと思っておる。「眼が良い」訳ではないが、直感は中々のものだと自負しておるぞ』


 女性が乗った葉を掌に乗せると、朗らかに男は笑った。


『ま、ちと鎌を掛けたのはあるがの。実体化出来るまでに狂気は抑え切れているか』


『残念ながら、そんな簡単なものではありません。それに…私一人だけ見送らないと言うのは……』


 見送り? 別れるのはあの女性だけじゃくて、あの男もか。


『ほっほっほ、嬉しいものじゃのぅ。儂なんぞの見送りに』


 男の声音は自嘲の気持ちが表れているのか、寂し気だ。なんぞ…って、どうして卑下するんだろうな。


『そう自分を卑下しないで下さい。……………さんは十分に頑張って下さいました。貴方の力無くして私達の勝利は無かったのですから』


『何を言う。「奴等」を打ち倒したのは主等の力じゃ。儂は精々お膳立てをしてやったまで…決戦に馳せ参じることは出来なかったしのぅ』


 そうか、最後の戦いに間に合わなかったのは悔やんでも仕方無いか。

 架空の物語ならば間に合って戦いに参加出来ても良いもんな。だが現実はそう上手くいかない…か。

 いや、決戦で勝利を収められただけマシか。もし敗北していて仲間を失うようなことがあれば…あの男が感じる絶望も相当だっただろうな。

 それに比べれば…救いはあるか。


『…儂は主達に申し訳が立たないのじゃ。儂だけが何の代償も支払っとらん。…いやそもそも、何故勝利の代償に犠牲を強いなければならないのかのぅ』


『必要な犠牲だったとは思っていません。ただ…あの時は仕方がありませんでした……』


『…お主等か、世界か…のぅ。大多数の人間からすれば、お主等の犠牲を望む選択肢じゃ。じゃがのぅ、「世界のために死んでくれ」なんて随分と酷い話だとは思わんか』


 男の口を衝いて出たのは、明らかな憤りの声音だった。彼にとって、きっと一番嫌いなタイプの言葉に分類されるんだろう。


『……………さんらしいですね』


 女性も男の様子に、彼のただならない思いを察したようだった。

 …俺も、「犠牲にすること」は好きじゃないな。「世界のために死んでくれ」…なんてどう考えても間違っている。

 …まぁ、俺が甘いんだろうな。清濁併せ呑む…それぐらい出来ないともっと大きな犠牲を被ることになるかもしれない。それに比べれば犠牲を強いる必要性も生じてくる訳なんだが…これが、難しい。きっと他の方法が存在する可能性を肯定し続けるだろう…な。

 だがもし時間制限なんてものがあって、可能性探しを止めざるを得なくなった時は…。

 …。


 ……。


 ………決まり切っているか。


『ですが、一つだけ誤解があるように思えます』


 女性はそこで語尾を強めた。


『誤解じゃと…?』


『私達は誰かに強いられたのではなく、私達自身が望んで呪いの中に身を挺しました。ですから……………さん、どうか、自分を責めないで』


 揺れる声。それは自分達が望んでしたことのために苦しもうとしてしまう男への、切なる願いだろうか。


『…若い者に諭されるとはな。儂もまだまだか』


 あの女性もあの男も…優しい人だ。

 誰かの痛みを考えることが出来る優しさを知っている良い人達だ。顔が見えないのが残念なくらいに。


ーーー。


 遠くから声が聞こえた。

 葉の上に乗る女性に最後まで食い下がっていた、あの女性の声だ。

 何故だろうな。あの女性の声は少し聞いただけで覚えてしまった。どうしてだろうか…?


「ほっほ。では儂は、彼奴等が来る前に旅立つとしようかの。今の主は精霊に等しき存在故、幸か不幸かその木が朽ち果てるまで共に「在る」ことを定め付けられた存在じゃ。…長い時を過ごすことになるが、くれぐれも達者でな』


 …声に一目惚れ…いや違う。断じて無い。声だけで惚れるんだったらこれまでに知影達の誰かに告白してるだろう。個々の違いは当然あるが、全員が耳当たりの良い綺麗な声をしているからな。俺が声だけで惚れてしまうような声フェチだったら、とっくの昔にあいつ等の内の誰かに恋しているだろうな。うん。

 …しかし、一本の木と運命を共に…か。

 あの木の樹齢が、今後どれぐらいまで増えていくかは分からない。だがあの男の口振りからすると、少なくとも百年ぐらいは生きることが出来るようだ。


『はい。………………さんに伸ばして頂いた命…大切にします。……………さん、どうかお気を付けて』


 声が近付いて来る。もう程無くして他の人達がこの場に現れそうだ。

 そのことに気付いたらしい男は、声のする方向を一瞥すると、丁寧に腰を曲げる女性に対して満足気に頷いた。


『うむ。時々様子を見に来るからの。では、さらばじゃ!』


 地を蹴ったその姿が空に消えた。


ーーー!!


 声が近い。

 …ん、何だ? さっきと声が違うような…?


ーーー!


 …あ、そうか。

 この声は…「こちら側」の人物の声じゃない。


ーーール!!


 必死に呼び掛けてくれているであろう声の主の顔が見えたような気がした。

 すると、


「ぐ…っ」


 それを待っていたかのように意識が遠退いた。

 この感覚は…間違い無く、この光景の終わりを意味しているんだろう。


「おろー?」


 景色が、九十度回転した。

 思わず姉さんみたいな言葉が出てしまって、少し恥ずかしい。

 …瞼が重い。きっとこのまま抗うのを止めれば、次の瞬間俺の視界には悪魔龍が映っているだろう。


「っ……」


 足音だ。

 凄く小さな足音…あの女性のものだろうか。

 近づいて来る…? 俺の後ろに誰か居るのだろうか。だが、妙に耳に残ったあの女性の声がした方角とは、違うはず。…まさか、ここにきてまた新たな登場人物が?

 足音が止まった。

 思い瞼を何とかして開けてみると、小さく、本当に小さかったが、女性の声が聞こえたような気がした。


『……ふふ』


 今あの人…俺に向かって笑って…?

 いや、まさかな。

「…リィル君」


「はい、何でしょう」


「…糖分くれないかい?」


「駄目ですわ」


「どうしても…駄目かな? ちょっとぐらいくれても良いと思うけどうぶっ」


「打ちますわよ」


「打ってから言わないでくれっ」


「黙って業務に集中してくださいまし! 博士が昼まで寝ていた所為で今日分の書類が全然片付きそうにありませんわ!」


「うぐ……」


「怠け癖は大概にして、隊長同様真面目に業務に没頭してほしいですわ!」


「あ、アイツは天部中佐の手作り料理って言うご褒美があるんだ! 集中出来ていて当然だろう!」


「…わたくしも何か作らないこともないですわよ。博士が真面目にやってくださるのでしたら」


「い、いやー? 糖分が欲しんだよ僕。別にリィル君のんぐふっ」


「もう良いですわッ! 今日分の業務を終わらせるまでご飯無しですわ!」


「ひ…ひどい……」


「自業自得でしてよ。…さて予告ですわ! 『ユールは起きないけど、ユールの身体はこの時も少しずつ弱っていくの。それはいけないこと。だけどユールは、幾ら弱っても帰ろうとしないから…ここは私が一肌脱ぐ所なの。きゃっほ~♪ ーーー次回、背負えシテロ! 不死者の敵と戦う!!』…ユールの背中。…弓弦君の背中がどうしたのか、気になるところですわね」


「…‘今日も飲みに行くしかないね……’」


「何か言いまして?」


「…いいや、何も言ってないよ」

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