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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
256/411

怯えろシテロ! 死者蔓延る道!!

「ユール?」


 ふと気がつくと、シテロの顔がそこにあった。


「…ん? あれ」


 瞬きの刹那だった。

 弓弦が意識せずに瞬きをした間に、先程まで見ていた光景は終わってしまったようだ。


「…どうかしたか? 心配そうに見詰めて」


「あ、良かったの。急にぼーっとして返事しなかったから……」


 どうやらシテロは、あの光景を見ていないようだ。


「あぁ…大丈夫だ。気にしないでくれ」


 風の香りもせず、梢の囁きも聞こえない。

 あるのは奥へと続く一本道と、白骨死体の数々ーーー


「ーーーッ!?」


 ーーーそして凄まじいまでに濃密な、瘴気だった。


「(何だ…これはっ。気持ち悪い……っ)」


 穢れている。

 道の空気に清浄性は無く、吐き気を催す程に澱んだ空気はただ、気味が悪い。


「…カザイ! 俺に渡したいものはこの先にあるのか!!」


「ここから暫く降って行った後だ」


「…そ…うか!」


 倦怠感に抗い、歩き始める。


「う…っ」


 空気が纏わり付いてくる。

 妙な生暖かさに背筋が凍るという相反する感覚。それはまるで、生命を掠め取ろうとしているようだ。


「ユールっ!? 顔色が真っ青なの!!」


「洞窟が暗いからな。見間違いじゃないか?」


 体調は間違い無く最悪だ。

 ハイエルフにとって穢れた魔力(マナ)ーーー瘴気は毒でしかない。

 魔力(マナ)が一切存在しない状態ではないので、無力化することはないが、一歩毎に身体の力が抜けていく嫌な感覚を感じてしまった。

 時間との戦いだ。考えるまでもなく、こんな空間に長居してはいけないからだ。


「…ぅぅ、ここ…酷い場所なの。どうしてこんなにも生命が感じられない場所が……」


 シテロも顔色が優れない。

 唯一平気そうなのはカザイだけだが、この男は表情が顔に出ることがないので、視覚で得られた情報がどこまで定かなのかは謎である。

 カザイの後に続くようにして三人、道を行く。

 相変わらずの一本道ではあるが、今度は肉体的に辛さを感じ易い道程だ。歩みを止めるべきではないと分かっていても、気を抜くと鉛のような足が、容易く地面に呑み込まれていくだろう。


「(っ…息切れなんてしたらシテロに心配される。だが…っ、くそ、何かこの瘴気を遮断するような方法は無いのかっ!)」


 “エアフィルター”を使うべきか。

 対象の周囲を風で包み込み、周辺の気流を遮断するあの魔法ならば効果がありそうだ。

 可能性に賭け、詠唱をしようとする。


「ユールっ!!!!」


 シテロの悲鳴が聞こえた。

 考えるのを止め周囲を確認すると、不気味な音が空洞内に響く。


「っ!?」


 シテロの背後に立つ、白骨死体。


「ひぇぇぇぇっ?!?!」


「下がってろ!」


 鯉口を切り、抜刀と共に腰椎の辺りを左から両断する。


「なっ」


 しかしすぐにくっ付いてしまう。

 なんと気味の悪いことか。画面の向こうの光景ならばまだしも、いざ眼の前にするとなるとどうしても慣れない。


「(物理では効かない…だったら!)」


 つい最近教わったばかりの魔法を使用せんと、空いている左手を開く。


『炎剣ならば!!』


 魔法陣が瞬時に展開し、生じた炎が剣の形を取る。

 それを逆手に握ると身体を捻った。


「これでッ!!」


 『ガノンフ』から教わった“フレイムソード”が頸椎に触れる。

 炎剣が炎を発した。

 弓弦がそのまま力任せに斬り裂くと、軌跡に沿って炎が走り、白骨を焼き尽くした。


「よし…まだ全然戦えそうだな…!」


 灰になった骨が、元に戻る兆しは無い。

 どうやら完全に倒し切れたようだ。


「ユール! 下なの!」


「ん? なっ」


 足下から突如として生じた肉片。

 弓弦が飛び退った場所に肉塊は、崩れ落ちそうな人の形を取り立ち上がった。


ーーーヴゥゥゥェェ……


「…わーい」


 会いたくない手合いと出会ってしまった。

 以前戦ったアンデッド系の魔物は、気味が悪い点においてはこの魔物と変わりないが、見た目が人間と変わりなかったため、まだ良心的であった。

 しかしこの魔物は、正真正銘アンデッドらしい見た目をしていた。


「(この気持ち悪さ…ユリなら卒倒ものだな。ただでさえ身体が重くて気持ち悪いってのに……)」


 眼球の抜け落ちた空洞と眼が合う。


「うわ……」


 思わず声を上げてながらも炎剣で焼き斬る。

 噛まれたら感染して自分も仲間入りすることになるのだろうか。恐ろしいものである。


「……」


 魔物が出現しないことを確認していると、戦闘の最中姿が見えなかったカザイが姿を現した。


「こちらにも現れていたか」


「と言うことは…そっちにも現れたのか」


「……」


 「こちらにも」ということは、どうやら彼も少し進んだ場所で魔物に襲われていたようだ。


「なぁ、ここってあんなゾンビ達ばかりなのか?」


「……」


 シテロが魔物の死体を睨みながら弓弦の側にまで移動し、彼の肩越しから男を見る。

 思えばカザイ対して、面と向かっての面識は無い彼女。ある意味個性の強過ぎるカザイの無言っ振りが不思議なのだろう。


「…無言…か?」


「言ってなかったな。そうだ」


 もたらされたのは、肯定の返事。


「一枚の分厚い壁に遮られたこの地下への道は、奈落への道だ。欲に取り憑かれここにて朽ちた愚者達の憎しみ…妬み…嫉み…妄執と言った負の感情が怨念として彷徨っている。…奴等は生者を最も憎み、その身を喰らおうとするだろう。気を付けろ」


 到着してから、魔物との戦闘を終えてから言わず、事前に言ってほしいものである。

 幾許かの悪意を感じずにはいられないが、それきり歩みを進め始めた男のことなので、恐らく本当に伝え忘れていたのだろう。それを茶目っ気があると考えるか、悪意に満ちていると考えるかは人次第だ。


「…どうりでシテロが生命を感じられなかった訳だ」


「なの。…先に何も感じられなかったのはきっと、あの壁の所為もあるけど。ここに充満している瘴気が、一切漏れ出ることのないように難しい形をしていたの」


 既にあの壁が見えなくなってから久しい。

 厳重にも程がある壁の存在と、ひたすらに長い外部への道。この二つは、見渡す限りの道の左右に転がる不死者を外に出さないがために存在していたのだろう。


『それだけではないのだがな……』


 ヴェアルの声が聞こえた。


「(…どう言うことだ?)」


『扉一つ隔てただけで、これか。天使の門に見えてその実屍鬼の門とは良く言ったものだ』


 答える気が無いようだった。

 自分で気付けと、そういうことなのだろう。


「(…天使の門のように見えて屍鬼の門…か)」


 言い得て妙な例だ。

 この洞窟は、一枚の扉を通して対照的な洞窟となっている。

 洞窟というのに、澱んでいなかった空気、魔物一匹も居ない空間ーーーおかしなものだとは思っていた。だが、今居るこの空間に対する対照空間となっていたのなら納得がいかないこともない。


「(…魔物は居ないか、うじゃうじゃと居るか…か)」


 道端に倒れている死体の数が夥しい。

 いつ起き上がるのか、そう考えているだけで気がより重くなっていく。


「(はぁ…極端過ぎるな)」


 起き上がった数体の魔物にゆっくりと、普段より重く感じる剣を向ける。


「…っ」


 景色が揺れた。

 突然の強烈な虚脱感に弓弦は、剣を取り落とした。

 膝から崩れ落ち、手を突いた彼に魔物が殺到する。


「ユール!!」


 その間に素早く割り込んだシテロが足で地面を一度踏み鳴らし、隆起させる。


『…大地よ!!』


 隆起した地面は一時的に壁となった。魔物の進撃を阻むと共にその腐った身体を上方から呑み込むように押し潰した。


「ユール、ユール! しっかりするの!!」


 シテロは振り返るとしゃがみ込み、弓弦の肩を揺さ振る。

 顔色が悪過ぎるとは思っていた。だが彼の言葉を信じて、様子を窺っておくだけに留めておいたのだ。


「!!」


 それが、裏目に出た。

 彼女の呼び掛けも虚しく、弓弦は地に崩れ落ちた。












* * *


 眼を開けると、白が視界を満たしてくる。

 鮮明になっていく景色に佇む、一組の男女が見詰め合っている。

 …俺はまた、あの謎の光景の中に居るようだ。


『…。あー、その』


『はい、何でしょう?』


 深く考えるまでもなく分かる。

 どうやらこの光景、突然終わってしまったさっきの映像の直後みたいだな。

 だがなんで俺に見えているのか…は、謎でしかない。


『…二人だけ…に、なっちまいやしたね。は、はは』


『ふふ、そうですね』


『……の奴! 要らない気を回して…まったく、困っちまいやす』


『ふふ、そうですね』


 暫く、似たような遣り取りが続いた。

 男が何を言っても笑みを零しながら同意する女…見ようによっては、適当に聞き流されているようにも思える。

 だが何だろうか。この微笑ましさ…と言うか、むず痒さは。


『……』


 何を言っても同じ言葉で返されることに男が気付いたようだ。

 良くもまぁ気付かなかった…と言いたいが、自分の中で言葉を考えるのに精一杯で、意識を向けられなかったんだろう。


『それにしても、今日は変な天気ですなぁ』


 お、引っ掛けにいった。


『え? 今日はお天気ではありませんでしたか?』


 引っ掛からなかったな。

 それどころか、彼女はちゃんと話を訊いていたようだな。


『…え、訊いていたんですかい?』


『え、勿論訊いていましたけど…?」


『あぁいや、深い意味は無いんでさぁ。気にしないでくだせぇ』


 迂闊だったな。さっきのはちょっとした失言だ。

 はぁ…すっかり傍観者だな。


『…同じ答えしか返せなくてすみません…。こう言う時…何を言えば良いのか浮かばなくて……』


 困ったような女性の声。

 照れているのだろうか。気持ちは分かるような気がするが……


『謝らないでくだせぇ。あっしも…正直何を言えば良いのか困っちまってやす……』


 二人の間の微妙な距離感。それは詰め寄りたくても寄り難い心の距離を表しているかのようだ。

 見ているこっちとしては、「そこだ! いけ、押し倒せ!」と言ってやりたい訳ではないが、もどかしい。見ていて凄くもどかしい。


『…時間制限は…いつまでなんです?』


 男は躊躇うような、喉につっかえた言葉を無理矢理引っ張り出すような声音で本題を切り出した。


『……』


 女は俯いた。告げたくはないが、言わねばならない現実と葛藤するかのように。

 顔は見えないが、きっと辛い表情をしているんだろう。


『次の大禍時おおまがときを越え、新月となるの刻が日の終わりを告げた時…です』


『それって……』


 空を見上げているのか顔を上方に向けた男が、僅かに後退る。


『もう…一刻も無いではありやせんか…っ!』


 一刻…二時間か。二時間であの女性は…あの女性でなくなる。余命宣告にしてはあまりに……な。


『…なんで…どうしてそこまで…! まだ「奴等」を倒してから…一年も経っていない! そこまで……、そこまでお前は…く…っそっ』


『悲しまないでください…。私が望んだ結末です』


 女が一歩踏み出した。

 その足取りは強く、確かで……


『…それに私はまだ、命を落とす訳ではありません。此の地であの大樹に宿る精と一つになって、「あの子達」を守っていく…あなたも望んでくれたことです……』


 彼女の決意に満ちていた。

 男の背中に回された女性の手が両者の距離を無くす。


『…。あぁ、そうでやしたね』


 男はそれに応えるかのように、眼の前の存在の背に手を回した。


『……も言っていた通り、これは他の誰でもない、俺達が決めた結末ですぁ。…まさかこうも結末が訪れるのが早いとは思ってやせんでしたが』


『ごめんなさい…。それは私の我儘です。ほんの…ほんの少しでも長く皆さんと…あなたと居たかったから』


『良いんです。良いんですぁ。責めることなんて出来やせん。謝らないでくだせぇ。ちぃとばかし迷ってしまいやしたが、俺はもう腹ぁ決めやした』


 愛する人の死を受け容れる…か。

 強い心の持ち主だ。あんな強い心、今の俺には真似出来そうにない。


『ありがとう…あなたと会えて良かった』


 名残惜しさを少しでも減らせるように、二人は互いを強く抱きしめ合っている。

 俺はただ、その光景に見入っていた。そこにある一つの感情の形に魅せられていたのかもしれない。

 一人では恐れてしまうかもしれないが、二人では近付く別れの時への恐れを抱かない。それは、互いが互いの心のを支えているから…あぁ、素敵じゃないか。


『俺もです。これから訪れる悠久の時を…この想いと共に生きようと思いやす……』


 …。だが、どうして俺にだけこの光景が見えているんだ? それが分からない。

 意味がある。意味が無い…。普通に考えれば、いや、考えるまでもなく前者だろう…多分。

 …。


 ……。


 ………考えるだけ無駄なんだろうなぁ。物事の一つ一つの意味を模索しても、疲れるだけか。


『『……』』


 …幸せそうだな。顔は見えないが、何となくそんな気がする。

 別れの時までの刹那。この永遠のように感じる一瞬は、部外者でしかない俺でさえも永遠のままであってほしいと思えた……


『時間じゃ、もう良いかの?』


 そんな声が聞こえてくる前までは。


『……………っ!?』『あ…っ』


 頭上からの声に、二人が一斉に互いから身体を離した。


『……………っ!! 姿が見えないと思っていたら、一体どこに居たんですかい!!』


 素早い身のこなしで姿を現した爺口調の男は朗らかに笑う。

 もう少し空気を読んでほしかったな、空気を。幾ら何でも酷くないか?


『どことな?』


 雰囲気を打ち壊しにした闖入者は、指を上に向けた。


『上じゃ、上。そこの木の上から見ておったわい。……、もしやお主、言っておらなんだか?』


 木の上…? アレか…って、あの葉の茂りようじゃこっちから見えるぞおいっ。無粋にも程があるだろっ。上から眺めていたって…よく見付からなかったな。


『…ぁ…その…すっかり忘れていました……』


 …今思い出したかのような女性の態度に、男は深く溜息を吐いた。


『逆上せ頭も分からないでもないが…のぅ。まぁ良いわい。…さて、先にも言ったがそろそろ時間じゃ。万全を期すためにも始めたいところじゃが、別れの挨拶はもう良いかの?』


 そして、拳を合わせた。

 武闘派なのだろうか。鍛えられた腕の筋肉は鋼のようだった。


『『……』』


 想いを伝え合った男女は視線を交わし、やがて闖入者に向かって力強く頷いた。

 言葉は既に出し尽くしたことを互いに確認してから頷くまで、時間を要していない。

 …個人的には…抱きしめ合ったぐらいじゃ物足りないものがあったりするんだが…。きっと俺の感覚が麻痺しているんだろうな。色々され過ぎて…はぁ。


『ほっほ、良い眼じゃ。では……や、この木の前に立ってくれないかの?』


『はい』


 女が、木の前に立とうと足を踏み出したその時だった。


『……!!』


 男が彼女の名を呼ぶと共に、その身体を背後から抱き寄せた。


『…すいやせん。想いの他に持って行くモノを一つ、忘れていやした』


 そしてそのまま……


『温もり…貰っていきやす』


 彼女と自らの唇を、重ねたーーー

「バッドエンドってさ、辛いよね」


「…知影さん、そんなこと僕に言われても」


「え~、ディオ君は夢が無いなぁ」


「夢が無いかあるかの話になるんだ……」


「ほら、やっぱり世界助けたらさ、好きな人と結ばれたりとか、ちょっとぐらい良いことあっても良いじゃない? でも弓弦が見てるあの映像ってさ…救いが無いよね」


「…微妙なところだね。でもハッピーエンドかどうかって言われたら、多分違う。でもバッドとも言い切れないような」


「まぁね。でさ、こっから本題なんだけど」


「?」


「続き、あるよねこの映像」


「…何とも言えないよ」


「…そっか。ううう…あると思ったんだけどな。まぁ良いや、予告言お」


「(…いつもの知影さんで良かった。後はこのまま、病まないように……)」


「『…不思議な映像…どうして俺に見えるんだろうな。きっと、何かの意味がある。それは分かるんだがどんな意味があるんだろう。…せめて、登場した人物が誰か分かれば良いんだがなぁ、後場所とかーーー次回、刮目しろ弓弦! 木霊の音の終わりし時!!』…おろー? …かぁ。…ん? おろー?」


「…(あ、ヤバい。)さ、知影さん。戻りましょう!」


「……そうだね」


「(……ほ)」

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