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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
255/411

耳を澄ませ弓弦! 響く木霊の音!!

 アデウスとクロが口元に手を当て抗議の視線を向けてくる。

 空間内にあるテレビを凝視する視線の先のバアゼルは、蜜柑を食べるのを忘れ、厳しい視線を繰り広げられる光景の背景に向けていた。


「‘間一髪だったか。不意の一撃とは、口によるものであっても恐ろしいものだ……’」


 ヴェアルはもがく二悪魔を見据え、救助サインを断った。


「‘視野が狭まり過ぎたな。冷静さを欠き、考え無しにその言葉を呟くようでは当然の仕打ちさ’」


 クロが言い、アデウスが言おうとした単語ーーー現在弓弦が居る場所を指し示す名前は、この場で呟いてはいけないものだ。

 弓弦に知られるのは良いのだ。良いのだが、彼に聞こえる言葉は彼女にも(・ ・ ・ ・)聞こえてしまう。


「‘さてどうする? 潜ることにはなるが、全てが終わるまで隠し通せるかな…?’」


 避けなければならないことだ。この場所の名前は、別の名前を連想させてしまう切っ掛けになる。


「‘…然龍が彼の場の名以外の智識を有していないことのみが、僥倖か’」


「‘しかし、ただでさえ些か感傷的になっているきらいがあった以上、何かしら心中で萌動を感じているのだろう。このままではな……’」


 その言葉に眼を見張ったのはクロとアデウスだ。

 “サイレント”で口を塞がれた二悪魔は、その時ようやく自分達の浅慮に気が付いた。


「‘愚か者め等が。知れば然龍は独断で先行する。我等の言にも、彼奴の言にも耳を貸さず…’」


 バアゼルの言葉の通りだ。

 最悪の事態を招くのに、準備は必要無い。最善の事態への道程は遠いのにも拘らず。

 二悪魔は抗議の視線を止め、神妙な面持ちをテレビに向ける。


「…死が……吹き付ける…」


 『炬燵空間』に居る四体の悪魔はそれぞれが、テレビの先の光景を心配そうに見守っていた。


* * *


「(…ヴェアル?)」


 聞こえてきた同胞の声にシテロは同胞の名を心中で呟いた。

 基本的に分かり難い表現を用いる狼悪魔だが、分からないからこそ、何とも形容し難い不安感に駆られることがある。


「(…ザワザワ? …胸が騒つく。どうして…?)」


 彼女は胸を押さえながら、視線を弓弦に向けた。


「こんな所にまで俺を呼び出しておいて、一体何のつもりだ?」


 「銃弾を返すぞ」と、現れた男に銀の銃弾を投げ渡し、反応を待つ。


「……」


「…無言…か?」


 銃弾を受け取るも、男は無言だった。


「……」


 そして無言のまま男は銃弾を投げ返してきた。

 突然の行動であったので思わず取り落としそうになってしまうが、何とか手に握り、投擲主を見る。


「受け取れ。ここまでの足労に対する詫びだ」


 “ライト”の魔法を反射して銀の銃弾は冷たく光っている。

 詫びにしては少々微妙な物のように思えるがあの男ーーーカザイなりの気持ちなのだろう。受け取らない理由は無く、胸ポケットにしまった。


「全力での変装…面白い趣味を持っているようだな」


「…何の話だ?」


 弓弦として(・ ・ ・ ・ ・)()覚えのない話に瞳を鋭くする。

 何故その話を切り出すのか、謎である。


「こんな所で世間話をするために呼んだ訳じゃないだろ? 早く本題を切り出してくれ」


「……」


 無言である。

 ただ事でないのは分かっているのだ。回りくどい言い方をせずに、無言にもならずに、目的を聞き出したかった。

 弓弦はせっかちではない。しかし、この場でくだらない話に興じる程の物好きではないのだ。


「‘…ユール、多分場を和ませようとしてくれていたの’」


 シテロの耳打ちで少々罪悪感を覚えたが、それでも今の態度を止める訳にはいかなかった。


「お前に託したい物がある」


「…託したい物…だと?」


 カザイは頷き、背後の壁を見遣る。


「あの先にある物だ」


 何となく察しは付いていた。

 というか、あからさまにあの壁は怪しい。


「先程から気になっているのだろう? あの壁画が」


「…そりゃあ、そうだろう。あんな派手な壁画……」


 荘厳なーーーと評せば良いのか。壁画からは神聖な印象を受ける。

 しかしどこか底知れないようなーーー見た目に騙されてはいけないと危機感を覚えるような不気味さも感じた。


「お前に託す物について記された壁画だ」


 墓より人が天に昇るーーーそれだけを考えれば、死者の怨念を天へと還している光景が記されているのだろうと納得するのに時間は掛からない。


「(成仏…か)」


 思い出したことがあった。

 かつてフィーナと二人で用いた殲滅属性の魔法“アタラクシア”。

 臨界点を迎えようとしていた異世界の崩壊率を、一気に零に近付けるまでの『陰』に対する特攻性を持っていたあの殲滅魔法は、考えようによっては世界を浄化する魔法をという意味合いにも取れる。

 怨念を浄化し、天へと還す光景が壁画として描かれているのならば。託したい物とはそれに関連する何かであるはずだ。

 それ以上は、幾ら思案しても分かりそうにない。だが見るではなく、視て分かることがある。壁面に描かれているのは、絵だけではないようだ。


「小さく魔法文字ルーンが記されているのが分かるな?」


「あぁ」


 絵画の光景に注意がいってしまいがちだが、眼を凝らすと明滅するようにして浮かんでくる文字群が視えた。


「…封印?」


 文字群を繋ぐと、魔法陣になる。

 結界魔法による封印。だが、普通の封印ではない。

 随分と強固な結界だ。魔法発動のために練られた魔力マナが相当に密なのだろう。力付くで破るのは恐らく不可能であろう。


「お前に託す物は、あの壁画の先にある。行くぞ」


「行くって…あんな封印結界、俺には破ることが出来ないぞ?」


「開ける手段はある」


 カザイはそう言うと、壁画の下へと歩いて行く。


「……」


 そのまま懐から何かを取り出し、それを壁に押し当てる。

 チラリと見えた「何か」は、金色に光っているような気がした。


「(…隊員証? 元帥のは金色のだったか…?)」


 隊員なら誰もが持っている『隊員証』

 カザイと並ぶ、もう一人の元帥の『隊員証』を見たことはある。注視したことがないので良く覚えてはいないのだが、果たして金色に輝く芒星のレリーフだっただろうか。


「(知影なら記憶していたんだろうな、きっと)」


 疑問が解決出来ず溜息を吐くと、


 ーーーバシュッ!!


 そんな鋭い音が前方より聞こえてきた。

 弾かれたように顔を上げた弓弦の先で、壁に光の逆縦一文字が走りつつあった。

 十字塚から、まっすぐ人を貫き天へ。

 魔法文字ルーンが明滅を強くし始めた。注意深く絵画を見なければ分からなかった文字は、今や壁画を美しく引き立てるまでの輝きを放っていた。


「…ん?」


 弓弦がその光景に見入っていと、隣から袖を引かれた。


「…ユール」


 視線を向けると、不安そうなシテロと眼が合う。


「あの壁…凄く…嫌な感じがするの。行ってはいけないような…そんな気がして、嫌…きゃあっ!?」


 光は太陽に達し、一際眩しく周囲を照らし始める。

 怯えたように身体を震えさせたシテロを、光から守るように抱きしめたのは反射的な行動だった。

 温もりや鼓動と共に伝わってくる感触に浸るまいとして、すぐに彼女を解放すると、カザイの声が聞こえた?


「行くぞ」


 見ると、彼の足下に魔法陣が展開されていた。

 てっきり、縦に光が走っている絵画が扉になるものだと思っていた分、少し意表を突かれた。


「‘…怖かったら俺の中に入っとけ。ここまで来たんだ。帰る訳にはいかないからな’」


「…怖い…? …怖いと言うよりは、嫌なの。だってあの扉の先…生命が…生命が感じられないような気がして……」



 悪魔の勘なのだろうか。

 扉の先ーーー魔法陣の先から何かを感じ取ったらしいシテロの言葉は口調とは裏腹に、確信に満ちている。


ーーー気を付けてね。


 危険という確信を伝えるシテロの言と重なるようにして、『ロソン』の言葉が思い出される。

 扉の先に行く際には注意しなければならない。今が、扉の先に行く際である。


「(…隊員服じゃ心許ない…か)」


 市販されるような衣類に比べ、比較的に緩衝性があるものの、重装備には遠く及ばない。まして魔法攻撃に対する防御力は、皆無に等しい。

 今更ながら、いつもの旅装束を着て来るべきだったと後悔する。無闇に行く素振りを見せて、話を切り出す前に女性陣に身構えられては堪ったものではなかったので、部屋のハンガーに掛けそのままなのだが、これが中々に完全な逆効果だ。

 “アカシックボックス”にしまった訳じゃないので、魔法では目的の物取り出すことが出来ない。後は空間魔法で送ってもらうことも出来るがーーー?


「(…フィーの奴に頼んで送ってもらうのも良いかもな…と、無理を考えても仕方無いか)…ん?」


 都合の良いことでも起きないかと考えていると、頭上から魔力マナを感じた。


「…あ、起きた」


 タイミングの良いことに、上から旅装束が落ちてくる。

 最初はあの察しが良いフィーナが、指輪の魔力(マナ)を用いて忘れ物を届けてくれたのではないかと思ったが、すぐに否定する。


「(お前か? アデウス)」


 そうタイミングが良いのではご都合主義が過ぎてしまう。

 ならば、作為的に装束を転送するしかない。遠い異世界の狭間からここまでピンポイントに転送する。そんな技が出来るのはアデウスぐらいであろう。


『勿論だ』


 すぐに装束を着用し、返ってきた返事に礼を言うとカザイの隣に並ぶ。


「待たせた」


「……」


 男は無言で魔法陣の中に足を踏み入れ、姿を消した。


「じゃあ俺達も行くか」


「なの」


 シテロの手を引き、カザイの後に続いた。












* * *


 転移の光の中に包まれてから初めて、瞼を上げる。

 っ、靄に包まれたように景色が白くて何も見えない。

 ん…風…か? 扉の先ともなれば、当然地下のはず。どこまで潜ったかは分からないが、地上階だったのか…?

 いや待て。…葉擦れの音? 葉擦れの音…だと?

 地下に自生する植物が風に当てられて、囁いていると言うことか?


「…あれ」


 シテロが居ない。


「おーいっ! シテローっ!!」


 カザイは先に行ったのだとしても、手を繋いでいたシテロが消えるのはあり得ない。


「…まさか転移の拍子で逸れてしまったのか?」


 手を見る。


「うわっ!?」


 …透けてるっ。手が…透けていると言うことは……!


『本当に…良いのか?』


 靄が晴れたーーー


『…はい。もう…決めたことですから』


 不思議な光景の中で男の声に応えたのは、女性の声だ。

 …一人で見るのは初めてだな、そう言えば。


『冗談は止めて下さい! 今まで抑えることが出来たのです。ならば此れからも…此れからもきっと…!!』


 悲痛そうな言葉は、別の女性の声だ。

 徐々に鮮明になる景色の中に、四人…の人物が居るのが分かる。


『止めてくだせぇ。……が、言い出したら聞く耳持たねぇってこと…分かっているはずですぁ』


 残りの一人は男のようだ。

 これで全員の性別が分かったな。男二人に女二人…バランスが取れている…と言うのはどうでも良いことだが…。


 …。


 ……。


 ………しまった。最初に何考えていたか忘れてしまったな。


『其れは分かっています…………。えぇ、理解しています、重々承知しています。ですが、折れる訳には参りません!』


『……、今生の別れと言う訳ではないだろう。……は暫しの間眠りに就くだけ、また会うこともいずれ叶う』


『ですが…っ! ……!!』


 …所々ノイズが混じって、何を言っているのか分からないな。

 それにこの場所…森か? どこかで…どこかで見たような。…っ、こんなのばかりだな! 覚えがあるような気がするのに分からない…くそ、もどかしい…!


『分かっているはず。…「奴等」に引き摺られた俺達の魂には、枷が嵌められた。俺や其方とは違う。…………はまだ、比べてしまえば情のあるものだろう。だが……に嵌められた枷は、最も残酷なものだ』


『だから逝かせろと、黙し、送り人となれと…そう仰るのですか、貴方は!』


 奴等…? 枷…?

 全くもって分からないが、あの四人が置かれている状況は分かる、何となくだが。


『良いのです!』


 この女性が、他の三人の下から去ろうとしている。…こうなった理由は置いておくとしても、それは間違い無い。


『……。私を…私のままで居させて下さい』


 このままだと自分では居られなくなるから、自分で居られる内に別れさせてほしい…。分からなくもない話だな。

 自分らしく生きること…自分らしく在れること…今の俺は、俺らしく生きられているよ…な。うん、大丈夫なはずだ。


『…っ!!』


『私は此の地と共になります。此の地に寄り添い…静かに、流るる時のままに身を任せようと思います』


『心の臓を止め、心を凍て付かせて過ごすことの何が身を任せると言うのですか……』


 心臓と、心を凍らせる…。そうか、自分の時を止めるってことか。

 魔法の属性について皆と話したばかりだからな。“ノーザンクロス”…すぐに思い至ることが出来た。


『私らしい。…そうは思えませんか? それとも……? 私をそうまでして私で居させてくれないんですか?』


『…耐えられる。私はそう信じていますもの。数多の艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えて今の私達が居る。……、貴女が枷如きに屈するなんて、其れこそ…らしくないとは考えられないのでしょうか!』


『…私の身が朽ちるのが先か、私の心が朽ちるのが先か。…間違い無く後者です。これは予測ではありません、私の歩むべき道が示してくれているんです。それともこう言いたいのですか? ……の占星術が外れると』


『う…っ。誠…?』


 占星術…あの男、占い師なのだろうか。


『誠だ。俺の星読みは外れない…味方となれば頼もしいが、仇となればこれ程に厄介な敵もないだろう』


 外れることのない星読み…凄いな。

 食い下がる女性を初めて食い下がらせた説得力…「数々の艱難辛苦」とやらもきっと、あの男の存在があったからこそ乗り越えることが出来たんだろうな。

 避けられることのない未来を読み…それを仲間に伝える…。辛いだろうな。きっと、何度も占星術をやり直したに違い無い。


『……、もう止めろ。他の誰でもない、当人達が受け入れた。俺達の出る幕じゃ、ないんだよ……行くぞ』


 当人達…俺達…あ、そうか。

 顔が見えないから黙っている男がどんな表情をしているか謎だが、あの男…別れなければならない女とは恋仲なんだろう。

 俯いたままの女性が、男に引っ張られるようにして連れて行かれる。

 場は、二人だけになった。

「ゾンビ、かぁ」


「…ゾンビ…ですか?」


「うん、ゾンビ。ドロドロのトロトロのバイオなハザードのゾンビ」


「はぁ」


「次出るってさ。風音さんはお化けとか得意?」


「…得意…と言う訳では御座いませんね。少々嫌悪感を覚えます」


「そうだよねぇ。ゾンビに触れられて喜ぶって言うのもあれだけど……あ、弓弦ゾンビなら余裕で愛せる。と言うか、私もゾンビにしてほしい」


「あらあら…弓弦様に染められたいと、そう言うことで御座いますか」


「ふふふ、その通り♪ …例えばの話ではあるんだけど、その逆…ゾンビになった私が弓弦もゾンビにしちゃう…そんな結末でも…私は弓弦と一緒に居られるなら良いかなぁって思うんだ」


「知影さんの愛は深いのですね」


「そう! 深いんだよ~♪ 病んじゃうほ、ど、に♪」


「左様で御座いますか」


「風音さんはどう? もし自分がゾンビになったら好きな人を堕としに行く? あ、自分の意識が残っていること前提の話ね」


「『っ…まったく、とんでもない場所だなここはっ。いや何となく出そうな気はしていたんだがまさか、本当に出て来るなんてな…はぁ、剣で斬りたくなくなぁーーー次回、怯えろシテロ! 死者蔓延る道!!』…わーい。で、御座います♪」


「えー、そこで予告言って逃げちゃうのっ!?」


「クスッ、する訳ないではありませんか、あるはずがありません、えぇ、あってはなりません♪」


「普通はそうだよね。うーん、私がおかしいのかな?」


「どう考えなくても奇妙なものだとは思いますよ」

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