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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
251/411

戸惑うユリ! 謎の肩凝り!!

 林の中を、駆け抜ける存在があった。

 自由気儘に土の上を跳ね前へと進み、時折止まって周囲を見る。鼻をひくつかせて暫くキョロキョロすると、方向転換して別方向に進んでいく。

 白くフサフサな毛並みをした小動物は、その瞳に何を映しているのだろうか。当の存在にしか分からないが、これまでの動きから次にどちらに向かうのかは容易に想像出来る。


「……」


 木影から、長い砲身が覗く。

 砲身が向けられているのは、脳内に描かれた予測をなぞるように動く存在の先だ。

 スッと現れた砲身は、ブレることがない。ジグザグに跳ねる獲物の姿がまるで見えていないかのように、ただ一点の先へ向けられ、静寂を保っている。

 そして、


「ーーー!!!!」


 静寂が一瞬のみ、微かに破られた。

 砲身から放たれた銃弾は、方向を変えようと立ち止まった獲物の首へと一直線に、狙い違わず吸い込まれた。

 跳ねていれば良かったものを、最後に足を止めてしまったことで最期となった小動物の身体がグラリと傾き、地に倒れた。


「よし、命中だ」


 動物が動かなくなってから数秒後、そんな声と共に木影からユリが姿を現した。

 彼女は骸の下へと歩み寄り、それを足を掴んで持ち上げるとその場を後にした。


「ふぅ…流石に少々疲れたか」


 林中を歩く道すがら、肩を回す。

 最近以前に比べて肩凝りが酷くなったような気がする。こうして回していても、固まったような、それでいて何とも形容し難い重みによる身体の違和感は消えない。

 この重みの感覚が中々に困りもので、僅かな砲身の傾きだけで狙いを狂わせてしまうため狙撃の邪魔となっていた。

 無論多少身体が重くなったぐらいで仕損じるような狙撃は行わない。しかしかつての最大射程距離を、百発百中とはいかなくなってしまっていることが今日銃を構えていて感じたことである。


「…もう少し身体を鍛える必要がある…か? だがあまり鍛え過ぎて筋肉が付き過ぎてもそれはそれで…うむ」


 筋肉が付き過ぎた自分なんて、到底見られたものではない。

 筋肉が付くこと自体は悪いことではないのだ。男性ならば喜ぶ者も多いし、女性でも歓迎する者は居るだろう。しかし、ユリはこれっぽっちも歓迎する気にはなれなかった。

 知影も、フィーナも、風音も、アンナさえも、筋肉を付け過ぎてはいない。誰もが肉体的に女性らしく、理想的な曲線を描かせているのだ。そんな中男並みの筋肉を付けようがものなら、確実に浮いてしまうこと請け負いだ。


「筋肉を付けずしてこの不調の原因が分かれば良いのだが……」


 言いながら視線を自分の身体に向ける。

 突然以前よりも肩が凝るようになり、身体が重く感じるようになる。それを踏まえて一番最初に浮かんだ原因が視界に入ってきた。


「…むぅ、やはりこれなのか?」


 立ち止まる。


「いや、そんなはずがない。私の成長期はもう終わった、だから大きくなるはずがない…はず」


 以前も似たようなことを考えたことがあった。

 「彼」を探す旅で知影とレオンと共に辿り着いた『ポートスルフ』の宿。シャワーを浴びる前に視界に入った鏡を見た時であったか。タオル一枚の装いのその時に彼女は自身の身体に違和感を感じた。


「…うむ、気の所為…そうだ。気の所為だ、うむ。私は気にしないぞ、うむ」


 歩みを再開して獣道から林道に出る。

 そこには“プロテクト”に包まれ、中に多くの小動物の骸が入れられた籠が置いてあった。

 彼女はその中に新たな獲物を入れると、近くの土に書いていた四つ目の「正」を書き終えた。


「これで…最後の一匹のようだな。よし、任務ミッション完遂だ」


 “プロテクト”を解除して籠を背負うと、片手に愛用の得物を持つ。

 籠に入った骸を依頼主に届けるまでが今回の任務ミッションだ。帰りに何かが起こるとも限らないので注意は怠らない。


「…さて、帰艦したら何をしようか。デザート…うむ、悪くない。任務ミッションの疲れを癒すため、大いに食そう。うむ……」


 この時、彼女の脳内に一つの式が出来上がる。

 業務終わりに自分へのご褒美としてデザートを食べる。夕食のお供として食べようかといつも考え、いつも実行してはいるのだがもしやデザートを食べることが、身体を重くすることに繋がる。少しでもそんなことがあれば、女としては避けたくなってくるもの。

 太るぐらいならばデザート如き我慢したいところだが、それでも「ちょっとぐらい……」と甘やかしてしまうのが、世の常である。


「太る…か。いやいかん、太るなんてもっての外。医療者である私が不健康をしては他の皆に示しが付かない。それに…うむ。困ってしまうな」


 何に困るかは口に出さない。

 一瞬何かが頭の中を過ぎりはしたが、前方に見える人物に思考を切り替えた。


「依頼、確かに完遂した。『ラピッドラビット』二十匹。確認してくれ」


 今回の任務ミッションは、『村で兎鍋を行いたいのですけど兎肉が足りないです! 助けてください! ランクJ』というものだ。

 籠の中身を念入りに確かめていたその男は、二回程兎の数を数え終えると、安堵したように頬を緩ませた。


「ありがとう。これで兎鍋用の兎肉が揃いました」


「うむ。力になれたのであれば幸いだ。兎鍋、是非楽しんでくれ」


「はい! …しかし驚きました。女性の方がそのような得物で狩りを行われるとは」


 男の視線の先には彼女の狙撃銃があった。


「む、これのことか」


 ユリが愛用の得物を胸の高さまで持ち上げると、男は感嘆のためか眼を輝かせ口を開けたまま固まった。


「(…この男…私の銃に興味があるのか?)」


 男にそのまま動く気配が無いので、彼女は自分から切り出すことに。


「…この銃が何か?」


「あ、はい」


 彼女の機嫌を害しと思ったのか、弾かれたように男は言葉を続ける。


「俺の村…男は銃、女は弓と決まっていて子供の頃から身を守る術を教えられる狩猟民族の村なんです。だから女性が銃を扱って狩りをするのが珍しくて」


「狩猟民族……」


 男の身なりは、確かに街では見ないような独特の雰囲気を放っている。

 気になってはいたのだが、狩猟民族と言われて納得した。


「幼少の折より身を守る術を持っているとは。貴殿も銃使いなのか」


 男の腰には銃が結び付けられていた。

 中距離用の銃だろうか。実包の装填された弾倉を装弾し、撃鉄を起こして引鉄を引く。発射の工程としてはそんなところだろう。


「いえ、村一番の使い手に比べれば俺なんて、下の下ですよ。護身用に携帯してはいますが、狙った位置を誤差無くは当てられません」


「誤差か……」


 照準通りに狙えば当たらない銃など無い。しかし反動などで銃口を逸らしてしまうと当然、発射された銃弾が狙った位置にいくはずがない。


「はい…俺が未熟な所為でしょうか?」


 銃は中々繊細な武器だ。照準が擦れる理由としては他にもあるかもしれないが、外部構造を見ただけで不具合を判断出来る程ユリに知識がある訳ではない。


「未熟かどうかは見てみないことには分からない…丁度、手頃な魔物も現れたようだ」


 男の背後に『ラピッドラビット』が現れた。


「キュっ!?」


 しかし次の瞬間その身体は、血を流しながら吹き飛んでいた。


「(早撃ち…か。予備動作無しに狙い撃ってみせるとは…成程、狩猟民族と言うだけのことはあるらしい…!)」


 ユリに背中を向けた男は、銃口から煙を立ち昇らせて静止していた。

 時間にして一秒半程度。決して速いとまではいかないが、通常の兎系魔物に比べ動きの俊敏さに定評のある『ラピッドラビット』を振り向き様に仕留めてみせたのだ。早撃ち対決でもなければ実践的ではある。


「悪くない腕前だな。到底未熟とは思えぬが、謙遜と言うことで受け取っておこう」


「いえ、狙いを外してますよ。ほら」


 持ち上げた兎の死体は、首の部分から出血していた。


「頭を狙ったんですけどね。結果はこの通りです」


 頭から首。

 数十cm(シーマール)程の位置の誤差は、狙撃には致命的過ぎる。

 しかし一連の動作の流れからして、男の技術面に問題は無いように思える。

 だとすれば、別の要因か。


「申し訳無いが、貴殿の銃を見せてくれないか。…出来れば細部の構造まで」


 銃を受け取り、まずは銃口側から覗き込んでみる。


「…バレルの歪みか?」


 隊員服の内ポケットからぺんらいとを取り出して、銃身の中を照らしつつ確認する。


「外しても?」


「…元に戻せるのであれば」


 男はその光景を物珍しそうに見ていた。


「失礼する」


 ウェストバッグから銃のメンテナンス道具を取り出し、銃から銃身を取り外す。

 その過程で銃が分解されていく光景に、分解の都度男が声を上げかけるのが何とも面白い。


「…うむ、やはりバレルに僅かだが右への歪みがあるな。これでは狙った位置よりも余計に右に曲がってしまう」


 銃口側からから見ると、反対側の円の左隅が僅かに欠けて見えるので良く分かる。


「…『ラピッドラビット』は右方から飛び出して来た…。成程道理で」


「替えの銃身は持ち合わせているか?」


「いや…狙い通りの位置にいかないのが子どもの頃からの当たり前だったんです。替えなんて持ち合わせているはずがないですよ。ここ、凶暴な獣も居ない村の近くの山ですし」


 この山での狩りは、ちょっとしたピクニックだそうだ。

 だとすればわざわざ外部の人間に狩りを頼むべきではないように思えるが、それを訊くのは野暮だ。依頼者の事情に踏み込み過ぎては、色々と面倒事にも発展してしまう。


「しかしまさか、銃自体の不具合だなんて。露程も思っていませんでした。道具の所為にすると言うのは好きではないんですよ、俺。ですから一生気付かなかったかもしれません…本当に、ありがとう」


「うむ、良い心掛けだ。取り敢えずこれはそのまま元に戻しておくが、村に戻り次第新しい銃身を用意してもらい、曲がっていないことを確認してから取り換えてもらうと良いだろう」


 依頼ミッションは完遂した。後はこの林道を少し歩いた所にある転送装置で帰るだけである。そのため彼女に長居をする気はなかった。

 頭を下げ見送りの姿勢を見せた男に背中を向けたユリは、片手を上げて別れの挨拶をする。


「(…デザートは止めておくとしよう。肥えた姿を………見られるのは嫌だからな、うむ)」


 両手を隊員服のポケットに入れながら彼女は、『アークドラグノフ』への帰還に向けて歩みを進めた。


* * *


任務ミッションお疲れ様だ~」


 帰艦したユリは報告のためにレオンの下に居た。

 頼みの綱であった弓弦に今朝逃げられてしまったレオンは、いつもの倍以上の書類と格闘しているので顔に疲労を滲ませていた。

 しかし何故だろうか。いつもの彼に比べて明らかに活き活きとしている。心なしか余裕もあるようで、慌てず焦らず確かな動きで業務に勤しんでいた。


「『ランクJ』か。と言っても相手が『ラピッドラビット』だもんな~。ユリちゃんには朝飯前の任務ミッションってところか。ま、お疲れさんだ~」


 報酬金額が支払われ残高の増えた隊員証を確認すると、ポケットにしまった。


「隊長殿こそ、ご苦労様と労わせてくれ。余計な業務を増やしたようで悪かったな」


「たかが書類の一枚なんだ。…気にする必要は無いな~」


 そう言うレオンは何かを気にしているようである。一瞬時計を一瞥して、時間を確認したのをユリは見逃さなかった。


「(…七時…か。夕餉の頃合いだな)…。そうだ隊長殿、良ければ食堂で何か買って来るがどうだろうか」


 気遣いーーーと呼ぶよりは、鎌をかけようと申し出る。

 いつもなら瞳を輝かせて「お~お~! お願いするぞ~!」と言ってくるレオン。しかし今日は何故か首を左右に振った。


「今あまり腹が空いていないんだ~。だからまた今度頼まれてくれ~」


「(む…? 珍妙な。あの隊長殿が配膳を断るとは)…。要らぬ心配だったな。では失礼する」


 隊長室を退室したユリは、暫く扉の前で思案していたがやがて。


「(……これは、何かあるに違い無い)」


 その瞳に鋭い光を帯びさせた。

 擬音にすると、「キラーンッ!」といったところか。この上無く良いものを見付けたようである。

 行動に出ると決まればその動きは素早かった。

 通路の奥を曲がった所で息を潜ませた彼女は、壁越しに隊長室の様子を窺う。


「……」


 さながら敵地に潜入した蛇のようだ。流石に銃までは構えようとしないが、いつでも次の行動に移れるよう神経を研ぎ澄ましていた。


 ーーーコツ、コツ。


 足音。

 来たか、来たのかと彼女は眼を細め、息を飲む。

 目指すは決定的瞬間の目撃。隊長に手作り夕餉を持って来るであろう、何某壱号を確かめなければ。おちおち食事にも行ってられないのだ。


「あら、ユリではありませんの」


 その時突然背後から声がした。


「ひっ!?」


 ユリは驚きのあまり、上擦った声と共に通路側に飛び出してへたり込んでしまった。


「り、リィル脅かすなっ」


 刹那の光景でさえ見逃さんとしていた彼女の視線は、少し潤いを帯びた抗議のものへと変わる。


「それはこっちの台詞ですわよ。いきなり飛び退いて…驚かされましたわ」


 現れたリィルも、潤いを帯びていないこと以外では同様の視線をユリに向ける。


「大体何をしていたのでして? こちら側からの通路の遠くからでも分かるような珍行動。明らかな挙動不審でしたわよ」


「…え、隠し通せていると思っていたが」


「向こう側からは見え難いとは思いますけど、こちら側からは丸見えでしたわよ」


 不覚である。

 一体いつから、隊長室へと入る通路が視線の先の通路しかないと錯覚していたのだろうか。情けない話であった。


「何をしていたのでして?」


「む…それが」


 レオンのことを言うと、リィルは納得したかのように頷き、


「天部中佐ですわ。弓弦君に頼まれてご飯作ってあげているみたいですの」


 答えを教えてくれた。


「む…何だ…つまらんな」


 何ともいえない呆気無さだった。

 何の面白みも無い結末。期待していたのにまさか、弓弦の頼み事で動いていただけとは盛り上がる要素は皆無という他無い。


「‘…何ですの? おかしなユリですわね’」


 肩を落としたユリは小さく呟きながら隊長室に入って行ったリィルと別れ、憂さ晴らしにデザートを食べようと決心しながら食堂に向かった。

「…くそ……っ、レオンの奴ぅっ。ちくしょう

 弁当…手作り弁当だぁ…っ!? 人にも業務をやらせておいて自分だけ良い思いしているなんて、ズルいじゃないか! …っく」


「今日はやけに荒れているな。何があった、八嵩はちがさ


「天部中佐が弓弦君に頼まれて、弁当を作ってレオンに届けているみたいなんら…よっ。不味い! もう一杯!!」


「それは災難だな。…ほら、『一人旅』のロックだ」


「くれっ! んく…んぐ…っ、ぷっ! もう一杯!」


「ハイペース過ぎるんじゃないか? 少し水でも飲んで落ち着くことだ」


「やってられないんらよ! 酒だ! 飲ませてくれぇ!!」


「…知らないからな」


「レオン…覚えとけよ…あの肉体派がぁ…っ、一人だけ良い思いをしれ……っく。やっれられないにゃあ!! っくしょ!!」


「おいおい…。と、男の愚痴は男心の涙。いつまでも付き合わせるのも困りものだな。さて、次の品書き…もとい、予告だ。『そろそろここでの生活も終わりだな。シテロと二人での農業ライフ…あぁ、悪いものじゃなかった。…さぁ! 成果の確認も兼ねて、美味しく食べようじゃいないかーーー次回、採れ採れ弓弦! 大量収穫!!』…全裸で水泳か…。だ。…前後の繋がりが全く無いが、これが予告で間違い無さそうだ。橘…全裸で水泳? 何をやっているんだかな、アイツは」


「くそぅ…レオンめぇ……っ」


「…マスターストップしておくか」

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