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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
247/411

耐えろ弓弦! 迫り来る二つの丘!!

「ふっふふ〜ん、なの♪」


 乾いたばかりの炬燵布団を手に人間の姿でシテロは戻って来た。

 上機嫌だ。実に上機嫌なのか、スキップする度に揺れる揺れる。どことはいわないが。


「ただ今戻ったの。これで大丈夫?」


 彼女は精一杯両腕を広げて炬燵布団を見せる。バアゼルとヴェアルからは丁度彼女の姿が隠れ、布団だけが見える状態だ。


「ふむ……」


 シミの類は見受けられない。


「…成程」


 生乾き特有の匂いもしない。

 どうやら、しっかりと日光の下に干された上で乾いているようだ。


「大丈夫?」


「善い」「問題無い」


「良かったの♪」


 ヴェアルが魔法で持ち上げた机の下に、布団を敷く。そして布団が挟まれて、炬燵の完成だ。


「テレビ点けるの」


 本棚の上からリモコンを取って、テレビへ。

 龍の姿に戻った彼女の視線の先で、「キャメラ1」と謎の文字が右上に小さく表示され、洞窟らしき光景が映された。


『……』


 そこには、隊員服に身を包む黒髪の青年が光景の中心に映っている。

 この精神空間の主である男、橘 弓弦だ。愛用の剣を左手に握り洞窟を奥へ、下へと走っている背中を見た小龍の細い瞳が輝く。


「ユール…カッコ良いの…♪」


 何故こうも背中が頼もしく映るのだろうか。

 ただ走っているだけなのだ。背中が映っているだけなのだが、この小龍には頼もしく見えているようだ。


「…ふむ、蜜柑が美味い」


 哀愁漂う段ボール机から、炬燵机に移動したバアゼルが机に蜜柑を広げる。この悪魔、一体何個蜜柑を食べているのだろうか。


「蜜柑は確かに美味い。だがな……」


 だが何だと言うのか。


「…この表示じゃ顔が見えないの」


 「キャメラ2」へチャンネルを切り替えると、弓弦の顔が見える正面の映像が流れる。

 背中は頼もしく見えた人物を正面から見ると、どうなるのだろうか。


『……』


「…ぁ…ユール…っ」


 走っている後ろ姿を正面から見ると、どうなのか。その疑問に対する答えは、簡単に出すことが出来るだろう。

 例えばひたすら、ひたすら工場のラインに立たされている人間はどうなるのか。朝、昼、晩と、右から左へ物を流し、考えることなく、時間を過ごしていくーーーそう、考えるのを止めた人間の眼といえばどうなるのか。


「…長過ぎる道に考えるのを止めたか」


「確かに分かる話だ。話し相手も、気を紛らわす何物も存在しない光景に精神が摩耗したか……」


 死んでいる。


『……』


 眼が、死んでいるーーー


「…洞窟に入ってから、如何程の時間が流れた」


「…人の感覚では一日だな。三十回程下階への階段を下った。…しかしそれで一日を要したか。単なる道の往復だと思ってはいたが、単なる道だからこそ、ひたすらに長く感じることとなるのか。…悪意を見ているようだよ……」


 一日で眼が死ぬ程、走り続けるのは相当な苦行なのだろう。

 一部始終を見ている状況なので常に走っていたか、と訊かれると正確な答えは返せないが、まず間違い無く彼は走り続けていたのであろう。

 変わらない景色、永遠に彷徨っているようにさえ思えてくる、ただ真っ直ぐと続く道。

 一体、いつになったら道以外の物を見られるのであろうか。それは弓弦だけでなく、悪魔達も考えていたことだ。


「にゃは」


 笑い声が聞こえた。


「にゃはははっ!! アシュテロこれはチャンスにゃのにゃ!!」


 クロルが起きたようだ。

 彼はテレビの前に立って画面を示すと、弓弦が映っている部分を叩いた。


「弓弦は今、あまりの寂しさに心で泣いているのにゃ! 人の温もりを求めているのにゃ! 弓弦の寂しさを癒すことが出来るのはアシュテロ! 君しか居にゃいのにゃ!!」


 シテロの視線が不敵な笑みと、画面を往復する。

 眼が死んでいる弓弦。彼が今、ポカポカを求めているのならばポカポカさせてあげなければ。それが日頃ポカポカさせてもらっている自分に、出来るかもしれないことだから。

 視線を感じる。

 クロだけではない。バアゼルも、ヴェアルも、復活したアデウスからも視線が向けられていた。


「クロルに乗せられるのはちょっと嫌だけど…やるの」


「口に出さにゃいでほしかったのにゃ」


 人間の姿になったシテロは炬燵の中に入り、外の世界へと移動した。

 「やったのにゃ♪」とクロは達成感に浸っているのか、鼻歌交じりだ。

 全て計画通りといえようか。弓弦を一人にさせ、寂しい気持ちに沈んでいる時に差し伸べられる救いの手。救世主となるのは、アシュテロ。

 不安に揺れる心を、彼女独特の包容力で包み込むことで弓弦にとって、同胞を大きな存在にしていくーーー同族のちょっとしたお節介計画だ。

 アシュテロはまだ自身の気持ちに気付いていないようだが、クロは確信している。いや、クロ以外の悪魔達も彼女は、「クロ」だと目星を付けている。


「にゃはははは! 弓弦、堕としたり〜にゃっ! にゃはははは!」


 誇らしい。

 アデウスの突っ込みが無かったことに少々疑問を覚えたが、そんなことは気にしていられないとばかりに悪魔猫は胸を張っている。


「見たか! 僕は今、恋のキューピッド悪魔になったのにゃ!! 見たか見たか!! にゃっははははぁっ!! …にゃ?」


 高らかに笑っている中、浮かんだ疑問首を傾げる。

 どうしたことだろうか。反応が悪い。


「…にゃ?」


 ヴェアルは黙って頭を振っている。


「…にゃにゃ?」


 バアゼルは疲れたように蜜柑を食べることに集中していた。


「…詰めが甘いぞ、儘猫」


「にゃ…?」


 いつもとは打って変わって真面目な表情のアデウスの鎌が、クロの背後へ向けられる。

 この何とも形容し難い重い空気は一体、どうしたのだろうか。今頃後ろのテレビの画面では、寂しさのあまり温もりに飢えていた弓弦が眼の前に現れたシテロに襲い掛かっている光景ーーーそう、おっ始めている光景が流れているはずーーー?


『っつつ…』『はぅぁぁ……』


「…にゃ?」


 流れていたのは、別の始まった光景。


「…にゃにゃ?」


 シテロが上になって何故か二人揃って倒れているようだがーーー?


* * *


「…っつつ」


 突然の衝撃であった。

 洞窟を下へ下へと走っていたはずの弓弦を襲ったのは、前方からの衝撃。

 すんでのところで衝撃を殺そうと手を出したものの、何かクッションのようなものを受け止められず、背中から体勢を崩してしまった。

 背中を軽く擦ったようだが、怪我は無いようだ。


「はぅぁぁ……」


 それだけを確認して上に乗っている存在を確かめると、シテロが眼を回していた。どうやら打つかってしまったのは彼女のようだ。


「大丈夫か?」


 中々の圧迫感を与えてくる彼女に声を掛ける。

 彼女が退いてくれないと動くことが出来ない。無理に起き上がることも出来るがーーー


「…っ」


 ーーーそうすると、質量の暴力による襲撃を受けることに。

 男を惑わす最強の武器は、形状を変化させて重力級の一撃を与えてくる。

 忍耐力、精神力との戦いだ。この圧迫感に負けてしまえば、男としての大切な何かが失われてしまう。それも、永遠にだ。

 「試させているのかもしれない」と考えた弓弦は眼を閉じ、無心の境地へ。

 考えるな、されど感じても駄目だ。感じたらもっと駄目だ。一巻の終わりだ。無心になれ。いざ無我、無欲の境地へーーー


「頭が…頭がクラクラするの……」


 むにょ、むにょ、むにょ。


「(ぐはぁ…っ)」


 何ということだ。いかに意識を彼方に飛ばそうとしても、一瞬で戻され意識を向けさせられる。


「(どうしてこうなった…ぁっ)」


 長過ぎる道程に考えるのを止めてしまっていたから、こんな事態になってしまったのか。

 前方不注意だったのはある。しかし幾ら降りても幾ら進んでも、あるのは似たような道だけ。出会う者も居らず、魔物の一匹も居やしない。そんな環境に置かれていれば考えるのを止めても仕方が無いはずだ。


「…ぅぅ…ぅ……」


 背中から伝わる石の感覚と、胸の辺りから伝わる柔らかい感覚。足の間に片足を差し込んだ上で覆い被さっているシテロが、重たそうに顔を上げた。


「大丈夫か?」


 再度声を掛けてみる。すると、半開きの眼が弓弦を映した。


「…ぅ……眠いの…?」


 それを訊きたいのは弓弦の方である。


「…眠いのか?」


「…眠いの……」


 会話が通じた。船を漕いでいるシテロは眠たそうだ。

 「眠いの」という言葉が、ひたすら彼女の口から発される。もう寝惚けている状態なのだろうか。言葉がたどたどしい。


「……眠い」「ぐぁ…っ」


 力尽きた。身体を預けてきたので、再び質量の暴力に苛まれることに。


「…おーい、シテロさーん……」


 もう諦めるべきかもしれない。

 幸せな、もとい、柔らかい感触の所為で考えたくないのに考えさせられ、ついには眠気を覚え始める。

 走り続けていたことによる疲労がここで襲ってきたのだろうか。土造りの床から離れ難くなってきた。


「や…っ、シテロなの……」


 そんな弓弦の胸で、シテロは駄々を捏ねるように、それでいて甘えるように頰を擦り付けてくる。さん付けが気に入らなかったようだ。


「…はい…はい…シテロ…シテロ……だ…」


「…きゃ…♪」


 手に力が入ったのか、服が引っ張られる。

 安心と嬉しさを表現した点では、あの地獄スパイラルと似たようなものだが、こちらはとても癒される。

 伝わってくる彼女の体温と鼓動。そして生命の重み。

 生きているのだ。強く、そう思えた。

 しかし兎に角、眠気に負けそうだ。

 もう寝てしまおうか。洞窟に入る前にもある種の一眠りをしてしまったが、それでも睡眠が足りていない。

 眠い。だが洞窟で何の備えもなく寝てしまうのは自殺行為でしかない。それに、出来るだけ早く目的地に向かわなければ、帰艦するのが遅くなってしまう。


『障壁でも展開してから一旦休息を摂れば善かろう。番は我が担う故』


 回らない頭で悩んでいるとバアゼルの声が聞こえた。


「…そ……だな…ぁ」


 眠い。至近距離から催眠波もどきが放たれており、なおかつ寝息を当てられているのだから相当に眠い。


「すぴー…すぴー……」


 気持ち良さそうに寝息を立てているシテロが羨ましい。

 バアゼルもこう言ってくれたのだ。もう止めるものは無い。


「…はい」


 一瞬にして魔法陣が展開して周囲に光の障壁を張る。

 かつてこれ程までにやる気の無い弓弦の詠唱があっただろうか。魔法の効果は十分なものだが、随分と残念なものだ。


「…zzz」


 何ということだろうか。バアゼルが出て来るのを待たずして弓弦は夢の世界へと旅立ってしまった。

 眠ったーーーというよりは、気絶の表現が的確かもしれない。魔法発動から彼が眠るまでに要した時間は、零コンマ以下の値だった。


「阿呆めが」


 呆れたような声と共に、弓弦の身体から溢れた魔力マナが蝙蝠の形を取る。


「疲れていたのだ。王者、そう言ってやるのはな……」


 更に、狼も現れた。


「貴様は何をしに出て来た。此れの守護は我のみで飽くと云うのに」


 弓弦が発動させた“バリア”は光属性の魔法だが、効果としては結界属性に近い魔法だ。

 並外れた弓弦の魔力マナによって、魔物を寄せ付けない効果を引き上げられた上に、強力な悪魔が番をするのだ。これ以上の備えは必要無いだろう。


「この洞窟…些か思うことがあってな。この機に一度、調査をしたい」


「…調査…だと? 事此処に及んで何を」


 話し合うべきことは話した。

 答えも既に出されている状況で何を調べるというのか。

 ヴェアルは下層へと向かう方向へと進む。

 終わりの見えない洞窟の先にあるはずの終わりを探しに行く。きっと弓弦のために一肌脱ごうとしているのだろう。


「…虎を、さ」


 この狼、何を探しに行く気か。返答としての的を射ていない言葉である。

 この相変わらずの抽象的発言にバアゼルが視線を鋭くするが、ヴェアルの顔を彼が見ることはない。見えるのはフサフサと柔らかそうな尻尾だけだった。


「…すぅ」「すぴー」


 同胞に揶揄われるようにして去られたバアゼルは、視線をそのまま爆睡組に向ける。

 良くもこんな寝心地の悪そうな、空気の悪そうな、危険のありそうな洞窟で寝られるものだと感心する。単に眠気に負けただけであろうが、気持ち良さそうに寝息を立てているというのが間抜けに思えた上での感心だ。


「‘…駄目だ’」


 突然聞こえるはずのない声が聞こえた。


「……?」


 視線を外したばかりの方へ遣るが、どちらも起きている気配は無い。

 てっきりどちらかが何かの拍子で起きたのかと考えたがーーー


「‘スイーツは甘いだけじゃ駄目なんだ。単に甘いだけのスイーツも悪くはない、悪くはないが…それだけじゃあ、駄目なんだ…’」


 場所を変えて声の主の顔を覗き見るも、眼は閉じられている。


「‘…味にだけ着目して取り敢えず言えるのは、深み。そう、深みだ。…甘さの中のクドくない深み、素材が奏でる旨味をいかに引き立てられるか。それがまず大事だろう…’」


 しかし口は小さく動いている。

 寝言だ。この男、珍しく寝言を呟いているようだ。が、その寝言の何と意味不明なことか。

 大方洞窟について考えるのを止めた際、今話している寝言の内容について現実逃避していたのだろう。一体何を考えているのかこの男は。


「‘…ところで素材の旨味を引き出すことについては普通の料理と一緒だが、スイーツ作りと一緒にするのはいかん。断じてだ。スイーツはな、あくまで繊細でなければならないんだ。つまり人工的な旨味を引き出し過ぎればクドくなり、自然のフレッシュさが求められるスイーツ全体像の調和を乱す。美食家が求めるスイーツとはそんなものだ。…繊細で、上品で…’」


 ただ一言、鬱陶しい。

 たかがスイーツとやらをどこまで語るのか。この者は、どんな夢を見ているのか、一度覗いてやりたい気分になるバアゼルだ。


「…すぴー…すぴー」


 寝る時はシテロのように精々寝息を立てていれば良いのだ。後は良くて小さくて、短めの寝言。現在の弓弦のものは、てんでお呼びではない。


「‘…薬草は色々な所に生えてるの。…パッと見て、一杯緑があったら一つくらいあるの。…毒を持ってる草も他の草とグルグルすることでお薬になったりするの…便利なの’」


「然龍…貴様もか…っ」


 何故だ。何故に寝言でこうも喋ることが出来る。それ以前にこの二人はどんな夢を見ているのだ。二人揃って解説染みた寝言を言うとは。

 夢か。夢に原因があるのか。ならば、何の夢を見ている。それこそ二人揃って同じ夢を見ていることが考えられなくもないが、何の夢を、何の夢で、誰に講釈を垂れているのだろうか。

 夢を覗き見ることが出来れば事の解明を図ることが可能だが、当然バアゼルにその気は無い。彼からすれば、兎に角静かな騒々しさが煩わしいだけなのだ。

 そんな謎の寝言が続く中。蝙蝠悪魔は傍に段ボール箱が無いことに気付いて、深々と息を吐くのであった。

「むむむ……ラブコメの波動を感じる」


「…ラブコメの波動……」


「そう、ラブコメの波動だよ。だって打つかって上に乗られるって、どう考えてもラブコメの始まりだよ」


「…でも向きが逆」


「男がイケメンだったら成り立つよ」


「…弓弦…イケメン?」


「イケメンだよ! かっこ良過ぎる!」


「……補正大きく込み?」


「入らない訳がないよ。好きなんだし」


「…好き?」


「勿論♪ 好き過ぎて頭おかしくなりそう」


「…知影…おかしい?」


「なりそうってだけだよっ。まだおかしくはないと思う!」


「…おかしい……?」


「…おかしくないよっ。普通の女の子に限り無く近いよっ」


「それはない」


「普通じゃない?」


「…弓弦の衣類を…一式着用している時点でどう考えても」


「え、だって、好きな人の匂いって良いと思わない? きゃ~っ♡ ってならない? 匂い嗅いで堪能して、服の海に漕ぎ出したい雰囲気にならない?」


「…子どもだから分からない」


「…。それ言われるとこれ以上何も言えなくなるよ」


「…それが狙い」


「…それを言ってもおしまいなような」


「それも狙い」


「…。違う、それはフェイクだよね」


「……?」


「予告言って終わらせるのが真の狙い! そうでしょセティ!」


「…『ユールに一杯お話しないといけないこがあるの。私が教えないといけない沢山のこと…ユールに知ってもらわないといけないことなの。ようやく…言うことが出来るーーー次回、気を付けろ弓弦! 口は災いの元!!』…もう我慢出来ないの…。じゃ」


「…え、次の話…この予告…どう言うことなの!? 弓弦…何を言っちゃったの…?」

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