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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
245/411

飛べシテロ! 大空を飛ぶ!!

 風を突き破る。

 空に向けて翼を広げるのは、緑鱗の地龍。


「おぉ…凄い光景だな」


 その背に乗って、共に飛翔しているのは弓弦だ。

 小さくなっていく下の光景と、まだまだ天へと続く絶壁。一体この崖はどこまで続くのだろうか。

 見たところ、自然現象によって形成された崖には見える。だが、ここまで大地が隆起するのは考え難いことである。それこそ、相当な天変地異でも起こらなければ。

 まずこの崖に抜け道が無いか一周してみたが、それらしきものは見付かっていない。空路以外にこの上に行く方法は存在するのだろうか。

 弓弦はそれをずっと考えていたが、これが中々思い付くようなものではない。

 現状、炬燵空間(精神世界)で寛いでいる悪魔達も何も言ってくれない以上、取り敢えずは空路を選んで正解だったといえるだろう。


「きゃっほ〜♪ やっぱりユールに乗られるの気持ち良いの♡」


「ぶっ!?」


 もう少し言い方を考えてほしいものである。

 そのような言い方をされると、どうしても別のことへと思考がいってしまうのが一つの性で。

 噴き出してしまった弓弦はむせるのを堪えながら、「そ、それは良かったな」と作り笑いを浮かべた。


「ユールも私に乗るのって気持ち良い?」


 龍の背に乗って大空を飛ぶのは嬉しい。だが、素直にそれを言うのは憚れる。

 恥ずかしいなんて話ではない。意味合いが変なものにしか受け取られないと分かっていながら、どうして話そうなどと思えるのか。


「…む〜。何も言ってくれないの」


「…いや、別に嫌いと言う訳じゃない」


「気持ち良い?」


 どうやら明確な答えが欲しいようだ。

 龍の背中に乗ること、龍の背中に乗ることが心地良いのだと自分に言い訊かせる。

 相手は意識していないのに自分だけ意識しているなんて、全くもって馬鹿馬鹿しい。悔しくなってくるというものだ。


「まぁ…な」


「きゃっほ〜♪ 嬉しいの〜♪」


 聞こえてくる声は、龍が喋っているとは思えない声。楽しそうなシテロの声だ。

 天然な彼女の無邪気さは、時折癒され時折困らされる。今回は、困らされた。


素直(すにゃお)じゃにゃいから困らされるのにゃ。変に考えるよりも先に、思ったことをそのまま言ってみたらどうにゃのにゃ?』


 余計なお世話である。

 思ったことをそのまま言ってしまえば、要らぬ誤解を生じさせてしまう。例えばとある仕草をした知影達に対して、「可愛い」と素直に言ってみたとしよう。すると、あの知影のことなのだ。「可愛い」と言われたいがためにやたらめったらその仕草をしてくるに違い無い。

 繰り返し行われると流石にクドさがあり、凄まじく面倒臭くなってくるので絶対に避けておきたい。だからイヅナなどの例外を除いて、日頃から思ったことをそのまま言わないように弓弦は心掛けているのだ。


「ユール、ユール。雲なの。雲がふかふかなの」


 かつての世界では層積雲と呼称されていた雲を突き抜けた。

 だが、崖はまだ上まで続いているようだ。


「雲よりも高い崖か。富士山の高さを超えたんじゃないか?」


 魔法の効果で気圧の変化を感じないが、魔法の効果外はさぞ寒く、酸素が薄くなっているだろう。


「富士山って? 初めて聞いたの」


「俺が居た異世界の国で、一番高い山だ。冬になると高嶺に雪が降り積もって、化粧をしてみせたように美しくなってなぁ。それはそれは綺麗なものだった……」


 思い出す、あの山嶺を眺めた記憶。思わず染み染みと呟いてしまった弓弦にクロが一言。


『…弓弦が突然老けたのにゃ。どうせなら『ものじゃった……』って言い切った方が良いと思うのにゃ』


「…っ、別に染み染みと言うぐらい良いだろうがっ」


 悪魔猫の笑い声が腹立たしい。

 爺言葉のつもりで話していた訳ではないのだが何故そう受け取ってしまったのか。クロの性格の、黒さが良く良く理解出来る。


『クロルの性格は…黒い。これは座布団一枚を与えざるを得ない』


『『空間の断ち手』。その程度で座布団を与えようと考えるようでは無能だ……』


『…下らん洒落で我が食す蜜柑を不味にするな』


 なので辛辣な言葉を掛けてられているようだが、同情の余地は無い。

 日頃の行いは、いざ自分が窮地に立たされた際に返ってくるものなのだ。


「ユールが居た世界…いつか行ってみたいのぉ。ユールさん、良かったらいつか、連れて行ってほしいのぉ♪」


「かわ…っ!?」


 言い掛けて咳払いする。

 衝動的に口から発しそうになったが、堪えたのを褒めてやりたい。

 流石の天然娘。思いもよらない不意打ち程衝撃を与えてくるものはない。


「あ、あぁ…いつか…そう、機会があればな」


「きゃっほ〜♪ やったの! ユール、約束なの!」


 突然急上昇したシテロの嬉しそうな声が、咆哮となる。

 大気が震え、雲が裂かれたが、何故か高き崖は石ころ一つ落ちない。何か魔法による不思議な力でも働いているのだろうか。


「あぁ、約束だ」


 そんな新たな発見をしながらシテロと「約束」をする。

 彼女を含め、吸収した悪魔達とは魂を共有しているような状態だ。一時的にレイアに預かってもらうことは出来るが、その状態でも弓弦が命を落とせば、彼等も道連れになってしまう。

 ある意味生死を共にしている間なのだ。もし元の世界に戻れたとしても、彼等とは生涯共に生きることになる。自然とこの「約束」は果たされるだろう。


「ユールと一緒なの♪ ユールの世界でも一緒なの〜♪」


 嬉しさを表現しているのか、クルクルと回ったり、一回転してみるシテロ。

 楽しそうなことは結構。実に結構なことではある。しかし不幸なことにこの時、丁度魔法の効果が切れてしまった。

 弓弦がそのことに気付いたのは、恐怖の風圧が身体に叩き付けられた直後だった。

 「しまった」と後悔した頃にはもう遅い。


「おわぁぁぁぁああぁぁあああっっ!?!?」


 高速錐揉み回転によって目眩く変わりゆく景色が、思考回路を停止させてくる。

 いつもディオはこんな景色を見ていたのかと思うと、彼の凄さが分かる。


『弓弦、それじゃあディオが日頃から高速錐揉み回転していることににゃっちゃうのにゃ』


 眼が回る。遠心力で吹き飛ばされないように必死にしがみ付く弓弦だが、やがて手から力が抜けていく。

 そんな彼に、クロの言葉に言い返す余裕は無い。吹き飛ばされるのが先か、シテロの喜びの錐揉み回転が終わるのが先か。突如としてゴングが鳴らされた両者の勝負に第三者が介入する余地など無い。

 回る、回る、世界が回る。自分を中心に回り続ける。右へ左へ右へ左へーーーそうして右か左かも分からなくなる。

 楽しそうなシテロと、青い顔の弓弦。極端な天国と地獄状態に、


「ははは」


『にゃ?』『む』


 弓弦がとうとう壊れた。


「世界が回る…回るは世界…俺もぐるぐるぐーるぐるぐる…回ってる…回ってるぅ……」


 回転のし過ぎで頭のネジが飛んでいき、馬鹿になってしまったらしい。

 謎の言葉を呟く彼の眼は虚ろだ。もしかしたら、もう意識すら無いのかもしれない。

 ここまでくると悪魔達も心配になってきた。もしこのまま吹き飛ばされて地面に叩き付けられでもしたら。弓弦であってもただでは済まないだろう。


『身体を張っての笑い…本日は多めに回っていますとはこのことを言ったのか。…まさかこの期に及んでも、気絶しても笑いを貫くとは…やる』


『…君はよくよく運の無い男だな』


 いつもの弓弦ならば、「どうしてこうなったぁっ!?」と言いそうなものだが、実際に聞こえてくるのは笑い声だ。

 ぶっ壊れてしまった男の、虚しい笑い声が空に吸い込まれる。

 このまま放っておくのは色々と危ない。そう考えた悪魔達が行動に出ようとしたところで。


「はははははははははーーー」


 弓弦がとうとうシテロの身体から手を離してしまった。

 これで流星の完成だ。溜め込まれた遠心力によって彼は彼方へと飛んで行こうと旅立つ。


『賢狼!』


『捉えた…!』


 ヴェアルの魔力マナが、流星を止めようと彼の身体を包み込む。


「ッ!!」


 だが魔法の発動よりも早く、動く者が居た。

 その者は一旦弓弦の体内に戻ることで移動時間を短縮し、すぐさま彼の前方に顕現すると流星を抱き止めた。

 誰といわずとも分かるだろう。弓弦を吹き飛ばした彼女自身である。


「ユール、ごめんなの…。つい…はしゃぎ過ぎちゃったの……」


 たわわな果実に顔が埋まっている弓弦から返事は無い。

 いや、出来ないというのが正しいか。謝罪の気持ちを伝えているらしいシテロは、彼を強く抱きしめてしまっているので弓弦は現在窒息状態だ。

 質量の暴力を喜ぶ世の男達は数多く居るが、呼吸が出来ない程に果実を頬張り過ぎてしまった場合にはどうするのだろうか。

 答えは、こうだ。


「……ガク」


 気絶という天国への旅立ちである。

 果実に挟まれて気絶するのはある意味幸せだといえなくもないが、一つ分かるのは一連の流れが弓弦にとって災難だったということだ。

 シテロが再び龍に変身し、彼を背に乗せて飛ぶ。

 弓弦が気絶していることを踏まえてか、鋭角気味の低速飛行を行っているがしかし、何の意味も無い。

 強風に当てられれば弓弦の身体は再度落下してしまうし、何より危険だ。


『…今少し尻尾側に動いたのにゃ』


『いかんな』


『然龍は気付いていないようだ』


 弓弦が再び落下しそうになる。

 どうしようもない悪魔達の宿主を、魔力マナを殆ど使わずして助け出すには、一つしか方法が無い。

 視線を受け、仕方が無いので手を打つことに。


「……」


 弓弦が身体を起こしてシテロの身体に掴まった。

 身体から発せられる雰囲気が怒りを感じさせ、その面持ちは不本意そうだ。


「然龍、早急に此の絶壁の上へと向かえ」


 本来オッドアイのはずの瞳がどちらも紫に変わっているので、現在バアゼルが弓弦の身体を動かしている。

 ただでさえシテロを本来の姿で顕現させるために使われているのだ。現在彼の魔力マナは恐るべき速度で消耗されているのは想像に難くないため、彼女には早く目的地に到着してほしかった。


「…む〜、分かったの」


 大きく羽ばたき速度を上げ、一気に天空へ。

 そしてようやく崖の上が見えたところで降下。砂煙を少しだけ巻き上げて着陸した。


「着いたの。…ふぁ」


 崖の上にあったもの。

 それは地上の例に漏れず緑溢れる景色だった。

 バアゼルが精神空間に戻って行ってしまったのだろう。自身の背中から草の上に落下した弓弦の隣に腰を下ろし、シテロは緑を確かめる。

 土魔力(マナ)が清らかで豊富なためだろうか。久しく見ていないような植物が散見された。


「凄い。凄い緑があるの」


 近くにある草を一つだけ摘んで手に取る。

 確かこの草は、あることに利用出来る面白い性質を持っている草なのだ。


「ここをこうして…ふぅっ」


 形を整え、口元に押し当ててから息を吹き付けると。


ーーー〜♪


 音が辺りに響く。

 柔らかく、それでいて優しく耳朶を打ち、静かに空気に溶けていくような澄んだ音。

 自然に吐息を吹き掛けて、音を響かせる。彼女が吹いた草笛による音色だ。


ーーー〜♪ 〜♪ 〜〜♪


 記憶を辿るようにして音を思い出し、音色として奏でる。

 奏でられた音色はそうして、風に運ばれていく。地上に流れ落ちていく水の流れと邪魔することのない草の音には、聴く者の心を癒すような彼女の慈愛が宿る。

 澄み渡る魔力マナで草木に癒しを与える。魔力マナでなくとも、水や栄養を与え、草木を育て愛でていくーーーヒトなら年端もいかない幼子ですら出来るようなことが、かつてのシテロは出来なかった。


ーーー〜♪


 最も膨大な土の魔力マナを有していたというのに。いや、有していたからこそ害悪となってしまったが。それでも、誰よりも緑が好きだった。


「(ふんふふ〜ん、なの♪)」


 こうしてまた草笛が吹けるなんて。いつか奏でたメロディーを今日、こうして。

 もしあのまま暗闇の中で眠っていたら、今もきっと、眠り続けていた。

 草木が、緑が陽溜まり無くして育つことが出来ないように、もし自分にもあの時陽溜まりがーーー暗闇の中差し込む木漏れ日のように優しい光が差し込んでこなかったら。そんな暗い予想と裏腹に、今ある現実の何と温かいことかーーーそう考えるとどうしようもなく心が躍り、彼女の手が陽溜まりを求めた。

 心が躍ると、草笛の音色も躍る。彼女の心を反映したかのように音色が躍り始めた。リズムが変わったので自然と演奏するのは別の曲に。


「(この曲上手に吹けたら、きっとユールが喜んでくれる。練習大事なの♪)」


 彼の中で良く聞いていたメロディーを思い出しながら、吹いていく。

 跳ねるように奏でられていく音色を吹き終える頃には、演奏を始めてから一時間程が経過しようとしていた。


「(ふぁ…眠たくなってきたの)」


 集中力も切れてきたし、欠伸もしてしまった。

 意識すると瞼も重くなってきた。

 クラリクラリと頭が船を漕ぎ始め、やがて隣で眠る弓弦の方へと倒れこんだ。


「すぴー…すぴー…」


 弓弦の胸を枕にして頭を乗せた彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 そしてそのまま、魔力マナになって彼の中に帰らず熟睡してしまった。


「……」


 すると、それまで寝ていたはずの弓弦の瞼が上がる。

 彼は自身の胸で眠るシテロと、彼女によって握られている左手を見てから空いた手で彼女の髪を撫でた。


「上手じゃないか」


 草笛を拭こうとしたことは記憶にある。

 いつのことだったか。口笛指笛に続いて出来るようになろうとしたのが草笛で、練習の末ある程度吹けるようにはなった。

 だがそれは、人並みというだけで達人ではない。シテロが吹いてみせたレベルからは程遠く、精々子どもの真似事レベルか。

 シテロの意外な特技を発見した弓弦は、眠っている彼女を自分の中へと帰らせると立ち上がる。


「んん…っと。いつの間にか崖の上に着いたみたいだが…俺が気絶している間に何かあったのか?」


 別に何かが起こっていたという訳ではないのだが、ある意味時間に追われている彼を急がせるつもりで、『取り敢えず歩くのにゃ』とクロは言うのであった。

「…僕は何者認定されてるんだろう」


「知らないな。だがそうだな、日頃からクルクル回っているからじゃあないのか?」


「ちょっっと待ってねトウガ。どうして構えているんだ」


「論より証拠を提示しようかと思ってな」


「理不尽だ」


「次回、回れディオルセフ! 論より証拠を!!」


「…嘘の予告は駄目だよ」


「ほぅ? なら正しい予告とは何だろうな」


「…そうやって僕に予告役を押し付けるのかい?」


「論より証拠を、だ。お前が証拠を提示しなければ、俺の予告が正しいことになるな」


「 …『にゃはは! さぁさ、この(にゃ)がそうにゃ洞窟! これはきっと、チャンスにゃのにゃ! さぁ弓弦…覚悟を決めとくのにゃーーー次回、企むクロ! 生乾きの炬燵布団!!』…これは大事な作戦にゃのにゃ。…これが本当の次回予告だよ!」


「…お疲れ様だな。さて」


「く…乗せられた……ってどうして僕の身体は持ち上げれて「ディオ・フィナーレ!!」ぇぇぇェェーーーーーッ!?!?!?」






「さてと、良い酒用意して待ってるぜ」

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