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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
04771を求めて…編
240/411

急げ弓弦! 剣聖の乙女が待つ甲板へ!!

 弓弦は重い足取りで隊長室から『アークドラグノフ』の廊下を歩いていた。

 トボトボと、重い足取りで彼が向かうのは艦の後方。階段を昇った先で扉を開く。


「……」


 涼しい風が彼の黒髪を撫でる。

 眼を細めてそれを感じてから歩みを進める。

 甲板は静かだ。

 夜の静寂に包まれ、降り注ぐ月光に彩られた視界では、一人の女性が立っていた。


「…遅い」


 鋭い眼光と、鋭い声。

 言葉に詰まる弓弦の言葉を待たず、アンナは先を続けた。


「まさか帰って早々に女を連れ回して旅行か。大層な身分だな」


「…約束してたからな。まさか面倒事に巻き込まれるとは思っていなかったが」


「フン…だからと言って、向こうで長々と過ごしていたことの言い訳にはならん。言い訳を言うとは恥を知れ、斬り殺すぞ」


 笑って流すが、アンナは今にも剣を抜き放ちそうな勢いであり、油断は出来ない。どうでも良いようなことで殺されるのは堪ったものじゃないからだ。


「…待たせたことは謝る。だが、何の目的でここまで来たんだ? 用が無くて来るようなお前じゃないからな」


「…っ、貴様。私を馬鹿にしているのか」


 どこをどう受け取ったら馬鹿にすることになるのか。訳が分からない。

 刺激するのは避けたい。刺激したくはない。刺激するなんてとんでもない。


「…斬り殺す」


「は?」


 話が飛んだ。

 スラリと抜かれた剣の切先は、弓弦の喉に向けられる。

 ヴェアル風に言うならば、「冗談ではない」だ。

 逃げるか、立ち向かうか。戦いたくはないが、挑まれた戦いを断る理由がない。


『…ここはオルレアとして会うべきじゃにゃかったのにゃ?』


 そうかもしれない、と今更後悔する。

 『オルレア』をやたら気に入っているらしい彼女なので、クロの言う通りにしていれば話も進み易くなっただろう。


「…斬り殺されるぐらいなら帰るぞ」


 しかし話が進む進まないに拘わらず、取り敢えず落ち着かせてほしい。

 知影辺りが首を長くして待っているだろうし、レイアに任せた作物の様子も気になる。


「…帰りたければ帰るが良い」


「なら何のために呼んだんだっ」


「一応の報告だ! 貴様の協力のお蔭でレオン・ハーウェルに掛けられた容疑を晴らせたからな!!」


 そのことだったかと肩を落とす。

 最初からそう言ってほしかった。長い長い遠回りをした気分である。


「ピースハートやリーシュワも手を貸してくれてな。どうにか晴らすことが出来た」


「じゃあ、真犯人は誰なんだ?」


 サウザーを始めとした『革新派』の誰かであることは間違い無い。

 もし相対することがあれば仕返しの一つでもしてやりたい。

 そう考えて訊いたのだが、


「…カザイだ」


 驚きの人物の名が返ってきた。

 潜入任務(ミッション)時に敵対したが、悪い男ではない。寧ろ、二人で任務ミッションに行った際には助けられ、誰かを貶めるような人物には見えなかったのだが。


「カザイが……」


「あの男、『シリューエージュ城』で会って以来行方が知れなくてな。『組織』が総力を上げて捜索しているが…未だに見付からない。…橘 弓弦、一つ訊かせろ。お前は知っているか? あの男の居場所を」


 カザイの居場所。カザイが居るであろう場所。

 報告の目的もあったのだろう。だが恐らく本命は、こっちの方だ。

 心配しているというよりも、ただ探している様子の彼女は弓弦の瞳を覗き込んでくる。


「…そうか」


 鳶色の瞳が心の内を見透かそうと細められるが、視線はやがて逸らされた。


「あの男のことだ、お前が知らない以上、暫く尻尾を出すつもりはないようだな」


 そう言うと、アンナは弓弦に背を向けて、離れて行く。

 その足が向けられているのは、甲板に停まっている小型飛空挺『ピュセル』だ。


「橘 弓弦」


 名を呼ばれる。だが、頭を振ると同時に「何でもない」と言われ、それ以降の言葉は無かった。

 どうして名前を呼ばれたのかは分からないが、彼女はそのまま『ピュセル』に乗って他の世界に行ってしまうのだった。


「『随分一方的にゃのにゃ』…っと」


 それを見送った弓弦の脳裏に軽い声音が響き、クロが顕現する。


「にゃ…ぁ。夜風が気持ち良いのにゃ。…で、どう思ったのかにゃ?」


「…まぁ、アレだ。元帥同士だし、それだけ気になっているってことだろう。心配とは違うみたいだが」


「にゃは。そうかそうか、にゃ」


 レオンを無罪にするために、カザイに疑惑を掛けた。

 例えどんなに証拠が揃っていても、真犯人として確定的でも一度本人の話を訊かなければ何ともいえない状況だ。

 アンナはカザイの真意を知りたい。だから、本人を探している。

 そんなこと、わざわざ意見を訊くまでもなく分かるはずだ。ましてやクロは悪魔で、ハッキリいってしまえばその程度の思考が回らないはずがない。


「…何のために出て来たんだ?」


 訊いてから思った。これは完全なる愚問だ。


「夜風に吹かれたいのにゃ。涼しい風は好きだからにゃぁ」


 当然分かり切った答えが返ってくる。

 意味の無い質問に意味の無い質問で返し、ただ時間が流れる。

 そんな時間もまた、心地良く感じる。

 クロが居るので一人切りではないが、時にこうして何者にも邪魔されず風に当たるのも良いものだ。


「…当分ゆっくり…は出来そうにないな」


 ポツリと呟いた言葉にクロが笑う。

 まさか帰って来て早々にこんなことになるとは。

 これも一つの運命か。いや、ほんの少し後回しにしていたことを最優先にしなければならなくなっただけなのかもしれない。


「にゃはは。人気者は忙しいのにゃ」


「ありがたいのかありがた迷惑なのか。まったく面倒な話だ」


「にゃはっ♪ 猫の手貸してやるから頑張るのにゃ」


 これは助かる話だ。もっとも何が何でも手伝わせるつもりではあったのだが。


「猫の手だけじゃない。蟷螂かまきりも、蝙蝠こうもりも、龍も、狼の力もちゃんと借りるつもりだからな」


「皆連れて行くのかにゃ? 今回の旅行じゃにゃいけど、誰かしら残しておいても良いと思うのにゃ。それともレイアでも連れて行くのかにゃ?」


 悪魔五体も連れて行くとは中々に物々しい雰囲気になる。流石にそこまで有事に備えるような状態にはしなくても良いはずだ。

 それに誰かしら女性陣を連れて行くのなら、悪魔全員を連れて行くのは更に意味が無くなる。弓弦自身の消耗も増えるので、尚更無意味だ。

 悪魔には及ばないものの、弓弦の周りに居る女性陣は全員実力者揃いだ。基本的に誰か一人は付いてくるはずなので、悪魔も最低一体は残すべきなのだがーーー


「あぁ、それは…ん?」


 艦の中から大きな魔力マナが一つ、外に出た。

 やがて魔力マナが甲板に向かって近付くにつれて、小さな小龍の姿が視界に入った。


「ユーーールーーーっ!!!!」


 小龍はすぐに女性の姿に変身し、弓弦の下に落下して来た。

 わざわざ高い所で変身しなくても良いものを。楽しそうな淡い緑髪の女性は彼に受け止められた。


「ナイスキャッチなの~♪」


「危ないだろう…シテロ」


「ユールなら受け止めてくれるって信じてたの。緑の世話を私に押し付けたユールなら」


「ぅ」


 毒をにこやかに吐いてくる彼女だが、悪気は無いはずだ。おそらく多少拗ねているのだろう。


「今日からはまたちゃんと私とお世話してほしいの。…お留守番はちょっと寂しかったの」


「あぁ。当分お留守番はさせないつもりだから安心してくれ」


「きゃっほ~♪ 一緒なの♪」


 抱き着かれると分かる、二つの果実の柔らかさ。

 意識してはいけないとは無理な話で。背中に手を回して抱き着かれようがものなら、壊滅的な破壊力を誇っている。


* * *


「博士。後これだけで博士の分の書類はおしまいですわよ」


「……」


 壊滅的といえば。『アークドラグノフ』にはもう一人、胸部が壊滅的な女性が居る。


「…博士? どうかされまして?」


「いや……」


 あぁ、壊滅的だ。

 このフラットさは実に、壊滅的である。

 例えるならそう、無風な水面。その静かさたるや、男の髪が女の髪と同じ金色に変化してしまう程には静かであった。


「…博士?」


 その胸部、実に平坦だ。

 胸元の虚しさは、凄惨である。

 あぁ、どうして平坦なのか。身体の線は、前へ後ろへ後ろへの曲線が美しいのだが、その線は、直線、後ろだ。

 いや、直線は見事なのかもしれない。そう、直線としては見事だがーーー曲線としては見るも無残である。

 ここまで平坦なのは稀有なのかもしれない。そう、一つの天性のものなのかもしれない。


「…どこを見ているのでして?」


 もう一つ彼女には天性の才能がある。


「ふごっ」


 人の身体に曲線を描かせる才能も、天性のものなのかもしれないーーー


* * *


「……」


「…ユール? 顔が少し赤いの」


 この胸は、実に豊かだ。

 低反発の圧力に弓弦でさえ、思わず赤面してしまう破壊力を有していた。


「あぁ、眠たいんだ。少し大掃除をして来てな」


 弓弦は眼を細める。

 イヅナを残して『妖精の村ブリューテ』に向かい『クンティオ図書館』の清掃を行ったのだが流れた二百年の時は思いの外長かったようで。換気に塵取りに床磨き、机磨き等々ーーーそれは“クイック”を使って、クロを駆り出しての本当の意味での大掃除だった。


「…あれは猫使いが荒かったのにゃ」


「はは、そうだな。だがお蔭で何とか終わったんだから許してくれ。お疲れ様」


「…私もお掃除手伝いたかったの」


「じゃあ今度手伝ってくれ…と言うか、離れてくれないか?」


 このままではどうにかならないとは思うのだが、どうにかなってしまいそうだ。

 不承不承らしいシテロの頭を軽く撫でると、彼女の機嫌は上向きになる。しかしクロが「チョロいのにゃ」とボソリと呟くと、途端に下向きに。

 余計なことを言うんじゃない。折角機嫌を戻してくれたのにまた悪くしてどうするのか。


「む~。私、チョロくなんかないの。…ひゃっ、あ、頭が…ぁ」


 何となく、頭を回させてみる。

 かつてド天然な腐女子お嬢様にやっていたのと同じように、額に指を当ててぐるりぐるり。


「ぁ…ひゃ…ぅ、ぁ…眠くなってきた…の……」


「(…意外に効果があるのか)」


 頭部にはリラックス効果を促すツボが多くあるそうだ。だから丁度良い刺激を受けて眠気を感じさせるというのは有り得そうな話だ。しかし、回すだけでは頭のツボを刺激することなど出来ていないだろう。そのはずなのに、どうして眠たくなるのか。


「…ぁ眠くなるの…眠くなってきた…ぅ眠くなる…から止め…ぁ、ぁぁ眠くなるの…ぉ」


 艶っぽい声と共に眠たいのか蕩けていく顔。

 端から見れば全くもって謎過ぎる光景なのだが、弓弦は楽しんでおり、シテロは眠気と死闘を演じている。


「止め…ぅ眠くなる…いや…ぁ眠くなるの…ぅぅぁぁ…ぅ…ぁ、ぁ~……」


 そしてシテロ、とうとう撃沈。

 弓弦に身体を預けた彼女は、魔力マナの光に戻って弓弦の中に入っていった。


「…アシュテロ…どうして眠たくにゃったのかにゃ?」


 どうしてなのかは分からないが、どうやら眠たくなることは明らかなようだ。

 この発見を以降活かしていこうと思案していると、心地良い風に紛れて魔力マナが体内に入って来る。


『キシャ!』


 留守番中だったアデウスだ。

 シテロのように待ち焦がれてやって来たーーーというよりは、どうやら伝言を預かっているようだ。


キシャシャキ(知 影 が)シャシャシャキシャ(探 し て い る)()ーーー』


 訳すと、「知影が探しているが、会いに行った方が良いんじゃないか」だ。

 こちらに戻って来てからすぐに甲板に向かってしまったので、そういえばまだ自室に戻っていなかった。


「そろそろ戻らないといけないか。クロは暫く風に当たっとくか?」


「もう十分だから付いて行くのにゃ」


 戻ったらまずは知影との約束を果たさないといけない。

 キスは確か十回か。

 これより回数が多くなるのは避けたいので妥協したのだが、十回もキスしなければならないのかと思うと、少々憂鬱となってくる。


「はぁ…。よし、帰るか」


 溜息と共に弓弦は艦の中に戻って行った。










 部屋への道すがら。

 静かな商業区を歩いていた弓弦は、ベンチで腰掛けてながら船を漕いでいるユリを見付けた。


「……zz」


 どうしてこんな所で寝ているのか。いやそれよりも、こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまう。

 一応周囲に知っている人物が居ないかを確認してから、彼女の身体をゆっくりと抱え上げる。


「よっと……」「…ぅぅ…ん……」


 小さく呻き声を上げられたのでドキリとしたが、起きる気配は見受けられない。

 そのまま小走りに彼女の部屋に向かい、入口の扉に立つ。


「…ぁ」


 旅行前にカードキーが入ったケースを隊員服のポケットにしまい自室に置いてきたため、鍵が無い。

 鍵が無ければ扉を魔法で通り抜けるという方法もあるのだが、変に魔法を使うのも妙に気が引けた。


「…失礼」


 仕方が無いのでユリの隊員服を弄りカードキーを探す。


『…どこに気が引けて、どこに仕方が無いと見切りを付けるだけの結論を適用させるのか、分からんな…』


 マスターキーがあれば一々こんなことをしなくとも良いのだが。

 ヴェアルの呆れ声が脳内に響いたが、無理に言葉を返す必要性も感じなかったので取り敢えず無視をしておいた。


「あった」


 カードキーを通してから中に入る。そして、ある程度小綺麗な部屋の隅に畳まれた布団を広げ、そこにユリを寝かした。


「…よし、行くか」


 眼を覚まされたら面倒なので、すぐに部屋から退散した。

 寝ている彼女の口から寝言らしき言葉が聞こえるが、大して意味はなさそうなので、聞かなかったことに。

 誰かの名前を呼んでいる様子ではあるが、あまりに音が小さいもので犬耳でも聞き取れなかったので、弓弦は自室に向かった。

 しかし、どうしてあんな所で寝ていたのだろうか。翌日時間があれば訊いてみるのも悪くないのだが、実際問題として話せる時間があるのだろうか。

 ーーーあるにはあるだろう。真っ先にユリの下に向かうとすれば、話を訊くことも出来るが、いってしまえばそこまで気になるようなものではないので、答えは時の流れに任せるとしよう。

 鍵が閉まるのを確認してから、弓弦は再び自室への通路を歩くのだった。

「新章、開始だ~!!」


「いやぁめでたいねレオン! 乾杯!」


「お~、乾杯!」


「業務の進捗はどうだい?」


「完敗だ~! あまりに多いからな~、押し潰されてるし、弓弦に手伝ってもらわないとな~!」


「…きっと無理だろうね。弓弦君のことだからきっと予定が入ってるよ、もう」


「い~や、俺はアイツを信じてるぞ~!」


「…賭けるかい?」


「賭けるな!」


「じゃあ僕が勝ったら、僕の分の業務もお願いするよ」


「お~お~。なら俺が勝ったら、お前さんに一週間の業務全部押し付けてやるからな~?」


「…フッ、勝つのは僕だろうから後悔してもおそいからね」


「言ってろ~! …んく、んく、んく…プハ~っ!!」


「じゃあそう言うことで。予約だね。『…元気に予約をしろ?  …。帰った俺を待っていたのは塩らしい知影だった! 何だ? アイツ何を考えているのかレオンじゃないが、さっぱり分からん!! …不気味だから姉さんの所に逃げるしかないな! ーーー次回、逃げろ弓弦! 静けさの後は大嵐!!』 …動きは風の如く、加速する! …だってさ。お楽しみに」

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