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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
237/411

支配されたキオク

「…読書の邪魔した挙句に、何が『約束は破っても良い』よ。馬鹿じゃない? もうっ」


 そう言って本を机に置くと、本から埃が舞い上がる。


「けほっ…ぅぅ、少し本の管理が雑過ぎるんじゃないかしら。お父様もお母様も。…レティナの図書館の方が遥かに一冊一冊の手入れが行き届いているわ…何故か」


 ケルヴィンと別れた後、フィリアーナは自宅の自室へと戻っていた。

 机にベッドに本棚にーーー年頃の少女の部屋としては大人しめの彼女の部屋だが、一つだけ特別なものがある。


「…そう言えば朝から窓開けてなかったわね。そろそろ開けようかしら」


 それは、窓だ。

 住居の二階部分にある彼女の部屋の窓を開くと、そこから村を、森をある程度一望出来る。

 心地の良い森の風が部屋に入ってきた。ひんやりとしているのは、昨日雨が降ったためか。


「たまには森の外にも出てみたいわ…。あの山とか…登ってみたいわ」


 窓から顔を出して、少し北東の方角に眼を凝らすと、大きな山が見える。

 これが中々神秘的に見える山で、緋黄ひおう落葉らくようの季節になると、山全体が鮮やかな紅葉の色に染まるのだ。

 フィリアーナはそんな外の世界に憧れを抱いていた。

 生まれついての魔力マナが他のハイエルフよりも弱く、また本人が「最も高貴なハイエルフ」の一族ーーー俗に、王族と呼ばれる一族の一人娘なため、彼女は森の外への外出に供を付けなければならなかった。

 当然だ。森を一歩出れば外は魔物の住処。身を守る術を持ち合わせていない彼女では、格好の魔物の餌食となる。

 それが分かっているからこそ彼女は森の外へ出ない。それを分かっているとしても、一人で外に出てみたかった。

 そのために彼女が日々行うのは、魔法の勉強だった。

 魔力マナはハイエルフの肉体の成長に伴い高まっていく。だから今は魔物と戦う術を持ち合わせていなくとも、いずれは持ち合わせることが出来るかもしれない。そんな淡い希望の下、今は魔物と戦う術の知識を蓄えているという訳だ。

 知識を蓄えるのは主に書物から。多くの知識を得ることが出来るという反面、実行出来ず、実際に見ることが出来ない。

 文章を読むにあたってありがちなのは「飽きる」ということなのだが、今のところ彼女が文章を読むのに飽きた試しはない。

 しかし、身体は疲れる。同一姿勢を取り続けていたことによって身体は固まってしまうのだ。

 そんな時に決まって伸びをしたり、身体を動かしたりするのだが、どうせならと彼女はその時の窓からの景色を見ることにしていた。

 気分の転換を助長するという効果もある。だがそれとは関係無しに、何となく外の景色を見たいと、いわば衝動的な欲求に近いのだろうか。

 「見たい」と思った時には、窓を開けていた。

 だから窓を開けて外を覗いていたのだが、遠くに何かを見たような気がして彼女は眼を凝らす。


「…何かしら」


 魔力マナは少なくとも、五感は人並みーーーハイエルフ並みには、ある。

 人間とは比較にならない視力の良さを持つ彼女の視界に、沢山の動くものが映った。


「…人間? あっ!?」


 映ったものを認識した瞬間、彼女は全身に脱力感を覚えた。


「ぅっ…ぅぅ」


 耐え切れずに窓から転落してしまった。

 走る激痛。

 地面が柔らかかったのと、ハイエルフ故に身体が衝撃に強いことが幸いした。

 意識が飛ぶということはなかったものの、身体に力が入らない。

 息苦しい。それに、何だこの寒気は。

 答えは唐突に現れる。

 大勢の足音が聞こえた。

 狂った声だーーーいや、酔ったような声か。

 兎も角それが幼いフィリアーナの心を強く、悪い意味で揺さ振った。


「っ…ひっ…っく…ひっく……」


 しゃくり上げてしまう。

 何かが、沢山の何かが消えていく。

 温かみを持った何か、知っている何か、失ってはいけない沢山の何かが薄れ、消える。

 いつしか森が炎に包まれていた。

 緑に溢れた景色は、赤に染まっている。

 怖い赤だ。同じ赤でも、先程見ていた美しい赤とは全く違う。だから見たくなくて眼を閉じた。

 何かが聞こえる。

 大きな声ーーーだが、聞きたくない。声がどんなに大きくとも、絶対に聞きたくない。

 足音が近付いて来る。

 怖い。来ないで。お願いだから。

 身体が震える。自分の意思では動かせないぐらいに重かった身体が、自然と。


「ぅぅ…ぅ……?」


 ーーー温かいものが包み込んできた。


「…お父様…?」


 優しく、力強そうな腕に抱かれた彼女はその人物を指す言葉を言う。

 温かいものが離れると、今度は別の温かいものが。


「…お母様…?」


 自分と同じ金糸のような髪から香る柔らかな香りーーー間違い無い。

 二人共口々に何かを言っていた。それが、どのような言葉かは良く聞こえなかったので分からないが、安心させるような言葉だとフィリアーナは思った。

 良かった。来てくれた。

 ちょっと遅い。何してたの?

 言いたかった言葉の代わりに出るのは、嗚咽のような、言葉にならない言葉。言葉というより、単なる声に近いものだった。

 温もりが離れる。

 今度は誰だろう? また繰り返して温もりが包み込んでくれるのだろうか、と怖いのを紛らわすように、無理矢理早くなる鼓動を別のものに置き換える。

 大切な、大切な、私の家族。大切な私の家族。

 次は? 次はどんな温もりが怖さを癒してくれるの?

 触覚以外の五感を閉ざすように、ただ温もりだけを求めていた彼女は、次の温もりを待った。

 待った。

 待った。

 待った。

 ーーーきた。


「…♪」


 どちらだろうか。

 今度はちゃんと顔も確認しようと瞼を上げた。


「ぁ」


 飛び込んできた温もりの正体は、赤。


「ぁぁ」


 飛び込んできた景色では、父と母だったモノガニンゲンニカラダヲエグラレテイタ。


「ぁぁぁ」


 ニンゲンガ、コチラニケンヲムケタソコカラ、


「ぁぁぁぁぁぁぁァァァァアアーーーーッ!!!!」


 ソコカラハ、ヨクオボエテイナイーーー


* * *


 崩れ落ち掛けたフィリアーナを背負い、スートルファは図書館に戻った。

 その様子を見て最初は驚いたガノンフ達だったが、すぐにその理由に至り、話を切り出した。


「…北の国の人間じゃ」


 話を訊いていく内に渋面を作っていったデイルはそこで、ようやく重い口を開く。


「北大陸の人間の都が一つ、『ベルクノース』…。村を襲いゼルエス、セシリア等を殺めた者は、北国の出で立ちをしておった」


 確信していた。

 何故ならデイルは強襲者共と一戦交えていたからだ。


「村長、何故そのことを今まで隠していたの。あの二人を…私達ハイエルフの未来を閉ざそうとした犯人の正体を…!!」


「そうです。隠す理由は無かったはずです。どうして!」


 そう、確かに交えていたはずだった。だが何故か、確信が持てなかった。


「記憶が朧気でな…。確信したのは森の囁きを聞いたつい先程じゃ」


 ようやくデイルが口を開いたーーー否、開けたのは、ようやく森が口を開いてくれたからだ。


「森が? 他には何か言っていなかったのか?」


「うむ…それなんだが…の」


 もう一つ、森は重要なことを伝えてくれた。

 一つのことに関しては確信出来たデイルだが、もう一つのことに関しては、これっぽっちも確信したくなかった。

 知りたくなかった。知らずに済めば、どんなに幸せなことだっただろうか。だがどのような事実であろうと、知ってしまった以上伝えるのは村長のーーー村を治める者の役割だった。


「皆、心して訊け」


 事実が、話される。


「人間が…いや、その背後で全てを操る存在が殺めようとしたのは、ハイエルフだけではない」


 聞くや否や、三人は図書館を飛び出して行った。


「長老様も…じゃ!」









 「在った」はずの景色は、変わっていた。

 いつの間にか、それとも一同が気付こうとしなかっただけなのか。それは分からないが、その変化は正に凄まじいまでのものであった。

 緑が茂っていた枝は、茶色に。

 痩せ細った全体像からは、以前の力強さは一切感じられない。

 ガノンフ、スートルファ、レティナ、フィリアーナの視線が集う先にあるモノの跡。

 ハイエルフの始祖が宿るという偉大な長老の樹は、枯れていた。


「そん…な……」


 物言わぬ大木に触れた少女は打ち拉がれる。

 「気絶」している間の記憶は無いが、それ以前記憶はあるフィリアーナ。彼女は当然燃える森の光景を眼にしている。

 やったのは人間。

 人間が、全てを壊して去って行ったという事実が、彼女の中に復讐心を生じさせる。


「待てい、まだ長老様は死んでおらんと言うのに、皆が感傷に浸ることこそ罰当たりじゃ」


 デイルが追い付いた。

 もし長老の樹が未だ生きているのならば確かに、死んだと決め付けるのは失礼だ。

 しかし、生命力に溢れていた樹が枯れ果てている事実は、どう考えても死んでしまったと思えるものだ。

 長老の樹と崇められているとはいえ、植物に分類されるのが眼前の存在。

 植物にとって枯れるとは、死を意味している事象だ。


「眠られるそうじゃ。…真に、御力を使われるその時までに」


 三人が顔を上げた。

 フィリアーナを助け、死者を還らせたために大きく力を消耗したとするのならば、眠りに就いたとしても分からなくはない。

 生きているという事実。それはハイエルフ達にとって、僥倖そのものだ。

 王族であるフィリアーナ、そして長老の樹が生きているのならば、ハイエルフは滅亡の定めから逃れることが出来る。

 細かいことを考えるのは後にして、彼等はただそのことを喜んだ。


「…だとしても、許さないわよ」


 怒りに震える少女一人を除いて。


「「「姫様っ!?」」」


「…北の国、だったわよね? お父様、お母様…皆の仇を取る気があるのだったら、付いて来て」


 静止の声のみで彼女は止まらない。

 場を後にしようと既に身体を宙に浮かしたフィリアーナは、空を蹴った。


「スートルファ、“ベントゥスアニマ”!! 追い掛けるわよ!!」


「っ、無理です! 今の私はもう、“クイック”すら満足に使えませんっ!!」


 フィリアーナは、既に手を伸ばして届く高さに居ない。

 何か魔法で拘束するべきか。しかし今の彼女の動きを止めるだけの余力が無い。

 後一発でも魔法を使ってしまえば、即に『魔力マナ加耗症』になってしまうような限界状況に、一同は置かれていた。

 止められる術が無い以上、少女を見送るしか出来ない。


「大丈夫じゃ」


 魔力マナの残量に気を配りながら陸路で行くしかないのか。

 だとしたら、森を出て、『ジャノス橋梁』を渡り北大陸の雪原を超えるという陸路を選択するしかない。

 魔物との戦闘も予想される中どうすれば良いのかと途方に暮れたくなったが、頭上からの鈍い音に全員が空を見上げた。

 何かが落ちて来る。


「…いった…ぁっ…」


 呻きながら頭を抱えたフィリアーナだ。

 眼尻に涙が溜まっているところを見るに、相当な激痛だったのだろう。それらしく飛翔しようとしたのに、何とも無様な様子だ。


「こんなこともあろうかと、結界を張っておった。御転婆は困りますぞ、姫様や」


「…ぅぅ。行かせてよ…ぉ」


 恨みがましく睨んでくる少女は、ガックシと項垂れる。

 ズキズキと痛む頭は、暫く上がりそうにない。


「…回復魔法掛けた方が良い?」


「…。良い薬になるんじゃないか? 多くの魔法が使えるようになって、姫様は多分粋がっているからな」


「あぁ、言えてます。これ見よがしに使い難い魔法の行使なんて、そうとしか思えませんし。…放…そっとしておいて良いのではないかと」


 回復魔法を掛けた結果、結界を破られては大変である。

 また頭を痛めているだけで回復魔法を使うのもどこかおかしなもので。

 哀れなものだが少女フィリアーナには、ちょっとしたお仕置きが必要であった。


「…皆訊け。此度の事態…咎は人間のみに非ず」


 もっともその前に、デイルは自身の知識と記憶の中から一つ、重大なことを一同に伝えなければならなかった。


「この老いぼれの知識が確かならば。姫様が記憶を隠すことを強要されていたことも、人間の凶行も、納得がいくかもしれん」


 古い記憶、古い記録に一つ、全ての現象に辻褄を合わせることの出来る答え。

 人の、事象の、理の内側に存在するもの全てを操るとされる存在の名。

 その名を訊いた一同は、一瞬して疑問符を浮かべた。


「…『支配の王者』…? 一体どんな存在でしょう…?」


「『黙示録』と言う名の本に全て書いてあるはずじゃ。確か以前クンティオ家の図書館で見掛けた記憶があるが、はてさて、どこにあったのやら。…故に、それを探せ。きっとどこかにあるはずじゃからそれを探し、我等が討たねばならん敵を調べよ」


 どこにしまったのか、それはデイルの記憶から失せてしまっている。あるにはあるはずだが、何分古い記憶のため現在どうなっているのか定かではない。

 あるのかどうか。それすらも実際のところ怪しい。しかし、存在を知るだけでは太刀打ち出来ない。

 まともに戦うためには情報が少ない。少な過ぎるからこそ、情報を集めなければならなかった。


「…敵を調べなければ、そのままですと勝てるものも勝てなくなる。…了解です」


「名前からすると個体名と言うよりは、二つ名だな。…面白そうだ」


 人間への仇討ちではなく、別の存在への仇討ち。

 デイルの言葉のニュアンス、『黙示録』という書物の名から、別の存在の異質性を察したガノンフとスートルファが図書館へと急ぐ。

 人間相手ならば躊躇われる仇討ちも、異質な存在相手ならば躊躇いを無くすことが出来る。

 仲間を殺され怒りを覚えたのは、フィリアーナだけではないのだ。

 デイルでさえ、憤懣遣る方無い心持ちを覚えている。誰もが、心の奥底に静かに炎を燃やしていた。


「…あったかしら、そんな本」


 そのことを、フィリアーナには伝えなければならない。

 レティナが首を傾げながら二人の後を追ってから、デイルは少しの間の沈黙を破った。


「姫様や」


 フィリアーナには、ちょっとしたお仕置きが必要だ。そしてお仕置きを担当するのは、この老人の役目。決して『闇堕ち』の際に言われた「つまらない説教」という言葉を引き摺っているのではないが、デイルは兎に角彼女に言ってやりたいことが多くあった。


「少しばかりこの老いぼれの忠言に耳を傾けて下さいますかな」


 哀れフィリアーナ。

 レティナに付いて行こうとしたが留められ、「え、嘘…っ」と冗談ではないと言わんばかりに瞠目した彼女の前に、鬼が腰を下ろした。


「良いですかな? ハイエルフたる者、常に生きとし生けるものに慈愛の心を持って接する必要がある。無論獰猛な魔物等の例外はあるが、基本としての立ち位置は変わらぬ。魔物を討つのは他の生命の安寧のため。また本来の生態系を逸脱し、他の生態系を破壊をするしかなくなった哀れな存在に、死と言う救済をもたらすのも我等の役割でしてな。哀れとしても、救済を死によってもたらすと言うのは酷であり、やはり無慈悲な行為と考える輩も居りますが、『道』を外れた存在は、魔物と呼ばれる存在は、凶暴ではなく大人しく無害な例外も居るが、それ等を除いて滅さなければ魂が天に還ることは決してないのじゃ。だからこそ、我々は正しく生命が天に還られるようにせねばならないのじゃーーー」


* * *


 ーーー暫くして。

 『クンティオ図書館』の地下から一階部分に戻って来た三人は、参ったように椅子に腰を下ろしていた。

 見付からない。「ま行」の本棚全てを一応見ては来たのだが、『黙示録』という名の本はどこにも無かった。


「レティナっ、本当に本がどこにあるのか分からないんですか? このままですととんでもない時間に繋がりますが…!」


「…え、えーと…お、おほほのほ」


「笑っていないで探してくれ…っ?!」


 一体どこにあるのか『黙示録』

 この階層にあるのか、下の階層にあるのか。本があり過ぎて分からない。

 時間が無限にある訳ではなく、早く見付けなければならないーーーのだが、司書であるレティナが我先に降参してどうするのか。

 情けない声をガノンフが上げ、深い溜息をスートルファが吐く。

 木を隠すならば森の中、本を隠すならば本の中。おそらく見付からないであろうことを予期していたレティナは一人、中央の机に移動する。


「…どこにあるのかしらね。村長の言っていた本は」


 積み上げられた本の数々。

 司書の役割として、返却された書物を元の本棚に戻すというものがあるが、この本の状態がレティナの業務の進捗状況を物語っている。

 読書好きである彼女は、一度本を読み始めると周りのことが見えなくなる。またケルヴィンやフィリアーナのお目付役としても行動することがあるため、図書館の清掃後いざ本の管理となると、中々に手が回るものではなく、苦労していたのだ。


「…はぁ、図書館の管理をしてくれる『魔法具』とか無いの? 一人じゃ本も積み上がるばかり……」


 視線の先では「黒な仕事」、「ヴェルエスという男」、「無明練金体系」、「妖精物語」、「エルフと子犬」、「わんわんわん」、「『黙示録』」「戦い続けた男 ~六度目の奇跡~」、「桜のおもひで」、「双風の双子」といった本が積まれている。

 元々借りる人が少ないために、この本の山が数々あるが、もう山が積まれることはない。

 討伐が無事に終われば、もしかしたらいつか利用してくれる客が現れるかもしれないが、当分の間は少なくとも零だ。

 なので行く前に、せめてこれだけでも片付けておこうかと手が伸ばされる。


「ん、『黙示録』?」


 あった。


「あったわ!!」


 まさか片付けていないことがこの幸運に繋がるとは思っていなかった。

 早速開いて目的のページを探すことに。

 見付けた。『支配の王者』と書かれたページだ。

 ガノンフとスートルファも側に立ち、三人で記述内容を追っていく。


「…あらゆる事象を支配して、そのまま世界を破滅に導く悪魔」


 支配に抗う術は皆無に等しく。障壁の類でその魔法は防げない。ただ一つ、精神の力のみ。


「…バアゼル…か!!」


 強力な魔法によって消し飛ばすことが有効だが、弱っていれば物理攻撃も受け受けるという。


「契約することによって呼び出すことが出来る…と言うことは、北の国に住む人間が儀式でもしたのかしら」


 屈服させれば従わせることも不可能ではないが、やはり非常に強い精神力が必要であるため、常人ならば心を喰われてしまうそうだ。


「…倒せない訳ではなさそうね」


 およそ内容はそのようなものであった。

 後は蝙蝠の姿を取った悪魔であるとか、直接討ち取った者はその力を手に出来るとあったが、支配属性の魔法自体が使い方が限られる側面を持っているため意味が無い。容姿に関しても、魔力マナで判断出来る以上やはり今更意味が無いものだ。


「それに我々の目指す場所は、決まりましたね。北の国の王都…確か『ベルクノース』でしたか」


「あぁ。そろそろ村長の説教も終わったはず。行こうか」


 そう時間は経っていないと思いたい。

 しかし今頃、鬼を前にしている少女の体感時間は、もっと長いであろう。

 眼が死んでいる少女のことを予想して笑いながら、三人は図書館を後にする。


「あ。戸締りしないと」


 クンティオ家が管理する図書館。

 その入口の扉の鍵をかけ、レティナは一度自身の家でもある建造物の外観を見る。

 旅が終わったら帰って来よう。

 そうしたら掃除をして、蔵書物の目録でも作成しながら天命を全うしなければ。

 やることはまだある。

 フィリアーナを、幼馴染の忘れ形見を見守っていなければ。

 だから、帰って来なければ。

 彼女が契りを結んだ相手は図書館。

 だから図書館は、彼女の帰る場所としての二つの側面を持っていた。

 夫として、家として在る図書館の下へと戻って来れるように願いを込めて鍵を握る。

 彼女はそれを大切そうに衣服のポケットにしまい、帰る家を背にしたーーー

「久々の儂じゃな! 元気じゃったかの? 弓弦…? むぅ? あやつどこに行きおった。先程アンナが引っ張っていったみたいじゃがのぅ」


「お待たせしたっす!」


「……?」


「今回はボクがお届けするっす♪ よろしくっす、ロリー…さん」


「‘…あぁそうか。アンナめ、ようやりよるわい…。’オルレア…じゃったか。会うのは初めてじゃの」


「先輩から訊いていたっすよ♪ 手の掛かる…だとか」


「ほっほ。儂が手の掛かるとは言ってくれるの。なれば、儂はこの辺りで止めておくとしようかの」


「ちょっと…寂しいっす。「これ」ひゃぅっ」


「…。お主、ちぃとばかしあざとくはないか?」


「そんなことないっすよ」


「ほっほ。…そろそろお待ちかねのあやつに代わらねばいけないようじゃの。ではな」


「え? あ、はーい。ロリーさんでした。…で、次は……ぁ♡」


「フッ、来てやったぞ」


「アンナ先輩でーっす♡ せんぱぁい♡」


「っ、オルレア。人前で抱き付くなっ」


「…駄目…っすか?」


「…手ならば握らせてやらないこともない」


「わぁいっす♡」


「…お前は可愛いな。無邪気で、素直で…流石は私の後輩だ。…それに比べあの男ときたら。不埒で仕方が無い。いい加減首を斬り落とすことを考えなければな」


「先輩は駄目っす。先輩の手を汚すなんてとんでもないっす」


「…いや、しかしだな。」


「先輩にはぁ♪ 綺麗な先輩でぇ♡ 居てほしいっすぅ♡♡」


「…当たっているが」


「せ ん ぱ い♡ 好きっ♪」


「……」


「あっ、先輩待ってほしいっすーっ!! …逃げてったっす」


「…騒がしいな」


「あっ」


「元気か」


「元気…っす」


「そうか」


「…あ、あのっ、カザイ」


「……」


「待っててほしいっす」


「俺は何も言っていない」


「ボクが言いたかっただけっす」


「……」


「…無言…っすか?」


「早く来い」


「っ♡」


「…?」


「あ、何でもないっすよ。その場のノリみたいなものっす」


「そうか」


「じゃあ次」


「…お前は誰だ? 橘は……」


「わー、ぱちぱちっす。始めましてっすトウガさん。ボク、オルレアって言うっす! 仲良くしてほしいっす♪」


「元気なのは結構だが、橘はどうした? アイツに頼まれていた物があるんだが」


「あ、じゃあボクが渡しとくっす」


「任せる。…で、橘なんだが…。…すまんな、アイツに渡したい酒があったんだが、居ないようなら帰らせてもらう」


「え…寂しいっす……」


「そろそろ開店時間だからな。アイツによろしく伝えておいてくれ」


「…分かったっす。…さぁ次の人っす!」


「…」「……」


「えっと…二人同時…っすか?」


「オルレアちゃん」「オルレアちゃんだぜ」


「……?」


「オルレアちゃん!」


「っ、何…っすか。ソーンさん」


「俺の妹になってくれ」


「あ、おいメライっ! なら俺もお願いするぜ! 妹になってほしい!」


「…へ? 妹……っすか?」


「お兄ちゃんって呼んでくれ! こう…上眼遣いで、甘えるように!!」


「なら俺はこれをお願いするぜ! 毎朝起こしてほしい! ご飯出来たよ~♪ とか言って腹の辺りに乗っかってきて!」


「え、えっと…おことわ……」


「「是非妹にッ!!」」


「ひ、ひぇぇぇ…っす……」


「邪魔、一押してるよ」「「うごっ」」


「ジャンソンさん」


「おいキール! 何するんだ!」「キール、てめっ、千載一遇のチャンスを掴ませてくれ!!」


「向こう見てから言ってよ」


「「……?」」


「あっ、先輩……♡」


「…逃げるか」「…逃げないといけないぜこれは」


「はい、じゃあ向こう行って。…隊長、そのおふざけは止めた方が良いよ。過ぎると取り返しが付かないことになるから」


「…隊長って誰っすか? ボク、オルレアっすよ?」


「帰る」


「あっ、待ってほしいっす!」


「何」


「お礼をしたいっす。助けて…もらったっすから」


「そう言うの要らないけ…ど……」


「はい、ありがとうございましたっす!」


「やったっ次は私の番♪ って…モテ男君は?」


「知らないっすよ? 今回はボク、オルレアが担当してるっす」


「ふんふん…へぇ……ほぉ……」


「なっ、何すか?」


「…オルレアちゃん、可愛いね。少し失礼しちゃって……」


「ひゃあっ!?」


「ふっふ~♪」


「ひょぇぇっ」


「柔らかいね」


「むっ、胸触らないでほしいっす! び、ビックリしたっす!!」


「久々の出番にスキンシップは付き物。良いでないか~♪」


「…止めてほしい…っす」


「可愛い♪ 可愛いねオルレアちゃん♪」


「…だ、抱き付かないで…っ」


「よし、じゃね♪ 堪能しました」


「えっ、あっ…あぁっ…行っちゃったっす」


「……っ」


「次は…ドゥフトさん」


「は、始め…まして……っ」


「うん、始めましてっす」


「…その…可愛い…ですね」


「ありがとうっす。ドゥフトさんは、ディーさんの部隊の隊員だと訊いてるっす。ディーさんにはお世話になったけど良い人っす」


「…ディー隊長は良い人…です」


「うんうん、ディーさんの出番は次回っすね」


「…オルレア…さん」


「どうしたっすか?」


「…良い匂いが…します」


「ひゃ、あ、ありがとっす……」


「…………ちゃ……」


「……?」


「…何でもないですっ。…さようなら……また…会いたい…です」


「? さようならっす。…今回はここまでっすね。予告やるっす♪ 『爆弾…そう、例えるなら正にそれだ。…何となく察しは付いていた…だが、現実から眼を逸らしたくなった。…その事実は、重かったーーー次回、笑顔でフッテ』…俺は…俺のしていることの意味は……っす。……。見てほしいっす!!」

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