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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
234/411

絶望のタタカイ

 長老の樹の下へと辿り着くと、デイルはすかさず強力な結界を周囲に展開した。

 不可視の壁が覆う面積は樹の周囲100m(マール)。薄くも頑丈な壁は、外部からの侵入を阻む性質を持ったものだ。


「こんなところか。まずは皆、良く生き残ってくれた」


 結界を完成させるなりデイルは三人にそう言った。

 その身体には焼け焦げたり、凍り付いていたり、出血すらあり、多くの傷が見受けられた。


「それはこっちの台詞だ村長。“ダークハザード”に呑み込まれたはずだが…。どうやって避けることが出来たんだ」


「分からんか? これじゃて」


 デイルは懐から一つの藁人形を取り出す。


「『身代わりの藁人形』…。一度だけ望むタイミングで攻撃を引き受けてくれる魔法具……」


「まさか、それ程の傷を負うまで『身代わりクン』を使わなかったとは。流石と言うか何と言うか」


 スートルファとガノンフがその魔法具を示す名称を呟く。

 正式名称がスートルファで、一般的な愛称がガノンフのものなのだが、その効果故に有り触れている魔法具ではない。

 強力な効果の物、殆どが現在複製不可能となっている魔法具だが、『身代わりの藁人形』は一応今でも作ることが出来る。

 しかし作ることが出来るというだけで、作ろうとする者は少ない。何故かというと、それなりに時間を要してしまうのだ。

 『身代わりの藁人形』を作るのに必要な時間は、およそ五年。

 ハイエルフの付加魔法師エンチェンターですらそれ程の時を要する。

 だからこそ当然のことながら、『身代わり藁人形』の数が多い訳ではないのだ。


「体の良い勿体振りじゃ。日頃の行いかのぅ」


 先程の即死魔法回避劇の裏側には、デイルのケチな性格が存在していた。

 幸いにして機能してくれたとするべきなのだろうか。多くの傷を受けた中でも頑なに魔法具の効果を発動させなかったのは、単に彼の運が良かっただけだともいえるだろう。

 それにしても、デイルの身には負傷が多い。フィリアーナに付けられたのか、人間に付けられたのか、定かではないが、兎に角眼を見張るものがあった。

 ガノンフ達が懸念したのは、そんなデイルの状態だ。

 強力な魔法の行使には多くの魔力マナを必要とする。結界属性の魔法はそれに加え、展開範囲の要素も大きく作用してくるため、消費魔力(マナ)は大きくなり易いのだ。


「皆の衆。こんな老いぼれのことを気に掛ける時ではないぞ。今はそれよりも、姫様じゃ」


 本人がそう言うものの、重症と分かるような箇所を見逃しておく三人ではない。

 男のハイエルフ二人がレティナに眼配せするが、彼女はそれよりも先に魔力マナを高めていた。


『清き流れよ、ここに集いてかの者を癒せ』


 魔法陣が展開し、展開された魔法陣から溢れた水の魔力マナがデイルの傷を覆っていく。

 水属性上級魔法“アークキュア”。効果的には光属性の同級魔法である“ディバインヒール”と似通ったものだが、こちらは回復効果が大気の状態に作用され易い。

 水属性の魔法は大気中の水分が多ければ多い程効果を増すのだが、“アークキュア”も例に漏れず、水際で効果を増してくれる。

 しかし水際でなくとも森という地形は、水分を非常に溜め込む性質がある。そのため、水気によって高められた魔力マナはデイルの自然治癒力を大きく促進し、その傷を塞ごうと働きかけていった。


「良いと言っているのにお前達は…」


「怪我してたら治す。当たり前のことよ村長。…姫様との戦いには村長が欠かせないから」


 姫様との戦い。

 口に出してしまうと、身体が緊張で強張っていく。

 勝てるのか、ではない。勝てたとしても、負けたとしても、その先にあるのはーーー


「…どうしてこんなことになったのだろうか。姫様が堕ちてしまうとは……」


「『闇堕ち』がああも惨いものとは思いもしませんでした。…あのままですと姫様は魔物に……」


 『闇堕ち』した ハイエルフーーー『ダークエルフ』の行き着く先は一つ。既にハイエルフですらない魔物という絶望の姿。

 だが、今の姿も十分絶望に値するもの。本来の彼女の姿に最も近いようで、最も遠い姿の今の姿だからこそ、最も大きく絶望を味わわされていた。


「楽にしてやろうではないか」


 その言葉は、絶望に打ち拉がれている面々ですら、弾かれたように顔をげざるを得ない響きを持っていた。


「っ、村長! だがそれは…オープスト家の血を途絶えさせることに!」


「さりとてヒトの命の螺旋を止める理由には、ならなかろうて。平和への担い手としての役割は、我等ハイエルフにもあるのじゃから。我等の役割は、破滅の死者を送り出すことではない」


 これから行う行為がどのような結果を生み出すのかは分からない。

 しかし確かなのは、勝利を収めても、敗北を喫しても、一つの種族の未来が終結してしまうこと。

 デイルはヒトの命の螺旋のためにと言ったが、この事態を引き起こしたの

がヒトである人間だとするのならば。それは到底迷惑どころの話ではない。寧ろ、事態を招いた責任の全てを取らせたとしても貸し付けは無くならないだろう。

 フィリアーナを堕としたのは人間なのだ。多くのハイエルフを殺め、その原因を作ったのだから。なのにどうして自分達が生命の危険を冒してまで、身内殺しをーーーそう考えると、怒りを覚えずには居られない。


「我等の手でだからこそ、殺めなければと…村長はそう仰るのですか」


「左様。今の人間にかつてのような力は無い。一度姫様を森の外に解き放ってしまえば、後は殺戮の雨が降る。自然にも、あの方は容赦無く破壊をもたらしてしまうじゃろう。それだけは、何としても止めなければならん。分かるな」


 自然。ハイエルフは自然と共に在る者達のこと。

 それを引き合いに出され、承諾しないハイエルフは居ないといっても良い。


「…私達の手で姫様を安らかに…ね。苦しみから解き放つことが出来るのなら、そうした方がきっと、きっと姫様も…“あの方々”も…きっと」


 森がざわついた。

 風が吹き、長老の樹の梢から雫が一滴落ちる。


「黒い風…絶望が風に宿り、淀ませています。…姫様の幼き心に親の死は余程大きく映ったのでしょうね。…このままですと魔物化も近いかと」


「…させる訳にはいかないな。魔物化させるぐらいならこの手で、終わらせる…!!」


 鋭い音が響き渡る。デイルの結界が衝撃に耐えている音だ。

 音と共に先程穢れた魔力マナがまた強く感じられるようになり、ガノンフ達は息を飲む。


「覚悟は決まったな」


 そんな三人の様子を確認すると、デイルは懐から小さな石を取り出すと地面に叩き付けた。


「おお、これは…!」


 魔力マナが満ちていく。

 満ちた魔力マナは身体を楽にさせ、気持ちを落ち着かせていく。


「『メンタルストーン』ですか。確か村には一つしか無かったような……」


「そうなのか? 村長」


「ホッホ…『スペルストーン』も家の倉庫からあるだけ持ち歩いとる」


「…大盤振る舞いだな」


 驚くスートルファに、呆れるガノンフに、詠唱短縮効果を一度だけ発揮する『スペルストーン』が二つ渡される。


「…全力で向かわなければ負ける…そう言うことね」


 レティナには五つ渡された。


「回復役を任せるぞ、レティナよ。いざと言う時には惜しみなく使うと良い」


「はい。専念するわ」


 戦う決意を固めた三人に、老人は力強く頷く。

 するとガラスが割れるような音が周囲に響く。とうとうデイルの結界が破られたのだ。


「心して掛かれよ、皆の者!!」


 風の刃が幾重にも重なり、襲来する。

 長老の樹にまで達しようとした風魔法がスートルファの魔法によって相殺されると、木の裏から光の剣が躍り出た。


『炎よ、ここに集いて剣と化せ!』


 炎と光の剣が衝突する。


「姫様! 拙い剣技じゃ俺には勝てないぞッ!!」


 躍り出たダークハイエルフーーーフィリアーナの“ライトソード”を叩き斬る。

 恐るべき魔力マナによって発動されたとはいえ、初級魔法と中級魔法では、中級魔法に分があった。


「後ろ、取りました!」


 フィリアーナの背後にスートルファが移動する。

 “クイック”を用いた高速移動だ。

 瞬く間に肉薄した彼の手には、既に展開され詠唱待機中の魔法陣が光を放とうとしている。

 発動した。

 至近距離で発射された“エアバズーカ”が、血に濡れた銀髪を巻き上げる。

 染み付いてしまったのだろうか。血が飛び散ることはなく、風に包まれるようにして、穢されてなおも美しい髪が数本消えた。

 指向性を持たせているため、ガノンフの身体を存在しないように通過した風弾が森の奥に消えていった。


「あら、良い攻撃…ゾクゾクしちゃう」


 スートルファの魔法は弾かれていた。

 背後から、至近距離で放たれた魔法を弾いたのは対象の左手。

 人間でいったところの大の男とは身体能力のレベル違う、大のハイエルフの男二人を相手取り、それぞれを片手で制した彼女の上空が赤く明滅した。



「良いわ。なら、消し炭にしてあげる!」


 火球が投下される。


「『炎よ、共を喰らいて我等を守り給え!』」


 その大きさ、熱波の凄まじさは日輪に近い。

 加速し急降下する業火球は更に巨大化し、デイルの“対衝結界”を砕くとガノンフとスートルファの下に接近した。


「ガノンフッ!」


「任せろ!」


 最接近の直前に、ガノンフの詠唱が完成した。

 展開した魔法陣が炎を発する。

 炎を喰らう炎の如く、火の魔力マナで相手の火属性攻撃魔法を防ぐ。それが“レジストフレイム”の魔法だ。

 衝突する。

 二つの炎が互いを呑み込み合う中、伸ばしたガノンフの手が炎に焼かれていく。


「ぐ…っ!!!!」


「“アークキュア”!!」


 レティナの魔法が焦げようとする手の熱感を抑え、身体を癒させていく。

 魔法は、魔力マナの他に意志力の戦いでもある。

 相手がどれ程強いのだとしても、相手が闇に染まってしまい堕ちてしまっているのだとしても、


「っ、ぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


 護衛対象、換言すれば教え子のような存在に自身の得意属性において、後れを取るガノンフではない。

 火球は、魔法陣の炎に包まれ掻き消せされた。


『風よ、ここに集いて嵐となれッ!!』


 “テンペスト”が発動する。

 発動者であるスートルファを中心点として風が重力に逆らい、フィリアーナを呑み込む。


「まだ終わりじゃありませんよッ! 『風よ廻れ、そしてここに集いて渦となれぇッ!!』」


 続け様に発動する“アンべネボランステンペスト”が重力に従い、大きく渦を巻く。

 対となるように発動された二つの嵐は、どちらかが対象を呑み込み過ぎないよう計算されている。魔法が最も攻撃性を増す位置ーーー渦の最外縁に固定された対象は、双方向からの引力に身体を晒され、成す術も無く旋風に切り刻まれる。

 ーーーしかし、渦に呑みこまれたのは敵だけではない。

 伸ばされたガノンフの指が、パチンと耳聞こえの良い音を立てた。

 すると微かな光が、渦の中で微かに赤く光り、一度に収縮した次の瞬間、大きく膨張した。


「打ち消して終わりじゃないと言うことだ!」


 爆風が竜巻を切り裂いた。

 光のエネルギーが瞬時にして炎に転換された衝撃は、一つ一つは小さいながらも連鎖して巨大な爆発となる。

 広がっていく煙を睨み、それが突き破られるように膨らみ、切れるとスートルファが眼を見張る。


「“ベントゥスアニマ”まで使えるとは…!! 姫様には一体、どれだけの魔力回路が眠っていたと言うのですっ?! あれでは覚醒し過ぎじゃないですか、あまりにも!」


「嫉妬かしら? 可哀想なスートルファ…。ふふ、気持ち悪過ぎて反吐が出そう。消し炭ね」


 フィリアーナは無傷だった。

 本来ならばそのことに驚くべきなのだが、スートルファは別のことに衝撃を受け過ぎていた。


「は…っ? き、気持ち…っ!?」


 初めて言われた言葉だ。

 決して嬉しくのない言葉であり、その威力は中級魔法クラスといったところか。


「っ、精神攻撃とはやってくれますね…!」


 すぐに立ち直ってみせたが、その声は震えていた。

 反吐が出そうとまで言われ、何とも思わない程スートルファは図太い精神を持っている訳ではない。


「しゃんとしろスートルファ! 備えるぞ!」


 そんな中、先程何とか防ぎ切ることが出来た火球が迫る。

 途中何度もその動きが止まり掛け、六度目の減速で動きが止まる。


「ぬぅ…っ! 五重でも止まらんか!」


 爆発が六枚目の結界の外側に広がった。

 結界魔法を何重にも展開しているデイルは驚きに声を凄ませ、眉を顰めた。

 彼もまた、フィリアーナの強さに辛酸を舐めざるを得ない状況を苦痛に感じていた。

 打開策は一体、どうすれば見付かるのだろうか。見当が付かない。


「お返し、受けてみろ姫様ッ!!」


 だがそれでも戦いの手は休めない。

 スートルファが起こした風で大きく跳躍したガノンフが、腰溜めの体勢で詠唱待機させていた魔法を放つ。


「“エクスプロージョン”には、こう言う放ち方もあるッ!!」


 対象の頭上にではなく、対象に向けた手を中心に展開した魔法陣から魔力マナの光が走る。

 至近距離での発動は、即座に大爆発へと繋がる。

 業火が爆ぜ、ブリューテの上空が炎に包まれる。

 指向性が働いていなければ、周囲一帯が爆発の影響を受けていただろう。大爆発による余波に当てられるガノンフは、念のため周囲を確認し、被害が起こっていないことを認めた。


「…やりましたか?」


 薄れつつある煙のベールに包まれた彼女は、一体どうなっているのだろうか。

 “エクスプロージョン”は間違い無く命中した。爆発が起こったことからもそれは明らかだ。


「ふふ」


 笑い声。聞く者を戦慄させる、魔力マナとは異なる魔力(・ ・)を有した。

 何らかの障壁を展開したのだろうか。しかし、魔力マナに動きがない以上魔法発動の兆候は見られない。

 魔力マナの流れに敏感な視覚を持つハイエルフに、見ることの難しい魔力マナの流れといえば精々、本人の体内回路に存在しない属性の魔法だ。

 “エクスプロージョン”は火属性魔法。防ぐには同じ火属性魔法か、対属性である水属性魔法か、結界魔法が主な方法として挙げられる。

 どれもこの場に居るハイエルフが、それぞれ得意とする属性である。ならばいずれかの属性魔法が用いられた場合は気付けるはず。

 だがこの場の誰もが、彼女がどのようにして魔法を防いでみせたのかが分からなかった。


「…手強いのぅ姫様や」


 嗚呼、強い。

 これでは勝ち目が薄いどころではない。

 どうすれば勝てるのか。相手は少女なのに、突破口が開けない。


「遊びはここまで、ね」


 フィリアーナは詠唱の言葉を用いることなく、魔法を完成させる。


「お返しよ、ガノンフ。私の“エクスプロージョン”で殺してあげる」


 ーーーそれは、太陽そのものだった。

 如しではない。その光、熱量は近しいどころか、超えてすらいるのかもしれない。

 落ちてくる“それ”に、四人が絶望感に陥る中。少女が見せた表情モノはーーー

「…フィーナって、敵になると異様に強くなるよね」


「うむ…。初めて会った時は、私達が完敗してしまったからな。…あそこまでの強さがあると、羨ましいものだと思うぞ。…しかし知影殿もあまり変わらないような」


「私のボス補正なんて大したものじゃないと思うよ。精々中ボスぐらいだけどフィーナのアレ…大ボスクラスだよね?」


「…大ボスだか中ボスがどうとは分からんが。味方の頼もしさは敵になって初めて分かるようなものだぞ」


「…それもそうだね。じゃあ予告いこう! 『…姫様、そのお苦しみが如何程のものかはこの老いぼれには分からんがのぅ。一つ、教えてほしいものがありましてなーーー次回、雨にウタレテ』…姫様や、あなた様の心の底にある想いは一体、何なのですかな? …だって。じゃあ今日はここでおしまいでーす」


「うむ」





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