妖精の姫、闇にオチテ
『闇堕ち』…そう、クロが何か説明染みたことを言っていたが…相当に危険な現象だ。
それをフィーが以前に…な。
驚くしかない……
「…と、言ったところですね」
スートルファと言うハイエルフの語ってくれた内容は、クロの教えてくれた内容と合致していた。
魔力の…性格の…いや、言わば存在自体の反転…か。それをフィーが…って、二度目だな。
「…この辺りで良いだろう。さて、話すとしようじゃないか」
ガノンフ…か。火属性魔法使いのハイエルフ…。ま、だからと言って…何かあると言う訳じゃないが。
「…さっきも言ったが、姫様は過去に『闇堕ち』をしている。そう、姫様がまだ少女だった頃のことだ……」
…昔話、か。
ま、フィーのことなんだ。訊いておいて損は無いと言うか、純粋に気になる。
昔は一体どんな子だったんだろうか。…何か弄れる要素があれば面白いんだが、そう期待する程のものじゃあないか。
…さて。どんな話なのだろうかーーー
* * *
ーーー二百五年前の『妖精の村ブリューテ』
「おい、オープスト」
村のシンボル。ハイエルフの始祖が眠るとされる長老の樹に少女が座っていた。
「……」
「…おい、聞こえてるんだったら注意を向ける姿勢ぐらい見せろよ」
ぶっきら棒に声を掛けているのは、少女よりも年上の若者。
少女は顔すら上げず、視線を手に持つ書物に向けている。
魔術の書物だ。魔法の名称、効果、魔法陣の意味が仔細に記されているので違い無い。
しかし、子どもが読むようなレベルの文献ではない。仔細に記されているということは、ありのままが連なって表されているということ。
事象を詳細に記すということは、用いられる表現も多岐に渡っていることを意味している。つまり、理解するのに別の知識が必要だ。
そのため端から見れば、少女が背伸びしているようにしか見えないが、実際には単なる読書中以外の何物でもない。
彼女は書物の内容を理解するだけの知識を有していたからだ。
「おいこらオープストっ! 俺を無視すんなっ!」
「……」
「本取るぞこらァ!」
少し可哀想な光景だ。
若者はまったく少女に相手にされていない。悲しい程に。
「…本気で取るぞ? 取っても良いんだなそうら取〜った!」
とうとう若者は力任せに本を奪い取った。
抵抗されると思い、力一杯に本を取り上げたため軽く後退る。
「ぁ…。ッ!!」
すると、少女が立ち上がった。
そして、
「痛って!?」
若者の頬をビンタした。
本を取られたからといって、いきなりではないだろうか。
無防備のまま頬を打たれた少年は、驚きで本を取り落としてしまう。
それをさっと拾い上げた少女は再び、先程開いていたをページを開いて腰を下ろした。
「…お、おい。幾ら何でもあんまりだろうが! 無言のビンタはないだろうっ!!」
「……」
「また黙りかよ…。今日はいつにも増して無愛想じゃねぇか」
落ち込んだように項垂れた若者の名は、ケルヴィン・ブルム・ブリューという。この村の村長の孫で、次期村長の座を確約されている者だ。
そして少女の名は、フィリアーナ・エル・オープスト。代々長老の樹の管理する役割を担う、王族家系の娘だ。
「…ったくよ。本、本、本ってクールなもんだな。二代目貰い手無しのクンティオかよ。おいこらっ、オープスト! てめっ、こっち見ろって!」
パタンと本が閉じられる。
古い書物なのだろうか、埃が舞うとフィリアーナの鼻がヒクつき耐え切れず口元を押さえた。
「けほ…っ、けほ…っ」
何とも可愛らしい光景だ。
若干ドジが入っているフィリアーナ。しっかり者ではあるのだが、そんな子どもらしい一面をケルヴィンは気に入っていた。
いや、もっといえば。クールで冷たい態度を取る彼女が実は、非常に愛情深い人物であることを気に入っていた。
冷めた態度はそんな本当の姿を隠すため。人を遠ざけるためにそう振舞っているのだが、一度心から近付こうとした人物ーーー愛そうと決めた人物には心から尽くす。そんな彼女の本当の姿をケルヴィンは知っていた。
ーーー本という名の知識で。
「お、おい大丈夫か?」
「……何? さっきから五月蝿いのだけど、私に何か用?」
ようやく会話が成立した。
冷たい態度だ。しかし、いつかモノにすることが出来ればこれが優しい態度に。
そう考えるケルヴィンの夢は尽きない。
「…あぁ大事な用だ! オープスト、いい加減に俺様と「断る」…っておい! 最後まで言わせろ!」
夢の申し出は、最後まで言わせてもらえない。
しかしその冷たさもまた、良い。乗り越えるべき障害の大きさを実感出来て、良いのだ。
「ロクでもない申し出は止めて。例えデイルにどう頼まれようと、私にその気は無いわよ」
「ジジイの頼みなら尚更断ってくれるんじゃねぇよ。それに今じゃなくても良い、約束さえしてくれれば「断る」…だから何でだよっ!」
「だって、絶対に出来ない約束なんてするものじゃないし。だから、断る」
取り付く島も無くとも、諦めない。
何かを頼んでも、言ってもバッサリと切り捨てられ、相手にされなかったとしても、諦めはしない。
最早ある種の執念だった。
「…俺様が言うのも何なんだが。仮に約束したとしても、実行するかどうかはその時決めるだろう? 紙面じゃないんだ。別に守らないといけないなんて誰が決めた訳でもない。口約束なんて、するのはタダなんだぜ? 嫌だったら破ってしまえば良いんだ。な? 約束してくれよ」
執念のあまり、分かっていてもブーメランとなる発言をする。
彼は約束したという事実が欲しかった。例え口約束であったとしてもその事実があれば、今すぐにでも眼前の果実を摘もうと早鐘を打つ心を収められたから。
約束したという事実があれば、今は漠然としている目標に焦点を定められたから。
勿論約束したという事実があればそれをネタに、今後更に契りを結ぶことを迫るのも出来るのだから。それはあまりしたくはない手段ではある。
身体は手に入れられても、心が手に入らなければ、意味が無いーーーそんな持論がケルヴィンの中には展開されているのだ。だから心を手に入れるための準備をするための、所謂一種の景気付けとしての意味合いでのみの口約束を求めていた。
「…最後まで言えた…! つまり、良いってことかっ!?」
それはいつ振りのことだろうか。
少なくとも、覚えている限りでは一度たりとして無かったはずだ。
そのため、彼女の沈黙は彼が期待を覚えるには十分だった。
「…はぁ」
溜息。
それは熱意に負け、折れることを意味していたとしかケルヴィンには感じられなかった。
「今すぐ私の近くから消えて」
だがそれは、全く逆の意味での溜息だった。呆れ。それも、果てるどころの話ではない。
いうなれば、極限までの落胆。最大限の拒絶に近い。
これまでかつて、無視されるなど、相手にされないことは良くあることだった。寧ろ日常茶飯事そのものであり、本当の意味でいつものことであったのだ。
だからケルヴィンも、ハッキリさせてしまうとするのならば、そんな彼女の決まり切った対応に慣れていた。
いつもならば、素っ気無い態度を取られたことに対する耐性となっていたものが、この時は逆効果となった。
「は…っ!? な、何言ってんだよオープストっ。消えろって幾ら何でも酷くねぇかっ!」
「…もう良いっ、私が消える!!」
動揺するケルヴィンに振り下ろされる鉄槌の如き衝撃。
怒っている。それも、静かにではなく激情を露わにして。
決まり切っていないどころか、今までにない反応だ。かつて、ここまでの態度を取られたことはなかった。
だからこそ彼は、肩を怒らせて去って行く少女の背中を見送るしかないのだった。
「…あ〜あ。やっちまったなケルヴィンの奴」
それを見ていた者が居た。
木の枝に腰掛け、一連の遣り取りを眺めていたハイエルフ達の姿が、二つ。
「ですね。一番言ってはいけない類のワードを言ってしまいましたからこのままですと、これまで以上に険悪な仲になってしまいますね」
ガノンフと、スートルファだ。
フィリアーナの目付役を担っている二人は、同時にケルヴィンの目付も兼任している。
なので二人の遣り取りを毎日見ているのだが、そんな二人だからこそ、ケルヴィンが踏み抜いた地雷の意味を良く理解していた。
「険悪ね…険悪と言うより、これからは徹頭徹尾避けられ続けるわよ。ケルヴィン」
そこにもう一人。レティナが現れた。
「…約束を守らなくても良いなんて、見事なまでのNGワード。本人は気を遣ったつもりのようだけど、てんで逆効果ね」
「…そうだな。どうしてか、約束に妙に固執されるからな、姫様は」
約束。それをフィリアーナは大切にしているようだ。
ある日を境に少女は突如としてその言葉を口にするようになった。まるでーーーそう、その言葉が自分自身にとってとても大切な言葉のように。
約束が、単なる文字の組み合わせ以外に何を意味するのか。それは三人も知らない。
意味を訊く機会が無い訳ではないのだが、フィリアーナが頻繁に口にする訳ではないので、ひたすらにタイミングを逃して現在に至っている。
「ケルヴィンの言っていることは、強ちおかしくはないんですよね。彼の言う通り、証を残さなければ約束に意味はありません。…姫様の固執の方が、おかしなもののように思えてきます」
「言ってしまえば逆ギレだからな、さっきの。…呆然としてるな、アイツ」
視線の先ではケルヴィンが途方に暮れている。
「…可哀想ね。もう少ししてもあのままだったら、声掛けに行ってくるわ」
「任せた。…で、正直な話なんだが実際問題…姫様とケルヴィンって、お似合いか?」
「全然」「真逆ね」
お世辞にも合っているといえる組み合わせではない。
水と油が妥当なところだが、百歩譲って水と食塩としよう。熱々な内は互いに同調し合っていたとしても同調し切れず、冷めてからは極端に分離していく。二人の関係は仮に今以上に進展することがあり、それこそ仮に『契り』を結んだとしても終わりへの透明度が高い。即ち、結局別れるような現実が未来に確定されていた。
もっとも『契り』の効果は、どちらかが命絶えるまで永久的に続く。また、一度受け容れた相手の魔力は、何があっても身体より消えることはない。
望む者にとっては途切れることのない赤い糸。逆に望まぬ者にとっては永遠に消えることのない烙印となる。
だからもしケルヴィンと離別した後、心から『契り』を結びたいと思ってた人物に出逢えたとしても、結ばれることはない。いくら望もうと、決して。
「だな。ケルヴィンの奴も諦めれば良いものを…。アイツときたら、そこら中の恋愛本読み漁っているそうじゃないか。柄にもなく頭使ってな」
哀れケルヴィン。今の彼に勝ち目は無い。
熱意が空回りするのは良くあることだが、いくら努力したとしても、無駄になることが決まっていること。それは努力の分だけ非常に虚しいものである。
「ケルヴィンが酷いのか、姫様が夢見がちなのか…どちらとも言えませんね」
ハイエルフの人口は多い訳ではない。
そのため、相手を選んでいられるような余裕は実のところ、無い。
選り好みしていると、時期を逃してしまうのだ。
「夢見がち…ね」
実体験者の呟きの重さは、まるで巌のようだった。
「…でも姫様、相手に夢を見れるような立場ではないわよ? 次期オープスト家の当主として長老様を守り続けないといけないし、種族全体の統治もしないといけないのだから」
否、実体験者であろうとなかろうと、次の言葉には重い空気を生じさせるものがあった。
「…あぁ、そうでしたね」
同意したくないが、同意せざるを得ない。
フィリアーナ・エル・オープストは、家族の内の誰もが認めたくない『契り』の制約が存在しているのだ。
オープスト家は王族の家系。故に、家訓という名の縛りが存在しているのだ。
「姫様は…魔力の強い者としか添い遂げられない…だったよな」
「そう。…姫様の魔力は同世代の子ども達と比べてすら弱過ぎるから。魔法も、二属性しか使えないから。姫様に選択肢はそう存在していないわ」
「…望む相手とすら結ばれない定め…。…どうにかならないものでしょうか」
「いや、オープスト家の家訓は優しい。…まだ人道的なものだと思いませんか? 人間の法ではより酷いものが存在していると聞きます。…それに比べれば、まだ……」
フィリアーナが強い魔力を有していないことは、村の極一部のハイエルフしか知らない事実で、間違って視られることがないようにカモフラージュされている程の秘密だった。
そのため、何も知らないハイエルフの若者達には王の座を狙う者も居る程だ。
「…どうにかして姫様が望まれるような状況になれば…って思ってしまいますよ」
その時、風が一陣吹いた。
「「「……」」」
森が伝える、報せ。
全身の毛が泡立つような、血管を流れる血が恐怖のあまり逆流してしまいそうな。
危険が迫っている。それも、今までにない。
その直後。
「なっ」「っ」「きゃっ」
身体が重くなる。
深い地の底に身体が埋まってしまったような。蜘蛛の糸に囚われてしまったかのような、重量感と、息苦しさが、突如として襲来した。
知識が弾き出す答えーーー『封魔の宝珠』
展開された魔法具の効果は、ハイエルフの存在を自然より、事象より否定させる。
切り離されたハイエルフは、最も弱き存在となる。
ーーー悲鳴が上がった。
鼻を突かんばかりの臭いは、木が焦げたような香り。
何者かによって村が襲撃されている。異変の原因はそれしかない。
しかし、鉛のように重い身体は今にも地に臥さんと重力に倣い、あらゆる動作の開始を停止させようとする。
無理に動かそうとすると、軋んで壊れてしまいそうだ。そんな身体を、引き摺るように動かす。
「…村は、どうなってるの!? 王や女王の魔力が、皆の魔力が分からないわっ!?」
『封魔の宝珠』は、ハイエルフの力を極限にまで封じ込める。
仲間の魔力が感じられない。これ程に恐ろしいものはない。
「ケルヴィンはどうしてますっ!?」
長老の樹の近くには、誰の姿も見受けられない。
「…居ない!? アイツどこに! …だが今は村だ!!」
血を吐きそうだ。
一歩毎に足が取られる感覚に耐えながら、村に。
とても嫌な予感がした。
悪寒は果てし無く、魔の胎動の如く。
そう、胎動だ。
森の生命までもが悲鳴を上げている。
いつかしか、響く悲鳴は無くなっていた。
最悪の事態だ。考え得る限りの。
村の最奥にある長老の樹。かつて、長老の樹から村への道がここまでに長かったことがあっただろうか。村への道が長かった。
だがーーー
「ーーーッ!?」
封魔の効果が失われた。
身体が楽になり、魔法の行使が、魔力を視ることが出来るように。
そしてそれは、封魔というベールに隠されていた、想像を遥かに超えた事態の露見を意味していた。
「…おい、これは…これは…っ!!」
絶大ともいえる魔力ーーーとても禍々しく、畏怖さえ覚える魔力。
そして、感じた覚えのある魔力だった。
「…いけません。これは…あぁ…っ!!」
近付いて来る。
そう知覚した時には既に、捉えられていた。
「…ここに居たのね」
先程まで訊いた声よりも暗く、冷たく。その声は響いた。
「…姫様…まさか、心が壊れてしまったとでも言うの…っ!?」
村に存在した多くの魔力の代わりに、一つ。
絶望の体現者、破滅の使徒、滅びの導き手ーーー『闇堕ち』をした者の存在が、そこに在った。
「三人共どこに隠れていたのよ。ふふ…探すのに時間を無駄にしちゃった
……」
冷たく光る銀の髪の背後に、原型すら留めず破壊された肉塊が点在している。
何と醜悪なものだろうかーーー否、本来醜悪としてしまっては、失礼に値するのだろうが、それでも醜悪と表現するしかなかった。
無惨な光景だ。
眼の前の存在がこれをしてしまったのか。ならば、どうして。
「本当に探したのよ? あなた達が居ない間にお父様お母様、皆壊れてしまったの。人間に」
灰色に染まった手は、鮮血に濡れている。
端麗な表情は面白そうに歪んでいた。
「だから私も壊してあげたわ。人間が私の前でお父様お母様にしたように、綺麗に壊してあげたのよ。ふふ♪」
蕩けるような笑みは、本来ならば見る者を虜にする魅力を持っていただろう。
しかし今の笑みが持つ力は、妖しく、魔性だ。
堕ちた少女の妖しさは、まるで熟れた女のような、色気さえ纏わせていた。
「そうですか…あの御方々が…人の手に掛かり御隠れに…」
「…とすると、『闇堕ち』も当然…か!!」
動揺が駆け巡る。
認めなければならないのに、認めたくない事実だ。
そして、『闇堕ち』が意味することの先の事実は、より認めたくなかった。
「ふふ…素敵よね。この身体も…この力も…魔力が私に力を与えてくれるの」
「姫様…その魔力は…いけないものよ…。決して素敵なんて代物じゃ、ない……!」
「なら教えてあげるわレティナ。いかにこの力が素敵か、いかに死に様が綺麗か。沢山綺麗な光景を作れて今、私凄く気持ち良くって…いつも面倒見てくれてたお礼をしたい気分なの。だから皆もーーー」
黄、青、赤、緑の魔法陣の展開。
それは、かつてのフィリアーナならば一つとして出来なかったもの。
氷と幻の属性の、下級魔法しか行使出来なかったハイエルフの姫は、
「ーーーふふっ、壊してあ・げ・る♡」
地水火風の四大属性の同時行使を行うまでに変貌を遂げていた。
“ウィンドカッター”、“ランスオブブリザード”、“グランドウェイブ”、“エクスプロージョン”ーーー下、上、中、上級の順に繰り出された魔法が容赦無く飛来する。
「ぬっ」「なっ」「嘘っ」
反転に際し増大した魔力は、本人の潜在能力までも無理矢理に抉じ開けてしまったようだ。
これが、あのフィリアーナなのか。
『闇堕ち』は、こうもハイエルフを別人のように変えてしまうのか。
動揺が対処を遅らせた。
回避が間に合わない。
ならばと、無詠唱魔法を行使して威力の部分相殺を図る。
双方の風の刃が衝突、火球は水の弾丸に撃ち砕かれ、氷槍は、炎の竜巻に溶かされた。
だが、盛り上がり押し潰さんとする地面までは効果を打ち消すことが出来なかった。
それどころか、封魔の影響下に晒されて間も無くの無詠唱魔法使用は、身体に大きな負担を強い、身動きを封じる。
三人の頭上まで隆起した大地が牙を剥いた。そのため後はもう、押し潰されるだけだった。
しかし自らの死が迫っていても、受け容れようとしている感覚が生じていた。
例え『闇堕ち』し、存在が爛れてしまっても彼女はオープスト家の次期当主。次世代のハイエルフを率いるべき存在。
故にフィリアーナを傷付けたくない。どのような形であれ、王家の血を、最も高貴な妖精の血を途切れさせてはならないと考えたのだ。
「展開ッ!!」
ーーーが、それを一括せんとばかりに鋭い声が。
弾かれたように顔を上げた三人の前で魔法は、何かに防がれたように一行を避けて地に戻った。
「いけませんな姫様! この老いぼれを忘れてもらっては!!」
堕ちた姫の背後に、血塗れの老ハイエルフが立っていた。
「あらデイル。生きてたの」
村の長、デイルだった。
「なんの。あの程度で葬れたかと御思いとは、甘いですな」
相当痛め付けられたのだろう。
立っている様子すら既に危な気で、少しの衝撃で儚くその命は消されてしまいそうだった。
だがそんなデイルの足下に魔法陣が展開。黒く淀んだ沼が出現する。
「なら、望み通りに葬ってあげるとしようかしら」
闇属性中級魔法“ダークハザード”。死の沼地へと対象を呑み込む魔法である。
「「「村長!!」」」
一瞬過ぎた。
デイルの結界に庇われ、彼が現れ、その姿が底無し沼に沈んでいくまでが。
「さよならデイル。つまらなかった説教をいつもありがと。…じゃあ次はあなた達の番ね」
魔力の光が、呆気無く消滅した。
「そっ、村長ぉぉぉっ!!!!」「何と言うことをっ!!」
これ程までに簡単に、知人の命を奪えるのだろうか。
「…っ、姫様笑って…!?」
フィリアーナは、笑っていた。
自分のしたことに何ら疑問を抱くことなく、寧ろ、当然とばかりに。
魔法が発動した。
“ブリッツオブトール”。雷属性上級魔法。
まるで今まで使うことが出来なかったのを挽回せんと、自慢するかのように、笑いの裏でフィリアーナは詠唱を完成させていた。
「…皆殺しよ」
轟音と共に白刃が天より落下する。
今度こそ終わりか、そう三人が感じた時、再度の結界が出現した。
「ホッホ…『つまらなかった』とは訊き捨てなりませんな」
デイルの声。後方からだ。
「皆、退くぞ!」
鋭い音ともに白刃がフィリアーナに向け跳ね返されると、周囲に霧が立ち込め始めた。
振り返ると、悪視界の先の老ハイエルフの背中が見える。
「急げッ!!」
多くの疑問と憤りを感じつつも、一行は長老の樹の下へと撤退するのだった。
「お~お~、こいつは凄いもんだな~」
「…あぁ、良いものだよ」
「露出多くなってるな~」
「色気も凄いね」
「……? レオン、セイシュウ…何してるの?」
「おっと。セティちゃん、大人の秘密ってヤツだ」
「確かにこれは副隊長には早い代物かな」
「…だって、ルクセント君。私には早いって」
「お、お前も居たのかディオ! どうだ、お前さんも読んでみるか?」
「あ…。えぇと…チラリ」
「…?」
「…遠慮しておきます」
「…良いの?」
「稽古優先したいから。弓弦に追い付かないと」
「…コク。…じゃあ、行く」
「隊長、博士。業務しないとリィルさんに殺されますよ」
「お~。ま~考えとくさ~。…で、セイシュウ。お前さんアレどう思う?」
「…青春の香りがするよ。少なくとも、ルクセント中尉からは。…気があるだろうね」
「…俺は違うと思うがな~。ま、良いか。煮るように煎るからな~」
「…なるようになる、だね。…じゃあ予告だ。『悲しいものね。…我が子のように見守ってきた子を殺さなければならないなんて。愛別離苦に近い苦しみ…まさか、感じる日がくるとはねーーー次回、絶望のタタカイ』…私達の手で姫様を安らかに…ね。…だってさ」
「…ぶっ」
「予告だから仕方無いだろっ。うぐ……」
「ぶ…うっくく…お、オネエ……ぶっ、わーっはっはーっ!!」
「…笑わないでくれぇっ」