表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
229/411

叔父と甥、玉座の間ニテ

 雪が降り止んだ街は、未だ住人の往来を許すことなく静かに決着の時を待っている。

 ほんの少しだけ暖かくなったように思える空気は頬を撫で、そして背中へと抜けていく。

 太陽は覗いていないものの、街が明るくなったように思えるのは、分厚い雲が消滅しただけではないだろう。

 微かに明るくなった曇天の下、イヅナはレガーデスを抱き抱えて、来た道を引き返している。


「(…この者…どうしてこんなに急いでいるのだろうか…? それにこの先……)」


 目指す先に見える光景。

 見間違えでなければ、あれは城だ。この国を治める者が住む王城ーーーレガーデスの叔父である人物が居るはずの場所だ。


「(まさか…叔父上の下に連れて行くつもりなのか? …しかしどうして……)」


「……」


 一体どれ程の速度で移動しているのだろうか。

 あっという間に城の前に到着すると少女は、壊された窓から城の中に入る。


「うわっ!?」


 鋭利な破片が当たりそうな気がして身を強張らせる。

 声を上げてしまったが、そうでもしなければ襲いくるかもしれない痛みに耐え切れない気がした。

 実際には痛みを感じなかったのだが、身体中に痛みが走った感覚に囚われる。


「…連れて来た」


 身体が放り投げられ、今度は実際に痛みを感じる。

 受け身など取れるはずがなく、床に打ち付けられた部分の痛みに唸る。

 しかしそれはセンデルケンや、アリオール達の受けた傷に比べ、怪我一つ無いので小さな痛みだ。


「(…っ!!)」


 立ち上がると、薄暗い部屋の奥に立人物を見付けた。

 雰囲気、出で立ち、自身を見下ろす瞳が自然と彼に名を呟かせる。


「…叔父上…!」


 ウェンドロ・ヴァンベルがそこに立っていた。


「…ご苦労。これで俺の大願が果たせる」


 冷酷な眼差し。

 眼の前に立つ者が肉親だというのに、その情を一切感じさせない瞳。

 見詰められたレガーデスは、喉が乾くのを感じた。


「…いつか振りだな。甥よ」


 本当に、直接話すのはいつ振りだろうか。

 少なくともここ最近は無かったことだ。同じ空間に居合わせても、雰囲気に呑まれ近寄ることすら出来なかった。

 最後に話した時。それは、どのような時だったか。


「最後に話したのは…九年前か」


 そう、九年前ーーーミレーヌ・ヴァルクロベルセの葬式での時だ。

 驚き、慌てた様子で城の扉を開け放った際の叔父の顔、自分と父を見た際の複雑な今でも忘れられない。


「お、叔父上…どうしてこのようなことを……」


 今でも信じられない。叔父が、自分を殺そうとしていたことが。

 優しかったあの叔父の姿。それが今もまだ重なる。


「ーーーッ!!」


 剣を向け、睥睨するその姿が、まだ重なるのだ。


『ーーーかくれんぼ、するか?』


 父と母が政で、センデルケン達騎士団が魔物討伐で国を離れていた時に唯一一人相手をしてくれた、「ウェンドロ叔父さん」に。


「叔父上…どうして……」


 誰にも言えない二人だけの秘密だった故に、センデルケン達は知らない。

 レガーデスがウェンドロの謀反を信じられなかったのは、そこに理由があった。

 逃げてもみた。この現実を受け入れたくなかったのだから。

 しかし信じるしかないではないか。それ以外に出来ないではないか。

 こうして、対峙してしまったのだから。


「…忌々しい。貴様の存在が、この上無く目障りだからだ」


「っ…そんな…私が、私が何かをしたとでも…? …影に隠れ、あなたの裏に日々を過ごしていた私が……」


 王位継承をまだ行っていないのは、そのためだった。

 反乱分子の可能性があった叔父を刺激しないため、民に知らせる形としてレガーデスは王とされた。だが実際はまだ、彼は王ではない。いうなれば、玉座に最も近い人間であるというだけなのだ。

 この国の法で、玉座に座るのは王でなければならないというものがある。そのため、王位継承の証となる冠を先王から戴く戴冠式を催さなければ、正式に王と名乗れないのだ。


「言っただろう、存在そのものが目障りだと。今の貴様の存在がある限り、俺の大願は果たせんのだ」


「た、大願…? 大願とは一体……」


「剣を」


 大願の答えは返されなかった。

 その代わり、隣から剣が差し出される。


「…剣」


 騎士団の剣が少女によって渡され、受け取る。


「抜け…殺してやる」


 意味が分からない。

 どうしろと言うのか。


「叔父上…?」


「無抵抗の相手…を消すのはつまらん。足掻いてみせろ。足掻いて、殺されろ」


 足掻く? どうやって。

 足掻くぐらいならば、逃げた方が良い。

 死にたくない。この現実をこれ以上受け入れたくない。

 だったら、逃げるしかないではないか。


「…っ!!」「逃げるなッ!!」


 叔父の怒号。

 怖い。かつてここまでの怒号を打つけられたことがあっただろうか。

 魔物の咆哮よりも怖い。

 どうして、封印された魔獣よりも恐怖を覚えるのか。

 いや、そもそもこれを、恐怖と呼称して良いものだろうかーーー悩んでしまう。

 恐怖には違い無いはずなのだ。恐れ、慄くことに対しての意味合いでは。だが、だがーーー


「…戦え。お前に許される選択肢はそれだけだ」


 「逃げても良いのか」と、何かが呼び掛けていた。

 「逃げろ」と叫んでいたものが今は、そう呼び掛けているような気がした。


「(だとしたらこの恐怖は…?)」


 背後では、玉座の間の出口に少女が立っている。

 逃げようと叔父に背を向けたとしても、彼女が逃げることを許さないだろう。

 「逃げないで」と、その瞳が語っているような気がした。

 戦えと言うのか。

 逃げるなと言うのか。

 無理だ。例え戦ったとしても、その先に待つのは自分の死だ。

 死ぬために戦いたくはない。センデルケン達の尽力を、無駄には出来ないのだから。


ーーー!!!!


「…?」


 良く知る雄叫びが、聞こえたような気がした。

 同時に、足音も。


「…ッ!!」


 床を蹴る音と共に少女が出て行く。

 助けに来てくれた人物を確認したのはその直後だ。


「っ…くっ!!」


 出て行ったばかりの少女が、扉の前にまで弾き飛ばされてきた。


「チェストォォォォッ!!!!」


 それを上方から追撃せんと、ゼンが現れる。

 『斬鉄剣・稲妻唐竹割り』ーーー斬鉄剣が稲妻の如き速さで少女の正中面斬りを狙う。


「陛下ッ! ここは俺に任せて将軍達の下へ行けッ!!」


 渾身の一撃は、横に構えた刀によって受け止められる。

 まさか受け止められるとは思っていなかったゼンが、柄を握る手に力を込めていくが、それが仇となった。


「…甘いッ!」


 強過ぎる剛は、柔に去なされた。

 衝撃が伝わるまでの瞬間を、狙ったようにして刀が斜めに滑る。

 攻撃を完全に躱されてしまったゼンの背中に、打撃が加えられる。


「ぐぅッ!?」


 痛烈な一撃に息が詰まる。

 あり得ない力だ。少なくとも、子どもの力では決してない。

 床を転がるゼンの身体は部屋の隅へ。打撃が足からの一撃であったと知ったのはその最中だ。

 手の感覚が突然無くなり、離さまいとした剣が放り出される。

 背中を壁に打つけたゼンが自身の手を見るが、手首から先は付いている。

 切断された訳ではないようだが、


「ーーーっ!?」


 手が、まるで独立した意思を持ったかのように身体の命令を拒む。

 ーーー何故か、手が動かせなかった。


「…片付いたようだな」


 反撃を封じられたゼンの首筋に刃が添えられた。

 頼もしい援軍は、数秒とせずに無力化される。ウェンドロの言葉の通り正に、片付けられてしまったのだ。


「陛下…逃げろ…っ!!」


「ぜ、ゼン…っ! 叔父上どうか! 止めてください!」


「止めたいか? ゼン・ゾンガデスを助けたいか! ならば戦えッ!!」


 ゼンを助けるには、戦わなければならない。

 戦わなければ、ゼンは間違い無く殺されてしまう。

 自分の選択で、人の命が左右される。そんな選択を強いられるぐらいならば、そもそも選びたくない。

 選択しないという選択肢は無いのだろうか。


「…っ」


 否。存在するはずがない。

 都合の良い話が無いことぐらい、レガーデスにだって分かっていた。


「(だが…怖い…逃げたいのだ……)」


 戦う意志を底知れない恐怖が妨げる。

 逃げなければ。叔父と戦いたくないーーー気持ちが恐怖に押し潰されていく。


「陛下ッ!! どうかァッ!!!!」


 ゼンは、「逃げろ」と言う。自分の命が処刑台に吊るし上げられているのにも拘らず。

 そうだ。もしここで戦っても敗れるようなことがあれば、結局二人とも死んでしまうかもしれないのだ。

 だったら、自分だけでも逃げた方が良いのではないか。

 しかしゼンを見捨てるのは嫌だった。


「……」


 何とかして少女の隙を突くことは出来ないのかと彼女の様子を窺うが、眼が合ってしまった。

 翡翠色の瞳が、まっすぐとこちらを見詰めてくる。

 不思議な瞳だ。


『逃げてばかりじゃ、何も始まらないからな』


 何故か、ホテルを出る前に男に言われた言葉が浮かぶ。

 何故だろうか。あの瞳に見詰められると浮かんだのだ。


「(何も始まらない…か)」


 ーーー分かったような気がする。いや、教えてもらったとするべきなのか。


「(そうだ、私が恐怖を覚えたのは…“始まらない”こと…!!)」


 ここにきて、ようやく覚悟を決めることが出来た。


「(…叔父上…そこまでに戦いたいと言うのならば…!!)」


 逃げない覚悟をーーー!


「…抜いたな」


「…えぇ、戦います!」


 叔父と向き合う。

 向けるのは剣だけではない。心もだ。


「…良いだろう」


 初撃。

 先制したのはウェンドロだった。


「っ!?」


 ゼンが見たくないとばかりに瞼を閉じる中、レガーデスは振り下ろしの斬撃を避けていた。


「ちょこまかとッ!」


 これまで逃げの姿勢に慣れていたのが幸いした。

 レガーデスの、避けることに対しての身のこなしは、拙さのあるウェンドロの攻撃の及ぶところではなかった。

 続いて繰り出された斬撃も、その次の斬撃も、彼は避けてみせる。

 叔父と甥の視線が至近距離で交錯する。

 恐らく、まともに打ち合っていれば勝ち目は万に一つも無い。

 故に、交戦の傍らレガーデスは隙を探っていた。

 勝たなければならない。

 奇策も、類い稀な剣術の才能も無い彼が取る戦法は、勝利の戦法を模すことだった。

 模せる戦法、記憶にある戦法は記憶に新しい戦法。あの謎の猫が取ってみせた戦法だ。

 猿真似ならぬ猫真似とはおかしなものだが、小動物が巨大な怪物と渡り合った戦い方ーーーそれはレガーデスが真似するには十分過ぎる勝利の可能性を内包していた。


「避けてばかりとはな! この臆病者めがッ!!」


「…ぐっ!!」


 容赦無く殺そうとしてくる叔父の剣。

 向けられる明確な殺意はただ辛く、そのような感情を向けられていることに悲しくなってくる。

 優しかった叔父はどこに行ってしまったのだろう。それとも、あの優しさは嘘だったのか。

 重なるのに。あの頃とその姿が重なるのに。あの頃とは違い過ぎる。

 叔父にとってレガーデスは、「邪魔な存在」でしかないのだ。

 信じていた者と命の奪い合いをする。頭を金槌で殴られたような感覚が彼を、悲しみの淵に叩き落とす。

 だが、這い上がらねばならない。

 今は逃げないとそう、決めたのだから。


「(く…足が…っ!!)」


 急な身体の切り替えに足が付いていかなくなる。

 疲労だ。運動不足のレガーデスの体力はそう多いものではなく、スタミナ切れが起きようとしていた。

 脇腹も痛い。必死の表情に、苦悶が込められていく。


「ぐ…」


 そしてとうとう、足を(もつ)れさせてしまった。


「うわっ!?」


 転び、体勢を崩す。

 隙を狙うはずが、逆に大きな隙を見せてしまったとは皮肉である。

 大きな隙だった。ウェンドロが勝利を確信する程に。


「さらばだ! 我が甥よッ!!」


 振り上げられた剣が、振り下ろされる。

 剣の軌道は、レガーデスの首へと続こうとしていた。


「陛下「駄目」っ、ぐぅぅッ!! 陛下!  陛下ァァァァッ!!」


 身体が動こうとしない。ゼンの命令が拒否されているかのように。

 声は出せるのに、手も足も、全く力が入らず、まるで身体の主の命令よりも、少女の命令に従っているようだ。

 ただ見ているしかない男が必死に主の、そして主の叔父の名を呼ぶが、時間は止まらない。

 寧ろ、動くことの出来ない彼を嘲笑うかのように、次の光景は滑らかに展開された。

 降り下ろされる剣。


「うわぁぁぁぁぁッ!!」


 レガーデスが声を上げ、握った剣を突き出す。

 ウェンドロの動作の中に見付けてしまったものに、自分の全てを賭ける。

 そして二つの剣が、交錯するーーー













 カランと。硬い何かが床に落ち、音を生じさせる。

 それはどちらの音だったのか。

 静かになった空間の中でゼンは、眼の前の光景に己の眼を疑っていた。

 決着は着き、勝者は決まったのだ。

 ーーー認めたくない形で、人が倒れた。

 呆気にとられていると、少女が刀を鞘に納めていた。同時に身体も、動くように。


「……」


 不思議だ。先程までの金縛りがまるで、最初から無かったかのようだ。

 謎の金縛りを止めたらしい少女を見ると、顔を背けられた。


「(嫌われたか…っ!? いやそれよりも!)」


 そんなことを考えてしまうあたり、頭が混乱しているのだろう。

 すぐに元の思考に戻り、空間の中心に急いだ彼は、血塗れの男の肩を激しく揺さ振る。


「陛下っ、陛下ッ!!」


「…ぅ…ぁぁ……っ」


 瞳が揺れている。

 自分に晒された現実の衝撃に、耐え切れていないのだ。


「陛下! しっかりッ!!」


 更に強く揺さ振る。

 戻って来いと、行ってはならないと、必死に、必死に呼び戻す。


「ぁ…ぁ…ぁぁ…。ぉ…っ!!」


 壊れてしまったかのように声を零し続けるレガーデスが、大きく咳き込む。

 その肩を少し強めに摩り、呼び戻そうと試みる。

 頬を叩きもした。荒っぽいが、必要だと感じたのだ。

 それが功を奏したのか。

 荒くなっていた息を落ち着かせ、レガーデスは眼の前の人物の下に。


「…陛下……」


「…ぉ…ぉぉ……ぉ…」


 四つ這いで動く姿、縋るようにその人物の下に寄り添う姿はまるで、赤子のようだ。


「寄るなッ」「…っ!?」


 一喝。

 強い声音でレガーデスを突き放したウェンドロは、彼を厳しい視線で睨み付ける。


「…近寄るな…っ」


 口元から赤い雫が溢れる。

 徐に腰を下ろしたウェンドロは、少女に視線を遣る。

 暫くの間、何事かを呟いたようだ。弾かれたように顔を上げた少女が、赤く腫らした眼を大きく開けている。


「…だ、だが…剣を…剣を抜かないとっ」


「…酷いことを考え付くものだ。気遣う素振りの裏に殺意を込めるとはな…がふ…っ!」


 胸元に突き刺さった剣に伸ばされた手を振り払い、腰を下ろした体勢のまま静かに後退る。咳と共に吐き出されるのは、真紅の液体。

 勝者はレガーデスだったのだ。

 剣を振り下ろそうとしたウェンドロに向けて突き出された刃は、振り下ろされる剣よりも先に、ウェンドロに刺さった。

 決して深くはない一撃だった。だが現に、致命傷となりレガーデスの勝利を意味させた。


「ち、違…っ!! 私は!!」


「大した甥だ…父と共に己が母を殺しておいて…まだ偽善者振るか。…後一瞬早ければその首切り落としてやれたものを。何が違うと言う」


「そ、そんな…私はただ…叔父上ぇ…っ」


 しゃくり上げ、涙を流してしまう。

 どうしてそんなことを言うのか。そんな眼で見てくるのか。

 こんなことになるのならば一層のこと、逃げておけば良かったのかもしれない。

 そうすれば、こんなことにはきっとならなかったのかもしれないから。


「…こんな男が王の座に座れば、この国は間違い無く滅亡の道を辿るだろう。…忌々しい甥よ、今のお前が、この国を滅ぼすのだ」


「……」


 あぁ、逃げてしまいたい。

 叔父の言う通りだと感じた。叔父と甥の政治の才は、天地の差があることが示されているのだから。

 こんな自分が即位しても、何にもならない。

 父の、叔父の治世には決して及ばない。努力しても、決してーーー


「…逃げ続けるな、立ち向かえ。逃げてばかりの臆病者は、何も出来ない。逃げ続けることに、意味は無いのだから」


 視線を合わすことなく、叔父はそう呟いた。


「…っ」


「ーーーとでも言えば、昔も今も変わっていない人だと思ったか? そうさ、俺は昔から…ずっとお前のことが、殺してしまいたい程に忌々しかった! 国が滅んでしまうのは残念だが、これでお前の顔を見る必要が無いと考えると、清々する! っ…さぁ、臆病者の治世の幕開け……だ…………」


 上げて落として、落とし続ける。

 一瞬でも抱いた希望は絶望に変えさせられ、否定された。

 悲しみを感じた。

 ウェンドロが床に斃れ息を引き取っても、悲しみ以外に浮かんでくる感情は、無かった。


「(臆病者の治世…か)」


 反逆者ウェンドロが討たれ、王家の血筋を引くのはレガーデスだけとなった。

 元々レガーデスが王位を継承するはずだったので、恐らく近い内に戴冠式が行われるのだろう。

 それは良い。良いとして、だ。「臆病者の治世」は良い響きではない。

 しかし、臆病者であることは事実だ。

 もし少女が連れて来てくれなかったら、もしウェンドロが強く戦いを要求しなかったのならば、今には繋がらなかっただろう。それが分からないレガーデスではない。


「…ん?」


 少女の姿が見えない。

 あの少女はどこに行ったのだろうか。

 部屋中を見渡してみると、多くの足音が聞こえてきた。

 視線を扉に向けると、兵達が次から次へと入って来たのを見てゼンが身構える。

 城の殆どの兵は、ウェンドロに付いた。もしや、反乱の旗印の敵討ちに来たのかと冷汗を掻くが。


「新国王に、敬礼ッ!!」


 予想外の言葉が先頭の兵の口より発された。

 続くように他の兵からも、レガーデスを讃える声が上がり、玉座の間が埋め尽くされた。


「何だ突然。これは一体どう言うことだ!!」


 謎の行動の訳をゼンが問うと、答えはすぐに帰ってきた。


「な…っ」


 見せられたのは、一枚の命令書。

 内容はこうだ。


『全兵に命じる。

 戦闘音が聞こえても、少女の報せあるまで何人足りとも玉座の間に立ち入ること無かれ。

 少女の報せを受け玉座の間に入りし時、そこにただ一人立つ王家に連なる者こそが、当国新国王である。兵はその者に忠誠を誓うことを厳命する。

 最後に。新国王の就任後、上記の内容を知る全ての者が、国に住む一民としてその者を助ける意思を持ち、至らぬ点は補佐せよ。

 これは命令ではなく、王弟ウェンドロ・ヴァンベルとしての最後の願いである』


 印と共に書かれていた内容を何度も確認して、絶句したのはゼンだ。

 明記こそされていないが、この文面が示している新国王の名は一人を置いて有り得ない。

 しかしどうしてこんな文をーーー?


「我等騎士団一同、この書に従いレガーデス・ヴァルクロベルセ新陛下に忠誠を誓いますッ!」


 「忠誠」を連呼する兵の気迫に苦笑しながら、レガーデスは背後の物言わぬ亡骸を見た。


「(…叔父上は最初から私に託すつもりだったのですか? 反乱を起こしてまで……)」


 物言わぬ亡骸が答えを返すことはない。

 その後レガーデスは、血に塗れた身体を洗い流そうと兵や侍従達に連れて行かれるのだった。

 その瞼を赤く腫らしてーーー

「…。名有りのキャラがこの章で二人も死んでるぞ、おい」


「…名無しのキャラは割と死ぬが、まさかあの…ウェンドロだったか? ああ言うタイプが死ぬとは思わなかったぜ」


「…逆に言えば。ああ言うタイプだからじゃない? まぁ何と言ってもこの章初出のキャラだし、最初は悪い感じが押し出されていたから」


「…実際、中々熱い男だったんじゃないか?」


「…物言わぬ骸となったんだ。今更ここで俺達がどうこう言おうと意味無いな」


「……死人に口無し、か。まさかいずれ俺達も死ぬのか? ロイ、キール」


「分かんねぇな。俺達はメインキャラじゃないだろう? だったら、明日をも知れぬ身の扱いになってるかもしれないからな」


「同意だね。そもそもいつ、どこで、誰が死ぬのか分からない以上、無意味。じゃあこの話しは終えて予告する」


「…ロイ」


「お前がやれ、メライ」


「……」


「…やるから二人は黙ってて。『…うん。惚気…か。人に言われると、中々どうして羨ましかったりしたもんだが、いざ言う方の立場に立ってみると、恥ずかしい反面、訊いてほしいって気持ちも生じてくる。…ま、それは置いといて、だ。フィーの昔の話って色々と気になることが多いんだよな。何か、刺々していた時もあったみたいだし。…気になる話だーーー次回、闇色のカオリ』…前に進むしかないんだ。…それが本当のことに関するのならば尚更な。…だってさ」


「……隊長か?」


「…隊長だな」


「隊長だね」


「…惚気って…腹立つよな二人共」


「…まぁ」「どうでも良い」


「クソ…俺達も早く楓さんをゲットしないと!」


「KaEDeSaN…GOだ!」


「…意味が分からない」


「「うぉぉぉぉぉ!! か・え・で・さぁぁんっ!!!!」」


「……この二人は殺さなそうだね、あの人」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ