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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
227/411

街を駆けるショウジョ

 少女は、雪が収まりつつある街を移動していた。


「……」


 屋根を駆け、街のある一部分を目指す。


「…世話焼きだな、娘よ」


 蝙蝠悪魔、バアゼルがその肩に乗っている。厳かな声音には、呆れたような響きが含まれている。

 魔物との連戦を終え、その後城から飛び出すようにして街へ出てから、彼女は休み無しに動いていた。


「争えないと言うことさ。『支配の王者』……」


 その隣を、狼が追従している。

 主語が無く、はぐらかしたような言葉を用いた彼、ヴェアルは溜息を吐いた。

 弓弦から託された魔力マナは、顕現するには十分なものの、決して無限ではない。そのため今こうしている間でも常に、それなりの量の魔力マナが消耗されているのだ。

 少女ーーーイヅナの一応のお目付役として行動している以上、魔力マナを使い切ることで『炬燵空間(弓弦の精神空間)』に戻ることは避けておきたい。

 中々に突拍子の無い行動をするイヅナだ。放っておくと何をしでかすか分かったものではない。

 今もそうだ。

 要らぬ世話まで焼こうとしてしまうのは、誰に似たのだろうか。

 実に、参ったものである。


「必ず連れて行く…!」


 当初の目的とは方向性が異なる手段を実行するために動く彼女は、その面持ちを決意に彩らせる。

 二悪魔分の溜息を聞こえないようにして、イヅナは地上に降下した。


* * *


 魔物の姿が見えないことを何度も確認し、センデルケン一行は雪の上で休憩を取った。

 激しい戦いだった。

 狼が姿を消してからも、魔物は続々と街の中に入ろうと迫っていたのだ。

 彼等はその度に戦闘を行い、そしてその全てをことごとく打ち破ることに成功した。

 疲れた。それ以外の言葉を発するのは許されない。

 ガノンフとスートルファまでも、疲労の気配を全身から発しており、何も言えない。

 止む気配を見せつつある雪は、穏やかに降る。

 吹雪ではない雪を、久々に見たような気がした。

 レガーデスを城から逃して、ひっそりと影で夜を過ごすという逃げ回ることに一日を使った。

 謎の男と出会い、魔物を掃討したのが今日ーーーたった、二日だ。

 正確には二日も経っていないのに、体感では一月近い時が経ってしまったような気がする。

 しかし、まだ感慨に耽るには早い段階。

 魔物が居なくなったということは、この街の地下に蠢く脅威は取り除かれたということだ。

 だったら、レガーデスが助け出されているはず。

 早くあの方の下に向かわなければ。

 実際にはまだ、戴冠すらしていない、あの「殿下」の下にーーー


「…ぐ…うう…ッ!!」


「ガトルナフ将軍…立てる体力はまだ残っていないだろう。まだ休んだ方が……うぐっ」


 髪を焦がしたラモダは脇腹から流れる血を包帯の上から押さえ、痛みに耐える。

 彼も立てるような体力が残っていない。故に額から、そして四肢から出血しているセンデルケンを見て安静を勧めるのは当然か。

 この二人に包帯を巻いたのは、ゼンだ。

 鬼神の如き強さを発揮した彼は、五人の中でも余力が残っている部類に入る。


「……」


 『零式斬鉄刀』を凝視しているその身体に、目立つ程の大きな傷は無い。

 一行の中で一番無傷なのは、彼だ。

 やがて徐に立ち上がると、センデルケンの下にまで歩く。


「立てるか。センデルケン・ガトルナフ」


 手を差し伸べた。

 彼の行動を見咎めたラモダが「おい」と、抗議の声を上げる中。弱々しく手を伸ばしたセンデルケンがゼンのそれを掴んだ。


「傷だらけのままで横になるのなら、外よりも…建物の中が良いだろう!」


 そのまま無理に引っ張ることなく、傷だらけの男の身体を抱き抱える。

 軽く眼を見張ったのはガノンフとスートルファ。


「‘…これも、文化圏の違いか? スートルファ’」


「‘…そんなこと訊かれましても。ただあのままですと…何とも微妙な図が展開されることになりますね’」


 大の男が大の男を抱き上げる光景は何というか、その、微妙であり奇妙だ。


「…ゼン。これは冗談のつもりだな?」


「…その身体で歩けるとでも? 笑止。歩く度に訪れる激痛を無理して受けることもないだろう」


 唸るセンデルケン。

 自分の身体のことは十分理解しているつもりの彼は、四肢に力を込める度に激痛が走る予感はしていた。

 しかし、それでもこの体勢はいかがなものか。男に抱き上げられる男の図はいかがなものか。

 向けられていると思われる視線が、チクチクと、針のように身体を刺してくる。

 実際には一瞥した後は、誰もセンデルケンのことを見ていないので錯覚でしかないのだが、羞恥からの冷や汗が止まるところを知らない。


「…つぅ…! 理屈じゃあ分かるが、この身体での雪はキツイ。…足を上げるのが面倒だ……」


「俺は一人しか抱え上げられんぞ」


「結構だっ! そんな赤っ恥掻くぐらいだったら自分の足で歩ける!」


 心外だとせんばかりに顔を赤くするラモダ。

 揶揄っている様子はゼンにないのだが、真面目な声音で言われても困るだけ。体感温度を数度下げられた彼は、痛みに耐えながら早く歩く。


「…面倒とは戯言だな。普通に歩けるのならばさっさと歩けば良かったものを…分からん奴だ」


 センデルケンは最早何も言わない。

 「赤っ恥」の言葉は彼の精神に、強撃を与えたのだから。

 しかし身の振り方に困る状態である。

 このまま意識を落とせば現状の羞恥を忘れることも出来るが、やはり絵面として怪しくなってしまう可能性が。


「(こんなタイミングで陛下かアリオールとでも鉢合わせでもすれば……)」


 レガーデスはこの自分の姿を見たらどう思うのだろうか。

 幻滅でもされたら、その後どのように接すれば良いのか分からなってしまう。

 いや、もしかしたら叔父であるウェンドロに、本来座るはずだった玉座を奪われ心に傷を負ってしまったかもしれない彼に止めを刺してしまう可能性がある。

 育ての親とも呼べる人物によって止めを刺されるーーーそんなことは間違い無く冗談ではない。

 隠れ場が見付けられ、アノンが死に、多くの味方を失ってしまった現在。正面からウェンドロを打倒する方法は、無い。

 取るべき行動は、機を窺うこと。そのためには、レガーデスと共に街を出るしかない。

 悔しいが、雌伏の時なのだ。そんな折に、彼に心を閉ざされてしまったら眼も当てられない。

 これからのことを考えるとどうしても憂鬱になってしまうが、それでもやり遂げるしかないと結論が出た。

 それもレガーデス次第ではあるのだがーーー


「‘なぁスートルファ。姫様は今どうなっていると思う’」


「‘姫様ですか? ふむ…親が親なのですから、きっと美人になっていますよ


「‘確かに…だとしたら美人か。はぁ…早く一度会ってみたいものだ。ケルヴィンの奴に毎日ビンタを見舞う程男嫌いで、頑固で、レティナ第二号とまで言われた姫様だ。一体どんな、進化をしたのだろうな’」


 そんなセンデルケン達の後ろで、ハイエルフの二人は「姫様」についての話をコソコソとしていた。

 腕を組み、かつての彼女の姿を思い浮かべる二人。

 何せ最後に会ったのは二百年も前のこと。記憶にあるのは、涙を堪える少女の姿でしかなかった。


「‘進化…。ガノンフ、その言い方はないでしょう。レティナ第二号には激しく同意しますが’」


「おい…! そこに同意したら世話無いだろうに! ハッハッハッハッハ!!」


「いえ、でも実際そうでしたから! 立場と、ケルヴィンの眼を気にして男達は寄って来ませんでしたし!」


 笑う二人。

 突然の笑い声がすると、前を歩く三人としては驚くもの。視線を左右させてアイコンタクトを取るセンデルケン達だったが、話の前後が聞き取れていないために答えは出なかった。


「村長唯一の子息、ケルヴィン。あいつはまぁ…性格が、アレだったからな。姫様に話し掛けようとする男は影でアイツに呼び出されたって言うし」


「…しっかり言って、道理が通っていたら本人も納得したんですけどね。例えば喧嘩でも挑んで勝つことが出来れば、自分の方が姫様を好いていることを示せられれば…納得したでしょうけど。あのままですと、誰も現れようとしなかった可能性が大きかった。…あの村長の子息とは思えなかったですね」


 声が大きくなり、人間三人にも聞こえるように。

 ハイエルフの会話ーーーやはり、当然気にならないはずがない。


「まぁ、固執したのは分かる。姫様と契りを交わすことは、彦様になること。次代の我等の担い手になることだったからな。それに姫様、美少女だしなぁ」


「姫様…きっとお美しく成長されているでしょう。会うのが楽しみです」


「取り敢えず話を訊かないといかんな。今何やってるのかとか、彦様についてとか…質問攻めにする」


「それは良いですね! 私も加わるとしましょう!! それで、どんな質問をーーー」


 有り触れた会話、有り触れた反応。

 後ろの二人の遣り取りは人間と大差無い。

 街の入口から暫く歩くとホテルが見える。会話に意識を向けている間に辿り着いていたようだ。

 幸いにも痛みも忘れていたようで、ラモダは思い出したかのような脇腹の痛みに歯を噛み締めた。

 いつしか雪が止み、空から降ってくるものは何も無くなる。

 その光景を見上げていたセンデルケンは、前方から謎の気配を感じ、ゼンの腕から転がり降りた。


「あ……!!」


 ホテルの入口扉が閉じる。

 出て来ていた二人の人物に、彼の眼は釘付けとなった。


「センデルケン…!」


 レガーデスと、アリオールだった。


「陛下…!!」


「センデルケン! 無事だったのだな! センデルケン!」


 力の入らない身体でレガーデスを受け止める。

 元気な姿だ。多少の怪我はあるが、大きな傷は負っていない。

 レガーデスは、鼻を啜る音を立てながら、自らの身体を抱きしめるセンデルケンの無事を確認する。

 もう会えないかもしれないと思われていた人物との再会には、感慨も大きかった。

 視線は動き、黒眼鏡から煙を上げるアリオールへ。


「…お前も言ってくれていたのだな? 陛下の下に」


「…フン」


「すまなかったな。お前を少し疑ってしまった……」


「他ならぬお前の頼みだ。俺が断ると思ったか?」


 力強い言葉だった。

 その力強さは、センデルケンの中の後ろめたい気持ちを全て許したかのように。


「だからこそ、お前に陛下を任せられた。…無理を言ってすまなかった」


「…まだ全部終わっていない。そう言うのは終わってからにするんだな。…ラモダ・グノーチェス、修理は出来るか」


「あぁ…そうさせてもらう」


 言い終わるが否や、ラモダの下に寄るアリオールの背中にそう言い、城を睨む。


「つつ…うわ…これは派手にやって、やられたな。…ここを発つ前に、設備の整った地下施設で修復しないと」


「…そうか。時間はどれぐらい要する?」


 バチバチと危な気な音を立てている鋼鉄の男の身体を、一箇所一箇所と触っていく。

 異常な熱を持っている箇所、欠けて無くなっている箇所ーーーその損傷は部位にもよるが、平均して激しいものだ。


「…ざっと見積もって、どうしても一日欲しい状態…フルメンテだ。これからまともな設備で調整が出来ない以上、破損部位の修理を完璧にしておきたい」


「…もう少し短縮出来ないのか?」


 視線がアリオールに集まる。

 彼の身体は、実のその半分が機械式だったのだ。

 その様は、生体兵器。

 循環器系は人のままであるがそれ以外は、機械部品。ラモダの知識と技術の結晶となっていたのだ。

 瞠目したのはハイエルフの二人。

 弓弦達と同じようにこの国の機械産業に驚かされた彼等だったが、現在眼にしている光景はにわかには信じ難いものなのだ。

 またそもそも、機械という概念すら知らない人物達からすれば、魔法に近しい光景に映るだろう。


「いや無理だ。本来三日四日と掛かるのを、不眠不休で終わらせるんだ。それ以上の時間短縮となると、俺が二人居ないとな」


「そうか。…俺はこの男と地下施設に行く。先に出立するのなら行く前に声を掛けろ」


 外した部品を装着し直して、足を街の西部に向ける。

 その背中に自らを呼ぶ声が掛けられ、アリオールはピタリと足を止めた。


「…“あの時”の傷だな? 『完治した』と言ったのは、嘘だったのか」


 センデルケンだ。

 かつての戦いと、負った傷。

 彼が責任を感じるのには理由があった。アリオールの「あの時の傷」の原因を作ったのは、彼なのだから。


「フン、完治していたではないか! 俺は動け、食え、寝られ、戦え、生活が、支障無く出来た! そこに何か問題があるとでも言うのか!」


「それは全て機械の賜物だ! 身体を機械化するとは完治とは程遠いことだ! …何故、俺に話さなかった」


「…言えばお前が気にするだろうが! 今のようにな!!」


 押し黙る。

 確かにその通りだ。遅かれ早かれ、友人の生体兵器化を知れば今のような事態になっていたのだから。

 しかし、悲しかったのだ。

 隠し事の域を超えた事実は、今まで虚偽を真実として受け入れていたセンデルケンにとって、ただ辛い現実だった。


「‘…良いか、何度も言うがお前の所為じゃない。…俺達は、『ゲオルグ前陛下と、陛下をお守りせよ』と言うミレーヌ様の命に従っただけ。そして俺のこれは、魔物から将軍を庇った名誉の負傷だ。だから気にするな、センデルケン’」


 ーーー“あの時”。前陛下がウェンドロとの軋轢を生じさせる原因を作ってしまった、あの怪物との戦い。

 ウェンドロの帰還までに部隊が耐え切れず、撤退を余儀無くされたゲオルグは、断腸の思いで妻の提案を受け入れた。

 アリオールは囮としてミレーヌが兵を率いようとしていた部隊に入っていたのだが、退却部隊の殿を務めていたセンデルケンの死角を強襲した魔物の攻撃から彼を庇ったのだ。

 その結果重傷を負ったアリオールは退却部隊に入るしかなく、ミレーヌの部隊は部隊の核を担うアリオールを欠いた状態で囮をすることになった。

 「もし周囲に注意を向ければアリオールは傷を負わず、ミレーヌ前王妃も死ななかったかもしれない」というセンデルケンの後悔。それはアリオールの後遺症が残らなかったことが唯一の救いとなっていたが、救いは無かったことになる。


「‘隠していたことは俺も謝る。…だが、そう言うことだ。今のコイツが、昔のコイツとどう違うのか。コイツはコイツ…少し機械化しただけで何も変わらないさ。それはガトルナフ将軍自身分かっていることだろう?’」


 だがアリオールの、ラモダの言葉に、後悔に打ち拉がれた男は救われたような心持ちになった。


「…すまないな。…修理の件は分かった。行く前に俺かゼン…どちらかが声を掛けに行ーーー?」


 そして男二人を送り出そうとしたところで、


「…見付けた」


 少女が空から降って来るのだった。

「そう言えば、実写化するんだってね」


「…? 何のことだい? 知影ちゃん」


「んん…タイトルを見ての一言です。セイシュウさんでも分からないことなので、気にしないでください」


「そう言われると気になってきちゃうものだけどな。まぁそう言うことにしよう」


「…そう言えば、随分と傷が多いですね」


「…あぁ。気にしないで…。僕は少し焦っていたんだよ。若さの波に」


「意味が分からないです」


「バッサリだね。もう少し考える姿勢を見せてほしかったよ」


「それ言われると…考えちゃいます」


「考えてほしいね」


「この予告をどう読むのか」


「僕にツッコミを求めないでくれよ」


「バッサリですね」


「お返しさ」


「…一本取られちゃった。『人の文化…か。今の人の身体は、あんな良くも分からないもので出来ていたのか。道理で身体が頑丈な訳だ。…機械と言うらしいが、これは中々面白いぞ。あそこにある扉も機械…だろうな。姫様にもそろそろお会いしたいし、近くまで行ってみるかーーー次回、そこにあるのはエレベーター』…これを押すのか…。だってさ。はぁ…弓弦…弓弦~…弓弦ぅ……はぁぁぁぁぁぁぁ……」


「…相変わらず酷いね、弓弦病……」

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