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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
225/411

抱擁する蛇リュウ

 もう駄目だと、思った。


ーーーォ。


 その人が来るまでは。


ーーーォォォ。


 機械音を立てながらその人は、


「ウォォォォォォォォッ!!!!」


 視界を覆わんとした牙群の主を、殴り飛ばしたーーー


* * *


 殴打から数瞬の間を置いて、炸裂音が響き渡る。

 魔物が大きく仰け反り、その巨体が動く。


「……ぁ…」


 レガーデスは、その瞳を大きく開いて闖入者を見詰める。

 薬莢がカランと氷に落ち音を立てた。


「…あ、アリオールっ!!」


 眼の前に、鋼の如き肉体を持った男、アリオール・タミネートを認めた彼は、その名を呼ぶ。

 一体、どうしてここに? あの時自分は見捨てられたはずではなかったのか? まさか、助けに来てくれるとはーーー


「訊け、陛下」


 魔物が動き出そうと身体をくねらせる最中、いつもの言葉と、


「ぐっ!?」


 謎の鉄拳が身体に刺さる。

 訳も分からず氷の上をボールのように転がった彼に、雷が。


「この大馬鹿者がッ!!!!」


 比喩的な意味で、落ちた。

 及ぶ激痛は壮絶であり、身動きが取れない。

 それはまるで、臓器を直接殴られたような感覚だ。身体の内に未だ衝撃の余波が伝わっているかのように、じんわりとした痛みが広がってくる。

 身体の内部で血が出てしまったのだろうか? アリオールのことだから手加減はしてくれているだろうと、思いたいのだがーーー怪しいところだ。


「…ぐ…あ、アリオー…ル……」


 そんな中でも一つ、確かなのは。

 レガーデスの意識を刈り取るには、十分過ぎる一撃であったのだ。

 動けなくなった彼の身体が通路の側にあることを確認し、傷だらけのアリオールは魔物と対峙する。

 ここに辿り着くまでに戦闘を行い、魔物を蹴散らした証が幾度と無くある。どうやら相当数の戦闘を熟したようだ。

 煙が上がる。

 冷え過ぎた空間は、体内から出る微かな熱でも色を持たせる。


「お前は…ここに居たのか!!」


 それを認めたのは、弓弦とレティナ。

 ようやく、この地下遺跡に突入した人物達が一堂に会した。

 因みにクロは弓弦の中に戻り、身体を休めている状態。復帰には今暫くの時間を要している。


「我先に部屋を飛び出した理由は、我先にこの地に赴くため…だが、魔物に相当苦戦していたみたいだな」


 鼻を鳴らして言葉を濁すアリオールであるが、実際その通りだ。

 レガーデスがこの地に居ることを知った彼はホテルを飛び出し、氷で固定された扉を力任せに開けて中に突入した。

 弓弦のタックルで扉が開いたのは、前回の開閉から間隔が開いてなかったため。アリオールがもし開けていなかったら、彼は一斉発射フルバーストを残り一度しか使えなくなっていただろう。

 もっとも、アリオールは道を塞ぐ最低限の魔物だけを倒していたので、集まって来た魔物を倒す羽目になったのが弓弦達の連戦の原因なので、それは一概にいえるものではないのだが。

 共通しているのは、アリオールも、弓弦も、レティナも消耗していること。そして相手は先程パワーアップしたことーーー苦戦は容易に予想される。

 誰が言うまでもなく三人は共闘の姿勢を取る。


「…だが、まだ戦えるな!」


「フン…吐かせ!」


 右から弓弦、左からアリオール。中央からレティナが魔物に向かう。

 魔物は巨大かつ強大だ。禍々しい魔力マナと、本来の力の一割程度とはいえクロから一本取った魔物に油断は許されない。手加減もだ。

 繰り出される尻尾の一撃を避け、切断に。足下が滑り易くなっているために踏ん張りが効き難いが、足場に文句はいっていられない。


「ッ!!」


 雑魚魔物とは違うのだ。

 地を蹴る抜刀術は威力の真価を発揮出来ない。ならば、


「二斬、裂断!!」


 横と縦、十字の斬撃波を放つ二の太刀の出番である。

 切断。鱗を、肉を、骨を絶たんとした斬撃波が尾の先に入り込み、切り飛ばす。

 痛みを感じたのか、劈くような咆哮を上げる存在が受けたのは、その一撃だけでない。


「レッツデストロイ、シューーッ!!!!」


 アリオールがどこから取り出しのか。両肩に担いだバズーカのトリガーを引いていた。

 凄まじい爆風。威力はお察し。

 ある程度の距離を置いていたことに弓弦が安堵していると、魔力マナが爆風を相殺した。


『水よ、ここに集いて弾となり撃ち抜けーーー』


 一つは、貫通する水鉄砲。


「ーーー“ペネトレイトウォーター”ッ!!」


 爆風に左右されず直進し、魔物の身体に刺さる。

 詠唱に集中して魔力マナを高めたのだろう。魔物やアリオール達に放った時よりも威力が増大していた。

 だが、そこまでだった。

 二つ目の魔力マナ、それは。


ーーーギャィァァァァァァァァァッ!!!!


 氷を司る悪魔でさえ刹那の時を凍結させた、咆哮。

 黒く濁り切った魔力マナが、広がっていく。

 濁り切った水色。闇に染まりし氷の魔力マナ

 それは弓弦にとって、覚えのあるもの。

 記憶を微かに刺激された彼の脳裏に浮かんだのは、何だったのか。


『弓弦、調子はどうかにゃ?』


 脳裏に響いた早い復帰のクロの声によってそれはうやむやに。

 彼の心配は当然だ。

 穢れた魔力マナの発信源ともいえるこの場所。つまりそれは、居るだけで酷い消耗を強いられることを意味している。

 今この場で誰が一番消耗しているのか? 弓弦だ、いうまでもなく。

 “加耗症”の兆候こそ現れていないが、危険だ。

 “弓弦”であるからこそ分かる、彼の身体の危うさ。

 レッドゾーンのシグナルが点灯している今、彼に真面な戦闘、全力の戦闘を行わせることは、避けなければならない。

 本人は平気な顔をしているが、実はいつ倒れてもおかしくない状態なのだ。

 何とかしなければ。さもないと弓弦がーーークロが悩んでいると、一つだけ浮かび上がる答えがあった。

 今、弓弦の周囲で猛威を振るっている穢れた魔力マナの属性は何か。

 氷だ。穢れ切った氷属性の魔力マナーーーそれを、弾き飛ばすためには。


『弓弦、良い案を思い付いたのにゃ』


 毒を以て毒を制する。

 ならば、氷を以て氷を制するのみ。

 激しい疲労感と、ある種の羞恥感を抱いてもらうことになるが、死の底無し沼に身体を呑み込まれるよりは間違い無く、前者を選択するはず。


「…‘い、いや…あのな? 俺…知り合って間も無い人に変人扱いされたくないんだが’」


 前者を選択するはずだ。

 しかし弓弦は迷っているようで、歯切れの悪い返事をする。

 勿論それは理由あっての迷いなのだが、クロにとっては他所の天気のようにどうでも良いこと。

 現状弓弦、レティナ、アリオールの三人で立ち向かっているから魔物と拮抗しているのだが、特に弓弦が欠けるようなことがあれば敗戦色濃厚一直線になってしまう。

 相手はまだ強化の余地を残している。そして、上限の存在は実質、無い。際限無くあの魔物は強くなり続けるーーークロは、それを良く理解していた。


『ほら、折角の家族旅行を楽しむために、パパ~ッと片付けちゃって一番愛す~る奥さんの下に戻りたくにゃいのかにゃ?』


「‘…まぁ、そうだな。…早く片付けたいのはあるが…。それはこれ以上強くなられるのが面倒なだけで…。だが……はぁ’」


 微妙にはぐらかした弓弦だ。

 彼はまだ誰が一番好きなのかの順番を心の中で付けていない。

 皆が大切であり、守るべき人達ーーーそれ以上は、一部の女性達が覗ける彼の意識よりも、更に深い深層意識を覗けるクロであっても知ることが出来ていない。

 もし彼が彼なりの答えを出しているのならば、それについての予想は出来る。逃げの選択に極めて近いものだが、彼なりの結論ならば彼の一部として、それを認め尊重する。

 要するに、しないのならしない。するのならしてほしいと。しないのならば死にたいのかとクロは訊いたのだ。


「…するしかないか。あぁ、するしかない」


 距離を取り、意識を集中させ、体内から魔力を引き出していく。


「あの男は何をやっているッ! 戦闘の最中に惚けるとは!」


 最後のラモダ手製バズーカは撃ち切られた。

 アリオールの残りの手持ち武器は、殺傷能力が格段に落ちる小型の石弾銃だ。

 バズーカの破壊力で、ようやくダメージを与えられる相手に使うような武器ではない。


魔力マナを高めているの! 時間稼ぎなさい!」


「…。稼げば良いのだなッ!!」


 レティナの一喝に、バズーカの砲身を魔物に打つけて気を引かせようとする。

 レティナも水魔法の応酬を見舞い、注意を向けようとするが、危機を感じたのか魔物は弓弦に襲おうとするのを止めない。


「ヌォォォォォッ!!!!」


 アリオールの拳が魔物を殴り付ける。

 炸裂音と共に生じた爆風を、光の熱線が裂く。

 アリオールの黒眼鏡から生じた光だ。決して頭からではない。

 光は魔物の胴を走り、灼く。

 魔物によってすぐに凍り付かされるが、眩い光が僅かに魔物を仰け反らせた。


「ニャフト! モード、ソードにゃ!!」


 その隙を、逃さない。

 溜め切った氷魔力(マナ)を解放した弓弦の身体が、水色を帯びる。


「にゃにゃにゃにゃにゃぁぁぁぁぁッ!!!!」


「「ッ!?!?」」


 あまりの豹変振りに、二人が息を飲む。

 ここまできたら、恥を殴り捨てるしかない。


「漲ってきたにゃぁッ!!!!」


 弓弦の心は冬の津軽海峡だ。

 波打ち際に争う鮪の群れの、脂はきっと、さぞ美味なことだろう。

 それはそれとして。


「にゃはは! ようやくハーフパワーで戦えるのにゃ!!」


 弓弦の身体を蝕んでいた魔力マナは、悉くが彼の内側より出でた魔力マナによって吹き飛ばされていた。

 煌めく水色は、澄み切った青を透かしたような色。美しく、繊細で、儚い氷の事象を司る色。

 弓弦が翳した剣に、魔力マナが集まっていく。

 剣を基盤として、氷の刃が形成されていき、そして完成する。


「ぶっ飛べにゃぁッッ!!」


 扇状に広がる美しく壮絶な一撃。

 “ソードオブアヴソリュートゼロ”が魔物に叩き付けられた。

 全霊の一撃が穢れた魔力マナを呑み込み、凍て付かせる。

 氷を凍らせる魔力マナが作り出すのは、新たな銀世界。

 全てが静止した。魔物の生命活動も、豹変した弓弦を見る二人の視線も。


『今にゃ弓弦! そいつが、死を抱擁する前に消し飛ばせぇッ!!』


「にゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 空かさず弓弦は得物を宙に投げ、もう一方の得物の鯉口を切る。

 その姿が滑るように消えた。

 直後。氷に直線が入っていく。

 直線は一定の長さで折り返し、途中で次の直線と交わり、そして。


「五刃…星描ッ!!!!」


 五芒星となった。

 それは刹那の間の出来事であり、星の完成と同時に直前に投げられた銃剣が落ちてきた。

 それを掴み跳び上がると、身体を捻りながら魔物に向けて引鉄を引く。

 銃弾が発射された。

 ダンという大きな音と共に、裂かれた氷の内部に銃弾が入り込んでいく。

 アリオールの、二発目の光線が線を増やす。

 呆然とし掛けていたが、追撃のための光を充填していたのだ。


『水よ、ここに集いて弾となり、撃ち貫きなさいーーー』


 彼だけではない。


『ーーー微塵も無くッ! ペネトレイトサファイアッ!!』


 レティナが“ペネトレイトウォーター」の上位魔法、“ペネトレイトサファイア”を発動させた。

 威力の向上だけではなく、発射数も倍以上に増加した水弾は、機関銃を思わせる。

 止めとばかりに放った最後の魔法なのだろう。彼女の足は微かに震え、青白味を帯びてきた表情からは、“魔力(マナ)加耗症”の兆候が見え隠れし始めていた。


「ぬぅッ!?」


 アリオールの視界を爆発が覆った。

 こちらも、打ち止めのようだ。

 ならば、


「零距離、取ったにゃッ!」


 残る六発を一度に、直に叩き込む。

 “零距離全弾発射(ゼロレンジバースト)を使うために氷に剣を差し込んだ弓弦は、空かさずトリガーを引く。

 反動に肩が外れそうになるが、勢いに身を任せることで防止し、着氷する。


「…魔物は!?」


 崩壊した銀世界に閉じ込められていた存在は、その姿を失していた。

 確かな手応えはあるが、今一つ倒したという感覚が持てなかった。


『…当然にゃ。“倒せていにゃいのだから”』


「…‘どう言うことにゃ’」


 そしてそれは、真実。

 魔物が消滅していないことをクロは、良く知っていた。

 否。知らぬはずがなかったのが、また事実なのだ。

 クロとの会話に意識を集中させている弓弦の下にレティナが。その様子をアリオールが離れた所で見守っているが、アリオールは気絶したレガーデスを肩に担ぎ、退却姿勢を見せていた。

 彼の身体で火花が散っているのが分かることから、何があっても戦うことが出来ないことのサインだろうか。


『…『抱擁する者』は、抱擁した死の数だけ命がある。だから、倒すことは無理にゃのにゃ』


「‘どうしてそんにゃことが分かるのにゃ’」


 禍々しい魔力マナは消えている。しかしクロの断言調の言葉は有無を言わさせぬ凄味があった。


『どうして封印されていたのか。ではにゃくて、封印するしかなかった状況を考えてみるのにゃ。かつてあの魔物が封印されたのは、“倒したくても倒せにゃかった”から…にゃのにゃ』


 かつてこの地に魔物を封印した存在は、曰く相当な実力を持っていたようだ。


『…もう暫く前ににゃるのにゃ。この地が今の(にゃ)で呼ばれていにゃかった頃だから』


 クロは知っているようだ。

 かつてこの地で起きた戦いを。


『…にゃは、無駄(ばにゃし)はここまでにゃ。さ、勝てにゃい相手には、逃げるのが得策にゃ。逃げるのにゃ』


「‘っ、そんにゃことを言ってもにゃ。アイツを倒さにゃいことにはここに来た意味が(にゃ)い。尻尾を巻いて逃げる訳には…ッ!’」


「…彦様? 何を一人でブツブツとーーーッ!?」


 空気が、凍り付いた。

 どこからとも無く生じた穢れた魔力マナが渦を巻いていく。


「ッ!?」


 身が凍るような鋭い瞳。

 その向こうに何か、更に悍ましいものが見えた。

 一瞬見えただけではあるがーーー見るだけで言い知れない不安感に駆られる景色。景色の歪み。

 足下がふらついて眩暈を覚える。

 見てはいけないとものを見てしまったと、本能が訴えてくる。


「(ーーーあれは一体!?)」


『僕に任せてほしいのにゃ! 「だから弓弦、早く逃げて!!」』


「っ、二人共、退くぞ!!」「っ!?」


 顕現したクロに背中を押され、荒い息を吐くレティナの手を引いて渦に背を向ける。

 悔しい。任してくれた人の期待を裏切ってしまった自身の力不足を噛み締めながら、ただ前へ。


『思い繋ぎて、誘えッ!!!!』


 そしてアリオールの肩に触れると、“テレポーテーション”を使用。

 四人の姿は、魔法陣から生じた光の中に包まれ消えるのだった。


「…さ。やるかにゃ」


 クロの見詰める先で渦が爆発を起こし、先程消えたはずの魔物が現れる。

 “かつてと異なってしまった”その存在を前に、クロの魔力マナが爆発する。

 顕現に際し、弓弦からほぼ全ての魔力マナを引き出して来た。

 根こそぎ持って来たため今頃地上で彼はぶっ倒れているだろうが、そうでもしないと自分のなすべきことを出来る可能性が低くなってしまう。


「にゃはは」


 命懸けで何かをする機会が増えたことに感慨を覚える。

 いや、これも気紛れの一つとすれば、以前と変わりないか。

 いずれにせよ、任してもらった以上はどうにかせねば。

 眼前の魔物の討伐方法は、限られてくる。

 地獄の責め苦に等しき一撃を、継続して与え続けることで命を落とさせていくか。

 それか、かつて“あの者達”が実行したように、魔物を封印するか。

 クロが取る方法は、どちらか。


ーーーギャァァァアァアアァァァッ!!!!


 クロの体躯が巨大化した。

 先程までの猫の状態ではなく、悪魔猫ーーー『凍劔(とうけん)儘猫(じんびょう)」としてのクロルがそこに顕現した。

 氷悪魔と氷魔獣の激突。

 絶対零度の事象さえも無視してしまう冷気は、大気中の全物質を凍らせ、真空状態へと誘う。

 既に生物の存在出来ない世界が生じる。そこでは『大災害(ロストホープ)』を経てその量を著しく減少させた大気中の魔力マナでさえも、全て氷魔力(マナ)に塗り替えられる、氷の世界だ。

 弓弦達を逃したのは、巻き添えが及ばないようにするため。弓弦はまだ魔力マナの活性化で生き長らえることが出来るが、残る三人は即死してしまうだろう。

 そんな世界が、在るだけで形成される。強大な存在なのだ、【リスクX】は。


「…さっきは良くもやってくれたにゃあ『抱擁者』…! 瘴気に取り込まれ正気を失っているとは言え…!」


 抱擁する者(ファーブニル)

 それが、悪魔猫が対峙する魔物の名。

 生者の死を糧として力を蓄える混沌のモノであり、その際限無き強さの恐ろしさでは悪魔達にも匹敵する。


(しもべ)の分際でかつての主人に手を出した罪…贖うには時の氷獄こそが相応しいッ!!」


 ファーブニルの牙は、尾は、長い胴は、全てがクロルに到達するまでに弾き飛ばされる。

 結界魔法の類ではない。単に展開された魔力マナの量が膨大で、凄まじく吹き荒れているだけだ。

 やがて魔法陣が展開した。吹き、荒れ狂っていた魔力マナの粒子は、線となった。


『…お前に冷たき十字架をくれてやろう』


 その声音は、厳かで、聞くものを凍て付かす悪魔の声音。


『白露の如く美しき時氷の牢獄を!!』


 放たれた冷気の線は、魔法陣からほつれた糸。

 糸は、抱擁者の体躯を縛り、宙に磔にしていく。

 魔法陣の光は形を失っていき、最後の光が地を離れると、


『ーーー氷の恐ろしさ、知ってるか?』


 形の違う魔法陣が即座に展開した。


『時さえも凍て付かすそれはそれは恐ろしい事象。それが氷さ』


 琥珀色の瞳の輝きが、増す。


『にゃはっ。にゃはは、にゃはははっ』


 笑い声と共に、“エーリヴァーガル”が次々と発動されていく。

 傷付けた箇所から凍らせ、腐らせていく剣が、断末魔を上げる気力すら奪う。

 思い起こさせるのは、愚者の断罪の光景であろうか。

 十字架に磔にされた抱擁する者(ファーブニル)に、四方から、八方から、巨大な氷の剣が、続々と。

 血飛沫は上がらない。刺さった箇所から氷結し、内部が腐食していく。

 残酷な光景だ。しかし、美しい。

 清冽な水の流れをそのまま凍らせたかのような剣が作るのは、残酷なる白き華。


『氷の悪魔の真の力、その身に受けると良いのにゃッ!!』


 華は美しき氷の柩に収められ、保管された。

 開くことのない柩に収められた抱擁する者(ファーブニル)は、再び封印された。


「…“嘆キノ柩”がお前の玉響(たまゆら)を虚無に帰すだろう…にゃ」


 次に封印が破られるのはいつになるのか。

 もう眼覚めることはないかもしれない。だが少なくとも、柩の内部で腐食されつつあるその命が潰えるのは、まだ遠い遠い先の話になるだろう。

 眼覚めさせられるかもしれない。

 弓弦が、それとも別の誰かがかの魔物を倒すために。

 だが、それも暫く先のことになるだろう。

 今の彼にはその力が無い。

 その力を手にするのは、いつのことになるのだろうか。

 また、その力を手にした時に道を踏み外すようなことにーーー?


「にゃはは」


 そこでクロは、考えは終わりとばかりに、自身の身体が透け始めていることに気付いた。

 “ノーザンクロス”に“エーリヴァーガル”。二つの禁忌魔法を器用に展開して見せた彼の中では、存在するための魔力マナさえ、既に尽きようとしていた。


「…帰るかにゃ。お家に」


 氷柩の様子を確認し、中でかつての僕が封印されていることを認める。

 ーーー抱擁する者(ファーブニル)。僕として従えていたのは一体、どれぐらい昔のことになるのだろうか。

 遥か昔。そう、人の尺では計り知れない太古。

 当時のクロは、確かにあの巨大な蛇のような魔物と行動を共にしていた。

 あの大きな頭に乗って、気儘に過ごしていたのだ。


「…また会う日は来るのか…にゃ? 抱擁者……」


 既に正気を失っていたかつての僕の柩の前で、その姿は霞むように消えた。

「ふぅ…っ。一汗掻きましたわね! わたくしとしたことが、少し荒ぶってしまったようですわ。…さて、今回は(わたくし)一人が後書きの登場人物。他の人は誰ま居なくてよ。…まぁそれは置いておくとします。(わたくし)と言えばズバリ、説明。…特別コーナーが設けられたお蔭様でここで説明をする必要は無いのですけど……ここでの説明禁止令が出ているのもありますし。大人しく、予告を言わさせて頂くとしますわ! 『…誰も彼も、どうして私を弄るのよ! 確かに? 私は少し遅れてしまった女かもしれないわ。一度死んじゃったし、一度、死んじゃったし! …お望み無しの悲しい女かもしれないけど、それをネタにすることないじゃない! 死者への冒涜よ! セェ、ハァ、ゼェ、ハァーーー次回、弄られる図書オトメ』…私には男の心と考えも何もかも…。…た、大変ですわねこの方。一度死んだのにネタにされるとは…心中、察します。…でも、どうしてこのような方の予告を(わたくし)が読まなければならなく!? 酷いですわっ、ひ~ど~い~ですわっ!!」

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