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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 後編
220/411

追うモノ

「…ここは?」


 広がる氷の世界の奥地にて、レガーデスは歩みを止めていた。

 眼前にあるのは、白く濁って中身の見えない巨大な氷。円状に広がっている空間の、四つ目の出入口を塞ぐようにしてその氷はあった。

 グルリと回って氷を確認してみるが、どうやら四つ目の出入口は完全に塞がれているようだ。離れた所から出入口らしき構造が窺えたので、その先を目指してみたい彼としては是非とも行きたかった。


「…やはり…通れない…か? いや、こうもあからさまなんだ。きっと通る手段があるに違い無い」


 視界の端に映る、自らが腰に下げている物。それに触れる。


「これで…!」


 振りかぶり、切断せんと氷に向けて剣を振り下ろした。


* * *


 悪天候になりつつある『ベルクノース』の空の下、センデルケンは深く吸った息をゆっくりと吐いてから、顔を上げた。


「俺に、付いて来るなと? それはどう言うことだ」


 街の南西部。地下の入口であり、レガーデスの擁立を目的としたセンデルケン達の隠れ家の入口でもある。

 その場所で彼は苛立ちを窺わせる声音で疑問を口にした。


「俺が行かなくて、誰が行く? 誰があの方をお守りする? …説明無しに承諾は出来ない」


 首を左右に振られる。否定だ。


「…その身体じゃ、いざと言う時に満足に動けないだろう。それに、今待たせている二人にも会ってきた方が良いんじゃないか?」


 二人の人物の特徴を訊いている内に、センデルケンの脳裏で人物達の特定が行われていく。


「…ラモダとゼン…か! だが優先すべきは……」


「仕える主のことを懸念するのは当然だが、優先しないといけないことは他にもあるんだ」


 センデルケンに続けさせず、「魔物の掃討をしてほしい」と、弓弦は言った。


「魔物の掃討…?」


 街に現在魔物は居ない。一昨日の夜に襲撃してきたはずの魔物は全てが、討たれたはずだからだ。

 しかし、街には魔物の生き残りが隠れている可能性がある。自身も襲われたので、その可能性はセンデルケンも承知している。その上での疑問だ。


「そう、魔物の掃討だ。これから間違い無く現れるであろう、な」


 言っている意味が分からない。

 文献によると、ハイエルフは魔物の気配を察知する力が強いとあるのだが、センデルケンはそれを読んだ経験が無い。あまり興味が無いからだ。


「どう言うことだ」


「憎悪…悲しみ…怨嗟、良くないものがこの街の地下に蔓延っている。俺の予想でしかないんだが、何かの歪みでそれが爆発しそうなんだ」


 憎悪に悲しみに怨嗟ーーーどれも、人に仇なす存在が好む感情だ。

 それが爆発するということは、溢れた負の感情が魔物を引き寄せるということを意味していた。


「それだけじゃない。ある程度にまで濃縮された魔の気配…穢れた魔力マナ…所謂、瘴気は魔物として、実体化する。放っておくと街は魔物だらけになるんだ。…だから俺とこの人が、地下からあんたの主を助けて、戻って来るまでにどうにかしておいてくれ」


「……」


 陛下は必ず救出しなければならない。出来れば自身の手で、だ。しかし、もし街に魔物が蔓延るようなことがあっては、危険。

 魔物は容赦をしない。建物を壊し、中の人々を襲うーーーそれは、ウェンドロがレガーデスに差し向けた兵達が出来なった行為だ。が、魔物にとっては恒常的な行動だ。人が生活を営むように、魔物は破壊を営むのだ。


「(陛下を守る……)」


 何故レガーデスを守るのか。それは、この国の安寧を願っての判断だ。故に、魔物に街を滅ぼされては堪ったものではない。また内心としては、ウェンドロ側の兵が本当に街を守り切れるのからどうか心配だった。

 数こそ多いが、所詮は一兵卒の集団。つまり、一人一人の実力はセンデルケンやゼン、ラモダ、アノン、アリオールに遠く及ぼない。

 魔物の量、質によるが、“もしも”の場合を考えて行動しなければならない。


「…了解した」


 センデルケンの願いは、レガーデスとこの国、二つが揃ってこそ叶うもの。片方でも欠くようなことはあってはならない。


「…バウっ」


 そう力強く頷いた彼の下に、突然一匹の狼が現れた。


「案内役だ。そいつがあんたを仲間の下に連れて行ってくれるから、置いてかれないようにな。…頼むぞ」


「お願いします」


 街の大通りに向かって走り出した狼の足は速い。

 悪天候の中、ギリギリ見える距離を保たなければならないので、礼の言葉を短く言い残してセンデルケンは吹雪の街へと進んで行った。


「さて…これは昇降装置だな。こんな物まで作られているのか……」


 その姿を見送ることなく、弓弦は自身の目的を達成するための行動を開始した。

 壁を探っていくと見付けた、出っ張りを押して装置を起動させる。

 上にスライドしていく景色を見詰めていくと、やがて鉄製の天井が見えた。


「急ごう」


 そこから数瞬置いて二人は途中で飛び降りて先へと進んだ。


「‘クロの魔力マナを追えば良いか…。’こっちだ」


 迷ってしまいそうな施設に残る、悪魔猫の魔力マナ。それを頼りにする。


「……」


 レティナはそんな彼の背中を見ていた。翻る装束の布衣に視える織込められた魔力マナは彼女の、友人になってしまった人物の愛娘のものだ。

 その娘を一人前の女性にした男性の腰では、彼女から渡された刀が仄かな熱を放っており、見ていると持ち主の想いが伝わってきそうだ。


『連れて行けないことは承知したわ。今度は大人しくあなたの帰りを待ってる。でも、その代わりにこの刀を連れて行って。良いわよね?』


『お守り代わりか。ありがとな』


 思い出されたのは刀を渡された際の二人の遣り取りの光景。互いの指で光るモノに彼女は、驚かされた。

 見間違いでなければ、それはかつて若き日の彼女が探し求めていた物だ。

 魔法具に明るい者ならば、誰もが知る物。ハイエルフの乙女ならば、誰もが夢見た物ーーー『ヴェルエス』作の番いの指輪。それは永遠の愛を誓う証として最上級の物だ。

 指輪が光ったのは、込められている術式が発動している証。つまり、指輪を付けている二人の想いが通じ合っていることを意味している。それが分かったからこそ驚いたのだ。


「(あの男嫌いの姫様が…ね。時の流れは凄いものだこと)」


 感心しかない。感心したから故に、関心を強く持ったのか。兎に角、気になった。


「(…いけない、気になって仕方が無い)」


 時と場合を考慮すれば、少なくとも今訊くような話ではない。しかし、知り合いの恋話とくれば、気になってしまうのが女というもの。


「彦様、彦様」


 ーーー抑えられない衝動が、彼女の口を動かしていた。


「ひ、彦様ぁっ!?」


 素っ頓狂な声を上げられる。突然そんな呼び方をされたらこの反応しかないのだが、レティナはそんな彼の反応が良く分からなかった。


「何かおかしな点が? 姫様のお相手となれば彦様と呼ぶのが当然。何一つ足りとも驚くことはないわ」


 おかしな点だと思ったから驚いたのである。寧ろおかしな点しかない。


「…彦様、ひこさま。姫の反対、彦。つまり、彦様よ。姫様の身分のこと、知らない訳ではないでしょ?」


「…ハイエルフの王族の血筋を引いているって話か? 大分前に訊いた話だが」


「そう、それが彦様を彦様と呼ぶ所以。話戻すけど、どうやってあの男の『お』の字にも興味を抱かなかった姫様を女に出来たのか、訊きたいの。と言うか、訊かせて。後学のために是が非でも」


「…それ今訊く話か?」


 弓弦は思わず、立ち止まって苦言を言ってしまう。

 フィーナのことに関して言えば、男嫌いであることは否定出来ないし、更にいうのならば、人間嫌いだ。そんな彼女の一部分をどうにかしたいという意見なら、弓弦は真剣に話を訊いていたが、その話はあまりに下世話だ。


「今とは言ってない。これが終わったら訊かせてほしいの。娘のように世話を焼いていたから、気になって」


 「彦様も親なのならば、分かるわよね?」と言われ、返答を濁す。

 娘のように世話を焼いていた人物の妹を、その人物の娘と勘違いしてしまったのは、娘ーーーイヅナが所謂、フィーナの両親の隠し子であったのか、あるいは別の何かなのか。判断材料は少ない。


「(いや、俺はーーー)」


「お願いね、是非。彦様」


 考えを中断して走り出し、暫く進んだ所でまた止まった。


「この先か。行こう」


「でも道が無いわ」


 そこは壁があり、行き止まりだった。だが、壁の向こうから冷気と共に、魔の気配が漂ってきているのは分かっていた。


「いや、道はこの先にある」


「それはそうだけど。結界の類が視えないし、何かの装置を窺わせる魔力マナも感じない。…まさか彦様、壁を壊すつもり?」


 壁についての何かを調べているのか、ペタペタと壁に触れていた弓弦が突然距離を取った。

 そしてある程度の距離を取ったところで、


「でぇぇいッ!!」


 勢いを付けてのタックルを壁に見舞った。

 すると、ミシッという音と共に壁が動いたではないか。


「…こんな所に扉があったのね」


「あぁ、扉があったんだ」


 そこにあったのは、壁ではなく回転扉だったのだ。弓弦に押され、軋む音を立てて開かれた道の先へと足を踏み出し、奥を見据えた。


「広そうね」


「…北の街の地下は、氷の地下遺跡…か! 魔の気配もするから気を付けよう」


「えぇ、彦様」


 もう彦様呼びは気にしないことにした弓弦。半眼でレティナを見ないように注意しながら、先を歩こうとして、


「ーーー早速か」


 眼の前に集まってくる何かの気配に身構えた。


「…そうみたい。注意して、彦様」


 弓弦とレティナのその前で。渦を巻き、空間を裂かせ、闇が具現化したーーー!!


「行くぞッ!」


「はッ!!」


* * *


 幾ら振っても、幾ら力を込めても、その氷が砕けることはなかった。

 それどころか傷一つ入っていないので、肩で息をしているレガーデスは心身共に疲れ切っていた。


「ぜぇ…っ、ぜぇ…っ!!」


 手袋の中の手には血豆が出来たであろうか。ヒリヒリと、そんな感じの痛みが伝わってくる。

 更に、剣の先が折れており、そんな剣で氷を斬ることは夢のまた夢だ。


「…っ、ここまで来て立ち止まるしかないのか。…いや、まだだ。私は諦めない…!」


 立ち止まれば、その分来るであろう追手に距離を縮められてしまう。そうはさせまいと、彼は折れた剣でもなお、氷に対して振り被った。












「(…にゃは、いい加減諦めてほしいのにゃ……)」


 そんな彼を影で、銀毛の猫が見ていた。

 クロルだ。通称クロ。弓弦からの頼み事で彼は現在、レガーデスの足止めを行っていたのだ。

 視線の先でレガーデスの行く手を阻んでいる氷はクロによるもので、弓弦の魔力マナから作り出した魔法氷は強固とはいえないものの、レガーデス程度の人間の道程を阻むには十分なものだ。


「(にゃぁ…。弓弦…早く来てほしいのにゃ。退屈だし、ここは…一匹では居たくにゃい場所にゃのにゃ)」


 彼の溜息は氷の魔力マナが主成分であり、銀世界の中でもキラリと輝きを放っている。

 薄暗く光が差し込む空間の中で輝く彼の息は、以前の彼のものとは違う優しい光を帯びていた。


「(にゃは)」


 氷の息であるのに、温かな光を放っているーーーそれはどこかおかしいように思える表現、感覚だがそれもまた良しと彼は考えている。

 以前の彼の息。即ち、彼の身体を構成する全ての魔力マナは、穢れに染まり、黒く冷たかった。

 冷たいといえば、氷としてはあるべき姿であるように思える。氷イコール冷たいという感覚は寧ろ、森羅万象の原理に則るのならば、当然だ。が、氷の悪魔であるのにも拘らず、氷を司る悪魔ーーー『凍劔(とうけん)の|儘猫《じんびょう』クロルはその当然に反旗を翻した。

 反旗といえば。彼は猫らしく、非常に好奇心や探究心の類がある存在だ。溶けてしまうので温度が低めの炬燵でしか丸くなることは出来ないが、熱に対して耐性を生身で持っている。

 さて、話の焦点はそこだーーー


* * *


 そこは暗闇。暗闇だった。

 広がる暗いものが、彼女の周囲を満たしていた。


「…あらあら?」


 座布団の上に座り、卓袱台に上半身を預けてうたた寝をしていたはずのその人物は、いつの間にか変わっている景色に声を上げた。


「…私はどうして研きゅ「わ~っ!!」…う?」


 明転する。

 そこに立っていた人ぶーーー存在に彼女は眼を瞬かせた。


「『なにそれ? 教えてリィルお姉さん!』 始まりだポーンっ!」


 ファンファーレによる謎のメロディーと共に現れた存在。それを見る女性ーーー風音の瞳は何かを察したかのように微笑ましさの色を帯びた。


「っ!? り、リィルお姉さ~んっ!!」


「はーい、ですわ~♪」


 謎の生物の登場に程無くして続いたのは、リィルだった。


「……」


 風音の笑み。


「…。ねぇねぇお姉さん、またまた教えてほしいことがあるんだポン」


「おほほ、えぇ良くってよ。何でも説明しますわぁっ♪」


「火は水で消えちゃって、水も火で蒸発しちゃう。そんな風に魔物には、弱点があるって訊いたんだポン」


「えぇ、その通りですわ」


 繰り広げられる遣り取り。狸のような存在が首を左右に揺らしていかにも分からないようなポーズをするのだが、


「……」


 風音は笑顔だ。


「…。どうして魔物に弱点があるんだポン?」


「弱点…そうですわね。魔物を倒す上で、弱点を押さえておくのは非常に重要なポイントですわ。それでは、本日は属性抵抗についてお話ししましょう。では…説明しますわッ!!」


 悪魔に限らず、全ての生命は魔力マナを持っており、それに準じた耐性と弱点を持っている。火は水、雷は氷といった風にだ。


「……」


 風音はニコニコしている。


「…。でも、氷って火で溶けちゃうんだポン。それも弱点じゃないんだポン?」


「勿論、場合によっては弱点になりますわ」


 もっとも、これは基本的な相克の関係であり、存在の弱点を決める法則は他にもある。五行がそうだ。


「五行相克または五行相生、一対相克。これらを“相克関係”と呼んでいます。広く知られている弱点の関係は、この相克関係のものですわね。つまり相克関係にある片側の属性は、常に片側の属性の弱点属性である。逆もまたしかりですわ」


 木は土、土は水に、水は火に、火は金に、金は木に克つ。そして木は火を、火は土を、土は金を、金は水を、水は木をそれぞれ生かす。つまり、克たせる。有利不利の関係は意外と複雑なのだ。


「……」


 風音は微笑んでいる。


「…。ごぎょうそうこくとか、ごぎょうそうしょうとか、初めて訊いたんだポン。…でも弱点とかは最初に誰が見付けたんだポン?」


「諸説があるそうですわ。と言うよりも、弱点の関係以前に自然の摂理に等しいので、最初の発見者は定かではありませんわ。我々人間が自然と共存する上で、自然と分かっていったもの…それが、属性の関係性でしてよ」


 因みに、五行に関する属性の関係は、とある一冊の書物に記されていたそうだが、その一冊は強力な魔法具ーーー『魔法秘具アーティファクト『組織』の宝物庫に保管されているそうだ。


「アーティファクト?」


「別名宝具。魔法具の中でも強力な物を、そう呼びますわ。その書物は、強力な魔力マナの類は込められていませんが、書かれている内容そのものが、唯一無二な魔法だと言われていますわ」


 大元帥にのみ立ち入りが許されている宝物庫。通称『秘宝院』

 ーーーそこにある強力な魔術書と並んで保管されているのだから、相当なものなのだそうだ。

 無論、そう伝えられているだけなので真偽の程は定かではないが、五行という概念が存在する以上、確かなものであるのかもしれない。


「……」


 風音は優しく眼を細めている。


「話を戻しますわ。結論から言ってしいますと、初見で相手の弱点を見破るのは非常に難しいことですわ。活力の源である魔力マナが弱点であることは良くあること…とは言いたいのですが、複数の属性を有していたり、元々の体質によっては弱点属性が無かったり、全ての属性が弱点であったり…なんてことがあるのですわ」


 火属性魔法を使ってくる相手が水属性が弱点であるということは、必ずしもそうではないということ。更にそれどころか、自身が使っている属性ーーーつまり、この場合は火属性が弱点である可能性もあるということだ。


「……」


 柔和な笑みを風音は浮かべた。


「…。ぁ…ぅ」


 その視線はユリタヌキを見詰めている。


「お姉さん、ありがとうだポン。僕、よーく分かったんだポンっ」


「偉いですわユリタヌキ。では最後にもう一つ。弱点、耐性以外の体質。吸収について説明しますわ!」


「ぇ…ぅ…お、お願いするんだポン……」


 効果を増加させる弱点。効果を減少、もしくは無効化する耐性の他に、体質にはもう一つの属性抵抗の概念がある。


「活性。最上位の耐性であり、効果を発揮させるどころか魔法を構成する魔力マナを、自らの周囲に、自らの魔力マナの一部として展開させる属性抵抗ですわ。所謂、ダメージを与えようとしたが回復させてしまった…そんな状態ですわね」


「ふむふむ…あれ? 活性? それって吸収とどう違うんだポン?」


「確かに、とても意味合いが似た言葉故に区別は難しいですわね。調べても似たようなことが書いてあるだけで、明確化された違いはありませんわ。でも…そうですわね。無理に区別をするとしたら、一時的かそうでないか。に、なりますわね」


 活性は一時的だ。時間経過と共にその効果が、減ってしまうことに特徴がある。


「水を得た魚を例にしますわ。地上において水を得た魚は、水中と同じように、俊敏な動きを見せます。水槽がそうですわね」


 能力を向上させる活性。しかしそれは、活性化させる要素があった上での話だ。


「…ですが、一度水を失ってしまうと全ては元通り。活性をする前の状態に戻ってしまうのですわね。ですがその点、吸収の効果は時間による消失はありません。半永続的ですわね」


「……」


 風音は良い笑顔をしている。


「‘…。お、お姉さん…そこの女の人…ずっとニコニコしていて……何か変だポン’」


「そうですわね……」


 ユリタヌキがとうとう耐え切れずにリィルお姉さんに訊くと、彼女は思案の様子を見せる。


「八嵩 セイシュウ大佐と橘 弓弦少将が、それぞれ活性と吸収の違いを表していますわね」


 ーーーどうやら彼女は例に挙げる人物のことを思案していたようだ。


「はか…ハ嵩大佐はとある特殊体質です。…これはまた、いずれお話ししますけど。活性化した際、時間の経過で効果が途切れてしまうのですが、橘少将は一度吸収した魔法を永続的に行使することが出来ます。また、活性化の際一切のダメージを受けない大佐に対して、少将はダメージを受けます。これも違いと言えば違いですわね」


「…ぽ、ポン……」


 ユリタヌキは絶望したーーーー訳ではない。妖精さんに絶望などあってはならない。何故なら、妖精さんだからだッ! 中の人など、居ないッ!! 絶対に絶対ッ!!


「もっとも、属性抵抗に吸収という項目はありません。弱点か、耐性か、活性か、そもそも何でもないのか。以上の四項目ですわ。分かりまして?」


「……」


 風音は中々に良い笑顔をしている。


「わ、分かったんだポンっっ!!」


「ーーーでは、今日の説明はここまでにしましょう。解説は私ことリィルお姉さんと?」


「……」


 風音は一番良い笑顔を向けた。


「ゆ、ゆゆユリタヌキでお送りしたんだポーーーーーンっっ!!!!」


 ーーーユリタヌキはどこか急いでいる様子で妖精界に帰って行く。


「ゆ、ユリタヌキっ!? どうしましてーーーーっ!?!?」


 リィルはそんな妖精を追い掛けるようにしてその場から姿を消し、場には風音だけが残ることとなった。


「…非常に面白い御話でした。成程…弱点を狙って効率良く戦うと言うことは、困難なのですね。…私は炎を扱う魔法しか使えないので器用なことは出来ませんが、いずれ楓として行動している際の参考にさせて頂くとしましょう♪」


 場面が暗転し、何も見えなくなる。

 すると、


「うふふ…うふふふふふ……」


 暗闇に風音の笑い声が小さく響く。


「…クスクスクス…ユリタヌキさん…一体誰なのでしょうか…?」


 「クスクスクス…」と彼女の声は、その後も暫く闇に吸い込まれていくのであった。

「…おろ、隊長君。シテロちゃんの搬送ありがとね」


「お~お~。部屋勝手に入って悪いな~」


「うーん…ユ~君の部屋だから。気にしなくても良いと思うよ」


「そうか~。…う~ん? 掃除中だったのか? 少し部屋が散らかっているみたいだが~」


「えへへ…そんなところかな? 埃って何もしていなくてもちょっぴりずつ積もっちゃうから定期的に掃除しないと。ユ~君が帰って来た時過ごし易い部屋であるようにね」


「そいつは凄いな。マメなのは良いことだし、アイツも喜ぶだろうな~」


「えへへ、ありがと。んっとね……」


「……?」


「シテロちゃん…そろそろベッドに寝かしてあげてね」


「ん? どわっ、忘れてた。これで…っと、良いか」


「すぴー…すぴー……」


「…しっかしシテロちゃん…良く寝るな~」


「寝る子は育つものだよ?」


「…(十分成長している気がしなくもないんだがな~)」


「…あ、そうだ。隊長君何か食べてく?」


「お、良いのか! そいつは助かるな~。食堂ばっかってのも飽きちゃうものだからな。だが~…どうしてだ?」


「食材の期限が近いから。捨てちゃうぐらいなら…は、少し変な言い方だけど。あ、新しい料理の試食をお願いしたい…かなぁって…あ、もとい。えっとね、シテロちゃんを守ってくれたお礼がしたいかな」


「ん~? 分からないな。にしても新作か~! よっしゃ楽しみだな~!」


「やったね♪ じゃあ適当に部屋でくつろいでいて良いよ。急いで作っちゃうから♪」


「了解だ~!」


「さ、じゃあ作っちゃおっかな。材料は確か…『…まさかこんなことに…。や、やっぱり居たのか…ど、どうすれば…っ、どうすれは良いんだ私はーーー次回、地下遺跡の氷マジュウ』…進まねば…!! …ありゃ、読むレシピ間違えちゃった。と、これこれ。…よ~し、料理開始♪」


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