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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
22/411

Battle of “BAZELE”

 景色をも呑み込む奔流の中で、一際。

 一際強く、魔法陣が輝いていた。


『惑いなさい!』


 ──溶かされた全ては、幻。

 真実の弓弦は、バアゼルの背後に移動していた。

 背後を向いた悪魔の拳が弓弦ごと大地を穿つが、それすらも幻。


【──!】


 さらにその背後から現れた弓弦が横薙ぎに剣を走らせた。

 翼の付け根に走る感覚によるものか、小賢しさに対する怒りか、悪魔の顔が僅かに歪んだ。

 全ては、フィーナの幻属性初級魔法“ディスミスト”によるもの。バアゼルの視界を、(魔法の霧)が阻害していた。


「はぁぁッ!」


 バアゼルの身体を斬撃が走る。

 強い生命力によるものなのか、斬った側から塞がっていく傷を、フィーナが魔法で追撃する。

 戦況は極めて優勢。バアゼルとの激闘はこれで二回目のフィーナであったが、前回よりも確かな手応えを感じていた。


「(効いてる…! これなら…!)」


 封印から開放されて間も無いためか、バアゼルの動きは元のものより鈍いこともあった。

 しかしそれだけではない。自身の行動と、「彼」の行動が不思議な程噛み合っていることも大きな要因だ。

 まるで糸と糸が交わるように。綿が美しく絡み合い、連綿となってバアゼルの首を絞めている。


「(でも、まだ…ッ!)」


 フィーナは、己に喝を入れた。

 油断するな、確実に──勝つ。

 己が精神力を高め、致命的な一撃を加えるための詠唱を紡ごうとする。


【なれば】


 その時、悪魔が嘲笑わらった。

 無駄な足掻きとばかりに、紅の瞳が奇怪な光を湛えてフィーナを見下ろす。


【此れならばどうだ…?】


 たった今、弓弦によって斬り飛ばされた腕の姿が霞んで消えた。

 霞は白い霧になると、一瞬にしてフィーナへと襲い掛かった。


* * *


 世界が暗闇に覆われていた。


「(しまった…っ)」


 敵の術中に陥ったと気付いた時にはもう遅い。

 何も無い空間で、フィーナは孤立していた。


──いらえ。


 脳内に声が聞こえる。

 まるで頭の中を直接撫でられているかのような、不快な声だ。

 心臓がドクンと跳ねる。

 「何か」が、身体の内部に手を伸ばしている。


──いらえ。


 相手方の魔法に囚われたのは分かっていた。

 囚われる訳にはいかないと分かっていた。

 身体の中を覗かれる、探られる、弄られる。

 故に応じてはいけない。そう、分かっているのに。

 その(魔力)は、フィーナの意識を麻痺させていく。

 心が、絡め取られていく。


──いらえよ。


 心臓が跳ねる。

 うるさい程に、不快な程に。

 脂汗が、全身から滲み出た。

 それでも懸命に、精神を集中させる。


──いらえよ。


「…あ…ぐ…っ」


 抵抗レジストし切れない。

 精神力も、魔力マナも、相手は格が違うのだ。


「(こんな…ところで…っ!!)」


──いらえよ。


 魔法陣が打ち砕かれた。

 硝子がらすが割れる音。身体の奥へ、奥へと「何か」が伸びてくる。


「ぐ…」


 自分が二つに別れるような気味の悪い感覚が生じた。

 重い頭を左右に振り、顔を上げると、


『……』


 何も無い空間に、もう一人の自分(フィーナ)が立っていた。

 しかし、よくよく見ると少し違う。

 髪は銀。瞳は紅く、肌は浅黒い。

 無表情。しかし明確な殺気を漂わせて、フィーナの下へと近付いて来る。

 後退りするフィーナ。しかし、もう一人の彼女の方が速かった。


「っ!?」


 触れられた。

 届いてしまった。

 もう一人のフィーナは黒い粒子となって、フィーナの身体へと入っていく。


「か…は……っ!?」


 カチャリ、と嫌な音が聞こえた。

 突如として生じ始める、強い衝動。

 心に扉があるとするのなら、無理矢理抉じ開けられてしまった感覚だ。


「…よく…も……っ!」


 早金を打つ心臓が、警鐘を鳴らしている。

 自分の中の“何か”が増幅されていく。

 ──憎悪だ。人間への、憎しみという黒い感情がフィーナの中に広がっていく。

 憎い、憎い、憎い。

 解き放たれた黒い心が命じている。「人間を殺せ」と。

 殺せ、殺せ──皆殺しだ。


「(い…や…だ……っ!)」


 悪魔なんかの言いなりになりたくない。

 それではハイエルフを虐殺した人間と同類になってしまう。

 抗い、逃れようとするも、既に身体が命令を受け付けない。


「(デイ……ガ…ンフ……ス……ルファ……レ……ナ……っ!)」


 かつて共に戦った、既に亡き四人の戦友に乞う。

 誰か、止めてくれと。

 取り返しの付かないことになる前に、どうか。


「(た…す…けて……っ)」


 悪魔の手先となってしまう自分を、止めてくれ。誰か。


「う…ゆ……ユ……っ!!」


 誰か──!


──弱いものよ。


「────!!!!!!!」


 声にならない悲鳴が、上がった。











* * *


 不思議な感覚が弓弦を動かしていた。

 それはまるで、自分が世界よりも速く動いているような感覚。

 相手の動きが遅い。回る思考が、次の驚異に対する対処を即座に弾き出す。

 感覚が研ぎ澄まされているのだと分かった。


「いける…ッ!!」


 幾度となく斬り、穿ち、砕いた。

 バアゼルの一撃は想像を絶する程、重い。

 しかし、重いだけだ。全て避ければ良い。避けられなければ、最悪フィーナの援護がある。

 きっと、一人では無理だったであろう。多少の善戦は、肉塊のミンチが三分クッキングとなるかそうでないかの違いだ。

 二人だから、ここまで戦えている。

 だから力を合わせれば──勝てる。


【…クッ】


 そう、思った直後だった。


──ッ!!!!!!!


 背後から、悲鳴が聞こえた。

 聞き覚えのある悲鳴。フィーナの悲鳴が聞こえたような気がして、後ろを振り返ろうとした。


「──ッ!?」


 背中にゾクリと悪寒が走った。

 まるで背後に殺人鬼が立っているかのような、明確な殺気を叩き付けられている。

 弓弦は咄嗟にその場を大きく跳び退いた。

 反射的な行動だ。そこに理屈や思考は介在しない。

 だから素早く、迅速に回避出来たのだ。

 氷の槍が、心臓を貫くのを。


「おい! 今はそんなことやってる暇ないだろうっ!?」


 文句と共に魔法の発動者を確認し、眼を見張る。


「……」


 フィーナの瞳に光は無い。

 翡翠の奥が、紅く淀んでいた。

 画面の向こう、紙面の向こうでしか見たことがなかったが、何となく分かる。直感的に気付いてしまう。


「(まさか…。確か奴は…支配を司ると…っ!)」


 フィーナが、悪魔の手に落ちてしまったことに。


「うぉぉっ!?」


 追撃が、始まった。

 展開された魔法陣から、風の刃が放たれる。


【弱いものよ…然し耐えたとも云える】


 背後からの攻撃を掻い潜る弓弦。

 不規則な風の刃が、時折彼の衣服や肌を切り裂いていた。


【貴様は運が善い】


 弓弦を見下ろし、バアゼルは嘲笑う。


【眼前に相い容れない存在(ニンゲン)が居るのにも拘らず、彼の者は独り抗ったのだ。恐るべき精神よ、高貴なる森の妖精…余程我が憎いと見える】


 フィーナは炎で作り出された剣を手に取ると、瞬時に肉薄して来た。

 速い。瞬きの刹那の接近に、間合いに入れられる。


「(カッコ良いなぁ、おいっ!)」


 刃同士を掠めると、どうやら実体があるようだ。

 しかし、いつ剣を擦り抜けて斬られるかは分からない。

 可能性が否定出来なければ、その可能性を十分に考慮した立ち回りが求められた。


【だが所詮は、脆弱な存在。内に秘められし激情の運命さだめには抗えぬ】


「反則かよ、くそ…ッ!」


 剣の軌道に身体を入れないよう往なしつつ、弓弦は歯を噛み締める。

 立ち会って分かる。彼女と自分は、身体能力が桁違いだ。自分が上の立場なら良かったのだが、現実は逆。

 腕力の時点で、拮抗──否、敗北を喫していた。


「ぐっ!?」


 柄が手から離れた。

 衝撃を受け止め切れなかったのだ。

 足で柄を蹴飛ばし、刃を避け、避け、跳び超えるように転がり込む。


「──ッ!」


 身体の下直前を、刃が通過する。

 刃が前から後ろへ。僅かに掠めた炎に、身体が熱を持つ。

 そんな光景が、まるで映画のようなスローモーションのように流れていき──避け切った。

 弓弦は地面に転がり込みながら剣を回収。追撃で振るわれた縦斬りを、振り向き様に構えた剣で受け止める。


「ぐ…ッ!」


 刃が滑る。

 勢いを殺し、往なし、右側に抜けるようにして距離を取る。

 絶体絶命のピンチは、何とか乗り切れた。


「(何なんだよあの馬鹿力…ッ! もう身体に力が…)」


 息が切れる。汗が滲み出る。足が僅かに震える。

 少しずつ、しかし確実に追い込まれつつある。


【ク…無様なものよ】


「…ン…だと……ッ!!」


 フィーナが氷の槍を構えた。

 投擲か──否、こちらに向かって来た。


「おいフィーナッ! いい加減にしろッ!!」


 嵐のような刺突を避けながら、弓弦は怒鳴る。

 バアゼルの魔法に精神を支配され、自分ニンゲンに対する憎しみを爆発させた彼女に声が届く気配は無い。

 氷の槍で串刺しにせんと、殺意を叩き付けてくる。


「言われてるぞ! 悔しくないのか!? ぐぁッ!?」


 槍の石突きが、腹にめり込む。

 鳩尾に入ったのか。息が詰まり、吹き飛ばされた弓弦は立つのがやっとになっていた。


「(クソっ…どうすれば!)」


 出来れば気絶させてやり過ごしたい。

 そんなことが出来れば苦労しないのだが。


【…ニンゲンよ、一つ選ばせてやろう】


 剣を支えにして立つ弓弦を見下ろし、バアゼルが口を開く。


【我に殺されるか、女に殺されるか。…女を殺し、我に挑むか。選べ】


 フィーナは槍を消すと、糸の切れた人形のように沈黙した。

 質問タイムというヤツだろう。余興の一つとばかりに話す悪魔は、余裕の様子だ。

 それも当然か、弓弦の体力に「限界」という文字が見え隠れしていたのだから。

 悪魔なりの慈悲なのか。弓弦は息を整えると、バアゼルを睨み付けた。


「俺の…答えは一つだ」


 だが、例え限界が迫っていても。 

 限界を超えるまでのこと。

 

「ふざけんな」


 理不尽な選択肢なら、選ぶものか。

 弓弦は切先を悪魔に向け、駆け出した。


「(どうする!? いや、考えるまでもない!!)」


 逡巡は一瞬。

 迷いを捨て去り、駆ける、駆ける。刃を構える。


「(…そもそもここには何のために来た?)」


 フィーナが動き出した。

 炎の剣と、彼女の力と打ち合えるよう全身の力を振り絞る。


「(…決まっている、悪魔討伐で世界を救うとかそんな大業なものではなくて、ただ、女の子一人助けに来ただけなんだ)」


 衝突。力で競り合う。

 先程は屈した。

 それは何故か。魔法の剣故に、刃を通り抜けられる可能性を考えていたからだ。

 だがそんなことを考える暇があるなら、身体を動かす。


「…それだけなんだぁッ!!」


 力で──拮抗する。

 気迫の宿った刃が、憎悪に染まった刃とせめぎ合う。


【抗うか! 無駄な事を…愚かな傀儡の瞳を見るが善い!】


「…ッ!」


 足が地面に沈み込む。

 だがそれでも──押し負けない。


【憎悪に染まっているわ!】


「黙れよ! 無理かどうかは今、俺が証明してやる…!」


 刃が徐々に、フィーナの方へと動いていく。


「ぐッ!」


 弾かれた。

 フィーナは剣を氷槍に変え、弓弦の首を狙う。

 間合いが変わり、剣に慣れていた身体を穂先が掠めようとする。ギリギリで避けているが、一歩間違えれば大惨事。

 だが、力で競り勝てたという事実が戦意を高めてくれた。


「(…行けるッ!)」


 弓弦は、反撃に転じた。


「フィーナァァッ!」


 打ち合う。


「俺の声がっ、聞こえるかッ!!」


 次々と繰り出される氷の槍を弾きながら、フィーナに呼び掛ける。

 火花が散り、視界が焼ける。

 しかし彼女の瞳に光が戻ることはなく、攻撃は一層激しさを増した。


【其れでも足掻くと云うのか…。ク、面白い】


 バアゼルは高みの見物を決め込んだろう。勝手なことを言ってくれるが、弓弦に危害を加えてくるような様子は見られない。

 それは当然──弓弦にとって好都合だ。


「もらった!!」


 槍を弾き飛ばすと同時にフィーナを組み倒す。


「──!」


「何だよこの力は…っ! ッ!?」


 抵抗する彼女の手を両手で。身体に馬乗りをして押さえ込んでいく。押し返してくる剛力に驚いていると、彼女の口が何かの言葉を呟き始めた。

 魔法だ。


「(…どうする!?)」


 どのような魔法かは分からないが、塞がっている手ではそれを止めることが出来ない。

 だがこのまま詠唱を完成させられてしまったら、恐らく自分に命は無い──そんな寒気がした。

 身体能力の違いからか、両手も、両足も、いつまでも押さえ続けることは出来ない。マウントを取って行動を制限したのは良いのだが、口まで塞ぐようなことは出来なかった。


「(…そうだ)」


 しかしそんな中で、防ぐ方法を一つ、彼は思い付いた。

 悪魔がいつ心変わりするかは分からなく、もしかしたらもう自分を殺す算段を考えているのかもしれないが、それもまたどうでも良かった。

 しかしこれはやって良いものなのか。やったらいけないような気がして、思い止まりかけるが──彼女と、自分の命には代えられない。


「(そう、これは助けるため。生存のための正当防衛。良し、やるぞ、俺。柔らかそうだ、やるぞ、うん。死んでも少しだけ本望。良し、うん)」


 あれやこれやと言い訳を考えそうになるが、案ずるより産むが易し。

 考えるな、動け。

 決心を固めた弓弦は──


「ッ!」


 躊躇いと後ろめたさを覚えながらも。

 自分の唇を、彼女の柔らかな唇に強く押し当てた。


【ほぅ…!】


「…!!!!」


 口が塞がれたことで詠唱は中断され──


「──な、な!? なななななな…ァッ!?」


 フィーナの瞳に、光が戻った。

 ショックからか、彼女の意識も戻ったのだ。

 眠れる美女を起こすのは、王子のキスと相場が決まっていた──ということだろう。

 そう、だから正当防衛。

 やってることは正しい。きっと、多分。


「…すまん」


 頬を羞恥の色に染めながら眼を白黒させる彼女に背を向け、逃げるようにバアゼルに向かう。

 不謹慎ではあるが、その柔らかさにはただただ頬の緩みを抑えられない。


「…さて、仕切り直しといこうじゃないか…ッ!!」 


 緩んだ気持ちを、背後を鳥がゆっくり飛んでいきそうな雰囲気を引き締める。

 剣を構えた弓弦を見据えるバアゼルの瞳が、闘志に満ちた。


【興が乗るとは、正に此の事よッ!!】 


 大きく開かれた翼から、無数の炎弾が放たれた。

 夜闇の冷たさに満ちていた周囲が一変、灼熱の世界となる。

 まるで火山の中に立っているようだ。弓弦は炎弾を避けながら、バアゼルに迫る。


「それは光栄だなッ!」


 背中で灼熱の余波からか、衣服が焼けるような感覚を覚える。

 前の次は、後ろ。熱世界に晒され過ぎるあまり、そろそろ服が心配だ。

 この服を失ってしまったら、待ち受ける生活は当分の間原住民生活だ。葉っぱを身に纏う日々はさぞ、寒いことだろう。

 それに人里にも出られなくなる。流石に恥ずかしかった。

 攻撃の直撃が死を意味している状況であっても、不思議とそんなどうでも良い思考が過っていた。


「負ける気がしない…いや、負ける要素が、全く無いなッ!!」


 身体に力が湧いてくる。

 漲り、高まり、溢れてくるような強い感覚だ。

 地を踏み締める毎に、弓弦は速くなった。

 速く、疾く、風を纏って加速する。


「これは…まさか…!」


 “クイック”だ。フィーナが唱えていないというのに、彼の身に風が宿っている。

 それだけではない。刃も火の力に輝いている。

 “パワードエッジ”も発動していた。

 まるで今までに唱えた詠唱が木霊となり、再び魔法を発動させたかのように。しかし、そうとしか思えない光景であった。


「(風に消えた私の詠唱を、森が呼び戻した? まさかそんな、森に認められたと言うの!?)」


 フィーナは周囲を凝視した。

 彼女の視界に映る、世界のもう一つの景色。

 木々が、花々が、身を潜める動物達から離れた光の粒子が、彼の下へと集まっている。

 森が、力を貸している。

 自然から力を引き出し、受け止めて自らの力とする。

 そんな芸当は、長らく自然と命を共にしてきた者にしか出来ない。自然に愛され、自然に認められた──そんな者にしか。


「(…そう、皆…認めるのね)」


 信じ難い光景に、フィーナの動揺は上書きされていた。

 森が認めた。そして力を貸した。

 それはつまり、森が願っているのだ。


「(何よもう…私の時は、殆ど諦めていた癖に)」


 半ば拗ねながらも、分かっていた。

 恐らく森は、フィリアーナ・エル・オープストに生きてほしかったのだ。だから敢えて彼女には、積極的に力を貸そうとしなかった。

 力を貸さずに、温存したのだ。

 いつかの未来から、「彼」を連れて来るために。


「ッ、はぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 森の──命の力を宿した弓弦が斬り上げると、眩い光がバアゼルの左翼を斬り裂き──落とした。


【ぬ…ッ!】


「嘘…っ!?」


 微かによろめく悪魔の頭上に移動した弓弦は、身体を反転。


「まだ終わりじゃないッ!」


 重量で加速しつつ、残った片翼の付け根に向けて刃を振り下ろした。


「うぉぉぉおおッ!!」


 残ったバアゼルの翼が、更に腕が斬り落とされる。

 斬り落とされた箇所は灰になり、消えていった。


「(まさか本当に…悪魔を追い詰めていると言うの…!?)」


 翼と腕の切断という驚異的な光景を目の当たりにしたフィーナに、弓弦が叫ぶ。


「魔法、一番強いの頼むッ!!」


 フィーナは思わず、口元を手で隠してしまう。


「お断りよ、疲れるもの。自分で何とかなさい!」


「その冗談こそお断りだ!」 


 未だに警戒心はあったが、流石に状況が状況だ。

 不服を感じながら、彼女はそのままの姿勢で詠唱を始めた。


「(仕方が無いわね…!)」


 否。もう詠唱は済んでいた。

 フィーナの身体から溢れた光が、文字となる。

 『全てを凍てつかす、女神の氷槍、事象の彼方よりきたりて敵を穿て』──文字は瞬時に魔法陣となり、冷たい輝きを周囲に放った。


「良し…ッ!」


 「お断り」と言いながらも、ちゃんと魔法を詠唱してくれる彼女に弓弦は安堵した。

 ──実をいうと、魔法の詠唱は弓弦が背を向けた直後から心の中で始めていたのだ。ただ、「ななな」と固まっていただけではなく、弓弦が感じた殺気の正体でもあった。

 そんな背景までは知らないが、詠唱の内容から効果を何となく理解した弓弦は、バアゼルの背後に回り込む。

 片膝を付いた悪魔が障壁を再展開するが、弓弦によって容易く斬り裂かれる。


「…終わりよ、悪魔…ッ!」


 守りの破られた悪魔に向けて、フィーナは右腕を振りかぶった。

 魔法陣が、眩い光を放つ──!


『氷柩にて、永久とわに眠りなさいッ!!』


 完成した魔法陣から生じる氷の槍。

 美しく、透き通るように透明な槍は水晶を思わせる。


「(皆の仇…今こそ……ッ!)」


 今まで放っていた槍よりも、一段と清冽な槍の柄を握り締め、フィーナはその翡翠色の瞳を見開く。


「はぁぁぁぁぁぁ──ァァァアアッッ!!」


 そして踏み込みと同時に、全霊の力で投擲とうてきした。

極限までに研ぎ澄まされた氷の槍は、音速を越える──!


【ォォオオッ…!?】


 バアゼルの胴体を、貫く。


──ゴウゥッ!!


 遅れて響く音。続いて、物質が即座に凍て付く甲高い音。

 貫かれた箇所は一瞬で凍り付き、動きを阻害する。

 胴が、脚が──氷はやがて、首元まで覆う。


「おわっ…危ないな」


 腰に帯びた鞘に剣を戻した弓弦は、悪魔を貫いただけではなく自分をも狙ってきた氷槍を掴んだ。

 意識が研ぎ澄まされていく。悪魔を討つ──そんなフィーナの願いが、槍に込められているのを感じたのだ。

 万感の思いが込められた一撃を、一撃だけにしてしまうのは勿体無い。そう考えた弓弦の思考が、止めの一手を放つための手段を導き出していた。


「(やってるさ…!)」


 詠唱を、始めた。

 ──先程から生じている力の充足感に混じり、彼の脳裏にとある魔法の名称が浮かんでいたのだ。

 彼が意識すると、詠唱や行使の方法が次々と浮かび上がり──まるで、「使え」と誰かから言われているようだった。


『思い繋ぎて、誘え!!』


 詠唱が完成した。

 弓弦の足下に、バアゼルの遥か上空に同じ魔法陣が展開する。


「──高…ッ!」


 魔法陣に落ちて行った弓弦の姿は、一瞬にしてバアゼルの遥か上空にあった。


「(この魔法、凄いな…!)」


 魔法、“テレポート”。

 魔法陣から魔法陣へと対象者を通過させるこの魔法が、瞬間移動の種明かし。

 何故そんな魔法を使えるのか。

 それは今後、考えるとして。

 弓弦は落下しながら、氷槍を真下に向け──。


「一撃と言わず…もう一撃(おかわり)だッ!」


 投げた。


「…光が」


 光が、バアゼルに向かって落ちていく。

 まっすぐ、ひたすらに。

 そして──脳天を捉えた。


【グ!? 善くぞ…!?】


 氷の槍は重力に従って突き刺さると、悪魔の体躯を氷結させた。

 上下に伸びる、氷の柱。螺旋階段のように、雲を貫く。

 それはまるで、一種の芸術品だ。


「あぁ…っ」


 フィーナの脳裏に、予知で見た光景が思い浮かぶ。

 予知で見たのは、天を突くような光の柱。

 しかし今天を穿ったのは、氷の柱。

 完成したのは悪魔の石像ではなく、氷像。

 予知で見た未来が、変わろうとしている瞬間だ。


「これで…!!」


 落下しながら身をよじって、柱の真隣に移動した弓弦は剣を抜き放つ。

 「シフト」。刃を銃口に変えると、照準に据えるのは氷像の頭部。

 多少の誤差は承知の上。上空から地上へと落ちる最中、足が持ち上がり、頭から落下する体勢になった弓弦を風圧が襲う。

 激闘に終止符を打つために、引鉄を──引いた。 


「止めッ! 一斉発射フルバーストぉぉぉぉッッ!!」


 弓弦は上空からありったけの弾を発射し、氷像を粉々に撃ち砕いた──。

「ねぇユリさん」


「む」


「弓弦、カッコ良過ぎ」


「…む」


「あ〜も〜辛い! 弓弦が辛いよぉ〜っ!」


「またか…」


「え〜も〜…カッコ良い…あぁ…語彙力が死んじゃう。かっこいい……」


「……」


「え? あっ、待ってよユリさ〜ん!! 聞いて〜!」


「似たようなくだりを、何度聞かされたと思っている。…そうこうしている間に、もう夜になっているぞ…」


「朝でも昼でも夜でも、私は弓弦に恋愛しているの!」


「はぁ」


「ほら、こう夜の会話って…何だかとっても良くない?」


「…確かに同年代の同性が集まった夜は、そんな話にもなるだろうが…」


「でしょ!? じゃあさせてよ!」


「(何故私が聞き手なのだ…)」


「あのね、兎に角弓弦がカッコ良いの。…(省略)で、…(省略)で、(省略)なの!」


「……」


「でね! 弓弦の自主規制(ピー)自規制(ピー)規制ピーなの、もうっ、(ピー)!」


「…橘殿が橘殿なのだな、うむ。では予告だ! 『訪れた静寂を、二つの月が照らしていた。刹那の邂逅がもたらした運命の交錯は、糸同士が互いを補うように交わり続ける。今日も、明日も──次回、支配の終わりに』…さて、寝るか……」


「あっ、寝ないでよ!」

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