沈むはハクゲシキ
ゼン・ゾンガデスは武人気質の男だ。正々堂々と、正面きっての戦を好み、本人の実力も中々だ。
戦場においては、愛刀『零式斬鉄剣』を手に、数多の怪物を屠っている。
彼の下に集う部隊も、そんな彼の下に集うのだから当然、剣を用いた戦いを好む、騎士のような人物が多かった。
そんな接近戦に長ける彼の部隊は、遠距離武器を苦手としている。アノンの部隊と合流しているとはいえ、相手の多くは銃士。なので交戦が始まるまではゼンも内心懸念はしていた。
しかし始まってみるとどうであろうか。そんなゼンの懸念を吹き飛ばしてしまうように彼等は戦った。
戦法だ。
銃弾を盾を持った兵が弾き、隙を狙い澄ましたかのように剣を持った兵が斬り付け、倒すーーー連携の取れた攻防一体の戦い方は、相手方を圧倒していた。
機械武器が主流となっている現在においても、剣が通用することを、また自分の部下達をゼンは、誇りに思ったものだ。
ーーーだが、相手の格が、違った。
その“終わり”は、謎の衝撃から始まった。
「…熱波による攻撃…機械ではなく人の手による爆発…だと…! ぐ…」
衝撃の間際、それは咄嗟の判断だった。
新たに現れた指揮官と思われる人物。その者が掌を向けた際、何かがくる予感があったのだ。
いや、相手方の兵の緊張した面持ちから、何かがあると確信出来ていたのだ。
「(…あの存在は離れたか! 良い判断だ。だが…これでは部隊が…っ)」
物影に誰かが居ることは気配で分かっていた。
あれ程の好奇の視線だ。向けられれば当然分かるもの。例え敵意の込められた視線でも、表立って攻撃することさえなければ放置しておくつもりだった。
実力の程は察せないが、剣を交えてみたくはあった。剣客の気配だったためだ。
「……っ!」
そんな希望的観測にも等しい考えを切り捨て、現実を直視する。
身体を支える杖代わりに突き立てた“零式斬鉄剣”を雪の大地から引き抜くと、彼は瞳を悲しみで満たしている指揮官に向けた。
「っ、おのれ……戦士を一撃にて屠るか! だが俺の命にまでは届かなかったようだなッ!!」
膝はまだ付いていない。身体に力は入る。だから、戦える。
同士果て、例え一人になろうとも、このゼン・ゾンガデスという男は掲げた物に命を捧げる覚悟を過去にしていた。
「まだ戦うのか!? もう良いだろう!!」
何度降伏勧告を迫られたことか。
その度に勧告を拒否して得物を向けていたのだが、その結果が多くの仲間の犠牲に繋がってしまったのかも思うと、歯軋りをせずにはいられない。
「何度言おうと答えは同じ、否ッ!! 我が剣折れぬ限り、俺は戦うッ!!」
「っ、何故だ!? 何故戦うッ!!」
「己が信じた“忠義”のためッ! 俺は剣! 陛下に仇なす者を断つ剣だッ!! そのためなら例え何者であろうと冥府へと案内仕ろうッ! 往くぞッ!!」
ゼン・ゾンガデスはその身を剣と化した男だ。斬鉄剣と共に一振りの剣とし、己が信じた道を往く。
「ゾンガデス副将軍ッ!?」
銃口を震わせる兵達が縋るような声を上げた。
ーーー人は、甘さを抱えた存在だ。
彼等の中でもゼンを慕い、彼を止めるために行動している人物は多かったのだ。
仲間内での殺し合いーーー誰でも殺戮兵器のようになれる訳ではない。
共に街で、城で過ごし、人々のため国を脅かす魔物を討伐する。
刀一つで凶悪魔物と渡り合うゼンの姿ーーーいや、彼だけではない。他にも、兵から、子ども達から憧れられる人物は居る。
「笑止ッ! 選んだ道ならば貫き徹すが良いお前達ッ! うぉぉぉぉッ!!!!」
迷う銃口から放たれた銃弾は、一喝しあゼンに掠りもしない。
「東方の志士…! 義に厚き者は義に殉ずるか!!」
敵対する者には容赦しない。
戦場に立つということは、死の覚悟を決めるということ。
「既に言葉は尽くした! いざ尋常に勝負!」
一刀が切り拓いたのは、果たしてーーーッ!!
* * *
遠くで火柱が上がった。
「(向こうは確かゼンが向かった方角…! あいつも戦っているのかーーーー)」
対してこちらで起こるのは、暴風。
「(ーーー語られし存在…と!!)」
ラモダの部隊も、大打撃を受けていた。
「…反抗されるのならばこのままですと、死にますよ!!」
相手の指揮官の用いる奇術によって、吹き飛ばされた兵の数は数知れず。建物に打ち付けられた者は、衝撃によって骨を砕かれ、身を切り刻まれ、荒い息を吐いていた。
「成る程、慈悲と言うものか。だが、その情けには縋れない。譲れないものがあるんだ、俺達は!!」
相手は一人。
だが一人の手によって彼の部隊は壊滅半ばまで追い遣られているのだ。
しかし、それも納得するしかない。
相手が、相手なのだからーーー
* * *
現れた指揮官は、指揮官と呼ぶには異色だった。
一人は、老人。もう一人は、女性。
数十人の兵を率いて現れた二人の指揮官は、静かな瞳でアリオールとアノンを見詰めていた。
「…は、はは…随分とタチの悪いことをしてくれる…っ」
それは、二人の人物に対し顔を青褪めさせたアリオールの言葉だ。
頬をヒクつかせ、瞬きの数は倍以上になった。
「…ラモダァ…恨んでやる…!!」
だが戦いへの意欲を失う程、精神の余裕がある訳ではない。
得物を握る手に力を込めるアノンは、隣の人物を一瞥した。
「…悪霊…ではないか。…熱量サーチ…実体を持っていると言うのか。正に、罰だ」
アリオールは淡々と述べるが、その声はいつにも増して、固みを帯びているように思える。
「…天から見放された…ってことになるのか? 大義は向こうにあるとでも言うのか? …っ、何故だ!」
「…争いを広げることが天の意思であるはずがない。何か別の訳があるはずだ。アザーリーズン」
「確かに言えているが、だが……」
「ーーー投降してもらえませんか?」
女性が口を開く。
静かな声音だ。命令するような声音ではなく、お願いをするような声音ーーーどちらかというと、好感が持てる声音だった。
「身の安全は保証します。武器を捨て、私達と共に城へ」
抵抗しなければ攻撃するつもりがないのか、指揮官に従う兵達は沈黙している。
しかし、一度抵抗してしまえば何十もの銃口が照準を捉えることも、その言葉は意味している。
「…白を無駄な赤で染めることのないよう、英断願います」
その手を取るのは、簡単だ。
しかし一度取ってしまえば、それは掲げた御旗を燃やすことに等しかった。
掲げた御旗ーーー即ち、先王の意思。
先王の意思を裏切ることは、同時に己の信念を捻じ曲げることにもなる。
「「断るッ!!」」
二人は同時に、言った。
そして同時に、地を蹴った。
「それは残念」
女性の指揮官ともう一人の指揮官が同時に腕を持ち上げる。
警鐘だ。
何かがあると、アリオールの中で小煩いアラート音が鳴り響く。
「下がれ、アノン・ローゼン!!」
雪に線が入った。
注意深く指揮官の周りを窺うと、それが見付かる。
アリオールはアノンに下がるように言い、自身は肩に担いだ大砲を前方に向けて放った。
「っ!?」
避ける前の位置を走る風弾にアノンが振り返るが、彼はすぐに本来向いていた前方を見ることになった。
風弾は、途中で何かに打つかったかのように形を変えて、消滅した。
だがその代わりに出現したものがある。
風弾が消滅した場の上方から下降してきた、大きな水の弾。弾けるような音を立てて雪を穿った、その自然の落水とは明らかに違う衝撃に彼は前方を見直したのだ。
「あのまま突撃していたら、抹殺されていたな」
アリオールは飛び退るようにして戻って来た男に苦言を呈する。
「…助かった。勝てると、甘く見ていたな……」
相手が相手であるにも拘らず突撃するのは、愚行ということを思い知らされる。
いや、アノンは信じたくなかったのだ。どこかで、皮を被らされた誰かだと、信じて疑いたくなかったのだ。
しかし実際は、
「…少し位置が前過ぎましたよ?」
「すまんすまん。何せ久し振りのこと…どうにも間違えてしもうていかんな」
確信するしかなかった。
相手が“相手”であると。
「…文字通りのお迎えってヤツじゃないか。どうする、タミネート!」
「……勝つ。それだけだ」
勝つための方法が分からないから訊いているのだが、答えになっていない答えに対し、今一度内容を変えて質問してみようとすると、アリオールが左手で右腕を掴んだ態勢を取った。
「勝つって…だからどうやれ…ば…?」
大男の右腕から溢れてくる、煙のようなものに疑問系が語尾に付く。
「ぬぅぅぅ…!!」
煙が増える、増える、増える。
「……?」
握り拳に増える、増える、増える。
「ぬぅんッ!!」
火が噴き出た。
「ぬぉぉぉぉぉッ!!」
手が、飛んだ!?
「は?」
唸りを上げて高速直進する拳。
その光景は、場の誰もが眼を見開くものだ。
「……」
知人が人間を止めていた。
そのショックは途方も無く大きなものだ。
知っているはずなのに知らない。というか、あまり知りたくない一面ーーーたしかに思い起こしてみれば、最近になって突然、変な動作音が聞こえ始めたりはしていた。
昔から何故か、黒色の眼鏡のような物を常に着用しているのが当たり前のアリオールであったが、良く良く考えてみればどうしてそのような物を着用していたのか、謎になる。
そういえば、拳が飛んでいった後はどうなったのであろうか。生々しいものを想像しながらアノンは隣を見る。すると、
「ロック…シュゥゥッ!!」
光の弾丸が、連射されていく。
ダダン、ダン、ダダンと撃鉄よりも大きな音から威力が察せられた。
弾丸は、ラモダによって製作された物だと考えるしかない銃口から発射されたものだ。
飛んでいく手の中には、光の弾丸を放つ砲身があった。アリオールの身体は実にメカニカルだ。
一同に見詰められる中、弾丸諸共一直線に兵の間を抜けていった彼の手首が戻ってくる。
謎の原理だが、取り敢えず一種の浪漫があるのは違い無い。
アリオールの身体は浪漫が溢れている。
「砕けるな」
感触を確かめたらしい彼は、今度は両指を絡め合わせ、敵に向ける。
「…これはいかんの」
両手から蒸気が噴き出る。
嗄れかけた声を発する男の指揮官の言葉で、場に緊迫感が戻り始めた。
兵達が銃口を向けられ、アノンも思い出したかのように剣を握る力を強める。
雪が、降り始める。
周囲の気温が下降していく中、男の体温だけが一人、上昇していく。
兵達が動いた。
火を噴く銃口から放たれた銃弾の雨は、立つ者を撃ち砕こうと迫る。
「レッツデストロイ!」
対して放たれたのは、組み合わさった二つの鉄拳。
爆音と共に放たれた両拳は宙を駆け、雪を裂きながら同時に、触れし弾丸を弾き飛ばしていく。
途中から一気に回転が加わった。
見た目こそ小さいものの、確かな質量を感じさせる音は、何か壁のようなものを一瞬にして砕く。
それは、硝子が割れたような音だ。
鉄拳が兵達を吹き飛ばしていく。
中には、腹を打ち抜かれた者も居ただろうか。残酷な光景が展開されていく。
アノンは、脳裏に虚しさが過ったような感覚に包まれた。
仲間内で殺し合うこと。それ程悲しく、無惨なものはないだろう。
戦を止めるための戦の矛盾。
平和を守るための戦が、平和を乱している。
ーーー原因は一つ。自分達の考えの浅はかさが招いた空白の旗ーーーレガーデスの人柄を、測れなかったことだ。
例え臆病と罵られていようとも、立ち上がる勇気があると、立ち向かう意志があると、信じていた。
センデルケン・ガトルナフが信じた男を信じ、託したかった。しかしそんな目論見を叩きのめすのが現実なのだ。
彼は逃げ、この場には居ない。きっと今頃既に国を去っているかもしれない。だとしたら一体何のために多くの兵が血を流したのかーーー虚しさが込み上げてくる。
「アノン・ローゼンッ!!」
アリオールの鋭い声で、アノンは嫌な考えを振り払う。
戦闘中に迷いは禁物だ。少しの迷いで戦況が覆り、命を落としてしまう。故に、どのような敵よりも一番恐れなければならないのは、油断という感情なのかもしれない。
そう、油断だった。
「ッ!?」
アリオールが鋭い声を上げた理由ーーー自身の足元。そこに眼を落とすと、どうやらこっそりと広がっていたらしい幾何学模様が光を放つ。
水が生じる。
雪の上に生じる、自然現象に反したそれはやがて、大きく渦を巻いてアノンの足を離さない。
「(拙い…っ!!)」
北国生まれの北国育ちであるアノンは、水圧という概念は理解しているが、実際に海に潜ったことはない。足に掛かる、衝撃と少し異なった圧力は、彼の足を押し潰そうと働き掛けてくる。
剣を突き立てることで足を掬われないように耐えるが、何とも無様な格好を晒していると、自分自身が情けなく思える。
剣を突き立てている以上、現在彼は無防備な状態だ。銃弾一つ防げず、躱せない。狙い撃たれないのが不思議であったが、
「訊け、人間。抹殺する」
攻撃はアリオールに集中しているようだ。
雄々しく前進している彼が歩みを止めないのは、たまたま銃弾が当たっていないためであろうかーーーにしては、時折硬いものに当たる音と、火花らしきものが見えるような気がするが、怯まず歩いているのだ。恐らく見間違いであろう。
第一、かつて存在したとされる肉体強化魔法を使用していないのにも拘らず、銃弾を肉体で弾き飛ばしてきまう非常識など、アノン自身認めなくないのだ。
「ぐ…っ!?」
足の感覚が鈍くなった。いや、正確には一つの感覚が強過ぎて他の感覚が鈍ったというべきか。
ただ一つだけ感じるのは、痛覚。激痛に苛まれていることから、彼は骨が砕けてしまったことを把握した。
足に力が入らない。気を抜いてしまえば二度と、立ち上がることが出来ないと分かっているので、無理矢理腕の力だけで身体を支える。
「……!!!!」
ーーーが、既にあわや戦闘不能状態である彼の視界に大きく映ったのは、遠方に立っていた“はず”の女性指揮官。そして、幾何学模様。
「人間さん、悪く思わないでね」
撃ち抜かれた。
「がはッ!?」
数瞬遅れ、声が出る。
何かが、身体の中を貫通した。それは銃弾とは違う、どこか冷たく、染みるような一撃だった。
「(やられた…内臓をもっていかれた…かっ!! ぐ…っ)」
最早、立っていられなかった。
身体の中央から、熱いものが溢れていく。真下を見ると、雪は赤い。赤い染みが、広がっていく。
「(しま…っ!?)」
何かが、また身体を貫通した。
熱いのか寒いのか、訳の分からない感覚を覚える。
ーーー!!!!
アリオールの声が、遠い。
否、意識が遠退いているのだ。
ーーー!!!!
「(…はっ…。あいつがあそこまで焦っている姿…見たの初めてだな……)」
明らかに焦っていると分かる様子でアリオールが走ってくるなど、今までにあったであろうか。記憶の範囲内ではかつて一度足りとも、そのようなことはなかった。
初めて見た知人の姿。人間味のある様子がどこか、おかしかった。
「(…へぇ、流石はってところか…中々綺麗な顔をしている。一眼惚れ…成る程、道理で謳われる訳だ……)」
それは、背中を向けた人物に対しての感想だ。
緊張感の抜けた感想だと、自分でも思った。だが、そんな考えもたまには悪い気がしない。
ーーー知人の声は、もう聞こえない。
「(雪…冷たい…な……)」
身体にはもう、力が入らなかった。
「…雪の上です~いすい♪ 踏ん張って…よ~っと!」
「……」
「シーケンスっ! えっと…何とか!」
「…何とか?」
「最後! クルクルクルクル…フィニッシュ!!」
「ほぉ…凄いものだな。神ヶ崎」
「それ程でもないと思うけど…そうかな、トウガさん」
「様になっている。人に見せられるか見せられないかでは、見せられる方になるな」
「おー! やったね♪」
「つまらないことを訊くようだが、どうして突然『VR5』で氷の湖なんて設定した。それに、どうして俺が呼ばれた?」
「…私さ、弓弦と一緒に滑ってみたいんだよね」
「……」
「だけど、弓弦…お姉さん達に教わっていないみたいなんだよね。スケート」
「…どうして知っているのかには触れないが、つまり、橘にスケートを教える前に自分の技術を磨こうと言うことか」
「そう言うことです。後、トウガさんに見てもらった理由としては、トウガさんは氷の魔法使いだから、何か出来そうなイメージがあったからだよ」
「残念だが、期待に応えることは出来ないな」
「そっかぁ…うーん、じゃあスケートが出来そうな人に心当たりはある?」
「そちらも残念だが」
「…むぅ。じゃあ他を当たることにします」
「あぁそうしてほしいものだ。…と、今回は俺の番か。『のんびりと様子見をするつもりだったんだが、このどうにも嫌な感じ…どうやら面倒事の裏で更に面倒事が起こるかもしれない予兆かもしれない。…動こうと思えばすぐにでも動けるんだが、風邪を拗らせたフィーが心配だ。…と、それは理由にならない…か? まぁそれは置いといてだ…行くしか、ないかーーー次回、ようやく上げる、重いコシ』…ま、降り掛かる火の粉は払うまでだ。…さて、そろそろ俺も店を開けに行く。それではな」
「え、あ…なんかゴメンねトウガさん。けど見てくれてありがとう!」
「あぁ」