その面持ちに雪化粧をホドコシテ
『贖うがための生だから、まだ死ねない』と、かつてフィーナの前に跪いた男が居た。その者は言葉通り、贖いの旅路へと赴き、旅の終わりとその生命の終わりを同じくした。
金髪の男だった。腕っ節は弱く、当然剣の腕も立つ訳ではないが、その意をあらゆる金属よりも硬く、刃に宿し贖罪の力として。
「(まさか…ね……)」
雪が積もらないよう特殊な形状をしている鉄製の屋根の上を、素早く跳躍しながら移動しているフィーナは、まるで幽霊でも見てしまった面持ちをしていた。その驚きが彼女を外に飛び出させてしまったと表せば、それがどれ程のものか分かるであろう。
「ん?」「ッ!!」
急いでいる彼女ではあるが、冷静さを失っている訳ではなく、下を歩く兵達の警備を潜り抜けて移動している。これが中々厳しいものであり、短い距離を移動するにも当初の想定以上に時間を要していた。
「(男が二人…上を向いているわね。危なかったわ……っ)」
「おい、どうした?」
「…今上を何かが通ったような気がしてな…?」
「…鳥でも見たんじゃないか?」
例えばこのように、上に視線を向けられていると動くことが出来なくなってしまうのだ。別の屋根に跳び移り、行ける所まで行ってから素早く隠れ、次のタイミングを窺っている間に無駄な時間が生じる。本来ならば魔法で自分の姿を隠すなりすることが出来る。しかし、魔法を使える者が存在しない世界において、外で堂々と魔法を使うこと。それは自身が『ハイエルフ』だという証拠を晒すだけであるので、使うことは出来ない。
「(…そろそろあの人が気付いてもおかしくないはず。…確認するだけ確認して戻るつもりだったけどそれも無理そう。参っちゃうわ)」
「…鳥か。確かに見間違えたのかもしれないな。だがこの時期に飛んでることなんてあるか? 人影に見えた」
「大方渡り鳥と言ったところだろう。お互い徹夜明けだ…疲れてるんだろう。見間違いぐらいある」
「(…早く下向きなさいよ、面倒ね)」
一層のこと、下の二人を蹴散らしたい衝動に駆られるが、生憎と得物は手元に無い。『軻遇突智之刀』は現在宿泊している部屋の中だ。故に隠れる以外では、気付かれる前に相手を気絶させるしかやり過ごす方法が無かった。
「(下を向いた…今ねッ!)」
視線が元の位置に戻った瞬間に、別の屋根に跳び移り地面に着地する。目指していた目的地に到着したのだ。
建物の影に隠れて周囲を探ってみるが、先程上から彼女が見た対象は見付からない。時間が掛かってしまったので当然ではあるのだが、落胆があった。それなりに苦労して到着したので尚更だ。
「(寒…)」
館内着の生地は薄い。『ベルクノース』の気温は低い。氷点下に近い外に、身体が悲鳴を上げている。もう少し厚着をしていたとしても、どうにかなる寒さではないので、早々に切り上げようと屋根に昇る。
「‘ぎゃあっ!?’」
流石に一度に屋根まで届くような跳躍力は無いので、途中で樽を踏み台にしたのだが、そこから声が聞こえてきたので思わず体勢を崩してしまい、手だけがギリギリ屋根に届く程度しか跳べなかった。
ただでさえ雪が冷たいというのに、冷え切った鉄がこれまた恐ろしく冷たかった。凍傷、または霜焼けの予感を感じながらも腕の筋力のみで上によじ登った。
そして奇妙な声を上げた樽を、屋根から顔を半分覗かせる形で見下ろす。
樽が動く様子は無かった。しかし、どうしても空耳とは思えなかったので暫く注視する。
「(…一瞬聞こえた切りだけど、声からして男ね。それもひ弱そう……? 周りに聞こえていなければ……)」
だが彼女の犬耳が、離れた場所から寄って来る足音を知覚したので、出来る限り身を低くする。
「(…お早い到着ね。そこまで大きな声じゃなかったと思うけど…随分と耳が良いこと)」
足音は近付き、やがて彼女の視界に三人の男が現れる。
「…声がしたのはこの辺だな。足跡は残っていないか?」
「残っていない…と言っても、誰の足跡かが分かりませんねぇ。文字通りの虱潰しですし」
「逃げ足と潜伏技術だけは一人前か。何もかも駄目な、お飾り人間と思っていたが、人間何かしら一つは光るものを持っていると言う訳か。ガハハッ!!」
ホテルでの会話を訊いていない彼女でも、お飾りという言葉から誰かしら位の高い人物まで思考が行き着くことは容易かった。
しかし取り敢えず寒い。焼けるように熱い掌を見てみると、赤かった。霜焼けしたようである。指先の感覚も鈍く、弓弦に見られようがものなら、彼女にとってご褒美でも何でもない悲し気な表情をされそうだった。
「…そろそろ建物の中を当たるのも手だ。奴がいつまでも外を歩いているとは思えん」
「賛成賛成! これさえ見せ付ければ嫌でも中に入れるし」
ホルスターからライフル銃を抜いた男が、銃をしげしげと見詰める。
かつては存在の影すら匂わせなかった武器からは、魔力は一切感じられない。つまり何らかの魔法具で製造されたのではなく、純粋な人の製鉄技術によって二百年の間に生み出されたものということになる。以前『オエステ』を訪れた時は、眼を見張る程の文明の変化はなかったのだが、この国の文明発達速度は著しい。しかし、彼女の主人が持つ得物の変形機構等に比べると、お粗末と言うしかない設計をしている。使うのに力を使わない分剣と比べると遥かに脅威が増すのは確実だ。故に一度で良いから銃の威力を確かめたいと彼女が思ったためか、
「…眼の前に丁度良い的がありますし撃っても良いですかねぇ…?」
兵士の一人が樽に向けて照準を定める。他の二人がそれを止める気配はーーー無いようだ。
彼女としては威力を確かめるためにこのまま観察をしていたかった。が、
「(…誰か居るのよね? やだ、眼覚めが悪くなりそう。でも…どうしようも…いいえ、やりようはある…か)」
眼の前で血生臭い光景を繰り広げられようがものなら、嫌な気分にさせられることは確実。血を見て喜ぶメンタルなど持ち合わせていないのだ。
「‘えいっ!!」
逃げようにも好奇心からか、先程の人物の姿をしっかりと見ておきたいので、この場を離れたくはない。かといって鮮血の惨状は見たくない。ならば三人の兵士達に退場してもらった方が早いので、適当に掴んだ雪を男の顔に向けて投げる。
「ぎゃっ!?」
最初の一投は、感覚が分からず向かいの屋根に当ててしまったが、もう一投でようやく命中。
「っ!?!?」「ひょっ!?」
空かさず残りの二投見事命中させる。興が削がれて気紛れを止めるかと思ったが、予想に反し不思議そうに周囲を見た男達の一人が銃を構え直したのを見て、溜息を吐く。失敗のようだ。
もう一度同じことをしようと動いたが、一瞬男の顔が見えたのでどうやら一人が上を見ているようだ。
今雪玉を投げればここに居ることがバレてしまうし、完全に手詰まりの状況に陥ってしまった。見捨てるようで悪いと思いつつも諦め、冷え切ったその場を去ろうと動こうした。だが、
「…撃つの止めとけ」
その言葉が、彼女と男両方の動きを同時に止めさせた。
「どうしてですか? どの道手厳しいお怒りを受けるとしたら自分ですよ?」
「…撃った振動で屋根の雪が落ちてきそうだ。別にどうこうなるものではないが、落ちてきたらあまり良い気はしない、だから止めておけ」
思わぬ援軍の登場であった。渋る男を連れて行った男二人の姿が離れて行く。
安堵していると、隣の屋根の雪が地面に次々と落ちていき、樽の前に山を築き上げる。樽を埋め尽くしてしまったらどうなることかと思ったのだが、杞憂に終わった。もっとも、仮に雪によって埋め尽くされてしまった場合、どうなるのかは気にはなった。
様子を窺っておくか、直接話に行くかーーー彼女が選択したのは前者だ。自分で外に飛び出した以上どうしようもないのだが、これ以上寒い中外を居たくはなかった。居たくなかったのだが、好奇心がそれに勝っていた。
「っ、しゅんっ!! ‘いけない、大きな声を出してしまったわ…誰かに聞かれていないかしら…?’」
素早く周囲を確認するが、非常に小さいくしゃみであったためか人が集まって来る気配は無い。
「こらっ、そんな薄着で外出るから風邪引くんだ!」と、弓弦の声が聞こえてきそうな程に、「風邪を引いたわね」と確信が持ててしまう。くしゃみが止まらなくなるのも時間の問題であろうか。
しかしいつまで経っても樽が動き出す気配が無い。ここまで待たされて動かないとなると先程聞こえたはずの声が、確かなものであるかどうか怪しくなってくる。風邪まで引かされて、結局空耳でしたとは非常に宜しくない結末となってしまう。つまり、このまま手ぶらで戻りたくなかった。
「(…聞かれてないのは良かったのだけど、良い加減「‘そろそろ…良いだろうか’」…あら、どうやらやっとみたい)」
樽から声が聞こえてきたのは、フィーナが待つ状態になってから十分後。これで樽の中に誰かが居ることは確定した。後は誰が入っているかという問題だ。
樽に動きがあった。微かに震えたかと思うと、
「っ!?」
足が生えた。続いて手が生え、動き始める。
「‘時間は無い…急がないとっ’」
ーーー顔が生えないので、誰か分からない。そのまま路地を走って行く樽に焦らされている気分になるフィーナだ。無論ちっとも嬉しくない。焦らしたり、冷たい視線を送るだけで彼女を悶えさせたり出来るのは弓弦だけ。彼女は弓弦に対してのみ、その秘めた欲情を解放させるのだ。
周囲を警戒しながら、樽の後を追い屋根の上を渡って行く。ホテルのスリッパのため、時折足を滑らせそうになるが、堪える。
弓弦のことがふと気になる。体内時計の感覚ではあるが、彼女がホテルを離れて二時間程度が経過している。“テレパス”で連絡を入れてくるなり何なりをすれば良いものを、何の音沙汰も無い。彼は一体今頃何をしているのであろうか? そんな疑問がフツフツと湧いてくるのだ。
昼から酒を飲んでいるのであろうか。それともイヅナと遊んでいるのであろうか、黄昏ているのかもしれない。剣の手入れをしているのかもしれないーーーそれか、誰かと通信しているのかもしれない。気になって仕様が無いのだ。
そうこうしている内に、樽は警視の眼を避けながらどんどん移動して行く。その様子は見事という他無く、危機回避能力は歴戦の軍人さながらだ。感嘆しつつも彼女も、共に街の西へと向かって行くのだった。
* * *
「あぁ、お疲れ様」
「戻ったのにゃ」と、窓を通り抜けて部屋に入って来たクロを労った弓弦は、閉じていた瞼を開く。
暖炉の前に腰を下ろしていた彼の手には、インカムが握られており、先程まで『アークドラグノフ』と通信していたか、それともこれから通信するつもりであったのかが窺える。
朝から止み気味の雪は、昼を回った辺りから突然持続的に降るようになり、窓の外に白い層を形成しようとしている。イヅナがそれを興味深そうに見ているのを、これまた興味深そうにヴェアルが見詰めていた。
現在部屋に居るのは、弓弦、イヅナ、クロ、ヴェアル。バアゼルは弓弦の中で寛いでいるのだろうか、彼は今日一日姿を見せていない。
「にゃはは、弓弦もいつの間にか帰って来ていたのにゃね。さっきはどこに行っていたのにゃ?」
「はは、そんなことはどうでも良いだろ? うぅ…寒」
「…フィーナ、館内着で出ていたから風邪確定にゃ。時々くしゃみもしていたけど、放っておいて良いのかにゃ?」
「はは、まぁ好きにさせとけば良いさ。そんな鉄砲玉みたい奴じゃないんだから、用事が終わったら帰って来ると思うしな」
「…心配とかしにゃいのかにゃ? 武器持った人間が歩いているし、危険だとは…あぁ、にゃはは。察したにゃ」
意味深な視線を向けるクロの言葉に対する返答は無く、その代わりにインカムを装着して通信機能をオンにする。
『はい、あなたの愛する知影です。居場所は分からなかったけど弓弦のことだから一度は通信を入れてくるかなと思って、ずっとブリッジでスタンバッてました』
若干のノイズの後に聞こえてきたのは女性の声ーーー彼としては一番通信に出てほしくなかった人物の声に弓弦の時間が止まる。
「……」
「‘弓弦、気持ちは分かるにゃ。だけどケアを間違えたら帰った時に待っているのは地獄にゃのにゃ’」
何を思ってか弓弦の頭に乗って通信を聞いて見兼ねたクロが、反対側の耳から耳打ちする。彼のアドバイスを訊いて頷いた弓弦の最初の言葉は、
「ずっとか?」
「‘そこを訊くのにゃ!? そこが気ににゃったのかにゃっ!?’」
クロのアドバイスなぞどこへやら。少しズレた問い掛けであった。
『うんっ♪ ほら、犯人を張っている時の刑事さんって、餡パンと搾りたての牛乳でずっと同じ場所で見張ってるじゃん。そしたら…私とずっと一緒に居たいのに、フィーナに連れてかれちゃった弓弦から通信が入って来たんだぁ♪ ねぇ今どこ? 迎えに行くから場所教えて? リィルさんがモニターを使っているから地図が出せないんだ』
「‘最初の一手から詰みに入ったのにゃぁ……フォローの言葉を入れるのにゃ’」
弓弦は頷く。顎に手を当てているのはフォローの言葉を思案しているためであろうか。
『アークドラグノフ』を発つ前に、シテロからあるお願い事をされていたクロは、どうしても弓弦を知影に捕まらせる要素を作りたくはなかったのだ。弓弦も、ヤンデレによってベッドに縛り付けられる生活は遠慮願いたいはずなので、相当真剣に悩んでいるように見えた。が、
「嘘だな」
悩んでいる事柄が違ったようだ。
「‘駄目だこりゃ…にゃ。アシュテロに怒られるのにゃぁぁ……’」
クロも早速諦めたようである。
勝手にアドバイスをして勝手に諦めた悪魔猫。彼は自分が居る場所が暖炉の前であることを思い出したかのように、大きく飛び退るとイヅナとヴェアル隣に並んだ。
「ブリッジに花を摘める場所は無いからな。幾ら何でも生理的欲求に抗うことは出来ないさ」
『ば、馬鹿な…っ、私のアリバイは完璧だったはず…っ!! そんな、そんな馬鹿なっ!!』
「不用意な発言が仇となったな。お前のしたことは今、白日の下に晒された。諦めて神妙にするが良い!!」
『…しかし私を捕まえたところで、いずれ第二第三の私が現れ、お前達を絶望の淵へと叩き落すであろう! これで終わりと思わないことだな!! フフフフフ…クククアハハハ!!』
「…お前が何度復活しようと、俺が必ず召し捕ってやる。そう、何度でもだッ!」
『捕まえてくださいお願いします!!』
ノリノリの会話をしていた二人であったが、息を荒くして知影が言うと、途端弓弦は溜息と共に息を落ち着かせた。
「…台無しだぞ、知影。折角人が乗ってやったのに」
『え〜? 別に良いと思う。だってもう私は、一生弓弦に捕まえられちゃわないといけないんだから』
「…色々と何かがおかしいような気がするのは俺の気の所為か?」
『気の所為だよ。じゃあ続きをやりましょう!』
「…もうしない。良い加減伝えとかないといけないこともあるしな」
『…伝えとかないといけないこと? まさか帰りが遅くなるとか言うんじゃ…ないよね?』
話を本題に移すと、途端に知影の声音に不安の色が混じり始める。一週間程度艦を離れることは、レオンを通して伝わっているとした上での発言と考え、弓弦は言葉を続ける。
「その通りだ。こっちで少し問題が発生したからな。帰るに帰れない状況だから、いつ帰艦出来るのかは不明ってところだな」
『…嫌だよ、そんなの』
弓弦が知影のギャグに乗ったのは、本題に移った際に彼女の機嫌が保たれることも、期待してのことであった。しかしこの状態ではどうやら意味が無かったようだ。
『…フィーナ? フィーナが問題なの? フィーナが弓弦に無理を言って、帰艦を遅らせようとしてるんだよね。ねぇそうだよね? …あの女狐が悪いんだ。あの女狐が弓弦を私の下から連れ去って弓弦が私のことを考えられなくなるようにして弓弦が嫌がってるのに自分の感情押し付けて弓弦に責任押し付けて弓弦に押し付けて押し付けて弓弦は悪くないのに弓弦が弓弦を弓弦に弓弦で弓弦…ふぇへ♪ ふぇへへへ…今日何回弓弦って言ったかなぁ♡ 何か嬉しいなぁ…フフフ…♪』
怒涛のマシンガントークであり、並みの人間ならば戦慄してしまう程の病み言葉だが、弓弦は話の内容に突っ込むことなく、短く「ご褒美は?」と訊く。
『直に二発! ご希望ならば回数増やしても良いよ♪』
「…不健全だろう。そこは普通にキス二回とかでだな……」
「じゃあ、直に三発!!」
「回数増えてるじゃないかっ。増やしてどうする!? 不健全だ!」
「え? んん…じゃあーーー」
要求と代替案の提案は続き、この後暫くしてからやっと、知影の口から「キス十回」という言葉が出たので、弓弦は納得して胸を撫で下ろすと、また部屋を出て行くのであった。
* * *
通信が終わり、駆動音が静かに聞こえてくるブリッジにて。知影は拳を突き上げて勝利の宣言をした。
「…キス十回…いっただきっ♪」
満足そうにしている彼女は、自身の後方。ブリッジの入口に立っている女性に視線を向ける。
「…これで良いんだよね? 本当に弓弦、ちゃんとしてくれるよね?」
「おろ、心配?」
レイアだった。人の良い笑みを浮かべた彼女は知影に拍手を送ると、困惑の素振りを見せた。
「流石に…不純過ぎると思っちゃうのはユ〜君、やらないと思うけど、キス十回なら喜んでやってくれると思うから安心した方が良いと思う。そうと決まったら十回のキスを十分楽しめるように、今からデモンストレーションしなくちゃ、ね?」
「…それもそうだね。回数は決まったけど、長さとか内容はハッキリしてないんだからそれを有効に利用出来れば…ふふふ…♪」
先に大きな要求を突き付けておいて感覚を慣れさせてから、それよりも比較的小さめの要求を突き付ければ飲み込ませ易い。商法の基本とも取れるこの方法で、知影がご褒美内容をある程度自分の思い通りに出来るようにしたのだ。
この数日で、レイアは知影のアドバイザーになることに成功している。中々苦労したものではあるが今の立場に居れば、色々と知影の暴走の抑制が出来るので、「知影の面倒を見る」という弓弦との約束が守り易くなり、レイアも自分自身のことで満足していた。
「…手伝ってくれてありがとう。流石、弓弦のお姉さん名乗るだけはあるよね」
「えへへ、褒めても何も出ませんよ〜」
レイアは照れ臭そうに微笑むと、知影に背中を向けてどこかへと向かって行く。
「…本当…良いなぁ弓弦にお姉さん扱い…弓弦の家族…妻……」
残された知影は、相変わらずリィルが何やら検索しているデータを見ながら、適当な椅子に腰掛けて一人、妄想の世界に入って行った。
「クロルが影で活躍していたお話だったの」
「へぇ、そうなんだ。だけどシテロさん、どうしてそれを僕に?」
「キャラが似ているからなの」
「…えっと、どこがですか?」
「ツッコミ役のところと、被害を受ける役…クロルとディオ君そっくりなの」
「…確かに今回のお話ではそんな場面もあったような気がするけど、僕はあそこまで…にゃあにゃあしてないです」
「クロルは兎も角、男の子がにゃあにゃあしてたら気持ち悪い場合が多いの。だから止めた方が良いの」
「…はい、分かりました」
「…クロル……ユールの頼み事はちゃんと成功させているのに、私の頼み事は失敗ばかりなの……」
「え? 弓弦今回、彼に頼み事なんてしていましたか?」
「なの、フィーナのお手伝いをさせてたの。そうそう都合良く屋根から雪が落ちたり、雪を踏んで出来た足跡がすぐに消えたりなんかしない。だからきっとクロルの仕業なの」
「はぁ…凄いですね。だけどシテロさんとの頼み事は…と言う訳ですか」
「…。クロル……さりげ無く、帰ったらユールに暇な時間を作るぐらい簡単なのに……む~」
「…(シテロさん少し不機嫌そうだ)…シテロさん」
「?」
「気分転換で予告を言いましょう!」
「…気分転換? 気分転換になるの?」
「それは読んでみないと分かりませんけど…読まないことにはここを離れられませんよ?」
「…。分かったの。『…おいおい、どうしてこうなった? 俺はただ昨日の分の埋め合わせをしようとしていたんだが、フィーの奴、別の意味の埋め合わせをしようとしてる。…と、思ったら、本人にその意識は無い…無意識でやってるみたいだ。正直、恐ろしい…そうなるまでに誰にそんなこと仕込まれたんだよ…俺か? 俺になるのか? …一種の不可抗力であるとは言え、これは酷い。まるで俺が屑みたいだ。…いや、実際屑なのか。俺は…あんなこと教えてない…はず…ぅぁ、頭がボーッとしてきたーーー次回、マッサージをする方と、されるホウ』…まさか最初から、これが目的で…なの。…ユールの文章なの…」
「わ、わぁぁっ、良かったですね」
「…ユールが悩んでいるのに、私は近くに居られない…寂しいの……」
「…弓弦ぅ、一体そっちで何があったんだぁぁっ!! 」