見上げる月、魔にミチテ
白化粧をした街が月に照らされる。
街の灯が消えて人々の姿が遠眼に見えるのは、おそらくその光景が珍しいものに映っているからであろう。
そんな中で交わされていた会話は、その様子を窺っていた彼女にもまた、珍しい光景に映っていたのであった。
「‘…邪魔をしない方が良さそうね’」
踵を返した彼女はその空間を後にすると、扉を通った先で視線を足下に落とす。
現在は貸切状態なので、誰も居ない通路は、通路と浴場を隔てる扉を抜けてくる風によって冷えている。素足では寒いので、スリッパを履く足に、靴下を穿いている彼女が床を見るとそこには金毛の狼が腰を下ろしていた。
「…夫婦の語らいを妨げることになって、すまないと思っている」
「気にしなくても良いわ。私相手でも気を使ってしまうあの人だもの、たまには男同士、気兼ね無く飲みたい日もあるわよ」
弓弦とイヅナ、三人で貸切露天風呂に入りたかった彼女はどうしても、投げ遣りな声音を抑えることは出来なかった。
彼女の身体からはまだ微かに湯煙が立ち昇っている。弓弦がバアゼルと酒を酌み交わし始めてからイヅナと二人、合同浴場に入ってから戻って来ていたので湯上りなのだ。因みに犬耳は魔法で隠している。仕方無しの配慮だ。
「…私は先に寝ておくと、あの人に伝えておいて」
「了解した」
「お願いね」
湯冷めは風邪を引く恐れがあるので、足早に部屋への道に就く。ある程度歩いて行くと寒気が暖気に変わり、夜でもなお賑やかな人々の声が聞こえてきた。
髪を乾かして来たとはいえ、金糸の如き髪や、湯に当てられて朱を帯びた肌は男衆の視線に当てられ易い。そしてそのような無粋な視線は彼女にとって不愉快の対象となり得るのだ。
そう、普段は気にしない視線の数々であったが、この時の彼女にとっては不愉快の対象となりつつあった。
「(…腹を立てるなんて、馬鹿みたい)」
何かに追われているという訳でもなかったのだが、彼女は逃げるようにして道を急ぐ。それだけで彼女の美貌に振り向かされる客が存在したのだが、見なかったことにする。
「帰ったわよ」
そして部屋に戻る。すると、寝息によるものなのか、微かな息遣いが聞こえてきた。どうやらイヅナは既に寝入っているようだ。
少々寒く感じたので暖炉に焼べる薪の量を増やすと、燃える炎が温度を増し、部屋の明度も増した。
煌々と照らす灯に手を寄せ、静かに時間の経過を待つ。
ふと部屋を照らす、もう一つの光源へと眼を遣る。
蒼と赤、二つの満月。淡く夜空を照らす光源は方や神々しく、方や不気味だ。
フィーナは幼い頃から、ハイエルフの間で『赫月』と呼ばれた、赤く輝く月が怖かった。幼心に見た双月の片割れは、まるで血に塗れ怨嗟の声を上げる獣のように映り、全身が粟立つ感覚を覚えずには居られなかったものだ。
『妖精の村ブリューテ』に伝わる一冊の草子にも、二つの月にまつわるお伽話があり、良くない行いをした子どもは『赫月』から降りて来た悪魔によって連れ去られてしまうという内容だ。他愛の無いお伽話だが、悪魔という存在はそれだけ恐れられた存在なのだ。
今もこうして見詰めていると、言い得ぬ不安感に駆られる。まるで、お伽話のようにあのバアゼルが弓弦を連れて行ってしまうような、確証の無い不安感が彼女を暗い闇の底へ叩き落とそうと、彼女の足を掴もうと、手を伸ばしているような気がするのだ。
頭を振って暗い気持ちを振り払うと、隣の『蒼月』を視界の中心に入れる。
赫月と違ってこちらの月は、眺めていると非常に心落ち着く月だ。事実、それを視界に入れた彼女の心は洗われていくような心持ちとなった。
この『蒼月』は、良い心を持つ子どもに勇気を授けるらしい。もっとも実際に勇気を授けられた子どもが存在するのかどうかは別としてだ。
恐怖と安寧を同時に与える双月が共に満月となる周期は、この世界の暦で一年となっている。といってもそれは正確な一年ではなく、その年その年で前後するのだが、彼女は一つ気掛かりなことがあった。
それは、この街を訪れたからこそ気付けた既視感かもしれない。あの時、この街で、同じ空を見上げたこそ、気付けたのかもしれない類似点に対するーーー
* * *
「はぁぁぁぁぁッ!!」
投擲された氷の槍が立ち塞がる存在の身体を抉っていく。あるべき一部を失った存在達から鮮血が飛び散り、城内の道が開ける。
少女とデイルは『ベルクノース城』の階段を駆け上がっていた。
「姫様っ! もう少し御自重願えませんか!!」
咎めるデイルの声に姫と呼ばれた少女は、それまで傾けなかった耳をようやく傾ける。
「死なないようにだけ手加減はしてるつもりよ! あれで死ぬんだったら単に向こうが脆弱だっただけ! 知らないわ!!」
「例え人間であったとしても、皆の仇だとしても、相手は我々と同じ生命なのですぞ! 心の臓から狙いを外しているだけでは手加減とは言いませんぞ!」
「だったら四肢を撃ち貫けば良いわ「なりませぬ!!」どうしてよっ!?」
少女の瞳は怒りに彩られ、既に平常時の落ち着きを失っていた。それ程に家族を殺されたことが彼女を激昂させていたのだ。
デイルとて彼女の怒りは良く分かっている。彼も自身の心の奥底で煮え滾る衝動を覚えているからだ。しかし少女が激昂しているからこそ、彼は冷静で居られる自分を内に作り出すことが出来ていた。
「意識を失わせるだけで十分! それ以上無駄な魔力消費を続けていますと、過耗症は避けられませんぞ!」
「構わないわよっ!! 私の魔力、私の命、その全てを魔法に込めてでも、仇を討つッ!! 私を誰だと思っているの!? オープスト家のハイエルフを舐めないで!!」
「まさか姫様あの魔法を…? ならぬ! 御家の書庫で読まれたのかもしれませぬが、なりませぬぞ! 命を粗末にしては高貴なる森の妖精の名が泣きまする!! オープスト家の名を持ち出すのならば、我等が名を貶めることは止めてくだされ!!」
「…っ!!」
逐一戒めなければ恐るべき行動に出ようとしてしまう少女。デイルがこの状況で唯一安堵しているのは、何とか少女の行動を阻めていることであった。
別行動で撹乱を行いながら玉座を目指している他の三人はどうしているだろうか。少女が発動させた火属性魔法の爆発によって空気中の魔力が掻き混ぜられ、別行動中の三人の魔力を感じることは出来ない。しかし彼は、確実に淀んだ魔力が増大していく感覚のみはハッキリと知覚していた。
「第一ですぞ姫様。高貴なる森の妖精と称えられる我等ハイエルフの中で、最も高貴でありかつ最も崇高な家柄がオープスト家、姫様の御家であらせられましてな。オープスト家を継がれる御方は即ち、次代の一族を率いる御方。その御方とあろう者が「分かっているわよ!」」
「止めてデイル…わざわざこんな時に言うようなことでもないわよ…!!」
デイルがどうして説教染みているのか、分からない少女ではない。
無詠唱で用いた結界魔法で後続の追手を絶った彼も、城内はおろか街全体を覆っている穢れた魔力によって、消耗を大きくされている少女も、既に全身で“それ”を感じていた。
扉を隔てた先に恐らくーーー否、間違い無く、ターゲットは居る。
「…私の結界も長くは持ちますまい。早々に決着を付けましょうぞ」
「えぇ、そうね……」
待人を待つ暇は、無い。
“この場まで辿り着いたのならば、誰も待たずに扉を開き決戦に臨む”ーーーそれが、この戦を始める前に五人の間で取り決めた、約束であった。
「…怖いですかな?」
少女の身体は震えていた。いざこの時になって、ようやく忘れていた感情を思い出したのだ。デイルの瞳に映る少女の瞳には、図星を突かれたことに対してだろうか、狼狽の色が見えていた。
「まさか。これは…皆の仇を討つ前の武者震いよ」
「ホッホ…御強う御座いますな。それでこそ、姫様じゃ。では、参りますぞ」
固まった血のようにドス黒い床扉を押すと、重い音を立てて決戦の幕が上がっていく。
開かれた扉から、噴き出るようにして二人に打つけられる穢れた魔力。その主は、玉座に座って闖入者を見下ろして居た。
「…ほぅ、良くぞ此処まで辿り着いた。エルフ共、褒めてやろう」
灰色掛かった髪から覗く、悍ましい程の闇が窺える紫の瞳。これまで倒して来た兵に比べ、一見惰弱に見える体格であるが、放つ威圧感はさながら巨人だ。その身体は穢れた魔力が覆い尽くされており、並大抵の攻撃は容易に無効化されるのが分かる。
人間のように見えるが、全く異なった別の存在のように思える相手ーーー成る程、悪魔と喩えて妙とデイルは感じた。
「ッ!!」「姫様っ!?」
少女が前に出た。怒りが体内の魔力を活性化させたのか、少女の身では本来使い熟せないはずの無詠唱氷属性中級魔法を発動させて。
雄叫びを上げて向けられた穂先が真っ直ぐ喉元を捉えようと、加速していく。デイルの制止の声は届いていない。
跳躍する。ハイエルフの脚力を持ってしても届くことのない到達点まで至ったのは、風の魔力に働き掛け跳躍の瞬間に追風を起こしたのだろう。並みのハイエルフでは不可能な芸当を用いることを可能としたのは、彼女の中に流れる血が“最も高貴”足る所以であろう。
しかし、例え最も強い魔力を持っていようとも、それはあくまで潜在能力面での話だ。
「クク、所詮はニンゲン…肉壁すら成れぬと云う事か」
「…こんのっ! 貫きなさいッ!!」
幼き身の全力では、所詮たかが知れていた。
「貫きなさいってばっ!! このぉっ!!!!」
「興冷めだ」
少女の全力即ち、無力。腕を振り払う動作によって生じた衝撃波が穂先を最も簡単に破砕し、少女ごと弾き飛ばす。壁に打ち付けられた少女に向けて、
「滅せ」
放たれる穢れた魔力。魔力は鎌の形を模して、少女の生命を刈り取ろうと肉薄する。しかし鎌は途中で何かに阻まれたように動きを緩める。
デイルだった。何重にも展開した“耐衝結界”で鎌を弾き返すと、重力によって床に落ちて少女の身体を抱き起こした。
「大丈夫ですかな、姫様」
「えぇ、平気よ。デイルそれよりも眼を逸らさないで!」
「分かっております」
あらゆる衝撃を弾く、“耐衝結界”を駆使して攻撃を弾いていく。
対峙していく中で、彼は自身が付けた“もしも”の予想が当たってしまったことに、「やはり」と小さく呟いた。
「私が前に出させて頂きます。姫様は援護を!!」
本当は、少女には下がっていてもらい、自分の力のみで眼前の存在を討ち果たしたかった。しかし、そのような甘い考えを打ち砕くかの如くに、敵の力は強大であったのだ。
また、結界魔法では決定力にも欠けてしまう。村長として、当然村を守る役割を担っているデイルとて、実力が無い訳ではない。寧ろ、村の中でも上から数えた方が遥かに早い程度には、魔力が多いはずだ。結界魔法という、火水風地雷氷光闇とは異なった特殊魔法を使い熟せることも、それを雄弁に物語っている。
「っ、分かったわ! 当たらないようにだけお願い!!」
魔法を使い熟すと、敵味方の対象識別が可能なのだが、少女はそれを苦手としていた。一種の子どもらしさである。
前方から飛来する穢れた魔力は弾き、背後から飛来する気高い魔力は通過せつつ、デイルは攻勢に転じた。
詠唱と共に二つの魔法陣が展開する。詠唱が終わると展開した魔法陣が結界に変わった。
「ほぅ?」
彼の次の行動を見た悪魔が眉をピクリと動かす。
彼は自身の前方、悪魔との直線上に展開した結界に触れる。直後、結界は迫る壁となって動き始めた。
二つの耐衝結界を壁として、間に挟む存在を押し潰すーーーそれは攻撃魔法が数少ない結界魔法を熟知しているデイルだからこそ閃いた、発想の極地であった。
少女の魔法も文字通り、嵐の如く続いていた。無差別に放たれているため時折デイルの側を通っていく魔法もあり、危険だ。しかし、それ程に彼女は攻撃に集中しているのだ。
「対消滅せいッ!! ハァァァッッ!!!!」
その頑張りを無駄にしまいと彼は壁を打つけた。
結界が人間の身体を取る悪魔の身体を押していく。悪魔の障壁とデイルの結界ーーー三つの結界が衝突し、大気に鋭い音を放つ。
悪魔が一歩、後退る。これを好機と一気に押す。
一際鋭い音が響き渡った。「やったっ!」と、少女の疲れを感じさせる歓声が背後から聞こえる。“その時”が今、眼と鼻の先に迫ろうとしていたからだ。
「弛まぬ努めを無に帰すも又、一興!!」
少女の喜色が一瞬にして悲嘆の色を帯び、“その時”が訪れた。
突如としてデイルの身体が弾き飛ばされたのだーーー優勢の代償を負って。
「「「村長ッ!!!!」」」
声と共に悪魔に降り注ぐ、火、水、風。傷だらけの身体で現れたガノンフ、レティナ、スートルファら三人の下に飛ばされたデイルは、右肩ら先が、無くなっていた。
鮮血が噴き出し、血溜まりが広がっていく。
更に、悪夢はそれだけではなかった。
「…っ」
少女は、自身の視界が一瞬に霞んだことに歯噛みする。彼女の体内の魔力が枯渇するカウントダウンが、いつの間にやら始まっていたのだ。
「「「姫様っ!?」」」
そしてとうとう膝を付く。悪魔が嘲りに表情を歪め、三人が驚きに眼を見開いた。
状況は劣勢を極めている。駆け付けた三人も村では手練の術師ではあるが、デイルには及ばない。そのデイル相手に悪魔は、傷一つ与えさせず返り討ちにしたのだ。さらに、負傷したデイルに魔力切れの少女を庇いながらの戦闘ーーー劣勢は到底覆しようもなかった。
「ク…悔しかろう、口惜しかろう。潔く世の礎となる覚悟は出来たか? 脆弱なる存在共よ」
敗北。その二文字が四人の脳裏を過る。
「まだよ…ッ!!」
だが今にも崩れ落ちそうな少女だけが今だ、勝利の二文字を信じていた。
闘志を漲らせ、疲労に苛まれる身体を奮い立たせて凛と立つ様が彼等の中で、その両親の姿と重なった。生命を使って、森の平穏を守護した少女の両親に。
「まだ負ける訳にはいかないの…お父様とお母様…そして皆の仇…ッ!! 絶対に、絶対にここで取ってやるわ…覚悟…しなさいッ!!」
彼女の身体が淡く輝き始めた時、彼等はーーー否、彼等だけでなく悪魔までも、次に放たれようとしている魔法の正体を見破った。
「完成させねば良いだけのこと。無駄な足掻きと知れ!!」
血相を変えた悪魔が迫る。確かに、少女が発動させようとしている魔法は詠唱に時間を要する魔法。少なくとも、この戦闘の始まりと同時に詠唱を開始したとしても間に合うはずの無いものであった。しかし、
「ッ!! お父様お母様…力を貸して!!」
幾重にも重なり、何重かも分からない数の魔法陣が、即時に展開した。同時に、彼女の衣服のポケットから、数十個にも及ぶ宝石が飛び出し、砕け散っていく。
「まさか詠唱短縮魔法具を!? いかんッ!!」
「終わりよ…レザント・ヴァルクロベルセッ!!」
悪魔の一撃か魔法か、どちらが先手を打つかどうかは、既に確定したこと。集まる魔力の奔流を切り裂いて迫る悪魔の一撃が届こうとしたその時ーーー!!
背中から伝わる冷たく、硬い感覚によるものなのか、微かに痛む身体を少女は起こした。
「…?」
何が起きたのか分からない。玉座の間は崩壊しており、名残を窺わせる瓦礫が空間を形成していた。
悪魔は居ない。討伐か、退けたのだろうか。
「…逃げられた…のかしら」
ひとまずあの強大な魔力は感じない。
戦闘は、終わったようだ。
だが、どうにも胸騒ぎがする。
安心して良いはずなのに、心臓が妙に騒がしい。
「…そうだ、皆は…?」
フィーナは辺りを見回した。
瓦礫だらけの周囲、その中に──ぽつりぽつりと見知った人物の背中が。
一人、二人、三人──四人。
自分以外にも倒れ伏していた四人の人物を発見し、急いで駆け寄る。
「え…嘘…でしょ……」
魔力を感じなかった。それだけで全てを悟る。
「スートルファ…?」
既に息の無いスートルファの手から、小さな石が転がり落ちる。それは、答えへと至る道標だ。
「‘…姫…様…申し訳…あり…せん…’」
「…ガノンフ…?」
「‘…無事…? 良かった……’」
「レティ…ナ?」
「‘…姿…母親似…だけど…あの佇まい……私の好きだったあの人…そっ…くり……’」
「…嘘でしょレティナっ!! 嘘…嘘っ……デイルっ!! デイル、ねぇ返事をしてっ!!」
言葉を遺した二人の瞼が、力無く落ちる。
必死にデイルの身体を揺さ振る少女は、姿よりもずっと幼く、微かに瞼を持ち上げたデイルの瞳には映った。
「‘……次代の一族を率いる御方とあろう者が…一族を貶める…ようなことを…’「何も言わないで! お願い……っ」」
微かに振られた首は縦では無く、横。
「‘っ…どうか生きて下され…生きて…女性としての幸せを…掴んで……下され…ぃ’」
皺が増えた頬を、二人の感情が流れていく。
「‘…散り行く老いぼれの願い…どうか泣かずに…笑顔……訊き…届けて……さい…せ…’」
「えぇ…ちゃんと素敵な人を見付けて、結婚をして、子ども作って、顔を見せるから!! 抱かせるから!! お願い…生きて…っ! 生きなさいよっ!! それに泣いてなんかいないわよ馬鹿ぁっ!! 冗談を言う暇があるんだったら立って、何時ものように小言を言ってよ…!!」
瞳が、焦点を結ばなくなる。少女の声は、既に届かない。
「‘…四…様……どうか……姫様を……姫………様をーーー’」
この日、四人の妖精が黄泉路に旅立った。発動した魔法に生命を消費し、無理矢理互いの魔力回路を繋げた代償として身体を切り裂かれながら。
想像を絶する程の痛みが走ったはずが、全員安らかな面持ちをしている姿を見ている内に、涙は自然と止まる。
「…お休み、皆」
復讐への矛先を収めた少女はもう泣かなかった。先程の姿が幻であったかのように、美しい円を取る『赫月』と『蒼月』に照らされる下、覚束無いその場を去る。
この後、世界の中心においての一度の死闘と、五年の歳月を経て彼女は、運命の人物と巡り逢うのはまた別の物語ーーー
「…バアゼル大活躍なの」
「…キシャ」
「…居残り組の寂しさとか、出番の無さって凄いの。まして悪魔はもっと出番が無いの。人のきゃらくた~を立たせるために必要なの」
「シシャキシャ」
「別に気にしないって言われても、私は気になるの。アデウス何か、全然台詞が無かったりするのに」
「…シキャシキャキシャシャシ」
「…毎回毎回ルビ振るのが大変だから仕方無い…そんなこと言っちゃ駄目なの」
「キシャ」
「良い、じゃないの」
「キシシキ、キシャキシャ」
「例えば今はお前が訳してくれているから、そう言う問題じゃないと思うの。む~…」
「キシャ!」
「…それは?」
「…翻訳機だ」
「しゃっ、喋ったの!?!?」
「何だ、失礼な奴だ」
「…だって驚くの。突然言葉を喋ったら」
「…これが無いと話せないが、別に話せなくとも良い」
「…む~」
「そうでないと今の章の予告を言うことが出来ないからな。『…はぁ、街に来た時からするにはしていたが、どうやら嫌な予感が的中したみたいだな。…まぁそんな後のことよりも、取り敢えず、フィーの奴が色々と画策してるみたいだ。バアゼルと話した所為で除け者にしてしまった分、何か考えないとなーーー次回、宵闇の逃走ゲキ』…ベッド、な? …キシャシャ」
「…外しちゃった。ちょっと残念なの」