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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 前編
201/411

見上げる月、霊にミチテ

 意識が吸い込まれていくような感覚を俺が覚えたのはほんの少し前だ。

 相変わらず真っ暗闇の空間を適当に歩いて、俺をここに呼んだ存在の気配を探す。

 今回は一体、何の用で呼んだのだか。魔法を授けるためか、お話をするためか…まぁ、どちらにしても悪い時間でないのは違い無い。


「さて…どこに居るのやら」


 すると、


「ここだよ〜」


 ここ以外にもどこかで聞き覚えのある声が聞こえた。なので声がする方を向く。

 するとその方向に気配が生じた。


「暫く振り。旅行満喫してる?」


「あぁ。と言ってもまだ一日過ごしただけなんだが満喫してる。ゆっくり羽を伸ばせれば良いんだが…どうだろうな」


「暫くはゆっくり出来ると思う。もっとも暫くがどれだけの期間を表しているのかまでは、君の想像に任せたいな」


 …例によって、この先で起こることを知っているんだな。

 ロソン…一体何者なんだ…?

 まぁ良いか。訊いてもはぐらかされるのがオチだ。


「…今回は何の用事で呼んだんだ?」


「せっかちだなぁ。前にも似たようなこと言ったけど、若い内からそうせっかちなのは良くないよ?」


「はは…生憎、今年で二百十…八? ん? あの時で『契り』をしてから二百一周年で…じゃあ二百十九? いや、二百二十? …時間の流れが色んな所で違うし……まぁ兎に角、若くないからなぁ……」


 …異世界に来てから、自分の誕生日ですら既に何度来たのかどうか怪しくなってるな。

 …一日一日数えるのもな、世界毎に時間の流れが違う場合が多過ぎて、肉体の経過時間なんて数えるだけ無駄になるし。…まるで二次元世界の時空軸に入ってしまったみたいだ。

 …俺、本当に今何歳なんだ?


「…んーっとね…知りたい? 知りたいんだったら教えることが出来るんだけど」


「…知ってるのか?」


「私が君のことで知らないことはないよ。君が知っていることは私も知っている。私が知っていることの全てを君が知ることは出来ないんだけど」


 …出た。この見透かし発言。まるで俺の未来までも知っていそうな存在に対して、警戒心を完全に解くことは出来ない。と言うか、無理だ。


「どうする?」


 …純粋に気になる。


「あぁ。で、何歳なんだ? やっぱり二百十九…二十歳か?」


 ロソンが背中を向ける気配が。


「どれが良い?」


 彼女の両手に魔力マナが集まって、空中に何かの形を作る。文字だろうか? どれどれ……


「『永遠の二百十八歳』『久遠の二百十九歳』『エンドレストゥーハンドレットセブンティーン』…?」


 …突っ込みどころ満載だな!?

 どうして年齢に永遠系の枕詞が付いてくるんだ? 訳が分からない。


「…待て、永遠系の枕詞が付いていることに何か意味があったりするのか?」


「勿論。寧ろ永遠こそが一番のキーワードだもん」


「???」


 どう言う…いやまさか。


「君、もう生体時間止まってるんだよ? ずっと前…君が二体目の悪魔を内に住まわせてからずっと…君の身体は時を刻んでいないよ?」


「は?」


 衝撃の事実…?


「あ、心臓が止まっているって訳じゃないよ。君の姿…正確には君の細胞がね…もう老化しなくなっちゃっているんだ」


「…いやいやいやっ!! 老化しないってどう言うことだ!? 普通に歳を取っているはずだし、筋力とかそう言うのも付いているはずだが…っ!?」


「うん、筋力は付いてるよ。劣化じゃないもん。例え何百の手練れ兵士が攻めて来たとしても、十分蹴散らせるよ? 不老になったってだけだし」


 不老…ねぇ。別にあろうが無かろうが、俺にとってはどうでも良いことなんだがな。


「まぁ…もう実際歳なんて関係無いと思うよ。皆が皆、違う時間を過ごしているんだから、正確な誕生日…つまり、本人が過ごした正確な時間なんて本人にしか分からないし。ずっと一つの世界に留まって居たのなら、それこそ生年月日とか、そう言った情報の記録媒体から自分の歳を調べることは出来るけど」


「…じゃあ俺の歳は分からないと、そう言うことなのか?」


 分からなくなったら決めれば良いし。知影の年齢プラス二百歳、またはフィーの年齢と同じにすれば一応、大まかな年齢は一緒になるしな。どうにかなるか。

 …それよりも問題は、俺が不老になった“らしい”と言うことだ。ある程度の老化の遅れは人間とエルフの違いってことで何とかなるが、不老となると話は全然別だ。…昔読んだ本でも不老のキャラクターは居たけどなぁ…俺、どんどんファンタジー世界の存在に近付いているな…はぁ。


「そもそも一年が三百六十五日じゃなかったりするからね。それに、精神のみで過ごした時間は更に増えちゃうし。あ、因みに精神年齢だったら今この時で二百二十年です。おめでと〜♪」


 「そのお祝いも兼ねて呼んだんだ」と、ロソン。…色々無理があるような気がしなくもないが、彼女が言うのならそうなのだろう。物知りだそうだからな。それこそどこぞの知影みたいだ。


「と言うことでそんな君に私からの、プレゼントがあるんですっと♪」


「プレゼント?」


 そう言うと、ロソンは靴で足下をカツンと鳴らす。すると、そこを中心として小さな魔法陣が展開して、中からフワリと一冊の本から飛び出してきた。…発動した魔法は“アカシックボックス”で、取り出したのは“ソロンの魔術辞典”か。


「そ。最後に魔法をプレゼントしたのって“エヒトハルツィナツィオン”でしょ? だったら折角だし、そろそろ魔法を授けちゃおっかなって思ったんだ。だから…この魔法プレゼントしちゃう♪」


 物凄い勢いで独りでに捲られていくページがある一ページで止まる。

 開かれたのは辞典内で多く見かける白紙のページだ。少なくともこの瞬間までは、白紙のページだった。

 しかし次の瞬間、


「今日はこのタイプでいってみよっか…それっ!」


 ページ内に生じた魔力マナの光が走る。走る光はやがて文字を、文章を作っていった。


「『結界魔法』…?」


 …邪魔者としてこれまで対峙してきた属性の魔法だ。結界である以上俺が対象として指定されることは基本的に無いので、そもそも魔力マナの回路すら開かれていなかったはずだ。

 …大規模な空間魔法は魔力マナの消費量が多いからな、使えれば嬉しい魔法だ。…何か、響き的にも唆るものがらあるし…な。


「ふふふ…ご名答。まだ君使えないでしょ?」


「あぁ…どんな魔法なんだ?」


「“シャルフェアタイディゲン”…防音結界だよ」


 防音結界…“シャルフェアタイディゲン”…長いな。


「はい! じゃあここに手を翳してく〜ださい」


 言われた通りに、空中に浮かぶ辞典に手を翳すと、魔力マナが自分の体内に入っていく感覚を覚える。…これで魔法が習得出来たはずだ。


「ふふふ、これで声を気にせずにいつでもガツンと、イケるね♪」


「…何に使うんだ」


「それは当然ナニを、だよね。…最近ちょっと、箍が外れてるみたいだし……?」


 冷やかな視線が向けられたような気がする。顔は見えないんだが、きっとそうだ。


「あ、そうそう♪ 細胞が不老ってことはつまり、君の身体の組織って全体的に普通の人達よりも頑丈なんだよね。自然治癒力も高いし、病気にもなり難い。さ、ら、に…君って結構な絶倫なんだよ♪ 自分でも気付いてるとは思うけど」


 …何が言いたいんだこの人は。


「絶倫絶倫、超絶倫♪ ハーレム男に必要な才能だよね〜」


「…はいはい。帰って良いか?」


 凄い面倒そうな雰囲気になってきたので帰りたい。

 魔法を貰うだけ貰って帰るのは悪いと思うが、訳の分からないことを延々と聞かされたくはない。


「…え、ヤリ逃げ? ヤリ逃げする気? それは結構冷たいと思うけど」


 踵を返してロソンの気配から離れて行く。…下世話な話は嫌いじゃないんだが好きでもない。悪いとは思っているが…な。


「因みに私が許可しないと還れないからね。帰りたいって言うのなら還せるんだけど…帰っちゃうの?」


 そう来たか。そう来られると…弱い。


「…この空間以外の時間は止まっているんだろ? なら別に、どうしても帰りたいってことない訳ではないんだが……」


「…下ネタを言う女の子は嫌い?」


「いや、別にお前が嫌いって訳でここを出たいと思っている訳じゃないから、そこは安心してくれ」


 安心…自分で言っておいて何だその言い方は。微妙に何か違うような気がする。


「まぁ下ネタ…は…男だしな。全く受け付けないと言う程ではないさ」


「そっか…うん、結構安心した。あ、でも私相手にフラグ立てようとしても駄目だからね? 私ちょっとやそっとじゃあ落とされませんから」


 自慢気に言われたが…別にフラグを立てようとはしていないな。寧ろ、これ以上に悩みの種が増えでもしたら、俺の精神が保たなくなりそうだからもう、立てたくない。他人からしたら羨ましい立場かもしれない。俺も第三者の立場に立って、今の俺が置かれている状況を見ると羨望の念と言うものを覚えてしまうかもしれないが、実際は本気で困る。


「それこそ一週目で私以外の全キャラクター完全攻略した上での、二週目以降限定と言う攻略難易度【リスクX】のキャラクター。それが私なんだから、狙ってみるだけ無駄だよ♪ あ、でも孕ませることは出来ま〜す♪ どうぞどうぞ、嫌がる私を無理矢理犯して孕ませてくださいっ!」


「しないからな! 俺は! …無理矢理は好きじゃないんだ……っ」


 さながら西村がやっていたギャルゲーみたいな設定を持ち出されても反応に困る。しかもまだあの時の孕ませ論争は続いていたのかよ…どれだけ人に孕…ん``んっ!! あー…押し倒されたいんだ……はぁ。


「じゃあ合意の上でなら良いの?」


「…俺が絶対に合意しないから安心しろ。いや…残念だったな、と言うのが正しいのか? まぁいずれにせよ、絶対にやらないからな」


「え〜、絶対にヤらないの?」


「言葉のイントネーションを変えるな」


「でも意味は一緒でしょ? ならイントネーションが少しぐらい変わっても同じだよ」


 …確かにそうかもしれないがっ。


「まぁ兎に角、だ。そう言うことだからこの話はここまでだ。次以降振られても返さないからな?」


 こう言う時にこそさっき貰った魔法を使いたいものなんだが…アレだな。使いたい時に決まって、使えないんだ。はぁ……


「楽しいね♪」


 俺は疲れるだけなんだが。

 まぁ良い、話をこちらから変えさせてもらおうか。


「…あぁそうだ。不老になる要素って他にもあるのか?」


「それは勿論。不老になるお伽話があると言うことは、不老になると言う概念が存在していることを意味しているの。概念が存在すると言うことは、過去に不老を体現したものが存在した。つまり、不老になる要素なんて星の数程あるんだよ」


 ペラペラと、良く口が回ると思う。舌を噛んでしまいそうだ。


「世界が星の数程あるのだから、存在…概念は世界毎に、在ると言う訳か」


「そう。身近にも居るし、君ももう何度か会ってるでしょ? 悪魔とか、アンデッド系モンスターとか」


「アンデッドって…もう死んでいるからノーカウントだろう。生あるもので、不老である存在を訊いているんだぞ?」


 確かに不老であることには違い無い。だが、既に死んでしまっているアンデッドは数入れても意味が違うだろう。


「うーん…私も不老だよ? 後はハイエルフの中でも強大な《マナ》を持っている人も、人によっては不老を選択する人が居るね。まぁ寿命までは伸ばせないんだけど」


「…ハイエルフにも?」


「そうだよ? 魔力マナを使って肉体の成長、あるいは成熟つまり、細胞の成長を停止させるの。だから君のハイエルフな奥様は、ずっと永遠の若さを保ち続けることが出来るんだよ。望めばいつでもね」


「そうなのか……」


 俺と同じように、いつまでも若いままの姿で居てくれるような存在が居るーーーそれを訊いて、安心している俺が居た。

 自分だけの時が止まり、周りは次々と成長し、老いていく…それはきっと…中々精神的に辛いものがあるんだ。

 …不老も、不死も、きっと全面的に良いものではない。皆と同じように生きて、皆と同じように生を全う出来ればそれで良いもののはずだ。

 フィー…きっと、俺のために今のままの姿で居続けてくれるんだろうなぁ…ははは。何か一人で勝手に、愛されてるなぁって実感しているよ俺…馬鹿みたいだ。


「うん、それ以外の要素も当然あるから、君のハーレムメンバーだけでも不老になれる人達って結構居るんだよね」


「…普通の人間でもか?」


「それについては残念だけど、答えられません」


 答えたくないのか、それとも本当に答えられないのか……考えるまでもなく前者か。


「兎に角、不老になる要素なんて幾らでもあるんだよ。望まずしてそれを受けた人も居るんだから」


「望まずして…?」


「あ、うん。居るよ」


 …どうやら今のは失言してしまったみたいだな。何かあるのだろうか?


「だから不老なんて結構有り触れたものなんだよね。何も君だけじゃないから、変に気負う必要は無いよ」


「そうか……」


 …変に突っ込まない方が賢明…か。後他に何か…訊くことは無いだろうか?

 あ、そうだ。


「そう言えばさ、【04771】が示しているものって知っているか?」


界座標ワールドポイントのこと? 知ってるけど、直接行ってみた方が良いと思うよ。折角わざわざ渡しに来てくれたんだからその気持ちを汲んであげて? きっと喜ぶから」


 アイツ…オルレアが俺だと言うこと看破したのは良いとしても、一体何の目的で…しかも、喜ぶって…?


「…ん、そろそろ時間制限が来るかな。もう、今訊きたいことはない?」


「…あぁそうだな。じゃあ、還してくれ」


「了〜解。じゃあ…ほいっと」


 俺の背後に魔法陣が展開して、穴が出現した。そこを潜れば元の場所に戻れるはずだ。


「じゃあ、また喚んでくれ」


「うん♪ また喚ぶよ。身体、大事にね」


「あぁ。ありがとな」


 …穴の中に足を踏み入れると、意識が遠退いていく。

 瞼を閉じると、全ての感覚が遮断されていった。


* * *


 夜の風が入って来ている。

 風に乗ってどこかから運ばれてくる白の結晶は、煙立つ水面に触れると、溶けて消える。

 旅行二日目の夜、弓弦は岩作りの露天風呂に入って身体の疲れを癒していた。


『…良い月だ。繊月と云うものも中々趣があるものだ』


 脳内に響く声に眼を細める。彼以外には人の姿を窺うことが出来ない状況故に、声の主は彼に語り掛けてしたのだ。


「…あぁそうか。お前と戦った時はどちらも満月だったか。蒼と赤の双月…見事なものだったな」


『覚えていたか』


「当然。こっちは背水の陣敷いてたからな。…と言うか、まだそんなに時間が経っていないのにその言われようはどうかと思うよ」


『…時の感覚が解せぬのだ』


 聞く者の心を戦慄に落とす悪魔の声音には、確かな疑問の色が宿っていた。


『貴様との邂逅から今に至るまで…嘗ての我であれば瞬きの刹那にすら遠く満たない時が…長く感じる』


「長いとはまた…不思議な表現だな。普通は一瞬のように感じるものなんだがなぁ」


 心落ち着く空間によるものなのか、染み染みとした呟きが溢れた。


『我は悪魔だ。あくまで人とは異なる存在故、感覚を人と一括にされるとは不可解なものよ』


「はは、そうだな。だが蜜柑を好きな感覚とかを知るとな、大して人と変わらないと俺は思った。まぁ、生きていると言う意味じゃあどちらも同じさ」


『ふむ…真理に近いか。だが然し、其れは貴様と共に在るからこその事象かも知れん。かつての我ならば、恵みを食す事の喜びなぞ覚えることの無かったものであろう』


「そうかもな。世に災禍をもたらし、生きとし生けるものを等しく殺める…ただの悪魔だったらそれも当然かもしれないな」


 「だがな」と続けた弓弦は深く息を吐く。これから言う言葉を自分の中で何度も繰り返して、それが間違いの無い、自分の中で固まった意思であると確信してから、言葉を続けた。


「姉さんはゼルって愛称を付けているみたいだが、お前は悪魔“バアゼル”だ。ただの悪魔じゃなくてな。これって結構違うことなんだ」


『ほぅ…?』


「俺の中に住んでいる今のお前は、確かに俺の一部となっている悪魔かもしれない。だが俺の一部の悪魔であると同時に、俺の家族だよ」


『家族…貴様は我を人と勘違いしておらぬか? 我は悪魔。其れは如何なる状況においても変わらぬ理よ』


「お前は“ヒト”だ、人じゃなければ悪魔でもない、ただの“ヒト”だよ。誰かを守れる優しさを…そんな心を持った存在だ。家族になる条件なんか、それで十分だよ」


 紡がれる言葉が悪魔に届けられていく。それは、見下ろす双月のように静かに、それでいて温かく彼の心を打った。


「なぁ、出て来いよ。たまには裸の付き合いって言うのも良いもんだと思わないか?」


 その提案は、普段のバアゼルなら断っていたものだ。しかし、弓弦の言葉によって心を僅かにでも動かされた彼は、それに応じることにした。

 弓弦の身体から魔力マナが溢れて、徐々に人の形を取る。最初は弓弦を模したように光が集まっていたのだが、やがて彼より大柄な人物の形を取り、顕現した。

 程良く鍛えられ、隆起した筋肉に身体を飾られたその存在は、弓弦が二度目に彼を見た時の、年老いた男の姿であった。


「何だ、その姿も取れたのか」


「幾分か貴様の消耗が増すがな。然し貴様の望みを叶えるのならば、此の姿を取った方が良いと、判断したまでだ」


「そうか。俺の消耗はまぁ、気にしないでくれ。それで…ん?」


 どこから来たのか、何かが湯面に着水する。それを見詰めて首を傾げた彼の脳内に、隣で湯に浸かっている悪魔以外の悪魔の声が聞こえた。しかし一方的な言葉で終わったので、言葉の補足を隣に求める。すると、


「汲み交わしたかったのだろう? 命じる手間が省け良かったではないか」


「はは…そうだな。じゃあまずは一献」


 湯に浮かぶ盆に載せられた徳利と猪口二つ。片方を悪魔に持たせると、そこに向けて徳利を傾けた。

 コポコポと透明な液が猪口を満たしていき、それが半分程度に至ってから自分のにも注ぐ。


「ほら、グイッといってみろ。美味いから」


 猪口を軽く傾ける勧めに応じて、液体が満たすものを猪口から口腔に変える。蜜柑や緑茶を好んでいたので、これまで嗜んだことのなかった味わいに舌鼓を打つ。


「『ジャポン』の酒だ。美味いだろ?」


 次の一献に応じると再び猪口が満たされる。


「やはり…不可思議だ」


「…何がだ?」


「刹那が長い。曇天の裂け目より窺える星の数も、仰いだ月も、如何程瞬こうとも何も変わらぬ。…変わらぬ姿を留めている。我は…其れが不可思議だ」


 晴れていた空には雲が生じ始め、吹く風は冷を増していく。雪の訪れを前に、隠れていく月を名残惜しく思っていた弓弦だったが、次の瞬間雲が意思を持ったかのように、風の流れに反して来た空を戻って行く。

 驚いたように悪魔を見ると、その鋭い光を帯びた視線が魔力マナで輝いていた。


「ありがとな」


「興冷めは好かんのでな。此の時を…妨げる存在が邪魔であっただけだ」


 眦を下げ破顔する。

 悪魔がーーーバアゼルが共にこの一時に浸ってくれることが嬉しかったのだ。


『追加分だ、受け取ってくれ』


 徳利が空になると、どこからか、別の徳利が運ばれてきたので、内心で感謝しながら時間を過ごしていく。


「貴様は面白いな。我が見出した光に間違いは無かったと云うものだ」


 『“運命を覆す”だけの覚悟が貴様にあるのか、我は見極めたい』『我は貴様に光を見出した』と、弓弦の脳裏にかつてのバアゼルの言葉が浮かぶ。


「はは、そうか。俺は、運命さだめってヤツに立ち向かえているか?」


「貴様は其の手で、如何程の存在を守り通して来たか…貴様が一体、如何程の“活人剣”を振るったのか…其れが答えだ」


 脳裏に浮かぶ、かつての言葉ーーーそれはバアゼルも同じであった。彼も、彼と同じように雌雄を決した時のことを思い出していたのだ。


「覚えていたか。しかし…そうか、出来てるか。なら良かったよ」


 そこで会話は途切れ、互いに酒を飲んでいく。

 液面に映り、揺れる二つの月と、それぞれの顔。赤と蒼、色は異なっているがどちらも“月”である二つの双月ーーーそれが互いに人間ではないが、同じ“ヒト”という同種の存在であることを示しているかのように弓弦には思えた。


「その傷…あの時俺が付けたやつか?」


 バアゼルの肉体に走る、薄い斬撃痕を見詰め、弓弦は彼に訊く。


「そうだ。貴様に依って刻まれた傷よ。迷いの無い…良い一撃だった」


「そう言ってもらえるのは光栄だが…傷そのままで良いのか?」


「良い。長きに渡る微睡みの決別の勲章故にな」


「そうか」


 湯が流れてくる音のみが空間に木霊する中、時間は流れていく。

 最初の頃に比べて月や星は動き、空になった徳利の数は増えていた。


「我は…此の時を至福に思う」


「……」


 顔も、視線も向けずにただ月だけを見ながら酒を飲み、その言葉を聞いていく。


「現世に生まれ落ちてより幾星霜…斯様に色濃い時を過ごしたのは初めてだ。感謝しているぞ」


「おいおい…まさか口説いている訳じゃないよな?」


「ク…戯言を。貴様を言葉ことのはにて落とすのは我ではない。貴様を想いし女子おなごの役目よ」


「はは、言えてるな。これっぽっちも嬉しくないよ、男に口説かれてもな」


 静まった街を包む静寂に身を浸ける、二人の男。それが、交わされた男同士の言葉を締め括る最後の言葉だった。

「…ぼ~…なの」


「…(あれは…確かシテロ…さんでしたわね。外は冷えると言うのに甲板で何をしていて…?)」


「…キシャ…シャ」


「…(あれは…あぁ、思い出しましたわ。この前の蟷螂かまきりですわね。何と言うか…共通点が無さ気な組み合わせですわ)」


「…キシャシャシャシャシャキ、キシャヤキシャ?」


「…なの。心に穴が空いたみたいなの。嫌な気持ちなの……」


「…(多分…弓弦君のことですわね。恋人を憂う女性…彼女もまた、弓弦君ハーレムの一員なのですわね…きっと、苦労が多いに違いありませんわ。それにしても……)」


「…緑の世話は出来るから良いの。でも、緑と同じぐらい、ユールも大切なの」


「(…あの胸…恐ろしいですわ…せめて三分の一程分けてもらえばわたくしも少しはマシな胸になりますのに……憎ったらしいですわ、ですわぁぁぁ……)」


「何かユールに服を作ってもらいたい気分なの。また一式コーディネートを考えてほしいのー」


「キシャシャ…キシシシシ」


「なのなの。服もズボンも下着も入ってるの。絶対作ってもらうの~」


「(あの胸…本当に信じられませんわ。でもそれよりも、弓弦君…が下着まで自作出来てしまうのが信じられませんわ……主夫力凄過ぎですわぁぁぁ……)」


「ううん? リィル君、そんな羨望の眼差しで見詰めても、無い物は無い…ぁ、その間接は逆に回らなぁぁぁぁぁあああぁっ!?!?」


「…さぁ邪魔者は忌ませんし、予告ですわ!! 『見上げる月。その片方を見ていると、私は言いようの、捉えようのない不安感に駈られる。…原因は分かってるの。きっとこの街に来たから…大切な人と一緒に来たから…きっと、思い出しちゃうのよね。あの蒼き月、紅き月が満月の夜のことをーーー次回、見上げる月、魔にミチテ』…お休み、皆。…回想話…ですわね。一体過去に何があったのか、気になりますわ」


「り、リィル君ギブ! ギブだからっくぎゃぁぁぁぁぁっ!?!?」


「…あの二人、気付きませんわね。それとも、聞いてて聞こえないフリをしている…? ここからだと、良く、分かりませんわね。ですが、次回も見ないと、暴れすわ。おーっほっほ!!」

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