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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
最初の異世界
20/411

垣間見た“夢”、そこにある“今”

 ──緊急速報です。

 橘 弓弦がたった今、現行犯逮捕されました──そんなテロップが見えそうな程、致命的な光景が展開されている。

 丁寧に隠されていた本を手に取って呼んでいた俺。その背後に、フィーナ(本の持ち主)が現れたのだった。


「い゛い゛っ!? あ、その…これは…」


 身体が勝手に…とは誤魔化せない。

 隠してあった書物を手に立つ俺。それは誰が見ても明らかな現行犯だ。

 何をすれば良いか。

 いや、考えるまでもない。


「悪かったッ!」


 全力の土下座。

 額を床に付け、深々と謝罪の意を示す。


「…私は、勝手にスイッチを押して良いとは言ってないのだけど…っ」


 だが、フィーナの怒りは収まらない。

 あ、ヤバい。

 これはヤバい。多分今日が、俺の命日になるかもしれないぐらいにはヤバい。

 フィーナの眼が据わっている。

 人の眼が据わっている時は、大体呆れているか怒っているのどちらかに分類される。

 今回のフィーナは…あぁ、激怒だ。

 どうする!? 何が最善手だ!? 考えろ俺、思考をフルスロットルだ、早くっ!!


「ねぇ旅人さん…何とか言ったらどうかしら? ねぇ…っ!」


 あぁ、本当に、今日が人生最後の日なのかもしれない。

 そうは思いたくないが、フィーナの怒気は既に殺気さえも宿っているように見える。


「(はは…そう思ってしまったら、綺麗な川が見える気がする……)」


 彼女の怒りは分かる。わざわざ隠しているような物を見てしまったのだから。

 だが、ここで人生終了なのは分かりたくない、認めたくない。

 ここまでの激怒は、もう何をやっても駄目だ。

 いや、考えろ。

 何が駄目なんだ。アレか、受け身なのがいけないのか。


「(…そうか)」


 受容的なのが駄目なのだとしたら──取るべき行動は一つ、能動的な態度。

 「攻撃は最大の防御」。守りに入ったのが駄目なら、俺は攻める。

 そう──攻めるんだッ!


「──ッ!」


 なら…そうだな。ならば良いさ、そもそも変な本を読んでいる彼女も悪いんだ。

 どうせやられるのなら──一矢報いるのが男と言うもの。

 あんな本を読んでいる人物にどうせなら一言、言ってやろうとも…ッ!!

 あぁ逆ギレに近い…だが、言ってやりたいんだッ!!


「フィーナ」


「何かしら…?」


「君は変態だ」


 これこそ必殺(違う)、開き直りである。

 必殺開き直り。チャララ〜、と例の曲が聞こえてきそうだ。


「~っ!?」


 効果はすぐに現れた。

 反撃をされるとまでは思っていなかったのか。フィーナの顔が真っ赤になる。

まるで、林檎のようだ。衝撃を受けたかのように、胸を押さえながらよろめいた。


「(…って。いや、何言ってるんだよ俺…)」


 程無くして湧き上がる、後悔の念。

 こんなの逆ギレ以外の何物でもないだろうに。

 だが、ここで折れては意味が無い。

 そう…やり切るんだ。


「ち、違うわ!! 私は…私はそんな、ふしだらな書物なんて読んでないわ!!」


 この動揺振り…衝撃は、中々の大きさみたいだ。

 これは突破口か? だったら、駆け抜けてやるまで。

 心に鬼を宿して、追撃する!


「おや? おやおやおや…? 俺はこれがふしだらな書物だなんて、一度も言ってないんだけどなぁ…?  あぁそうか! これは君の物で、君は毎晩この書物を読んで、人には言えない行為をしているのか?」


 変なスイッチ、オン。

 自分が言ったとは思えない程の下衆発言。

 俺、最低の人間かもしれない。こんなの知影に聞かれたら、何を言われるか堪ったものじゃない。

 嗚呼…フィーナには申し訳ない気持ちで一杯だ、本当に、誠に。


「うぅっ!?」


 …本当に楽しんでないからな? 申し訳の無い気持ちで一杯なんだ。

 申し訳無くて、罪悪感が滲み出てきて──いかん、頬が緩む。


「……」


 言い過ぎたと気が付いた時にはフィーナは瞳を潤ませ、俺を真っ直ぐ睨んでいた。

 その眼光に、先程までの鋭さは無い。ただただなけなしの反抗心を奮い立たせた、拗ねているような瞳だ。

 …すいません、楽しんでました。

 やり過ぎたな、と思いつつ頭を下げた。


「すまん、俺が悪かった。でも泣くのだけは止めてくれ、頼むっ!!」


 必死の懇願。心からの謝罪と共に。

 騎士道とか、紳士とか。そう言うのは無縁の人間だが、悪戯いたずらに女性を泣かせるのは、最も最低の行為だと──昔から“あの人達”…そう、姉さん達に叩き込まれていた。

 まぁ、そんなこと言われるまでもないことだったが、それが実際に起こると…幾ら何でも混乱する。

 兎に角謝らなくては…と、身体が勝手に動いてしまう。


「(…情けないな、俺)」


 情けなくて、情けが無い。

 清々しい程までの情けなさっぷりに俺まで涙が出そうだ。

 いや、泣きはしないが。


「もう…っ、取り敢えずご飯、食べるわよ。話はそれから」


 フィーナは深い溜息と共に、部屋を出て行く。

 どうやら温情を掛けてくれるらしい。感謝、感激、雨霰。

 彼女の後を、恩赦された罪人が神妙に付いて行く。


「は、はいっ!!」


「言っておくけど話はそれから、だけどね。そうねぇ…死ぬ程痛い思いでもしてもらおうかしら」


 あぁ、やっぱり涙が出そう。

 しかし泣かない。男の子だもん。


「…はい」


 フィーナに促された俺は、感謝しつつ椅子に腰を下ろす。

 木を削って作られた椅子は、腰掛けると自然の香りがした。

 木の葉のクッションによって、座り心地は抜群。手摺もあるから、手も置けて快適であった。

 何も無い島どうこう言っていたが、そんな島でどうやって家や家具を揃えたんだか。

 自分で建てたとか──まさかな。


「いただきます」


 そして、食事が始まった。


「はい。粗末なものだけどどうぞ」


 食事のラインナップとしては、何かの肉をハーブと一緒に炒めたような物、色鮮やかな野菜のような物のサラダ、コーンスープのような物とパンのような物があった。物と言うのは、あくまで例えだ。出された料理を、元居た世界の物に例えたなら──そんな表現になった。

 まず最初にスープを一口啜る。


「…うん。これは美味いな」


「ふーん、それは良かったわ」


 語彙が足りなくて申し訳無いが、全てが美味しいの一言に尽きる料理だった。

 サラダはドレッシングの類は掛かっていないのにかかわらず、使われている野菜らしき食材による自然な甘みがあり、野菜があまり食べられない子どももこれなら食べられそうな気がする…そんな味だった。

 美味いんだが…フィーナが半眼なのが気になった。


「あ、パンはそのままでも、スープに漬けても美味しからお好きな方でどうぞ」


 それと、もう一つ。


「…フィーナは食べないのか?」


 パンのような物は異世界でもパンであって、パン以外の何物でもなかったようだ…と言うのは置いといて。

 先程からずっとこちらを見ているだけで、当のフィーナが食事を一口も食べようとしていない。

 確かに料理は自分で作るより、人に作ってもらった方が美味しいとかは聞くが、それでも食べられない程じゃないはずだ。

 何かしらの理由があるのだろうか。まるで、食べても意味は無いと考えているような…。


「私は見てるだけで良いわ」


 訳を知りたい。

 だが、そこまで踏み込む必要が無い。そして俺は踏み込めるような立場でもない。

 そんな悶々とした感情が、静かに胸の内に広がりはした。しかし、敢えて触れないのも一つの優しさなのだから。


「…分かった」


 フィーナが浮かべた悲しそうな表情に、俺は折れることにした。

 空腹なのと料理が絶品だったこともあり、食事を食べ進めていく。


「……」


 机に頬杖を突いたフィーナは、そんな俺をジッと見続けていた。

 そうしている内に食事は減り、腹は満たされていき──


「ごちそうさま。本当に美味しかったよ、ありがとう」


 「いただきます」と、「ごちそうさま」。

 当たり前のように言った言葉が、異世界でも通じる不思議を噛み締めた。

 フィーナは皿を一瞥し、完食されていることを確認すると席を立った。


「…お粗末様でした」


 視界の外から水の流れる音が聞こえてくる。

 視線を遣ると、フィーナが皿を洗いながら片付けていた。

 動作に小さく髪が揺れる。右へ、左へ。なだらかなウェーブは、陽の光を反射して淡く輝いていた。


「(…綺麗だな)」


 彼女は、どうしてこんな所に住んでいるのだろうか。こんな所で、一人で。

 ずっと被っている帽子も気になったし、時折見せる悲し気な表現も気掛かりだった。

 一宿一飯の恩…と言う訳ではないが、そもそもまだ一宿はしていないが、どうしてだか力になってやりたい気持ちに駆られた。

 お人好しだろうか。いや、恩を返すだけだ。

 彼女が困っているようなこと、何かないだろうか…。


「ん……?」


 だが、食べ過ぎた所為か少し…眠気が……。

 意識した途端、意識する前よりも意識が覚束無くなる。そのあまりに強烈な眠気によって殴打され、視界が揺れた。

 どうにか保とうとするも、瞼の重みが徐々に増す。次第に開いている時よりも、閉じている時の方が多くなった。


「……」


 揺れる景色と懸命に抗っていると、視界の隅にフィーナの履物が入ってきた。

 鉛のように重い頭を上げて、ようやく見えた彼女の表情は、


──さようなら、最期の晩餐にしては悪くない時間だったわ。


 ──悲しみに染まっていた。

 別れの言葉と思われるものは、唇が確かにそう動いたからだ。読み間違えていなければ、別れの挨拶をされた。

 何故か。しかし、頭が回らない。思考をどんどん睡魔が埋め尽くす。

 そんな彼女の姿を最後の光景として、睡魔はより猛烈になる。

 もう、抗うだけの力も意識も残っていなかった。


「‘う…’」


 そのまま俺の視界は、瞼の裏側に支配されてしまうのだった。











* * *


 どれ程の時間が経ったのだろうか。

 次に視界に色が広がった時──辺りは緑に染まっていた。


「ん…ここは…」


 草花が頬を撫で、微かに緑の香りがする。

 くすぐったいので身体を起こしてみると、傍に女性が──居る筈もなく。辺りには草原がただ広がるだけだった。


「(何だ…? どうして俺はここに……)」


 放り出されでもしたのだろうか。

 だが、何故だろうか。つい先程まで見ていたはずの世界とどこか違うような…。

 陽光に隠れた二つの月も、空の色も、風の香りも、確かに同じだと思えるのに、どうして。


「…ふぁぁ」


 何故だか、とても良く眠っていた気がする。

 充実した熟眠感と、僅かに残る疲労。右手には、貰ったばかりの銃剣が握られている。

 隊員服にも所々斬撃痕が残っており、直前まで臨んでいた戦闘の激しさが思い起こさせる。

 そう言えば、女性が居た時…武器は見当たらなかった。服も…汚れてはいなかったと思う。正確には、疑問に思わなかった…ってところだが。

 まるで音の聞こえないインカムを小突きながら、思考を回す。

 ──なら、先程の光景は、夢だったのだろうか?

 いや、そんなはずはない、夢にしては…妙に現実味があった。まるで昨日のことのように、記憶に残っている。身体に実感が湧いている。

 意味が分からない。


「一体何なんだ、この妙な感覚は…」


 違和感を振り払えないかと、歩くことに。

 あの光景が夢なのかそうでないのか、定かではないが。少なくとも俺が居る場所が同一と思われることには変わりない。

 だが、目的地に──建物は無かった。

 今と、夢。違うのは、フィーナが居ないこと。フィーナの居た証が見当たらないと言うこと。

 アレか? 夢と現実の世界を行き来した──的な。某幻の大地的な。

 だが、井戸も階段も無いしな…。いや、見えないだけと言うことも考えられるが。 

 “異世界”の謎は深まるばかりだ。

 ──そうして歩いている内に、辿り着いた。


「……」


 遠くで見ても無ければ、近くに来たところで何も変わらず。家は無かった。

 少しだけ期待していた。歩いている間に大きくなった期待は、あっと言う間に落胆へ。


「何だかなぁ…」


 妙にやるせなくなって、しゃがみ込んだ。

 水平線も、地平線の彼方にも、文明の跡が無い。

 絶海の孤島と言うことは、他の大陸があるとしても移動手段が無い訳で。ふと考えてみれば、第一島人を見失ってしまった俺は非常に厳しい状況にあった。


「どうしたものか…」


 溜息を吐く。

 ここで無人島生活をするのも悪くはないが、無謀な点が多い。

 いっそのこと、イカダでも作って大海原に旅立ってみるのも悪くないが、素人ではやはり無謀だ。

 八方塞がりの状況に、再び溜息を吐いた。


「…ん?」


 見下ろした草むらの中。

 そこに──異物が落ちていた。

 摘んで見てみると、石ころとは違う妙な柔らかさに気付く。

 ──古びた木材だ。恐らく役目を終えて、暫く時間が経過している。


「…家、あったのか?」 


 そんな予想に至った。

 予想に至ってみれば、そうとしか考えられなくなるのが人の思考だ。何か手掛かりは無いかと、草むらを捜索していると──変わった物を見付けた。

 遠くからでは分からなかったが、発見時の違和感は凄まじかった。草の根本が折れ曲がり、ドーム状の空間を形成していたのだ。

 まるで、天然の宝箱みたいだった。

 気になって仕方が無いので、草を掻き分けると──中には、これまた古びたつば広の帽子が。

 元々は白かったのだろう。黒く煤けているそれは、まるで──持ち主がここに居たと言うことを伝える過去からの伝言のように思えた。

 家、帽子の持ち主──俺の中では、一人の人物にしか結び付かなかった。


「この帽子は…フィーナの……」


 あの不思議な女性──フィーナは、恐らく、間違い無く、かつてはここで暮らしていたはず。

 じゃあ、どうして今は居ないのか。俺の見ていた光景が夢だとして、どうして彼女のことを知れたのか。

 疑問が呼ぶ疑問に、困惑するしかない。


「おや? 旅の方か?」


 その帽子を見詰めて暫く呆然としていると、背後から声が聞こえた。


「ッ!?」


 振り返ると、杖を突いて近付いて来る老婆の姿が。

 妙に優しい瞳が、印象的だ。

 待望の、第一島人。待望ではあったのだが、俺の思考は生じていた疑問への追求から離れなかった。


「…あぁ、そんな所です。お婆さん、この帽子は一体…?」


 夢と、現実。何が正しくて何が正しくないのかは分からないが、分からないことばかりだが、この疑問はどうしても解決しなければならない──そんな第六感が働いていた。


「どれどれ……」


 老婆は、しわだらけの手で帽子を受け取り、じっくり見詰めた。

 やがて深々と頷くと、帽子を返してくれた。


「あぁ…」


 この方…こんな場所に居ると言うことはもしかしたら、何らかの手掛かりを知っているかもしれない。

 いや知っていてくれ。

 あの不思議な夢は、「フィーナ」は、何だったのか。

 その、手掛かりを。

 期待を胸に、言葉を待った。


「それは…『最後のハイエルフの帽子』と伝えられておる物じゃ…」


「最後のハイエルフの帽子…」


 帽子を見詰め、反芻する。


「そうじゃ…確か今から二百年程前か。この島が『呪いの島』と呼ばれるその前に…はて、何だったか」


 「ハイエルフ」…と、「呪いの島」…まるで、ファンタジーだ。

 これで火山に炎のドラゴンでも居れば…もう言うまでもなく一つの物語が紡がれてしまいそうだ。

 ──そんな冗談を抜きにしても、色々と曰くがありそうな言葉達だった。

 そうか…今は、「呪いの島」なんて呼ばれているのか…。

 困ったように記憶を探る老婆に、自分の考えを伝えることに。


「名無し島…?」


 間違ってたら、少し恥ずかしかった。

 だが驚いたように瞳を見開いた老婆の様子から、どうやら正解であるようだった。


「おお、お主…よく知っておるのぅ…。そうじゃ、この島が『呪いの島』と呼ばれる前は…『名無し島』…確かそう呼ばれておったかのぅ…」


 実在した名無し島、小屋、帽子。

 ハイエルフと言う存在、フィーナと言う存在。

 巡る思考の中で、点と点が徐々に繋がっていく。

 まだピース(繋がっていない点)はある。

 寂し気なフィーナの表情、そして呪いの島。

 もしかしたら…そう、もしかしたら。


「何故、そんな物騒な名前が? その最後のハイエルフと関係が…」


 ──もしかしたら、恩を返せるかもしれない。


「少し長いが…良いかの?」


 …長いのか。

 だが、今俺が抱いている謎が解決するのならば──訊くしかない。

 間髪入れずに、俺は頷いていた。


「はい。お願いします」


 二人、草原に腰を下ろした。

 これは本当に長くなりそうだ。


「事の始まりは──」


 話を纏めると、こうだ。

 昔、この世界には魔力マナが溢れ、沢山の精霊──「妖精」と呼ぶべき存在が居たらしい。

 だが彼等は、ある日を境に突如として、殆どがその姿を消してしまったのだ。

 これを、人々はこう呼んだそうだ。『大災害ロスト・ホープ』と。

 希望を失くすという名の、世界を震撼させた事件だ。

 この事件を境に、この世界の人々は魔法と呼ぶべきものが使えなくなってしまった。

 当時、それはパニックになったそうだ。

 しかし事件を収拾させた者達が居た──これが、「ハイエルフ」と呼ばれる上位の妖精達だ。

 殆どの妖精が消滅した中で、ハイエルフは辛くも数百人が生き残り、人間に助けを求めてきた。

 当然人間はそれを歓迎した。失いかけたものを、取り戻せる。あらゆる人々にとって、大層甘美な響きに聞こえただろう。反対者は居なかったそうだ。

 またハイエルフも、人間と協力していくことで種の安全を保とうとしたのだろう。

 その結果、魔法が使えない問題は代わりにハイエルフが魔法を使って人間を助ける形──ハイエルフが魔法を、人間が技術を提供するという形で、生じた困難を解決していった。


「それまでのハイエルフは、人との関わりを極端に持とうとしていなかった。自然を破壊する人間を快く思わないのは、実に彼等らしい理由からじゃ」


「…共存…。響きは素敵ですが……」


「じゃろうて。人の歴史は、決まって人に良い印象に歪められて語り継がれる…。それでも彼等が共存に甘んじたのは、自然の守り手と言う自負からじゃろう。また、自ら人に教えを説くことで、人の考えを改めようと試みていた……じゃが」


 問題は解決した、はずだった。

 しかし解決してしまったからこそ、そこに問題が生じてしまったのだ。

 永遠に続くと思われた共存社会と言う、眩い光。

 そこに、一点の滲みが生じた。

 光に囁き掛け、闇に引き摺り込む異形の存在──悪魔が現れたのだ。


「…悪魔」


 ある日悪魔が、一人の人間を誑かした。当時の北の国の第二王子だ。

 国に潤いを、己に権力を──彼はハイエルフにではなく悪魔を頼り、魂を魅入られてしまう。

 そして自国の兵士を悪魔の力を使って次々洗脳していき、内乱を起こして玉座を奪い取った。


「(そうか…。それがフィーナが言っていた…北の国での内乱か)」


 王子は玉座を奪った後、自らが討たれることを恐れた。

 既に悪魔に魅入られ、気が触れていたのだ。支配欲に駆られた王子は、欲を妨げられることを何より恐れた。

 最大の敵は、時の救世主──ハイエルフ。

 彼は悪魔の力を使い民衆の心を掌握しつつ、裏ではこっそり噂を流させた。

 曰く、『ハイエルフを殺した人間は、大いなる魔力マナを得ることが出来る』と。


「…な」


 馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 しかし、自らが再び魔法を使えるようになりたいと言う、過去の栄光を求めた者を動かすには、十分な噂だった。

 そして欲に溺れた人間達はハイエルフを、狩り続けたのだ。

 来る日も、来る日も、ひたすら狩り続けた。女子供を問わず、村を焼き、住処を奪い──それはもう殺戮の限りを尽くした。

 その結果、ハイエルフは次第に数を減らしていった。


「…惨い…ですね」


 残り僅かになった時、彼等は捨て身の行動に出た。

 僅か数名で伏魔殿である北国の王城に攻め込んだのだ。

 ──激闘が、繰り広げられたそうだ。

 残り少ない犠牲も払った結果、ハイエルフは王子から悪魔を切り離すことに成功した。

 王子が正気に戻ると、次々に他の兵士の洗脳も解けた。

 そして一人残ったハイエルフと共に、武器を取った。

 内乱の真相を知った諸国も、悪魔討伐に同調したらしい。

 そして北、東、南、西の各王国はここ──名無しの島へと逃げ延びた悪魔に戦いを挑んだ。

 人類と悪魔の、決戦。それは数日にも及ぶ激闘だったとか。

 王子を含む多大な犠牲を払いつつも、人々は悪魔の封印に成功した。

 悪魔の魂は森の奥深くに封印され、それを唯一生き残ったハイエルフ──後に、最後のハイエルフと呼ばれる者が日々封印を守護することになった──。


「…と、ここまでは良かったのじゃがのう」


 老婆はそこで、一旦話を区切った。


「どうじゃ…。ここまでは、理解出来たか?」


「…はい」


 話の内容を整理していく。

 夢の内容と現在が、俺の中で完全に結び付きつつあった。


「北の国が『ベルクノース』…だとすれば、最後のハイエルフの名は…フィーナ。フィーナ・エル・オープスト」


「おぉやはり、今は失われし久しい彼女の名を知っておったか。若いクセに、お主は博識じゃのう。正しくはフィリアーナじゃが…フィーナでも呼び易くて良いの」


 お婆さんは深く頷くと再び話を始めた。

 その話を纏めると、こうだ。

 ──悪魔は封印され、世界に平和が訪れたはずだった。

 しかし不幸なことに、悪魔の封印は不完全なものであった。

 平和が訪れたはず(・・)の日から、僅かに時が流れた一年後のこと。

 封印は破られ、悪魔は下僕を作り出すと人々を襲わせた。


「空は暗雲に包まれ、街は焼かれ、人は喰われ…それはさながら、地獄絵図のような状態じゃったとか…」


 だが次の日、この島から突如として光の柱が立ち上った。

 光は雲を切り裂くと世界中に降り注ぎ、光に包まれた下僕達はその数を大きく減らした。

 光が届かない森や、洞窟の奥深くへと逃げ込んだ下僕も、その日を境に姿を消したそうだ。

 悪魔が復活したが、何かがあった。

 何かが起こって、悪魔は再び討たれた。

 程無くして各国共同の調査隊が組織され、この島に派遣された。

 誰もが一つの可能性を予期していた。

 そう──最後のハイエルフが、今度こそ悪魔を討伐してくれたのだと。

 隊員の中には、「彼女」へせめてもの感謝の品々を持参する者も居たそうだ。

 褒められた行為か。自己満足の部分もありはしたが、調査隊は島の森の奥深くで、完全に石化している悪魔を発見した。

 同時にその近くで、同じく完全に石化した最後のハイエルフの姿を発見した。

 調査隊は、彼女が自らの命と引き換えに悪魔を封印したと結論付け、大いに彼女に感謝した──そして、平和が戻ってきたのだと心を撫で下ろした。

 だが問題が生じたのは、平和の数日後。

 調査隊の人間全員に、例外無く事件が起こった。

 彼等の殆どが突然として、不可解な死を遂げたのだ。

 ある者は突如として発狂し、奇声を上げながら崖から飛び降りた。

 ある者は未知の病に罹り、日に日に衰弱しながら病死した。

 ある者は、不幸にも通り魔に遭った。

 ある者は、偶然遭遇した魔物の群れに惨殺された。

 一つ一つは奇妙な不幸。しかし調査隊と言う共通項が、人ならざる影の存在を物語っていた。

 王国の学者達はこれを呪いだとした。悪魔の呪い、または──一人死した妖精の呪いか。真実は定かでない。

 故に、この島を“呪いの島”としてある種の聖地化を行い、真相が解明されるまで他の人々の入島を拒んだ──。


「…じゃが神ならぬ人に、二百年はあまりにも長過ぎた。結局真相は解明されず、いつしか彼女の存在は忘れ去られていったのじゃ…」


「…なら、この帽子は?」


 どうして今も残っているのか。


「その帽子は…最後のハイエルフが遺した、何らかのメッセージじゃと儂は考えておる…」


 老婆の言葉には、どこか確信が宿っていた。

 憂うような瞳が、森を見据えた。

 森の中で石化している二つの存在に、何かしら思うところがあるのかもしれない。


「…メッセージ……」


 何のメッセージかを問うと、頷きと共に答が返ってきた。 


「…悪魔が、三度みたび復活しようとしているのじゃ。今になって現れた帽子は、その暗示に他ならない…」


 悪魔の復活。

 皆まで言うな、心から願い下げだ。

 当たってほしくない予測だが、きっとその通りなのだろう。帽子を握る手に、力を入れていた。

 フィーナ…お前は…。


「じゃが悪魔を止められる者は既に、この世には居ないじゃろう。分かるか? この世界は徐々に終焉を迎えようとしているのじゃよ…。のぅ異世界からの旅人よ、無理は言わぬ。この世界からは早々に立ち去った方が良いぞ?」


 風が、吹き抜けた。

 見透かしたような瞳が、俺を射抜いた。

 どうやら老婆は、俺が異世界から来た存在であると言うことに気付いていたようだ。

 別にあまり驚くようなことではなかった。

 この人が只者ではないことは、先程の話から何となく分かっていたからだ。

 誰かは知らない。俺の眼には、年老いた女性の姿にしか映っていない。

 だが──底知れない存在と、俺は今相対しているのかもしれない。


「……」


 見上げた空が、青い。

 風は心地良いし、息を吸うと優しい香りが胸に広がる。

 もし悪魔が復活するとしても、にわかには信じ難い話だ。

 だが平和はあまりにも脆い。翌日には、何が起こるか本当に分からない。

 突然の事態、急転直下、青天の霹靂。

 冗談のようで、冗談じゃない。いや、冗談にもならない。

 失いたくないもの程、ありふれていて──当たり前だからこそ、失ったら悲しみに暮れる。

 誰かのためだとか、そんな大層なものじゃあないが…。


「貴重なお話、ありがとうございました。俺…行きますね? 彼女が…フィーナが待っているような気がしますから…」


 やっぱり受けた恩は、返したくなる性分な訳で。


「そうかいそうかい…あくまで立ち向かうのじゃな。止めはせぬ、頼んだよ…」


 俺はボロボロの帽子を被ると、不思議な老婆に一礼する。

 そして息を整えると、森へと向かって走り出した。

「…別に恥じることじゃないと思うんだがな〜」


「? 何のことですか、隊長」


「ディオか〜。それはな…コイツのことだ〜!」


「へ? うわぁぁあぁっ!? な、ななななっなっなっ! 何て物を出しているんですか! こんな予告の場で!!」


「別に良いじゃないか〜。お前さんも、好きだろ?」


「…そ、そんなこと……」


「良いって良いって〜! 男なら一つや二つ、持っているもんだろうが〜」


「いや、僕はそんな…」


「…素直になれよ」


「え……隊長」


「……」


「……は…い。持って…ます……」


「お前さんも男だな〜! …因みに、何のジャンルが好みなんだ〜? 年代は? スタイルは? 好きな小物はあるか〜?」


「……えぇ、そこまでは……」


「因みに俺は〜…」


「わぁぁぁあ! 言わなくて良いです! 聞きたくもないので!!」


「何だ〜、聞きたくないのか」


「予告行きますよ、予告! 『切っ掛けは、夢の重なり。刹那の交錯が、弓弦を森へと誘う。生命の息吹に紛れ、微かに漂う滅びの息吹。確かな滅びの胎動が、始まろうとしていた。二百年の時が眠る森を駆け抜けた先に弓弦が見たもの、それは──次回、支配する者』…はい! 今回の予告、以上です!」


「お、お〜…」

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