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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 前編
199/411

外見と実年齢のサイ

 光の届かない、毒々しい雲が空から滅び行く者を見下ろしている。

 街の至る所で上がっている黒煙に混じり辺りを包んでいるのは、生々しい鉄の匂いと、吐気を催す腐ったような匂い。

 黒煙と同じようにして上がっているのは鬨の声だ。秒刻みで上がる戦と、同じく秒刻みで増える死者。

 本来街を埋め尽くしているはずの純白は真紅に染まっている。進めど進めど現れるのは、生物の系譜を外れた人外の存在と、人。

 爆炎が爆ぜた。酸素が一度に失われ、息苦しくなった空間を、五人は駆け抜けている。


「大悪魔のしもべ…流石に手強いな…っ、“ファイアボール”ッ!!」


 再び爆炎が爆ぜ、立ち塞がった魔物の身体を焦がした。


「後どれぐらいで片付くのよ…キリが無いったらありゃしないって……もうっ、“スプレッシャー”!」


 噴き上がる水が魔物を打ち上げ、


「“ウィンドカッター”…まぁそう仰らずに。確実に我々が押していますのでこのままですと、最小限の被害で王城に辿り着けますよ」


 風の刃が狙い違わず身体を切り裂く。

 美しい集団だ。時が時ならば、異性同性構わず虜にしてしまう程の高貴さを備えた集団の内、前衛を務める三人がそれぞれ、火、水、風属性の魔法を放っていく。


「邪魔ね…退きなさいッ!」


 言葉と共に、なおも増え続ける魔物達の前に一人の少女が立つ。


『凍って…っ!!』


 荒れ狂う吹雪が、ひしめく万物を凍てつかせる。そして、


『灼熱の業火にて、灰燼と化しなさいッッ!!!!』


 天空に展開した魔法陣から巨大な炎弾が降下する。

 直後、空気が渦を巻くようにして収縮し、耳を劈くような轟音と共に、灼熱が世界を満たしていく。


「…当然の末路よ、人間。さぁ行くわよ」


 ーーー後に残るのは、更地だった。

 展開した魔法陣の大きさの実に、二倍もの範囲に渡って建造物も、動くものも消え去った更地を、翡翠色の瞳に怒りを宿して歩く女性の隣に、腰の曲がった老人が並んだ。


「感心しませんな、我々の目標は第二王子…レザント・ヴァルクロベルセ。かの者と一戦交える前に、魔法の節約をせねば魔力マナ過耗症は避けられませんぞ」


 この老人の名前は、デイル・クアンスァ・ブリュー。彼女達ハイエルフの故郷で“あった”村の村長だった人物だ。


「一向に構わないわ。相討ち覚悟で結構…どうせ私が、私達が倒れても、臆病者のケルヴィンがどこかで逃げ隠れているからハイエルフは滅びないもの…!」


 彼の制止の声を無視し、微かに荒くなった息を整えると、十三歳になったばかりの少女は雪の溶けた地面を駆けて行く。


「「「「姫様っ!!」」」」


 そんな彼女に対しての呼称が四人のハイエルフによって呼ばれるが、復讐に駆られた少女の怒りの矛先は、目標に向けて投げられたまま収まることはなかった。

 ーーーそしてその矛先が収まるのは、そこから暫くして、目標を成し遂げた代償を支払ってからになるのであった。


* * *


「フィー?」


 弓弦は遠い眼をしている隣の人物を名を呼び、呼び掛けが返ってくるのを待つ。


「……」


 イヅナが子ども達と混ざって雪合戦している様子を眺めながら、店で購入した温かい飲み物で手を温めながら、二人のハイエルフは現在脇道のドラム缶に腰掛けている。


「おーい、起きてるか?」


 眼の前で手が振られてようやく、フィーナは眼を瞬かせた。


「…え、えぇ起きてる…わよ?」


 どうやら暫くの間、昔の思い出に浸っていた自分に苦笑しながら、変に年寄り臭い自身の感覚に沈む。

 彼女にとって、この街を訪れるのは実に二百六年振りだ。それだけの時の流れは、一種の懐古の念を抱くのには十分過ぎるもの。

 ふと思い出した同胞達の姿が懐かしくて彼女は、クスリと小さく笑みを零す。そんな彼女の様子を怪訝に思いながらも弓弦はイヅナに視線を戻した。

 二つのチームに分かれて雪玉を投げ合っている少女の衣服は、投げられた雪玉を受けて所々が濡れている。彼女の身体能力ならば子どもの力で投げられる雪玉など、正に止まっているようなものなので、ワザと当たっているのだろうか。楽しそうなのは結構だが、風邪を引かないかどうか少しだけ心配な彼だ。


「…こんな寒い中で寝て、風邪引いても知らないからな?」


 勿論心配の対象は、隣でボーッとしているフィーナにも向けられていたりする。困ったように向けられた視線が擽ったくて少し、揶揄いたくなったフィーナは、「じゃあもし寝たらどうするのかしら?」と、答えが分かり切った質問をした。


「置いて行く…って言ったら?」


 予想外の返答であった。


「……泣くわよ?」


「泣かれるのは困るな。それに風邪を引かれるのも困る…帰って看病しないといけなくなるしな……」


「……」


「…ん、どうかしたか?」


 まさか「帰る」というフレーズが出てしまうとは思わなかったので、固まる。しかし言われてみるとその通りになってしまうので、風邪を引くまいと彼女はコップを口に付け、傾けた。

 温かい液体が喉を通り、身体を温めていく。息を吐くと、白い吐息となった。


「…お代わり貰ってくるわ。あなたは?」


「ん、そうだな…じゃあ頼む」


 弓弦も同じように飲物を全て飲むとコップを手渡す。

 両手に二つのコップを一つずつ持ちながら彼女は、イヅナと弓弦をその場に残して近くの出店へ。

 向かう途中、片手に持つコップの一部が魔性の魅力を放っていたのでその誘惑との格闘をしつつ、飲物を購入して元の場所へと戻った。


「あら?」


 すると、弓弦の姿がその場から消えている。イヅナは居るので恐らく近くに居るのは確かなのだが、彼の姿が見えなかった。


「(あの人どこに行ったのかしら…?)」


 飲物が冷めるといけないので周辺を探すと、笑い声が。


「ははっ、それは面白い! 恥を掻くのはいつも決まって、周りなんだからな…まったく困ったもんだよ」


「……」


 その方向に視線を向けると、子ども達の親に混じって、談笑する弓弦の姿があった。向こうも気付いたようで手招きをしてきたので、それに応じて彼の側へ。


「俺の連れ合いだ。中々に別嬪だろ?」


「えっ!?」


 上機嫌な彼からもたらされた発言に、眼を見開いたのは驚きのためであった。「ヒューッ!!」と指笛が鳴り響き、拍手が起こる。


「あ、初めまして。‘もぅ…少し眼を離した隙に…飲んでないわよね?’」


 珍しい彼の姿に口元の匂いを嗅ぐが、酒気を帯びている訳ではないようだ。


「はは、飲んでない飲んでない。同じ宿に泊まる旅行者同士、話に混ぜてもらっているだけだ」


「…そう。はい、どうぞ」


 弓弦にコップを手渡すと、元の場所に腰を下ろす。


「こっちに座らないのか?」


「えぇ、向こうで良いわ。どうぞ楽しく談笑して頂戴…あ、お気になさらず」


 昔のことを思い出してしまったからであろうか。「人間」という存在に一抹の不快感を抱いてしまい、どうしても冷ややかな態度を取ってしまう。

 頭では分かっているのだ。頭では分かっているのだが、どこか、彼女の本能と呼べるものが、「人間」を否定せよと囁いてくるのだ。

 過去に比べれば治っている方ではあるのだが、多少振り返してしまっているのは場所柄であろうか。

 弓弦は談笑に戻っているが、時折フィーナに気遣うような視線を向けている。「構わなくて良いわよ」と視線で意思を伝えるが、心配性の彼はそれを止めなかった。

 溜息と共に視線を子ども達に向ける。

 合戦は混戦の様相を呈している。いつの間にかチームは変わっており、イヅナは彼女から見て、右側のチームに居た。

 雪の上で転がして大きくした雪玉を他の子どもに渡すという、補給兵の役割を担っている彼女の楽しそうな姿を見ると、鬱屈とした嫌悪感が気持ち晴れていくような気がした。


「わっ、わー! あぶなーいっ!!」


 雪玉が一つ、そんな彼女に向かって飛んで来た。がむしゃらに子ども達が投げ合っているので、偶然すっぽ抜けた玉であろうか。

 本来ならば簡単に避けられるフィーナだったが、イヅナに注意を向け過ぎるあまり動作が遅れる。


「きゃっ!?」


 美しい顔を雪が白く染めた。

 突然の衝撃に落としそうになってしまったコップを片手で押さえて、空いた手で顔を拭っていると、雪玉を当ててしまったらしい子どもが彼女の前に立った。


「えっと…ごっ、ごめんなさいっ!!」


 怒られるかもしれないことに対し、その少年は子ども特有の曇りの無い瞳に、怯えの色を瞳に宿らせている。「人によってはここから濁ったりするのよね……」と内心思いながら、造形の整った顔の力を緩める。


「…あら、ちゃんと謝ることが出来るなんて偉いわね。お姉さんのことは気にしないで、楽しく遊びなさい」


 想像以上に優しさのある声が発せられ、自分のことであるのにも拘らず、驚いてしまった。しかしそれを表情に出すことはなく、頭を下げた少年に対して優し気な微笑を浮かべて送り出した彼女は、満足そうに髪を耳の後ろに送る。が、


「うんっ!! ありがとう、おばさん!!」


 放たれる言葉の刃。


「おば…っ!?」


 無垢な言葉がそんな彼女の心を抉った。この不意打ちには様子を窺っていた弓弦も眼を見張ってしまったが、咳払いと共に、「何でもないわ、何でも……」と明らかに傷心中の様子を取り繕いながら一人、温かい飲物を煽る。


「……」


 どこか眼が据わっている彼女に見詰められる中、子ども達は無邪気に雪合戦を続けていた。











 ーーー夜。

 遊び疲れたのか熟睡しているイヅナが寝息を立てている中、二人は静かに『ベルクノース』の夜景を眺めている。

 雪は静かに降り注いで、街に白化粧を施していく。

 夜が更けることでより厳しくなった寒空の下街を歩く人々の姿は少なく、街は静寂が支配しており、二つの月に照らされる王城は人々の営みをひっそりと見守っていた。

 そんな景色を背景に二人はグラスを重ねていた。


「…私…そんなに歳取っているように見えるのかしら」


「何が…って、あぁ。『おばさん』って呼ばわりされたことか。別に気にしなくても良いんじゃないか? 子どもから見たら大人なんて大体そうだろ?」


 最初に零れたのは愚痴だ。不満がハッキリと分かる声音で拗ねてみせた彼女に、弓弦はあの後眼が据わりっ放しの彼女の姿を重ねた。


「…それはそうなのだけど、やっぱりこう…傷付くものがあるのよ。あなたは『お兄さん』って呼ばれていたから構わないのかもしれないけど……」


 脳裏に思い出されたのは、子ども達に混じって雪合戦をする弓弦と他の男親達だ。やはり幾つになっても男は子どもの心を忘れないとは良くいったもので、流れ玉に当たった男が一人戦線に加わると続々と参加数は増えていった。

 結果的に自分の子どもの軍に入った男達は、さながら子どもの頃に戻ったように雪玉を作っては投げていた。当然弓弦もその中には含まれていたので、彼女を含め女性陣は、子ども達と共にはしゃぐ男性陣の様子を、実に二時間近くに渡って見せられる羽目になったのだ。

 微笑ましそうに、または困ったように、あるいは呆れたように女性陣はその光景を眺めていたのだが、彼女は前者の立場だ。前者というのは、彼女が困りつつも微笑ましそうに弓弦とイヅナの様子を見ていたことに起因する。

 そして雪合戦を通じて弓弦は「お兄さん」と子ども達から親しみを込めて呼ばれるまでになったのだが、その度に彼女は嬉しい反面、やはり「おばさん」呼ばわりを思い出して一人傷付いたのだった。


「うーん? 別に俺は子ども達にどう呼ばれようが、余程の罵声じゃない限り気にしないけどな。子どもの言うことじゃないか、一々気に留める必要は無いと思う」


「あなたは『お兄さん』って呼ばれてたからそんなことが言えるのっ。『おばさん』よ、『おばさん』…私はまだそんな歳じゃないわよっ。もぅっ」


「ははっ、なら訂正させれば良いじゃないか。『私はおばさんじゃなくて、おね〜さんよ?』…ってな感じでさ」


「…何だか痛い人みたいじゃない。本当は何歳も歳がいっているのに、周りには無理矢理この人若いって言わせているような…? まさか、あなたも私がおばさんって思っているの!? ねぇあなたは違うわよね? あなたは私のこと、年増だなんて思っていないわよねっ?」


 あまりにショックであったためか、若干ヒステリックになっているフィーナを、弓弦は正面から見詰める。


「別に歳がどうこうは関係無いと思うがな。俺達の肉体が過ごしてきた時間なんて人間からしたら、とうの昔に高齢者になるし。それに……」


 「…それに?」と言葉を返してきた眼の前の女性から、少しだけ視線を外しながら彼は言葉を続けた。


「例えどんなに歳を取っていようが、俺の眼には十分魅力的な女性に映っているさ。俺のフィルター掛かりまくった贔屓眼だけじゃ駄目か?」


「…っ」


「まぁ、アレじゃないか? 子どもが友達の親を、お姉さん呼ばわりなんてしたら首を傾げるものがあるし。俺だって子どもの立場だったら、今日の子ども達のように他の母親のことを呼ぶ。要するにだ。フィーの母性が子ども達にそう呼ばせたんだと思うよ。…母性、女性らしさ…素敵だと思う」


 畳み掛けるような言葉の連続に全身から湯気が出るような感覚を覚え、それを誤魔化そうと彼女は酒を一気に飲み干す。


「…ぅ…?」


 更に追い打ちを掛けるように、ここに来て突然彼女の脳内に今日の弓弦の言葉がリフレインする。


『俺の連れ合いだ。中々の別嬪だろ?』


「〜〜っ!!!!」


 彼女の心を掴んで離さないのは、「連れ合い」というフレーズだ。

 笑顔で子どもの親達に彼女のことを紹介していた彼の言葉が、まるで天使の翅のように彼女の身体を撫でていく。

 次第に恍惚とした表情になっていく彼女は、バッと顔を背ける。すると、そんな彼女の行動を不思議に思ったのか、彼は首を傾げた。


「どうかしたか?」


「何でもないわ、気にしないで」


「…? そうか」


 入浴を済ませた際に着替えた、館内着の襟元に顔と口元を隠して必死に声を取り繕う。

 今回の旅行中は完全に、普段の言動で弓弦に接しているフィーナだったが、油断すると犬言葉が出てしまいそうになる。いつもの敬語でも話す分には構わないのだが、それだとどこかよそよそしくて妻らしくないような感覚があるのだ。勿論個人的な感覚ではあるのだが。

 なのでその分、今の口調は妻らしく振舞えている感覚がある。かといって敬語が嫌という訳ではない。それはそれで、彼に対してのみの言葉であるので特別なものではあるのだ。

 要するに、ここで結論を出してしまえば結局、乙女心は複雑であるということに帰結する。


「‘乙女…ね。乙女よりは女で居たいわ。…居られているのかしら、私……’」


 チラリと弓弦を見る。


「……♪」


 途端、蕩ける表情。

 一人窓の外を眺めている彼の横顔は精悍でーーー何度でも相手を恋に落としてしまうような魅力を放っていた。

 

「なぁ」


 視線に気付いたのか弓弦が口を開く。


「今日見てて思った…いや、常々思ってはいるんだが、人間…やっぱり好きになれないか?」


 遊ぶ最中弓弦は、まるで周囲に壁を張っている様子を見せるフィーナのことがずっと気掛かりであった。


「…人見知りしてるだけだと思うわ」


 『アークドラグノフ』では普通に人間と話せているので、フィーナの言い方はある種正しい。

 しかし弓弦はそうは思っていなかった。


「俺が人間の中に混ざるのが嫌なのか? 今日のことでさえ嫉妬とか…覚えるものなのか?」


「…嫉妬を覚えない女なんて殆ど居ないわよ、あなた」


 誤魔化そうかと考えたが、その言葉はお酒によるものなのか、自然と彼女の口より発せられた。


「でも嫉妬…と言うよりは嫌悪かもしれないわね。人間嫌悪…かしら」


「…嫌悪…か」


「以前にも話たことがあるかもしれないけど…根に持っているのよ。あなたを『化物』呼ばわりしてくれた人間のこと……嫌悪感を抱かない方がおかしいと思う程よ。どれだけ私があなたのこと好きだと思っているの? …もぅ、言わせないで」


「……」


 「フィーが勝手に言ったんだろう?」とは口が裂けても言えない場面なので、沈黙で返した。


「…愛しているわ」


 すると突如としてもたらされる、愛の囁き。彼でなくとも驚いてしまうだろう。


「な…っ!? 何だよ突然…こそばゆいな…っ!」


「あら…ふふ、なら何度でも言わせてもらおうかしら? 愛しているわ」


「そ、そうか」


「ふふ…愛しているわ」


「…そうか」


「愛しているわよ?」


「……」


 話を逸らそうとしているのか、はたまたただ単に言いたいだけなのか。フィーナの翡翠色の瞳を覗き込む弓弦だが、そこに言葉を窺うことは出来なかった。


「…あなたは言ってくれないの? 私は愛しているわ、あなたのことを」


 しかし代わりに瞳の奥にどうしてか、「(ハートマーク)」が見えたような気がしたので彼は判断ーーー否、断定した。


「…酔ってるだろ」


「酔ってないわ。愛しているわ。誰よりもあなたのことを愛しているわ」


「…ヴェアル、ジャッジ頼む」


 キリが無いので弓弦は、自身の中に住んでいる悪魔狼を呼び出す。自分の他にも、彼女が酩酊状態にあると断言をしてくれる存在を求めたのだ。


「私は犬ではないのだがな……」


「まぁ狼、猫、蝙蝠からなら俺は、狼を選ぶさ。…で、どうだ?」


 顕現したヴェアルはフィーナの近くまで移動し、そして頷く。陽性反応だ。


『ふむ…妖精からの陽性反応か』


 脳内から聞こえた言葉は聞かなかったことにする。


「…そうか。酔っているとさ」


「あらそう? でもそんなの今は関係無いわよ。今大事なのは、あなたが私に対して愛を囁いてくれるのかどうかなのだもの。私は幾らでも言える。月が沈んで次の月が昇るまで言い続けることが出来ると思うわ」


「…こんな初日からお花畑全開で良いのか? 色々と飛ばし過ぎだろ……あ、すまないなヴェアル」


 「弓弦も私を犬扱いか……虚しいな」と言葉を残してヴェアルが消えようとしたので、礼の言葉を伝えておく。


「…さてフィー、昨日今日と飲み過ぎだ。片付けて早く寝るぞ」


「……」


 明らかな抗議の視線である。飲み足りない訳ではないのだが、ここまで人に言わせておいて、自分は言わないという弓弦の態度が不服なのだ。

 そんな彼女を他所に、酒瓶が部屋内の箱に入れられる。このホテルのサービス内容の一つに、宿泊客が外出中の際における部屋の清掃時の酒瓶補充サービスがあるのだ。故に彼は、飲み切った分を出入口付近の箱に入れた。


「じゃあ寝るか。イヅナと一緒に寝るか一人で寝るか、どっちが良い?」


「…三人」


「…かなりスペース的にキツくないか」


「密着すれば良いじゃない。窮屈でも寝られない訳ではないわ」


 ベッドのスペースは、確かにフィーナの言う通りであり、イヅナも丁度中央で寝ているので物理的に不可能ではなかったりする。


「…寝苦しくならないか?」


「家族三人で一緒の床に入れない方が私は寝苦しいわよ…意地悪な人ね」


「…家族三人か。確かに家族と言えば家族なんだが……どこの世界に妻と妻の妹と一緒に寝る夫が実在するんだ? 良く推奨出来るな」


 『完全に薄い本の(にゃい)容にゃ』と、脳内に響くクロの声。


「…まぁ今更か。じゃあ布団入るぞ?」


「……」


 「妻」という言葉に反応して悶えているフィーナ。顔さえ隠せば反応がバレないと思っている彼女だったが、現在は完全プライベートルームの室内、つまり、帽子を脱いでいる状態だ。

 当然犬耳は興奮に荒ぶっていたのだがそれには気付かず、彼が布団に入ってから彼女も布団に入る。


「おやすみ、フィー」


「おやすみなさい、あなた……〜っ!!」


 弓弦とイヅナの体温が布団から伝わってくることによって、確かな幸せを感じる。

 家族旅行の初日は、彼女としては満足のいくもので終わりそうだったので、そのまま安心して瞳を閉じる。すると、


「‘俺も愛してるよ’」


 鼓膜を優しく通り抜けていくような声がこの日を、大満足のいく初日へと変えるのであった。

「…弓弦が惚気過ぎて嫌なんですけど。私を無視して本編着々と進行しないでほしいなー? 贔屓は駄目ですよねぇ、ユリさん?」


「…すまない知影殿。少し手が放せない状況故に、今は相手することが不可能だ。愚痴を言いたければ別の人を当たってくれないだろうか」


「えー? そんなこと言っても、私以外に今、ユリちゃんしかこの場に居ない訳だし、手が放せないと言ってもユリちゃん何もしてないけど…あれ? 何をしていたの? あっれれー? おっかしいなー?」


「…知影殿、弓弦殿が居なくて時間に余裕があるのは分かるが……手当たり次第に、人に当たっていては良いことはないぞ?」


「……」


「…寂しさを紛らわす方法は幾らでもある。弓弦殿の人形なり何なりを作るなどの、趣味を作れば時間は幾らでも潰せるはずだ。何なら私が特別な折紙を教えようか」


「…ううん、止めとく。部屋で弓弦抱き枕の中に入ることにするよ。ごめんねユリちゃん…じゃあね……」


「…うむ、ではな。さて、予告だ。『…人々が歩く、館内通路。漂う香りは今にも、私の胃袋を釣り上げてしまいそうだ。…静かな食事とは程遠いかもしれないけど、ご飯を食べなきゃーーー次回、孤独のイヅナ』…参った…どこに迷い込んでしまった…の? …イヅナ? 一体誰のことなのだ? …知らない方が良いな、うむ」

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