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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 前編
196/411

変態偵チカゲ

 彼女は、夢を見ていた。

 彼女でさえ、意味を理解することが出来ない不思議な夢を見ていた。


「弓弦っ♪」


 彼女は想い人の下へと走った。しかし、


「……」


 彼との間の距離は詰まらない。

 それは、いつか見た夢と似たような内容であったのだ。

 走っても走っても、求めても求めても、狭まらない距離。

 彼は、静かに笑っていた。

 どうして笑うのかが分からない。近付かない距離に心細さを覚えるのではないのかーーー謎であった。


『おわっ!?』


 横から彼に、誰かが抱き着いた。

 幾ら走っても詰まらない距離を詰めて、抱き着いた人物が。


『どわっ』


 二人、


『っ』


 三人、四人、五人、六人と増えていく。

 顔が見えないので誰かは判別出来ないが、女性が五人に男性が一人ということは服装と体型から分かった。


「あっ」


 弓弦が六人の人物と共に歩き始めた。


「待って弓弦!!」


 その距離が離れて行く。

 彼との距離が、開いていく。


「っ!?」


 突然場面が暗転し、すぐに明転する。


『ははっ、そうかそうか…それは良かったなぁ』


 場面が別場面に変化した。

 満面の笑みを浮かべる彼は、小さな女の子の頭を撫でていた。


『幾つになっても………の甘えん坊さんは治らないなぁ。まぁ……としては嬉しいんだが…そんなんじゃいつまで経っても彼氏が出来ないぞ?』


 途中ノイズが入ってる部分があり分からなかったが、それでも分かる部分はあった。


『…ん? ははっ、まだ言うか!? そう言うのはもう少し、大きくなってからにしてくれ。まだまだ……には程遠いからなぁ、こことか、こことか? 比較対象が間違ってはいるけどな』


 少女の声は聞こえない。聞こえてくるのは幸せそうな弓弦の声だけだ。


『『いつか取ってみせる』っておいおい…本当に色々とマズいから止めてくれ…止めるの一苦労なんだぞ?』


 腰を落とした彼に抱き着いた少女が、その力を強めたのか彼の身体に埋める身体の面積を広くする。その視線は、知影の方へ向けられていた。


『…ったく言った傍から。勘弁してくれ……』


 弓弦がこちらを見詰めて溜息を吐くも、それは自分に向けられたものじゃないと分かり落胆する。

 知影の隣を抜けるようにして彼の側に、先程の女性の一人と思わしき人物が立った。


『…怒るな怒るなっ! お前だって自分に似てるどうこう言って笑ってただろ? …『冗談じゃなくなってきたから』? …まぁそれを言ったら…うん、確かに将来性に不安はあるが色々偏差値は高いんだ。その気になれば良いの見付けてくるだろ?』


 ふとそこで、周囲の景色が変わっていることに気付いた。

 家だろうか。どのような家具が置いてあるのとかは良く見えないが、彼女が元居た世界と似たような構造をしているということだけは、一眼で分かった。


『まぁ子どもの戯言じゃないか。ちゃんと年頃になれば変わる…はず。それに普通嫌われるだろ、俺みたいな奴はな。不誠実に映ってると思うぞ? 都合が良過ぎて怖いんだがなぁ』


「嫌……」


 それは、自然と出た言葉だった。


『んなこと言っても仕方無い

だろ? …どれだけのことをしてきたと思っているんだ』


『…そうよね』


 ここにきて初めて女性の声が聞こえた。空気の振動から算出される声の周波数から、知影の中で人物の特定が行われていくが、近い声こそあれど全く同一の声音を発する人物は居なかった。


『お蔭様で今に至るまで、本当(ほんっとう)に苦労した。本当に…本当に…っ』


『…こら、子どもの前であまりそんな姿を見せるな。…気持ちは分かるが…な?』


 少女と同じようにして、反対側から弓弦に身を寄せる女性らしき人物は、首を振った。知影の中で怒りが湧き始める。


『でも…痛っ』


 デコピンだろうか。

 弓弦が指をピンと弾くのが見えたような気がした。


『馬〜鹿。子どもの前でそんな姿を見せるなって言ったばかりだろう。………が不安がるしな』


『…っ、分かってるわよそんなこと。この子の前では、だけど』


『ははっ、まぁそう言うことだな。甘えてくれないと拗ねてやる』


『…この子の前で惚気るのもどうかと思うけど…ほら嫉妬した』


 慌てるように少女を宥める弓弦は、二三度頷くと、溜息と共に彼女の頭を撫でる。


『この後先約が入ってしまったな』


 少女が知影の隣を通り抜けて行く。楽しそうにパタパタと走って行く姿を見ると、心が痛んだ。


「…どうして……」


 口から意図せずして溢れた言葉は彼女の動揺の全てを表している。

 頭の処理が追い付かない。

 自身が非日常に引き込まれた時以来の感覚。決して解けない知恵の輪を解かされている感覚だ。


『…自分から提案しておいて良く言うわよ』


『まぁそう言うなって。確認をしないと俺が怒られちまう。それに自分の身は最低限自分で守ってもらわないとな…悪漢共を返り討ちに出来ん』


『心配性ねぇ。別にあの子には魔法もあるわ、男なんて相手にもならないわよ』


『はは、そうだなぁ』


『えぇ、そうよ?』


 どちらかが笑うと、片方も笑った。


『ははははは……』『うふふふ……』


 心が締め付けられる。


「どうしてこんな夢を…っ、早く…覚めて……っ!!」


 彼の笑顔が辛くて、頰を生温かいものが伝った。

 塩っぱいーーーそう思った。

 そして、どこか作り物めいた雰囲気がこの空間を支配しているとも思った。

 まるで弓弦も女性も、作った笑いを浮かべているような気がして、辛いのだ。


『…っ』


 女性の足下に、滴が落ちた。

 胸を突き刺さされるような感覚に耐えつつも見遣ると、どうやら女性も泣いているようだ。


『…大丈夫だ』


 弓弦は彼女を、優しく抱擁した。

 次から次へと女性に疑念が浮かび、黒い感情は湧いてこない。

 「どうしてそこに居るの…そこは私の居場所なのに……」と、殺意の無い疑念が、さらに伝うものを多くする。


『大丈夫だ……俺達の娘だろ? なら、大丈夫なんだ……』


『えぇ…えぇ、分かってる。でも私はあなたも……』


『そんなことを言うんだったら俺は、お前が心配だ。寂しくて一人、鳴いてしまわないかな』


『…イントネーション、おかしくなかった?』


 『…さぁて、な』と、良く知る言葉で誤魔化した彼は、壁に立て掛けてあった一振りの剣を手に取った。

 見知らぬ剣だった。

 だが、どこかで見たことがあるような既視感を抱かされたのは何故であろうか。


『ま、こうして居ても意味が無い。ついでに狩りにも行って来るからいつも通り、調理は宜しくな』


『ふふ、任せなさい♪』


『じゃ…』


『……ん』


 弓弦の顔が抱擁したままの女性と重なった。

 小さく首を振って後退るーーーそれが、限界を突破した合図だった。

 とうとう彼女は、その空間に耐えられなくなったのだ。


「ーーっ!!!!」


 逃げるようにしてその場を離れる。その光景を否定しようと、必死に彼女は弓弦に背を向けたーーー


* * *


「はっ!?!?」


 布団をガバッと取り除いて身体を起こすと、時間は午前九時。

 あ〜あ、もう少しぐっすり眠りたかったんだけど、酷い夢の所為で起きちゃったよ。…二度寝しようにも、何かなぁ。

 …まぁ良いや、兎に角! 辛い夢を見たのなら弓弦に癒してもらお……!?


「居ないっ!? あれ、皆もっ!?」


 …まぁ、良くあることだよ。女狐達がいっつも弓弦をどこかに連れ出しちゃうんだから、きっと艦のどこかには居るよ…!?


「居ないっっ!?!?」


 嘘…弓弦の気配がどこにも無いっ。つまりそれは、艦のどこにも彼が居ないことを表していて……


「こうしちゃ居られないッ!」


 (はやて)のように衣服を着用して部屋を飛び出す…前に、


「…この扉の近くの床……?」


 …弓弦の匂いが微かに強い。

 でもおかしいな、ちゃんと布団には弓弦の匂いが充満していたから、朝まで布団で寝てたとは思うんだけど……?

 …確かめてみよっか。


「え〜っと…この机に……あった♪」


 ベッド以外で弓弦の、それはそれは素晴らしく甘く凄まじく癖になる崇高な残り香が、いつもより強い…そんなふとした疑問を思ったこと、ありませんか。ありますよね!?


「そんなあなたにこの一品!!」


 チャンチャカチャッチャ、チャ〜チャ〜チャ〜♪


「『ユヅルチェッカー』ウフフフフ〜♪」


 適当な有り合わせのパーツを使って暗視スコープを作ろうとした過程で完成した、この『ユヅルチェッカー』…勿論その見た目は暗視スコープと変わらないよ。だけど、効果は違うんです。違うんですよ奥さんっ!!


「装〜着ッ!!」


 装着すると装置の電源が入るこの『ユヅルチェッカー』…その効果は何と、ぬわぁんとっ! 弓弦のDNAとか、所謂弓弦の素を識別出来るようになる優れ物だッ!!

 床に落ちた毛髪や、付着した僅かな体液…体液…体液…♡ ふぇへ。がッ、調べられちゃうのッ!!

 いつもフィーナが掃除機かけちゃうから中々体毛って採取出来ないんだけど、これがあれば例え、掃除機の吸引力を逃れた辛うじて眼で見えるような薄い毛でも、バッチリ探せちゃうんですなッ!! だからベッドを見てみると……


「ふぇへへ…♡」


 弓弦の匂いの素が沢山っ♪ あ、今私弓弦の匂いに触れてる…弓弦の素に触れてる…幸せぇっ♡


「…あれ」


 さてはてはてさて。

 疑わしい場所に戻って調べてみたけど…弓弦の素が見受けられない。

 気の所為だったのかな? 私が妄想中以外で弓弦の匂いを嗅ぎ間違える訳無いんだけど……うん、こう言うこともあるよね…っと、それよりもッ!!


「弓弦の居場所を探さなくちゃ!!」


 『ユヅルチェッカー』を片付けてから、きっと隊長さんだったら何か知っていると、そう思って隊長室へ、GO!!


「到着ッ」


 扉を開ける。


「弓弦どこですかッ!?」


 弓弦の端末にはどこかに行った形跡は無かったから、任務(ミッション)以外でここを離れているということになる。

 昨日の今日で落ち着く間も無く外に出て行くだなんて弓弦らしくない。絶対に女狐に連れて行かれているのは確定しているんだからっ! 隊長さんを最悪締め上げてしまえば…フフフ。

 だけど……


「…ぺったんこ〜、ぺったんこ〜」


「ぺったんこ〜…あはははは」


 隊長さんも博士も眼が虚ろで、まるで機械のように判子を書類に押していた。最初は機械かな? …って思ったんだけど、一応生きてるし、ちゃんと人間してはいるみたい。

 …結論。使い物にならない。


「失礼しましたー」


 こうなったら、虱潰しに他の女狐共の部屋を当たって犯人を突き止めてやる!!











「…えっ!? 弓弦がどこにも居ないだとっ!?」


 …外れ。この驚きようは知らないと判断しても良いかな。


「うん…朝起きたらもう居なくてね。知らないなら良いや、ごめんね」


「う、うむ…そうか……」


 次行こ次。











「申し訳御座いません。生憎存じておりませんので……」


 むむ…怪しいと言いたいところだけど…と、そうだ。


「どうして朝起きたらもう皆居なかったの。てっきりいつものテンションで朝過ごしちゃったけど」


「クス…レイアさんが起こしに来られたのですよ。それで知影さん以外の方は皆様起床されて御部屋に」


 「知影さんは本当に熟睡なさっていて…うふふ」と笑う風音さん。

 確かに着ている服も変わっているし、そう言えばユリちゃんも服変わってた。

 うん、言われてみたら…だね。

 起こされたような記憶もあるし……


「あれ、セティは居ないの?」


 和服少女の姿が見えない。


「あの子ですか? そう言えば姿が見えませんね…」


 つまり風音さんが起きた時には既にセティは居なかったってことになると。

 セティは…まだ十二歳だっけ。ならまだ他の女狐に比べて危険度は低いけど……発育良いんだよねあの子…推定C…うん、あの身長であれはロリ巨乳を体現しているよ。…多分私もその内抜かれるだろうし。まぁ身体の造りがファンタジーなんだから仕方無いと言えばそうなんだけど。

 二百歳超えてるクセに私達と外見変わらない某女狐も居る訳だし。あの胸…早く弛んでしまえば良いものを……


「失礼しても宜しいでしょうか。掃除がありますので」


「あ、うん」


 暫くこの部屋開けてたから掃除とかしないといけないのかな。やることがあって少し羨ましい。取り敢えずセティは黒っと…じゃあ次。











「おろ、知影ちゃんどうしたの?」


 最後はレイア。

 一番有用な情報を持っていそうだけど…どうだろう。


「弓弦の居場所って知ってる?」


「うん、知ってるよ」


 やたっ。これで弓弦の後を追える…かもしれない。


「教えてくれないかな?」


「う〜ん…どうして?」


「どうしてって…勿論弓弦を追い掛けるためだよ」


「追い掛けてどうするの?」


「連れ帰る。弓弦は私と一緒に居ることが一番幸せなんだから、他の女狐と一緒に居る必要なんて無いもん」


「そっか。ユ〜君と一緒に居ることが幸せじゃくて、ユ〜君が一緒に居ることが、幸せなのね?」


 …どっちも同じ意味なのに訊き返す必要あるかなぁ。


「弓弦は私と一緒に居ることが一番幸せ。私は弓弦のことを考えて言っているんだからね」


 この人…やっぱり底が見えない。

 風音さんもそうだけど、絶対に寝首を掻けないタイプの人。

 でもかと言ってこう…バリバリのキャリアウーマンにあるような張り詰めた雰囲気を感じさせないんだよね。人を包み込む温かさを持った人……それがこの人の印象だから。


「じゃあ知影ちゃんは、ユ〜君が考えていることが、自分の考えていることそのままだと思ってるんだ」


「当然。だって私が、私だけが弓弦のこと一番分かっているんだから」


「へ〜、凄いね。じゃあ知影ちゃんに訊けばユ〜君のこと何でも分かっちゃうんだ」


 何を当たり前のことを言ってるんだろ。それぐらい分かって当然なんだから。


「なら私に訊かなくても、分かると思うけどな。ユ〜君の居場所。レオン君にお願いして、『ここだ』って思った場所に行く許可を出してもらえば良いと思うの。私が嘘を教えるとも限らないし、そっちの方が良いと思うな、私」


 …確かに…レイアが嘘を言う可能性はあるよね。他の皆にも言えるし。

 弓弦のことは一番私が分かっているんだから、その意思に従えば良い…言えてるかも。


「どこに居るか浮かんだ?」


「…うん。でも、レイアの意見も一応訊きたいな」


 …レイアは間違い無く知ってる。でもきっと、


「う〜ん、具体的な世界は分からないけど…想い出の場所に行ったみたい」


 …あれ、それ多分私が考えた所と同じ所だ。

 弓弦が行く想い出の場所なら絶対あの世界。…となると、フィーナも一緒に行ったと考えるのが道理だよね。 私の弓弦を連れ去ったのはセティとフィーナ…まだ他にも付いて行ってるかもしれないけど、この二人は確定っと。


「うん分かった。ありがとレイア」


「えへへ…どういたしまして」


 よしじゃあ早速隊長室に行って、異世界転移の許可をもらわないと。

 絶対に弓弦を連れ戻さないと、連続でそんなあっちこっち行ったりしてたら疲れちゃうんだからねっ!! で、連れ帰ったら弓弦とベッドで……ふぇへ、ふぇへへへへ…♡


* * *


「おろろ」


 ダッシュしている知影は既に角を曲がって、その姿を隠れさせる。音速を超えそうな勢いで走って行った彼女が、先程まで居た場所を少しだけ驚いたように、眼を瞬かせてからレイアは部屋に戻った。

 弓弦達が艦を離れて、少し経ってから女性陣を起こしたレイアは、行く前にフィーナに頼まれた植物の手入れを行おうと準備していたら、ドアが叩かれて来客があったという訳だ。

 ゴム手袋にビニールエプロンやスコップ、肥料にはさみにジョウロを袋に入れ、彼女から預かった部屋のカードキー片手に部屋を後にして、隣の部屋へ。そしてベランダへの扉を開けて、ベランダへ。


「おろ、意外に少ない」


 アークドラグノフの全隊員室に付属している小さなベランダは、扉を中心として扇状に広がっている。ベランダと言っても大人が六人、余裕を持って立てるかどうかの面積しかないので、ベランダと呼ぶには少々狭いかもしれない。

 しかし隊員室は元々、隊員一人に対して一室用意される。一人暮らしをしているのならば、この広さのベランダでも洗濯物を干す余裕は十分にあり、普通ならば不十分しない程度には考えられて設計されている。

 それが三人だ。

 一つの部屋に三人。一人暮らしでは十分過ぎるスペースも、この人数の前には意味を成さない。

 例えるならば三畳一間の小さな下宿だ。三畳という広さは、一人で住む分にはある程度の不自由は無い。不自由を感じる人間も居るには居るが、きちんとした寝床と、雨風凌げる屋根と壁があるだけ十分なのである。

 それが二人となると、人口密度は倍加する。狭い屋内での共同生活は中々に困難であるだろう。

 そのような部屋に喜んで住んでいるのだとしたら、二人は余程関係が進んだ関係性を築けているに違い無い。きっと、二人が互いに恐れていることは相手が優し過ぎることであろう。

 そして、三人。

 三人分の洗濯物を干すスペースで、多様な茶葉や、珈琲豆を栽培しようとすると、


「でも広いな〜」


 空間の構造を魔法で捻じ曲げてまで、スペースを拡張するという結論に達するのだ。

 隊員室四部屋分であろうか。扉を通った先は、ちょっとした温室になっていた。

 普段は入る機会が無く、初めてここに入って来た彼女はその光景に見入っていたのだが、そうしていてもキリが無いので近くの作物の下まで歩いた。


「へ〜…うん、香りも良い。こんな立派な茶樹を育てるなんて流石(さっすが)フ〜ちゃん♪」


 ぐるりと小さな茶畑の周りを一周した彼女は、袋からはさみを取り出す。剪枝だ。

 彼女はそれを、鼻歌交じりに行っていく。


「キシャ」


 半分程剪枝を終えた頃。彼女の背後の空間が歪みアデウスが現れた。


「うん、ありがと。お疲れ様」


 現在彼女の下には二体の悪魔が滞在している。アデウスと、シテロだ。

 彼女はアデウスに一つ頼み事をしており、それが無事に終わったのでこの悪魔は戻って来たという訳だ。

 役目を果たした悪魔は、開けた所でハリセンを振り始める。

 ツッコミの練習であろうか、小さく聞こえる「キッシャシャシャー(何でやね〜ん)」にレイアはクスリと笑みを零した。

 因みにシテロはどこかに行ったまま帰って来ない。ここを発つ前に弓弦が彼女に幾らか現金を持たせているので、買い物か昼寝にでも行っているのであろう。


「…と」


 茶樹の手入れを終えて立ち上がったレイアは、今度はキョロキョロと周囲を見回して、ある一点で視線を止めた。


「これ…かな。…これだね」


 小さな茶園の側に置かれた台座を凝視して頷いた彼女は、隊員服の胸ポケットからメモ用紙を取り出した。


「ふむふむ…これが、『地脈の宝珠』ね。地属性の魔力マナを込めること…よし。『ガラガラ土蛇やって来る〜よ♪ タイン!』」


 歌による詠唱の完成と共に、彼女の足下に魔法陣が展開して、精霊タイタンが顕現し、『地脈の宝珠』に魔力マナを注ぎ込み始めた。

 程無くして宝珠が黄色の輝きを強く放ち始めるようになると、精霊は魔法陣の中に帰って行った。


「えへへ、ありがと」


 『地脈の宝珠』は本来ならば、現在の弓弦の魔力マナでも全快させてしまう程の魔力マナが込められているはずのだが、一週間程で一度は満タンまで補充しないと、宝珠内の魔力マナが消費量に追い抜かれてしまうのだ。

 茶樹を始めとして、この温室内で作物が早く育つのはこの宝珠によるところに大きい。絶え間無く注がれた清らかな地属性魔力(マナ)は、草花の成長を著しく促進させるのだ。

 フィーナの案であるこれによって、本来ならば収穫まで年月を要する作物が、迅速に育つことを可能にしたのだ。


「これで一番やらないといけないことは終わったかな。じゃあ残り…頑張っちゃおっか」


 彼女は伸びをして身体を解すと、成長状態を確認するために別の作物の下へと歩いて行くのであった。

「…わたくし…出番ありませんわ」


「俺も出番が無いな」


「僕も出番が無いね」


「……ですが次回は出番がありますわ」


「あ、僕も出番がある!」


「…俺は……無いな」


「…。予告、次回の文章は私のものですので、読んでも宜しくて? …って、ルクセント中尉はどこへ?」


「ん、あぁ…気にしないで予告しろ、フレージュ」


「…は、はぁ。分かりましたわ。『隊長も博士も、自分達ばかりが沢山の書類に追われていると思っているようですけど、あの頃ま今も、いっっつも決まって帳尻を合わせなければならない状況に追い込まれるのは、わたくしですのにーーー次回、彼女にもギョウム』…巨乳は死っ、ですわぁぁぁっ!! …自分の文章であるはずなのにどうして、こうも居た堪れない心地になるのか、謎ですわぁ……ところでルクセント中尉は?」


「あいつはきっと…この広い空を見上げているさ。俺達も見上げているこの、青い空をな」


「……もっと居た堪れない人が居ましたわっ!?」

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