想いと共に込めたモノ
「ん…朝か……」
瞼を閉じながら、弓弦は小さな声で呟く。
「…朝…で…すね……」
その言葉に答えたのは、彼に抱き着くようにして身体を預けているフィーナだ。眉を顰めているのはどう考えても、二日酔い以外の何物でもないだろう。
「ん…?」
しかし酔い潰れて寝てしまった割に弓弦は、そのような感覚を全く覚えなかった。酔い止めも飲んでいないのに拘らず、だ。
だが彼は、口の中に食べた覚えのない人工的な甘味を感じた。食べた覚えがないはずだが、いつか食べた味のような気がして、何も口に入っていないが思わず舌鼓を打つ。
すると、そんな彼を見詰める翡翠色の瞳が一瞬翳りを見せたのだが、首を傾げ思案している彼は気に留めることはなかった。
静かな朝だ。
弓弦がベッドに視線を遣ると、美しい女性達がスヤスヤと寝息を立てている。
思わず笑みを零してしまいハッとしたが既に遅し。言いたいことがあひそうな上眼遣いで見てくるフィーナが全身による圧迫を強めてしまった。
柔らかな女性の感触に胸の高鳴りを覚えてしまい、居心地悪そうに笑みを苦笑に変える弓弦だが、「人を嫉妬させてくれたのだから、罰としてあなたはこのまま、動かないで」と言葉で制されてしまった。
「…今何時か分かりますか?」
「…まだ早朝だ。こっち出るのはもう少し後にする予定だが…まさかずっとこのままか?」
「…ずっとこのままじゃ駄目ですか? ご主人様分補充させてくださいよ」
服の裾をギュッと掴んできたフィーナの犬耳がピコピコと動く。
「…私まで病ませたいのなら良いわよ? 離れたら…病んでやるわ」
その瞳は本気だった。
頭痛のためであろうか、朝から何故か機嫌が恐ろしく悪い本気の瞳にたじろがされる弓弦の脳内に、『…気付けと言うのは難しいと分かっている。しかし君はもう少し理解に努めてみてはどうだろうか』と、ヴェアルの声が聞こえてきた。意味が分からない弓弦である。
「…ふふ、半分冗談です。ご主人様が私を愛してくれていること、勿論分かっていますから♪」
「…そ、そうか」
「…あの、ご主人様。退屈凌ぎの冗談ぐらい付き合ってください。寂しいじゃないですか……」
言う程退屈そうに見えないのは気の所為ではないだろう。
「…ん、あぁすまないな……」
「…ご主人様?」
「…ん…」
「…あなた♪」
微妙に鈍めの反応を怪訝に思ったフィーナが彼を呼ぶが、やはり反応は鈍い。
なので、
「…むぐ…っ」
これ幸いとばかりに唇を奪ってみる彼女である。
これからの旅行中、幾らでも奪うことが出来る彼の唇だが、取り敢えずの先払い行為である。
「…ん…んんっ…って!!」
暫くされるがままになっていた彼だが、数分程度経過してからやっと、「おいっ」と抗議の声を上げた。
寝ている女性陣に配慮してか、小さめの声で抗議する弓弦。それは咎めるというよりは、呆れの感情が込められた響きの声であった。
「…眼が覚めましたか?」
「…はは、お蔭様でな? まったく…このまま一日一回ペースでキスするつもりか? と言うか…昨日に比べて変に上手くなってないか?」
あまり意識していなかったフィーナはその言葉に驚かされる。舌の動きを昨日と変えたつもりはなかったのでまさか、そんな反応をされるとは思わなかったのだ。
この上ない程の喜びに彼女の心は包まれたのだが、同時に妙な危機感を覚えてしまい、そのような気持ちは萎んでしまった。
何かが、おかしいーーーそう、疑問を感じてしまったのだ。
「…ご主人様。もう一度、もう一度だけキスしても良いですか?」
「…いや、いつ他の皆が起きるか分からないんだから止めた方が良いと思うぞ? 知影とかがもし起きたらどうするんだ?」
「…お願いです」
彼女の真剣な眼差しを見詰め返すと、「分かった」と彼は了承する。
すると彼の唇に、柔らかな彼女の唇が重ねられる。
先程の求めるような口付けとは違う、何かを確かめるような舌使いに彼が身を任せていると、やがて離れて行く。
「‘…やっぱり…’」
「…どうかしたのか?」
怯えさえ見て取れる表情に弓弦は眉を顰める。「まさか」という予感があったのだ。
「少し考えさせてください」と彼女が何かに怯えているのか、震えている左指を、彼の同じ左指に絡める。するとお互いの薬指で光る指輪の輝きが強くなった。
「…私の手をこのまま、強く握って」
言われた通り強く握ると、指輪の輝きがさらに増した。
静かで、薄暗い部屋を指輪の輝きが照らしていく。
「…どうだ?」
十分程経過したであろうか、沈黙に耐え兼ねた弓弦が彼女に問い掛けるが、返ってきたのはやはり沈黙だった。
ーーー指輪の輝きがより強くなる。
「…っ!? はぁっ、はぁ…っ!」
するとどうしたことであろうか。フィーナの息が突然荒くなり始めたので「大丈夫か?」と声を掛けたかった彼だが、
「っ!?!?」
ーーー声が出なかった。
代わりに、自分の身体が異常な程の熱を帯び始め、苦しさに感覚が支配されていく。
反射的に弓弦はフィーナの身体を抱き寄せ、強く抱きしめる。
不気味な感覚であった。が、覚えのある感覚だ。
『にゃぁぁぁっ!』「ヤバいにゃぁっ!!」
実体化したクロが慌てて部屋を出て行ったのだが、そんなことを気にしている程の余裕は今、どこにもなかった。
増大した互いの魔力が互いの中で荒れ狂っているのだ。少しでも身体の力を抜いてしまったら身体が、バラバラになってしまいそうな感覚に歯を食い縛りながらただ耐える。
「どうしてこうなった」といつもの言葉が脳裏に浮かぶ。
「くぅ…ッ!!」「ぐぁ…ッ!!」
魔力が迸って周囲に、常人には見えない衝撃波を起こす。
アデウスによるものであろうか、部屋を破壊せんとするそれらは全て、途中で宙に開いた穴に吸い込まれていった。
『フィ、フィーっ! どうなっているんだこれはっ!!』
激痛を堪えるために口では話すことが出来ず、“テレパス”を発動させた弓弦は念話での会話を試みる。
『あなたが覚えている通りの感覚よっ! 私とあなたの間で巡っている魔力の量が桁違い過ぎて…行場を無くしかけて爆発しようと…荒れ狂っているのっ!! もう少し…もう少しだけ耐えてっ、私も頑張るからぁっ!!』
苦しそうな互いの視線が交わる。
念話でなくても言葉が通じるような気がするのは、魔力が相手の身体に流れていく際に、意思を乗せているのであろうか。
『っ、耐えるだけで良いのかっ! 俺にも何か出来ることは!? あるだろっ、フィーッ!!!!』
焦る。ひたすらただ、焦る。
その悍ましかたるや、まるで心臓を他者に掴まれたようだ。
『良いのっ!! あなたじゃ駄目だから私に任せて…ぇぇっ!!』
恐怖を覚えた。
自分の中に宿している力が、眼の前の大切な人を傷付けていることに。
『言え馬鹿っ! 人の気持ちを考えろっ!! 苦しそうにしているお前を眼の前に、何も出来ない俺を気持ちをッ!!』
このまま良く分からない状態で何か、取り返しの付かないことになってしまったら、それは一生の後悔になってしまう。
そして何より、今日からイヅナと三人での旅行だ。自分の中に抱えている悪魔達の魔力という爆弾の導火線が点火されたまま、旅行を楽しめる程弓弦は、能天気でも楽天家でもなかった。
更に、この姿を眠れる美女達に見られでもしたら、三人で旅行に行くなど夢のまた夢となってしまう。
知影も、風音も、ユリも、こんな自分を見てしまったら絶対安静を訴えるであろうことは間違い無いのだ。
それどころか、大悪魔五体分の魔力の爆発による発生する熱量は、核にも匹敵する。
ここでもし魔力の爆発を許してしまったら『アークドラグノフ』が轟沈し兼ねないので、絶対に許す訳にはいかなかった。
『っ、なら何でも出来るってここで誓える!? 誓えますかご主人様っ!!』
『あぁ違うさっ! 第一お前のためで出来ないことなんて俺には、無いッ!! 言え…言ってくれっ!!』
ヴェアルを吸収してから昨日に至るまでに時間を掛け過ぎてしまった結果が、これだとしたのなら。どうして彼女をここまで苦しめてしまうまでの時間を過ごしてしまったのだろうと、罪悪感が止め処なく溢れてくる。
無力感だ。罪悪感という名の無力感が弓弦の心を支配しようと、喉元へと手を伸ばしてくる。それが嫌で、更に強くフィーナの身体を抱きしめていく。
『本当ねッ!? ご主人様、本当に誓えるのねッ!!』
『諄いッ!! つべこべ言わずさっさと言ってくれッ!! 妻なんだろ!? 夫をもっと信用しろッ!!』
『っ、分かりましたッ! そこまで仰るのならば私ももう遠慮しませんッ! 私の身体とあなたの身体、皮膚という皮膚ッ! 直接繋げるところは全部繋げなさいッ!! 回復魔法と一緒、繋げる面積を兎に角広げ…ッ!!』
『広げ…何だッ!? 変な部分で言葉を切るな、遠慮しないんだろッ!!』
何かを迷っているのか、突然口籠ってしまった彼女に早口で捲し立てながらも、思い付く限りで密着面積を増やしていく弓弦。互いの服を空間魔法で全て転移させ、机の上に綺麗に畳んで置くーーー強く意識せずとも様々な魔法が発動しているのは、恐らく悪魔達もまた必死に彼のサポートをしているからであろうか。
『…〜〜っ!!!!』
『どうしたフィー! おいッ、しっかりしろッ!! 熱いのか!? っ、クロどこだ!? 居るのならフィーの頭に氷を頼むッ!!』
フィーナの頬の紅潮が一層強くなったので叫ぶ彼だが、先程飛び出して行った悪魔猫が現れるような気配は全くしなかった。
舌打ちと共に諦め、何度もフィーに呼び掛けるが、返ってくるのは息を飲む気配のみ。
どうすれば良いのか分からないが、時間が迫っているような感覚を覚えて焦りが強くなる。
「このままだと…っ」と最悪の予感が脳裏を過ろうとした時、そこでようやく迷いを宿らせていた彼女の瞳からそれが消えていった。
再度「次はどうすれば良いッ!?」と呼び掛けると、待ち焦がれていた次の行動指示が彼女からもたらされた。
『有りっ丈の魔力を直接私の中に注ぎなさいっ、後は言わなくても分かるわねッ!? 察しなさいッ!!』
『…っ!!』
普段の彼なら躊躇いを覚えるような指示だった。が、形振り構っていられる訳でもないのでそれに応じた。
例えどう罵られようと、生命を守ることを、助けることを躊躇ってはいけないのだから。
『あなた…っ』
『ごめんな、こんなので貰うことになって……』
弓弦の中で覚悟が固まったーーー!!
ただ必死で、ただ守りたくて、そのためだけに思考を全部費やしていくと、あれ程荒れ狂っていた魔力が落ち着いていく感覚が生じ始めた。
「…良かったのか?」
荒くなっている息を整えてから初めて、始まってから言葉らしき言葉を紡いだ弓弦の問いに、「…嫌?」と、それまで彼と同様の状態だったフィーナも問いで返してきた。
「いいや?」
それに疑問符を付けて返す。
「ふふ……ギャグのつもり? 別に良いじゃない。初めてじゃないんだから。今更遠慮しないで」
「は?」
空気が凍る。
お互いの顔を見詰め合っている体勢の二人の間を静寂が流れる。
「…それはどう言うことだ?」
「あら、私何か言ったかしら」
「答えろ、命令だ」
「さぁて、ね?」
惚ける姿勢を貫こうとするフィーナの余裕が、少し悔しい弓弦である。
「…その余裕、崩してやろうか?」
Sのスイッチが入る。
「大胆ですね〜、ふふ…崩せるものなら崩してください、ご主人様♪」
対するフィーナも、彼を試すかのようなしたり顔を見せ付ける。
「…生意気だな。あ〜あ、さっきは、あんな必死そうに『あなたあなた』言ってたのに、取り繕うのが上手だな〜? …と言ってもまぁ、当然か」
「えぇ、当然よ。だって…ね」
「あぁ……」
「いつの間に…」と、二人同時に部屋中を見回しながら呟く。
部屋の家具の位置や様子から、今二人が居るのは自分達の部屋ではなく、その隣の部屋だ。場所も床からいつの間にかベッドに変わっているーーー変わった時に気付けといいたいものであるが、二人が二人共互いの魔力を混ぜ合うのに必死であったため、気付かなかったのだ。
「にゃはは」
身体を起こしてベッドの端に腰掛ける二人の視界に、どこかに行っていたはずのクロの姿が映った。
「二人揃って、お楽しみだったようで良かったのにゃ。…楽しめたかにゃ?」
「…見ていたの? 無粋ね」
氷属性の悪魔であるクロが寒気に身震いしてしまう程に、その声音は冷え切っている。
クロは耳を後脚で掻くと、「まさかあのままで良いと、思っていたのかにゃ?」と困ったように言う。
「知影とセティが寝惚けながらも眼を覚ましそうだったから、『空間の断ち手』の力を使ってレイアがここに二人を転移させたのにゃ」
「そうなのか。で、姉さんは…痛っ…」
握られている左手に感じる力が強くなったが、隣を窺った時に返ってきたのは、困ったような笑みだ。
「…水を差されてしまいましたね、ご主人様。…少し残念です」
言葉程残念そうに聞こえないのは、きっと本人としては満足のいくものであったことに由来するのであろう。
弓弦が部屋の主の居場所を訊くと「呼んでくるから服着るのにゃ」と、その姿が部屋の中から消えていった。
「…ん? これ……」
ベッド脇に用意されてあった衣類を手に取ってみて、二人は同時に首を傾げる。
「…フィー、まさか今日…それ着て行くつもりだったか?」
「…。えぇ…と言うことはご主人様も?」
流れる沈黙。
今日着ていく衣類は、頭でこそ考えていたものの、まだこれから引出しから出すつもりであった。故に上も、下着までもお互いが思い描いていたものが用意されているということは、偶然にしては出来過ぎている。
特にフィーナはもしやと思い、主人の眼を盗んで、上下の衣服に挟むように隠されていた衣類を確認すると、無表情になった。
「‘思考を全て読まれているわね…恐ろしい人’」
「ん? どうかしたか?」
「何でもありません」と答えて視線をそれとなく戻すと、既に弓弦は全ての衣服を着用し終えていた。着替えている姿を見たかった彼女としては、少し惜しい思いをした。
そして自身も衣服を着用し終えると、忘れていたかのように、二日酔いによる頭痛が襲い始めてきた。
頭を押さえた彼女を笑う弓弦だが、扉が開く音を聞いて部屋の入口に視線を遣った。
「おはよユ〜君、フ〜ちゃん。身体の調子は大丈夫?」
この部屋の主であるレイアがそこに立っていた。
フィーナの様子を見て察したように彼女は、「あ、頭痛いんだったらこの薬飲むと良いよ」と棚から薬を取り出すと、グラスに水を入れて差し出した。
「…準備が良いことね、感謝するわ」
苦悶に表情を歪めるフィーナがそれを飲むと、
「…? …ふぅ…っ」
次の瞬間腰が抜けてしまったかのように、よろよろとベッドに沈み込んでしまう。
「あ、おいっ」
数秒と経たずして寝息を立て始めた彼女を見て、まさかとレイアが手に持つ「酔い止め薬」と書かれた薬のラベルを見る。
薬の知識があまり無い彼であったが体内に戻って来たクロに、『睡眠助長作用の物質は入っていにゃいのにゃ』と伝えられ、取り敢えず安堵した。
しかしどうしてフィーナが、こうなってしまったのであろうか。
「安心したんだよ」
レイアはそう答えた。
「ユ〜君の命を守れて、後は愛情を確かめられて、安心したんだよ。…きっと腰が抜けちゃったのもあるんだろうけどね」
「腰が? いやだってさっきまで普通に立っていたが」
「えへへ…そりゃそうだよ。魔法で腰を固定していたんだから…それでも足が震えていたんだもん。きっと相当だったと思うよ? 多分魔法で固定しないとあのまま、ベッドで意識を朦朧とさせてたよ。流石フ〜ちゃん。そこまで頑張れるのは凄いけど…強がっちゃって。可愛いよね…えへへ」
「ユ〜君凄いね」と最後に言葉を締め括り、レイアは洗濯機を回してから脱衣所から戻って来る。
「…助けたり、力になりたいって申し出てくれた悪魔を吸収するのは良いことだよ。ユ〜君に友達が増えるのはお姉ちゃんとしても嬉しい。だけど…」
レイアが魔法で取り替えたばかりの新しいシーツで眠るフィーナに、布団を掛けた弓弦は、ギョッとする。
「…吸収した魔力を一人で溜め込むこと…危ないからもう二度としないようにね」
朝食の支度をし始めたのか、米を洗っている彼女の背中から、圧倒的な威圧感が放たれる。
「強がりたいのは分かる、男の子だもん。でもね、強がって良い時と、そうでない時はあるんだよ? ユ〜君の命はユ〜君一人だけのものじゃない。ユ〜君一人が命を落とすだけで最悪、何千、何万って言う世界が消えて無くなってしまうかもしれないんだからね」
「……」
何千何万は過言であると思う弓弦だが、確かに知影辺りが世界を壊してしまうことは十分可能性がある。
なので反論はせずに一言、「ごめん」と謝った。
「うん…良い子。一度しか無い命だもの、大切にしないと…めっ、だからね?」
「朝ご飯適当に作っちゃうね♪」と何か食材を切っているが、丁度レイアの姿が重なっており、何の食材かは分からない。が、横に置かれるようにして用意されている食材の種類から何となく、作ろうとしている料理が分かった弓弦は、調理中の彼女の隣に立った。
「他に何作るか教えてくれ。手伝うから」
「おろ…そう? じゃあ出し巻きお願いしちゃおっかな。頼める?」
「ん、了解」
割ってしまう危険性を考慮してなのか、卵は調理台に出ていなかったので冷蔵庫から取り出す。
「味付けはいつものでお願いね」
「はいはい、いつもの……いつもの?」
弓弦にとって出し巻きの味で「いつもの味」とは、言葉通り「いつもの味」以外の何物でも無い。
ふと、疑問が浮かんだのだが、取り敢えず調理に取り掛かった弓弦は、相変わらずの手際の良さですぐに卵焼きを焼き上げていく。
「この後旅行に行くんだっけ? フ〜ちゃんセティちゃんと三人で」
「あぁ、そのつもりだよ。また暫くここを離れることになるし、正直言って、落ち着いている暇も無いことになるけどまぁ、向こうに着いてからゆっくりするつもり…っと」
卵焼き完成である。
レイアも調理を終えると丁度、炊飯終了のメロディーが、炊飯器から流れる。
「アデス、セティちゃんと旅行鞄だけこっちに転移させて。他の皆を起こさないようにお願いね」
「キシャッ」
弓弦の身体から溢れた魔力が蟷螂の形に集まり、アデスことアデウスが顕現した。
「キシャシャ。シャアシャシャシシャ」
「ん? 身から出た何とやらだしな、まぁ気にせず早くあの子を迎えに行ってやってくれ」
「キシャッ」
頼もしい言葉と魔法陣と共に、悪魔の姿は消える。
次の瞬間、熟睡しているフィーナの隣と、部屋の隅の二箇所に魔法陣が生じたので、慌てて弓弦は、布団を少し捲る。
「すぅ…っ」
するとその場所に、黒髪の少女が現れた。
『キシャッ』
「あぁ。ありがとな」
スヤスヤと寝息を立てる少女に布団を掛けると、席に着く。
「「いただきます」」
まだ二人からは寝続ける気配がするので、弓弦はレイアと二人で食事を始めるのだった。
「…弓弦に文句を言う会を開きたいんだけど、どうかな」
「…むぅ、しかし仕方が無いだろう。ああしなければ私達の生命が危なかったかもしれないのだぞ? その代償と思えば我慢出来なくはない……」
「本当に? ユリちゃん本当にそう思っているの? …弓弦の子種……欲しくないの?」
「…ぁぅ……わ、私はそんな……弓弦の子種など……っ」
「欲しくないの? え~、欲しいでしょ? 弓弦との赤ちゃん……私は凄く欲しいんだけど」
「…それは私もそうだが……っ、えぇい、予告をしないといけないな! 予告をするぞ知影殿!」
「ユリちゃん任せた」
「な……っ!? う、うむ取り敢えずは任された」
「…じゃあ私は一人で遊んでくるよ……ぅぅっ」
「『ユールがお出掛けしちゃうの。でもその前に優しいユールはレオン君のお手伝いに向かうの。優しい優しいユール。私、ユールと緑を育てるの大好きなの…だからいつかその日を夢見てーーー次回、多過ぎるギョウム』…温かい眼で見守るの。…温かい眼……か。私が出来るのは精々、獲物を狙う鷹の瞳位だな。…狙い撃ちたいものだぞ」