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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
動乱の北王国編 前編
192/411

壁の先で見たケシキ

 パーティーの後の二次会。それは悪くない。寧ろ、良いものだ。

 あぁ、良いものだ。酒は美味いし、普段は見られない皆の一面が見れることあるからな…酒も美味いし。

 だが……


「…酒は飲んでも呑まれるな。なんだがなぁ…っと、ほら知影、降ろすぞ」


「ぅ〜…? おりな〜い♪」


 大人しい酔い方だが相当に酔っている。

 抱き上げた際に首の後ろに手を回させたことが悪い方に作用しているお陰で、無理に降ろそうとすると俺の首が取れてしまいそうで、中々降ろせないので困った。別に無理矢理降ろすことも不可能ではなく、魔法を使えば簡単に深い眠りに就かせることは容易だが……


「ん…ちゅ…」


「っ!? おいおい……」


 酒の匂いが強くなったと思ったら、知影が人の首筋に自分の唇を何度も当てていた。肌に触れる弾力と、微かに触れている面が吸われる感覚。


「…ふぇへ〜、ま〜きんぐ♪」


 少しずつ場所を変えつつ何度も繰り返しながら、時折悩まし気な声を発する知影。まぁ…可愛いものだと思う。


「…ほら、手を離せ」


「…や〜だ。…ずっと…はなさない…ふぇへ…はなさないも〜ん♪」


 …。背中に寒気を感じる。いや、寒いどころか、痛い。視線が痛い。クロの魔法でもここまでのはないぞ…と言うより、感じる間も無く永眠するだけか、あいつの魔法は。

 視線の主は分かっているし、その気持ちも分からないことはない。いつまでも酔っ払いの相手をする訳にもいけないしな。どうせ酒が回ってからのことなんか、明日には忘れているものだし。

 …? そうか、明日には忘れているか。だったら、


「知影…」


 いつもはしたら調子に乗って最悪手を付けられなくなるからな。こう言う時ぐらい、日頃の望みってやつを叶えても良いだろう。


「…ほら、おやすみ」


 いつもは彼女から重ねてくるそれに、そっと自分から重ねる。

 僅かな間の柔らかな感触。

 瞼を開けると、黄金率を体現したかのような少女の美貌が眼前にあった。


「…ん〜…おやすみ……、そういうの…ずるいよね…」


 既にベッドではセティとユリと風音が沈んでいる。スペースがあったのでその間に、そっと知影の身体を横たえる。すると一瞬にして寝息が聞こえてきた。


「‘ズルい…か’」


 確かに俺は、ズルい男だよ…知影。お前がこれでもかと言うぐらいに愛を囁いて…いや、打つけてくれるものだから「自分は本当に好かれているのか」って言う、疑問を持たずに済んでいる。

 …。いや、それ以上は考えないでおこう。もっと問題なことがあるからな。


「ふぅ〜、お姉ちゃん酔ってきちゃったみたい!!」


 起きているメンバーは姉さんとフィー。机には皆で割って飲んだ酒が入った二本の瓶がある。機嫌が良さそうに声を弾ませる姉さんは、手招きに応じた俺の頭を優しく撫でてくる。


「ユ〜君は良い子だねぇ。お姉ちゃんよしよししたくなっちゃうっ♪」


「っ、姉さん、そんなに撫でないでくれ……」


 悪い気がしないのは間違い無い…だが、フィーの視線が痛い……

 それに、何だこのノリは。


「えへへ…頰赤くしちゃって。分かり易いね〜もぅ」


「うぐ…」


 分かり易くて悪かったなっ! 撫でられて照れるのは仕方無いだろうに。

 …だが、思考を覗かれている感じじゃないんだよな。別の意味で考えていることが筒抜けな気がする。それに…最近意識がある夢の中で本人と会った訳だから、何かな…余計に意識する。

 …何故だ。どうしてこうも、あの人と重なる……?


「はい、おしまい」


 まるで、切なくなってしまった俺の心の内を見透かしているかのように俺の頭を、優しく撫でていた手は離れた。

 レイア…お前は一体……?


「じゃあ、お姉ちゃんはそろそろ部屋に戻ろっかな。ごめんねフ〜ちゃん」


 …ん、フ〜ちゃんっ!? フィーの奴姉さんからそう呼ばれているのか!? …と思ったがフィーの奴、無視している。予想するに姉さんが勝手にそう呼んでいるだけだな。

 そうして姉さんが部屋を去り、この部屋で起きているのは俺とフィーだけになった。

 酒瓶は丁度、姉さんが飲んだので最後になったので、立ち上がったフィーが新しい酒瓶を取り出す。

 …このタイミングで『エルフのくちづけ』を出したということはこいつ、わざと度数キツめの酒を用意して他のメンバー酔わせたな? グラスの減りが悪かったからな……


「…フ〜ちゃん。良い呼名じゃないか。どうして返事してやらないんだ?」


「…気分よ」


「気分か…」


「はい、気分です。シスコンご主人様」


 機嫌悪いな…と言うよりは俺が機嫌を損ねた、が正しいか。確かに、パーティーの間フィーとはあまり話さなかったからな。寂しがらせてしまったみたいだ。…犬耳が垂れてるから。

 互いで互いのグラスにワインを注ぎ、乾杯する。軽く口に含んで舌の上で転がすと、芳醇な味わいが広がった。


「相変わらず美味いなこれは。一番のお気に入りだ」


「ふふ、そうですね。私もこれが、一番のお気に入りです。シスコンご主人様」


 ……。


「これ…行く前に俺が買って来た分だよな? 一人で全部飲まなかったのか?」


 買っておいた二本の内、一本は消えている。一応フィーの分で残しておいた酒だったからな…まだ残ってたのは意外だ。


「これはシスコンご主人様と一緒に飲むからこそ、一番味を楽しめるお酒ですよ? 私一人で飲んでもあまり……」


「…やっぱり、寂しいか?」


「寂しくないと…思います?」


 問い掛けに帰って来たのは、潤んだ瞳。

 だがそれは彼女が少し俯いて、顔を上げてからは見られなくなった。


「なんて、全然大丈夫ですよ? 少し言ってみただけ…です」


 それが彼女の演技がどうかは分からない。だが…どこか、芝居めいたものを感じたような気がした。

 あまり寂しくなかったのならそれはそれで良いんだが……


「向こうに居る間のご主人様が、少なくとも私のことを考えていたことぐらい分かるんですよ? …それに貰える物もありましたし。ですから常に頭の片隅では考えていらっしゃいますよね?」


 言われるとそんなような、そうでないような。さて、考えていたっけな……


「あら、考えていなかったのですか? 酷い人ですね」


「…どうせ酷い人だよ、俺は」


「もぅ…開き直らないでください。それに、ご主人様は酷い人ではありませんよ? あれ…受け取りましたから」


 フィーナが指で示した方向を見ると、そこにはコートが掛けられていた。…知影達が戻って来る前に急いで渡しに行ったプレゼントだ。


「そうか。ありがとな」


 グラスの酒を一気に煽ると、腹部が温かくなってくる。…ん、大分酔いが回ってきたようだ。今日は不思議と早いな……


「…。酔われてます?」


「さて、な」


「酔っていますね?」


「酔ってない」


「ふふ、絶対酔ってるわよ? 今のご主人様」


 珍しい…こんなに俺、酒弱かったか? いや、それとも昨日の酒が残っていたか?

 だが、手足の感覚も微かにだが鈍ってきたな……?

 …。


 ……。


 ………まぁ良いか。

 あぁそうだ、そんなことよりも沢山話したいことがあったな。


「フィー」


「はい、何ですか?」


 留守番任せちゃったからな…何かお礼でもしないと…いや、お礼をしたい。


「旅行行かないか?」


「旅行…ですか?」


「あぁ。俺と、フィーと、イヅナ…三人でどこか旅行に行きたい。…駄目か?」


「……は、はいっ、喜んで。どこに行きます? いつにします?」


 …喜んでくれたみたいだ。声も弾んでるし、犬耳もピコピコしてるし…愛らしい……ん? 顔が熱くなってきた。


「…場所はそうだな。『ベルクノース』なんてどうだ? 西の『オエステ』、南の『カリエンテ』、東の『ジャポン』と三ヶ国回っておいて、後一カ国回っていなかったからな」


「『ベルクノース』…!! ふふっ、あなたならそう言うと思ってました!! 私も…私も、是非行きたいですっ! それはもう、是が非でも行きたいですっ!!」


「そうか…! 日取りは…そうだな、何なら明日からにでもするか? 今から静かに用意して、明日の昼前に出るとか」


 「ふふ…」とフィーは笑うと、立ち上がって押入れの前まで移動した。


「‘やっぱり…長く一緒に居るとこう言うこともなんとなく分かるのよね’…そう言うと思っていました♪」


 押入れの戸が開けられる。

 開けられた戸の奥には、大きな旅行鞄が一つ置かれていた。


「実は、用意していたりするのよ。…私も、ご主人様が戻られたらあの子と一緒に、三人水入らずで『ベルクノース』へと旅行に行こうと思っていましたから♪」


 おぉ…流石はフィー。

 準備の良いことだ…と言いたいが、普通に凄いと思う。

 

「よし! なら、明日から行こうか」


「はいっ! …よいしょっと」


 戻って来た彼女が腰を下ろしたのは、最初に座っていた俺から見ての対面じゃなく、俺の隣。


「隣、座りますね?」


「もう座ってるだろ? それも真隣に」


 椅子を寄せたので、フィーの肩や膝が触れ合い、彼女の手が俺の手の上に重ねられた。


「そうですよー? あなたを側で感じるために真隣に座りました♪ …良いですよね?」


 首を傾げる動きに合わせて揺れる金糸のような髪。そこから香る柔らかな香りに胸の鼓動が早まってくる。

 「あぁ」とフィーの疑問に肯定すると、彼女の瞳が優し気に細められた。

 綺麗だ……身体の、どの部分一つ取っても「美」の一文字が付くまでに、美しい女性の顔。

 それに暫く見惚れていると、


「……」


 その瞼が閉じられる。

 甘えん坊である彼女が、二人で堂々と出来るタイミングを見逃すはずはまぁ、ないよな。

 どの道、やらねばならなかったので迷わずそれに応える。すると、『ヴェアル』を吸収したことで、バランスを欠いていた俺の魔力マナが、合わせた身体の一部を通して彼女の中に流れ込んでいく。

 同時に、彼女の魔力マナもまた、俺の中へと流れ込んできた。


「……っ」


 俺の服を掴んだ彼女の手に力が入る。俺も、何故か自然と彼女の背中に手を回して離さまいとしている。

 体内に入った互いの一部が互い身体の一部に絡み合っていく。

 …俺とフィーは所謂一心同体だ。

 互いの魔力マナが半分ずつ相手の身体にある、そんな『契り』をした間柄…お互いの身体を流れる魔力マナはそれぞれ半々なのだから、こうして俺一人の中で魔力マナが異常に増えてしまうと、そのバランスを欠いて体調を崩してしまう。…そうか、道理で酔いが回るのが早いと思ったんだ。

 今の俺の身体を支配しているのは…安心感だろうか。フィーを受け入れて…彼女の温もりに包まれたことによる、そんな安心感。

 …だが、一瞬何か、違和感を覚えた。…まだ魔力マナが…いや、きっと気の所為だろう。

 暫くしてその感覚が落ち着いてくると、顔は自然と離れていった。


「ふふっ♪」


 腕に回されるフィーの手。

 頬を擦り寄せてくる彼女の顔は…真赤だ。


「あなた〜♪ ん〜ふふっ!」


 …緊張が抜けて一気に酔いが回ったな。俺は変に酔いが冷めてきたから…ん? まさか俺の魔力マナを受け止めたことで、フィーの中で魔力マナが荒ぶっているのか?

 可能性としては無くは無いか。しかし……


「わんわんわんっ! わおわお〜ん♪ 撫でてくださいご主人様〜っ♡」


 そう言って抱き着いてくるフィーは何と言うか…可愛い。

 俺の感覚がおかしいのかもしれないんだが、もう兎に角可愛い。

 …あれ? 俺…まだ酔いが冷めてないのか? 俺の膝の上に向かい合う形で座ったフィーが可愛く見えて可愛く見えて、それはもう可愛く見えて仕方が無い……?


「あ〜な〜たっ♪ 愛ひてるっ!」


 あ…ヤバ…頭クラクラしてきたぞ…っ!! しかも体勢的に色々と危ないし、上眼遣いと、伝わってくる鼓動と、「あなた」呼びの破壊力が…っ。

 おい…おかしいぞ…?


「ずっとよ!? ずっと昔から…あなたのことら愛おひくて…堪らないの…っ! らから指輪を贈られら(ろき)本当(ほんろう)に嬉ひくて…あなたのころを独り()めしらくれ…堪らないのに…一生懸命(いっひょうへんへい)我慢(まらん)ひて…いつも何事も無いかのように振る舞っれるけろ……っ!!」


 呂律が回っていないながらも、懸命に言葉を伝えようとしている彼女の瞳に、俺の顔が映っている。…我ながら、緩み切った情けない顔していると思う……が、それぐらいに今のフィーはヤバいんだっ。


「…。ねぇ、あなた。あのね?」


「……ん?」


 って…人の犬耳を掴んできたぞ…?

 力任せに振り解こうとしたらそれはそれで犬耳が引っ張られて……っ、いかん…意識が……霞んできた……


「………って、実は私の…じゃ、なくて、私達の……」


 あ、駄目だこれ……











* * *


 酒に呑まれた男女がやがて、お互いに眠りに就いた後。

 空になったグラスと酒瓶がふわりと空中に浮き上がり、グラスは流し台へ、酒瓶は既に飲み終わった酒瓶が纏められている袋の中へ、静かに収まった。


「やれやれ…人の熱の、何と温かきことか……」


 弓弦の身体から、淡い紫水色の輝きが溢れ、狼の形を模る。


「フ…眩しいな」


 顕現したヴェアルは、瞬き一つで狼の姿から金髪に蒼眼の人間へと姿を変えて、グラスを手早く洗い終えると、元の姿に戻る。


「‘…すまない皆……俺…は……’」


「‘…ずっと…あなたの側に……’」


 小さな声に彼が首を巡らすと、酔いが回ったのもあるのだろうが、フィーナが弓弦の膝上に乗り、そこから互いに抱き合うという器用な体勢で寝ていた二人が、身動ぎと共に床に落ちようとしていた。

 見兼ねたヴェアルは、魔法を使用して二人を別の場所に移動させることにした。

 ヴェアルの身体から発せられた魔力マナが二人を包み、宙に浮かせる。そのまま、ゆっくりとベッドに移そうーーーとしたのだが、


「‘んん…ゆぢゅる…じゅるる…っ’」「‘や…めてくれ弓弦…人が…見てるぅ……’」「‘…すぅ…すぅ……’」「‘…………’」


 ベッドは既に四人の女性によって支配されている状態ーーーもし弓弦をあそこに置こうがものなら彼の身体が支配される可能性が、大いにあった。なのでそこに下ろすのは止めて、部屋の隅にそっと下ろす。フィーナだけが前のめりになったことで、弓弦の顔が彼女の胸に埋もれる体勢になった。

 だが、今は弓弦の魔力マナの一部である自身の魔力マナを消費してまで、体勢を直そうとは思わず彼は、抱き合う男女をそのままにして部屋の、壁の中に入って行った。


「ん、んん〜っと…おろ?」


 そんな彼の頭上にあったのは、湯煙立つ、ほんのりと赤味が増した肌とそれを覆う白いタオル生地。

 上から聞こえた声に彼が上を見上げると、生地を押し上げる二つの膨らみや、タオルに隠されておりその先は窺えないが、水滴が二、三滴股上から垂れている艶かしい太腿が見えた。

 これは気不味い。


「…失礼した」


 二つの普通に扉から入れば良かったものを霊の如く、壁を抜けて侵入をしてしまったものだから起こってしまった事件である。

 逃げるように踵を返したヴェアルは、今度は扉からちゃんと部屋に入室した。

 内心「…認めたくないものだな」と、遠い眼をしながら待つこと数分。寝間着に着替え、寝る準備を終えた部屋の主が姿を現した。


「今回は多目に見るけど、次回からはちゃんと、ドアから入ろうね?」


 どうやら温情が与えられたようだ。


「…堅く、心得ておこう」


 知識として、女性のあられもない姿を見てしまった異性の末路を知っているヴェアルは、言葉通りに、二度としないことを心に決めた。

 言葉こそ優しいものではある。が、彼女から感じるプレッシャーは一瞬にして、彼に、呑み込まれたような錯覚を覚えさせた。

 だがこの時ヴェアルの心の中には、一種の感慨深いものがあった。

 かつて、齢十七にしてここまでのプレッシャーを放つ人間を見たことがなかったのだ。


「うん、良い子〜よしよし♪」


 そして同時に、頭を撫でられている自分の姿に対して複雑な心境であった。

 このような姿をかつて、友と呼んだ存在に見られたのなら、どんな顔をされてどのようなことを言われるか、分かったものではなかった。

 そう、それは彼からしたら正に、冗談ではないと首を左右に振ることなのだ。


「それにしても『紅念の賢狼』かぁ。こうして撫でてると、どこにでも居る狼さんみたいだけど…バルやクロと同じ大悪魔なんだよね? 頼もしいな〜♪」


「……止めてもらえないだろうか。私は愛玩動物ではないのだからな」


「この毛並とか、良いよねぇフサフサで…もふもふもふっ♪」


 身体を抱きしめられ、「もふもふ」されているヴェアルはそのまま暫くされるがままになる。

 「…変化とはこう言うことか。この私がな……」と一人自嘲するが、そうしている間もレイアによる「もふもふ」は続いた。

 やがて時間は経過し、解放されたヴェアルは彼女の前に腰を下ろしてはいるものの、明らかに不機嫌と分かる雰囲気を醸し出している。


「…物事には限度と言うものがある。もっとも限度を弁えていると言っても、それが良いとは限らないのだがな……」


「えへへ…ごめんねヴェル。これあげるから許してくれると嬉しいな」


 そう言って立ち上がったレイアは机の上に置かれた皿に、盛り付けられた団子を手に載せて彼の前に差し出した。


「これは?」


「お団子。私一人じゃ食べ切れないぐらいに作り過ぎちゃって…美味しいよ」


「ふむ……」


 匂いを少し嗅いでから、口先で咥えるようにして掴んで持ち上げてから食べる。


「悪くない」


 程良く弾力がある食感の団子を咀嚼そしゃくしてみると、生地に練り込められていたのだろうか、甘い香りが口内に広がった。

 そして、バアゼルはそれ以上の感想を敢えて、述べなかった。


「そう? えへへ……ありがと」


 それは、団子を食べた瞬間彼が、あることを悟ってしまったことに由来する。

 団子を噛み締めた瞬間広がった甘い香りには、二種類あるのだ。

 一つは、素材の甘味。

 一つ一つ丁寧にこねられた団子は噛めば噛む程に柔らかな味わいを広げ、食感と味の二感覚を楽しめるように工夫されていた。そのためか、一見均一に見える団子はよくよく見ると、微かな形の差異が認められた。

 そしてもう一つ。人工的な甘味。

 よく味わわないと分からないのだが、そんな味がしたのだ。

 礼を述べるレイアの表情は、一見笑顔に見えるが、どこか影があるようであった。勿論、ヴェアルはその理由にも見当が付いていた。


「後全部、食べて良いよ。私はもう…眠いし、横になるから。遠慮せずに食べれる分だけ食べちゃって良いから」


 空いた椅子にすぐに座ったヴェアルは、それなりの量がある団子が盛られた皿を魔法でそっと持ち上げると、ゆっくりと別の台に移す。


「‘…難儀だな。人と言う生物は……’」


 どうせならと、月を見ながら団子を食べようと思った彼は、乙な風流に一悪魔浸りながら、薬ーーー二日酔いを防ぐ薬効成分物質が練り込まれた団子を食べ続けるのだった。

「…力、か。なぁレオン…強い力を手にするってどう言うことだと思う?」


「…何だ~突然。そんなこと俺に訊いても仕方無いと思うがな~」


「良いからさ、どう思うか教えてほしいんだ。…いや、今は良いか。次回訊くことにするよ」


「次回って…それ暗に次回も俺達出番無いってことだよな~?」


「そうとも言えるね。まぁそれは次回にして、今回は今回の話について話していこう。…ラッキーウルフが居たみたいだからね」


「お~…良いアングルで見たらしいな~? 出来れば直接見たかったものだな~」


「…アプリコット少尉…中々のデカさなんだよね、確か。あの胸に腕を挟まれたい……」


「お~お~、そんなこと言っているとリィルちゃんに殺されるぞ~?」


「…ははは、だけどさ…基本的に男ならやっぱり、求めちゃうと思うんだ、アレは」


「…ん~、まぁ俺もそうだな~。基本的にそう言うのばかり見てるし」


「…考えてみてよ、リィル君って…副隊長と変わらないんだよ。十二歳と変わらないって…ねぇ? 副隊長が凄いって言うのは分かるんだけど…彼女は成長するし、性徴もあるし…延び知ろまだまだあるのに拘わらず、リィル君は……っ」


「…そこまでにしておけ~、絶対後で殺されるぞ~?」


「…言えてる。じゃあ予告いこうか。『一般的に朝チュンと言うのは昔から体験させられていたな。姉さん達が入れ替わり立ち代わり…まぁクラスの奴からは謎の恨みざ込められた視線が向けられたものだが、朝から姉妹喧嘩を起こされる身にもなってほしいとは、常々思ったな。後悔は無いが罪悪感はある。まさか俺のミスでこんなことになってしまうなんてな。ーーー次回、想いと共に込めたモノ』…ごめんな、こんなことで貰うことになって……え?」


「……は?」


「これってつまり…えぇっ!? そう言うこと……「お、リィルちゃん」三十六計っ!」


「…名前を出すだけで逃げて行ったな~。…ま、一応冥福を祈っておくか~」

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