躍る肉と乱れしモノ
あの人達が来るとは思っていなかったけど、こうして僕達の下を訪ねたと言うことはつまり、あの人達も、彼女と会ったと見て間違い無い。寧ろ、これ以外に訪ねられる理由が無いんだ。
「…可能性としてあり得るのは、生命活動を停止した身体の中に入り、肉体の支配権を奪ったと言うのが現状一番確率が高いです」
「ふむ…【リスクX】悪魔。『滅失の虚者』フェゴル…か」
忌々しそうに剣呑な表情をしたピースハート大将の気持ちは何となくだけど、分かる。僕…いや、この場の六人全員にとって、その悪魔は憎悪の対象になり得る存在だからだ。
『コーレリア城』を落城させた悪魔。つまり、あの吹雪の惨劇を引き起こした存在……『フェゴル』の手掛かりと言うようやく掴めた尻尾が、掴みたくなかったものだから悩んでいるんだ、皆。
「…貴様はあの悪魔をどう見た。あの子の姿を成したあの悪魔を」
…ピースハート大将はまだ、相当レオンのことを憎んでいるようだな。大切な一人娘を殺したのは僕達なのだから、それも当然なのかもしれない。…いや、それだけじゃないな。
多分行き場の無い憤りを、未だ打つけているのかもしれない。…先日まで僕がそうであったように。
この人も…過去に囚われているんだ。
「…よく分かりません。そもそもあの悪魔と会敵したのでさえ、まるで、未だ夢のように思います」
言葉を切り、深く息を吸い込むと、レオンは「ですが」とあまり使い慣れていない敬語を使って自分の意見を、殴られる覚悟で口にする。
…その言葉を聞いて驚いたよ。だって、親の立場からしたら「お前に何が分かる」の常套句があるぐらい、逆鱗に触れるような言葉だったからだ。
「『フェゴル』がオルナの真似をしているだけ…か」
だけどレオン、それは……
「…やはり、突き止めねばなるまいな。ディー」
「…確かにね」
あれ…以前のピースハート大将ならば厳しい言葉の一つや二つ、あるはずだけど……
「あら…それだけなのですか?」
「…構わん」
いつもは宥める側のジェシカさんも少し、驚いているみたいだ。…確か僕が以前小耳に挟んだ情報だと、復讐のために『革新派』の主導者サウザー大将達と行動を共にしてたそうだけど。元帥に協力していたみたいだから袂を分かった…と言うことか。
この人達を変えたのは多分…さっきまで話していた元帥直属の部下だろうか。何故か弓弦君の帽子とか被ってたし随分若そうに見えたけど……まぁ、普通に考えて彼のハーレムメンバーの一人かな。一ヶ月って言ったら、弓弦君が意図せずに女の子を落とすのには十分な期間ではあるし。
…。弓弦君、どうやったらそんなに女の子に好意を寄せられるんだい? 僕なんか…はぁ。
「…あ、博士」
「何だい?」と返すと、リィル君が窓の外を指で示した。
その方向では、『ピュセル』が雲の向こうに向かって直進していた。
「元帥とあの子は行ったか…」
「そ〜うみたいなんだな。査問会…に行〜くのなら、早ければ早い方が良いんだな」
「…そうだな」
『剣聖の乙女』…か。やっぱり大元帥が殺されたことに責を感じているのかな。だからここまで動いてくれるのだろうか……
「…『フェゴル』を見つけたら、必ず連絡を入れろ。良いな?」
そう言ってピースハート大将は踵を返した。
「…あまり気負いにならないでくださいね。事故だったのですから……」
それにジェシカさんが続いた。
「先日は悪いことをしたんだな」
一人残ったリーシュワ中将が口を開く。
この人の言う通り、先日の包囲網は危なかった。あの時のメンバーで誰か一人でも欠けていれば突破することは困難を極めたと思う。それどころか、この艦が轟沈することだって普通に有り得たのだから。
「いえ…命令ならば仕方が無いと思います。それに僕達も、この『アークドラグノフ』も無事ですよ」
「お〜お〜、そう言うことだ先生。気にしていると寿命縮んだりしてな〜ぐおっ!?」
「た、隊長! そんな言い方は良くないですわ!」
「そうだよレオン。もう縮む寿命も残っていないんだから」
「博士はもっと酷い言い方ですわっ!?」
おっと…つい本音が出てしまったね。もう少しオブラートに包もうと思ったんだけど。
「いっつ!?」「ぐうっ!?」
「拳骨なんだな。リィル嬢ちゃんの言〜う通りだ。物事には限度があるって」
つつ…っ。もう何年振りの拳骨だろうか。僕もレオンも、リィル君もディー先生も、歳を取ったよ。…世間一般で言う、「大人」になったんだ。
…だけどオルナ、どうして君はあの時のままで僕達の前に現れたんだい?
まるであの時から時間が止まってしまったかのような姿で……
「…変〜わらないね君達は…殆どが、卒業した時から変わっていない。まるでずっと時が止まっているかのようにさえ、思える。も〜っともこの艦の雰囲気はそんな君達だから作り出せたものであることは、違いないね」
ディー中将の言うことはもっともだ。まだ僕達の歯車は動き始めたばかりで、何一つとして、事を起こしていない足踏み状態だ。
…この歳になって迷い続けているのは流石に、笑えないかもしれない。
「さ〜てさて、それでセイシュウ坊や。“例の話”は本当か?」
…まぁ、迷いながらでも歩みを止めるよりはマシかな。
「はい。…お願い出来ますか?」
「勿論だって。入ったら突然の何とやら、だな。人数は?」
良かった。まぁお節介みたいなものだけど、折角だしね。
…何人だったかな。取り敢えず副隊長は確定なんだよね。弓弦君、「俺達じゃあ教えることら出来ない、思い付くことすら出来ないその、沢山の何かを俺は、あの子にそこで学んれほしいんだ…っく」と以前酒の席で言ってたし、その意見に僕も賛成だし。
後は……
「シェロック大佐、橘少将、神ヶ崎大尉、ルクセント中尉、クアシエトール大佐、オープスト大佐、天部中佐、オルグレン大尉、アプリコット少尉…の計九名で良いと思いますわ、博士」
…年齢的に数名危ない人達が居るけど。まぁあの学校は二十代の学生も居る所だしまぁ問題無いか…?
「そうだね。…中等部に一人、高等部に八人でお願いします。データと書類は後日お送りしますので…お願いします」
「任せとけって。それでい〜つ頃が良いのか教えてほしいんだな」
いつ頃、か。
サプライズ性は大事だよね…かと言って、例えば今日からとかそんな馬鹿でかつ、不可能な時期は指定出来ない。
それにいざと言う時は、悪魔を始めとした『陰』の出現、侵食による異世界の崩壊も防がなくてはならない。その時すぐに動ける実行部隊隊員がレオンだけって言うのもかなり困ってしまう。
しかしかと言って、期間を個々人でズラしてしまうのはあまり良くないと思う。それに、どうしても向こう側主体の生活になってしまうからな…一応、望めば最後まで居られる訳だし。
「セイシュウ。トウガの奴は用務員で良いんじゃないか〜? 流石にあいつは厳しいだろ〜」
「…老け顔と言うことで良いと思いますけど、用務員としての案には賛成ですわ。…それに、下からでは見えないものを見易くすることが出来ますわ。まさかのまさか…と、言うこともありましてよ」
「セイシュウ坊やの自論にあったねそう言うの。…否定は、出来ないんだな」
…下からでは見えないものか。確かに…その立場の人に一人か二人欲しい。で、その立場が務まる人物を考えると……
「ん〜? どう言うことだ〜?」
取り敢えず纏めてみようか。
「隊長は向こうで説明をして差し上げますわ。さぁさぁ「ぐっ!?」こちらへ」
「お、お〜? いや、しなくて良いからな〜?「では今は何の話をしているか、分かりますわね?」さっぱり分からんなっ! っておい、しま……っ!?」
副隊長…まず年齢的に除外。
弓弦君…は、大体務まるかな。
知影君…は、論外。
ルクセント中尉…心配だ。
クアシエトール大佐…出来るかな。
オープスト君…も出来るかな。
天部君…出来ないこともないか。
アプリコット君…出来るね彼女も。
弓弦君は…まぁ基本的に真面目だし。面倒見も良いから教師に向いてるだろうね。
…。知影君はな…任せたりなんかしたら職権乱用して弓弦君と、放課後の秘密授業(教科は保健体育)をしそうだ。と言うか、する。絶対。怪しからんね。弓弦君が断固反対しそうだ。
ルクセント中尉。彼は…まだそう言ったスキルが無い気がする。それに、かなり頼りないね。戦力になろうとしてもなれない状態かな今は。
クアシエトール大佐は…まぁ医療班主任をやっている訳だから医学に関する知識は深いし、戦闘スキルや対人スキルも問題無い。ちゃんと公私を分けることは出来るだろうし、任せることは可能かな。…保健室の先生か……ゴクリ。
ん``んっ。オープスト君はそうだな…銀縁の眼鏡。タイトスカートを穿いたそこから伸びる黒のパンスト……は、置いといて。良識あるから普通にスーツを着こなしてるか。それに…高貴なる妖精だけあって、魔法の知識は僕ですら足下に及ばない程あると思うから、適任者かな。
ーーーセイシュウぅぅっ!! 助けてくれぇぇぇぇぇっ!!!!!!
「こ〜れも、変〜わらない光景なんだな〜」
天部君は…横文字に弱いらしいんだよね。魔法と言えば横文字だから、逆に学ぶ立場の方が良さそうだよね。
アプリコット君は…音楽だったら間違い無く適任だね。それ以外はまだ良く分からないけど、任せられないってことはないはず。
…まぁ心情的に、個人的に安心して任せられるのは弓弦君かな。女性陣の誰かに肩入れして、後に問題の種にするのは嫌だし…よし、彼にしよう。
「…橘少将に上の立場をお願いしようと思います」
レオンが連れ去られてからここまで一分以内の出来事だ。
「少将か…それは頼りになりそうなんだな。そ〜いじゃ用意するか。じゃ、失礼する」
「お願いします」
やっぱり…ディー、先生は昔から頼りになる人だ。さて、じゃあ久々に、糖分取るか……
* * *
弾けて溢れ、器具に飛び散る液体の匂いが部屋に広がる。
夜に踊る踊り手は、静かにその存在を侵食され、緑だろうと、白だろうと、染められていくのだ。
一つの目的の下に等しく剪定された踊り手達はその身体の中を荒ぶる熱いものに、狂える程に突き上げられ、熱い、熱い吐息を上からも、下からも溢れさせる。
踊り手は、自らの種としての本能に抗うことが出来ない。例えいか程にその身体を強張らせ拒否の姿勢を示しても、絶え間無く続けられる攻めに屈し、自らとは異なる物質を受け入れたことによる覚えたことのない狂喜に打ち震わされ、溺れていくのだ。
止められない。
止めたくない。
瑞々しく、引き締まったその身体を弄ばれ、意志さえも蕩けてしまった踊り手の全身を液体が伝っていく。
一度絡められた身体は、受け入れてしまった身体は、いつまでも、いつまでも自分の中を侵食した液体を放さない。それどころか、その存在の全てを一つの存在に取り込まれた踊り手は、欲に染まった傀儡として他の踊り手の身体を自分がされたように犯していく。
それは、かつて共に育ったものや、その場に偶然居合わせたものであっても例外ではない。かつて自分がされたように、自分と同じようにその身体に注ぎ込み、注ぎ込み、意志を溶かし、永遠に従属を誓い身体を捧げる傀儡としていく。そう、助け出されぬ限り、永遠だ。
やがて溺れた踊り手達は、自分の中の液体と、受け入れた液体が合わさってしまったことにより微かに膨らんでしまった自分の身体を惜し気もなく晒す。微細な刺激だけで身体から熱い液を、滴らせてしまうまでに開発された身体を晒す。
だらしなく、締まりもないものの、飢えた他者の意識を惹き付けて止まないその身体を用いて、淫らに誘惑するのだ。
それは、踊り。
それは夜の激しい乱舞。
それは、螺旋。
それは生命螺旋の一部。
それは、肉宴。
ーーーそれは夜の、肉の宴だ。
「何書いているんだお前はあッ!?!?」
「あうっ!?!?」
顔を真っ赤にした弓弦が握るハリセンが知影の頭で快音を響かせる。
動揺によるものなのか、手加減無しの一撃を食らってひっくり返った彼女が、天井に手を伸ばして「起こして」の意思を示すのだが、当然無視された。
「…間違った天才って言うのは絶対、こいつのことを言っているような気がする…うん、美味いな」
「もぅ…どんな思考回路をしてたらこんな文章が書けるのかしら…えぇ、美味しいですね♪」
弓弦の帰還祝いとして、『アークドラグノフ』内の隊員居住区506号室である弓弦達の自室ではすき焼きパーティーが行われている。鍋を囲むようにして椅子に座る面々は、煮込まれた具材を卵液に潜らせ口に運び夕食を堪能していた。
知影が弓弦にハリセンで叩かれたのには先程の文章が関わっており、何を思ったのかはこの場の当人以外誰にも分からないのだが、突然メモ用紙にペンを走らせたかと思うと、謎の文章を書き上げたのだ。
「‘…ぁぅ…ぅっ’」
そしてその大変不埒な文章を突然読み上げたので、ああして弓弦にツッコミを入れられたのである。
官能小説さながらの、あまりの不埒な文章にユリは顔を赤面させしどろもどろになり、セティは情操教育上大変によろしくないので風音によってその犬耳を塞がれていた。
「…? …どうして風音…耳を塞いだの?」
「僭越ながら、今のセティには必要の無いことだと判断致しましたのでさせて頂きました。悪く御思いにならないで下さいね?」
「コク…分かった」
「ご飯のお代わりは要りますか?」と言うフィーナにお茶碗を渡し、新しく盛られたご飯を掻き込む。
オルレアとして生活していた間は作ってばかりの生活であったので、こうして上げ膳据え膳は懐かしく、箸が進むのだ。
「そんなに掻き込むと…むせちゃうよ、ユ〜君?」
それを見兼ねたのか、レイアが困ったように注意するのだが、「大丈夫だ」とそれに笑って返す。味わって食べるのも好きなのだが、今は兎に角沢山食べたいので箸を止めたくないのだ。
「知影、いつまでも不貞腐れずにこっちに来い。肉が硬くなるぞ」
「え? 弓弦のに…あ、ごめんなさい。そんな眼で見ないで私フィーナみたいなMじゃないんだから…」
迷わず足を組んだ弓弦の上に座る知影は自分の食器を眼の前に寄せて、食べ始める。
チラリと「良いよね?」と許可を求めてくる殊勝な態度があるのは、「何かしたらすぐに退かすからな」と凄味のある弓弦の視線に慄いたのだろうか。だが、彼女にどのような理由があろうと、弓弦が大変食べ辛いことに変わりはない。
「ん〜! 美味し〜いっ!! やっぱり日本のご飯が一番だよ。そう思わない? 弓弦」
「まぁ故郷だからな。それはそうだろ…っと、ちょっと動くな」
興奮気味に振り返った知影の頰に、一つご飯粒が付いていた。
「ん? あ」
それを指で摘むようにして取った弓弦は、逡巡しているのか少しの間それを見ていたのだが、「まぁ良いか」と自らの口へと運んでいった。
「…あ、気にするな。はむ…ん、美味い」
何事も無かったかのように知影の頭上で食事を再開する彼に、六人分の視線が向けられる。だが素知らぬ顔で食べ進めている彼の姿を見ている内に知影が、この世の終わりを見てしまったかのように愕然としてしまった。
「私…えぇ、意識されてなかったりする…? 嘘だぁ…っ」
そう、全く意識されていないように彼女には思えたのだ。
「普通絶対意識するでしょ。だって女の子の顔に付いたご飯粒を食べるんだよ? 女の子の皮膚に張り付いたご飯粒だよ? 興奮するでしょ普通。だって私…弓弦にされて凄く興奮しているのに弓弦は…全然……っ」
「…気にするな。俺なんかより食べることに集中しろ」
熱い視線を注がれている弓弦は、澄まし顔で口に入れた食物を咀嚼している。
そんな彼の表情を見て知影は一つ、気付くことがあった。
「…は〜い」
至って何事も無いように努めているのだが、彼には明らかにいつもとは異なった変化があったのだ。
それは知影のように、頰が赤い等の見た目での変化ではなく、
『〜っ!! どうしてそんな顔で人を直視するんだ…っ。俺の頭をおかしくするつもりなのか? …いや、駄目だ俺。今はまだ夕食の時間だ。こっから朝までたっぷりと運動するから今の内にスタミナ補給しとかないとな…。そう、朝までたっぷりと…おかしくしてやるから待っとけよ、俺の知影……』
ということを考えている訳でもなく、そもそも彼の思考はこの場の誰かに覗かれているのか、ずっと覗くことが出来ない状態なので、それでもない。
「弓弦」
「…ん?」
「‘もっこり?’」
あらぬ疑いに彼の眉が吊り上がった。
「…お前な。女の子女の子言うんだったらその発言はどうかと思う」
やがて鍋は空になり、片付けになる。「片付けぐらいやるぞ」と申し出た弓弦の意見はバッサリと却下され、フィーナとレイアが食器を洗っていた。
「さて…ここからは大人の時間だね♪ 早くベッド行こうよ〜」
股をモジモジと擦らせて艶のある声を発する知影に、背中から抱き着かれている弓弦は、瞑目して洗物が終わるのを待っている。その心、正に水面の如しである。
「ねぇねぇ弓弦、ねぇねぇねぇ」
「…知影…弓弦嫌がってる…」
セティに言われて肩を揺さ振るのを止めて、机に突っ伏する。あまり構ってもらえなくて退屈なのだ。
チラリと腕組みをしている弓弦を一瞥すると、一瞬眼が合うーーー訳ではなく、睫毛の長いイケメンの尊顔(※個人の意見)が窺えただけであった。
一度視線を外したものの、勝手にまた彼の姿を捉えた彼女は思わず見惚れてしまう。
髪から覗く、犬耳がピクリと動くと瞼が上がった。
「…もう夜も更けたな。セティ、そろそろ眠たくないか?」
「…少し」
時間は二十二時を回っている。十五歳の少女の瞼は当然重たそうであり、返事と共に欠伸もした彼女は「起きてる」と強めの語気で主張する。
「そうか。まぁ眠たくなったら、そこのベッドで寝ても良いからな?」
頷くと、もう首にもあまり力が入らないのか頭が持ち上がらない。
そんな少女は、微笑まし気な視線が向けられたことに不満なのか、頰を膨らませて外方を向く。
「…変に強情だな」
「ふふ…そうですね」
洗物を終えたフィーナとレイアがグラスを手に戻って来る。
グラスと共に瓶も二本置くと、二人共席に着いた。
「おいおい…用意してたのか。てっきり最初に出てこないから用意してないものだと思っていたんだが」
「前回の反省点からの、当然の対策ですよ…はい、ご主人様」
「あぁ、すまんな」
前回の反省。つまり、前回の失敗。
それはかなり前のことだが、任務において転送装置が故障して、弓弦と知影とフィーナと風音の四人が異世界に取り残された日の前日。そう、階級昇進祝いのしゃぶしゃぶパーティーの時のことだ。
飲物の選択を自由にしていたためもあるのだが、弓弦までも羽目を外しかけてしまい、その場に居た全員が酩酊してしまった事件のことが脳裏に思い起こされ、遠い眼をする弓弦。
ベッドの上で朝起きたら周りを美女、美少女に囲まれているのは心臓に悪いものがあったのだ。
全員のグラスに飲物が注がれたことを確認した弓弦は、女性陣の視線に促されて乾杯の音頭を取るのであった。
「『滅失の虚者』…居たな、そんな同胞も」
「にゃはは。そっからはここでと言えども、語っちゃ駄目なのにゃ。それは、色々とマズいのにゃ」
「…ふむ、蜜柑は美味いな」
「…無理矢理な誤魔化し方だにゃ……!?」
「……」
「…。それはそうと、にゃ。次回の予告台詞は、アイツの台詞にゃ。チラリと見て来たけど…役得してるにゃ。僕も狙ってみた方が良いのかにゃあ?」
「……」
「……」
「……」
「…どうして黙るのにゃ。役得…良いと思わにゃいかにゃ?」
「…下らん」
「…どうせ、やろうと思えば相手の精神にゃり身体にゃりを支配して思い通りに出来る『支配の王者』には分からにゃい感覚だと思うのにゃ。昔は結構無茶したんじゃにゃいのかにゃ? 片っ端から別嬪さんを洗脳して自分の傀儡にする…正に悪魔にゃ行為にゃ。見た目も蝙蝠だし、そのまま夜の王者として君臨するのも一つの魔法有効利用にゃ…にゃ?」
「…っ、ならば希望通りに支配してやろう……ッ!」
「あ…止め…止めるのにゃ…止めーーッ!?!?!?!?」
「『凍劔の儘猫』…いや、猫よ。炬燵に入り身体を溶かし続けるが良い」
「みゃお~♪」
「…ク、容易い。此の程度ならばあの、フィリアーナと云うあの男の妻の方が未だ抵抗したと云うものよ」
「…猫が溶けている」
「興が乗る見世物であろう。尤も趣味は良いとは云えぬがな」
「分かる話だ。…程々にしておくことだな」
「云われずとも。彼奴とて同胞。何、殺しはしない…ク、ク」
「…分からない悪魔だな、情に熱いのか冷たいのか」
「悪魔は気紛れよ」
「…ふむ、分かる話だ。…それで、そこにあるのは?」
「次回予告だ」
「成る程。誰が読む?」
「貴様か我、何れかに決まっておろう」
「…遠慮させて頂こう。私は次回に出番があるからな……」
「ふむ…ならば我が請け負うとしよう…が、最後の此の部分だけは読むが良い」
「任せてもらおう」
「『未来とは己の手で勝ち取るものだ。選択の数だけ無数の未来が存在しているのであり、必ず何かしら結果に結び付く。…そして出来事とは、得てして望まない方が自らの下にもたらされやすい言うもの。…私も、そして彼も。想定内外の差違こそあるものの、出来事であるが故にこの法則を逃れられない。…彼が『どうしてこうなった』と呟くのならば私は、こう呟こうーーー次回、壁の先で見たケシキ』」
「…認めたくないものだな」
「…次の話も、己の一興とすることだ」
「…儘猫はどうする。既に溶け切って居るが」
「捨て置け。其よりも我らは碁に興じようではないか」
「…すまんな、儘猫」