粒子が阻む
まるで以前通った空路をなぞるかのように、『ピュセル』は雲の上を飛行していた。
「先輩」
アンナがハンドルを握っている操縦席でオルレアは、ぼんやりと空を眺めている。
因みに知影と風音は再び、下着とペンダントに姿を変え彼女の膝に乗っている。
「何だ?」と一瞥してから視線を前方に向けた彼女に、「この後はどうするんすか?」と今後の方針についてオルレアは訊いた。
「お前を置いてからこれを持って、『組織』の査問委員会に行く」
ポケットから取り出したのはICチップ。大元帥に何があったのか、その真実を記録している記録媒体だ。
「これで『革新派』と『保守派』の分断が出来るからな。同時に『アークドラグノフ』の隊員に掛けられた容疑は晴れるはずだ。…まぁ、任せておけ」
取り出し物をポケットにしまい、再びハンドルを握る。
だがそれでもオルレアには、気掛かりなことがあった。それは知影も同じで、『どう考えてもそうだよね』と彼女の声が頭に響いた。
「終わったら一度、顔を出すつもりだ。私を誰だと思っている? そう心配しなくても良い」
「ふふ、そこまで心配はしていないっすよ先輩」
『そうそう、弓弦があなたの心配する訳ないよ。寧ろとっとと死んでほしいとさえ思ってるんだからね。と言うか、死ぃっ!?』
静かにさせようと無言で下着を指で弾いたオルレアは、頬杖を付いて視線を戻す。
雲に覆われた下方は、白い棚が幾重にも形成されており、まるで海のようだ。所々雲の切れ間に地上が見え、緑に青という、豊かな自然の象徴を視覚的に訴えてくる。
「綺麗」と思った。
自然は美しく、美しいそれがとても愛おしいと思えてしまうのは、彼女が時に、「高貴なる森の妖精」と謳われる種族であるためか。
そこまで考えて思わず自重してしまう。何となく「柄じゃないっす」と思ってしまったからだ。
静かなエンジンの駆動音に耳を澄ましていると、窓の外から風を切る音が聞こえてきた。
「お前は向こうに着いたらどうするつもりだ、オルレア?」
視線をアンナに戻すと、彼女は操縦を手動操縦から自動操縦に切り替えてシートに凭れていた。
「ボクっすか? ボクは…元居た場所に戻るだけっすよ」
魔法の効果が切れて露わになった犬耳がピコピコと動かして彼女は微笑む。
すると地上よりも強く射し込む陽光に彼女の左手の薬指が光り、アンナは思わず咳払いを一つした。
「フィーナの下に戻るのか?」
濁した回答の内容を当てられてオルレアは、気不味気に視線を逸らし「皆の下に…っす」と訂正した。
「…今のお前は、私の後輩か? それとも……」
「ふふ、どっちか…当ててみてほしいっす。せ〜んぱい♪」
突然愛らしい声で抱き付いてくるオルレアを、突き飛ばすようにして引っぺがすと、荒くなった息を整え「えぇい、引っ付くな! 今のお前は私の後輩で良い!!」と半ば喚き気味の声を発した。
『…チッ』
知影の舌打が聞こえた。
「…向こうに着くまでボクは、オルレア・ダルクっすよ。先輩の後輩っす」
『…もう少しの我慢だよね。そうしたら私のものになってくれるんだから…海のように広い私の心で受け止めなきゃね♪』と、知影。風音は眠っているのか、沈黙している。
「私の後輩…か」
静かにアンナは瞑目する。今の一時にゆっくりと浸ろうと思ったのだ。
すると、膝に重みを感じた。
「…何のつもりだ?」
視線を下に落とすと、肘掛を上に上げたオルレアの頭がそこにあった。
「…こうして居られる内に、こうして居たいっす…駄目っすか?」
「好きにしろ。ただし、最長で二十分までだ」
「…ふふ、やったぁ♡」
先輩の許しを得た後輩の微笑がまるで女神のように見え、アンナは眼を瞬かせる。
『ぁ…今のヤバ…っ!』
「仕方の無い奴め…まったく」
髪を撫でるアンナの顔には微笑が浮かぶ。「私も甘いな」と頭の隅で考えながら「そう言えば忘れていた」と、転移座標に数字ではなく、『アークドラグノフ』と入力する。
「数字を入力する訳じゃないんすね」
「現在進行形で移動している可能性がある戦艦を世界単位で探すとなると、馬鹿みたいな時間がかかるからな…と、変換されないな」
アンナが再度『アークドラグノフ』と入力しても、文字が出力された画面には時間経過と共に文字が消えるだけで、それ以外に何も起こらない。
「どうかしたっすか?」
「…ジャミングだな。向こうがどうもジャミングを掛けている所為で、レーダーが『アークドラグノフ』を感知しないから転移が出来ん…面倒な真似をしている」
艦名の入力で戦艦の場所を調べられるという、高性能なレーダーを搭載している『ピュセル』だが、相手がジャミング等を使用してレーダーを誤魔化している場合は流石に調べることが出来ない。
そもそも、無数にある異世界や、異世界同士の間にある狭間の世界を探知対象に出来るレーダーに対ジャミング機能まで求めるのは酷というものであろう。
『オルレア様。ヨハンさんとディーさんも後程御二方の後を追われるとの言伝を預かっております。愚考しますにこのままですと、彼方の御二方も『アークドラグノフ』に向かえない可能性が御座いますよ』
『あ、そっか。だから風音さん、さっき遅かったんだね。う〜ん…何とかしないとね』
『ピュセル』に搭乗してから初めて口を開いた風音の言葉に知影が同意する。
「ジャミングを解除すれば良いんすか? だったら何とかするっすけど……」
「…あぁそうだな。ジャミングを解除出来れば探知も出来るだろう」
「分かったっす」と了承したオルレアが眼を閉じると、その雰囲気が変貌する。
彼女ーーー否、この時ばかりは彼が今すぐに会話をしたい人物のことを思い浮かべる。魔法を発動させたのだ。
『…あ、ご主人さ…っ、ん``んっ、どうしたの?』
“テレパス”が発動して、不機嫌そうな相手の声が脳内に響く。
事情が事情とはいえ流石に、連絡を一度しかしなかったのはマズいのである。
『それで一ヶ月近くに渡って、例外は除くけど連絡の一つも寄越さない人が何か用かしら?』
「…ちゃんとした連絡をしなかったのは悪いと思ってるっす。レオンに言って、『アークドラグノフ』が掛けているはずのジャミングを解除してほしいっす…良いっすか?」
脳内に直接聞こえてくる、若干不機嫌気味の女性の声にバツの悪そうな顔をしながら、彼女に頼み事を伝える。口調がオルレアのままであるのは一種の、ご愛嬌といったところであろうか。
『…もぅ、本当に悪いと思ってるの? …色々訊きたいことはあるのだけど分かったわ』
「…ありがとう。ボクも色々言わなきゃいけないことがあるっすから。お願いするっす」
『ふふ、本当に色々と楽しみだわ……じゃあコホン、待っていますね? ご主人様♪』
“テレパス”はそこで解除されるのだった。
* * *
「もぅ…あの人ったら」
“テレパス”が解除されるとフィーナは、すぐに行動を開始する。
「イヅナ〜!」
自身の本名を呼ぶ声に膨らみを持った布団がモゾモゾと動いて、中からひょっこり、黒髪のハイエルフが顔を覗かせる。
彼女は翡翠色の瞳をパチパチと瞬かせ、口に手を当てて彼女の名前を呼んだ金糸髪のハイエルフの姿を映した。
「…起きてる」
お昼寝をしていたイヅナはしかし、寝起きとは思えない程にハッキリとした声で言葉を返す。
「悪いけどご飯を炊いておいて! 私は少し出て来るわ!」
「…コク。…でもどうして?」
「あの人が帰って来るわ!」
そう満面の笑みで疑問に答えたフィーナは、イヅナの返事を待たずして部屋を飛び出した。
風のように艦内を移動する彼女の姿に見惚れる男性隊員が、数名居り、それだけで彼等はこれから起こるであろう出来事を予知出来たという。
「入るわよ」
隊長室の扉をノックすると、中から「お〜お〜、入って良いぞ〜」と、気怠そうな声が聞こえたので扉を開いて入室する。
「どうしたんだ〜? お〜〜?」
椅子に深く腰掛けて外を眺めていたレオンが、椅子を回して振り返ろうとしてうっかり回し過ぎてしまい、暫く回転する。
「この艦、今ジャミング粒子を散布しているそうね」
フィーナの氷のような冷たい視線に冷えるものを感じたのか、軽く身を震わせながらレオンが「落ち着くまで『組織』に発見されると面倒だから当然散布しているぞ〜?」と回転を止める。
「それ、今すぐ散布を止めてほしいのだけど」
「? 何でまたそんなことを?」
「帰って来れないからよ。あの人が」
「あの人〜? 誰だそれは?」
「ここまで言って分からないの? 駄目駄目ね」と内心呟きながらフィーナは、「弓弦よ。ユヅル・ルフ・オープスト・タチバナ」と腕組みをすると、レオンから顔を背けて小さく咳払いをする。
自分の愛しい人を自分と、久々に同じファミリーネームで呼べたのが嬉しくて、思わず表情が緩んでしまったからだ。
同時に、それだけのことで喜びを覚えてしまう自分に驚いていた。「こんなに初心だったかしら私……」と自問自答をしている間に、レオンの姿は消えている。
ピンポンパンポーンと艦内アナウンスの開始音が鳴った。
『あ〜テス。よ〜し、セイシュウ今すぐにジャミングを解除してくれ〜』
すると、頭上からレオンによるアナウンスが聞こえたのでフィーナは踵を返す。
「やだ私、もぅ…名前よ? 名前。それだけでこんなに嬉しくなっちゃって……はぁ」と、嘆息しながら彼女が部屋に戻る途中、
ーーー弓弦だー! 弓弦が帰って来たぞーっ! わーいっ!!
「…え」
部屋の一つから謎の歓声が聞こえたので、暫くその部屋の扉を見つめて呆然としかけた彼女だった。が、首を左右に振ると、自室のロックを解除して中に入った。聞かなかったことにしたようである。
「ご飯のスイッチ、押してるー? …あら? イヅナ、このお野菜どうしたの?」
炊飯器のスイッチは入っており、後二十分程度で炊けるであろうか。すぐにイヅナ(セティ)が取り掛かってくれたことが窺えるのだが、不思議なことにフィーナが、部屋を出て十分も経過していないはずのこの部屋の机には、丁度フィーナがこれから急いで買いに行こうとしていた野菜や肉が袋に入れられて置かれていた。
「…足長お姉さんから貰った」
「…そう。ならありがたく使わせてもらおうかしら」
食材はどれも、今日のために用意されていたのか新鮮そのものであり、その人物の行動の早さにフィーナは舌を巻きつつ、手早く鍋を出した。
「…食堂からカセットコンロを持って来る」
「えぇ、偉いわイヅナ。戻るついでに皆も呼んで来てほしいわ。お願いね」
「…コク。…行って来る」
髪を縛ってエプロンを着け、野菜を洗って俎板に置き、切り分けていく。
手際良く切られた野菜は笊に並べられ、調理されるその時を今か今かと待ち望んでいる。
鼻歌交じりのフィーナは非常に上機嫌であり、犬耳がそれを示すかのようにピコピコと動いていた。
「…危ない、忘れていたわ。『動きは風の如く、加速する』」
風魔法“クイック”が発動してフィーナの動きが倍速する。
一分一秒が惜しい彼女にとってその魔法は必需品だ。気だけが急いでも、行動が伴わない行動程、虚しくなり易いものはないのである。
「ただいまー!」
「‘ふふ…元気な声ね♪’ 皆は連れて来たー?」
オルレアとの念話では、不機嫌さを押し出したかのような声で話していたが、彼女のテンションは時間が経過するにつれて右肩上がりに、ひたすら上がっていくのであった。
* * *
オルレアの雰囲気が元に戻って暫くすると、画面に数字が自動で入力されて世界転移が始まった。
「ふぅ…あまり怒っていないみたいで良かったっす……」
“テレパス”を使用している場合は他者に相手の声が聞こえることはない。なので知影は、オルレアの発言からしか会話内容を察することが出来ず、会話内容が気になって仕方が無かった。
「『何を話していた(の?)』」
すると、アンナと異口同音になった。
「ジャミングを解除するようレオンに言ってくれって頼んだだけっすよ?」
『ふ〜ん…じゃあ色々と言わなきゃいけないことって何? 私に教えてほしいな〜?』
「フン…そうか。仲が良いことだ。…オートモード解除。今から少し揺れるぞ」
しかし続く言葉は全く別の言葉であり、それを聞いた風音が微笑む。
転移の衝撃によって船体が微かに揺れるーーーのが本来の転移であったはずなのだが、何故か『ピュセル』は、まるでアクロバット飛行でも行っているかの如く、船体が大きく揺れた。
視界が、景色が、回る回る。
内蔵の全てが回るような感覚にオルレアが眼を回していると、膝に乗せていた下着がシートの奥の方へと入り込んでしまった。
「ぜ、全然少しどころじゃなかったっすぅっ!! 先輩もうちょっと平和的に安全運転でやってほしいっすよ! どうしたんすか一体?!」
「…なんとなくやっただけだ。 どうしたこうしたもないっ、まったく…!! お前が人の操縦にケチを付ける気だったら私は……」
「私は…何なんっすか。それに別にそこまでケチを付けてる訳でもないっす。ただ、危ないってことは自覚してほしいっす!」
口で捲し立てながらも、手を伸ばして下着を引っ張り出す。
「次やったらボク、先輩の腕にしがみ付くっすよ! それでも良いっすか!?」
『はぁぁっ!? 何それ羨ましいよ弓弦!! しがみ付くんだったら私の腕にしがみ付いてよ!! ほら、私の腕を弓弦の柔らか〜い胸の間に挟んで、そして、舌でチロチロって舐めるの!! 噛んでも良いよ!! あ、でも出来れば私の指を自分の口に運んでしゃぶったり、手を下着の中にまで誘導してほしいなっ♪ そしたら私が神のテクニックで弓弦が自分で股を開脚出来るように、思考を子孫繁栄のための子作り脳にしちゃ「よし、届いたっす!!」でもの前に私の身体が広げられるうぅぅぅっ!?!?』
知影の発言には無視をするオルレアであるが、「はしたな過ぎるっす……」と実は内心辟易していたりする。
「……」
そんな彼女の視界の中央に映っているアンナは神妙な面持ちでハンドルを握っている。
それはまるで、眼の前に二つの選択肢があってその前に葛藤しているかのようで、妙に肝を冷やす感覚を覚える彼女の後輩だ。
「…それは私に危ない操縦をしろと…そう言っているんだな?」
「ふぇっ!?『はぁ…っ、弓弦可愛いっ♡』な、なな、何を言っているんすか先輩!! 駄目っすよそんなこと!!」
「…。っ!?!? い、いや忘れろ! 一時の気の迷いだ! 良いなっ!!」
顔を背けた先輩の焦ったような声に、取り敢えず頷くオルレアの脳で『クス…少しずつで御座いますね』という風音の謎発言が聞こえる。
『ねぇ弓弦…弓弦があんなに強く引っ張るから私、もう切なくて切なくて弓弦を襲いたくて堪らないんですけどどうすれば良いのかなっ!! ねぇ、子ども作ろうよ!! ねぇねぇ!! 大丈夫、優しくするから最後までヤッて、二人で仲良く子ども産も、ね?』「‘っ、私は何を言っているっ!!’ いやそもそもこれでは…っっっ!!!!!!’’」
知影の声が煩いのでアンナの声は聞こえないのだが、眩暈を覚えて、「窓開けて良いっすか?」と先輩の許可を得て窓を開ける。
既に異世界転移は終わり、今はどこかの異世界の空を飛行している『ピュセル』は相変わらず、雲海の上を飛行している。だが先程と違うのは太陽の光が雲海に沈んでおり、夜の帳が下りようとしていることであろうか。
『窓開けて良いって言った? ねぇ、今弓弦そう言ったよね!? なら早速開けちゃおうよ! 私と弓弦、お互いの社会の窓! そしてその先の生命の神秘の空間を繋げちゃおうよ!! 新しい世界が産まれるから! ねぇねぇねぇっ!!!!」
脳内の声など全く気にならない程に、清々しくも、圧倒的に冷たい風がコックピット内に吹き付け、その寒さに軽く身震いをする。
「先輩、寒いっすか?」
「いや、心地良いぐらいだ。気にするな」
冷たい風は、妙な体温の上昇を覚えてしまっているアンナにとっても、心地良いものとして感じられるものだ。
「ふふ、ありがとっす。…わぁ…っ♪」
突然の歓声に「? どうした?」とアンナが後輩を一瞥すると、後輩はいつの間にかローブを着用している。
「ここ…綺麗な世界っす……」
「!?」
それは、かつて『二人の賢人』が互いの身体に合うようにして作った魔法具だ。それの意味することはつまり、袖も、丈も、全てが当人達基準で作られているということだ。
窓に添えられた袖から手は覗いておらず、袖の一部分が不自然に曲がって窓に触れているという状態ーーーとどのつまり、萌え袖であった。
しかしもっと不自然な部分が彼女にはあったのだ。
「緑が元気なの…っ♪」
胸元から小さな緑龍が現れたことに、一体この場の緊張がどれだけ弛緩したのであろうか。
念のためアンナがオルレアの不自然な一部分ーーー腹部に視線を向けるとそこは、元通り胸の淡い膨らみとは対照的な、キュッと引き締まったものが服の上から朧気に窺えるだけだった。
「風で飛ばされないようにちゃんと、服の中に入っておくっすよ?」
「分かったの。ユールの服…ポカポカなの…♪」
「ふふ…そう言うシテロは冷んやりしてるっすね〜。気持ち良いっす……」
『気持ち良い…は? ちょっとこの雌龍、私の王子様に何言わせてんの? 弓弦をイかせるのは私の役目なのに。いつの間に賢者タイムに突入してるのよ…その場所変わってほしいんだけど…!!」
シテロが感じた通り、この世界は大自然の活力による清らかな魔力が空気中に溢れており、とても居心地が良い世界であった。
「先輩」
「ん?」
「ここってどんな世界か分かるっすか?」というオルレアの言葉を受けて、アンナは視線を画面に向ける。
【26150-26151】と表示された画面を見つめて一つの疑問が浮かんだが、取り敢えずはそのまま「ここは狭間の世界だ」と答える。
「界座標【26150】と【26151】の間に存在する狭間の世界だ。正確にはな」
だがそれは、オルレアの問いに対する答えとしては少し方向性のずれた回答であり、瞑目したオルレアが、「どうしてかは分からないっすけど…まるで魔力がボク達を歓迎しているように思えるんす……」と言葉を付け足したことでアンナは、自分の中に浮かんだ疑問の問いに一つの答えを、思い出した。
「そう言えば、この世界ではどうしてか。かつて工業が非常に盛んだったのかそれとも、既に『奴等』に侵食され尽くした結果崩壊点を突破し、崩壊した異世界から流れてきたのかは分からないがな、遺跡がちらほらと見つかるらしい。遺跡と言えば、探索に発掘だ。当然遺跡は『組織』の発掘チームによって調べられ、そこから過去の文明の遺産がよく発掘されたそうだ」
言葉を切ったアンナは、手の見えない袖を顎に当てて考えを纏めているオルレアに視線を注ぐ。
どうやら彼女はすぐに答えに辿り着いたようで一人頷いた。
「じゃあ、この『ピュセル』が発掘された異世界と言うことっすね」
「そう言うことだ。…『アークドラグノフ』が見えたな」
理解力のある後輩の姿に一人満足しながら、「『アークドラグノフ』に通信を入れろ」と彼女が声を発すると、『Connecting,Arc Dragunov』と画面に表示された。
「こちらアンナ。『ピュセル』での着艦許可を貰いたい。『アークドラグノフ』、応答しろ」
微かに聞こえるノイズ音が収まってから彼女は口を開いた。
『こちらドラグノフ。着艦を許可するよ。お疲れ様、そしてありがとうクアシエトール元帥、弓弦君、知影ちゃん、天部大佐』
モニターから無線音声で聞こえてきたのは一ヶ月振りに聞くセイシュウの声であった。
「では今より甲板に寄せる形で着艦させてもらう。貴艦の要請承認感謝する。以上だ」
近付く『アークドラグノフ』の姿に帰って来たという実感を抱いているのか、安堵するオルレアと、そんな後輩の姿に微かに破顔するアンナに対して、他の女性陣二人はそれぞれ、微妙な面持ちをしているのであった。
「トウガ、今回のお話でこの章は終わりみたいだね」
「そうだなディオルセフ。予告担当は俺達だな。どうやら…今回は二つ分予告があるみたいだぞ」
「予告が二つ分!? 何か豪華だね。でもどうして二つ分予告があるんだい?」
「…今眼を通してみたが……次回の話の予告と、次回からの章の予告があるみたいだな。中々ここも賑わってきたと言ったところか」
「賑わってきたって…言うのかい? 予告が豪勢になってきたって言う方が正しいように思えるんだけど」
「ニュアンスの違いだな。俺からしたら予告が豪勢になるって言うのに違和感を感じるようにだ」
「…受け手の違いによる差異だね。表現するのは難しいものだよ」
「そうだな。特に自分の中で所謂、完結しているような話の発信は他者にとって負担になり易い。謎言語は書くのも訊くのも大変だからな」
「聞くのは兎も角書くのってよく分からないんだけど」
「ニュアンスの違いだ、気にするな」
「はぁ。で、どっちがどっちの予告をするんだい? 両方以外ならどっちでも良いんだけど」
「俺が次章の予告をする。お前には次話の予告をお願いしようか」
「う~ん、了解。次話は…こっちだね。じゃあ、言います。『出逢いがあれば、別れがある。元の場所が近付くに連れて先輩の表情は曇っていったっす。先輩と過ごした日々は本当に楽しかったし、ボクは先輩のお蔭で心身共に強くなることが出来たっす。…先輩には何から何まで、お世話になったし、お世話もしたし…短い間だったっすけど…とても、とても大切なものを授けてくれたっす。そう…例えばボクのここに宿る……ふふ、こんなボクの姿を見たらきっと驚くかな? 皆ーーー次回、去りし者が語りしコト』…そんな姿にさせるとは、これっぽちも訊いていないのだけど…!! …だってさ」
「…お前今、物真似をしていたか?」
「勿論、『物真似で』って書いてあるし…どうだった?」
「…あぁ、誰が言っているのかは分かるんだが、これっぽちも似てなかったな。まぁ両方女性なんだから仕方無いと言えばそれまでではあるが」
「~っ、似てなくて悪かったね。はい、じゃあ次はトウガ」
「『オープスト一家三人で旅行に向かったのは、北の王国『ベルクノース』
雪降り積もる街で穏やかな時間を満喫しようとしている弓弦とフィーナ、イヅナであったが、突然の市街閉鎖令発令によって、市街地内に閉じ込められてしまう。
突如として聞こえ始めた銃声。街中で繰り広げられる銃撃戦。困惑する三人を、陰謀の渦が呑み込もうとしていたーーーッ!!!!
「歴史は繰り返す…今も昔も、人間は下らない幻想を抱いているわね……」
「…旅行の邪魔…許せない…ッ!!」
「…ま、降り掛かる火の粉は払うまでだ」
北の国で渦巻く謀略に、再び二人の賢人と少女が立ち上がるーーー次章、動乱の北王国編』…と、こんなところか」
「…どうして言葉を変に切ったんだい?」
「そうした方が、分り易い…と言うよりは、“っぽい”からだ」
「…成る程ね~。良く考えているんだ。物真似は全然似てな…あ、はいナンデモナイデス。お願いだから投げないでって言ってる傍から僕の身体が彼方にぃぃっ!?!?」
「今回も良く飛んだな。さて…小腹満たしがてら梅茶漬けでも作るか……」