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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
188/411

クリスマス短編3 “渡したかった渡せなかったモノ”

「‘そうか…もうそんな時期なのか’」


 フィーナが部屋を後にしてからレオンは、感慨深いように呟いた。

 彼以外に誰も居ない隊長室。

 今現在彼が、隊長としての業務が無いにも拘らずこの部屋に居るのは、大した理由がある訳ではない。強いて表するのならば、身に付いてしまった習慣とするべきであろうか。

 朝起きて、自身の部屋を出て、隊長室に入り、そこで一日を過ごして、日付が変わる頃には自室に戻り就寝するーーーそれが、彼の習慣だ。もう、何年も変わっていない「隊長としてのレオン・ハーウェルの日常」だ。

 しかし彼は今日、いつもより早く隊長室の鍵を閉め、ドアノブに「用件がある者は501号室へ」と掛札を掛けてその場を後にした。

 その行動は、彼らしからぬ行動だ。

 普段の彼は、サボりこそするものの、業務を完全に放棄することは決してない。どのような形であれ、書類も期限には間に合わせるし、また文句や愚痴を零すことはあるが、書類に不備を出すことはない。しっかりと提出するのだ。

 それは、以前のーーー学生の頃の彼を知っている人物からすれば信じられないようなことであろう。だがあの(歯車が狂い始めた)時から、彼は変わったのだ。

 それは、確かに見方によっては、彼が真面目になったという良い変化ではある。だが、そうではないのだ。

 自室の前に立って、カードキーを挿入してロックを解除してから中に入る。


「ただいま〜っと」


 レオンの自室は、驚く程に物が少ない。

 それは、彼の生活の空間がこの部屋でないことを示していた。

 勿論、物が全く無いという訳ではないので、机や、棚等は部屋にある。もっとも机は、あるだけであり、棚もまた、驚く程に何も収められてなかったのだが棚の一番上には三冊だけ、分厚い書籍があった。

 レオンはその内一つの書籍へと視線を遣り、手に取るとページを捲っていく。

 すると、半分程ページを捲ってからであろうか。正方形の穴が中央に空いたページが数十ページに渡って続いている箇所があった。何年もページを開いていないそこを、深呼吸と共に開く。

 そこにあるのは、想い出だーーー否、そこに“あった”と、この場合はするべきか。

 レオン自身が遠い過去に置き去りにし、かつ記憶の奥底で封をしていた想い出。もし今日、フィーナが隊長室を訪れてくれなければ、この本が開かれることなどなかったであろう。

 レオンはそれを、想い出の施錠を解錠するための、唯一の道具を手に取った。

 直後、彼の脳裏を、胸中を駆け巡るものがあった。

 思い起こされるのは、十年以上も昔の、遠い日の想い出ーーー歯車が狂い出す以前の出来事だーーー












* * *


ーーーオ〜ン。


「‘…あ〜、煩い。誰だ? 人の心地良いぐっすり眠りを邪魔虫してくれるヤツは。俺はかなり、ぐっすり眠りしたいんだ。だってよ、さっき身体を起こして時計を見たら八時だったんだ。まだ、九時間しか寝ていないんだから、寝かしてほしいぞ……’」


 頭上から聞こえた声に、レオンはブツブツと考えていることを口に出しながら、寝返りを打った。


ーーーレオ〜ン。


「‘…昨日も結構ろ〜ど〜ってヤツをしたんだぞ……この疲れが取れるまでぐっすり眠りさせてくれよ…ってか、誰だ?’」


 再び聞こえた声に薄らと瞼を開けてみると、誰かが腕を振りかぶっているのが見え、彼はカッと眼を開けた。


「こら〜っ! 起きなさ〜いっ!」


「どわぁぁっ?!」


 危険を感じた彼が横に転がるようにして飛び起きると、先程まで寝ていたベッドは大きく凹み、そして、「バキッ」と音を立てた。


「な、何をするんだっ!!」


 ベッドを破壊した人物に向かって彼が抗議の声を上げると、返ってきたのは「お〜、やっと起きたね〜!」と何とも暢気な声だ。


「起きたね〜じゃないっ! 人を永遠にぐっすり眠りさせるつもりかよっ!? 大体どうしてそんな強い拳を放とうとするんだっ、死ぬぞっ!?」


「プ…『ぐっすり眠り』って…プフっ…なぁに、それ〜!! 絶対絶対に変な言い方だよ〜!!」


 そんな彼の抗議の声がツボにはまったのか、ケラケラとお腹を押さえて笑い出した女性にレオンが、「じゃあどう言えば良いんだよ!?」と食い気味に訊くと彼女は、


「ふふ〜んしょうがないなぁ。馬鹿なレオンのため、私が教えてあげようっ! …ぐっすり眠るってことを普通は…!!」


 嫌に勿体振るような言い方で、


「熟成って言うんだよ!!」


 ドヤ顔で言った。

 因みに正しい言葉は熟睡である。


「な、何だとっ!? …し、知ってたぞ俺は! そうそう、熟成! 俺は熟成していたんだ! それなのに無理矢理それを妨害しようとしただけじゃなく、永遠に熟成させようとするだなんて、あんまりだと思わないか!? えぇっ!?」


「そもそもだよ〜! レオンが授業サボるからいけないんだよ〜!? 分かったらほら、早く教室に戻ろ〜? ディー先生怒ってるよ〜?」


 「ディー先生が怒ってる」のフレーズに肩をビクッと強張らせると、レオンは彼女の背後で静かに笑っている人物が居ることに気が付いた。

 そしてその人物の背後にも、新たに人物が現れる。


「おいセイシュウっ! そんな所で見ていないでお前もこっちへ来い! てか助けろ死ぬっ!!」


 セイシュウと呼ばれた人物は、笑い声を抑え、数回咳払いをした。


「…あー、取り敢えず身体を動かして、教室戻れば良いと思うよ。ディー先生、本当に怒ってるから」


「…。流石に…やらかしたか?」


「ま、行けば分かるよ…僕が代わりに寝るから…「駄目ですわよ」ぐえっ」


 入れ替わるようにしてレオンが横になっていたベッドに向かおうとするセイシュウだったが、伸ばされた手に制服の襟を掴まれ、それを阻まれる。


「いけませんわよセイシュウ君。久々に最初から授業に出席しているのだから、このまま一日中出てくださいまし」


「いや、リィル。最初から出てたからこそ、休息が必要な訳なんだけど。それに久々って言っても二週間振りなんだから、それ程でもないと思うんだけど」


 その言葉にリィルと呼ばれた女性の眉が釣り上がる。

 一瞬にして彼女が穏やかでない雰囲気を放ち始めたため、セイシュウの額に滲む何かがあった。


「さぁセイシュウ君、行きますわよ。抵抗はしない方が、身のためですわ」


「…え、いや…どうせ試験で満点取れば授業なんて出る必要無いんだから、わざわざそんな無駄な時間を使いたくはないなぁ…っと……」


 情けない男の発言を「問答無用ですわ」と一言で切り捨てると、リィルはそのままセイシュウを引っ張ってどこかへ向かった。教室へ行ったのであろうか。

 襟を掴まれ引き摺られていた彼から出された救助の要請は、仕返しといわんばかりのレオンの無視によって却下されるのだった。


「…どうしてセイシュウとリィルまでもこっちに来たんだ? 今は授業中なんだろ? 俺を呼ぶためにセイシュウは兎も角、リィルが来ることはないと思うんだがな。いつものメンバー集結って、どうしてだ?」


 レオン、セイシュウ、リィル、オルナは昔からの友人同士の関係だ。今年は全員揃って同じクラスになったので、授業中こっそり抜け出すことが難しくなり、不満なレオンだ。


「あ〜、授業中レオンが居ないことにディー先生が気付いてね〜? 誰かに呼んで来るように言ったんだけど、そこでセイシュウ君が『僕が呼んで来ます』って手を挙げたんだよ〜。それで、どうせ彼は彼でサボるつもりだったのが丸っと分かり切ってたからリィルちゃんが手を挙げて…それでね〜」


 これまでは出来ていたことが出来なくなるというのは、苦痛以外の何物でもなかったりする。勿論授業中のサボりも例外ではなく、四人一緒になってしまったことを彼は、あまり快くは思っていないのだ。

 授業をサボるということは彼にとって、学生生活を送る上で無くてはならない行為だ。

 椅子に座り続けていると臀部が痛くなってしまうし、腰も痛くなる。講義の声はさながらお経の如く響くので、聞いてて眠たく仕方が無くなるのだ。そして、寝たら起こされるわ結局身体が痛くなるわでそれはもう、酷いものなのだ。

 なので本気で授業に出たくないレオンは、眼の前に立つ女性から隙を見つけて、逃げ出そうと画策し始めた。


「さ〜レオン君? 授業に出よ〜よ。勉強しないと〜ただでさえ駄目なおつむが、もっっと駄目になっちゃうよ〜!」


「ん〜、まぁそうだな。仕方が無いから教室へ行くとするか」


「お〜、じゃ行こ〜!」


 背後から押されて薄暗い通路を歩いて行くと外に出る。

 運動系の授業をやっているのだろうか。ドタバタと走る音や、歓声が体育館から聞こえてくる。

 遠くでまるで、花火のように光っているのは魔法の授業が行われているからであろうか。座学よりもレオンは、そういった運動系の授業を好んでいるのでふと、そちらに足を向けそうになる。

 それは、こっそりと画策しているのとは違う、いわば無意識の行動であった。


「レオン? 教室は〜こっち」


 すると、無理矢理身体の方向を戻される。彼女が先導して歩いていたのなら、背後で何かしらの行動に及ぶことも可能なのだが、逆の立場だと何をしようとしても筒抜になってしまう。そのため不用意な行動が出来ないことを、忌々しく思っているーーー否。彼に限っては絶対に、そこまで思考が巡らすことなど出来もしないのだが、「ディー先生に入れ知恵でもされたか…?」と、それっぽいことを考えては居た。所謂言ってみたい、考えてみたい台詞という類のものだ。


「近日さ〜、冬だと言うのに暖かいよね〜」


 例年通りなら、この時期は大多数の生徒が防寒着を着用して登校したり、教室では暖房が点けられたりする。だがここ数日は季節外れの暖かい日が続いているため、あまり冬という感覚をレオンは覚えなかった。


「近日? 普通は最近って言わないか?」


 しかし彼は、彼女の発言内容が気になったのでそちらを優先することにした。因みに時間稼ぎを目的としている訳ではなく、ただ単に、親切心から発された言葉が、間違い訂正の言葉だ。


「細菌? え〜、何かばっちぃね」


「…それはまた、違う言葉だと思うんだがな。え〜と、アレだ。異口同音音の言葉じゃないか?」


 ドヤ顔で言うレオン。


「いく…どうおんおん? 何それ初めて訊いた。…レオン、新しい言葉や漢字を作るのは陳海東(チン・カイトウ)の元って〜以前ディー先生に教わらなかった〜?」


 珍解答を異国の人物の名前にしてしまう彼女。


「は? いやそれは無いだろ。五字熟語ってヤツ…だったはずだ」


 共通しているのは、二人揃って超が付く程に頭が足らない人物であるということだ。


「え〜!? 絶対絶対無い!」


「じゃああったらどうするんだ? 俺は当然、ある方に賭けるな」


「んじゃ〜私は無い方! あったら缶ジュース、一本! 奢ってあげる」


「おっしゃ乗った! なら俺も、無かったら缶ジュース一本奢ってやる。…後で懺悔しても知らないからな〜?」


 互いに自信満々な二人は校舎に入り、階段を上って行く。

 微かに昼食の香りが食堂の方から漂ってくるのは、昼放課後の名残であろうか。授業中なので校舎内は基本的に静かなのだが、時折笑い声が聞こえてくるのは、教師がジョークで空気を和ませているためであろうか。


「勝負?」


「だな」


「じゃあディー先生に確認してもらって〜、それでどっちが合ってるか、決めよ〜ねっ!」


「おう、ま、俺の勝ちだがな!」


 教室の扉の前に立った二人は今、雌雄を決するために扉を開くーーー!!


「「…失礼いたしました〜」」


 だがその扉は違うクラスの扉であった!


「…ちょっとレオン、教室間違えてたよ〜? それに今気付いたけど、ここって〜違う学年の校舎じゃ〜…なかったけ〜?」


 当然レオン、画策していた訳ではなく、これは素での間違いである。彼は頬が熱を持ち始めるのを感じながら、明後日の方向を向く。すると、


「……」


 彼の視線の先。そこでは丁度、一人の人物がこちらを見つめているところであった。

 ーーーそう、現在の授業で彼等の教師を務めている人物だった。


「…あ〜…うん、すっごく怒ってるよ〜?」


「…。みたいだ…な」


 その眼は語っていた。「(は〜や)く来いっ!! 授業が終〜わるぞ〜!」と。

 時計を見ると、確かに。時間は授業終了十分前を指していた。


「お〜お〜、これは〜、私まで危ないかも」


「…ま〜、良いんじゃないか。どうせサボったとしてもレポート一枚で済むしな。たまにはお前も、レポート書いてみると良いかもしれないな?」


「うぇ〜っ!? 絶対絶対嫌だよそれ!! やるんだったらレオン一人でやってよ〜!!」


 レオンの口角が上がった。


「おっしゃ〜! んじゃ俺はサ〜ボろっ「駄〜目って!!」んぐぉっ!?!?」


 レオンの首が絞まった。


「ん〜、もう時間無いから〜…よいしょっと〜」


「あっ、おいっ!?」


 レオンの身体が持ち上がった。そして、


「え…おい、待ってくれ…っ!?」


「時間短縮〜!!」


 レオンの身体が窓を突き破り、そのまま校舎の間を滑るように向かいの教室の窓へと突撃した!!


「ぅぉぉぉぉっ!?!?」


 レオンの声が尾を引くように、彼を投げた女性の名前を木霊させる。


「オルナぁぁぁぁっ!?!? ぐふぅっ!?」


 続いて校内には二回目の、ガラスが割れる音が響き渡った。だがなおも失速しない彼の身体が今度は、教室の壁に衝突しようとした時、横から伸ばされた棒状の物質が彼の運動エネルギーの全てを受け止めた。


「…も〜う少し、静かに教室に入ってほしいんだな」


 棍をつっかえ棒のように扱った男性教諭、ディーは困ったようにボヤくと、床に倒れ悶絶するレオンに席に着くように促す。


「…わ…わぶび…ディー先生……」


 衝撃に襲われた腹部を押さえ、身体を引き摺るようにして着席したレオン。投げられた際ガラスに衝突した際の痛みよりも、棍の方が激痛であったのは述べるまでもないことだった。


「レオン来ました〜?」


 十秒程経過した頃であろうか。

 扉が開かれてオルナが教室に入って来た。そして教室の後列に彼の姿を認めると、二度頷いた。


「そ〜れで? レオン坊やは僕の授業をサボって(な〜に)をしてたんだ〜?」


 ディーはペンと教科書を置くと、サボりの言及に入る。

 授業終了五分前。ボードの端から端まで記された解説から既に、ノートに解説を写す時間という名目の自由時間であることがそこから窺える。


「ぃぃぐ…っ」


「訊いてくださいディー先生。レオンったら薄暗い部屋でこっそり、熟成してたんだ〜。もう幾ら身体を揺すっても眼を覚まそうとしないから、永遠に熟成させるつもりでパンチをしてみたら起きたんだよ〜。しょ〜がないよね〜」


 未だ強い痛みに悶絶中のレオンの代わりにオルナが答えるのだが、案の定「熟成」の部分でディーが驚いたように口を開けた。


「‘…ぷ…く…っ。熟成…熟成だって……ふ、ふふく……は、腹が痛い…っ…「おやめくださいまし」ふごっ!?」


 レオンの隣の席で何かが、硬い物に打つかる音が聞こえるが、そちらは誰の気にも止められない。


熟成(じゅ〜くせい)? 暗い部屋で熟成って…そ〜んな、食物じゃあるまいに。大方熟睡の間違いだと僕ぁ、(お〜も)うんだが…違うのかい?」


「じゅく…すい?」


 キョトンとするオルナ。


「ぐっすり眠ることを少〜し難しい言葉でそう言うんだな。オルナ嬢ちゃんが、『レオン坊やがぐっすり眠っていた』って、言〜いたかったのなら、使う言葉は熟成じゃ〜なくて、熟睡なんだな」


「お、お〜。熟睡…うん。流石ディー先生…うん、間違えちゃった〜…へへ」


 照れ笑いを浮かべた彼女を中心として笑顔が広がり、和やかな雰囲気が教室を漂う。

 そして、授業終了の合図となるチャイムが鳴る。この時間で、今日一日の授業は全部終了だ。後は清掃の時間を間に挟んで下校時間となるのだが、その時間の最中にレオンとオルナは決着を付けることにした。


「異口同音音?」


 オルナ・ピースハートとレオン・ハーウェル。

 五十音順である出席番号順で、清掃区域を分担する班が決められる場合、この二人は同じ班になる。


「そう、異口同音音。こんな五字熟語あったよな?」


「私、そんな言葉絶対絶対無いって言ってるのに、レオンが頑固だから中々認めてくれないんだ〜。だからディー先生、ハッキリと『そ〜んな言葉は無いっ』って否定してほしいな〜」


 そして、丁度清掃区域の担当教員はディーであった。なので清掃が始まって早々に、二人は彼に詰め寄った。


「あ〜…『異口同音』って(ち〜か)い言葉はあるけど、『異口同音音』って(こ〜と)葉は無いんだな」


「ないっ!?」


「やたっ! ジュース一本の奢り、確定だね!! ビクトリーっ♪」


 まるで吐血したかの如く、苦しそうに膝を突いたレオンに向かって、ピースサインをオルナはしたーーー今勝負が決したのだ。


「〜っと!! あ〜やっぱりいつ見てもあの遣り取り、飽きないと思わないかい?」


「…セイシュウ君は本当に、趣味が悪いですわね。そんなんですから、誤解を持たれ易いんですわ」


 因みに、出席番号順で班が決められる以上この二人ーーー八嵩 セイシュウとリィル・フレージュも同じ班になる。レオンを見詰めるセイシュウの眼差しは、まるで眩しいものを見るようなーーーそんな、憧憬の感情が込められていた。この、妙に実しやかな心情が込められていそうな熱っぽい視線は、校内の一部の女性層が、ある噂を囃し立てる程には色々な意味で怪しい視線だ。


「他人がどう思おうと僕には関係無いさ。それに、個人的にはこの趣味悪くないと思っているからそう悪く言わないでくれよ」


「一緒に居る私の身にもなってほしいですわっ!! …お蔭様で何かと変な噂が立てられていますのに」


「おや? 僕は、『一緒に居てくれないか』って言った覚えが無いんだけど…おっかしいな。僕が記憶していないことを覚えているだなんて、流石は学年一平たいむ」


 セイシュウが掛けている伊達眼鏡にひびが入る。


「最低ですわ、最っっっっっっっ低ですわっ!!」


 全霊の力を込めたリィルの拳が彼の、顔面に打つけられたのだ。錐揉み回転状に飛んで行こうとしたセイシュウだったが、


「校舎破壊は禁止なんだって!」


「てぇっどぉっ!?!?」


 ディーの持つ、箒の柄が彼の顔面を正確に捉えた結果、彼の身体は床を滑り、静かに壁に打つかった。


「こんな所に大きなゴミがありましてよ」


「お〜、大きなゴミがあるみたいだね〜。だけど塵取りじゃ入らないかな〜」


「でしたら直接焼却炉に入れてしまった方が良いですわね。行きますわよ!!」


 そうして、ゴミは何処かへと運ばれて行き、レオンとディーの二人が取り残される。

 リィルとオルナが塵取り等の掃除道具を置いて行ったので、それを使いながらゴミを集め、ゴミ箱へ。


「レオン坊や。そ〜この魔法装置の魔力マナの残量を確認してくれ〜」


「ほいほいっと〜…ん?」


 レオンは教室の窓際に設置されている魔法装置を開けようとしたが、ふと外から聞こえてくる生徒の会話に耳を傾けた。


ーーーえ〜、そんなこと言っても面倒臭くない? それに私としては…って分かるっしょ〜?


 それなりに大きな声で話しているのか、声は聞き取り易い。


ーーーそもそも由来って何なの? ほらやっぱ、由来ってあるじゃん? この学校で言う創立記念日とかさ。聞いたことないんだよね。


ーーーあー! 言われてみれば確かに! でも私も…由来は分からないな。取り敢えず! 楽しんじゃえー的な? そんなニュアンスだからさー。


「あでっ!?」


 とある祝日の話をしているようなのだが、丁度その日の名称と日にちが聞けたところで背後から拳骨が振り下ろされた。


「…(な〜に)を聞き耳立てとるんだ」


 それは眼を細めて呆れ顔を見せるディーによるものだった。

 思い出したかのように足下の装置の目盛りを見て、残量を伝えたレオンは頭を掻いた。


「あ〜いや、何か外で話してる日付に引っ掛かるものがあってな? それが何だったか…さっぱり分からん! なんだ」


「…い〜つの日だ?」


 ディーも頭の中で、進路相談や部活の合宿、参観日等様々な学校関連の予定を浮かべていく。基本的にそういった日付を覚えていないレオンが、「日付に引っ掛かる」と覚えがあるような発言を言ったのなら何か、重要性がある日付でもおかしくないからだ。

 特に、彼の祖父に関する予定に彼やオルナが出席するものがあるのなら、ディーの“もう一つの立場”上必ず把握しておかねばならない。

 だが、その日付を訊いても彼の頭の中でピンとくる予定は無かった。


「爺さん関係の予定でないのは確かだが…う〜ん…さっぱり分からんな!」


ーーーぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!


「…そ〜うか。な〜ら…そう気にすることでもないと(お〜も)うんだな」


「いや…何だったかな。それなりには大事なことだったような気がするんだ」


 謎の悲鳴は無視された!


「お前さんがそこまで…誰かと予〜定でもあったのだったら、納得は出来るんだな」


「誰かと…予定…? 予定か…確かに、何かの予定を入れようとしていたような気が…」


 後少しで思い出せそうな感覚を覚えるレオンだが、幾ら考えても答えは出そうになかったーーー


* * *


「……」


 夜空を見上げながらレオンは一人、物思いに耽っていた。

 『ティンリエット学園』を卒業した「あの日」にようやく答えを思い出し、数ヶ月が経過したこの日。

 彼は一思いにただ労働に励み、そんな毎日がとうとう終わりを迎えたこの日の彼の手には、一つの小さな箱が握られていた。


「…ようやく…ようやく…だな」


 箱を上着のポケットへと、慎重に忍ばせた彼の脳裏を、様々な想い出が駆け巡っていく。

 思えばいつも、彼の側にはその人物が居たのだ。いつも、いつもーーー彼女がそこに、居た。

 彼がその事実に気付いたのは、卒業式の日。学生としての生活の全てが終わった日に、気付かされた。

 いつもの四人で撮った、一枚の写真。四枚に現像したそれは今、それぞれが宝物として写真立ての中に飾ってあるであろう。

 実行部隊の一隊員として生活している彼は数日後、とある任務ミッションに向かうことになっている。部屋に戻った彼は、そのための準備を進めることにした。

 それなりには難易度の高い任務ミッションであるのだが、それ自体は不安に思わなかった。寧ろ最も不安に感じるのは、それが終わってからなのだから。

 それに、その任務(ミッション)に共に赴くのは、彼が最も信頼を置くことの出来る人物達。

 それは、「最強」と謳われている彼の祖父ではなく、いつもの三人。今はそれぞれ別部隊の配属となっているのだが、明日は初めて、四人のチームとして異世界へと向かうことになっている。

 頭脳派二人と肉体派二人による四人チームーーーそれは、学生時代の約束の成就だった。

 あら方の用意を終えた彼は、自身の得物を手に外に出た。


「……ッ!!」


 深呼吸と共に、型に入り技を繰り出す。

 肉体の疲れをまったく感じないのは、既に精神が高揚しているからであろうか。それとも、緊張によって感情抑制の箍が外れてしまっているからであろうか。二時間近くに渡って、自身が使える技や、魔法の確認をしてからは、纏めて襲ってきた疲れのあまり、座り込んでしまった。

 荒い息をどうにか整えて部屋に戻り、シャワーで汗を流し落とすと、彼はベッドに横になる前に、棚から本を数冊、取り出した。

 それらの本の内容はどれも似通ったものである。何故なら、そのどれもが、一つの目的の達成への道程について記述されているからだ。

 勉強は本気で、全力でお断りなレオンだが、学生時代と比較すると相当に進歩している。数ヶ月前までは読むことすら出来なかった文字が、書けるまでに至ったのには理由がある。

 要は卒業前に天才二人を専門講師にして、ひたすら勉学に励んだのだ。もしそれがなかったのならば、今読んでいる本でさえ、読めなかった可能性があるのかもしれないと考えると、彼自身自分の馬鹿さ加減に呆れを覚えてしまう程だったのだ。

 一頻り読み終えるとここで、瞼が重くなる感覚を彼は覚えた。なのでベッドに横になり、身体を休めるのだった。











 ーーーそして、任務ミッション前日の夜。


「…あぁ。分かってるって」


 椅子に座り、彼は自身の情報端末に向かって声を掛けていた。通信中だ。


『流石に寝坊とかは止めてくれよ? 僕達の前の部隊に、迷惑を掛ける訳にはいかないしね』


 相手はセイシュウで二人は今、明日の打合わせの最中であった。


「おいおい、寝坊なんざしないって。俺がいつまでも学生気分で居るだなんて思うなよ? これでも、小遣い稼ぎに仕事やってた時は、無遅刻無欠席だったからな」


『あははっ、それ言うのなら無遅刻無欠勤だ。レオンにしては良く知っていた…って、手を叩いてやりたいけど…嬉しくないだろ?』


「嬉しくなくて当然だ。教えてくれてあんがとさん。…で、他の二人には?」


『あぁ。連絡は事前に入れてあるし、リィルには改めてさっき確認してあるよ。だけど…』


 セイシュウが言葉を濁そうとしたと考えた訳ではないのだが、急かす意味を込めてレオンは、「だけど?」と言葉を鸚鵡返しする。


『オルナはもう…寝ちゃったみたいだね。連絡繋がらなかったから』


「お〜…っ、そ、そうか。…あいつは緊張感無いな」


『緊張感無いってよりは健康体なんじゃないかい? 後、彼女につられて変に言葉を伸ばす癖が付いたの、誤魔化さなくても良いからね』


「いや別に、口癖が写ったとか、そんなことはないからな〜?」


 言ってしまった後で、ハッとするレオンは、端末画面の向こう側から聞こえる得意気な声に、眉を顰めた。


『ほ〜ら、やっぱり癖が付いてるじゃないか』


「っ、ここぐらい伸ばしても良いだろう? いや、まず写る前もあの部分は伸ばしてただろうしな?」


『あっはは! 写る前って…認めたね? やっぱり写っているんじゃないか! ははははっ!!』


 元々言い合いの結果は分かり切っていたはずなのだが、ぐうの音すら出せなくされた彼は、集合時間と必要物品の確認をしてから通信を終了する。


「…いよいよ…明日か……」


 荷物の再確認を始めたレオンは、一番最初に入っているかどうか確認をした小さな箱を見詰めて呟く。

 成功するかどうかに対して、否定的な考えが心の隅を掠めようとしたのだが、前日に変に疲れ過ぎるのもどうかと思った。なので無理矢理考えないようにしてこの日も彼は、ベッドに潜り込んだ。











 瞼を閉じていてもそれと分かる、眩しい光が窓から差し込んでいることに気付いたレオンは、自分が横になってすぐに寝たことに気付く。

 「どっちが緊張感が無いんだかな〜…」と口には出さずに、心の中で考えていると、眩しい以外の感覚を覚えた。


「……ん…ん?」


 何であろうか。重い。

 身体に触れている感覚は普段使用しているベッドのそれなのだが、この日の朝はやけに布団が重かった。いつもなら両足を足を振り上げて、跳び上がるようにして起きる彼は、足が上がらないことを疑問に感じて眼を開けた。すると、


「お〜、起きてって言う前にレオンが眼を覚ました…!? やっぱり変わるんだね〜」


 男、レオン・ハーウェル十八歳。

 彼の思考が停止した。


「あれ〜? どうして固まっちゃうの〜? 私だよ私、分からない〜?」


 隊員服を着用した美しい赤髪の女性が、跨っていたのだ。


「お〜? 何か少し視界が高くなったような気がするな〜」


 彼の、腰にーーー


「どわわぁぁぁっ!?」「お〜っとと」


 そこでようやく再起動した彼は、全力で謎の状態から脱出すると女性から距離を取る。

 状況が全く飲み込めない彼は取り敢えず、時計を見て時間を確認するーーー現在の時刻、起床予定時間の一時間前だ。


「凄いね〜、朝から元気だね〜。元気なのは良いことだよ〜?」


「…そそ、そうだな」


「ん〜と、取り敢えずは歯を磨いて、任務ミッションに向かう用意をしてもらわないとね〜? はい始め!」


「お、おう」


 女性に言われるがままに、歯を磨いて、隊員服に着替えるレオン。どうやら思考はまだ停止しているようだ。

 鏡に映る、歯を磨いている自身の顔を見ると、とても顔が赤かった。「な、何なんだ〜?」と、冷水で顔を洗うと、先程の人物が、誰であるかについて思考が至った。


「…お、おいどうしてお前さんが俺の部屋に居るんだ? オル」


 歯磨きを終えた彼が先程の場所に戻り、彼女の名前を呼ぼうとする。だがその女性は、彼からしてとんでもない行動をしていたーーー!


「ちゃんと準備してあるんだ〜、偉」


 そう、彼の鞄の中身を覗いていたのだ! 彼はもう、焦るしかない。


「どわぁぁぁっ!?!?」「っと〜?」


 鞄を引っ手繰るようにして女性の視界から遠ざけ、“例の箱”が触られていないことを確認する。そして安堵の息を吐いたレオンは、改めて彼女の名前を呼んだ。


「オルナ! どうしてお前さんが!」


「ん〜? えっとね、折角だから向こうまでレオンと一緒に行こうかなって思って、来たんだ〜」


 「後ね〜」と言葉を続けたオルナは、机の上に置いてあったバスケットを手に取って微笑む。


「それをお母さんに言ったら、『あらあら…だったらこれ、朝ご飯。レオン君起こして是非、一緒に食べてもらって?』って、私の分とは別にお父さんの分の…四分の一かな〜? サンドウィッチくれたんだ〜」


 バスケットの蓋が開けられると、中には沢山のサンドウィッチが入った弁当箱があった。様々な具があり、カラフルなのだが、量が多い。

 この量の三倍を、余裕で朝に完食しているであろう彼女の父親にレオンは苦笑した。彼と似たような立場に居る男性なら誰もが思うようなことなのだが、彼はその人物が苦手なのである。


「ね〜ね〜、食べよ〜?」


「お〜、そうだな」


 彼女の母親に後日、お礼の言葉を伝えることを忘れないように机上の端末のメモ機能に文字を打ち込むと、床に腰を下ろす。そして、促されるままにサンドウィッチを口に運ぶ。


「ん〜、美味いな!」


「美味しいよね〜。私も今度作り方を教わるんだ〜♪」


 彼女の母親は、とあるお城の侍従長を務めている。なので料理の腕前は一級品だ。

 しかしその娘である彼女の、現在の料理の腕前はーーーお察しください。


「お、良いじゃないか。だが何でまた?」


 だがそれは基本的に、知識の無い彼女が謎のアレンジを行ってしまうからで、レシピ通りに作ることは不可能ではない。故に、調理実習であまりゲテモノが出来ないことを、かつてセイシュウが残念そうに言ったが、彼はその後学校で姿を見せなかった。

 そんなことを思い出しながら、レオンは純粋な好奇心から理由を訊いた。


「えっとね〜…それはね〜? …自分でじきゅ〜、じそくするためだよ〜!」


 彼が少し残念に思ったような感覚を覚えたのは、ここだけの話だ。


「ふ〜、美味しかった〜!!」


 お腹をポンポンと摩りながら立ち上がったオルナは空になった弁当箱をしまって、大きく身体を伸ばした。


「じゃ〜そろそろ、行こっか〜! 準備は出来てるよね〜?」


「…あぁ、勿論だ!」


 レオンも立ち上がり、荷物の確認を手早く済ませると力強い言葉で頷く。爛々と輝きを放つ彼の瞳は、言葉と同じ程に強い決意に満ち溢れていた。


「(…まずは前座ってヤツを終わらせないとな…そんで、その後は……ッ!!)」


 握った拳で一つの答えを掴むため彼は、身の丈以上の大剣を担いだ彼女の後に続いて部屋を後にするのだった。

 そう、ただ一つの答えを掴めることを彼はまだ、この時信じていたーーー











* * *


「‘…あれから…もう十五年…か……’」


 り抜かれたページの空間にポツンと収まっている小さな鍵を見詰め、レオンは長い夢から眼を覚ます。

 最初に思ったのは、初めてそこまで深く、その頃のことを思い出せたことに対する感心だ。まるで、この鍵が文字通り想い出の扉を開いてくれたような感覚に、暫く考え込む。そして、


「……」


 彼は、この艦を訪れて以来、一度も引いたことのない机の引き出しに手を掛ける。

 それは、もう開ける必要が無いと思っていた引き出しだ。何故なら、


「早いもんだな…もうそんなに……」


 ーーー渡せなかった、渡したかったものがそこには、収められているからだ。

 それは、形あるものと、形の無いものの二つであり、いずれも彼が、その日のために自分の懐で温めていたものだった。


『…っ、ぅっ、ぅぁ…っ!! ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!』


 希望が絶望に変わった時。夢が悪夢に変わったばかりの時の、悲嘆に暮れた自身の慟哭が聞こえたような気がした。

 ただ泣くしかなかったのだ。

 もう、本当にどうしようもなくて。誰も、頼れなくて、ただただ、自分の非力さを嘆いて、子どものように叫ぶしか想いを吐き出せなかったのだ。

 ーーー今は、「若かったな」と一言で済ませることが出来る辺り、時間の経過を実感させられる。今までこの現実に対して、内心背を向けていたので、実感が強くなった。

 彼は鍵を引き出しの鍵穴に差し込み、回すとカチャリと鍵が外れる音が聞こえた。

 そして、引き出す。風が溢れるようにして彼の隣を抜けて行ったのは、恐らく微かに開けられた窓から、風が入ってきていることによるものか。

 中に入っていた小さな箱を取り出すと、レオンはそれを懐かしむかのようにそっと机に置いて中を開く。


「…はは。暫く見ていない間に少し色が〜…くすんだか〜…?」


 中に収められていた、それの輝きは記憶にあるものよりも、鈍かった。見る影も無いーーーとまではいえないものの、それでも確かな時間の経過を感じさせる変化をしていた。

 ーーーそう、指輪だ。

 彼はあの日これを彼女に渡して、そしてーーー


「…本当に…未練タラタラだな〜。いつまでもこんな物を……」


 とある世界で「クリスマス」と名付けられているこの日ーーーそれは同時に、もう一つの特別な日であった。


『くそ…っ! 何も…守れないのかよ俺は…ッ!! こんなにも…こんなにも…無力で……弱いのかよォッ!!』


 そう、オルナ・ピースハートの誕生日だったのだ。

 『豪雪の悲劇』ーーー彼女の命日は、同時に彼女の誕生日でもあったのだ。

 「あの頃よりも俺は…強くなったか?」と自問し、「いや…何も変わっていないな」と自答する。そして、その答えに歯噛みする。

 彼女の姿を模して彼の前に姿を現した、謎の悪魔。後にセイシュウの調べによりそれが、あの悲劇を扇動せし存在だと判明している。

 「討たなければ」と、三人は答えを出している。そうしなければ殺された挙句、姿を模された彼女が報われないと思ったためだ。

 だがそれを実現するためには、実力が絶望的なまでに不足していた。以前の会敵で文字通り、手も足も出ずに敗走させられたことが、それを裏付けている。

 壁に立て掛けられている大剣を見てレオンは、深い溜息を吐くーーー剣技で敗北を喫したのが、悔しかったのだ。例えその剣術が鏡であったとしても。


「…いつまでも隊長の立場で胡座を掻く訳にもいかない…よな〜」


 薄らと思い起こされるあの時の自分の幻を横眼に窓の外を見遣る。

 彼は今の騒動の全てが終わったら、この艦、『アークドラグノフ』をすぐに元の『狭間の世界』に戻すつもりだった。何故ならそこが、彼が想い出を置いて行った場所その場所なのだから。


「…それに隊長である俺が弓弦達の足を引っ張る訳にはいかんしな……」


 悪魔との戦闘の際、悪魔の攻撃を簡単にあしらったフィーナは、まだ余裕を残しているように彼には思えた。セイシュウと二人掛かりで挑んで何も出来なかった悪魔に対してだ。

 ここで問題なのは、単にフィーナが強いという訳ではなく、部下に守られている自分の弱さであった。

 彼が隊長になったのは、自身の手で部下を守りたかったからだ。

 だが、今の彼にはその力が無い。親友二人と九人の部下を守る力が無かったのだ。


『この拳は! 俺の拳は! 誰かを守れるんじゃなかったのかよ爺さんッ! 何も守れないじゃないかよッ! くそッたれぇぇぇェッ!!』


 そんな、かつての自身の声が聞こえたような錯覚を覚え、「そんなこと…言ったな〜」と遠い眼をする。


『何が大元帥の孫だ! 守りたいと思った人、一人守れないなんて……だったらこんな拳…俺はッ!!』


 その時だった。











ーーーそんなこと…ないよ〜?


 そんな声がどこからか聞こえたような感覚を覚えたのは。


「っ?!?!」


 一際風が吹いてカーテンを押し上げた。あまりに強い風だったので眼を細め、瞼を閉じようとした一瞬に、何かが顔に張り付くのが見える。

 バッと眼を開けてそれを指で摘んでみると、それは一本の髪の毛であった。


「……」


 真紅色の、髪の毛であった。

 恐らく、十五年前に彼女が鞄を開けた際、たまたま髪の毛がこの小さな箱に付いたのだろう。

 ほんの少しだけ、一つの予感に期待を膨らませもしたのだが、考えを打ち切ったレオンはそれを箱の中に収められていた物に結び付けると、大切そうに箱を閉じ、引き出しの中にしまった。


「…そんなこと…ないか。そうか〜、そうだよな〜。手が無ければそもそも、今から新しく何かを守ることが難しくなってしまうからな〜…」


 窓の外を眺めながら一人呟くレオン。彼の視線の先では、仄かに明るくなりつつある空が窺え、次の、新しい一日の始まりが訪れようとしていた。

 少しの気紛れが生んだ過去の回想と、一つの発見。それらは、動き始めた歯車を回すための潤滑油として機能しようとしていた。

 軋みを上げて回っていた歯車は回る。回り、そしてーーー












「…ま、考えとくか〜!」


 男に新たな、一つの決意をさせるのであった。

「…長い! どうして話毎に文字数の違いがあるのっ!? こんな…こんな番外編がこんなにも長くなるだなんてあり得ないよ、ね? 弓弦♡」


「…ん? 別に構わないぞ俺は。そもそもクリスマスって言うのは皆の日だからな、別に独占なんてしなくて良いと言いたいんだが……」


「え~っ!? 私と弓弦、二人だけのクリスマスって何か素敵だと思わないの? ほら、朝から二人で水族館行って、夕方からはイルミネーションで飾られた街を歩くの。んで、深夜からはラブホに直行して、朝まで互いの愛を確かめあうのって凄く良くない?」


「…何故水族館に固定されるんだ? 別に行くところなんて、遊園地でも動物園でも、映画館でも良くないか?」


「それじゃあロマンチックじゃないよ」


「ロマンチック…? いや別に遊園地とかでも中々悪くないと思うが」


「う~ん…確かに、観覧車乗ってる間で交わったり、映画館の暗闇に交わったり、動物園で獣みたいに交わったりするのも悪くないと思うのだけど…それは何か、いつでも出来るからなぁ。ちょっとロマンチックじゃないって思っちゃって」


「…普通はやろうとも思わないけどな? 大体、どうして突然ロマンチックがどうこう言うんだ?」


「だって弓弦、乙女座の男でしょ? ロマンチストじゃん。ロマンチックあげたい人でしょ?」


「……まぁ、面倒だし否定はしないが」


「否定は出来ないよ。だって弓弦はそう言う人だもん」


「…はいはい、そう言うことにしとけ」


「うん♪ 取り敢えずここでヤろっか」


「取り敢えずの意味が全然正しくないけどなっ。それに、こんなところでするのは情緒もへったくれもないだろう」


「情緒なんて、どうでも良い」


「おい…っ、さっきまでの自分の言葉を一語一句間違えることなく思い出せ」


「私がヤろうと思った場所、そこが私と弓弦の初めての場所。…弓弦喜んでくれるかなぁ…えへへっ♪ 私も頑張って受け止めないと…「っておい! 脱ぐな脱ぐなっ!!」…え? だって兎に角ここでヤるんじゃないの?」


「はぁ。…あのな、知影…初めって結構…大切だと思う。だから…な? こう言う場所じゃなくて、ちゃんとした場所で行った方が、絶対に良い思い出になると思うよ」


「……」


「…知影?」


「弓弦が…今日初めて私の名前を呼んでくれた……っ♡」


「…あぁ、言われてみればそうだな。だがそんなに感動する…って、涙!?」


「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……♡ 幸せ…っ♡」


「…? 良く分からないが…まぁ、なら良かった。じゃあまぁこれこそ、取り敢えずは予告だな『…来た道をなぞるように進むピュセルで語らいをするアンナ先輩とボク。このままアークドラグノフへ一直線! …と、言いたいっすけど…どうやらそうもいかない様子っすね……先輩、何かあったっすか? ーーー次回、粒子が阻む』…向こうに着くまでボクは、オルレア・ダルクっすよ。…て、何だぁこれは!?」


「名前……呼んでもらっちゃった……名前ぇっ♡ 弓弦……大好き…もうほんっと…狂おしいぐらいに愛おしいよぉ……っ♡」


「…あぁそうか、これが次の章からの予告形式になるのか…と言っても、まだ後一話、残ってるいるんだが……先んじての形式発表……ねぇ。レオンじゃないがさっぱり分からん。…よし、帰るか。知影」


「ひゃいっ!?」


「……おい、お前今日ちょっとおかしくないか? 何か変にヒロインしているような気がするんだが……?」


「失礼だよそれ。私これでもヒロインだよ。自分でこれ呼ばわりしちゃったけど。…弓弦の……未来のお嫁さんだよ? 子どもは沢山欲しいな」


「……俺の気の所為か。じゃあ、帰るぞ」


「そうだね……」


「……」


「……」


「…おい、いつまでも座ってると置いてくぞ?」


「…ぇっと……あの…弓弦……」


「…立てないとか言わないよな。お前に限ってそんな純情な……は? おいまさか」


「うん…そのまさか…名前呼ばれたのが嬉しくて腰…砕けちゃった……っ」


「……」


「……え、何その反応…まるで見てはいけないものを見ているような眼で私を見て……ぁぁぁでも、もっと見て、私だけを……見て♡」


「……こんな日もあるんだな……っ」


「…感動してる…?」


「あぁ、圧倒的に感動してる。…ほら、腕回せ」


「ぁ……うん♪」


「…何か明日は槍でも降ってきそうだな……流石に、こうも変なの見せられると……」


「弓弦の腕の中…弓弦の……心臓の、音。はぁぁ……これが私の未来のお婿さんなんだねぇ…っ♡」


「…いかん、鳥肌がって、これが普通だ普通…普通の女性だ……」


「……ぁ」


「…まぁ、そんな日が本編で到来することを願ってだ……ほら」


「…おでこにキス……最高♡ …弓弦の唇……柔らかいなぁ……っ♪」


「…避け臭いな、こいつ」

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