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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
184/411

波乱に仰天す

 女性三人が喫茶店で一日を過ごしている映像が流れているテレビを見ながら、三悪魔は時間を潰している。


「きゃっほ〜♪」


 暫くすると、元気な声が遠方より聞こえてくる。

 まだかなり遠い位置に居るようでその姿は見えないのだが、声から声の主がご機嫌なのは容易に想像出来よう。

 クロが小さく笑った。

 いつもは揶揄からかい、お仕置きをされる立場にあることが多い彼だが、一応応援しているのだ。何とはいわないが。

 ヴェアルが新しく湯呑に紅茶を淹れて、身体を入れている炬燵の四隅の、空いた残り一隅に二つ置く。バアゼルの視線はテレビに向けられたままだ。


「たっだいまなの〜っ♪」


 元気な声と共に現れるシテロと、疲労の色を顔に示しながらもどこか、晴れ晴れとした面持ちの弓弦。

 一人と一悪魔は生まれたばかりの姿ではなく、それぞれが衣類を着用していた。


「…悪くない造形だ。此れが先程の布から造られたのか……」


 テレビが消された。


「ユールが縫ってくれたの。凄いの」


「弓弦の手造り衣類…と言うか、どうやったらこの短時間で衣類一式を縫うことが出来るのにゃ。色々と考えられにゃいのにゃ」


「はは…まぁそれは努力と根性で何とかしたと言うことにしておいてくれ。…ふぅ、疲れたな」


 当然弓弦が利用したのは『萠地ノ扉』の先にある空間だ。向こうで時間の流れを最高倍速にして、大急ぎで衣類一式を製作したのだ。

 布の量としては一切れすら無駄に出来ない正確な裁断等が求められる中、彼は無事にそれらをやり切った。「布を多く購入していて良かった…」とはその時の彼の呟きであるが、追加分が無いので、服にズボンにスカートに下着それぞれに適した繊維の布を効率良く用いることになり、すると当然、完成図はたった一つに限られてくることになる。

 そしてたった一つの完成図即ち、シテロのご機嫌の秘密であり、要するにペアルックである。


「ほぅ、似合っている…と言えば良いのか。造られた物質とは造り手の意思を、心を映し出す鏡だ。眩しいな……」


「ユールの手造り…私の身体にビッタリ合ってるの。でも、ユールに私の身体を全部知られてるみたいで、嬉しいけどちょっと恥ずかしいの…」


 彼女の言葉通り、服のサイズは彼女に合うよう造られている。まるでオーダーメイド品(実際その通り)のようで、その着心地は素晴らしい。別にシテロは、もう少し袖が長かったり、スカートの丈が短くても構わなかったのだがこれが、長い。

 今の彼女の姿を評するのならば、清楚といったところであろうか。


「い、いや…まぁ…分かるものは分かるものだし、別に計ったとかそう言う訳じゃないからその点は安心し……」


「…今何か変なこと考えたの」


 途中で尻窄みになった弓弦の言葉をシテロが、聞き咎めるかのように紅茶を口に含む。後ろめたい何かがあること丸分かりである。


「…変なことは考えてない」


 かつて知影と同化していた名残として、弓弦の身体能力は本来のものと比較して著しく向上している。

 そんな彼にとって目測など容易いものだ。そして、シテロの身体の正確なデータなど器具で計測したことなど無いので、正確なサイズの衣服製作を行ったということは即ち、本人が図らずも測ってしまったという訳だ。弓弦は今更ながらそのことに気付いたため、居心地悪そうに視線を泳がした。


「ユール、ちゃんと言うの。考え…分かってるの」


「…すまん、お前の身体…多分脳裏に焼き付いてる。サイズが良かったのは多分、いや、間違い無くその所為だ」


 隠す必要性が別にある訳ではないのだが、自ら進んで言うような言葉ではなかったので敢えて言わなかった彼だ。なのでシテロの追及に対して素直に謝罪の言葉を述べるのだった。


「〜〜っ!!!!!!」


 シテロの顔が見る見る内に赤くなり、身体を抱くようにして僅かに弓弦から身を離す。


「…仕方が無いの。ユールにはいつか責任を取ってもらうから」


「…見せてたのは寧ろ、意識する前のシテロじゃ…にゃ? 支配の「黙れ」…っ!?!?」


 バアゼルの発動した“サイレント”が不埒悪魔の口を塞ぐ。

 暫くの間口に手を当てて抵抗していたクロであったが、やがて諦めたのか背中を向けてちょこんと座った。


「責任? 俺で取り切れるものならば良いんだが……」


「大丈夫。寧ろユールにしか取らせたくない責任なの。それ以外は嫌なの」


「俺にしか?」


「い、今は良いの、まだ!」


 これ以上に無い程に顔を真っ赤にした彼女は、「あ、暑いの」と言って、先程まではクロが入っていた部分の炬燵に移動する。

 謎の行動に首を傾げる弓弦であったが、二悪魔分の視線を受けて彼女に対しての追及を止めた。妙に、向けられている視線が居心地悪く感じたのだ。


「さて、そろそろ戻ろうと思うんだが良いか?」


「…好きにすると良い。肉体の疲労は粗方回復しているだろう。然し未だ頭痛を感じる場面があるやも知れん」


「あぁ、気を付ける」


 紅茶を最後まで飲み切ると、弓弦は身体を炬燵の中に潜らせる。

 中にには意識を外の世界に戻すためのワープホールが、縦渦を巻くようにして彼の視界に入っていた。


「‘…そう言えば、やらないといけないことがあったな……’」


 一人呟き、迷うこと無くその中に身体を入れた弓弦の意識は、一瞬にして遠退いていった。


「…然龍」


 弓弦の身体が炬燵の中に、完全に入ってからバアゼルが口を開くと、シテロの身体がビクッと震えた。


「…良いの。今は多分…迷惑になっちゃうの」


「駆け引きとは、文字通り引き際も大事だが時としては、強気に攻めねばな。勝てるものも勝てんよ……」


「私頑張ったの。ちゃんと攻めたの」


「…賢狼」


「…言葉が過ぎたか」


 言葉で制され、熱を持ち始めた自分の舌に狼悪魔が苦笑すると、シテロの姿が小さな龍のものに変化した。

 明らかに不機嫌さを感じさせるように唸った彼女は、炬燵から少し離れた所まで飛んで行った。


「っ、ぷは…っ! やっと解除されたのにゃ」


 去り際に捨て台詞を残していった彼女だったが、それは二悪魔を動揺させてしまう程に強烈なインパクトを放った。

 口は封じられていたもののちゃんと会話内容は聞こえていたクロが、一悪魔苦しそうに肩を震わせる。まるで呼吸が出来ないといわんばかりに、腹を抱えて笑い出した彼が聞いた言葉はこうだ。


「バアゼルもヴェアルも、人間のお父さんみたいなの」


「お父さん…た、確かに『斯様な事をして(にゃに)ににゃる』とか『傍観することも一つの協力と言うものではある。にゃにも悪戯に手を出すことではにゃいのだよ』とか言っていた割には、いざとにゃると口出ししてばかりだったから…ぷっ、その通りにゃのにゃ……っ」


 悪魔猫の笑い声が響く中二悪魔は、そのまま暫く固まっているのであった。


* * *


 月が傾き始め、街中が静けさに支配され始めると、知影の脳裏にある予感が浮かんだ。


「弓弦が起きた!」


 突然走り出した知影は脇眼も振らず、一直線に『シリュエージュ城』への帰路を踏み続ける。

 心を覗いた訳ではなく、それは形の無い予感でしかなかったのだが一瞬にして確信に変わった。何のことはない、今度は彼の心を覗いたのだ。


「まったく忙しいな。落ち着くと言うことを知らないのか彼女は……」


「クス…」


 先程まで時折ウズウズと、落ち着きのない状態でアンナ、風音と行動を共にしていた知影は事ある毎に、口が「弓弦」と動いていた。

 見兼ねたアンナが本人に確認をすると疑問符を浮かべられたものだから、どうも無意識であるらしい。「もう病気だな」とは急いでその後姿を追い掛け始めたアンナの、内心での呟きだ。

 またこの時、彼女脳内に浮かんだ疑問符は一つではなく、二つだった。それは、何を疑問に感じたのかさえ疑問に感じてしまう、答えが存在していないような疑問であった。


「ゆっずっる〜っ♪」「きゃっ!?」


 そして彼女達二人が開けられた家の扉を潜った時には、既に知影が椅子に座っている人物に歓声を上げて抱き着いている場面であった。


「弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓「や、やめるっすぅっ!!」」


 否、抱き着いている場面よりは、襲われている場面の方が正しいのかもしれない。


「風音ぇぇっ、先輩ぃぃぃっ!!!! 助けてくれっすぅぅぅっっ!!」


 現に本人が助けを懇願しているので、急いで二人が救助に足を踏み出すとその顔を、何かが掠めた。


「お楽しみ中です。そこから入らないでください」


 視線を足下に落とすと、そこに突き立てられている二本の矢。


「っ、人の家の床に矢を射って突き立てるだと…? もし床が抜けたらどうするつもりだ…ッ!!」


「アンナさん…それよりも先に言うべきことが……」


 踏み込みたいのは山々な二人だが、一瞬にしてオルレアの身体を縄で縛り、弓矢を構えた知影の牽制により近付けない。


「…オルレアを離せ」


「どうして離さないといけないの? 弓弦は私の旦那様なのに…ね? 弓弦?」


「っ、ボクは弓弦じゃなくてオルレアっす…!! ひゃっ!?」


「弓弦でしょ? 演技はもう良いよ? ね?」


 恍惚とした表情を浮かべて弓弦の耳元で囁く知影だが、警戒は解かれない。番えられたやじりは二人を捉えており、踏み出せば一瞬にして彼女の手を離れた矢が飛来することを示していた。


「ち、違うっす。ボクは「弓弦?」きゃんっ!?」


 オルレアの懇願も全く耳に届いていないその様子は、まるで人の心を失った鬼のようだ。

 彼女の頭の中では今この瞬間も、脳内彼氏と呼ばれる存在が囁いているのだ。今の彼女は要するに、どう考えても狂った痛い子といって差支え無いであろう。


「‘…タイミングを合わせて仕掛けるぞ、良いな’」


「‘同時攻撃ですね。畏まりました’」


「弓弦〜♪ すぅ…はぁ♡ 女の子の匂い…ねぇ、また下着にしてくれないかなぁ?」


「だ、だから人違いっすぅ「嘘」」


 様子を窺う二人の前で、食い気味にオルレアの言葉を打ち消した知影の眼から光が消える。


「だって、私が『弓弦』って呼んだ時反応してたでしょ? それに? 演技してるだけで、ちゃんと弓弦の意識はあるでしょ? あるよね? 大丈夫私は分かってるよ? 弓弦のこと、全部分かってる…ふ、フフ…ふぇへへ…♪ だって弓弦は私の未来の王子様だもん……私は弓弦の奥様なんだから当然弓弦の全部…全部…全部全部ぜ〜〜んぶっ!!!! 知ってるから…だから嘘を言っちゃ駄目だよ? 私弓弦に嘘吐かれると、どうしようもなく嘘を吐かせた女狐達を殺したくなっちゃうの。だって弓弦は悪くないもん。悪いのは全部、弓弦に嘘を吐かせる女狐。弓弦は優しいもんね、だから屑で下衆な女狐達が集まって来ても拒めないんだよね。…だから私が、ちゃ〜んとっ、しなきゃな〜。弓弦が拒めない女狐共を抹殺しなきゃ…だって、弓弦が好きなのは私だけだもんねっ♡」


「……!?!?」


 左右に振る首の全力さといったら、凄まじいものだ。

 涙を滲ませながら必死に助けを求めている美少女の瞳に見つめられ、どちらかが僅かに足に力を入れたのか、床が微かに軋んだ音を立てた。


「きゃぅぅぅぅぅんっ!?!?」


「う〜ん…やっぱり弓弦は凄いなぁ。こんなに可愛い女の子の演技も出来るなんてぇ…スリスリす〜は〜す〜、あ``ぁ〜、可愛いよ弓弦、可愛いよぉぉぉっ!! 世界一? 宇宙一? あぁもうっ、可愛過ぎるよぉぉぉっ♡」


「‘今だっ’」「っ!!」


 知影の手に込められた力が緩んだ瞬間、踏み込んだ二人は別方向から彼女に肉薄しようとする。が、謎の寒気を同時に感じ、身体の向きを横に切り変える。

 そして直後、その位置に現れた矢が壁に突き立つのに時間は掛からない。当然アンナの眉間による皺が増える。


「来ないで。今はお楽しみ中です」


「ん…ぁ…知影止め…ぇっ!!」


「…ふざけた真似を」


 舌打ちをしたアンナが言葉を吐き捨てるとそれがおかしかったのか、「ふざけてないよ。弓弦に対しては、私はいつも本気だから」と嘲るかのように笑う彼女の、斜め背後から矢が飛来する。

 風音が至近距離で掴んだ矢を投げ返したのだ。

 まるで弓矢によって放たれたかの如く、高速で直進する矢は、武器(セレイズボウ)を弓形態から短剣形態に移行させた知影によって弾かれ床を滑る。

 その隙を見逃すアンナではない。

 彼女がオルレアを傷付けないことは分り切っているので、それを逆手に取ってオルレア側から彼女の奪還を試みる。


「何っ!?」


 しかし振り切られたはずの彼女の腕は、次の瞬間には元の位置に戻っている。

 それはまるで、人の技とは思えない程に素早い身体捌きであり、アンナの眼にはまるで、瞬きの瞬間に彼女の動作が、リセットされたかのように見えた。

 そして短剣を握った手が伸びるのを裏拳で弾こうと身体を運んだ瞬間。再び寒気を感じて跳躍した。


「甘い甘い♪ それも読んでるから!」


 突如放たれた矢を避けたアンナを追うようにして、縦に放物線を描くかの如く矢が複数放たれる。

 言葉通りアンナの動作全てを予測しているかのような彼女の行動にーーーというよりは、仮にも人の住まいに、遠慮無く矢を放っている彼女の道徳心に対してアンナは絶句させられる。

 しかし地獄にも仏ありか。それらは全て風音の手に掴まれて事無きを得た。


「っ、知影…いい加減にするっすよ…!!」


「ん?」


 そしてその僅かな時間に、ようやく事を収められる人物の拘束が解かれた。縄は焼き尽くされ、その存在を塵に変えている。


「え…どうして」


 流石に予想外だったのか、動きを止めた知影の視界一杯に移ったのは、白い紙の重なりが生み出した、古き良き文化の創造物。


「な、いつの間に……?」


 先程までアンナの腰に提げていた部分からはもう、消えている。一瞬の早業には一瞬の早業での対応だ。


「溜まりに溜まった蓄積分、全部持っていくっすぅぅーーッ!!!!」


 快音が響き渡り、静かな夜空に吸い込まれていった。











「まったく…家の中で矢を放つなんて勘弁してほしいっすよ。ボクにしたことはまだ良いとしても、人様に迷惑を掛けるのは駄目っすよ知影」


 適度な力加減で放たれた矢によって、穴が空いてしまった家を補修している知影の背中に声を掛けながら、オルレアは抱き着かれるまで食べていた檸檬れもんの蜂蜜漬けを再度食べ進めている。


「それに何度も言うけどボクはオルレアっす。弓弦じゃないから、間違えないでほしいっす」


「は〜い♪」


 楽しそうに作業を進めている彼女ではあるが、その背中からは殺気を放っている。


「助かったっすシテロ…」


 その殺気はまっすぐ、弓弦の正面に座っている緑髪の女性に向けられていた。

 そう、先程縄を炎で焼いてオルレアを助けたのは、瞼を擦って眠たそうなシテロのだった。


「ふぁ…どういたしましてなの。ユー…オルレアが無事で何より…ふぁ…なの」


 何度も欠伸をしているシテロだが、先程まではオルレアの中で眠っていたのだ。

 しかし何かテレビが煩いと思って眼を開けてみると視界に飛び込んできた光景があった。

 それは襲われてるとしか思えないオルレアの姿が映っている液晶画面だったので急いで助けに現れたのだ。

 今は折角出て来たので戻るのが嫌なのか、それとも単なる暇潰しなのか、ボーッと椅子に座っている。だから知影の殺意の込められた視線に当てられているのだが、当の本悪魔は気にしていないようだ。


「…オルレアよ。これは何とかならんのか?」


「これ言わないでよ女狐。殺されたいの?」


「クス…アンナさん、今は御構いにならない方が賢明かと思いますよ」


「ふふ…どうにか出来たら既に、どうにかなってると思うっす……」


 オルレアの言葉はまるで、他人事のような響きがあったが、その眼は死んでいる。内心、「先輩の家を壊してしまった」という申し訳無い気持ちで一杯なのだ。

 その時だ。

 風音の隣、アンナの斜め前、オルレアの正面から切なそうな音が聞こえてきたのは。

 自然と三人の視線は一悪魔に集まり、一悪魔の視線はオルレアが食べている蜂蜜漬けに注がれていた。


「…オルレア、これ…ちょっとだけ食べたいの」


「良いっすよ。はい」


 一つ返事で頷いたオルレアは、フォークを檸檬れもんに刺して、取り出す。黄金色のヴェールに包まれた檸檬れもんが、開かれた彼女の口に運ばれていく。


「は〜〜む…ん〜♪ 美味しいの〜♡」


 フォークが抜き出されると、シテロは頰に手を当ててニコニコと微笑みながら口を動かす。

 そんな彼女の様子を窺っていたオルレアも笑顔になり、自分の口に檸檬を《れもん》を運ぶ。すると視線を感じた。


「ん? 先輩と風音も食べたいっすか? 良いっすよ♪」


 少しの間だけ考えた後にオルレアは、檸檬れもんをフォークの先に刺すと人懐こい笑顔を見せる。

 彼女はただ、皆で仲良く出来る空間を提供しようと努めているだけなのだが、その意思とは裏腹にこの時ら冷戦が勃発しようとしていた。

 空間の温度を感覚的に下げた原因である、いつの間にか修繕を終えた知影はオルレアの背後に立つとその顔を、フォークへと寄せていく。


「あうっ!?」


 その頭にハリセンである。

 知影は床に沈んだ。


「…食べないっすか? なら別に良いけど……」


「でしたら、僭越ながら私が頂戴しましょう。宜しいですかオルレア様?」


 言葉こそ丁寧なのだが、その瞳は笑っていない。笑顔なのに、眼が笑っていないのだ。

 まるで、錆びた機械の駆動音が聞こえてきそうな首の回し方でアンナを見たオルレアは、軽く青褪めた表情を彼女に見せた。


「…先輩は良いっすか?」


「フン、構わん。どの道まだ残りがあるだろう? 私は後でそれを食べるだけ「無いっすよ?」…っ?!」


 こちらも顔が青褪める。


「これで最後っす。檸檬れもんも蜂蜜も、丁度使い切るように買ってたっすから…少なくとも今日中に新しく作るのは無理っす」


 立ち上がった彼女の指が指し示したのはキッチンに掛けられた一つのバインダーだ。

 食材の名前と量が細かく書かれており、今日の日付の欄で檸檬れもんと蜂蜜にバツマークが記入されていた。


「…明日は…」


「明日はハンさん達に会いに行くんすよ? だから買物に行く時間は無いし明日は特売日じゃないっす。後二日で特売日っすから買わないっすよ、絶対」


「だが所詮檸檬(れもん)と蜂蜜だ。そう大きな出費にはならないだろう」


「なるから言ってるっす。お金は先輩のポケットマネーから出ている訳っすから、ボクが使う分には一円足りとも無駄には出来ないっす。塵も積もれば山となるから…その取っておいた一円が何かの役に立つかもしれないっす」


「守銭奴か!! …別に私の金なのだからどう使おうが私の勝手だろう。だから私が良いと言えばそれで良いんだ。そう思わないのか」


「そうっすね。ボクもその意見に異論は無いっすけど、家計をボクに任せたのは先輩っす。だからボクは先輩唯一の部下として、先輩がどこで、幾ら使っても対応し切れるように家計を遣り繰りしなければならない、大事な大事な役割があるっす。世の中には夫に対して小遣い制を取っている家庭がよくあるっすけど、そんなケチなことはしないっす。先輩のお金だから先輩が十二分に使っちゃえば良いっす。ボクは守銭奴じゃなくて、家計を預かる一人の主婦っすから」


「ぐ…っ、分かった。そこまで言うのなら折れよむぐ…?」


 不満あり気に言葉を続けていたアンナの口に入る何か。

 それが檸檬れもんだと判断するのにはそれ程時間を要しない。


「ふふ…隙ありっす。はい、風音も。あーんっす」


「…あ…ん…っ。ぁ…美味しゅう御座います……」


 足元から強い視線を感じるが、オルレアは一つだけ容器内に残しておいるので、その点についてはちゃんと用意してある。

 本人は殺気を放つことに夢中で気付いていないようーーーというより、


「じゃぁひゃうっ!?」


 この変態は、オルレアの足を舐めるという恐ろしい行為をしたのであった。

「……トウガ」


「何だ?」


「出番が…無いよ」


「確かに無いな」


「…出番増やしてほしいんだけどな」


「…俺に言われてもな、何もすることが出来ないぞ。任務ミッションにも行けないから、大して変化のある毎日を送っている訳ではないだろう? お前は基本、VRルームに籠っている訳だしな。一々お前が一人稽古する様子を描写していても意味が無いだろう。お前メインの話じゃないんだからな」


「…メタだけどさ。今って誰メインのお話なんだろ? 章毎にメインの人物が存在するのは分かるんだけど……」


「…そうだな、基本的に読んでいれば把握出来ると思うんだが…ルクセントお前、まさか本気で把握していないのか?」


「うん。だから訊いているんだけど……」


「…。‘まぁ最初の頃ならまだしも、もうそろそろこの章も終了するから良いか。’元帥だ」


「元帥って…あ、カザイさんのこ「違う」…じゃあもう一人の元帥? もう一人の元帥って確か、『剣聖の乙女』だよね? あれ…弓弦と『剣聖の乙女』って面識あったんだ…へ~、そうなんだ」


「……。後は、神ヶ崎と天部か。それと…然龍? 等がサブらしいな」


「サブ?」


「メイン程ではないが出番が、そうでない人物達と比較して、比較的多い人物達のことだ。例えば前章では、ここの実行部隊の全員がほぼ該当する。因みにメインは隊長達だったな」


「そうなんだ。それで、次章は誰がメインで誰がサブになるかは知ってる?」


「…あー、直接俺の口からは言えないんだが…一応メインは決まっているそうだ」


「…僕達だったりする?」


「それ以上は言えないな」


「…知らないんだ」


「…締められたいか?」


「遠慮しますっ!」


「つまらんな」


「つまらなくて良いよ。痛いんだよアレ」


「よしそうか。なら、これ…を読むか締められるか。どっちが良い」


「…酷っ。良いよ読むから!『アンナ達は、眼覚めたオルレアを連れてヨハン達の下を訪ねる。温かく彼女を迎えた三人を加えて始まるのは、お祭り騒ぎ? 油が、あげるのは食材か、一行のテンションかーーー次回、宴に笑う』…はい、これで良いよね」


「良く出来たな! 褒美として、締め上げてやろう!」


「…えぇっ!? 嘘……づだぁぁぁぁあ``あ``っっ!?!?!?」

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