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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
182/411

花を育てる

 …はぁ、シテロの奴はどこに行ったのだろうか。


「シテロー! おーい!!」


 話を訊こうと思ったら姿を消しているとは…一体あいつ、どうしたんだ? 取り敢えず魔力マナを感じる方向を探していることになるんだが、一行に見つかる気配が無い。

 正確な距離こそ分からないが、大分出発地点である炬燵からは離れたような気がする。バアゼルもクロもヴェアルの魔力マナも遠くに感じるからなんだが…広いな俺の精神世界っ。


「シーテーローっ!!」


 幾ら呼び掛けても返事一つ返って来ない。それどころか、魔力マナの感覚がどんどんあやふやになっていっているんだが…何なんだ? まるでこの辺りの空間に、あいつの魔力マナが立ち込めているようなそんな感覚だろうか。よく分からないが、方向感覚が狂わされているような…?


「あれは…」


 遠くに見えるもの…扉だな。取り敢えず近くまで行くしかない。

 大体この空間の扉って、全て古代ローマの神殿みたいな石造扉で似通ってるし、微妙に見分けが付かないんだよな。

 精神世界で石扉…か。思い当たらない節が無くはないんだが…まぁ雰囲気が出ると言ったところか…っと、これは……


「『萌地ノ扉』…?」


 扉の上に、エルフの文字で確かにそう書いてある。…これまで文字なんて書いてあっただろうか? 俺が気付いていないだけ…いや、それとも最近になって刻まれた?


「ま、どちらにしても、中に入ってみるしか…ないよな」


 扉を押すと、重い音を立てて奥に開いていく。その先に足を踏み入れると、光が弾ける。

 この光は…地の魔力マナだな。凄く優しくて温かな魔力マナだ……


「ふっふふ〜んなの♪」


 ん、シテロ…こんな場所に居たのか。草に水を遣っているみたいだが…何の草だ?

 フィーの奴ならどんな草か分かるだろうが俺にはさっぱりだ。

 しかし草花に水遣りをする美女か…うん、中々絵になるとは思う。

 「流石は地の悪魔だ」と、言ったところなんだがどうも没頭しているみたいだから出るタイミングがな……


「まぁ良いか。シテロ」「ふぇっ!?」


 何かいつの間にかお互い服を着ているし、土弄りとかは見られて恥ずかしいもの…じゃないよな。驚いているけど。


「何を育てているんだ「見ないでぇぇぇなのぉぉぉっ!!」おわっ!?」


 突き飛ばされ…って、俺の後ろには扉あったよな…っ!?


「がふっ!?」


 な、なんて力だ…と言うか、思いっ切り背中扉に打ち付けたからヒリヒリするし真面目に痛い。


「う〜っ!!」


 で、何か怒っていらっしゃる…?


「女の子の部屋に突然入って来ちゃ駄目なの〜っ!!」


 部…屋?

 部屋と言うより花園なんだが。


「…す、すまん…突然居なくなったものだから…追い掛けて来てしまった」


「女の子のお尻を追い掛けて来るなんて、ユールは変態さんなの。許せないの……!!」


 …どうしてそこまで怒れるのかは今一つ分からないのだが、どうも彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。


「逆鱗くらい、別にユールにだったら触られても良いの! だけどこれは許せないことなの!!」


 逆鱗触っても良いのか。意外な発見だ。


「…な、何がどう許せないのか教えてもらえないとどうにも出来ないんだが…なぁ」


「乙女の秘密を覗き見たこと…これは責任を取ってもらわないといけないことなの…!!」


「せ、責任!?」


 確かに乙女の秘密を覗いた男には罰が必要なのは分かるんだが…一体どんな!?


「ユールには…ユールには…♪」


 …な、何故そんなに楽しそうなんだ。怒っているんじゃなかったのか…?


「秘密を共有してもらうの」


「…秘密? 誰に対しての秘密なんだ?」


「バアゼルとかアデウスとかヴェアルとか…皆なの。私とユールの秘密なの」


「は、はぁ…」


 二人…だけ……?

 あいつ等には既にバレてそうなんだが……


「だから、これ…ユールにもこれから手伝ってもらうの、ずっと」


 だから…?


「これって…栽培のことだよな。ずっと?」


「ずっとなの。夜寝た時にお迎えに行くから、一緒にお世話するの♪」


「別に構わなくもないんだが…この程度の広さならば例え、一人でやったとしても大して手間にはならないんじゃないか?」


 楽しいかどうかは置いといてだ。今シテロが栽培している何かは、精々フィーの栽培園よりもそう大きくないように見える。

 例えるなら畳一畳程度の広さだろうか。一人で、一時間もあれば済んでしまうような広さだ。

 もっとも入れ込みようによってはそれ以上になるかもしれないが、普通にやる分ならあまり時間を要しないのは間違い無いんだが…?

 待て。「そう言うこと」か。


「…今の言葉は無しだ。で、これは何を育てているんだ?」


 …頼むからそんな裏切られたような顔をしないでくれ。多分、俺の勘違いじゃなければ分かったから…っと、表情が明るくなったな。


「お野菜と薬草なの」


 シテロはニコニコと優しい笑みを浮かべる。確かに、連れられて実際に、近くで見てみると野菜だ。

 見た目は俺や知影が元居た世界の野菜に似ている…と言うより、そのままだな。

 これまで異世界を冒険している内に様々な食物を食べてきてはいたんだが、シテロが作っている野菜はとても生命の輝きに満ち溢れている。これは良い作物だと確信出来る程には…だ。


「ん…そうか。美味そうなやつが出来そうだな。だが、この種とかどうやって持って来たんだ?」


 ヴェアルもそうだが…人の精神世界に色々持ち込み過ぎなんだよな。それにこの種は一体、どこで仕入れたのやら。


「お店で皆が『買って買って』って教えてくれたから、買って持って帰って来たの」


「成る程な」


 自然の声か…俺もよく聞こえるが、シテロが中に住むようになってから心なしかさらに声が聞こえ易くなったような…まぁ元から聞こえる以上気の所為だろうか。

 だが緑の声を訊くか…どうりで良い作物の種ばかりが植えられている訳だ。


「にしてもまた、どうしてこんな所にこんな場所を作ったんだ? わざわざこの空間に作らなくてももっと、別の場所があったんじゃないか?」


「ううん、この場所に作りたかったの。ここ…ユールと私が出逢った場所に」


「そうか…ここがあの時の」


 俺とシテロが初めて会ったあの扉の先。確か…一緒に横になって昼寝した場所だったか。それがここだとはな…気付かなかった。

 日差しが眩しく、緑が広がる草原にある一畳程度の広さの花壇。

 付近にある泉は青色を讃えており、彼女はそこで水を汲んでいるようだ。

 まさかここがあの何も無かった空間だとはな。円形に空間が広がっていること以外は似ても似つかない。

 …何だろうか。

 どうしてかこの光景に見覚えがあるような気がした。

 だが…だとしてどこで、見たのだろうか…?


「あの日からコツコツとやっていたりしたの。…もう少し立派にしてから見せようと思っていたのに…ユールはデリカシー無いの」


「ははは…本当にすまん」


「良いの。ユールに手伝ってもらえるのだから十分お釣りがくるものなの」


「…そう言うものか?」


「なの」


 まぁ本悪魔が思うのならそう言うものかもしれないが…と、そもそも俺はシテロを探していたんだから、そっちの用事を済ませないとな。


「…そう言えばさシテロ。お前どうして今日はそんなに変なんだ? やっぱり俺が、サウザーの魔法に呼び起こされたお前の、黒い感情を受け止めたことに起因するのか?」


 するとシテロは、表情を翳らせて背を向ける。

 まるでそれは今まで、考えないようにしていた大事なことを俺の言葉によって考えさせられたような、そんな様子のように思えた。

 そんな彼女に俺がそれ以上言葉を掛けることは許されない。ただ彼女のYes、Noの答えを待つしかない。


「……感情を受け止めた時ユールは、どんな風に思ったの」


 シテロから流れ込んできた黒い感情それは、人間への妬みや嫉妬。自分への悲しみの類のものだ。

 自分は緑を慈しみたいだけなのに、存在するだけでその溢れる穢れた魔力マナから、総てが枯れていく。『萌地の然龍』の二つ名はまるで、そんな彼女を皮肉っているみたいだ。

 それを気の遠くなる程の昔から経験してきたのなら当然、当たり前のように自然を慈しみ、育める存在に対して何らかの感情を抱かずにはいられない。元々は羨望からきているのだと思うが。

 それは、遊びに交ざりたいのに交ざれず、避けられてしまう者の心理に通じるところがある。

 孤独があったのだ。

 誰からも避けられ、攻撃されていた彼女は、いや、彼女もまた誰かに温もりを求めていたのかもしれない。

 …。成る程、だから「お陽様」なのか……


「大して何も思わなかったな」


 衝撃を受けたかのように固まるシテロだが、これは俺の本音だ。「あぁそうなんだ」と頷くぐらいのことしか覚えなかった。

 勿論感情の濁流の中、それだけに集中していられる程余裕があった訳じゃなかったのもある。が、今思い返してみても大した心の動きは覚えない。正に水面の如く…だ。


「…本当にユールは…何も思わなかったの」


「…逆に訊くが、シテロはどう思ってほしかったんだ?」


「…意地悪ユール」


 嘘は吐けないからな。思ったことをそのまま言うしかない。…意地悪と言われて凹むものはあるが。


「人のこと言えたものじゃあないんだが、過去は過去だからな。今が違うんだったらそんなこと、気にしていたらいつまで経っても、前に進めない。色々あったがシテロは今ここに居て、ここで緑を育んでいて、もう昔とは違う。そして俺は、今までは知らなかったそんなシテロの過去、全てを受け止めた。それで十分じゃないか?」


 そもそも存在を受け入れてるんだからな。それもアデウスとかバアゼルの時とは違う、自分の意思でだ。

 例え過去がどうであっても俺にとっては、今のシテロがシテロなんだから。そんなシテロだったから俺は…あの時手を差し伸べた。

 憐れんだ訳じゃない、俺が嫌だと思ったんだ。


『やっとまた眠れるの…静かに眠れるの…おやすみ…』

『役目が終わったの。だから、寝るの』


『…私は…最初から一人なの。だいじょーぶ』


 あの時シテロを残してその場を去っていたら…きっとシテロは、深い闇の中に堕ちて行ってしまっただろう。そんなのは…絶対嫌だった。

 あの時の、「シテロと一緒に寝る」と言う選択は絶対に間違っていなかった。

 俺は…彼女の陽溜まりで居られているのだろうか。


「ユールは私のお陽様なの」


 その言葉は、強い語気を伴っていた。きっと、本人がその事実を信じて疑っていないからこそ、言える言葉なんだろうな……


「さっきの言葉…出来ればそれも言ってほしかったの」


 シテロはどこか躊躇ためらいの様子を見せてから、俺の隣に並ぶ…微かに肩が触れてるな。


「…さて、な」


「む〜…」


 身体を預けてきたのか、微かに重みと熱を感じる。鼻腔に香るのは土の匂いもするが、柔らかな女性特有の香りだ。


「…水遣りとかはもう良いのか?」


「ユールが来る前にもう終わってるの。だから、あっちで休憩するの」


 シテロが指差した方向には、木製のベンチがあった。

 彼女によって誘われるがままにそこに腰を下ろすと、膝に感じる重みが増した。


「ん〜♪」


 正面から見える作物の葉で光る水滴が、何とも瑞々しさを演出している。

 どこからか吹く風は心地良くて…本当にここは俺の精神空間なのかと、首を傾げたくなる。

 …まさかとは思うが、他の悪魔達もプライベート空間を形成しているんじゃないよな?


「…いつぐらいにあれは、実がなるんだ?」


「分からないの。今日かもしれないし、明日かもしれないの」


「…? どう言う意味だ?」


 『ロソン』が言いそうな言葉だ。

 そう言えばあいつ…暫く俺を呼んでいないな。前回は確か…せんぱ…っ、アンナと戦っていた風音の様子が豹変した時に呼ばれてるから…あぁでも、それ程時間が空いている訳じゃないか。


「ここは、ユールの中であってユールの中ではない…外とは時間の概念が違う場所なの。だから、よく分からないの」


 俺の中であって俺の中ではない? 時間の概念が違うどうこうは、『ソロンの魔術辞典』内の空間と同じものがあるんだが…どうしてそれがここに?


「だがどうしてそんなことが分かるんだ? 時間なんて、ストップウォッチかなんかで同時に計測でもしない限り分からないだろう?」


 それに、だとしたら常に誰かがここに居ないと栽培が成り立たなくなる。

 俺とシテロ二人が同時に居ない間、ここで倍以上の時間が経過しているとするのならばなおさらだ。


「ううん、緑が教えてくれるの。『いついつ振りだよね』って。だから何回も出入りしている内に分かったの」


「成る程な…」


 しかしそれにしても、今日明日はおかしいだろう。その前に枯れているんだからな。


「時間の流れはこの空間だけが、一方的に早いのか?」


「なの。ここより外の時間が早くなることはないから、皆に置いてけぼりにされることはないの。逆は…あるけど」


「…ならシテロ。お前が俺達の下を離れてからどれぐらいの時間が経過したんだ?」


 確か時間にして十分も無いはずなんだが……


「お陽様が七回昇ったの」


「おい…っ!?」


 進み過ぎだろ!? 十分で八日も経過しているのか!?

 いやいやいや、洒落にならないだろ時間の差っ!

 待てよ、計算計算……


「五時間ぐらいで一年経過しちゃうじゃないか…おいおい」


 概算だが一日で四年だ。

 四年間一人で土弄りは…うん、キツイな。お腹は減らないとは思うが……


「べ、別にユールと八日会えなくたって寂しくなかったの! だから…平気なの」


 泣きそうな顔で言われても説得力は皆無だ。

 それに平気なら人の肩に頭をグリグリさせることなんかしません。


「…しかしだな。この時間のズレはどうにかならないのか?」


 この時差は何とかしないと、今は大丈夫でも絶対に詰む。

 毎晩俺がここに来たとしてもシテロからしたら四年振りの再会になってしまうのか。どんなタチの悪い織姫と彦星だか。


「ここはユールの空間であると同時に私の空間でもあるの。ユールの中の、私の空間。二人の共有空間なの。だから原理としてはどうにかなるとは思うけど…私だけじゃ無理なの」


「じゃあ二人で何か強く念じれば時間の流れを操作出来るとか、そう言うことか? …まぁやる分だけやってはみるが」


 しかし時間の流れなんて念じるだけで変わるものだろうか。いや、それ以前に俺の精神世界であるはず。

 だがその本人とも時間の流れ方が異なっているのって、どう考えてもおかしいと思うんだが……


「…じゃあ、念じるか。時間はまったく同じ流れにすれば良いよな」


「ん」


 モゾモゾと隣が動いたので視線をシテロに向ける。すると瞳を閉じるのまでは良いんだが、何故か顎をクイっと持ち上げて俺の方を彼女は向いていた。

 まぁ言いたいことは分かる。以前楓に同化するために風音とやった時は、龍形態になったシテロの背中だしな。…バッチリ見られてたのか。

 …。


 ……。


 ………しろと? そう言っているのかシテロよ。

 仕方無い…か。いや、仕方無いと言うのは言い方として失礼かもしれないんだが……


「ん…っ」


 外と同じ流れ…俺の体感時間と同じにして…柔ら…っ、じゃない!

 時間を同じ時間を同じに…腕を背中に回され…考えるな俺っ! だからと言って感じろって訳でもないんだが!


「んぅ……っ」


 眼を閉じているからシテロがどんな表情をしてるのかは分からないが、その分艶やかな声が余計に耳に届く。

 さらに今俺の胸辺りに当たっている柔らかい感覚って…考えるまでもなくアレだよな。っ、胸の動悸が激しくなるのを抑えられない……

 だがこれ…いつまでやってれば良いんだ? いや、それを考える前に、流れる時間を同じにすることだけ考えないと…?

 取り敢えず俺とシテロから魔力マナが流れ出ていくのが視える。これで良いのだろうか?


「「……」」


 唇は自然と離れていった。

 …キス、か。すると罪悪感が湧いてくるんだよな。

 あまりするものじゃないだろうからな…普通…はぁ。


「…これで同じに出来たのか?」


「出来たと思うの。…自信は無いけど……」


「まさか、これがしたかった訳じゃないよな?」


「……」


 ですよね。やっぱりしたかっただけかよ……はぁ。


「まぁ少し外に出てみるか」


「なの」


 扉を開けて外に出て、閉じる。


「よし戻るか」


「なの」


 扉を開けて中に入って、閉じる。


「…レオンじゃないがさっぱり分からん。これで時間、元に戻せたのか……ん?」


 声が聞こえる……ん、「相対時間が通常に戻った」…? あの作物達以外と博識と言うか、理系だな。


「ふぅ…どうやら普通の時間の流れに戻ったようだな。これで心配事は無くなったか」


 俺が居ない間に、中でシテロの時間が異常進行することは無いな。めでたしめでたしっと。


「…でも時間を操作したら、中でずっと居てもそんなに時間掛からないの。八日居ても十分しか時間が経過しないのなら、六十四日ここで過ごしても、外では一時間しか経過しないの」


「…時間の有効活用…か?」


 確かに休息を取るのは大切だが…ここに居る俺は精神体みたいなもののはず。休息を取ったとしても肉体的な疲労は取れないと思うが。


「心から身体へ、なの。心が元気なら身体も元気になるの」


 …どこの修造さんだ?


「…心が休息を取ると言うことは、心だけ時間が進むってことになるんじゃないか?」


「…。深く考えないの! 兎に角、ここは私とユール共有精神世界であって、ここで出来た作物は私の魔法で具現化出来るの。そしてここは、外の世界での一秒が、約十九分になると言う、幾らでも作物を育てることが出来る素敵空間! 気にすることなく、外の時間で五時間ぐらい二人で農業ライフをするの!!」


「待て待て待て! ツッコミどころあり過ぎるだろ!? どうして馬鹿みたいな相対時間の中で農業ライフすること前提となっているんだ!? さっきのままだと、外で五時間ってこっちで一年だよな? 一日一歳歳を取るって冗談キツイぞ!?」


 それに、どうやってもこっちの時間で一日当たり十時間以上の空白の時間が発生してしまう。

 それだけの時間を潰すのとかどうすれば良いんだ? 睡眠時間を抜いての十時間なのだから、睡眠に充てるのはおかしなものだし……


「…あ〜、普通の流れで十分だ。分かったな?」


「む〜…分かったの」


 納得してくれたか…良かった。

 物分かりが良いのは知影と違って、本当に助かる。一緒に居たいって気持ちは分かるんだがなぁ…まぁ、出来れば本人達の意思を尊重してやりたい以上、そうするしかない。

 そう、俺が何とか出来るのならそれは、俺がやることだ。出来なければフィーか、姉さん辺りに頼るがそれまでは……


「ねぇユール?」


「ん?」


「もう一回だけ…良い? お願いなの」


 もう一度口付けを…か。


「ぁ…っ♡」


「…これで良いか?」


 額をさするシテロに、顔を見られないよう背を向けてから、返事を待つ。


「…む〜。ちょっと違うけどまぁ、良いの」


 背中越しに聞こえる声は不満気にも聞こえたのだが、どこか嬉しそうだった。

「(う~ん…この辺りのとか良さそう。あ、これも中々…でもなぁ。やっぱり一番美味しそうな食材を使ってほしいし…だったら、これかな? うん、これにしようかな…?) …おろ? ‘あ、セール日丁度明日になってる’(…これは買いかも。じゃあ、明日に回して今日は帰ろっと)」


「キシャ」


「えへへ…送り迎えありがとね、バル。この艦にも良い食材が無い訳では無いんだけど…やっぱり、ユ~君に食べてもらうんだったら産地直送無農薬野菜って決まっているもの。えへ…ユ~君の喜ぶ顔が見えるような気がするよ。そう思わない? ありゃ…分からないか~。ちょっと残念」


「キシャァ……」


「『期待されても困る』…厳しい言葉。まぁ…うん、変って言われたこともあるからなぁ…そう言うもの?」


「…?」


「あ、そうそう。シテロちゃんどうしてる? 『萠地の然龍』の」


「キシャ、キシャキシャシャシャシャ」


「へ~そっか。アタックし始めたんだ。ユ~君びっくりしてそう」


「シャ…キシャシャシャシャ? シャシャシャシャキシャ」


「おろ、だって可愛い可愛い弟だもの。沢山の女の子に言い寄られて居た方が、お姉ちゃんとしては嬉しいのかなぁって…あ、別に困らせようとしている訳じゃないよ? ただ…ユ~君には幸せになってもらいたいし、そのためならお姉ちゃんは何でもしたくなっちゃうもん、えへへ…♪」


「……」


「おろ? そっか。今回は私が予告担当なんだね。じゃあ予告しなきゃ……『街に繰り出した女性陣三人は、オルレアが眼を覚ますまで一日時間を潰すことにする。例え彼女が居なくても、知影は今日も今日とて平常運転。ツッコミ役を任されたアンナの運命や如何にーーー次回、街に繰り出す』…でも、違う…まだ確証が……」


「…キシャ?」


「ううん、何でもない。…歌と想いが、絆になるよ」

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